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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外1 消えない火種(三年後)
58/71

1-2 新しきもの

 街の外、そのすぐそばに三十人の男女が集まり、武器を振るっている。季節は春の昼過ぎで、気温は温かく普通ならば汗などでない。だが体を動かしていく彼らは温まりすぎているのだろう、汗が溢れ出している。

 使っている武器は剣や槍や斧と様々で、リーダー格の号令に合わせて素振りをしている。


「ラスト10っ!」


 リーダーの声に、皆10っ9っ8っと声を張り上げ数えていく。

 リーダー自身も斧を振り、大きく声を出している。


「1っ! おーしっお疲れさん。少し休憩したあとは一対一の模擬戦だ。武器を持ち替えておけよ!」


 少し間延びした返事を聞きつつ、タオルで汗を拭き、水を飲む。

 男のそばに何人かが集まり、正しく素振りできているかアドバイスを求める。訓練を始めたばかりの者たちで、武器の扱いに慣れていないのだ。それにアドバイスをしているうちに、休憩が終わる。


「じゃあ、初心者組とそうじゃないものにわかれて、模擬戦を始めろーっ」


 リーダーは初心者組の方へ混ざり、模擬戦の様子を見ていく。こちらに混ざったのは、武器の扱いが未熟なせいで手加減できず大怪我させる可能性があるからだ。それを止めるため、起きた場合の素早い対処のため、初心者組のそばにいる。

 訓練に慣れた者たちの監視は、普段はもう一人の熟練者がいてそっちに頼むが、その人物がわけあって来れなくなっているので古参に注意するよう言いつけている。

 しばらく武器のぶつかり合う音と掛け声が響く。使っている武器は、幸助がスポーツチャンバラ用のものを参考にして作ったサンプルをクラレスがさらに真似たものだ。本物の武器を使うよりも安全だが、それでも怪我をさせないということはないので見張りが必要なのだ。

 事故など起きずに全員が一通り戦ったところで、今日の訓練は終わりとなった。

 雑談しているリーダーに、お腹の大きな女が近づく。腕には生後一年ほどの赤子を抱いている。彼女に気づいた者たちは、笑みを浮かべ頭を下げて挨拶していく。


「あなた」

「ん? セイン!? 歩き回って大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。少しは歩いた方がいいって隣の奥さんが言ってたわ」

「でもこけたりしたら」


 心配だと表情を歪める男を笑い飛ばす。


「ゆっくり歩いているから、こけるようなことはないわよ。それより今日の訓練は終わったんでしょ?」

「少し前にな」

「じゃあ帰りましょ?」

「もしかして迎えに来てくれたのか?」

「ええ、オーヴェルも来たいってね」


 そう言ってセインは腕に抱いた赤子を男に差し出す。男は受けとってそっと丁寧に抱く。赤子は少しむずがったが、すぐに落ち着く。

 そんな赤子の様子を幸せそうな表情で見ている男の名を、ボルドスという。


 今ボルドスはベラッセンを出て、セブシック大陸すら出て、カルホード大陸で暮らしている。

 クラレスとセインと付き合い始め一年ほどで結婚したボルドスは、このまま冒険者でいることに不安を感じた。若い今はいいが、年を取り身体能力が落ちると、これまでのように依頼をこなせず収入に不安がでてくる。回りの冒険者を見ても、年を取り収入に不安を感じている者がいた。

 家族ができたのに不安なままでいることは駄目だと考え、定職につこうと考えた。そんなボルドスがすぐに思いついたのは、以前コネを得た男爵だ。指導を終えて去る時、このまま残らないかと誘われていたのだ。

 このことをクラレスとセインに相談し、理解を得て動く。既に故郷を出ているセインはいいとして、クラレスは故郷を出て行くことになり、話し合いは必要だった。

 今でも有効かはわからなかったが、一度訪ねてみようと幸助の転移でカルホード大陸まで連れて行ってもらい、男爵と再会した。幸いにして誘いは今でも有効で、ボルドスは自警団の団長兼男爵私兵団の相談役という職を得た。

