2 鱗の行方
「お久しぶりです、マイナルさん」
数ヶ月ぶりにワイレドア工房を訪れた幸助は、作業をしていたマイナルに声をかける。キューハンに鉱石の買い物をしに来たついでに、剣の手入れを頼みにきたのだ。
「お、やっと来たか。剣は大丈夫か?」
「それほど使ってはないですから」
テーブルの上に置くか聞いてから、鞘から抜いて静かに置く。魔物退治の依頼を受けても魔法や蹴りで片付くことが多いのだ。
マイナルは様々な角度から見た後、そっと刃に触れ、軽く叩いて状態を調べていく。
「相変わらず傷一つないな。頑丈に作ったつもりだが、ここまでとは。嬉しいような、仕事のしがいがなくてつまらないような」
「俺としては長く使えて助かりますけどね」
「俺も長く使ってもらえるのは嬉しいがな」
マイナルはいつものように剣の汚れを落とし、軽く研いで終わりとする。
手入れの終わった剣を鞘に戻し礼を言う。
「手入れすると言ったのは俺だからな、礼などいい。それよりも早く帰った方がいいな」
「この後、なにか用事でも?」
「いや、俺じゃなくて……」
「よう、おやっさん!」
言いかけたマイナルの言葉を遮って、二十半ばに見える男が入ってきた。金髪碧眼に整った顔で、笑みを浮かべた様子からは悪戯小僧といった雰囲気が漂う。道を歩けば女たちの母性を刺激し注目を集めそうだ。
薄緑の金属鎧をまとい、背には竜の飾りが巻きついた槍を背負っている。刃の色は黒い。
「このタイミングで来やがるか」
溜息とともにマイナルは呟く。それが聞こえた幸助はなんのことかと首を傾げる。
「先客か? 悪いな邪魔したようだ……」
言いながら男の視線は幸助の背負う剣に固定される。
「なあ、その剣ってマイナルのおやっさんに打ってもらったのか?」
「そうだけど?」
「あ、ばかっ」
どういうことだとマイナルに聞く前に男が興奮した表情となる。
「お前がルッツバイダの持ち主だな!」
「ルッツバイダ?」
それを聞いた幸助は首を傾げるが、すぐに剣の銘だったと思い出した。
自分でつけたわけではないし、その名を呼ぶこともないので馴染みがなかったのだ。この銘は、幸助もマイナルもいいものが思い浮かばずほったらかしにしていたのを知った鍛冶神が、そういうことならと自分が名づけようと言ってついたものだ。
「そういやそんな名前だったっけ」
「忘れていたのか?」
自分の剣だろうと呆れたようにマイナルが言う。
「名前がなくとも役立つってことにかわりはないからね」
「そりゃそうだがな」
「名前を気にしてないからって言って、扱いまでぞんざいってことはないから安心して。まともに使える剣がこれだけだし、大事にしてるよ?」
「それは剣の状態を見たらわかる」
話がそれていき自身のことを忘れられているのではと、男が咳払いして気をひく。
「とにかくその剣の持ち主でいいんだな?」
「そうだけど、それが?」
「お前の剣と俺の槍どちらが優れているか勝負だ!」
「なんで?」
武器としての種別が違うのだ、比べることにあまり意味はないだろうと思う。
「俺の使っている武器が世界一であってほしいからだ!」
「わがままな」
「せっかく分割払いで鱗を買い、腕利きに作ってもらったんだ。作った奴もいい出来だと胸をはっていたのに、別の奴が作った物の方が優れていたがっかり感わかるか?」
最近作られて、刀身が黒いということから、おそらく以前勝手に売られた鱗だろうなと推測する。
こんなところで再会するとは奇妙な縁だと少し感心した。
「わからないよ。世界一を求めて作ってもらったわけじゃないし」
「お前の言い分はどうでもいい」
「ほんとわがままだな」
「というわけでどちら武器が優れているか勝負だ!」
槍を掲げて宣言する。
「勝負って内容は?」
「決まっているだろ。武器を使って戦うのさ!」
「それだと使い手の技量で勝負が決まって、武器性能の差は意味なくなるんじゃないか?」
