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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外2 三年の間にあったこと
69/71

3.5 どんなタイトルをつけたらいいかわからない

細かいことを気にすると負け

「シズクと結婚するんだ俺」


 夕食を終え、風呂にも入って、寝る前にのんびりとしていた時、幸助がぽつんとそんなことを言った。

 それを聞いていたエリスとウィアーレは表情を固めて、聞こえてきた言葉を頭の中で反復していた。


「も、もう一回言ってくれぬか? とと年のせいか耳が遠くなってな」

「年じゃないけど私ももう一回聞きたいな、あははは」


 目が泳ぎ、手が所在なさげに動いていて、とても動揺しているとわかる。

 それを見て幸助はとても満足した気分になった。


「シズクと結婚するんだ。嘘だけど」

「「……嘘?」」


 その一文字が頭の中に浸透し、二人は安堵の溜息を吐いて、緊張から固まっていた体から力を抜く。


「どうして急にそんな嘘をついたんじゃ?」


 だらりとロッキングチェアにもたれかかったままエリスが問う。


「この前、コウマに行ってきたよね? その時にシズクとの婚約話があるって聞いたってのと」

「そんな話があったの? っていうかシズクちゃんまだ十一才だよね!?」

「うん、あったんだよ。んで年齢はそれであってる。話は断ろうとして断れなかったんだけど、それはおいといて」


 いや置いとくなとエリスとウィアーレが止めるが、幸助は気にせず続ける。


「嘘をついた理由は、俺の故郷で春に嘘をついていい日があったって思い出したからなんだ」

「なんじゃそのおかしな風習は」

「詳しい起源はわかってないんだってさ。ただそんな日を楽しもうって色々とジョークとして嘘をついてたんだよ」

「思い出したから嘘をついてみたんだ?」

「うん。だけど」


 だけどと続いたことにエリスとウィアーレはなぜか嫌な予感を感じた。


「今にしておもえば悪い話でもなかったなと」

「……どういう意味でじゃ?」

「ややややっぱりあれじゃない? 権力が魅力的とか! 相手は貴族だもんね!」


 そうであれと決めつけるように言った。


「いやロリと結婚できることが」


 あっさりと言われた衝撃的なことに、二人はがっくりと項垂れた。


「うん、なんとなくわかっておったよ。美人といえる二人と暮らしておきながら、まったく動じないお前さんは不能か趣味が特殊かと」

「ロリかぁ……ロリか」


 思い人の告白にそれぞれの反応を見せる。

 そしてエリスがなにかを決めた顔つきで立ち上がる。


「じゃが、好みがわかれば対処はできる! 実はこんなこともあろうかとロリ化の魔法を開発したのじゃ! 幻ではない本当の変化じゃ! これでコースケは私の魅力にメロメロじゃ!」


 どこからともなくハートのついたステッキを取り出し、なにかしらの呪文を唱えるとステッキから光が溢れてエリスを包み、姿が縮んでいった。


「どうじゃ!」

「ブラボーっ!」


 服がだぼつき左肩にひっかかってなんとか落ちないといった状態だ。右肩がむき出しになり、そんな状態でむんっと胸をはる。

 ロリ化したエリスに幸助は拍手を送る。


「柔らかそうなほっぺも、ふっくらとした唇も、平らな胸も、見た目とギャップのある知性を感じさせる目も、ほっそりとした手足も、抱くと折れそうな華奢な体もすべてがグレイトです!」

「そうじゃろそうじゃろ」


 褒め言葉に満足そうに頷く。小さな子が大人ぶっているようで、それも幸助の心にクリーンヒットした。

 その様子を見てウィアーレが焦る。


「ず、ずるい! 私にも使って!」

「断る!」


 即座に拒否した。


「なんで!?」

「ライバルは蹴落とすものじゃ! この先ウィアーレは一人寂しく老いていくがいい!」

「そ、そんなひどいっ! かくなるうえはっ!」


 ロリ化魔法使用を拒否されたウィアーレは、両手を天へと伸ばし、


「秘儀っ歪みでなんとかするっ!」


 途端に歪みがウィアーレを包み、空間すら歪んでウィアーレの姿が見えなくなる。

 五秒もすると歪みは収まっていき、そこには本当になんとかした小さなウィアーレがいた。こちらも服までは変化しておらず、スカートは床に落ち、シャツだけで体を覆っていた。


