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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外1 消えない火種(三年後)
62/71

2 テリアと神とおらが村

「今日は温かいかな?」


 幸助はよく晴れた空を見上げて呟く。吹く風は冷たいが、空には雲一つないので、暖かな日差しが地上を照らしている。

 周囲を見ると作りかけの塀があり、その向こうには大きな建物がいくつか見える。ここはドリーポット、幸助が発端となって生まれかけている村だ。

 土と雑草と岩が目立つ土地で、土は固めで畑を作るには少々苦労しそうな場所だ。目立つのは地下へと続く大きな洞窟で、地下水脈へ繋がっている。その洞窟からぐるりと塀で村を囲む予定だ。

 三つの樽が載った台車を引きつつ門に近づくと、塀で作業をしているヴェサミカやカリバレッテやコウマから来た人々が幸助に声をかけてくる。


「村長、こんちにはー」

「村長、今日は来たんすね」

「お一人ですか?」

「なにかお土産あります?」


 それらに苦笑を浮かべつつ、返事を返していく。


「ワインの入った酒樽を持ってきたから夜に飲むといいよ」

「やっほう!」

「太っ腹ー!」


 この村には今五十人ほどの人がいて、彼らは幸助をここの村長だと認識していた。幸助はアミューズメントパークを作るつもりはあっても村を作るつもりがなかったので、自身が村長と呼ばれることに違和感があった。

 何度かエネーシアとゲンオウとフルールに村長って柄ではないと言ったが、幸助が発端となってできた村だし幸助以外に村長を認める気はないということで、幸助が村長ということになっている。ほかの誰かを村長にすると、所属している国に偏るかもしれないので、どこにも所属していない幸助が都合よいという見方もある。

 台車を引き、そのまま進み村の端の建物に向かう。そこは役所であり事務所だ。隣には作業員の使っている宿泊施設がある。ここはアミューズメントパークが完成すると、園内宿屋として使う予定になっている。宿の主はシディになってもらうつもりで、現在交渉中だ。


「こんにちはー」

「お、村長じゃないか」

「こんにちは、村長」


 書類作業をしている男女が幸助の声に反応し顔を上げる。


「シャイトもムロンさんも村長は止めてって言ってるのに」


 カリバレッテから派遣されてきた人員の中に二人がいたのだ。国元から遠くへ移動させられた形だが、安全を求める二人にはプラスとなる移動で、移動を命じられた時とても喜んだ。


「姫様からもお前が村長だって言われてるしなぁ。カリバレッテから給料もらってる身としては、従うしかないだろう?」


 笑みを含んだ様子で言ってくる。そんな夫をムロンは呆れた目で見ていた。


「外にワインの入った樽を置いてあるから、皆に振舞ってあげて」

「わかった」


 自分用の机に座り、用件を伝える。

 自身に回された書類を手に取り見ていく。ほとんどがシャイトたちによって処理されており、幸助はそれにサインするだけでいい。

 疑問に思った箇所を聞き、計算間違いしていないかチェックしていき、書類を片付ける。何度もやっていることなので慣れたものだ。


「工事の進展となにか問題があったか聞きたいんだけど、いい?」


 処理を終えて、二人に話しかける。

 

「ん、少しだけ待ってくれ……これでよし」

「私の方ももう少し」


 手元の書類に一区切りつけて、二人は顔を上げる。


「工事のことだったな? 今は塀の本格作成工事をやっている。順調にいってるが、このままだと後三日で材料がなくなるんじゃないかと思う」

「作業員と話しましたから、間違いないかと」

「わかった。また持ってくるよ」


 塀の材料は岩で、それは幸助が岩山に行って切り出している。普通なら専門の業者に頼むことだが、切り出しも運搬も魔法でこなせるので費用節約もかねて引き受けたのだ。

 幸助が持ってくるのは大きな塊がいくつかといった感じなので、ブロック状にするのは作業員たちの仕事になる。

 岩は塀だけではなく、建物や石畳にも使われていて、切り出している山の形が変わるほど持ってきている。

 木材の方は切り出しと整形を業者に頼み、幸助は運搬だけを担当している。


「次は問題だが、相変わらずオロトリーの奴らがなぁ」

「いい加減諦めたらいいのに、しぶといね」


 問題にしているのは、オロトリー公国という国の者たちのことだ。

 その国はここドリーポットの南東にあり、領土はここにぎりぎり接している。

 人口六百万の小国で、三年前の騒動で被害を受けて少ない人口をさらに減らした。

 その国のなにが問題なのかというと、ドリーポットを自国の領土として組み込もうとしているのだ。

 ここがなにもない土地だったら、幸助たちが村を作る前にオロトリーの領土になっていただろう。しかし問題があったので手出しできなかった土地なのだ、ここは。

 その問題がなくなったことにオロトリーが気づく前に、幸助たちが確保して村造りを始めた。人の出入りに気づき、領土を増やし人を確保しようとオロトリーは約二年前からちょっかいをかけだしたのだ。

 始めは少数の兵と文官がやってきて、高圧的に接してきたので追い返していた。それを繰り返し、ついには兵を派遣し強引に村を接収しようとしたので、幸助はエリスとコーホックと協力して広域に結界をはり、兵の侵入を妨げた。

 交渉してちょっかいを止めさせようとしないのは、ここがコーホックやミタラムの証言により、誰の土地でもないと知っていたため交渉せずとも問題ないと判断したためだ。

 あとはここで使う予定の技術を他所に漏らさないためでもある。玩具として置く予定のゴーカートは新たな運送手段となり得るだろう。サモンドールカードという遊びで使われる技術は、泥棒に使われると盗難被害が増す。あとはウィアーレの協力を得て、歪みを魔法化して、そこから魔法道具へと発展させたものも使う予定だ。それは本当に極秘のもので、他所に知られると厄介極まりない代物だ。