さすがは職人なのかすぐに問題点に気づき指摘するマイナル。幸助もだよなと頷いている。
「というか槍としては最高峰なんだろうし、それで満足しておけと」
実際マイナルの目から見ても、男の持つ槍はいい出来だった。まあ、自分の作った剣に勝るとまでは思っていないが。それだけ自信があり、誇りもある。
「満足できないからここまで来たんじゃないか! 出会った今こそ決着をつける時! 今すぐ外に出て戦おうじゃないか!」
自身が負けるとは欠片も思っていないようで、自信満々な表情で工房の外に出る。
どうしようかとマイナルを見た幸助は、少し相手してやれば満足するだろうと助言を受けて工房を出る。
そのまま二人は町の外まで移動し、出てすぐに男は槍を持ち、ヒュンヒュンと風を斬って振り回し構える。
「冒険者パール・デトリガー! 勝負を申し込む!」
気合が入っているとわかる声の張りで、これだけで町を出入りしている人たちの注目が集まる。
対する幸助は溜息一つ吐いて、剣を抜く。そのままだらりと下げて構えらしきものはとらずにいる。最高の剣を持つということにこだわりはないのだ。剣自体には非常に満足しているが、それが世界二位でも三位でもそうなのかと流すのが幸助だ。
「冒険者、コースケ。面倒だけど受ける」
一拍置いたのは偽名を騙ってやろうかと考えたからだ。しかしマイナルに聞けばすぐにばれるので、正直に名乗る。
「もっと気合を入れろ! まったく。いくぞ!」
「はいはい」
気が抜けたままの幸助にパールは槍を突き出す。岩くらいならば簡単に貫く威力のそれを幸助は半歩右に移動し避ける。素早く引き戻したパールはもう一度突き出し、幸助は同じように半歩右に移動し避けた。
「なかなか強いな」
体の動き、突き出す速度を見た幸助が感心するように言う。高価な武具を買えるだけの実力があるのだなと素直に評価した。
見抜いた強さはセクラトクスやゲンオウには及ばないものの、ジェルムやボルドスより上だ。それなりに名の通った冒険者なのだろう。
「当たり前だ!」
もう一度、これまでで一番速い突きが迫る。それを今度は前に出ながら避けて、槍が戻る前に腹目掛けて蹴りを放った。
蹴られ尻餅をついたパールは咳き込みながら立ち上がる。
「剣を使え! 勝負ならんだろうっ」
「剣使うまでもなかったし。それに使い手の技量で勝負が決まるだろうって、マイナルさんが指摘してただろ」
「屁理屈はいい! 次は使えよ」
そう言ってパールは再度構える。
「めんどくさい奴だなー」
再び、パールの攻撃から勝負は始まる。先ほどと同じように突きを避けていた幸助は、十度目くらいの突きを剣の腹で受け流しつつパールに接近し、また腹を蹴った。
「これでいいだろ。剣使ったし」
目の端に涙を浮かべて咳き込むパールに言う。
「俺が求めてるのはそうじゃなくて! もっとこうっ刃と刃が交差して!」
「えー」
互いに不満の思いが込められた声を出す。
「また最初からだ!」
「諦めない人だなぁ」
実力差に気づいて諦めてくれないかなと溜息を吐いた。
さっさと終わりたいとパールの希望に答え、剣と槍を打ち合わせる。パールの表情はこれそこ望んでいたものと喜びに満ちる。
常人には捉えづらい速度での応酬に、見物人たちは感心の声を上げた。さきほどまでのコント染みたやり取りが嘘のような攻防なのだから、感心するのも当然か。
五分ほど付き合い、これくらいで十分だろうと判断した幸助は槍を巻き上げて、パールの手から弾き飛ばす。そのまま近づき腹を蹴った。
「……なんで腹ばかり蹴るんだ」
寝転び、腹を押さえたまま聞く。
さすがに同じ箇所に三度はきつかったようで、立ち上がれないでいる。
「なんとなく? とにかく勝負はついた。満足しただろ?」
「仕方ない、今日のところはこれくらいで勘弁しといてやる! だが明日こそは俺が勝つ!」
「おい。明日もって」