「成功っ!」

「なんじゃとっ!?」

「こちらもまたワンダホー! くりっとした愛らしい目もっ以下略っ!」


 ゆっくりと立ち上がった幸助は二人に近づく。目は血走っており、明らかに興奮しているとわかる。


「さ、触ってもいいっ?」

「か、かまわんぞ」

「や、優しくね?」


 やや緊張した様子で二人は頷いた。

 震える指先がそっと二人のほっぺを突く。


「「っん」」

「おおっ」

 

 そのぷにぷに感に幸助は感嘆の溜息を漏らす。

 もっと直に感じたいと幸助は、二人を優しく抱き寄せて両者の頬と自身の頬を当てて、感触を楽しんでいく。

 さらに邪な心を昂らせた幸助は、二人の服の下に手を入れて、さらさらのお腹の感触を楽しむ。

 さらりと手が腹を擦るたびに、二人はピクピクと体を震わせる。くすぐったさではなく気持ち良さに。

 二人の目が潤んでなにかを言い出そうと口を開きかけた時、玄関が勢いよく開いた。


「そこまでだ!」


 制止の声とともに入ってきたのは、長期ロリ冥族女王エネーシアだ。


「話は聞かせてもらった。そのような偽物ロリどもよりも我の天然もの未成熟わがままボデーの方が数倍はよいぞ!」

「天然物だと!? たしかに心引かれるフレーズだ!」

「ふふっそうだろう?」


 くねっとセクスィーポーズを取り、幸助を誘う。


「我が部下となるなら、このボデー好きにしてよいぞ?」

「「くっさすがに天然ものには敵わないっ」」


 いまだ幸助に抱きつかれている二人が悔しげな表情となる。対して余裕の表情を浮かべるエネーシア。

 その時、転移してきた者がいる。ミタラムだ。


「私もロリ。だからおやつにミルフィーユ作って」


 交換条件なしに一方的に願望を突きつけているのだが、ロリ相手ということで幸助は満足そうだ。

 すぐにこの場にいる四人を抱き寄せた幸助は、満面の笑みを浮かべ、


「異世界に来てよかったっ。異世界万歳! ロリ万歳!」


 思いのたけを叫ぶ駄目男がそこにいた。





「とそんな夢を見た」

 

 思い出すだけでも恥ずかしいのに、話して余計恥ずかしくなり幸助の顔は真っ赤だ。

 そんな話を聞かされたボルドスは頭痛を感じ、眉間を揉み解す。


「それを聞かせるために、わざわざ大陸を越えてここまできたのか」

「一人で抱えていると悶え死にしそうで」

「気持ちはよくわかるが」

「それに二人に聞かせると致命的ななにかが起こりそうで」

「だろうな」


 どんなことが起こるのか想像する気もないが、碌なことにならないことは確かだと思えた。


「吐き出したことで楽になれたよ」

「助けになるならもっと別のなにかで助けたかったってのが正直な気持ちだ」


 微妙な表情で言った。

 その気持ちはよくわかったが、話せそうな人物を考え一番に思いついたのが兄貴分のボルドスだった。

 世界は平和で、エリスとウィアーレは幸助がそんな夢を見たと欠片も知らない暑い夏の午後のことだ。





『IF marriage』


エリスver


 一緒に住み出して時間が経ち、幸助はエリスを伴侶に選んでいた。

 エリスの腕の中にはすやすやと寝息を立てる二才にはなっていない赤ん坊がいる。エリスと幸助は赤ん坊に慈愛の篭った視線を向けている。


「私が子を産むとはの」


 昔を思い出し、少々難しげな表情を浮かべた。


「欲しくはなかった?」

「いや、産めて嬉しく思っておるよ」


 両親ゆずりの黒髪を持つわが子から視線を外し、微笑を浮かべて幸助を見る。幸助も似たような笑みを返す。


「しかし今でも不思議なのだが、娶るのはウィアーレと二人でもよかったのだぞ? 養う甲斐性くらいはあるだろうに」

「生まれ育った場所が重婚禁止なせいで、どうもどちらか一人を選ばないといけないって思ってね」


 幸助にとってウィアーレは手のかかる妹という意識が強かったことも一因か。


「私は嬉しかったが、ウィアーレには可哀想なことになったな」

「まあ、最後には祝福してくれたし」

「ありがたいことだな」

「だね」


 今ウィアーレはこの家を出ていて、ドリーポットに家を持ってそこで暮らしている。

 ふられた当初は情緒が不安定になり、歪みが暴走しひどいことになった。新たな難所ができたりしたが、ウェーイといった孤児院の者たちと過ごすことで落ち着いた。

 失恋の傷は時間が癒し、ギルド職員として働きながら新しい恋を探している。だが特殊な背景の自身を受け入れてくれそうな者がなかなか見当たらず、しばらく独り身で過ごしそうだと言っていた。