 歪みを消費するので広めても問題ない技術かというとそうでもなく、神に向けその道具を使うと邪神化させる可能性があると判明しており、コーホックたちから量産禁止の通達がきていた。

 交渉で買収という形でここを買い取ってもいいのだが、それはここが相手の土地だと認めることになる。後々、自分たちの土地で使われている技術は自分たちにも所有権があると主張される可能性もあり、それを村人が信じて情報漏洩されると厄介だった。


「村の完成もそう遠いことじゃないし、ちょっと動きを止めるためにオロトリーに行ってくる」

「交渉はしないと決めたんじゃ?」


 席を立った幸助にムロンが聞く。


「ええ、交渉はしません。脅してこようかなと」

「脅しですか?」

「どんな風に脅すんだ?」

「まずはオロトリー各地の貴族の家を回って、情報を盗んでくる。複数の貴族を脅せる情報を手に入れたら、エネーシア様とフルール様とゲンオウ様とコーホック様の力を借りて、干渉するなと王に意見を叩きつけてくるよ。前者の方々だけでは、他国への内政干渉ととられるかもしれないけど、コーホック様の意見は無視できないだろ? 二重の脅しを持って、不干渉を勝ち取ってくる。これなら表立った干渉は減ると思う」


 その脅しでオロトリーが失うものはないのだ。もともとここは手が出せなかった土地だ。干渉できなくなってもマイナスではない。

 反感はでるかもしれないが、ここは既にコーホックの神域のようなものだ。迂闊にちょっかいはだせないだろう。


「情報を盗むって、わりと無茶するな?」

「交渉の余地なしって叩きつけたいからね。いろいろと前準備しようと思って」

「情報手に入れたら、俺たちのところに持ってくるといい。情報の選定はこっちでやってやる」

「ここを守る以外に情報を使うつもりはないから、カリバレッテに情報流されるのは困るよ?」

「流さないよ、約束する。俺たちだってここを守りたいからな、余計な火種は広げないさ」

「じゃあ頼む」

「いつから行くんです?」


 ムロンの質問に幸助は少し考えて、明後日から回ると答えた。明日は石材をとってくるつもりだ。


「そういうわけだからしばらくここに来れないよ」

「じゃあ、明日も書類仕事やってくれ、重要そうなのをまとめておくから」

「了解。今日は帰る」


 お疲れ様と言って事務所を出た幸助は、結界の点検を終えた後、家に帰る。

 二日後、幸助は予定していたとおり、貴族の家に侵入を始めた。


 時間は少し戻り、冬に備えてカイロ製作が忙しくなっている頃。

 ジェルムとウドリガはなにか仕事がないかと、ベラッセンの冒険者ギルドに向かっている途中だ。


「テリアは買い物で、コキアはアーマリアたちを連れて自分の家に行ってるんだっけ?」

「そう聞いてるだよ。アーマリアが親に挨拶したくて行きたがったらしいべさ」

「嫁に行く気満々ね」

「普段の様子からよくわかるべなぁ」

「コキアはどうするのかな。まだしばらくは冒険者続けるんだろうけど」

「好かれて悪い気はしてないようだから、いつかは結婚するんでないかな。三人組との仲も悪くないし。まあ結婚するとしてもまだ先のことだべな」


 ウドリガは、コキアがまだ冒険者としてあちこちに行きたがっていることを聞き知っている。

 ちなみに今回の挨拶でコキアの母親ロイシーンはアーマリアに好感を抱いたので、結婚には反対しないだろう。むしろ家庭を持って、冒険者を辞めて落ち着いてくれることを望むだろう。

 名を上げてきているジェルムたちがギルドに入ると注目が集まり、何人かが声をかけてくる。それに返事をしながら仕事が張り出されているコーナーへと足を向ける。

 そんな二人を職員が止める。


「こんにちは、イッキトウセンの方々」

「どうも」

「こんにちはだす」

「ワタセさんはどうされていますか? 色よい返事はもらえたでしょうか?」

「いつもと同じですね。乗り気ではなさそうですし、ほかに仕事で忙しそうです」

「そうですか」


 残念だと溜息を吐く。偽神の件で離れていった幸助との繋がりを戻したいと、ギルドはジェルムたちを通して連絡をとっている。だが三年経った今でも良い反応は得られていない。


「話はコースケさんのことだけだべか?」

「いえ、今日はほかにもあるんですよ。皆さんに指定の仕事が入ってきています。詳しい話をしたいのでこちらへ」


 職員の先導で、二人は個室に入っていく。何度か指定の仕事は受けているので、慣れたものだ。その姿をほかの冒険者たちは羨望の目で見ていた。

 職員がお茶を二人に出し、自身も一口飲んでから話を切り出す。


「お二人はオロトリー公国という国をご存知ですか?」

「ここピリアルの北東にある国ですよね?」


 元々ジェルムもテリアもそっち方面からここに来たのだ。向こうの都市や町の名前などもある程度知っている。


「はい。今回の依頼はその国からです。内容は魔物の護衛となっています」

「魔物の護衛?」

「その魔物から取れるものが高値で売れるせいで、密猟とか起きているだか?」


 首を傾げたジェルムと違い、魔物からとれるものも薬の材料にするウドリガはすぐにピンときた様子で職員に聞く。

 職員はウドリガの言葉に頷く。


「魔物の名前はルクストディアー、鹿型の魔物で角が難病の薬の材料となっています」


 朱混じりの銀色の角を持つ鹿で、剥製にしても見栄えがよいと世界中の金持ちが求めたのだ。


「もともと頭数が少なかったのですが、薬の材料になるとわかり乱獲されさらに数を減らしました。今ではオロトリーをはじめとして、世界に三ヶ所のみ生息を確認しています。オロトリーは数を増やすため、ルクストディアーの住む森を国領とし警備を置いていますが、それでも密猟は減らないようです」