「逃げるなよ! 絶対来るんだぞ! 明日の昼過ぎにここで待ち合わせだ!」
言いつつ立ち上がり、槍を拾って杖代わりにして去っていく。その途中で一度小石に躓き転んだ。
諦めの悪さだけは認めてもいいかなと思い始めた幸助。見物人は終わったことを知り散っていく。中々すごかったなといった感想が聞こえてくる。
人が減り、冷たくなり始めた風も吹いてきて、幸助も帰ることにした。街から少し離れて、転移で家に帰っていく。
明日もキューハンに来ることになる。再戦の約束を果たすためではなく、今日買えなかった鉱石が明日揃うのだ。そのため明日もキューハンに行かねばならない。取り置きはしていないということなので、日数を置いてというわけにはいかないのだ。
勝負に負けた悔しさを酒で晴らしたパールは、少々頼りない足取りで宿に戻ってきた。
槍を部屋の壁に立てかけて、衣服を脱いでベッドに入る。
「明日こそは勝つ!」
寝転びながら腕を天井に向けて突き出し、酔いにまかせて目を閉じる。心地よい睡魔がパールを眠りに誘い、五分も経たずに寝息を立て始めた。
そうして四時間ほど経ち、パールが熟睡している頃に窓が静かに開く。空には細い三日月が浮かび、明るいとはいえない。そんな月光を背に黒尽くめの何者かは部屋に入る。手には月光を受けて弱く光るナイフがある。どこにでもあるナイフで、特に業物ということもない。もう一方の手には布が握られている。
黒尽くめの人物は暗い中、ベッドに近づき簡単にパールと部屋の中を観察する。小さく頷くと、布をパールの口に押し当て、ナイフを心臓に突き刺した。
布が口に当てられた時点でパールは起きたのだが、避けることやナイフを妨げることはできなかった。普段のパールならば殺されることはなかった。だが酔いのため感覚が鈍ってしまっていた。今日という日に、酒を飲んで寝たことは不運としか言いようがないだろう。
黒尽くめの人物は刺さったナイフをそのままに、パールから離れる。そして窓から外へ飛び降り、着ていた黒服を裂いて土の中に埋め、宿に戻る。戻った宿はパールが泊まっていた宿だ。
これが夜のうちに起きたことだ。
翌日、昼食後にキューハンにやってきた幸助はパールを待っていた。今日くらいまでは付き合ってやろうと思ったのだ。ついでに今日で終わりとなるように、槍を破壊してしまおうとも思っていた。
見たところ槍の柄は木製で、そっちを斬ってしまえば続行できないだろうと考えた。
人の行き来を見ながら待ち続け、三十分一時間と過ぎていき、ついに我慢できなくなった。
「言った本人が忘れてどうすんだよ」
用事をすませて帰ろうかと思いだした幸助に近づく者が二名いる。革製の鎧を身につけ、剣を腰に下げた警備兵たちだ。表情は緊張で硬い。
「すまないが、コースケというのは君であっているか?」
「え? ええ、あってますけど」
「そうか、話しを聞きたい。一緒に詰め所まで来てもらう」
「かまいませんが、どういった用件なんですか?」
「パールという者を知っているだろう?」
「はい。今日ここで会う約束になってますが」
警備兵もその約束は知っていた。幸助がどこにいるかの情報を集めた時に知ったのだ。
「そいつが死んだのだ」
「死んだ?」
「ああ、その容疑者として君が上がっている」
誤魔化すでもなく、大きく驚くでもなく、予想外といった様子を見せ、きょとんとした表情で聞き返す幸助に、警備兵は少しだけ疑いをなくす。それでもまだ容疑者としては一番だが。
「容疑者ですか。やってないとこの場で言っても無駄、ですよね?」
「うむ。抵抗するなら力づくでも」
「いえ、行きますよ。抵抗したら余計怪しいじゃないですか」
正直に話しをしてさっさと解放してもらおうと抵抗する素振りも見せない。そんな考えとは裏腹に、素直すぎて裏があるのではと兵たちは思っていた。
「そうか。ではついてきてもらおう」
警備兵に挟まれて幸助は町入り口の詰め所ではなく、本部といえる方へと案内される。