「ドリーポットの方も順調にいってるし、この子が大きくなったら遊んでもらいたいな」

「入りびたりになられたら困るがのう」

「そこは俺たちの親としての腕次第かな」


 どんなふうに育つのかと二人は赤ん坊を覗き込む。

 強くなくてもいい、立派でなくてもいい、元気に育ってほしいと願う二人の顔は親と呼べるものだった。



ウィアーレver


 一緒に住み出して時間が経ち、幸助はウィアーレを伴侶に選んでいた。

 ウィアーレのお腹の中には二人の子供がいて、膨らんでいる腹をウィアーレはそっと撫でている。時折動いたと言ってそばにいる幸助に知らせ、幸助も触れて確認する。


「あとどれくらいで生まれるのかな?」

「十月十日っていうし、あと二ヶ月くらいなはず。早産の可能性もあるけどね」

「早くこの子の顔を見たいような、もう少しお腹の中にいてほしいような」

「いずれ生まれてくるし、その時を待てばいいさ」


 慌てずにゆっくり育てと幸助はわが子に声をかける。ウィアーレも撫でる手を止めずに健康を祈る。


「今でも思うけど、どうして私一人を選んだの? エリスさんと二人で結婚でも何も問題ないのに」

「生まれ育った場所が重婚禁止なせいで、二人同時ってのはどうも違和感が」


 それと幸助にとっては姉と師匠という印象が強かったのだ。


「私は嬉しいけど、エリスさん……」

「泣きながらだけど、おめでとうと言ってくれたじゃないか」

「うん、嬉しかった」

「俺もだよ」


 今二人はあの家を出ていて、ドリーポットに家を持ってそこで暮らしている。一人残ったエリスは、ボルドスに誘われて同居している。

 ふられた時はどこか幼さの見える大泣きをして、二人ではどうにもならず、ボルドスやホルンを呼んできてフォローしてもらった。ボルドスたちが一晩中エリスについてとりあえず落ち着き、祝福の言葉を送ったのだ。

 同居をしている今では、ボルドス一家に囲まれ賑やかに過ごし、笑顔も見せている。二人の子供の世話もしてやろうと言う余裕も見せている。


「ここも順調だし、この子も同じように順調に育ってほしいね」

「うん。きちんとお母さんできるのか不安もあるんだけどね」

「俺も不安はあるよ。でも誰だって初めてなんだって聞いたことがある。俺たちなりにこの子と一緒に親になっていけばいいさ」

「あなたと一緒になら大丈夫だって思える」


 お腹に視線を落とし、私たちも頑張るから安心してねとウィアーレは囁く。

 お腹を撫でるウィアーレの手に、幸助は手を重ね、笑みを交し合う。



ハーレムver


 気持ちを知っているのにいつまでも応えてくれない幸助を、エリスとウィアーレが二人がかりで襲い、力技でゴールイン。幸せそうな表情でよりそう二人に、まあいいかと幸助は思えた。

 末永くよろしくと幸助が頭を下げると二人は満面の笑みで抱きついたのだった。

 そのことをメリイールにちょっとした雑談として話すと、いきおくれを気にしだしていたメリイールは二人なら三人も一緒ですねと幸助を襲った。性格は悪くなく、稼ぎは上等の幸助はメリイールにとって狙い目だったのだ。

 このことを知ったセレナとどうやって知り合ったのかシディが手を組んで、睨みあっていたエリス&ウィアーレとメリイールの隙をついて幸助を襲い、ハーレムが形成され始めた。

 どさくさに紛れてジェルムとテリアが加わって、どこから情報を得たのかシズクとナガレもいつの間にか幸助の隣で微笑んでいて幸助を驚かせ、その後『実は精霊は性別を自由に決められるのさ、なんだってー!?』事件を経てリンヨウがハーレムに加わり、竜殺しを得るため体をはったエネーシアも加わり、各地の公演のため動いていたフルールが通い妻となり、ただ会いに来たリゼスもなぜかハーレムに加わっていた。

 おまけとして父さんの仇と襲いかかってきた女にも性的に喰われなにがなんだかという状態だったが、まあ皆幸せでめでたしめでたしという締めくくりだ。

 人と神の子がどのような人生を送るのか気になる、と言って突入しようとしてたミタラムは他の神々に止められた。





『ミタラムのにっきちょう』


ak月yu日

ghjkl;? ikl@,gilybuio,!?  gyhnujim”っ!?


bj月;@日

三日かけて、ようやく落ち着いた。

先日アーセランにすごいものが見られると、夢の一つを見せてもらった。

それはワタセコースケの夢だった。内容は、内容は……^weyghjkl;*っ!