 収入は冒険者をしているよりも減ったが、それでも家族が暮らしていくには十分すぎるほどだった。クラレスとセインもそれぞれ指導補佐と鍛冶師手伝いという職を得たので、お金に困ることはない。

 クラレスが子供を生み、次はセインも生む。公私共に充実した時間を過ごしてきている。

 ボルドスの子供は、エリスにとって孫となるのは当然だろう。初めてオーヴェルを抱くボルドスたちを見た時、少し複雑そうな表情を浮かべたがすぐに小さな吐息とともにその表情はなくなり、誕生を祝った。

 以来三ヶ月に一度のペースでオーヴェルの様子を見るため家を訪れている。大げさなほど可愛がることはないが、しっかりと愛情を持って接している。


 皆と共に街に戻り、住民たちに声をかけられながら家を目指して歩く。

 自警団に混ざって街中をパトロールすることもある。それを二年続けているのだ、顔を覚えられて当然だろう。それに午前中もパトロールをしていた。


「あとどれくらいで生まれるんだっけか?」

「二ヶ月らしいわ」

「楽しみだな。男か女か。オーヴェルも楽しみだろう?」


 腕の中のオーヴェルにそう言って笑いかける。


「名前は決まってるの?」

「男だったらアポロ、女だったらセルネシアにしようと思ってる」

「あら? オーヴェルの時に考えていた女の子用の名前使うと思ってたら違うのね」

「あれはオーヴェルの時用で、この子には合わない気がしてね。だから新しく考えた」


 オーヴェルとの繋がりを感じられて、そのまま使うのもいいかなとは思ったが、なんとなくしっくりこなかったので新しく考えたのだった。


「そう。ま、名前に反論はないわ。アポロかセルネシア、いい名前と思うわよ」


 どちらになるのかしらねと自身のお腹を擦る。その表情は日頃からクラレスも浮かべている母な表情だ。

 家に帰り、オーヴェルに乳を上げたりして過ごしていく。そうして夕方になり、仕事を終え買い物もしてきたクラレスが帰ってくる。

 クラレスとセインの二人で料理を準備し、その間にボルドスは風呂の準備をしていく。もともとこの家には風呂はなかったが、出産祝いとしてエリスたちが設置したのだ。

 食事を終えた後に、セインとクラレスが一緒に入る。クラレスはセインの補助のため一緒に入ったのだ。その後、ボルドスとオーヴェルが入る。

 石鹸をペーパーナイフで削り、桶に入れた湯で溶かし、それでオーヴェルを洗う。


 この石鹸は地球の物と材料からして同じではない。同じように泡立ち汚れを落すので、幸助は石鹸と呼んでいる。

 材料は瓜に似たものと薬草一種類だ。瓜を砕き出てきた液体と薬草を煮詰めてできた薬液を混ぜる。そうするとやがてトロミがつく、その状態で型に流し込んで放置すると固まり、石鹸が完成する。王族貴族が使うものはもう少し手がかけられるが、庶民が使っているのはこれだ。

 ただしそのままだと赤子には刺激が強く、肌を傷つけるので湯に溶かして使う必要がある。

 この石鹸を使わずとも魔法で汚れを落せるので、めんどくさがりな人は石鹸を持っていないことがある。


 丁寧にオーヴェルを洗い、泡を流したボルドスはクラレスを呼び渡す。その後ゆったりと浸かる。

 風呂から上がったボルドスにクラレスとセインは酒を渡して、今日あったことを話していく。時々笑い声も上がり、穏やかに時間が流れていき、夜泣きするオーヴェルをあやしたりしつつ、一日が終わっていく。

 夜が明け、朝食を食べ終えたボルドスは家族に見送られて家を出る。今日は自警団の訓練はなく、男爵の屋敷で働く日だ。することは兵と一緒に訓練したり、男爵の話し合い手になったりと自警団での生活とたいして変わらない。

 今日も訓練後、男爵の執務室で来客用のソファーに座り話している。

 

