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試験な旅立ち


 ボルドスと出会った次の日も三人から魔法と知識と戦い方を教えてもらい、それが一週間続いていった。

 この一週間で、幸助は生きていくうえで必要最低限のことは習得した。

 魔法は攻撃から家事まで主に使いそうなものは頭に入っている。知識は生活するのになにも問題はない。戦いは言うまでもない。駆け出し冒険者などものともしないくらいの実力を持っている。盗賊三十人程度笑いながら無力化できるとはボルドスの言だ。ぶっちゃけボルドスよりも強くなった。このことにボルドスは、自己鍛錬に費やした時間を思って一粒の涙をこぼした。実際はボルドスとの戦いに慣れただけだ。

 成長した幸助は今でかける準備をしている。講義の集大成として街に出て一ヶ月ほど暮らしてみることなったのだ。いつまでもここに引きこもってばかりじゃ教えた意味がない街に出てみろ、とエリスに命じられたのだ。

 さすがにたった一人で放り出すのは問題があるかもしれないと、一緒にボルドスがついてくことになっている。今回のことはそろそろ街に戻ると言ったボルドスの言葉を聞いて、思いついただけだったりする。


「準備終わったかコースケ」

「準備って言っても荷造りしてもらったものを背負うだけだよ」


 荷物の入ったリュックを背負い幸助はボルドスに答える。そうだなとボルドスが苦笑を浮かべた。

 与えられた部屋からリビングへと移動する。

 エリスがいくつかの袋を持って幸助に近づく。


「これらが一ヶ月の生活費、こちらが剣一本買うお金だ。

 この生活費と同じ額を一ヶ月で稼いで返せば、お前さんはどこででも生きていくことはできるじゃろ。剣のお金は餞別じゃから返さんでよい。

 なくさんようにな」

「うん」


 受け取ったお金をリュックにしまう。

 このお金は借金に近い支度金だ。一月で返すように言われてはいるが、強制ではないし利息もとらない。一ヶ月を目安に頑張ってみろという意図を含んでいる。エリスにとってはこの程度のお金ははした金に近く、剣のお金と同じように餞別として渡してもいいのだが、借金という形にしたほうが気合が入るだろうと考えていた。


「そのまま街にいつくのもよいが、一度は戻ってくるんじゃ。わかったな?」

「了解です。といってもここで暮らし続けたいって気持ちは変わらないと思う」


 幸助にはここが実家のように感じられているのだ。おそらくこの世界で居場所がまだここにしかないからだろう。美人二人との生活を捨てがたいという下心もある。


「まあ、それならそれでもよい。戻ってくることを拒みはせんよ」

「ええ、私もお土産話を楽しみに待ってます。体に気をつけて楽しんできてください」

「うん。特別なことをしようってんじゃないから、気楽にいくよ」


 エリスとホルンに見送られ、幸助とボルドスは出発する。

 目的地はここから歩いて三日の位置にあるベラッセンという街だ。リッカートに比べると規模は格段に落ちるが、街としては規模は大きい方だ。

 幸助が飛翔魔法を使いボルドスを抱えていけば移動時間は格段に短縮できるが、旅の仕方と野宿の仕方を教わるために歩きで移動している。エリスの家に行くまでに旅も野宿も経験はあるが、あれが正しいやり方とは幸助も思っていない。

 

「なにかいる?」

「どしたコースケ?」


 草原の中に少し違和感を感じた幸助が止まる。


「あのあたりが動いたような?」

「どのあたりだ? あ、たしかになにかいるな」


 幸助が指差す辺り、二十メートル先の草むらに中をじっと見つめわずかな違和感をボルドスも感じ取った。

 なにかがひょこりと動き、屈んでいた状態から立った状態へとかわる。黒毛の頭部と尾が見える。


「ありゃあラッツモンキーだ」

「猿?」

「魔物としての猿だな。動物の猿よりも凶暴で力は強い。魔物としてのランクは低い。

 普通は群で行動してるもんだが、新しく群を作るために群を出た奴か年取って追い出されたか」


 小さい頃からエリスに平民が受けられる以上の偏った教育を受けさせられたので、こういった魔物知識をボルドスは豊富に持っている。知力D-は伊達ではない。

 エリスに授けられた知識は、歴史や文学といったものにボルドスが関心をみせなかったため、学問というよりはサバイバルなど実践寄りだ。

 幸助は魔物については教わっていない。


「ほおっておいてもいいんだが、コースケ戦ってみるか?