……ともかく思い出すのも恥ずかしいものだった。

罰の一つでも与えようかと思ったが、人間にとっては夢は自由にできるものではないとアーセランに説得され止めた。

思い出すと顔が火照るし恥ずかしいので、しばらくワタセコースケは見ないことにした。


cv月;@日

ワタセコースケの呼びかけを無視したら、侘びと共にクッキーの詰め合わせが贈られてきた。

コーホック経由で届いたもの。

このようなもので機嫌をとろうなど、私を甘く見すぎてる。

しかしクッキーに罪はないので食べる。

どれも美味しかった。


dp月b@日

今日も無視したら、今度はドーナツの詰め合わせが贈られてきた。

またコーホック経由で届いた。

普通のドーナツだけではなく、生クリームやカスタードのつまったドーナツっぽくないもの、ぱさつきのないしっとりとしたものもあり、一風変わったドーナツだった。

私はフレンチクルーラーと呼ばれるドーナツが好き。

でもこれが届いたということは、ものでつられるという認識からかわってないということ。失礼だ。


eu月]x日

まだ無視しているためか、定期的にお菓子が贈られてくる。

ケーキに、パイに、パフェに、アイス。どれも美味しかった。

定期的にお菓子が来ると知ったアーセランたちが、集まるようになった。

これは私のお菓子。


f^月5\日

もう機嫌は元に戻っている。

でもそれをワタセコースケには知らせない。もうしばらくお菓子を贈ってもらうのだ。

あれだけ恥ずかしい思いをしたのだから、これくらいは当然。


g1月=l日

なんということだろう! 残虐非道の輩とはあれのことをいうのか。コーホックがもう怒ってないことをばらしてしまった。

もうお菓子が贈られてくることはないのか。

この心の奥底からふつふつと湧いてくる思いをはらすため、コーホックが一日一回必ず転ぶように、偶然と必然を調整した。

……お菓子。


h|月>]日

上級神にくだらないことで力を使うなと怒られた、悪いのはコーホックなのに。


i#月.a日

またお菓子が贈られてきた。

神の鑑ともいえるコーホックのおかげだ。お菓子が食べられず落ち込んでいるとワタセコースケに知らせたらしい。

もちろん落ち込んでなどいないが、またお菓子が届くようになったのだから、間違いは指摘しないでおこう。ほんとうに落ちんでなどいない。そこは念押ししておく。


j$月;s日

今日のケーキも美味しくて満足。





『従業員のとある一日』


 遠くから聞こえてきた鐘の音に目が覚める。家の外からは人の話し声や足音が聞こえてくる。カーテンと窓を開けると少しひんやりとした空気が感じられ、今日もよく晴れた空が目に入ってきた。気持ち良い晴れ空にやる気が上がる。


「今日も頑張ろう!」


 ぐっと背伸びして眠気を払い、顔を洗うために部屋を出る。お母さんが朝ごはんを作り始めたのか、焼けたベーコンの匂いが漂ってきた。

 台所に顔を出しておはようと声をかけると、お母さんが振り返っておはようと返してくる。


「今日は遅番だっけ?」

「うん、そうだよ」

「だったら、家の掃除を頼めるかしら」

「いいよ」


 私の返事に母さんは微笑み、視線をフライパンに戻す。

 ご飯ができるまでに身支度を整えないと。水瓶から桶に水を移して顔を洗うと、さっぱりとした気分になる。顔を拭いてると背後から足音が聞こえてきた。

 体重を感じさせるどっしりとした足音はお母さんのものではない。お父さんだなと思って振り返ると当たっていた。


「おはよう、ミリア」

「お父さん、おはよ。昨日帰ってくるの遅かったけどなにかあったの?」

「世話している馬がそろそろ子供産むって話したろ。それで遅くなったんだ」

「無事に生まれた?」

「大丈夫だ。健康な子馬が生まれたよ」

「よかったー」


 何事もなくよかった。仕事が見つかるまで私もお父さんの手伝いしてたから経験豊富ってことはわかってたけど、それでもトラブルは起きるしね。

 お父さんも顔を洗うというので、場所を交代し部屋に戻る。髪をといてゆるい三つ編みにして、着替えて身支度完了。化粧は仕事に行く前にすればいい。

 お母さんのご飯は普通。昔は大好きだったんだけど、職場のご飯に慣れちゃって舌が肥えてしまった。贅沢とはわかってるんだけど、どうしても比べてしまう。それも腕を上げてきている同僚と異様に料理の美味いオーナーが悪い。デートで高級レストランに行った友達が、オーナーの料理の方が美味しいと言っていたくらい美味しいのだから仕方ない。

