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語られる戦い

《約二ヶ月前》

 

 ミタラムが未来を見た後、上級神の許しを得てやったことはいくつかある。

 まずはコーホックなどの穏健派な神に協力を求めた。一人で動いて問題を解決するには時間が足りないのだ。

 相談を受けた神たちはなにを馬鹿なことをと最初は取り合わなかったが、上級神から許可をもらっているとミタラムが告げると世界の崩壊の可能性が本当だと信じた。

 崩壊を行う幸助の排除や封印を主張する神がいたが、それこそ崩壊の原因になり得るとミタラムは説く。いつになく饒舌で熱心に話すミタラムの様子に、排除といった手段は最悪手なのだと神たちは理解する。

 神たちが納得したことでミタラムは、これからの行動予定を話していく。 

 伯爵が起こす戦いは不可避で、それを起こさないという方法はとれないこと。念のためいくつか見た未来全てで戦いは起きていたのだ。もし回避したいのなら過去に戻るしかなく、そんな魔法は神には使えない。

 エリスが使った自身を入れ替える魔法は、未来の自分と現在の自分を入れ替えるのであって、過去に行く効果はない。

 戦いに神が介入し、魔物を倒して早期決着を目指す。これも駄目だ。天才が見つけた力は爆発寸前の爆弾のようなものだ。神が力を振るうとその影響で爆発しかねない。その威力はセブシック大陸を滅ぼし、カルホード大陸とホネシング大陸の一部を壊滅させるほどだ。その場にいる神も確実に邪神化してしまうだろう。だから戦いに関しては人間たちに任せ、神はフォローに回るしかない。

 人間に任さない方法もある。そちらの被害はセブシック大陸北半分壊滅という被害で済む。力をわざと暴発させ、その威力を神々で結界を張り抑えるのだ。その方法では世界崩壊は起こらないが、世界運営という面から見ると到底認められるものではない。

 

「そもそもその力ってなんなの?」


 ここまで話を聞き、一人の女神が口を開く。白くふわふわな長髪を持ち、側頭部から二本の曲がった角を生やしている。羊を連想させる女神だ。彼女はアーセランという名前で夢を司っている。以前幸助の夢に入った時ミタラムはアーセランの力を借りたのだ。


「お前さんは神になって百年も経ってなかったか。それならば知らなくて当然だな」


 建築を司る神ワガンストーが思い出すかのように話し出す。


「あれはな、もとは歪みに捕らわれた魔物だったんだ。そいつは慎重で、動く前に力をつけようと考えたのだ。そしてどうやって力をつけようかと考え、人間を利用することを思いついた。セブシック大陸北部は四百年ほど前まで不毛の地と言ってもよかった場所だった。そこに住んでいた人間の代表者二人に、魔物は話を持ちかけた。ここで戦を起こし血を流せば、豊作を約束してやると。暮らしは本当に辛いものでな、そんな言葉に人間は頷き小規模ながら戦を起こした。そしてその年は前年よりも多くの作物ができたのだ。一方魔物も大地に染み込んだ怨嗟の血と生まれた歪みを吸い、力を蓄えた。双方これはいい方法だと続行することを決めた。これが北方永続戦争の始まりだな」


 ここまで話し、ワガンストーは一度話しを止める。アーセランが話を脳内でまとめているのを見たからだ。

 情報を整理したアーセランが顔を上げる。


「ちょっと疑問なんだけど、力って言い方してるよね? あれが歪みに捕らわれた魔物なら、なにか個体名でもあると思うけど、どうしてそっちを呼ばないの?」

「それは魔物が既にいないからだ」


 コーホックが答える。


「いないって死んだの?」

「死んだも同然だろうな、あれは。体はあるが意思はない。それを生きてるなんていえないだろ?」

「どういう状況なの?」

「それはワガンストーの話の続きを聞けばわかるさ」


 コーホックがワガンストーに視線で先を促す。それに頷き口を開く。


「人間と魔物、その関係は良好といえるものだった。良好という言い方はおかしいのかもしれんがな。その関係を意図せず崩したのは人間だ。豊作が続くと人が増えた。人が増えると戦いに参加する者も増え、流れる血も増えた。そうすると魔物に流れる力も増えた。魔物が喜んだかというとそうでもない。許容量を超し始めたんだ。力の流れを止めようにも、勢いがすごく魔物では無理だった。耐えるだけで精一杯になり、人間に止めるように言うことすらできなくなり、やがて力に自我が押し流された。そして魔物は力を溜め込むだけの存在に成り果てたのだ」