 実戦を経験しとくのはいいことだぞ?」

「実戦って獲物これだよ?」


 ボルドスが作った木の棒を持ち上げる。


「それで十分だろ。一撃当てれば終わるだろうしな。魔物に自分の力がどれだけ通用するのか知っておいたほうがいい。

 まああっけなく終わるだろうが。あと魔法はなしで」

「んー……一撃で終わるってことは殺すってことだよね?」

「そうだが、気にしなくていいぞ? 生きてても人間に迷惑しかかけんし」

「それでもちょっと抵抗があるんだけどさ」

「そういう気持ちにふんぎりつけるためにもいってこい」


 ドンっと幸助の背を押す。そしてボルドスはラッツモンキーへと石を投げつける。石はラッツモンキーのそばを勢いよく通り過ぎていった。

 これで二人に気づいたラッツモンキーは威嚇しながら草原から出てくる。

 黒に近い茶の毛皮と鋭い牙と爪を持ち、猿よりも少し大きい。これがラッツモンキーだ。

 ラッツモンキーのほうはやる気満々だ。対する幸助はテンションが上がりきらない。

 やる気がないのを恐れとみなしたラッツモンキーは威勢よく幸助に襲い掛かる。幸助が自信満々でいれば、ラッツモンキーは実力差を悟り逃げ出してたはずだ。向かってくるラッツモンキーに対して幸助は棒を振って対抗する。

 振った棒は見事ラッツモンキーに命中、鎖骨周辺を砕き肉を潰す感触が棒を通して感じられた。棒は衝撃に耐え切れず真っ二つに折れ、ラッツモンキーは血を撒き散らして絶命した。


「うわっ」


 すでに動かないラッツモンキーだった肉塊を見て、目を逸らす。

 一度逸らした視線を戻し、ごめんと呟いた。罪悪感があるのは襲い掛かられたわけでもなく、殺す必要もなく、悪戯に命を奪ったことで感じられるのだろう。

 

「やっぱり一撃で終わったな」

「……終わったね」

「テンション低いな」

「ある一定以上の大きさの動物を悪戯に殺すのは、もとの世界だと罰せられることだったから悪いことしたって思っちゃうんだよ」

「そこらの感覚は慣れるしかないのかもな」

「殺すことに慣れる?」

「いや殺すことじゃなくて、ああいった魔物は人にとって害悪でしかないんだ。だから罪悪感を抱く必要はないってことに。倒して褒められることはあっても、罰せられることはない」

「こうっ見た目がもっと醜悪だと平気かも」

「そういったやつもいるにはいるが、やっぱり慣れろとしか言えんな」

「郷に入っては郷に従えっていうしね。頑張ってみる」

「なんだそれ?」

「住む場所の習慣に従ったほうが上手く生きていけるって意味の諺だよ」

「なるほどな」


 似たような言葉があったなと思い出そうとするボルドスに幸助は、ラッツモンキーはどうするのかと聞く。


「どうするって? こいつは特に剥ぎ取るような場所はないぞ?」

「そうじゃなくて、このまま道にほったらかしにしてていいのかってこと。あとでここを通る人の邪魔にならない?」

「そういうことか。このままでもかまわない。いずれ野犬や狼といった肉食の獣が持っていく。気になるなら道の端にでも寄せておけばいい」


 気になりはするが触る気が起きないので幸助はそのままにしておくことに決めた。

 歩き出して、幸助はさきほどの剥ぎ取るということが気になり聞く。

 

「さっき剥ぎ取るって言ってたでしょ? 役に立つ部位を持ってる魔物っていんの?」

「いるぞ。魔物のどこそこを取ってきてくれっていう依頼がよく出てる」


 幸助はオンラインの狩猟ゲームを思い出した。幸助自身はやったことがないが、それでもゲーム自体はやっていたので時折そういったゲームの情報も入ってきたのだ。


(リアルで狩猟をやるはめになるとは思ってもいなかった。

 人生ってなにが起こるかわからん)