「それでだな、コースケ殿が作った菓子をもらってきてくれと、妻も子もしつこいのだよ」

「それは大変ですね。ですが気持ちはわかります。あいつが作る物は美味しいですからね」


 冥族の女王を唸らせたことはボルドスも知っている。それを聞いた時は、料理人として名をはせるつもりかと呆れたものだ。


「うむ。私もそれには同意だ。あれだけの腕の料理人はそうはいない。本職でないのが不思議なくらいだよ」

「いろいろと才能に溢れた奴ですからねぇ。冒険者として積極的に動いていたら、今頃は世界に知らない者はいないほどになっていたくらいでしょうし」

「あの剣舞は美しかった。また見たいものだ」


 以前一度だけ見た剣舞を思い出し男爵はうんうんと頷く。その場にいる者たち全員を魅了した剣舞。いうなればただ剣を振るだけで音楽もない動作。だがそれだけの動作に皆惹きこまれ声もなく見入った。あれだけで高い実力を持っていることがわかる。

 どこにも所属していないと知った男爵は、幸助にも雇いの誘いをかけて断られていた。


「剣舞はどうかはわかりませんが、料理の方は頼めば作ってくれるでしょう。あと三ヶ月もしないで子供が生まれますし、見に来ると言っていましたから、機会はありますよ」

「そうだったな。赤子も料理も楽しみだ」

 

 子供の誕生を祝ってくれる言葉にボルドスは礼を言う。


「新たな住人の誕生だ。祝って当然だよ」


 気負いなく当たり前のように答える。こういった懐の深さがボルドスは好きだった。この街に移り住み、男爵への忠義は高まる一方だ。

 雑談が続き、そろそろお暇しようかなという頃、扉がノックされ文官が入ってくる。文官はボルドスに一礼し、書類を主に差し出す。

 それを見た男爵は少し思考し、書類をボルドスへと飛ばす。魔法を使ったわけでもないのに、書類はひらりとボルドスそばのテーブルに載った。

 

「読んでも?」

「かまわない」

「では失礼して」


 手にした紙の内容を眺めていく。そこには一匹の魔物のことが書いてあった。キメラだ。キマイラではなくキメラと判断したのは、強さがキマイラの範疇を超えているからだ。

 出現地点はここヤーボルワルンから徒歩四日の山。第一発見者は麓の村に住む猟師。すぐに村長が討伐依頼を出して、冒険者が受けたのだが返り討ちにあった。もう一度値段を上げて依頼を出したが同じ結果となり、ここらで一番大きな街に連絡がきた。

 キメラの特徴を読み進むうちにボルドスの表情に疑問の色が浮かぶ。


「その様子だと気づいたようだな」

「キメラの特徴のことですよね」

「ああ」


 二人がおかしいと思った部分は、報告にあるキメラの構成が多いからだ。通常キメラとキマイラは二つから四つの生物部位を持っている。それ以上の部位をもったキメラは見つかっておらず、キマイラも五つの部位を持たせると体の維持ができないと報告されている。動くとばらばらになってしまうのだ。だがこの紙には狼の頭部、カメレオンの舌、蝙蝠の羽、ゴリラの胴、蛙の足、虫の複眼という六つの生物部位が書かれている。


「ありえない」

「私もそう思う。大発見かもしれないということで捕獲も視野に入れると書かれているが、民に犠牲が出ている以上、私は討伐をメインに動こうと思う。そこでだ、私の兵と自警団でキメラを倒せるかどうか聞きたい」


 男爵私兵と自警団の強さを熟知しているのはボルドスだ。

 以前戦ったことのあるキメラの強さを思い出し、それと兵たちを脳内で戦わせてみる。個人戦はなしで、接近戦のみ遠距離戦のみ、それらを混ぜたもの、罠仕掛けと思考していく。

 三十分以上考え込むボルドスを男爵はじっと待つ。そばで控えている文官はまだかという所作を僅かながら見せていた。

 そうして出た結果からボルドスはさらに人数を引く。脳内で戦わせたキメラよりも、報告で来たキメラの方が強いと仮定したためだ。


「討伐につれていけるのは十五人ほどでしょうか。自警団から六人、兵からは八人、それに私が加わり合計十五人。それに連絡役に一人、荷馬車を一つ。急ぐのならば荷馬車ではなく馬車を二つということになるかと」

