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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外1 消えない火種(三年後)
64/71

4 神々の企て

「これでいいか。あーっめんどかった」


 コーホックが雲に届く高さに浮いており、流れてもいない汗をぬぐう仕草をしている。

 とても気を使う作業をしており、精神的な疲労がものすごい。少しでも油断すれば自身の命だけではなく、神全体にも問題が広がりそうなことをしていた。これは独断ではなかった。独断でこんなことはしないし、したくもない。


「行き先はカリバレッテだったか。わりと遠くまで流れるものだな」


 コーホックの眼下遠くにはエゼンビア大陸がある。


「この後は町が被害にあって、それがコースケに知らされると。少し複雑だが、機会は逃せないしな」


 悪く思うなと侘びをどこかの誰かにいれて、コーホックは転移する。

 その場には雲と風のみがあり、その風にコーホックが苦労して触らずに運んできた歪みが流されていく。

 その歪みはカリバレッテのとある町に落ちることに決まっていた。


 幸助がリッカートの店に行くと、メリイールたちはガレオンからの伝言を預かっていた。伝言は三日前のもので、聞いたら急いでギルドに来てくれというものだ。

 手早く店の用事をすませた幸助はギルドに向かい、いつものように受付に話しかける。今日の受付はシオンに変装するとき参考にさせてもらったティオネだ。


「こんにちは。ギルド長からすぐに来るよう伝言を受けたのですが」

「こんにちは、ワタセさん。来たらすぐに通すよう聞いています。奥へどうぞ」


 このギルドの通い始めてそれなりに時間が経っていて、顔も覚えられたのだ。ギルド長に何度も会っていれば興味は引くだろうし、ギルド職員にガレオンのついでに差し入れを持ってきていたのも覚えられた要因か。

 すれ違う職員に挨拶をしつつ、ノックをしてからギルド長の執務室に入る。


「待っていたぞ」


 幸助が入ってきたのを見ると、書類仕事を中断しペンを置く。


「こんにちは。なにか急な仕事?」

「ああ、カリバレッテは知っているな?」

「歌姫のいる国だよね? 知り合いにそこの出身者がいるよ」

「そこのギルドが国からの通達を受けて、お前さんを呼んでいるらしい。普通ならば断るんだが、姫からの頼みとあれば断れないだろうという伝言もある」


 この伝言があったので、ガレオンも店に伝言を残したのだ。


「たしかにフルール様に頼まれたら断りきれないね。それにしても国からってことはわりと大事?」

「詳しいことはわからないが、町一つがどうにかなっているらしい。あとウィアーレって嬢ちゃんも呼んでくれという話だ」


 幸助の動きが一瞬止まる。ウィアーレを呼ぶということは十中八九歪みに関連したことだろう。たまに起こるものなのか、それとも以前の戦いの影響なのか、どちらなのかと考える幸助にガレオンが咳払いで注意を引く。


「話を受けるのならば先に連絡を入れておくが」

「お願いします。カリバレッテには行ったことあるので転移で移動可能だし、近いうちに行くと伝言しといてください」

「わかった。ついでにこのギルドからも依頼をいいか?」

「内容は?」

「サーヴァイド鉱石というものがあってな? これは水の上を歩いたり、水中呼吸を可能にしたり、大渦を起こせる魔法の媒介になるんだが、誰がやったかわからんが買占めが起こって足りなくなってるんだ。幸いカリバレッテはサーヴァイドの産地の一つ、トン単位で買ってきてほしい。金に関してはこの封筒を王族に渡してくれればなんとかなる。用意もしてくれるはずだ、それを転移で持って帰ってきてくれ」

「わかった」


 ガレオンに渡された封筒は蝋で封をしており、蝋にはなにかの紋章が刻まれている。幸助は知らないが、この国の伯爵家の家紋だ。この伯爵家は海岸に接した領地を持っていて、海で特産品の栽培をしている。それの収獲に水中呼吸の魔法を使っているのだ。

 幸助は受け取った封筒を懐に入れ、ここから直接ドリポットへと転移し、研究をしている地下室に向かう。

 エリスとウィアーレは手を止めて、入ってきた幸助に顔を向ける。

 