 仕事に向かうお父さんとお母さんを見送って、頼まれた掃除を始める。私が人並み以上の給料をもらえるようになって、私の勧めもあってお母さんは仕事を辞めようとしたけど職場の人に止められた。仕事に慣れたお母さんに辞められるのは困るということなので、仕事を減らし続けることになった。これまで六日行って休みだったけど、今は三日行って休みになっている。給金は減ったけど、疲れがずいぶんと減ったと喜んでいる。

 増えた休みのおかげで家事も滞りなくこなせているから、掃除はそこまで大変じゃない。軽く掃いて、テーブルとかを拭いていくだけで十分だ。

 さっさと掃除を終わらせて、散歩でもしよう。散歩の途中でなにか食べるのもいいなぁ。


「鍵は閉めた。財布も持った。じゃあ出発」


 点検をして家を出る。家の前の小道から大通りに出ると、いつもとかわらないたくさんの人がいる。私はずっとリッカートで暮らしていてこの光景が当たり前なんだけど、外から来た人は行きかう人の多さに驚くらしい。きっと私が外の村とかにいったら長閑さに驚くことになるんだろうな。

 のんびりと歩いていると、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。掃除で小腹がすいたことだし、食べようかな。


「おじさんっ串を一本ちょうだい」

「あいよ、塩とタレのどっちだ?」


 どちらも美味しそうなんだけど、今日はシンプルに塩かな。

 塩の牛肉をもらい、お金を払う。早速かじつく。ある程度しっかりとした肉からあふれ出る肉汁と塩があわさって、さっぱりとした味わいが口の中に広がる。


「美味しっ」


 おやつがわりにはちょうどよかった。おじさんに美味しかったと言って、串を返し散歩を続ける。

 小物とかもちょろっと覗き、家に帰って仕事の準備を始める。

 まずは支給された制服に着替えて、次に化粧を濃くならないようにっと。目つきが鋭くなるようにアイラインを調整し、薄く紅をひいて終わり。

 最後にいつものおまじない。私はメイド、貴族のメイド、ちょっと厳しいところのある仕事のできるメイド。


「ん、切り替え完了です。貴族喫茶メレナス従業員ミリア、いきます」


 いつごろからか、おなじないとしてやってきた行為ですが、今では気持ちの切り替えにちょうどよいものとなっています。

 仕事に行く準備を整えて、もう一度戸締りの点検をして家を出ます。制服のおかげか道行く人の注目を集めますが、注目の多さが店の知名度の高さを示しているようで誇らしくなります。そこの一員として私も気の抜けたところは見せられません。

 店を守ってくれている警備さんに挨拶をして、裏口から入る。休憩中なのか副店長がクッキーを食べていた。


「副店長、こんにちは」

「あ、ミリア。もうきたの? 仕事開始までまだ少し時間はあるよ?」

「家の用事も終わって暇だったので」

「そっか。遅刻するよりましだよね。一緒に食べる?」

「いただぎます」


 差し出された皿から一枚とる。前日の残りものがこうやって翌日に私たちのおやつになることはよくある。こういったものをお客様に出すわけにはいかないが、生菓子でもなければ一日程度で悪くなることはない。

 しばしサクサクと食べていく。テーブルにあった水差しからコップに水を注ぎ一息つく。


「そうそう、ちょっとした話があるんだけど」

「話ですか?」


 何でしょう? 残業か休みをずらしてほしいということでしょうか? こういった話は今まで何度かありましたから断るようなことではありません。予定外の労働をしたことで少しだけ給料が上乗せされるので不満もありません。


「オーナーが新しく村を作っているというのは知ってる?」

「いえ、知りませんでした」


 いろんなことに手を出してますね、うちのオーナーは。それにしても村作りまでするとはすごいと言っていいのか節操がないというのか。聞いた話だと水棲族という者にあったり、北の地で人助けしたり、世界中歩き回ったとか。なにを目的に動いているのか私にはさっぱりです。天才と言っていい人のようですから、私のような凡人には理解できなくて当然なのでしょう。