武器を持たせままだと暴れるかもしれないということで、兵が預かろうとしたが重く持ち運びに不便だった。そこでこの剣が犯行に使われたものではないと確認した幸助は剣だけ自分の部屋に転移させた。
隠していた武器を預け、手ぶらになった幸助は本部に入る。幸助が容疑者ということを知っている兵もいるようで、厳しい視線を向けられることもあった。魔物や殺意をもった人間に睨まれるよりもましなので、無視したのだが。
詰め所奥にある部屋の扉をノックして開いた兵は、中にいた無精ひげを生やした中年の兵と身なりの整った若い兵に用件を告げる。
「最後の容疑者を連れてきました」
「ご苦労。あとはこちらに任せてくれ」
「はい」
幸助を連れて来た二人は一礼し去っていく。
「コースケといったな入ってくれ」
部屋の中は刑事ドラマなどで見るような取調室に近く、ソファーが二つにテーブルが一つのみという窓もない殺風景な部屋だ。
幸助が座ると早速中年の男が話し始める。
「ここに連れてこられた用件は知っているな? 俺たちは、お前さんがパールという奴を殺した第一候補と睨んでいる。理由としてはちょっとしたトラブルがあり、実際に昨日戦っていたという情報を得たからだ。そこから互いに憎み恨みが出てきたのではと思っている」
「昨日の夜はどこにいましたか?」
「自分の家」
中年の兵は視線を若い兵に向ける。それに頷きを返した。
これは若い兵が虚偽判断というギフトを持っているからだ。嘘を見抜けるというものだが、完全に見抜けるというわけではない。なのでこれを当てにしての犯人探しは難しい。情報判断の手段として使われることが一般的だ。
「それはどこに?」
「セブシックのピリアル王国に」
「ふざけておるのかね!?」
脅しも兼ねてテーブルを叩いて睨む。一般人ならば転移は思い浮ばない。それゆえに兵たちもいい加減なことを言っているのだと判断する。
「転移の魔法が使えるので、それを使って行き来したんですよ。実際に使って見せましょうか?」
「転移? それならば遠距離の移動もできるか……怒鳴ってすまなかった」
「しかし転移ができるとなると、部屋への侵入も容易になるのでは?」
若い兵の言葉に中年の兵は頷いた。
そんな二人に幸助は、行ったことのない場所見通せない場所にはいけないと話す。
「移動できるといってどこへでも行けるわけではないです」
「そうか、あとでこちでも転移については確認しておこう」
疑いをそらすため偽情報を話した可能性があると考え、確認すると手元のメモに記す。
「被害者との関係を聞きたいのだが、話してくれるかね?」
「昨日初めて会いましたね。向こうは俺がこの街に来るのを待っていたみたいです。この辺の事情はワレイドア工房のマイナルさんに確認してください。そして会って、互いの武器のどちらが強いかという話になり、街の外で勝負となりました。ここらへんは、街に出入りするところを何人もの人に見られてます。んで俺が勝ってまた明日勝負ということになり、パールは街へ、俺は家に帰りました」
「勝負の部分は情報を集めて知っている。ワレイドア工房の方は知らなかったな。後で調べておこう。勝負の時にけなされたり脅されたりしたかね?」
「互いに挑発や脅しはしてません。話しを聞かない奴でめんどうだとは思いましたが」
これにも嘘はないと若い兵は頷いた。
「遠く離れた場所から来たということだが、なにをしに来たのかね?」
「昨日は買い物と剣の手入れを頼みに。今日は勝負の続きよりも、昨日受け取れなかった品を受け取りに」
「きちんと殺せたかの確認では」
「ないです」
「……そうか」
「殺したとしたら、そのまま逃げますよ? 大陸外まで逃げたらそうそう捕まりはしませんし」
「ですよねぇ」
それもそうだと若い兵は頷いた。