「数を減らしてさらに希少となって価値が増したのかな」

「だべなぁ」


 ウドリガは悲しそうに頷く。

 薬師としては薬の材料が減ったり高値になり買えなくなって、怪我や病治療ができなくなるのは悲しいことだ。


「イッキトウセンの方々に依頼したいのは、そろそろ繁殖期を迎えるルクストディアーを、ほかの冒険者の方々と協力して守ってほしいということです。期間は一ヶ月。報酬は一人金貨五枚となっています」


 一般家庭で半年以上の生活費だ。一ヶ月の護衛でもらうには多い方だろう。


「多いね、それだけ本気ってことなのかな。とりあえずほかのメンバーと話し合ってから受けるか決めます」

「わかりました。こちらは参加予定のパーティーとルクストディアーの住む森周辺に出る魔物の資料となっております、参考にどうぞ」


 差し出された資料を受け取り、二人は礼を言う。

 宿に戻った二人は、出かけているコキアとアーマリアと三筋肉組の帰りを待ち、依頼のことを話していく。


「アーマリアたちは留守番、これ決定」

「えーっ!」


 ジェルムの決定にアーマリアが大きく不満を漏らす。


「相手は人だからね、どんな手を使ってくるかわからないし仕方ないと思うよ」

「そうだな」「我らとしてもお主たちほどの力がないのは理解している」「留守番しておいたほうがいいだろう」


 コキアの言葉に筋肉三人組は納得した様子で頷く。


「おらたちが出ている間、船の修理代にほかの依頼を受けるといいだよ」

「「「そうしよう」」」

「ついていきたいーっ」

「わがまま言わない。いい子にしてたらお土産買ってくるから」


 コキアはワシャワシャと赤髪を撫でる。好意全開でくっついてくるアーマリアに最初は戸惑っていたが、次第に対処に慣れてきている。今では妹分のような扱いとなっていた。

 アーマリアは不満と喜びを同時に表情に示す。器用なことをジェルムは感心し、ふとテリアが難しい顔となっているのに気づく。


「テリアどうしたの?」

「んーその依頼ってどうしても受けないと駄目?」

「受けたくない?」

「魔物の護衛が嫌ってわけじゃないのよ。でもオロトリーにはちょっと……んーでもいい機会なのかなぁ」


 テリアの中でも明確な答えが出ていないようなので、ほかの者たちは明日まで受けるかどうか決定は保留にする。

 そのことをテリアに伝え、一応出発の準備を整えていく。護衛依頼を受けずとも、ほかの外に出る依頼を受ければ出発準備は無駄にはならない。

 翌日、答えを出したテリアによってオロトリー行きが決まった。

 アーマリアたちに見送られて、馬車を使いオロトリーへと向かう。

 道中魔物に襲われ撃退し、商隊などとすれ違い、約二十日かけてルクストディアーのいる森近くの町に到着した。

 馬車を預けて町に入り、そのままギルドに向かう。もしかするとこのまま森へと出発する可能性もあり、宿は取らないでいた。

 ギルドに入り、受付で用件を告げる。


「ルクストディアー護衛の件でイッキトウセンの方々ですね……確認しました。森の位置などは知っていますか?」


 首を横に振ったのを見て、位置や現在いるパーティーや撃退した密猟者の人数といった情報を話していく。


「これから森に向かってもらいます。ついたら今日は陣地でゆっくり疲れを取ってください。仕事は明日から一ヶ月となっています」

「ここまで自分たちの馬車で来たんですが、それを預かってもらう料金や食費は経費で落ちるんですよね?」


 ベラッセンのギルドでも確認したが、ここでも確認しておこうとジェルムは聞く。


「はい。報酬と同時にかかった費用を支払うことになっていますのでご安心を」

「わかりました。じゃあ早速出発します」


 町を出た四人は一時間ほど歩いて、森そばに立っているテント村に近づく。


「止まってくれ。ここはとある依頼で動く者たちの宿泊地となっている。関係ない者はいれられないが、君たちは何者だ?」

「私たちは魔物の護衛を引き受けた冒険者です。パーティー名はイッキトウセン。ギルドの案内でここに来ました」


 ちょっと待ってくれと言うと見張りは、懐から紙を取り出し確認していく。


「イッキトウセン、男二人女二人。人間三人にドワーフがいる。間違いないな。これからよろしく頼む」

「はい。こちらこそ」

「今日のところはゆっくりと疲れを癒してくれ。用意されたテントは六番だ。今日の日暮れか明日の朝、係りの者が仕事の説明に行く」


 用意されたというテントに行くと、真ん中で区切られた大きめのテントがあった。カーテンのように仕切りの開け閉めができるので、着替えなど気にしなくてよくなっている。四人で寝ても十分な広さがあり、毛布なども用意されている。