「それが魔物がいない理由なのね」

「その通り。魔物が自我をなくしても、豊作は続いた。だから人間は魔物がいなくなったことに気づかず、交わした約定を守り続けた」

「力は溜まり続けて今に至る?」


 その場にいる神たちは頷く。

 話を聞いてアーセランが納得したかというとそうでもなく難しい顔になっている。新たな疑問が湧いたのだ。

 それを神たちは予測できていた。


「どうして魔物を放置していたのか、そこが納得いかないんだろう?」


 神たちが予測したことをコーホックが口にした。

 アーセランがうんうんと頷いている。


「俺たちが万能ではないとわかっているよな?」

「それはよくわかってるよ」

「当時の神たちは魔物の存在に気づかなかったんだ。万能ならば気づけたんだろうな。実際に気づいたのは魔物の自我が消え、力が膨れた頃だった。でも当時の力の大きさは今ほどじゃなく、対処しようと思えばできた」

「今もあるってことはしなかったんだよね?」

「そうだ。あの力は歪みだ。そして当時、歪み使いがいてその力を利用して消費することができたんだ。だから自分たちで対処いなくてもよいかと考えた。そんな時、ちょうど月星界から熱岩が落ちてこようとしていた」


 月星界とは地球というところの宇宙で、熱岩は隕石だ。

 神たちは宇宙を見張り、隕石落下を防ぐ役割も持っていた。小さい隕石ならば問題なく対処できていたが、大きなものになると神が力の大半を使わなければ対処できないこともある。時には命懸けで防ぐ必要もある。そういった大きな隕石が落ちてくるのは三百年に一度くらいだ。


「当時の熱岩はそれまでで最大のもので、神の命を一つ二つ賭けたところで防ぐことは不可能に思えたんだ。そこで神たちは大きく溜まった歪みを使えないかと考え、歪み使いに事情を話し実行させた。結果は、見事熱岩の進路を曲げることができたってわけだ。以来、あの力は熱岩対策用として触れないように決められた」

「ほかの歪みに捕らわれた存在が惹かれて近寄りそうだけど?」

「そういった存在には大きすぎる力だから、近寄ることすらなかった。って言っても例外はいるもんで近づいたやつもいる。例外なく扱いきれず消えたがな」

「そうだったんだ。不思議に思ったことがわかってすっきりした」


 アーセランが笑みを浮かべて納得したところで、話は神がこれからするべきことへと戻る。

 戦いそのものへの介入は少しですませ、その前段階に尽力すべきとミタラムは語る。具体的には各国への協力要請、戦いの規模の縮小だ。

 協力要請で求めるのは当然戦力だが、ほかには物資もだ。セブシックとカルホードとホネシングからそれらを得るのは難しくはない。被害の当事者だ、出し渋りさせるわけにはいかないし、与える予定の情報をきちんと認識すれば出し渋りする可能性も低い。反対に出し渋りするのは被害のないエゼンビアとペレレ諸島だろう。それらについては熱心に説く気はない。時間がもったいないのだ。


「こっちはコーホックが担当して」

「俺一人で?」


 無理だろうとミタラムを見る。


「別に一人でやってとは言ってない。必要なだけ連れて行って」

「ミタラムはなにをするんだ?」


 ミタラムが担当するのは戦いの規模縮小の方だ。規模縮小といってなにをするかというと、扇動される魔物たちの排除だ。集まる魔物の数が減れば、人間たちにかかる負担も減る。ミタラムが見た未来では対策を取らなかったがために、一億を超す魔物が大陸北部に集まっていた。対する人間の戦力は約五十万だ。

 人間も魔物も集まった者の強さは様々だが、平均するとその実力は魔物の方が高い。数も多く実力も高いという悪条件で人間は戦い、全滅と言っていい状態でなんとか戦いで勝利を収めた。生き残った人数は百人に満たない。死者の中にはセクラトクス、ゲンオウといった幸助の顔見知りもいた。

 その戦いで流れた血や発生した歪みで、地下の力に刺激が与えられなかったかというと、当然影響はあった。戦いの途中でコーホックに連れて来られたウィアーレが死ぬ気で歪みを消費したことで、ギリギリ爆発はしなかったのだ。