兵二人は幸助の容疑者順位を下げる。聞いたことが本当ならば動機はないし、わざわざ街中という目立つ場所で殺さなくとももっと確実な手段がとれるのだ。
「とりあえず、話しはこれだけだ」
「帰っても?」
「しばらくはこの街に滞在してほしいんだが」
「滞在費は? 俺が払う必要ないですよね?」
「……経費で出す。お前さんが犯人ならば借金にするがな」
「宿までは僕が案内しましょう」
「どれくらい滞在すればいいんですか?」
「そうだな……最低でも五日はいてもらう」
幸助の姿は旅装ではない。滞在するつもりはなかったので、着替えなど持ってきてないのだ。手紙を転移で送って、着替えとかをエリスたちに送ってもらおうと考える。
「宿にずっといなくちゃいけなんですか? それとも街中ならうろついても?」
「昼間ならば外に出てもいい。さすがにずっと宿の中は暇だろう。怪しい動きをしないか見張りがつくことになるのは諦めてくれ」
「わかりました」
幸助は若い兵に案内され、殺害現場の宿に連れてこられる。宿は現在休業中で、従業員やその日の客が留められている。
兵と同行してきた幸助は彼らの注目を集める。
部屋の鍵をもらった幸助は、着替えなどを取り寄せるため部屋に向かう。三十分も経つと手紙を読んだエリスとウィアーレが準備した衣服などが手元にあった。
「あとは鉱石を受け取りにいかないと」
部屋に鍵をかけた幸助は、見張りとしている警備兵に外へ出ることを告げて宿を出る。
中年の兵に言われた通り見張りがついたが、ほかの兵から警戒しすぎないでもいいと教えられていたため、少し離れた位置から隠れずにつけるという感じだった。
そういった見張りを気にせず鉱石を受け取った幸助は、そのまま寄り道せずに宿に戻る。
鉱石を部屋の隅において、暇潰しにと衣服と一緒に送られてきたギターを触り時間を潰す。
やがて夕食の時間になり、食堂から料理ができたことを知らせるベルが聞こえてくる。
食堂には宿中の人が集まっている。従業員は六人、客は幸助を含めて七人だ。
夕食はライ麦パンと肉団子スープと厚切りハムとオレンジだ。それを受け取った幸助はテーブルの端に座り、食べ始めた。その横に二十歳半ばほどの男が座り、話しかける。くすんだ金髪に、彫りの深い顔の男で渋さがある。
「よう、あんたも容疑者になって足止めくらったんだろ?」
「そっちもだろう? 互いに運が悪かったな」
「まあなぁ。急ぐ旅じゃないのが救いだ」
「俺も特に急ぎじゃないな。それでも早く犯人が捕まって解放されたいが」
「暇だしなぁ。暇潰しができれは問題ないんだが。そういやお前さんか? ギター弾いていたのは」
「そうだけど? 煩かったら弾くの止めとくよ」
「いや、逆だ。聞いてるだけでも暇潰しになるから弾いてくれ」
頷き、雑談に移っていく。ほかの者たちもそれぞれ話していてそれなりに打ち解けているように見える。
互いに冒険者ということを知り、自己紹介してさらに雰囲気は砕けたものになる。男の名はキュリアスといった。
そうして話題が今回のことになる。
「今回の殺しどう思う?」
さすがに大声で話すことではないとキュリアスは声を小さくして口に出す。
犯人探しをしたいために聞いているのではなく、好奇心からだ。
「どう思うって言われてもね。物取りの犯行とかじゃ?」
「聞いた話だと取られたものはなにもないんだと。財布も高そうな槍も置かれっぱなしだそうだ。荷物が荒らされた様子もないと」
「なにが目的なんだろうね。恨みとかかな、こういった情報は兵の方が詳しそうじゃない?」
「だなぁ。快楽殺人者が出たという噂もないらしいし、通りすがりの犯行って線はなさそうなんだが」
「宿の中に通りすがりってのはさすがにね」
結局犯人像がはっきりすることなく、この話題は終わった。
夜が明けて、皆が朝食を食べ終えた頃に、幸助を調べた警備兵二人がやってきた。もう一度宿の人たちから話を聞くためだ。昨日は幸助という有力な容疑者がいたため、ギフトを使っての調査はしていなかったのだ。