 食堂代わりのテントや風呂について書かれた書類が置かれていて、荷物を解いた後それを読んでいく。

 夕食後、のんびりとしていると説明のためにギルド職員がテントにやってくる。


「イッキトウセンの方々で間違いありませんか?」

「あってるだよ」

「では明日からのことについて説明していきます」


 護衛は一日十一時間。休憩が一時間半あるので、実質九時間半の仕事となる。

 明日は朝から八時から仕事で、午後七時に終わり、そこから十二時間の休憩をとり、午前七時から仕事といった具合に働いていくことになる。週一で丸一日の休みもある。

 仕事は森の周辺の見回りだ。一週間それを続けると、次は森の中の見回りとなる。そしてまた周辺の見回りに戻る。

 周辺警備は常に四パーティー、内部警備は常に三パーティーとなっている。それに加えて国の兵が警備に当たっている。


「ルクストディアーに手出し禁止といった注意もあります」

「それは当たり前だよね。守るために来てるのに、手を出したら意味ないし」


 今更言うことではないだろうとコキアが思ったことを口に出す。


「密猟者と手を組んでいた人たちが以前いたもので、一応言っておくことになっています。この注意が守られなかった場合は報酬なしは当然として、一年の無料奉仕となります」


 ほかにはこれまで築き上げた信用信頼もなくすだろう。


「密猟者を発見したとして対応はどのように?」


 テリアも疑問に思ったことを聞く。


「生死問わずです。戦って殺してしまっても罪にはなりません。発見したらこちらの笛で見つけたことを知らせてください」


 あとで渡そうと思っていた笛をポケットから取出し渡す。ホイッスルではなく小さな金属製の縦笛だ。

 差し出された笛をジェルムが受け取る。


「できれば殺すか捕まえるかしてほしいところですが、逃がしてしまっても問題はありません。その場合はテント村に戻ってきてから見張りにそのことを伝えてください。あと殺した場合も、その者の荷物を回収して見張りに渡してください」


 ほかにはと職員が聞き、四人は首を横に振る。

 職員がテントを出て行き、四人は少し雑談して寝た。

 翌日から仕事を始め、基本的には暇な時間が過ぎていった。三日目に密猟者がやってきたが、四人とは真反対の位置で四人が手出しせずとも他のパーティーが対処できた。

 そして五日目、午前六時前の暗い中四人は密猟者と遭遇した。

 相手は三人で、接近に気づけたおかげで奇襲を受けずに戦うことができた。

 前衛三人が密猟者と戦い、テリアが笛を吹き、隠れている者がいないか警戒する。

 戦いは苦戦することなく進み、近くにいた兵たちが助けに来た頃には終わっていた。


「お疲れ様です。密猟者はあの三人だけですか?」


 笛を持つテリアに兵が近寄り確認する。残りの兵たちは重傷の密猟者の悲鳴を無視してロープで縛り上げていく。


「私たちが気づけたのはあの三人だけです」

「わかりました。では我々が連れて行きますので、あなた方は引き続き警備をお願いします」

「はい」


 仲間に合図を出して、密猟者たちをテント村へ連行する。

 その時に兵の一人がテリアを見ていたが、仲間に声をかけていたテリアがそれに気づくことはなかった。

 その後は暇な見回りに戻り、午後二時に仕事が終わる。

 陣地に戻る時に、今から仕事のグループと出会う。五人組の男三人女二人で、平均年齢は三十近い。


「よう、お疲れさん。密猟者捕まえたんだって?」

「朝に三人ね」


 ジェルムと相手のリーダーが話しているそばで、テリアたちも相手の仲間と話している。


「ただ一組他国から呼ばれただけあって、若くてもしっかりと仕事できるんだな。うちの若い者たちにも見習わせたいぞ」

「他国から呼ばれたのって私たちだけ?」

「ああ、なんでわざわざとほかの奴らとも話したな。まあ、繁殖期で忙しいし実力があるからじゃないかって結論だしたが」

「ふーん、まあ報酬はいいし、国からの依頼は箔がつくから指定されて嬉しいけどね」

「そうだな。じゃあ、俺たちは行く」

「頑張って」

「おうよ」


 男は仲間に声をかけて、森へと歩いていく。

 四人がテントに戻ると、他の者たちの視線が少し柔らかいものになっている。密猟者を捕まえ、仕事を果たしたことで認められたのだ。

 それに気づかず、視線を受けた四人は首を傾げて与えられたテントに戻る。

 仕事にへますることなく、日々は順調に過ぎていく。仕事を終える頃には、捕まえた密猟者も十六人となっていた。

 休みの日には近くの町の観光に行ったり、他の冒険者と手合わせしたりと充実していた。

 そういった手合わせで、ここにいる冒険者の中では中位の実力を持っているとわかった。まだまだこれから成長していくことを加味すると、将来有望なパーティーだと見られ、コネを得るため色々なパーティーに挨拶されることになった。