「なにか用事かの?」

「カリバレッテで歪みに関する事件が起きたらしい。それでギルドを通じて国から俺とウィアーレに来るよう依頼がきたんだ」

「国から? あそこの姫は神から事情を聞いているし、歪みに関してはウィアーレに任せるのが一番だと知ってはおるだろうが。そういえば偽神殺しの称号にも歪みに対する耐性があったな。幸助だけでもなんとかなるか」


 そんなものもあったかと幸助は今気づいたような表情となる。普段使わないので、すぐに気づけないのだ。

 偽神殺しのことはフルールは知らないので、ウィアーレを連れて行ったほうが安心できるだろう。


「フルール様には世話になっていて断りきれない。ウィアーレに一緒に来てほしいんだ」

「わかった」

「エリスさんはどうする?」

「たまには遠出もいいじゃろ」


 少し考える素振りを見せたエリスは頷く。いつも地下に篭ってばかりだ、気分転換を兼ねて同行するのも悪くないと考えた。

 幸助と二人旅かなーと思っていたウィアーレは、心の中だけで溜息を吐く。

 エリスが阻止するために同行に頷いたのかは、本人以外誰もわからない。

 三人揃って出かけることを決め、急な仕事が入ったとシャイトに告げて、家に戻る。

 着替えなどを準備していき、カリバレッテまでは少し遠いなと思った幸助は、ミタラムやコーホックに話しかける。


「あれ、返事がない」

「ん? 神たちに転移を頼むつもりだったのか?」

「そうなんだけど、まあたまにはこんなこともあるか。カルホード経由で行けばいいし自力で転移しようか」

「カルホードまでなら私が行ってやろう」

「お願い、そこからは俺が転移するよ」


 転移の準備を整えたエリスに、幸助とウィアーレは触れてカルホード大陸へ転移する。

 以前馬車で旅をした適当な平原に飛び、そこからカリバレッテへ転移する。着いた先は王都から十分ほど離れた平地だ。遠くに都の建物が見える。


「遠距離転移ができる人が二人いると便利だね」


 以前は月単位で移動に時間をかけた距離を、今回は一時間もかからず移動したことにウィアーレが感動した声を出す。そして初めてくるカリバレッテを珍しそうに見ている。

 三人はとりあえず宿をとろうと思ったが、すぐに問題解決に動くことになるかもしれないので取らずに、冒険者ギルドに向かう。

 受付に用件を話すと職員が呼ばれ、その職員から紹介状を渡され城にあがるように勧められる。

 ギルドから出た幸助が城へ進もうとし、エリスに止められる。


「私は行かずに、そこらの喫茶店で暇を潰すことにする。呼ばれたわけではないからの」

「私もそっちに行こうかな。王族に会うのは慣れてるけど、率先して会いたいわけでもないし」


 エネーシアが時々前触れもなく転移でくることがあり、いやでも慣れるのだ。


「エリスさんはいいと思うけど、ウィアーレは行った方がいいんじゃ?」


 人差し指を顎に当てて、エリスは少し考え口を開く。


「行かずともいいかもしれん。城でウィアーレが必要とされているわけではないからな。行って話を聞くだけじゃろ、それならコースケ一人で十分なはずだ」


 安全とは知っているが、歪みに関連する者を城に入らせたがらないのではという考えもあるが、それは言わずにおいた。

 無闇にウィアーレを傷つけることもあるまいとの判断だ。


「んじゃ、一人で行ってくるよ」


 二人とわかれ、城へと向かう。

 わりと久しぶりなカリバレッテの城の前に行き、ギルドからの紹介状を門番に渡す。連絡はきていたようで、荷物検査をされることもなく城内へと通される。案内された先は謁見室ではなく、客室の一つだ。そこでメイドにお茶とお菓子を出してもらい待つこと十五分。フルールが入ってきた。以前は護衛も一緒に部屋に入って来たが今日は部屋外で待たせている。歪み使いに関して聞かせるわけにはいかず、入らせないのだ。