「どうしたんだ? 乾いた笑みなんか浮かべて」

「なんでもないよ~」


 二人は旅を続ける。

 ベラッセンに着く前にもう一度魔物と戦っている。ファードッグという犬の魔物で、ふかふかの毛の中にいくつかの角を隠し持った魔物だ。それが四匹。

 また幸助一人で戦った。複数との戦い方を実践するいい機会だということだった。魔法もまた禁じられている。武器は折れた棒と同じく、ボルドスのお手製の棒だ。

 ボルドスからの忠告を受けつつ戦い、無事に戦いは終わった。怪我はない。三度ほど体当たりを受けたが、持ち前の頑丈さで痛くもなんともなかったのだ。

 戦いが終わり反省点を挙げられつつ、一般人ならば数針縫う怪我を負うところだと聞かされ、自身の非常識さを再認識させられた。

 やはり罪悪感は感じたのだが、ラッツモンキーのときよりも小さかった。一度殺すということを経験したことで、受ける衝撃は小さく感じられるようになってしまっていた。このまま慣れていくのかと複雑な思いがあった。

 収入もあった。ファードッグの角はそう高くはないが売れるのだ。十三本の角がとれ、それはすべて幸助のものとなった。ボルドスにとってはたいした収入でもないらしい。これだけで一人二日分の食費になる。


 二度の戦闘以外はなにごともなく、予定よりも半日早くベラッセンに到着した。二人の体力の高さゆえだ。

 ベラッセンは、主要道の石畳にそれ以外の土の地面とレンガと木の家、洋風の光景が広がる街だ。幸助の知る街と違い、魔物に対しての防衛として三メートル弱の石塀が街を囲んでいる。街の西にこの街で一番大きな屋敷がある。この街を治める貴族の屋敷だ。

 街の入り口に歩兵が立っている。ボルドスが近づくと、顔見知りのようで気軽に挨拶してくる。歩兵の視線が幸助に動き、ボルドスが知り合いだと説明する。それだけの説明で満足なのか幸助にもにこやかな歓迎の笑顔を向けてくる。

 彼らに一礼し幸助はボルドスと一緒に街に入る。


「ここが俺が根城にしてる街ベラッセンだ。リッカートより小さいが、そのぶんのどかで落ち着いたところだ」

「なにか特徴とかある?」

「……ないな。まあ目立つ特徴を持った街なんてものは多くはないし、これが普通だろ」

「そだね」

「さて最初はどこに行くか……そうだな剣を買いにいくかな。こっちだ」


 ボルドスに先導され、ボルドスいきつけの武具店へと向かう。

 道行く何人かに声をかけられつつボルドスは目的の店に入る。幸助には読めないが看板にはチェイン武具店と書かれている。


「いらっしゃい!」


 店番をしている二十歳すぎの女がボルドスを見て笑みを浮かべ出迎える。


「よお」

「ここ何日か街でも見かけなかったけど出てたの?」

「姉さんのところにな」

「そうなんだ。今日はなんの用? 後ろにいる子に関係するのかしら?」

「そのとおり」


 斜め後ろで店内を珍しそうに見ていた幸助を前に出す。

 