「それは勝てる者たちなのか?」

「いえ戦える者ですね。相手の強さがわからない以上、勝てる人選とはいきません。それに山での戦いというのも厄介ですね。おびき寄せて平野で戦えればもっと人数を連れて行けるんですが。一度ぶつかって勝てるならそのまま戦い、駄目でもおびき寄せ可能だと判断したら連絡してもっと人数を呼ぶようにしようかと」

「戦いのことはわからないから、ボルドスの考えを採用するよ。その方向でエメラシオとクオーズと話してくれるか」


 エメラシオは私兵の長で、クオーズはここにいる文官のことだ。

 ボルドスとクオーズは頷いて、エメラシオのもとへ向かう。三人で二時間ほど話し合い、これからの行動を決めた。その後ボルドスは自警団へ討伐に出ることを、エメラシオは部下たちのところへ、クオーズは男爵に決まったことを知らせに向かう。

 人数に少し変更があり、情報収集要員として身軽な者を二名追加して連れていくことになる。男爵配下にいればその人を、いなければギルドに問い合わせる。

 出発は明日の午後、馬車を二つ用意して急ぐことになった。

 自警団の詰め所で、キメラ討伐について話し同行者に連絡するよう頼むと、ボルドスは準備のため家に帰る。


「あら、早かったわね?」


 オーヴェルをあやしているセインが早い帰りのボルドスに驚いている。


「ちょっと遠出することになったんだ。その準備のために早く切り上げることになったんだよ」

「遠出?」

「キメラ討伐に行くことになった」

「キメラが出たの? どこに?」


 誰にも話さないということを約束させてボルドスは、キメラがどこにいるのか、その特異性など話す。セインも元冒険者で情報漏洩は無駄な騒ぎを起こすだけと知っているため、聞いたことを黙ったままでいることに異論はない。


「新種のキメラ、でいいのよね?」

「そうなるんだろうな」

「無事に帰ってきてね。怪我をしないでとも言いたいけど、それは無理だろうし」

「ん、大丈夫すぐに帰ってくるさ。死ぬ目にあっても意地で死んでやらない。いつかオーヴェルと酒を飲み交わしたいからな」

「そうね、この子たちのためにも」


 そう言いいつつオーヴェルを撫でた後、お腹も撫でる。

 その姿を見てボルドスは討伐を無事やり遂げると再度気合を入れる。

 遠出の準備を整え始め、その最中に連れて行く予定の自警団員が話を聞くためにやってくる。六人ともボルドスがまだ冒険者だった頃に指導した者たちだ。

 彼らに戦う相手のことと予定を話し、準備を整えるように言って帰らせる。

 団員たちは強い魔物と戦うということで不安を見せるものの、「無理はさせないし、生き残れるだけの実力がある」というボルドスの言葉に励まされ帰っていった。

 彼らは魔物退治も経験していて、能力的に平均Dはある。そこらの冒険者と変わらない実力を持っているのだ。

 団員を帰して、一時間もすると仕事からクラレスが帰ってくる。クラレスにも事情を話して無事の帰還を祈ってもらう。


 翌日、準備を整えた一行は街の入り口に集合した。

 昨日と今日の朝で馬車など必要なものは男爵側が揃えており、準備万端といえる。

 ついでに、装備に不安のある自警団員たちに、男爵の私兵が使っている金属鎧の予備が渡された。自警団に支給されていたものは革製の防具でそれでは不安があるとボルドスが言って、借りたいと伝えていたのだ。

 サイズの合うものを選び終え、一行は兵と自警団とそれぞれの家族に見送られ、キメラ討伐へと出発する。

 二頭仕立ての馬車が二台、人が歩く以上の速度で進むため、予定では三日弱で到着予定だ。

 目的地までハプニングはなかったため、予定通りに着くことができた。

 到着後、兵たちに休憩を命じて、ボルドスは村長の家に向かう。ここに来るまでの時間でなにか変化が起きたか確認するためと、山歩きで注意する場所を聞くためだ。


「特に注意する場所はないと?」

「はい。キメラが来るまでは弱い魔物しかいない小さな山でした。沼や崖もありませんから、ちょっとした準備で十ほどの子供でも入ることができましたし」

「遺跡があったり、昔危険な魔物がいたなんてことは?」

「私が覚えているかぎりではないですね」


 記憶を掘り起こすため村長は一分ほど黙り込んで、首を横に振る。


「では次にキメラの動きですが」

「目のいい者何人かに見張ってもらってますが、山から出てきたという話はないです。時々魔物か獣かの悲鳴が聞こえてくるんで、それらを襲ってるんじゃ?」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 キメラに魔物を襲う習性あったかと内心首を傾げている。