 フルールは二十五になっているが、結婚はまだしていない。この世界ではいきおくれになるのだが、本人は気にしておらず、父親や家臣たちの方が気にしている。隣国との結婚話は消えてしまった。シャイトの仕事ぶりで交渉が上手くいったというのもあるが、幸助を通じてホネシングやコウマといった国との繋がりを持つことができ、外交で頑張りを見せ国力増加に成功したのだ。フルールの公演で他国の人々を慰撫し印象を良くしたことも国力増加の一因だろう。


「お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです」


 椅子から立ち上がり、一礼する幸助にフルールは笑みを浮かべて挨拶を返す。そのまま雑談に移るということはなく、表情を引き締めて幸助を見る。雑談する時間も惜しいのだ。


「ここにきたということは依頼を受けてもらえるということでいいですか?」

「はい」

「ありがとうございます。では早速事情を話しますね。十日以上前にアホースという南西にある町から連絡が来ました。町民全員の疲れがとれないと。どういうことがわからなかったのですが、詳しい情報も送られてきたので読んでみると、その言葉のままのことがおきているらしいとわかりました」


 よくわからないという顔の幸助に、その反応は当然だろうとフルールは同意する。自分も最初聞いた時、意味がわからなかったのだ。


「動けば体力を消費し、少し休んだり、食事をとったり、寝ると回復しますね? そういった回復がある時からなくなったそうなのです。いえ、なくなったというのは少し語弊がありますね。食事を取れば空腹は満たされます。寝ると睡眠もきちんととれます。けれど疲れはとれずだるい日々が続くということなのです。そのような状態だと体力が回復しても、減りは早く、体力の上限自体も減っていきます」


 ここで一度説明を切り、理解できているか確認するように幸助を見る。わからないといった様子はないので続ける。


「そのような現象は町のみで起きているらしく、町から出て休むと疲れは取れるそうなのです。ですが町に入れないのは困ることですし、体力の低い老人や病人には死者もでました。今は周囲の村などに移動させ、国のサポートもしていますが、ずっとそのままというわけにはいきません。調査しようにも長く町の中にいることはできず、調査の進展は悪いです。こういったおかしなことは歪み関連だろうと思ったところ、セミンルーズ様からその通りという言葉をいただき、あなたの知り合いならばどうにかなるのではと連絡させてもらいました」

「俺たちに求められているのは早期の解決。町を元に戻すということでいいんですよね?」

「ええ、町の近くには国の兵がいます。紹介状を渡すので調査解決までの間、そこに滞在できるようになります」

「食料とか持っていた方がいいんでしょうか?」

「十分な量を持っていかせましたし、定期的に運んでいるのでそういった気遣いは無用です。解決に全力を尽くしてください」

「わかりました。すぐに出発します」

「慌しくて申し訳ありませんが、どうかお願いします」


 町の人々のことを思うとどうしても急かしてしまう。それは幸助にもわかるので任せてくださいと頷いた。

 フルールは持っていた紹介状を幸助に渡す。それを受け取り、かりにサーヴァイド鉱石についての手紙を渡す。一礼した幸助は部屋を出て行った。

 手紙を読んだフルールはすぐに手配を頼む。


 待ち合わせの喫茶店では、モンブランやチーズケーキを食べている二人がいる。

 表情は微妙だ。美味いのだが、幸助の方が美味く作れるのでお金を払ったことが損なようにも思えたのだ。


「美味しいんですけどね」

「ああ、コースケが毎日作ってくれるもので、舌が肥えてしまったな」

「胃袋を掴まれて、餌付けされたような思いがしますね」

「楽しみが一つ減ったような気もする。たまに違った味を食べるのは嫌というわけはないが。思わぬ弊害が出てきたな。弊害というのもおかしいか」


 二人を見つけた幸助は店に入り、ウィアーレの隣に座り適当なお茶を注文する。


「なんか悩んでたようだったけど、困るようなことでもあった?」

「いや、なんでもないさ。どのような話だった?」


 チーズケーキを突きつつエリスが聞く。


「歪みだった。町一つがその機能を停止するような事件だよ」

「私の時みたいな?」

「あれよりひどいかな。死者が出てるし、町にいられない。ましといえるのは、自由に出入りできること。あの時は正気を失わないと出られなかったしね。今は町民はよその村に行ってるんだとか。兵が町のそばにいるらしいよ」