「こいつは……弟分みたいなものでコースケ・ワタセ。

 こいつの剣を買いにきた。鋭さよりも頑丈さを優先したそこそこの剣をくれ」


 少々鈍らでも力で叩き斬れるだろうと予想しているので、刃の鋭さよりも壊れにくさを優先したのだ。


「えっと、お願いします」

「私はクラレス・チェインよろしく。

 ちょいとこっちに来てくれる?」


 クラレスは幸助を招く。幸助は招かれるまま近づいた。


「手を出して」

「両手ですか?」

「利き手でお願い」


 出された手と腕を調べていく。手のひらを触ったあと、腕も触っていく。

 幸助の手から目を離さず、クラレスは口を開いた。


「剣を扱い始めてそんなに日が経ってないでしょ」

「わかるんですか?」

「うん。私も職人の端くれだからね。これまでそれなりに冒険者たちを見てきたから、彼らの手と比べてね。

 もういいよ、ありがと」


 クラレスは店奥にある棚から三本のブロードソードを持ってでてきた。


「注文の中でコースケのサイズにあうものだと、この三本だね。

 値段も手ごろなはずよ」

「この中で一番重いのは?」

「これだよ」


 ボルドスの質問に指差し即答する。

 ボルドスは指差された剣を取ってコースケに渡す。


「抜いてみな」


 渡された剣を鞘から抜いて、幸助は正眼に構えた。

 教えられたことを忘れず綺麗な型で止まっている。


「重さは大丈夫か?」

「大丈夫。軽いよ」

「まあ、そうだろうな」


 あれだけ筋力が高ければ生半可な重さなどものともしない。だから一番重いものを選んだ。重さでダメージが増すように。

 鞘に剣を戻す幸助を驚いた顔でクラレスは見ている。

 

「自分で言っておいてなんだけど、あの子本当に剣使い出したばかり?」

「そうだぞ。剣を使う練習を始めて一ヶ月も経ってない。

 剣を握ったのは今日が初めてじゃないか?」

「うん。鉈は使ったことあるけど、剣はこれが初めて」

「ちょっと信じられないなぁ。あれだけ綺麗な型、そうそう見られるものじゃないよ」

「物覚え早いからなぁ」

「反則ですよね」

「だなぁ」

 

 自分のことなのに他人事のように話す幸助が意味不明で、クラレスは首を傾げる。


「天才ってやつ?」

「そうかもなぁ」


 竜殺しのことを説明はできないので、クラレスの推測を認める方向で話しを進める。天才とたいしてかわらないだろうとも思っている。

 剣のお金を払い、剣は幸助のものとなった。腰に下げるためのベルトは、今後もひいきにしてもらうためかサービスとなっている。

 

「じゃ、行くわ」

「もう? 防具は?」

「このあとギルドと宿に行く予定だからな。

 防具はまた今度だ。金がない」


 なくても平気なことはファードッグとの戦闘で証明されている。もっとランクの高い魔物と戦う場合は平気とはいえないだろうが、ここらで暮らすぶんには大丈夫だ。一ヶ所を除いて強い魔物はでない。


「あなたがそういうなら大丈夫なんでしょうけど。無茶をさせちゃだめよ。駆け出しなんでしょ?」


 知らないゆえの言葉だとわかっていても竜殺しを心配するクラレスに呆れてしまう。


「俺よりも強いから大丈夫さ」

「冗談ばっかり言って。バーサーカーのあんたにあの子が敵いそうには見えないわよ。

 とにかく防具は今度なのね。わかったわ、またきてよね」

「おう。腕磨いておけよ」

「ベルトありがとうございました」

「気にしなくていいよ。初めてきた客には大抵サービスすることにしているから」


 店を出て行く二人に、威勢よくまいどありと投げかけられる。

 武具店を出た二人は次の目的地である。冒険者ギルドへと向かう。

 ボルドスが歩きながらギルドについて説明するが、幸助の思い描いたものとたいして違いはなかった。

 冒険者にとっては依頼と情報を提供してくれる場所だ。依頼人にとっては問題を解決してくれる人がいるかもしれない場所。

 冒険者はどんな依頼でも受けることができるが、あきらかに力量にあってない場合は止められる。あとギルドから依頼遂行の指名をされることもある。そのような場合はギルドが報酬を上乗せしてくる。

 歩く二人の前に大きめの喫茶店が見えた。ボルドスが目指しているのはそこだ。もとは酒場だったのだが、先代店主が酔っ払いを嫌って変えてしまったのだ。

 二人がギルドに入ると視線が集まり、すぐに散った。


「なんで見られたん?」

「俺はここら辺りだとそこそこ有名人なんだ。その俺が連れてるお前さんが気になったけど、たいしたことなさそうに見えたからすぐに散った。こんなとこだろ」


 大当たりだった。

 なるほどと頷く幸助を登録カウンターまで連れて行く。


「ボルドスさんお帰りなさい」

「あいよ。こいつの登録してくれないか?」

「はい、ではこちらの紙に記入を」

「先輩!」


 してください、と受付をしている職員が言い掛けて邪魔が入った。

 遮ったのは幸助と同じくらいの年齢に見える少女だ。

 ボルドスはその少女に見覚えがなく、新入りかと推測する。


「なにか用事?」

「わ、私が登録を担当してもいいですかっ!?」

「別にかまわないけど、どうしたの。やけにやる気に満ちてるわね?