「それだけ強いと地元で一番なんじゃないか?」

「どうなんだろうね。師匠の知り合いとか強い人いるし、師匠にも俺たち四人で挑んで軽くあしらわれるし」

「お前たち以上なのか……名前は?」


 素直に答えようとしてコキアは止まる。歌姫関連で広めない方がよいと思い出した。


「シオンという名ですよ」


 止まったコキアの代わりに、テリアが本名ではなく偽名の方を答える。以前、その名で有名になったと聞いたことがある。そっちならば大丈夫だろうと判断したのだ。


「シオンって、暴風のシオンか?」

「たしかそれであってます」


 こんな二つ名がついたと恥ずかしそうにしていた姿を思い出し、笑みを浮かべてテリアは頷く。

 この由来は、風のようにあちこちと姿を見せて依頼をこなし、嵐のように敵対したものを全てなぎ倒したことからついたものだ。

 こなした依頼報酬が全て閃貨単位で、大陸中あちこちと姿を見せたことであっという間に有名になった。その名はここセブシック大陸だとセクラトクスに近い名声を得ている。

 強いだけかと思えば料理や音楽も上手く、メイドとして雇いたいという王族貴族もいる。


「すげーな!」

「あんな奴の弟子か! 強くなるはずだ!」

「俺たちも紹介してくれ!」


 有名人の知人だと知り、人がいっきに集まってくる。

 騒がしさに四人は押されっぱなしだが、ジェルムとコキアは師匠が褒められたことでどこか嬉しそうでもある。


「でも最近姿見せないそうだが、怪我か病気にでもなったのか?」


 気になっていたのだろう、理由がわかればと冒険者の一人が聞く。

 それにコキアはないないと手を振る。


「依頼で十分お金は稼いだんで、やりたいことに集中してる。魔法や魔法具の研究したり、あちこちでかけたりしてるよ。あの人が病気や怪我になるところなんて想像できない」

「そうだったのか。稼いだ額が想像できないが、十分稼いだってのはわかるな」

 

 噂では閃貨二百枚くらい稼いだのではと言われているが、水棲族からの依頼といった表に出ていない依頼も含めるとそれ以上だ。


「やりたいことってなんなんだろうな」

「遊びに関連したことみたい。三年前の魔物騒乱の後処理であちこちと回って、子供たちから笑顔がなくなったのを見て考えさせられて、笑ってもらいたいと思ったらしいよ」


 ジェルムの話に、感心している者もいれば甘いと思っている者もいる。

 話題は他のことに移っていき、しばらく話した四人は仕事に備えてテントに戻り眠る。

 順調に仕事をこなし、やがて契約が終わる。

 その日の護衛を終えて、皆に別れを告げて町に戻る。ギルドに行くと、置いてあるお金の都合で明後日にならないと報酬が渡せないと言われ、ギルドのつけで宿に泊まることになる。

 夕食にはまだ早く、疲れてもいるので皆一眠りし、日が暮れてから食堂に向かう。

 食べ終えて部屋に戻ると、窓が開いていて四人の荷物が荒らされていた。


「なにこれ!?」

「泥棒だべか!?」


 四人は慌てて装備などを確認し、なにか盗まれた物はないか調べていく。財布は各自持ち歩いていたので旅費の心配はない。

 なくなったものはなく、荒らされているだけとわかった。

 こんな状態で宿に報告しても、散らかしただけだと思われるだけだろう。


「物取りの仕業じゃない?」


 ジェルムが首を傾げるのも無理はない。武器や防具はそれなりに高値で売れる。物取りなら持っていって損はないはずなのだ。ウドリガの槌は重いかもしれないが、剣や杖は持ち運びに苦労しない。それなのに動いた形跡はまったくない。


「物取りじゃないとすると、なにか目的があって荒らした? もしくは泥棒に入る部屋を間違えた?」


 コキアは考えを口に出したが、なにが正解かわからず、四人は首を傾げつつ散らかったものを片付けていく。

 テリアはもしかしてという思いがあるが、確信は持てず口に出すことはない。

 四人は警戒しつつベッドに入り、一夜を明かす。その夜も次の日も何事もなく過ぎていき、報酬をもらった四人は馬車を回収し、町を出る。

 そして二十分ばかり進むと、待ち伏せしていたらしき者たちに囲まれた。その数十人以上で、全員覆面で顔を隠している。

 賊というには装備が整い、揃ったものを身につけている。

 何者だというジェルムの誰何に答えることなく、一斉に剣を抜いた。

 四人も応戦しようと武器を構えた時、雷が天から降り注ぎ囲んでいる者たちを蹴散らしていく。


「やっぱりジェルムたちか」

「……コースケさん?」


 頭上から声が聞こえ、空から下りてきたのは見知った人物で、どうしてここにと四人は呆けた表情となる。

 コースケはこの近くにある貴族の家に忍び込もうと思って向かっている時に、四人に似た者たちを見かけて手助けしたのだ。


「退くぞ!」


 雷に打たれてもなんとか動ける者たちが逃げようとするが、幸助は追撃としてもう一度雷を飛ばし気絶させた。


「どうしてこんなところに?」


 コキアの疑問にそっちこそと返す。


「俺たちは仕事で、ルクストディアーっていう魔物の護衛を受けたんだ。その魔物の巣がこの近くに森にあるんだよ」

「なるほど、俺は近くの町にちょっと用事があって向かう途中だったんだ。そしたらなにか賊っぽい奴に囲まれている馬車が見えて、それがコキアたちに似ているから助けてみようと手を出した」