 具体的にどのようなことが起きているのか話していく。


「俺たちに害が及ばないようにできる?」

「たぶんできるけど、それをすると私はそっちに集中してよほど近くに行かないと歪みがどこにあるかわからないよ?」

「外から大体の方角を推測できぬのか?」

「街全体を覆ってるらしいから、気配が分散してると思うんだ。実際行ってみないとはっきりとしたことはいえないけど、難しいと思ってた方がいいかな」

「なにか探す方針とかない?」

「とりついた対象にそった効果を出すことが多いから、そこから考えてみたらいいはず。今回は疲れがとれないってことだから……」


 思いつかないのか言葉が止まる。


「ウィアーレの時は、皆がおかしくなったんだよね。どじって特性がそのまま出たわけじゃないから、今回も少し変わってる可能性もあるはず」

「だとすると元々の特性は。疲れやすい。体力を使う。体調がおかしくなる。そんなところかのう。人がおらずとも異変が起き続けているということは、物にとりついている可能性が高いか」

「処理は簡単だけど、探すのが難しそうだなぁ。誰もいない町で動く生物がいれば、それに歪みがとりついているってことなんだけど。最悪町中を歩き回ることを覚悟しておかないと」


 ウィアーレのおかげで、それで見つかるのだからましな方だ。兵たちはノーヒントで疲れながら町中を歩き回ったのだから。


「町の位置は聞いたし、そっちに向かって飛ぶ? それとも今日は宿をとる?」

「飛んで行くと魔力がのう。向こうできちんと休めるならば飛んで行ってもいいが」

「紹介状もらったから、無碍にされないとは思うけど」

「今日は休みながら、町の中の様子とか、建物の位置とか聞いたらいいかもしれんな」

「これから出発ってことで?」


 ウィアーレがモンブランの最後をフォークに刺しながら聞く。

 エリスは頷いて、チーズケーキをいっきに食べた。やはり不味くはないのだが、家に帰ったらチーズケーキを作ってもらおうと考える。

 お金を払い、三人は店を出て、街の外にでる。


「南西に徒歩七日の位置だってさ。ウィアーレはどっちが背負う?」

「力の強いお前さんでいいじゃろ」


 ウィアーレを背負った幸助とエリスは飛翔魔法を使い、南西へと飛び立つ。何度か魔法をかけなおし、五時間かからずにそれらしき町についた。

 町の外にテントがいくつか並び、遠目にも町の中に人影がない。この町に寄ろうと思っていた行商人の馬車などもある。町周辺の北部に畑があり、南部には木々の緑が見えた。そちらには農作業中の人がいる。

 それらを見た後、テントから少し離れた平地に着地する。

 三人に気づいた兵が近寄ってくる。


「なにかこの町に用事でしょうか? 現在立ち入りを禁じていまして。いつ入ることができるのかもわからない状態です」

「私は国から依頼された冒険者です。こちらが紹介状となります。ご確認を」


 幸助はもらった紹介状を兵に差し出す。その封に刻まれた紋章を見て、王家のものだとわかった兵は自分では判断できないと責任者の下へ、三人を連れて行くことにした。

 兵が先導し、テントの一つに入る。


「隊長、国から派遣された冒険者が紹介状を持ってきました。確認をお願いします」

「ご苦労、仕事にもどってくれ」

「はっ」


 案内してきた兵は三人に一礼するとテントを出て行く。

 隊長と呼ばれた四十過ぎの男は、受け取った紹介状を開き、中を読んでいく。表情に若干苦いものが表れた。


「姫様からの紹介だな。たしかに確認した。こういったことに慣れていると書いてあるが、本当なのか?」

「歪み関連の事件は何度か解決していますね」


 といっても両手で数えて足りるが。歪みがばらまかれる前ならばそれで十分すぎる。


「経験者か。自国のことは我らで解決したいというのが正直なところだが、我々ではどうにもしがたくてな。まるで極寒の雪山か灼熱の砂漠を移動しているように疲れ、体力の減りが早い」