 ま、いいわ。どじさえしなければ。

 失礼しました。こういったわけですので、ここからはこちらの職員が説明いたします。

 新入りですので至らないところは多々あります。なにかしでかした場合はすぐに私かほかの職員をお呼びください」

「ありますとかなにかしでかすとか、ちょっと不安になるんだけど」


 幸助の言葉に職員はにこやかに笑い、


「ええ、この子どじですから」


 断定した。ここで働き始めてから、よほどどじを重ねてきたのだろう。

 しかし悪人ではないのだろう。どじどじと繰り返し言った職員の言葉の中に、貶し嘲るような響きは含まれていないのだから。


「手順は覚えてるわね?」

「はいっ!」

「いつも返事だけはいいのよねぇ」

「忘れててもメモ帳見るんで大丈夫です!」


 メモ帳の入った胸ポケットを自信満々に叩く。


「それならいいけどって、いいわけないわ。普通は覚えておかないと駄目なのよ。

 でも業務が滞ることがないのなら、それを認めるしかないのかしら?

 とにかく自分から言い出したのだから、きちんとこなしなさい」

「はい」


 念を押して職員は幸助とボルドスに一礼し、別の仕事をするため移動していく。


「ここからは私ウィアーレが登録作業を進めさせてもらいましゅっ」


 噛んだ。本当に大丈夫なのかと幸助とボルドスの胸中に一抹の不安がよぎる。

 涙目になりポケットからメモ帳を取り出し、手元に置く。


「ではこちらの用紙に記入をお願いします」


 差出された紙と木炭を受け取って、日本語で書こうとして止まる。

 

「俺、字の読み書きできないんだ」

「えっ!?」


 ウィアーレが大きく驚いた顔になる。

 どうしてそこまで驚くのかわからず幸助は首を傾げる。ボルドスも読み書きできないことは珍しいことではないと知っているので、ウィアーレの驚く理由がわからない。


「そこまで驚くことなん? もしかして読み書きできないのってすごくおかしい?」


 それならばホルンとエリスも文字を教えてくれるはずだと考えている。


「い、いえまさかあなたが文字の読み書きできないとは思ってもなかったので」

「おかしくない? 俺のこと知らないよね? 俺は初めて君と会うんだけど」

「はい、初対面です。でも私のギフトであなたが竜ご」


 ろしってわかりました、と続けようとしたウィアーレの口をボルドスが手で塞いだ。エリスがここにいれば、いい判断だと褒めただろう。

 あとでこのときのことを幸助がボルドスに聞くと、嫌な予感がしたらしく素早い反応ができたらしい。


「そのことは秘密だ、いいな?」


 強い魔物と対するかのような真剣さでボルドスは言い聞かせた。

 それに怯えすら見せ、ウィアーレはうっすらと目の端に涙を浮かばせこくこくと頷く。

 ウィアーレの目をじっと見て嘘ではなさそうだと判断したボルドスは手を放す。


「どうかされましたか?」


 離れた場所で棚の書類整理をしていた職員が話しかけてくる。冒険者たちの視線も集まっている。


「いや、こいつがちょっとどじって驚いたんだ」

「そうですか」


 納得ですと言って職員は離れていく。ほかの冒険者たちもまたかと納得し注目は散っていった。

 どじということが役立った珍しい瞬間だった。


「もしかして今ばれそうになった?」


 自体を把握した幸助がボルドスに聞く。


「ああ、どうやらこいつは他人の称号かギフトを見ることができるみたいだ」

「いきなりばれてんじゃん」

「早かったな、というか早すぎだ。まさかいきなりこんな奴に会うとは。

 あとできっちり交渉して黙っててもらわないとな」


 ウィアーレがひっと小さく悲鳴をあげた。交渉という部分が脅迫と脳内変換されたのだ。


「この話はあとだ。今は登録をすませちまおう」

「文字書けないし、君に代筆頼んでもいい?」

「は、はい! え、ええええとまずはっ名前をお願いします!」


 一つでもミスがあればどうなるかわからないと気合を入れ、ウィアーレは作業を進めていく。幸助は聞かれたことに答えていく。答える必要のないことはボルドスが口を挟んで止めていった。ボルドスが口を挟むたび、ウィアーレはなにかしでかしたかとビクッと震えることとなる。