 倒すと断言せず、できるかぎりのことをすると告げてボルドスは家を出る。村長もこれまでに出た被害のこともあるので、ボルドスたちが必ず倒せるとは思っておらず、若干弱気な発言も仕方ないと受け流す。

 休憩している兵たちに聞いた情報を伝え、偵察を放つ。偵察が戻ってくる前に、兵の組み分けを行う。五人一組にわけ、各人が得意なことできることを話させる。

 そうしているうちに偵察が帰ってくる。無理はするなと言っておいたので、遠くから観察する程度で戻ってきた。


「どうだった?」

「それが」


 偵察にいった二人は戸惑いを隠せない。


「なにか問題でもあったのか? キメラが増えていたとか」

「いえ数は一匹のままでした。ですが背中に太い人の腕が生えていて口には猪のような牙が。あと毛皮にも斑点が」

「部位が増えてたと?」


 疑いの表情で確認するボルドスに、偵察たちは頷きを返す。


「ちょっと待て部位が増える? ほんとにキメラか? 確認したいことができた。まだ出発はしないように」


 近くで話を聞いていた兵たちにそう命じて、ボルドスは村の中に入る。

 そこらを歩く村人に、山に住む生物のことを聞いていき予想が外れていないことを悟る。

 

「食べた生き物を取り込んで部位を増やしているのか」

 

 山には猪や鹿がいるとわかった。牙は猪のもので、毛皮の斑点は鹿のものだろう。そして腕は返り討ちにされた冒険者のものだ。討伐に来た冒険者が三人帰ってこなかったことを村人は覚えていたのだ。

 ボルドスはここにいる魔物をキメラではないと断定した。キメラが誕生後、部位を増やしたという知識はボルドスにはないのだ。同じくキマイラもそのような情報はない。

 

「これらの情報から、俺はここにいる魔物を未知の魔物と判断した。よってまずは情報収集のやり直しを行う。こちらから戦闘をしかけることはなく、観察に徹するように。やむなく戦闘になった場合は、弓使いと魔法使いは魔物を発見したら即座に距離を取るように。余裕があれば援護を頼む」


 弓使いと魔法使いは自警団から選んでおり、連れて来た男爵私兵よりも戦闘経験は少ない。キメラ相手ならばいざしらず、未知の魔物とまともに戦わせるのは不安があるのだ。

 皆が頷いたことを確認し、出発する。三組にわけたが今は一緒に行動する。

 しばらくは村人が踏み固めた道を歩き、途中から藪へと入る。そこからはできるだけ静かに移動し、魔物の気配を逃さぬように集中する。

 やがて自分たち以外になにものかが歩いている音が聞こえた気がしたボルドスは全員を止める。自分たちの足音が止まっても聞こえてくるので、聞き間違いではない。方角を確認し、近づいているのか離れているのか確認する。

 

「離れていっていると思うが、お前たちはどう思う?」

「同じです」


 一人が答え、それに皆頷く。


「この近くにひらけている場所はあったか?」


 偵察をした二人に問う。このまま戦いを仕掛けるには木々が邪魔なのだ。少人数ならば利点になったかもしれないが、この人数だとひらけた場所で戦った方がやりやすい。

 