「どれくらい活動できたのか、教えてもらえぬか」


 エリスの硬い口調に、不思議そうな顔をしたものの隊長は頷く。


「一時間と少しが限界だったな。回復しない状況があれほどやっかいだとは思わなかった。お前さんたちはなにか対策があるのか?」

「暇潰しのダンジョンで、歪みに耐性を得る道具を手に入れたからのう。使用人数は三、四人までじゃが」


 歪み使いのことを言うわけにはいかず、道具だと誤魔化す。

 隊長は怪しむことなく納得した表情を見せる。暇潰しのダンジョンは神たちのテリトリーだ。そのような道具が手に入ってもおかしくはない。


「町の地図とかあったら見たいんですけど。潜んでいそうな場所とかヒントになるかもしれないんで」

「わかった。ええと、ああこれだ」


 ウィアーレの頼みに、テーブルの上にある書類から町民に作ってもらった地図を取り出す。

 町長の家が東にあり、その少し北に穀物庫と自衛団の詰め所、南に商店と職人の店が集まり、北東から北西に住宅街。西部やや下に大広場。北から南へと真っ直ぐ大通りが貫き、西から中央にかけても大通りがある。


「見たところ普通の町だよね。特徴とかあるんですか?」


 幸助の目には、これまで見てきた町から大きく外れているようには見えない。


「これといって名産品があるわけではないな。畑で作った物を売って経営されている町だ。畑で作っているものはカボチャ、大麦、キャべツ、ブドウ、リンゴといったところだな。畑までは被害が及んでいないんで、収獲にダメージがいっていないのは嬉しいところだろう。しかしそれらの世話のため、近くの村から畑仕事に通っていて大変そうだ」