「助かっただよ。相手の実力がわからないし、人数も上で少し困ってただ」

「それはよかった。とりあえずこいつら縛り上げるとしようか」


 頷いた四人は覆面をはがし、ロープや相手の衣服を使って手足を縛っていく。


「全員は運べないし、ちょっと町まで行って兵を呼んでくる。その間見張っといてくれる?」


 返事を聞いた幸助が行って帰って来ると、四人が困った顔で立っていた。

 どうしたのかと聞こうとして、幸助は縛った男たちが口から血を流しているのに気づく。


「もしかして自殺した?」

「うん。縛られているのに気づいたら止める間もなく、全員が舌噛んだよ」


 苦々しい顔でジェルムが答える。


「野盗じゃないな。あいつら自殺なんかせずに命乞いするだろうし」

「うん、私もそう思う」

「じゃあ、こいつら誰なんだろう?」


 コキアのその疑問には追いついてきた兵が答えることになる。


「ここか賊らしき奴らがいるってのは……って全員死んでるじゃないか!」

「舌噛んで自殺したらしく」

「はーそりゃまた。ふむ? こいつは……」


 死んでいる男の一人を見て、兵は思案げな表情となる。


「どうしました?」

「本当にこいつらが襲い掛かってきたのか?」


 確認してくる兵に、ジェルムたちは頷く。


「こいつら貴族の兵だ。馬車の護衛をしているところを何度か見たことがある」

「貴族!? なんで貴族の兵が賊の真似事を!?」


 コキアは驚き疑問を抱き、兵も首を傾げる。


「あんたらが賞金首ってのはないか、聞いた話だと覆面姿だったっていうし。賞金首なら正体隠す必要はないしなぁ」

「あの」


 テリアが声をかけ、兵がそちらを向く。


「なんだ?」

「この兵の主って誰なんですか?」


 テリアの声には恐怖や迷いといったものが含まれている。


「たしかミバドルフ伯爵だな」

「っ!? そう、ですか」


 明らかになにかあるという反応に、原因はテリアなのかと兵は考える。

 追求はしなかった。正体を隠して襲撃をかけるなど絶対厄介事だ。一兵士でしかない自分には荷が重い。自身の雇い主の貴族に報告すると、余計なことを知ったと処罰される可能性も考えられ、このまま賊の死体として始末することにした。

 仲間の兵に墓地に運んで埋めるように指示を出し、兵は去っていく。

 兵は聞かなかったが、ジェルムたちは別で兵が去った後、テリアに視線を集める。


「たぶん私の持っている書類を狙ったんだと思う」


 視線を地面に固定したままテリアは口を開く。


「今は持ってないよ。以前コースケさんに中を見ないで預かってって頼んだ書類があったでしょう?」

「……あ、あれか。箱に入れてクローゼットの奥にしまいこんでるよ」


 あったなと思い出し頷いた。


「あれは五年くらい前に私の先生に渡されたものでね。詳しいことは聞かされてないけど、ミバドルフ伯爵の弱みになるんだとか。兵が来るからそれを持って逃げなさいって言われて」


 逃げる途中でジェルムと出会い、ピリアル王国に来たのだ。

 テリアの先生は貴族ではなく、テリアの故郷守護を任された一族だ。過去その守護で問題が起こったのだが、それに伯爵が大きく関わっていた。それがばれると小さくない痛手が発生する。証拠隠滅を図り、その動きにテリアの先生は気づいた。

 テリアはその一族ではなく、魔法や知識を教えてもらっていただけだった。けれど伯爵にはただの教え子ということは関係なく、一緒に捕らえようとしていた。

 自分たちの問題の巻き添えになるのは可哀想だと逃がすことにして、ついでに証拠も持っていってもらった。

 今回襲ってきたということは、まだ証拠を探しているということだろう。

 テリアの居場所を知ったのは、この国に戻ってきたテリアを偶然見かけたからではない。ピリアルでテリアが名を広めたことで所在に気づき、依頼と称して自陣に呼び寄せて書類回収を目論んだのだ。

 ちなみにテリアがずれたことを言うのは、追われているという不安を晴らすためにわざと言ってた。最近は癖になってしまっているが。


「ミバドルフって襲い掛かってきた兵の上司じゃないべさ?」

「うん。もう大丈夫かなって思ってこの国に戻ってきたんだけど、甘かったみたいで。でも先生の安否も気になって来ることにしたんだよ。皆には迷惑かけてごめんね」


 皆、被害はなかったのだから気にするなとテリアに答えていく。


「とりあえずピリアルに帰ろうか、転移で送る」

「それは嬉しいけど。コースケさん、町に用事があるんじゃなかった?」


 ジェルムが聞く。


「いつでも来れるから大丈夫。それにテリアにちょっと用事ができた」

「私に?」

「向こうについてから話すよ」


 転移を使い、五人はその場から姿を消す。

 伯爵は動かした兵が帰ってこないことで失敗したと察し、新たな兵を動かしたのだが既に国内にいないので無駄となる。

 五人が転移した先は、見慣れた幸助の住む家だ。

 玄関先に馬車を置き、馬を放す。

 幸助は四人を家の中に入れてお茶を出し、自分がここ一ヶ月やっていたことを説明する。


「村に干渉させないため貴族の弱みを集めていた……無茶してるね」


 呆れたような声で言うジェルムに他の三人も頷く。


「もしかして用事って、書類を譲れってこと?」


 幸助の望みに気づいたテリアに、そのとおりと頷く。


「もちろんただとは言わない。その先生の安否を探るし、可能なら助け出しもするよ」

「本当ですか!?」

「うん」


 コーホックかミタラムに探ってもらえば、たいした苦労なく判明すると考えている。


「お願いしますっ」

「じゃあ、ちょっと調べてくる。知り合いに情報通がいるんだ」


 席を外し、自身の部屋に戻る。


「コーホックかミタラムのどちらか返事してほしいんだけど」

『なんの用だ?』

「今日もコーホックなんだね。まだロリの夢の件で避けられてる?」


 ミタラムは少し潔癖症というか、ああいったことに耐性がなかったようで、一時期幸助から距離を置いていた。

 真っ赤な顔で戸惑う姿はとても珍しいものだったとは、コーホックの言だ。

 ああいった夢を見たのはわざとではないのだが、悪いことしたかなとミタラムの好きな物を作って機嫌をとっていた。

 