「ここらでは見ていないですね。少し離れた場所になら。だよな?」

「ああ、たしか十メートル少しくらいの広さがあったかと」

「……」


 黙ったまま、これからの行動を考える。


「……よしっ。獣を捕まえるような罠を作れる奴はいるか?」


 ボルドスの問いに自警団から二人手を上げる。その二人に偵察一人と兵二人をつけて、広場の簡単な整地と罠を作るように命じる。

 残りは魔物の観察だ。行動パターンを探り、ついでになにか弱点でもわかれば儲けものだ。

 二手に別れ、それぞれの行動を開始する。

 風の動きを読みつつ移動し、遠目に魔物を見る。報告の通りの姿で、どこか整合性のあるキメラやキマイラと違い、この魔物はつぎはぎだらけといった感じをうける。

 二時間ばかり魔物をつけまわし、観察してわかったことはそこまで知能は高くないということだ。行動は肉食動物そのものだ。見た目がもう少しまともで、動物を襲うくらいならば放置されていただろう。

 弱点はわからず、どこか痛めている様子もない。

 対する場合に注意すべき点は四本腕の力の強さと、伸びる舌の範囲だろう。羽はあるが飛べるわけではないようで、飾りみたいなものだ。

 日が傾き始め、今日はここで終えることにして山を降りる。


「あの様子なら餌を置くか、矢を撃って気を引くことができそうだな」

「はい。見た目はおかしいですが、行動は肉食動物に近かったですからね」

「罠はたしか、底に尖らせた枝を仕込んだ落とし穴を三つ作りかけているんだっけか。ほかにボーラとネットを作ると言ってたな。明日はそれを皆で手伝うことにしよう。魔物の見張りはつけておいた方がいいと思うか?」

「弱点をみつけることができるかもしれないので」

「そうだな。偵察の二人に遠くから見張らせるか」


 明日の行動を決め、食事などの準備をする兵たちに混ざる。寝床は村の空家などを借りることができた。

 まともな寝床で旅の疲れをとったボルドスたちは罠作りに精を出し、直径三メートル深さ二メートルの穴を掘った。ほかにはスリング用の大きな石を集め、大雑把ながらネットも編んだ。

 こうした用意に二日使い、村に到着した四日目に魔物討伐を始める。魔物はいまだ山の中を餌求めてうろつきまわっていた。


「団長、俺ら勝てますかね?」


 いざ出発となって自警団から連れて来た男が不安そうに言う。ほかの者たちもどこか不安を抱いているのだろう、ボルドスを見る視線に弱いものが混ざっている。


「はっきり言っちまうと、相手の実力がいまだ不明だから勝てるとは断言できないな」

「そうですか」


 皆の不安の色が濃くなる。その不安を少しでも跳ね除けようと大きく声を出す。


「だがっ準備はした! 観察して情報も集めた。こっちが有利なはずだ。例え勝てずとも死なずに逃げられる、その自信はある」


 一拍置いてニヤリと笑い、続ける。


「言っちゃいけないんだろうが、死ぬ気で戦えとはいわない。俺も死ぬ気はないからな。家で家族が帰りを待ってんだ。必死に戦って、駄目なら死ぬ前に逃げるぞ……返事はどうした」


 無理に勝たずともよいという言葉に、ポカンとした表情となっていた兵たちは、我に返り威勢のいい返事を返してくる。本当にそれでいいのかと思っているのが表情からよくわかる。