「うん、まあ作っているわけだよ。それでね、向こうにも喫茶店を作る予定らしくて、その店長か副店長をミリアに任せたいということなんだ」

「私が店長か副店長?」


 さすがにそれは無理じゃないでしょうか? ここができたときから働いているとはいえ、あと数ヶ月で二十になろうかという若造です。人の上に立つのは難しいのではないでしょうか。

 そんな私の表情を見て取ったのか副店長は笑みを浮かべる。


「強制じゃないからよく考えてみて。自信は持っていいよ。私とメリイールさんはこれまでのミリアの働きぶりを見てできると思ってる。この町から離れたくないならそう言って、ほかの人に頼むからさ」

「少し考える時間をもらえますか?」

「うん」


 よかった。急ぎの話というわけでもなさそうです。村がどこにあるかわかりませんが、話を受けるとこの町を離れるのは確実です。私もいい年なので一人暮らしができないというわけではないのですが、見知らぬ土地に行くというのはやはり不安があります。しっかりと考えて答えを出すとしましょう。


「そういえば新しく作るお店もここと同じなのですか?」

「いや、普通の喫茶店って言ってたよ。ここはほかにも喫茶店があって競合とかも関連してくるから、私たちの経験も生かせる珍しい形式にしたけど、向こうは喫茶店はないって話だよ。だから普通のお店でもお客さんはくるだろうってさ」

「そうでしたか」


 村というくらいですから、ここよりは人は少ないんでしょう。お客様も少なくなるはず。お店の収入的に大丈夫なのでしょうか。

 あとでオーナーから聞いた話によると大陸中から客を呼ぶことを目的とした村だそうで、それなりの混雑が予想されるということでした。大陸中から客を呼ぶって実現可能なんでしょうかね?


「もう一つ言うことあったわ」

「なんです?」

「午前中にオーナーがきて、お菓子置いてったよ」

「なんですと?」

「言葉遣いが乱れたよ」

 

 くすりと笑って副店長が指摘してくる。

 はっ!? 駄目です折角切り替えたのに、深呼吸して続きを聞くことにしましょう。


「今日はなにを持ってきてくださったのですか?」

「今日はお芋のモンブラン」


 聞き間違いでなければモンブランと言いましたよね? こ、これは頑張らないと駄目ですぞ。


「顔がにやけてるよ」

「っんん、にやけてなどおりませぬよ」

「好物なんだから、楽しみになるのは仕方ないよ。勝ち抜けるといいね」

「今日は負けられません」


 オーナーが持ってきたお菓子は半分以上がお客様に出されますが、いくつかは私たちも口にすることができます。それはジャンケンで勝った者への褒美となるのです。ちなみに一度食べた者はジャンケンには参加できません。全員が食べると、また最初からジャンケンで勝ち抜いた人が食べられるというルールになっています。なので食べ損ねることはないのですが、自分が好きなお菓子のときに食べられないとこうっなんともいえない悔しさや無念さがあるのです。

 幸いにして私はジャンケンに参加する資格があります。今日まで負けてよかったです。負けを誇るのもおかしな話ですが、モンブランの魅力の前には関係のない話ですね。

 小さく気合いを入れた私を副店長が微笑ましそうに見てますが、副店長の好物が出たときも似たようなものですからね?

 重要な話はこれで終わり、クッキーを食べていると私と同じ遅番のメイドたちがやってくる。

 そろそろ仕事ですね、気合いを入れましょう。

 ホールに出ると様々なお客様がいらっしゃいます。当然ですね、そういう商売なのですから。けれどときに対応に困る人がくることがあります。

 冒険者ギルドの長が部下を連れてくることがあるのは許容範囲です。オーナーと懇意にしているそうですから。けれど一度来たよその大陸の歌姫には驚きました。本物の王族がくるとは想像もしていませんでした。正体を知ったとき、いつもは冷静な店長が緊張で顔をひきつらせていたのが印象に残ってます。ほかには貴族のお嬢様もですね。着物というものでしたか、ここらでは見かけない服を着て、付き添いの方といらっしゃいました。真っ白な男か女かわからない人もきたことがありますね。雰囲気的にただものではないとわかりましたが、オーナーの話では王族や貴族ではないということでした。