「とりあえず、今日のところは外から町を見てみるだけでよいか? 魔力が少々心もとない。万が一戦闘などあれば、不安があるでな」

「わかった。できれば早期の解決が望ましいが、急かせて失敗させるわけにもいかんしな」

「では今から町をぐるりと回ってきます」


 その間に三人が寝泊りするテントを準備しておくという隊長の言葉を背に、三人はテントを出て行く。

 町の西にあるテント群から、時計回りに歩いていく。南部の木々はリンゴとブドウの木だった。

 町を見ながら、畑仕事中の人たちに歪み以外になにか異変がなかったか聞いていき、情報を集める。


「歪み以外に異常はなかったと」

「ヒントにはならんかったの。ウィアーレはやはり気配は掴めなかったか?」

「うん。歪みが発生したばかりだったら、濃さ薄さでわかったかもしれないけど、時間が経って充満してるから無理だよ」

「では明日から内部調査じゃの」


 まずはテント群に近い西部から始めることにして一度町に入ってみる。どれくらい消耗するのか、きちんと影響を防ぐことができるか、体験しておこうと思ったのだ。

 すぐに外に出られるように町の縁で立ち止まり、体を動かす。


「空気が違うというか、違和感はあったね」

「はっきりと違ったな。歪みで間違いないか?」


 エリスの確認にウィアーレは頷いた。

 十分ほど体力の減りを確認し、五分の休憩で状態が変わらないことも確認した。

 ウィアーレに称号を偽神殺しへと換えてもらい、完全に影響を遮断できるのかも調べてみる。


「かすかに違和感あるね。完全には防げないみたいだ。でもそのままでいるよりずっと楽」

「影響を防いでくれ」

「わかった」


 ウィアーレは目を閉じて自分を中心に歪みを押しのけ、通常の空間を作り出していく。常に体に力をこめているような状態で、気が散ると通常の空間が縮まる。

 空気が外と同じになり、幸助とエリスは一息つく。


「この感じだと一日六時間くらいが限度だと思う」

「兵たちの一時間よりましだよ。それに自力でも一時間以上はなんとかなりそうだったし」


 実験は終わりとして、三人は町を出る。

 集中を解いたウィアーレはふうっと息を吐いて、体から力を抜く。鋭く細められていた目も元の愛嬌のある目に戻る。

 テントに戻った三人はゆっくりと過ごす。暇潰しに幸助は夕食作りの手伝いをして、町民からの差し入れの野菜で作られたごった煮スープは好評だった。

 夜が明けて、身支度を整えた三人は早速町に入る。

 広場を見渡し、椅子の下や木の枝の中などおかしなものがあるか探していく。歪みの影響を受けて、植物も色あせ萎れたものばかりだ。


「向こうからなにかリアクションがあると助かるんじゃがな」

「物にとりついているとすれば感情なんてないんだろうし、反応は返せないんじゃないかな」


 歪み自体に意思はない。ウィアーレの時は、人にとりついて感情を得て反応を表したのだ。感情のない無機物にとりつけば、静かに影響を与え続けるだけだ。


「厄介じゃのう。ヒントを元に探せればいいが」

「だね。もう少し広場を探ったら、次の場所に行こうか」


 三時間かけて広場やその周辺を探り、ここには反応なしと次に向かことにした。


「静かだね。静か過ぎて怖いよ」


 ウィアーレは耳に痛いほどの静寂に顔を歪める。聞こえてくるのは風に揺られる木の枝や看板が動く音だ。生活音は当然として、生き物の出す小さな音も聞こえない。鳥も犬も虫も歪みの影響から逃れるため、町から逃げ出したのだ。


「廃墟とはまた違った雰囲気があるよね。怖いというか不気味だ。一人では歩き回りたくない場所だと思う」


 持ち出せなかった食べ物が腐った匂いも不気味さに拍車をかけているのだろう。


「次はどっちに行こうか」

「北と南どちらにしようか。体調をおかしくさせる物、品物といったヒントだけなら、探しようがないな。店にも家にも品は溢れておる。ほかのヒントから体によくないものと考えてもいいだろうか」

「体によくないもの……毒とか? タバコもよくはないね。武器はなんか違うような気も」

「武器なら、殺人事件とかたくさん起きてそうだよ」


 集中しつつウィアーレが言う。


「とりあえず南に行ってみるか。店が多くあるそうだしな。外れたら街中を探し回ることになるか?」


 町の南部に移動し、建物の中や小道を見て回る。

 今日のところは見つからずに、ウィアーレの限界が来て終わりとなった。


「ずっと気を張るのは疲れるぅ」

「お疲れ様。ゆっくり休んで」


 テントの中でごろりと寝転んだウィアレーを労う。すぐにすやすやと寝息を立て始めるウィアーレを起こさないように、二人はテントを出る。

 二人はもう一度地図を見せてもらおうと、隊長に会いに行く。


「なにか進展でもあったか?」

「いや、地図を見せてもらいたくて」


 薬師や医者の家、タバコを扱っている店がどこにあるか知りたかった。毒などがある場所はそこくらいだろう。秘密裏に毒を持っている者もいるかもしれないが、それはしらみつぶしに探していく時に見つけるしかない。