一人一人が客室に呼ばれて当時の様子などを話していく。三時間近く調査は続き、最後に幸助が呼び出される。
再び同じ質問をされて、話に差異がないか確認された。
「犯人の目星つきました?」
調査が終わり、幸助は部屋を出る前に聞いてみた。
「いや、さっぱりだな」
「ほかの兵が集めてきた情報にも、誰かと言い争ったといった話はありませんしね。それを踏まえるとやはりあなたが最有力になるんですよ。でも昨日話したようにもっと楽で確実な方法を取れるので、違うとも思えますし」
困ったもんだと兵たちは溜息を吐いた。
そんな様子を見て幸助はドラマなどの展開を思い出し口に出す。
「恨みを買ったわけじゃないのかもしれないですね。別の街で憎い相手を誰かに殺してもらう代わりに、自分もその相手が憎い人を殺して動機を悟らせないようにするといった事件を聞いたことがあります。ほかには殺す相手を間違えたせいで動機がなく、事件解決が長引いたって話も聞いたことありますね」
「……そうか、そういったことがな。参考にしてみるか」
「容疑者の言葉を受け入れていいんですか?」
若い兵は若干疑いを持っているようで上司に問う。
「勘でしかないが、このまま被害者について調べても無駄な気がしてな。あまりにも被害者に殺される理由がない。路上で殺されたのなら通り魔に殺されたって考えも浮かぶんだが。まあ違う視点での調査も必要だと思えた」
中年の兵は視線を幸助に向ける。試しに幸助が恨まれているようなことがないか聞いてみる。
「お前さんなにか恨みを買うようなことをした覚えは」
「この大陸では覚えは……あ、いやでもな」
「なにかあるのか?」
「二年くらい前に盗賊退治したから、その生き残りがいれば恨まれてるんだろうけど、顔見られた奴は処刑されたって聞いたし」
「どこでやった?」
「武術大会が行われてる街レゾティックマーグ」
「あそこか、ちと遠いな。間違うにしてもお前さんこの街にいなかったわけだから、被害者が間違われるのも無理があるか」
どこかに宿をとったという情報も集まらない、足取りもつかめない。そんな状況で幸助を発見したその日のうちに殺しを実行するのは困難だろう。パールが幸助に似ていれば間違えられた可能性があったかもしれない。だが服装や容姿が全く違う。
「ご苦労だった。調査は終わりだ。部屋に戻っていい」
この後警備兵たちは集めた情報の解析方向を変更し、情報をもう一度集めなおす。
これに二日時間をかけて、その後もう一度宿の者たちに話しを聞きにきた。
そして何番目かの人が客室に入り、少しして客室が騒がしくなった。
旅商人と言っていた男が客室から飛び出てくる。そのまま宿の玄関に向かって走る。
「そいつを止めてくれ!」
中年の兵が客室から出て叫ぶ。
それを聞いたキュリアスが旅商人の進行上に立ち塞がる。
「お前か! ちょうどいい!」
旅商人はそう言うと、袖から細い両刃ナイフを取り出しキュリアスに襲い掛かる。
「な、なんだ!?」
戸惑いつつも避ける。もう一度ナイフを振るおうとした時、木製のコップが飛んできて、旅商人の側頭部に当たる。タイミングを計って幸助が投げたものだ。
突然のことに反応できず隙を見せた旅商人をキュリアスが殴り、倒れたところを皆で押さえつけた。
逃げられないと悟った旅商人は舌を噛んで自害しようとしたが、若い兵が腕を口に突っ込み自害を防いだ。
「眠りの魔法使った方がいい?」
「頼む」
中年の兵に聞いた幸助はのっかっている人たちを巻き込む形で魔法を発動させた。
一人一人起こしながらどけていって、旅商人は口にハンカチを詰め込んだ後、ロープで縛る。
それを手伝いつつこの人が犯人なのか尋ねる。
「わからん。これまでとは違う質問をしていって、殺人に関しての質問にこいつは嘘をついたんだ。そこを問い詰めていると、逃げ出した。薬でも使ってどうして逃げ出したのか白状させるさ」