「排除って言っても、何人も地上に降りる許可出ないだろ?」

「私は降りる許可をもらった。だから戦いに参加予定の強い魔物を排除してくる」


 未来を見たことで、戦場に現れる強力な魔物の見当はついている。それらがいる場所に行って戦いに参加できないようにする。

 幸助が偽神と戦っている間にセクラトクスが倒したアンデッドキングも、未来ではアンデッド化した人間を連れて戦いに参加していた。その阻止を目論んだミタラムは、強い魔物がいるとセクラトクスに告げ、戦いに行かせたのだ。セクラトクスの強化にも繋がり、一石二鳥だった。


「ほかの神には知っている人間に指示を出して欲しい、近くにいる魔物を殺すだけでも本番が楽になる。ただしセブシック大陸の人間には、まず王にのみ知らせて」


 これは天才と伯爵に、こちらの動きを悟らせないためだ。


「私はすぐに動く、皆もすぐに動いて欲しい」


 ミタラムの言葉に神々は頷く。


「あ、ドリズには別に頼みたいことがある」


 その場から動こうとしたドリズにミタラムは声をかける。

 作って欲しい物があり、理由とどんな物か話す。できる? と首を傾げるミタラムに頷いたドリズは、急いで自身の工房に向かう。簡単にできる物ではないので、気合を入れて作業にかかった。



《五十日前》


 神々が動き出してしばし時が流れる。幸助がリッカートで雑用系依頼を受けている頃、コーホックはセブシックの北部、ガンドラン王国とゼドラッド王国の王たちに会っていた。そこに行くだけで歪みを刺激しないかと緊張しながらの来訪だ。

 寝ている両王の寝室に転移し、二人の王をさらって話しをする。最初は暗殺者かと騒いでいた両王だが、神だと名乗り力を振るってみせる。三人がいる場所はペレレ諸島にある無人島なので、コーホックが力を振るっても影響はない。


「納得したところでお前らに命じる、しばらく戦争を止めろ。そんなことをしている暇はないんだ」


 交渉というのは持ちかけた方が不利だといわれているが、今回にかぎってはそれは適用されない。交渉の決裂は王たちの死と国の破滅を意味するのだから。


「「それは……」」


 豊作の理由を知る王たちは渋る様子を見せる。王にだけは代々魔物と交わした契約内容が受け継がれていた。それを知った歴代の王たちは、互いに嫌い合っているというスタンスで戦争を続けてきたのだ。その芝居のおかげで、両国の王は相性が悪くなる定めなのだと思われていた。


「豊作でなくなると言いたいのだろう?」

「知っておられたのですか?」

「万能ではないが、それでも人間よりは多くのことを知るのが神だ」

「なぜ放っておかれたのです? 歪みに捕らわれた魔物は神にとって認められないのでは?」

「二つの理由がある。魔物は既に死んだも同然ということ。魔物が遺したものは利用できる」

「魔物が死んだ? どういうことなのですか?」


 コーホックは人間の欲深さに負け、一つのシステムに成り果てた魔物のことを語る。

 褒めているようにも、嘲っているようにも聞こえるコーホックの話に両王はどういった表情をしていいかわからず、困惑のみが現れる。


「魔物のことは気にするな。今話したいのはしばらく戦争を止めろということだ」

「役立つということから、止めない理由はわかりますが、最初に言ったそんな暇はないというのは?」

「あと二ヶ月も経たずに、大陸中の魔物の半分以上がセブシック北部に集まるからだ」

「「は?」」


 魔物の話も信じ難いことだったが、魔物が集まるという話はそれに輪をかけて信じ難いものだ。

 どうしてそんなことにと慌てふためく二人に、そこに至るまでの経緯と起こり得る結果を話す。


「あの学者がそんな大それたことを?」


 コーホックの話に出てきた天才のことは、両王ともよく知っていた。普通の学者とは知恵も性格も一線を画すと報告が上がっており、魔物のことを知られないように追い出すよう命じたのだから。


「神々としても驚いているよ。ただ頭が良いだけの人間があれに気づくとはな」


 歪みに捕らわれた存在や歪み使いならば気づける。自身の力と同じものがあるのだ、気づけて当然だ。

 だが天才は歪みとは無縁で、勘が鋭いわけでも、気配を察する感覚が優れているわけでもなかった。得られる微々たる情報と突飛な発想とそれらを組み合わせた推測の積み重ねで、力の存在に気づいたのだ。過去に類を見ない頭脳の持ち主だった。


「過去の学者たちが残した文献を見たわけでもないのに一年足らずで気づいたんだ、俺たちからしてみれば信じられない思いだよ。あげくに大陸一つぶっ壊すかもしれない大騒動だ、勘弁してくれ。そんなわけだ、状況を悪化させないために戦は三年ほど止めろ。お前らも死にたいわけじゃないだろ」