『いやもう気にしてないみたいだぞ? ケーキとかの奉納品で衝撃が和らいだらしい。今日は上級神に呼ばれて席を外しているだけだ』

「それはよかった。んで頼みたいことがあるんだ。テリアの先生の居場所を探ってほしい」

『なんというか便利屋扱いだな』

「お互い様。それに対価も払ってるし」

『ま、そりゃそうだが。今回の対価は?』

「サモンドールカードとかゴーカードとか作ってるよ。新しい遊びが増えるのは嬉しいことでしょ」


 カードゲームはポケモンやデジモンや遊戯王といった地球のゲームを参考にして作っている。

 最初にドールと呼ばれる人型や動物型や虫型の外見を設定し、ドールカードと呼ばれる基本カードを通して魔力で仮初の体を構成し、それに同じく道具カードと呼ばれるカードを通して魔力で構成した道具を持たせて、戦わせたり踊らせたりするカードゲームだ。

 最初は、ドールカードがあればどこでも設定した人形が出るように作ったのだが、これは使い方によっては住居に侵入させ鍵を内側から開けたりできるので不味いのではと指摘され、人形出現場所に制限をかけた。

 場所を固定したため、その場に補佐する魔法を仕込み、動きが滑らかになったという利点もある。

 今は不具合のあるなしといった微調整とルール作成の段階まできている。

 ゴーカートは見た目地球と同じだが、エンジンとハンドル操作にサイコキネシスの魔法を使うようにしてあるので、中身は別物だ。

 ハンドル操作がサイコキネシスなのは、仕組みがわからなかったからだ。ゴーカートを作ろうと思って参考にしたのがミニ四駆だったため、試作品は真っ直ぐにしか走らなかった。

 幸助はハンドルを回してどうしてタイヤが動くのかわからず、一ヶ月ほど思考して魔法でどうにかしようと考えを変えた。そしてハンドルの動きにタイヤが対応するようサイコキネシスの魔法を仕込んだのだ。

 エンジンの方はガソリンや電池がないので、ギアをサイコキネシスで回そうと最初から考えていた。そこからはより大きな力が出せるギアの組み合わせを考えるだけでよかった。

 今は試作バージョン2,4がサーキットを走って、安全性や部品の消耗度を確かめている。

 これまでの調査で、子供の魔力半分で五分走ることがわかっている。

 この二つ以外にトランポリンやプールで使う浮き輪や映写機などを作っていた。


『早く調整終わらせて完成させてくれよ』

「頑張ってるよ」

『見てるから知ってるけどな。んじゃま、探し人と行くかね。三分ほど待ってくれ』

「了解」


 短いようで長い三分を、作っているものに関して考えて時間を潰す。

 三分経ってコーホックは声をかけてきたが、その声音には驚きの色が含まれていた。

 

『意外なところにいたぞ』

「意外?」

『ああ、俺たちのところにいた』

「……神様が住んでるところだよね? なんでそんなところに?」

『どうやら神に選ばれて、捕まっているところから連れ出されたらしいな』

「神になる? そういや神ってどんな存在なんだっけ? 俺は自然とどこからともなく生まれるって思ってたけど」

『そんな生まれ方はしないな。そろそろ寿命だと悟った神が、自身の気に入ったものを連れてきて神の力を押し付ける。力に体が馴染むまで次代の神は眠りについて、誕生を見届けると先代は消える』

 

 次代を選ぶ時に、相手側の事情は気にしないのが普通だ。だから人間が選ばれると誘拐やどこかで死んだと思われることが多々ある。

 選ぶ時は生物でないものを選ぶ神もいる。例を上げるなら、鍛冶を司る神ドリズはもともと山だった。先代が山の風景を気に入っていて、次代に選び神となったのだ。一夜にして山が消えたことで当時の人間は大騒ぎしたものだ。


「誘拐っぽくね?」

『誘拐といってもいいだろうな。力が馴染んで目覚めた時には、仕方ないことだと受け入れるものだが』

「そんなもの?」

『神としての意識が強く出るんだ。だから家族を懐かしむことはあっても、別れを寂しがることはない』

「家族の方は寂しがると思うんだけどなぁ」

『……』


 同意なのか答える気がないのか、コーホックは幸助の漏らした感想に無言だった。


『話を元に戻すぞ? 探し人は神になる途中で、あと三年は眠りっぱなしだ』

「それをテリアに話してもいい? 信じるかどうかはわからないけど」

『いいぞ。言うように信じない可能性もあるが』

「その人が目覚めたらテリアに一言声をかけるように伝えてくれる?」

『わかった』

「ありがと。作ってるものがいいものになるよう頑張るよ」

『ああ、楽しみにしている』


 コーホックの気配がなくなり、幸助は四人の待つ客室に戻る。


「わかったけど、信じられないと思う」

「どうだったんですか?」

「神になる途中だってさ」


 はあ? とテリアだけではなく、ほかの三人も首を傾げた。

 詳しい説明を求めるテリアに、コーホックと知り合った経緯など話しつつ、聞いたことを話していく。証拠として神関連の称号も見せて、神と顔見知りということは納得してもらった。


「先生が神様……信じられないというか実感がまったくないというか」

「三年したら声をかけてもらうようには言ってあるよ。その時になったら納得できると思う」

「ええと、とりあえず一晩情報整理したり気持ちを落ち着かせたいんですが」

「いいよ。混乱する気持ちはわかる」


 考え込み始めたテリアを皆でそっとして、外で戦いの技量を見たり馬の世話をしたり落ち葉で芋を焼いたりと時間を潰していく。

 そして一晩経って、テリアは書類を幸助に渡すことにした。脅すということは書類を持っているとほのめかすということで、狙いが自身から幸助へ移るという期待があった。狙われても幸助なら大丈夫だろうという信頼もある。