「じゃあ早いと明日にでも俺たちは解放される?」
「そうだな。その可能性はあるだろう」
若い兵と一緒に旅商人を抱えて中年の兵士は詰め所へと帰っていく。
それを見送りキュリアスは湧いた疑問を口に出す。
「んー俺を見てちょうどいいと言ったこともわかるかねぇ」
「わかるんじゃない? 簡単な事情くらいは教えてくれるだろうさ」
薬を使っての取調べはすぐに行われ、情報を全て吐き出させられた。
怪しい行動を起こしたことでただの旅商人ではないと、警備兵たちはわかっていたが、その正体を知って少し驚いた。貴族に雇われた殺し屋だったのだ。
標的はキュリアス。キュリアスが貴族に無礼を働き殺されようとしたわけではない。キュリアスが妾の子供だったことが原因だ。父親である貴族がキュリアスを気に入っていて、順位の高い相続権を持たせようとしていると知った本妻や親戚が排除に動いたのだ。
キュリアスは己が妾の子と知っていて、相続権などいらないと公言していたが、それを本心ととられなかったため、今回の騒ぎが起きた。
パールは人違いで殺されたということになる。殺し屋が二流で情報集めが不完全だった、パールとキュリアスが槍使いで体格年齢が似ていた、部屋が隣同士だった、酒に酔って感覚が鈍っていたという要因があるが、運が悪かったという言葉で表せてしまうだろう。
このことはキュリアス以外には伏せられ、事件が解決したとだけ告げられた。貴族のごたごたなど聞かせない方がいいと警備兵たちは判断したのだ。
キュリアスは自身が標的だったと知らされ驚き、旅の目的地を故郷に変えた。もう一度相続放棄を告げるためだ。
幸助は今回の経緯に少し興味があったが、兵たちが伏せたということから厄介事なのだろうと判断し、聞くようなことはしなかった。
「では俺は帰ります」
「ああ、また剣を持ってこいよ」
帰る前に挨拶にとワレイドア工房に来ていた。
「はい、また持ってきますよ。いつになるかはわかりませんが」
「そうそう傷つきはしないだろうからなぁ。そういやパールの槍ってどうなったんだろうな?」
武器ということから、ふと勝負のきっかけとなった槍のことを思い出す。
「パールの持ち物は警備兵が預かってるらしいよ。事件が解決して、持ち主がいなくなったわけだから彼らのものになるのかな?」
冒険者が魔物に殺されて帰ってこない場合、宿に残した物は宿のものになる。だが今回は殺人事件で、品物は事件関連品として押収された。今回の場合はそのまま保管され、宿に返されることはない。一年ほど保管して、遺族がどこにいるかわかれば送られ、わからない場合は街のものとされる。
パールの出身地がよその大陸ということもあって、一年では判明せず保管品は街のものになった。
武具は店に流されて買い手がつく。もちろん槍もだ。
そうして槍は壊れるまでに幾度も持ち主を変えることになる。ある者は借金の形に手放し、ある者は失くし、ある者は盗まれ、ある者は魔物に殺されて。
槍を手にした者は皆不運な目に遭い、手放すことになる。
邪竜とも呼ばれた黒竜の鱗は、不運とも呪いとも呼べる特性を帯びてしまったのだ。そしてそれは黒竜が好んでいた、他者を害すということを行うモノになることで強化された。後に鱗は防具の材料にもなったが、黒竜の性格とは反対なモノになったせいか、不運特性はとても小さなものになった。
パールの死は槍が呼び寄せた不運が原因といっていい。
黒竜の鱗を使った幸助の剣もまた同様の特性を得ている。だが幸助の場合は、全ステータス補正という反則によって不運特性は打ち消されていた。
黒竜を殺した本人は被害を受けず、無関係な他者が被害を被っているというのは理不尽といえるだろう。
こんな事情を誰も知らず、いや鍛冶を司る神だけは知っているのかもしれないが、出来のいい槍を求める人がいなくなることはなく、被害者は増えるばかりだった。