 書類記入と書き込んだことの説明が終わる、渡してもらったカードにギルドに属しているという印を刻んで幸助に返し、ウィアーレはほうっと安堵の溜息を漏らす。大仕事を終えたような感覚なのだろう。


「あ、あとは依頼の受け方などの説明となります」

「ああ、そこらへんは事前に説明しているからとばしていい。

 あとは依頼引継ぎと報酬関連についてだ」

「わかりましたぁ。

 では依頼引継ぎについて説明させていただきます。

 依頼を受けて、これは自分の手に負えないと思ったり、分野が違うと判断することがあります。そのようなときはギルドにきて、依頼引継ぎの手続きをとってもらいます。

 引継ぎした場合は、報酬は基本的になしです。そして依頼に関わってわかっていることを職員に説明してもらうことになります。依頼によっては違約金を払ってもらうことになります。

 次は報酬についてです。

 報酬は依頼書に載っています。載っている報酬は、ギルドが仲介料として五%引いたものとなっています。ですので依頼人が言っている報酬と額が違う場合に怒鳴り込んでこられても差額を渡すことはありません。ただし仲介料が五%を大きく超える場合は、職員に申し出てください。

 なおギルドを通さず受けた依頼については、仲介料を取ることはありません。当たり前ですね」


 ところどころメモ帳を開いて述べていく。


「ギルドを通さないってことは、やましいところがあると白状しているようものだから注意しとけ。

 まあ基準に達する報酬を出すことができずに、だめもとで頼んでくる場合もあるんだがな。

 対策としては怪しいと思ったら断ればいいってとこか」

 

 ウィアーレの説明に、ボルドスが付け足す。


「はい。そのような依頼を受けた場合の責任は、冒険者自身にありますのでどのようなことが起きてもギルドが介入することは滅多にありません。ご注意ください。

 説明はこれで終わりとなります」


 やり遂げたといった感じでウィアーレは背もたれに寄りかかる。


「これで終わり?」

「終わりだ。あとはこの嬢ちゃんに口止めするだけだ」

「はうあ!? それがあったぁ~」


 仕事に集中していて忘れていたのだ。ずるずると椅子から滑り落ちていく。


「仕事が終わるのはいつだ?」

「あと一時間もすれば終わりますぅ」

「じゃあ、一時間ほどしたらセ・オリアスって喫茶店に。知ってるかそこ?」

「いきつけですぅ」


 あまりの落ち込みように幸助は哀れに感じているが、黙っていてもらわないと自分が大変なことになるので諦めもらう。黙ることに納得したら、なにかおごってあげようと決めた。

 ギルドでの用事を終えた二人は暇つぶしに街ぶらつく。

 ついでにファードッグの角も売り払う。売却はボルドスが担当した。一度もこういった交渉の経験がないと言った幸助に手本として実演してみせたのだ。

 少しでも安く買い取ろうとする商人と通常価格で売ろうとするボルドスの交渉は、ボルドスに軍配が上がった。

 商人と顔見知りになればこういった交渉はしなくてもよくなる、というアドバイスとともにお金を幸助に渡す。

 約束の時間までまだ三十分ほどあるが、することもないので先に喫茶店へと行くことに。

 幸助はボルドスに読んでもらったメニューの中からオレンジのカスタードタルトを頼む。ボルドスは甘いものはそれほど好まないようで、ハムタマゴサンドとコーヒーを頼む。

 注文の品が届くまで幸助は、ボルドスにもう一度メニューを読んでもらい単語の勉強をしている。

 あらかたメニューを覚えたところで、店員が注文の品を持ってきた。

 しっとりとしたタルト生地に甘さ控えめのカスタード、そしてオレンジソースと薄切りオレンジがのせられている。タルトにかじりつくため口元に持っていくと、ふわりとリキュールの香りが漂った。

 食べ終わって満足していた幸助は、ウィアーレがこちらに歩いてきていることに気づいた。


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