 書類を渡すと口に出した時、テリアは重荷を降ろしたような表情となっていた。


 四人がベラッセンに戻っていき、幸助もまた貴族の家へと侵入を再開していく。そうして集めた情報をシャイトたちに渡し整理してもらっている間に、幸助はエネーシアたちに名前を出すことの許しをもらっていった。

 まとめられた情報を持って幸助は、シオンに変装してオロトリー公国の王城に正面から入る。幸助として行かなかったのは、目をつけられると今後動きにくいということと、名の広がっているシオンの方がなめられないからだ。

 他の大陸とはいえ王たちの名の入った紹介状を無視できるわけもなく、謁見の間へと通される。


「そなたが暴風のシオンか」


 王は眼下のシオン姿の幸助を、本当に噂の冒険者なのかと目を細めて見る。


「はい。その二つ名をもらっております」

「噂で聞いたかぎりではそのような華奢な姿は予想できんのう。そんなお主が他国からの紹介状を持って謁見を望んだらしいが、なにが目的で来たのじゃ?」

「私たちの村への不干渉を告げにです」

「ほう、交渉ではなく断言か。してどこの村なのじゃ?」

「陸地オオバサミが生息していた場所に、新たな村を作っています。そこにそちらの兵が何度もやってくるのです。あそこは昔からこの国の管理外だというのにです」


 陸地オオバサミとは、蟹型の魔物のことだ。色は灰色交じりの鉄色。大きなもので全長三メートル。分厚い甲殻に包まれ、生半可な攻撃は弾いてしまう。蟹と同様に横移動のみだが、動き自体は速い。

 もともとドリーポットにある地下水脈に繋がる洞窟を住処としていて、常に百匹の群がいて、国は手出しできなかったのだ。

 それが三年前の騒動で、北に行き全滅した。残った卵も大雨に流されて海へと移動した。今は海を住処としている。

 いなくなったことにオロトリー公国は復興で忙しく気づけず、幸助たちが先に村を作るために確保したのだ。


「なにを言うかっあそこは昔からわが国の領土だ!」


 官僚の一人が口を出す。


「魔物に手出しできず、放っておいた土地を領土と主張して無意味でしょう? 定期的に退治のため兵を派遣していればまだそんなことを言えたのでしょうが、兵を動かしたのは建国五年目までと聞いています。その後百年なにも対策はとらなかったのでしょう?」

「そんないい加減なことを誰に聞いたのだっ?」

「娯楽を司る神と偶然を司る神のお二方です」

「神だと!? 高い名声を得ているとはいえ、虚言など吐くものではない!」


 大臣といった官僚たちは否定するが、証拠としてコーホックに神託を下してもらい本当だと認めさせた。三年前の騒動で動いていたコーホックを王は見て声を聞いており、神託が本物だと認める。建国前から存在している者の証言だ、ひっくり返せるはずもなく官僚たちは口をつぐむ。

 その上でコーホックの神域予定地と宣言してもらい、今後の不干渉を約束させた。

 せめて援助による協力体制をと言う者たちに、十分間に合っているからと断り、幸助は謁見の間を出て宿に戻る。そして貴族たちの接触を待った。

 交渉とも呼べない一方的な展開に不満を持つ貴族は多いだろうと、尾行を撒かずにいたのだ。

 予想外れず、貴族からの使いと名乗る者が来て、幸助は屋敷に案内してもらう。

 屋敷にはミバドルフ伯爵をはじめとして五人の貴族がいた。ミバドルフ伯爵たちは短時間で、貴族たちの意見をまとめ、賄賂を用意し幸助を出迎えた。

 コーホックの神域はカジノといった賭け事が多く集まり、お金が集まり動くのだ。零れ落ちるお金だけでも利益は少なくない。

 彼らはドリーポットもそういった場所だと勘違いし、それが自国の間近にできるとなれば是非参入して利益を得たいと考えた。


「予想通りの行動をありがとうございます。おかげで集めたものが無駄になりませんでした」

「なにを言っているのだ?」


 向けられた笑みに好印象を得たと思っていた彼らは、先行きがおかしいことに感づく。


「こちらからもプレゼントです」


 賄賂の品をテーブルの端の寄せ、五人の貴族の前にそれぞれの不正が書かれた紙を置いていく。

 内容を読んだ五人がわずかに反応したのを、幸助は見逃さなかった。


「今後村に干渉するようであれば、どうしてかはわかりませんがあなた方の敵対する派閥にこれらの書類が届くことになります」


 集めた情報からシャイトたちが相関図を作ったのだ。

 不思議ですねと笑みを向けた幸助に、五人は苦い表情を返す。


「どうやってこれらを手に入れた?」

「悪戯好きな猫が忍び込んだのではありませんか? さて返答を聞きましょう。もちろんイエスしか認めませんが」


 返答はイエスだった。

 提示された不正の情報では、少々痛いといったものでしかない。だがこれ以上の情報を持っていないとは考えられず、刺激するのは避けることにしたのだった。

 失礼しますと一礼し去っていく幸助の背を、五人は憎憎しげに見送る。

 屋敷を出た幸助はめんどくさかったと溜息を吐いて宿に戻る。

 以後、オロトリーからの表立った干渉はなくなった。

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