 歪みの特性を説明すれば、隊長は納得し地図をテーブルに広げる。ほかの資料も出し、医者の家などに印をつけていく。印は住宅街と南部にわけられた。


「明日は先に病院などを回ってみて、その後南部を本格的に調べてみるかの。地図は借りれるか?」

「この事件が終われば燃やすから返してくれ」


 重要な町というわけでもないので、機密情報に当たるわけではないが、念のため処分することになっている。


「わかった」


 幸助は受け取った地図をポケットにしまう。

 翌日、三人は再び町に入る。


「先に住宅街の医者の家を回る。それでいいか?」

「うん」


 エリスがウィアーレに確認し、歩き出す。

 小さな病院と薬師の家二軒を探るが、ウィアーレがなにかに反応することはなく、空振りとわかった。


「毒物となる薬の材料はあったけど、毒そのものはなかったね。見落としもなかったし」


 家主には悪いが、詳細に調べさせてもらった。


「では予定通り、南部に向かうかの」


 北から南へ移動し、タバコを扱っている店も見て、そこも異常はなかった。どこにあるのかと首を傾げ、探していくうちに時間がきて、町を出る。

 一息ついて振り返った町は最初とかわらず静かなままだ。

 そしてまた日が暮れ夜が明け、三人は調査を再開する。今日は町の南部から入る。前日と同じように歩き回り、幸助がふと足を止めた。


「変な臭いがする」

「どんな匂いだ? ものが腐る臭いはしていたが」

「すっぱいような感じかな」

「臭いのする方向は?」


 こっちだと幸助が先導し、着いた先はそれほど大きくはない倉だ。一般家屋よりは小さいか。

 近づけばエリスとウィアーレも臭いを感じ取ることができた。倉のすぐそばには店があり、品物は酒らしい。


「酒蔵だな。酒も飲みすぎれば体調をおかしくさせるものだったな。調べてみるかの」


 鍵がかけられていたが、幸助がちょちょいと外す。戸を開けると、強い臭いが倉庫の中から流れ出してきた。目にも染みるほどの臭いで、三人の目に涙が浮かぶ。

 これはたまらないと一度三人は退避する。


「あったよ。あの中から反応があった」


 鼻をつまみ、ウィアーレが倉を指差す。


「見つかったはいいが、あまり入りたくないのう」

「風の魔法で空気の入れ換えしたら少しはましになるんじゃない?」


 その前に幸助が称号を偽神殺しに換えてもらい、息を止めて倉に入り、窓を開けていく。

 幸助が出てきたところで、エリスが風を吹かせて倉庫の中の臭いを押し出していく。周囲に臭いが充満しそれを幸助が風の魔法で押し流す。

 五分ほど続けて、もういいだろうと魔法を止めて倉の中に入る。まだ臭いはあったが、扉を開けた時よりはましになっており、我慢できる範囲だ。


「これだ」


 ウィアーレがワイン樽を指差した。中身はブドウ酒かリンゴ酒か。


「壊せばいいんだっけ? でもそれだと樽が壊れるだけで、中身が床に広がるだけ?」

「中身を蒸発でもさせればいいんだろうが、ウィアーレに直接どうにかしてもらった方が早いじゃろ」

「そうだね。やるから影響防ぐのを止めるよ?」


 断りを入れて、集中を解く。途端に以前も感じた違和感が襲う。けれど一分もせずに通常の空気に戻った。

 ウィアーレの手のひらに、酒から取り出した歪みがある。そこらの雑草の成長速度を歪めて、その歪みを消費した。

 これで問題は解決だ。変化した酒はそのままで、飲めはしないだろう。

 町の雰囲気が変わったことに兵たちも気づき、町に足を踏み入れて問題がないことを確認する。

 三人は隊長に、歪みがとりついていたもの、調査のために入った建物などを報告し、隊長が作り上げた報告書を受け取る。

 三人は転移で王都に飛び、兵たちは方々に散った村人への報告などのためもうしばらく現地に滞在だ。


「無事解決ですか。ありがとうございます」


 フルールは幸助から直接渡された報告書を読み、解決したことを知る。読み終えた書類を護衛の一人に渡し、王へと持っていってもらう。

 問題解決を喜び、フルールはいつものように穏やかな笑みを浮かべる。


「報酬を用意しますね。それと問題が解決したことですし、少し時間をもらえますか? 久しぶりに一緒に歌いましょう」


 幸助は歌うのではなく演奏なのだが。


「わかりました。演奏する場所はいつもの部屋で?」

「ええ、歌っている間に報酬を準備してもらいます。手紙にあったサーヴァイド鉱石も用意できていますよ」

 

 少しして、ここしばらく聞こえてこなかった、のびのびとした歌声と楽器の音が城中に響いていった。

 それを聞き城の住人は日常が戻ってきたことを知るのだった。


 同時刻、地上を見ていたコーホックたちが作戦の成功を確認していた。

 といっても見ていたのは幸助たちの動きではない。セブシック大陸で起きていた歪みの騒動だ。


「手に入れたか。これであとは動き出すのを待つだけと」

「そうね、どれくらい時間かかるかしら?」

「船で移動したりするから、すぐには。長距離転移は無理」

「動き出したら、知らせて、移動させて、任せて終わり」

「知らせなくても、国が一つ二つなくなるだけだけど」

「進路次第では竜殺しの住む国にくるから、それは避けた方がいいだろうさ。知人が死んだら悲しむだろう」

「とりえず経過を見守り、計画通りに動くってことで?」


 コーホックの確認に神たちは頷いた。

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