 あら、また一人オーナー関連の子がやってきましたね。


「いらっしゃいませ、お嬢様」

「コーは?」


 口数少なくオーナーの所在を聞いてくるこの子は、たしかシーアと呼ばれていたはず。人形みたいな子で初めて見たときは感情が薄いなと思っていたのですが、オーナーのお菓子を食べると美味しそうに表情をほころばせます。一度だけ目の色が変色していたような気もしますが、気のせいでしょうか。

 

「午前中にいらっしゃったようですよ」

「そう」


 少ししょんぼりして見えますね。お出しするお菓子などで機嫌が上向きになるといいのですが。

 しかしこうしてみると、オーナーは色々な女性と関わりを持ってますね。ユイスというここを作るきっかけとなった人やウィアーレさんやジェルムさんなどなど数えてみればきりがありません。

 女性の影がいろいろとちらついてますが、店長と副店長はどうなのでしょう。初めてオーナーを紹介されたときは関係を疑いましたが、これまで働いてきてそれらしい様子は見られませんでしたし。気になりますね。

 人のことばかり気にしてもいられませんね。私も適齢期ですし。いい出会いがないものでしょうか。数は少ないですが、従業員でお客様と縁ができて結婚した人もいます。ほかには警備さんたちのお子さんやギルド職員と結婚した人も。結婚祝いにオーナーが料理をいくつか差し入れていました。

 私はえり好みしているわけではないのですが、出会いがありません。新しくできるという店に行けばいい転機になるんでしょうか。

 エルジン君なんかはよく声をかけきますが、遊びで付き合うにはいいと思うけど結婚はどうかと思います。皆も同じことを言っていますね。もうちょっとしっかりとすれば考えてもいいんですけどね。これもえり好みしていることになるんでしょうかね?

 おや、またオーナーの関係者ですね。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは、コースケいる?」


 落ち着いた雰囲気を持つ神父さんのリビオンさんです。オーナーとは友達だそうで、それ関係で教会から結婚式などで出す料理やお菓子の注文を受けたことがあります。今日もそういった依頼でしょうか。


「オーナーは朝きたようですよ」

「そっか、もう少し早くくればよかったな」

「なにか用事でしょうか? いつ伝えられるかはわかりませんが、伝言を受けますが」

「いつでもいいから会いたいとお願いできる?」

「承りました」


 後日オーナーに伝え、リビオンさんに会って帰ってきたときになんの用事なのか聞いたところ、結婚式に招待したかったそうです。お相手はリビオンさんを慕ってシスターになった方だそうです。伝えるのが少し遅かったので式には参加できなかったのですが、そのかわりに結婚祝いとして温泉旅行をプレゼントしたと言っていました。

 温泉ですか、私一度も行ったことありません。一度くらいは行ってみたいですねぇ。

 お仕事を続けて、待ちに待った時間がやってきました。モンブラン争奪戦です。ジャンケンで二度勝てば手に入れることができます。二階の事務所でやるんですが、騒ぐとホールに聞こえるので消音の魔法を使います。静かな室内で真剣勝負が繰り広げられます。

 私は既に一度勝ちました。あと一勝でモンブランが私のものに!

 向かいあう同僚の顔は真剣ですが、私だって負けていません。精神を集中し、この一戦に勝つのです。音のないこの状況は集中するのにちょうどよい。集中し見るのは自分の勝つ姿。自身の勝利を信じることが大事なのです。

 深呼吸を繰り返すと、相手が始めていいかと仕草で知らせてきます。それに私は頷きを返す。

 ここからは相手の一挙手一投足を見逃せません。瞬きもできません。集中して全てを見のがさず、勝利への糧とするのです。

 いきますよっジャンっケンっポン! こちらはグー。あちらもグーで引き分けです。まずは一勝負乗り越えましたが、ここで安心していては負けに繋がります。凪いだ精神で次に臨むのです。落ち着いて心を乱さず次にっ。

 あいこは七回続きました。なかなかの強敵です。それだけ相手もモンブランを欲しているのでしょう。ですがあなたの好物はザッハトルテ。モンブランにかける情熱は私の方が上。その情熱の差が勝負をわけるのです。