 実際全滅するまで戦うよりは、情報を持って帰ってくる方が次の戦いに役立つのだ。逃げるという選択肢は決して間違いではない。

 ボルドスと弓使いが二人で魔物を探し、ほかは罠をはった広場で待機する。

 山に入って一時間ほど歩くと、魔物を発見できた。


「じゃあ、よろしく」

「はい!」


 矢筒から矢を抜き、弓につがえキリキリと引く。そっと指を離して放たれた矢は風を切り木々の間進み、ゴリラの方の腕に命中した。皮膚は頑丈なようで深くは刺さらない。


「よし! 注意はひけた。逃げるぞ」

「了解!」


 わざと音を立てて広場へ向かう。狙い通り魔物は、自身を攻撃した者に敵意を抱き、追いかけてくる。

 逃げる二人の背に向けて、魔物が轟く声を叩きつける。それに自警団員がよろめきこけそうになるが、とっさにボルドスが腕を掴んで支えたことで、こけずにすんだ。

 木々を避け藪を越える二人と違い、魔物は全てを薙ぎ払い押し潰し進む。足が蛙のせいか跳ねての移動だが、速度は二人に負けていない。


「おもったよりも速いか?」

「こ、怖いですねっ」

「気持ちを口に出せるだけ、まだ余裕があるさ。また舌が来るぞ!」


 真っ直ぐ伸ばされる舌を、二人は走るコースを少し変えて避ける。二人がいた場所を真っ赤な舌が通り過ぎ戻っていく。鞭よりも重そうな舌は太い枝を叩き折っている。


「当たったら骨くらい簡単に折れそうだ」


 折れた枝を見る自警団員の表情は暗い。


「そうだが、よく見てれば避けられるだろ」


 観察したおかげで、舌の伸びる範囲や速度はわかっている。触手のように自在に動かないことも知った。不意さえつかれなければ、しゃがむなりその場から動くなりして避けることは可能なのだ。

 十五分ほど走り続け、広場が見えてきた。


「ついたぞーっ!」


 到着を知らせて、その十秒後広場に飛び込む。さらにその五秒後に魔物が広場に落下してきて、小さな地響きを起こす。

 魔物に向かって弓や石や魔法が飛ぶ。刺さりぶつかり燃やし凍らせ切り裂く。だがそれを気にしない動きで、身を震わせ雄叫びを上げる。魔物にもう一度攻撃が飛ぶ。それを飛び跳ねて避けた。


「前衛行くぞ!」


 着地点に落とし穴があり、動きが鈍るだろうと判断したボルドスが接近戦を指示し、自身も前に出る。

 予測に違わず大雑把に隠された穴に魔物は落ちる。悲鳴を上げなかったので、仕掛けておいた尖った枝は効果を出したのかわからない。

 ボルドスは正面から、少し送れて左右と背後に兵たちが近づいて武器を叩きつける。

 ボルドスの斧は普通にダメージを与えているが、ほかの者は勢いをつけた初撃以外、硬い皮膚に浅い傷をつけることしかできていない。

 これにより魔物は警戒すべきはボルドスだと判断し、四本腕全てをボルドスへと振るう。

 たちまち防戦一方になるボルドス。

 ほかの兵もダメージを与えようと武器を振るうが、気が引けるほどのダメージを与えられない。


「ぐぼぉっ!?」


 そうしているうちに、ボルドスは防御が間に合わずフックをくらって吹っ飛ばされる。

 ボルドスの無事を確かめるため兵二人が近寄り、抱き起こす。その間に魔物は腕を振り回し、回りにいる鬱陶しい三人を蹴散らし穴から飛び出る。

 蛙足は少しだけ血が出ているが、動きが鈍るということはない。

 接近戦をしていた者たちが離れたことで、申し合わせて雷の魔法の準備をしていた者たちが魔法を放つ。一筋の雷が五本、魔物に集中した。

 これには無事でいられず、後ずさり火傷の跡も残す。体毛も燃え地肌が見えている。


「やったと思ったのに!」

「あれで倒せないのか!?」


 魔法を使った者たちが悔しそうに怒鳴る。


「また準備しておけ! 俺たちが隙を作る!」


 動けないような怪我はしなかったボルドスはそう言って、再び真正面から魔物へと接近する。それに追従してほかの兵たちも横や背後から攻撃をする。

 通常の攻撃は効果が薄いと十分にわかり、兵たちは勢いをつけた攻撃を行いだす。攻撃回数は減ったものの、確実にダメージを与えだした。

 これのおかげで、ボルドスだけに攻撃が集中することはなくなった。ただし兵にも攻撃がいき、ボルドスほどに頑丈ではない兵たちは一撃くらうとそのままダウンということになっている。倒れた兵にかわり、待機していた兵が攻撃に加わる。そんな光景が何度も見られた。

 準備していた罠は予想していたほど効果を出さなかったが、数秒の時間を稼ぐことはできた。その数秒で怪我人を運び、体勢を立て直すことができていた。

 ダメージが重なり、動きが少し鈍った魔物は逃げ出すためか跳ねて広場から離れようとする。しかしそれは悪手だ。周りに誰もいなくなれば、魔法や飛び道具は使いたい放題だ。

 準備していた魔法が飛び、その後に火傷した箇所へと矢と石が飛ぶ。ほとんどが命中し、さらに動きを鈍らせた魔物へとボルドスは駆け寄り、足を斬り飛ばす。

 悲鳴を上げて倒れる魔物にもう一度魔法が飛び、それが決定打となる。その場に倒れこみ荒く呼吸を繰り返す魔物に、ボルドスがゆっくり近寄り、魔物の喉を切り裂き止めとした。