 コンディションは最高。全てが遅く見えてきました。これならば限界まで相手の手の動きを観察することができます。

 ジャンっケンっポン! 私はチョキ。相手は……パー。信じられないと自身の手を見て、同僚が崩れ落ちました。

 勝った! 勝ちました! 私の勝利です! やはりモンブランにかける情熱が勝利につながる鍵でしたね。これがザッハトルテを巡る勝負ならばきっと私は負けていた。

 安心してください。あなたの分まで私がモンブランを味わいます。


『見事な勝負であった』


 なんですか今の声。消音の魔法で声なんて聞こえないはずですが。

 あとで店長たちに聞いてみましたが、わからないようで首を傾げられました。後日オーナーにも聞いたところ、おそらく勝負事を司る神様からのお褒めの言葉だったのではということでした。

 たしかに声音には称賛の色がありましたし、人間が使った魔法なんて無効化できそうです。

 褒めてもらえたことは恐れ多く誇らしいのですが、乙女としては少しはしたなかったかなとも思います。

 とても美味だったモンブランを食べ終えて、気合い十分の仕事も終わり、店じまいの時間となりました。たまーに一時間半ほど店じまいが遅れることがあります。それはお客様からディナーにここを使えないかと相談され、一ヶ月に一度だけならと店長たちがオーナーと相談し引き受けたからです。なぜ一ヶ月に一度かというと、そう頻繁にオーナーがこれないからです。お客様が求めているディナーはお店にあった高級感のあるもので、それを作れる者がオーナー以外にいません。私たちに作れるのはお菓子と軽食なので、オーナーに頼るしかないのです。はじめはオーナーも無理だろうと思っていたのですが、お城や貴族様の屋敷で料理を食べたことがあり、レシピも持っているという答えが返ってきました。いろいろと経験したことが多くて、神様と面識があっても「オーナーだから」ですまされそうだと皆で話したことがあります。さすがにそれはないでしょうが。

 

「「「お疲れさまでした」」」


 皆で片づけを終えて明日のお菓子の仕込みを終え、店長と副店長に挨拶をしたら仕事が終わりになります。おまじないもここで役割を終え、心地よい疲労感が感じられる。

 外に出るとこれから仕事な警備さんたちが頭を下げてきた。それに下げ返し店を離れる。


「これからどうする? どこかにご飯でも食べに行く?」

「それもいいね。ミリアはどうする?」

「今日は止めておく。まっすぐ帰るよ」

「そう? じゃあ、また明日ね?」


 バイバイと手を振り、同僚と別れる。ジャンケンで気合いを入れすぎたのか、早めに寝たくなった。

 これが夏場だとよく冷えたエールをぷはーっといきたいところだった。

 魔法の明かりが照らす通りには、酔っ払いたちのご機嫌な声が聞こえてくる。喧嘩の物音が聞こえてくることもあるけど、それは警備兵に取り押さえられることがほとんどなので治安が悪いってことはない。

 そういった喧騒が少し遠くなって、家に到着。


「ただいまー」

「おかえり」


 リビングに入るとお酒をちびちびと飲んでいる父さんと繕い物をしている母さんがいる。


「お腹すいたー」

「はいはい、すぐにご飯にするわよ。服を着替えてきなさい」


 そういうと母さんは繕い物を置いて、作っておいた料理を運んでくる。

 母さんたちは私に時間を合わせてくれるから、大抵ご飯は一緒に食べる。さすがにディナーの手伝いをするときは先に食べてもらうけど。

 今日はもうどこかに行く予定はないから、制服からパジャマに着替えてリビングに戻り、配膳を手伝う。

 その日あったことを話しながらのご飯になる。話題でオーナーのことがでると大抵驚かれる。まあ、当たり前だけどね。今日の話題はもちろんモンブラン。羨ましがられたけど、同時に熱弁に呆れられた。

 ご飯が終わって、本を読んでみたり、仕事のミスについて考えているとすぐに寝る時間になる。


「じゃあ寝るよ」

「おやすみ」

「明日も遅番だっけ?」

「うん、そう」


 ベッドにもぐりこんでふと気づく。遠くの村で働くことになるかもしれないって話し忘れた。モンブランに熱中するあまり頭の片隅に追いやってた。

 今からどうするか考えるのも億劫だ。


「明日話そう。そうしよう」


 だからおやすみなさい。

冬のなにかを書くと言ってできあがったのがこれですよ

エリスウィアーレとのいちゃいちゃ+エイプリルフールが近いな=これ

あほ話は中々思いつけないけど、書けると楽しい

勢いで書いて上げたけど、後日読み直して悶えたら消します

※なんだか好評だったんで消さないことに


あと、歪みで若返りは可能だったりします


イフマリッジはこんな未来もあるんでない? という話でこれで確定というわけではないのかもですよ?

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