 呼吸も動きも止めた魔物に皆集まる。死人はでなかったが、接近戦をしていた者は皆骨を折るなどして軽傷の者が少ない。


「終わったぁ」

「なんとかですね」

「倒せたんだなぁ」


 安堵の表情を浮かべて口々に無事を祝う。そんな兵たちの中一人警戒心を残していたボルドスは指示を出す。


「無事な者は怪我している者の手当てをしてやれよ」

「だんちょー、この魔物はどうするんですか?」

「部位を売るにしても、切り離したら動物のもので売れそうにはないんだよな。持って帰って、王都に送れば調べてくれるだろうか?」

「持って帰る間に腐りません?」

「誰か冷やす魔法とか使えないのか?」


 これに二人が手を上げる。


「スイカくらいのサイズの物を冷やす程度なんですけど」

「俺もです」

「それでもやらないよりましだから全体にかけてくれるか?」


 わかりましたと頷き、早速魔法を使い始める。魔法が得意な者はそれを教えてもらい、手伝っていく。

 これを運ぶための手段も必要で、村に馬がいればそれを借りて、台車にでも魔物を載せて運ぶことにする。

 ボルドスは村に戻り、報告と移動手段の確保について話し、どうにか目処がついた。

 帰り道でハプニングはなく、無事に街に帰りつく。誰も死なずに戻ったことを行った者も残った者も喜ぶ。

 魔物の死体を屋敷の端に運ばせて、兵たちを解散させて休息を取らせる。

 ボルドスはそのまま、男爵の執務室に向かう。


「ただいまかえりました」

「お疲れ。無事の帰還嬉しく思うよ」

「ありがとうございます」


 社交辞令に思いを込めて、言葉を交し合う。そのまま報告に移っていく。

 

「キメラではないと?」

「他者を取り込み、部位を増やすキメラとキマイラなんて聞いたことありませんし」

「それは私もないな。強さの方はどうだった?」

「そうですね、以前戦ったキメラよりも体力ははるかに上でしたね。攻撃力は同等か少し下。頑丈さは上」

「ふむ」


 一つ頷いて、考え込む様子の男爵にボルドスは続ける。


「死体を持って帰ってきているので、主の部下か王都の学者に調べてもらってください」

「部下に見せた後、王都に送るとする。報告ご苦労様、早く帰って家族に無事な顔を見せるといい」

「そうします。では」


 一礼しボルドスは部屋から出る。

 家に帰ったボルドスは家族に歓迎され、数日ぶりの一家団欒を過ごす。

 無事に帰ることができた安堵の中でボルドスは、新種の魔物が出てきたことに一抹の不安を抱いていた。





「かつて師は言った」


 二十後半に見える女が薄暗く広い部屋の中、一人で喋っている。

 暗闇の向こうに薄っすらと檻が見えるが、中にはなにも入っておらず、そういった檻がいくつもある。


「欲のまま動くことこそ最善だと」


 誰もいない、なにもいない周囲をくるりと見回し続ける。


「師はそれに違わない行動を行い、そして死んだ」


 女の表情に死を悼むものはない。むしろうっとりと悦に入っている。


「素晴らしいっ。己の信念を貫き通した師を私は尊敬する。例え計画が失敗したとしてもだ!」


 天才は常人とはずれていた。その弟子もまた同類なのだろう。そんなことが今の様子からよくわかる。


「私も師に倣おう! やりたいことをやろう。己が生み出したものを世界に解き放とう! 己自身も利用して!」


 暗い部屋の中、女の笑い声がいつまでも響いていた。

 

感想と誤字指摘ありがとございます


未来編神殺し編》今のところは書く予定ないです、申し訳ない。いいネタが浮かべばそのかぎりではないんですけどね


地図》盗まれた地図は港に戻ってきた時に返してもらいました


半竜化》三年後の時点ではまだです

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