 二人は顔を見合わせ、目で会話して、コーホックに頷き返す。

 さすがに大陸崩壊と言われて自国の豊作を優先できなかった。


「あとは魔物討伐に集まった者たちへの物資援助もやれよ? そいつらがガンドランとゼドラッドを守る形になるんだ」

「どれくらい冒険者たちが集まるのか、わかるのでしょうか?」

「そうだな……最低でも五十万だ。ほかの神たちが色々な人間に協力するよう働きかけているから、もっと増えるだろうが」

「多めに見積もって準備しとかないとな」

「そうだのう」


 王たちは頷きあい、これからのことを素早く脳裏に浮かべていく。

 様々な物が必要となり、それを買い付けていくと値上がりなどの問題が発生するだろう。国や命が無事でも、解決後の経済的痛手と復興を考えると頭痛がしだした。


「最後に」

「まだあるのですか?」

「ああ。派手に動くな」

「派手に?」

「天才と伯爵に動きを知られるからな。対策とられでもしたら大変だろう? そのせいで失敗となったら目も当てられん」


 動きを知られないためにこそこそするのは人間だけではない。神もこの大陸では表立って動いてはいない。


「それは、そうですね。家臣に念を押しておきます」


 神妙に頷いた二人と戦いが起きた時の話しをした後、それぞれの国まで送り、そのままコーホックは別の国へと飛ぶ。

 翌日王たちは重臣を集めて、戦争の一時停止と魔物について話す。

 普通ならば王が夢に見た非現実な話だと判断されるのがオチだが、集まった重臣にコーホックが声をかけたために本当なのだと理解できた。



《三日前》


 時は天才と伯爵が捕まった後にまで流れる。

 天才が使った発動用の魔法で、世界各地で呪いを受けた魔物たちが暴れだす。他の大陸では神によって知らされていたので対処は比較的楽だった。その一方で、セブシック大陸では情報を伏せていたので少なからず被害が出ている。大きく被害が出なかったのは、北部に移動した魔物がいて数が減っていたからだ。北部の被害は少ないといえないものだったが。

 

「情報通り、魔物たちが暴れだした模様です」


 各地の冒険者ギルドから報告を受けたガンドラン王国の冒険者ギルドのトップは、各国の王や重臣たちに情報を伝える。

 ここにいる王は、セブシック大陸にある国の王がほとんどだ。重臣を寄越したのはカルホード大陸の国、エゼンビア大陸とペレレ諸島からは一部の国が様子見を兼ねて重臣を送っている。ホネシングからは冥族の女王が来ていた。

 彼らは大部屋に置かれた円卓を囲み座っている。

 この場にはコーホックやセクラトクスやゲンオウもいる。コーホックは色々な所に顔出しして説明するまでもない。だがセクラトクスのことを知る者はおらず、ただの冒険者がどうして神の隣にいるのだろうと誰もが内心首を傾げている。

 ミタラムはこの場にいない。仕事を終えて帰ったというわけではなく、別件だ。


「コーホック様、あと三日もすれば魔物の群が続々と押し寄せるのでしたな?」

「ああ。数は減らせたが、半分以下に減らすことはできなかった。こっちの戦力はどれくらい集まった?

「およそ二百五十万を少し超えるといったところかと。各地でも魔物が暴れるということで、総動員を命じることはできず、この数となりました」


 この二百五十万はガンドランとゼドラッドの冒険者や戦える者だけではなく、世界中の冒険者も含まれている。各ギルドは密かに自分たちの管理する地方にいる高位冒険者へ声をかけていた。転移を繰り返し、戦場へと期間内に到着させたのだ。

 幸助に誘いが来ていないのは、コーホックが止めたためリッカートとベラッセンのある地方には戦力提供の知らせがいっていないからだ。


「まだまだ苦しいな」


 苦い表情を浮かべコーホックは、余裕がない様子を演じた。

 予見した未来と比べて五倍の戦力で、魔物の数は減っている。喜ぶべきことなのだろう。そう思ってここで油断してしまえば、負けてしまうだろう。未来では背水の陣で皆が命を捨てて戦った。だからギリギリでも勝利を掴めたのだ。

 今回は数で負けていることに変わりはなくとも、準備という面では格段の違いがある。単純計算で一人で二百匹の魔物を殺すことから、一人で二十匹を殺すという難度まで下がっている。そのことを伝えてしまえば、王たちに少なからず楽観する思いが生まれるだろう。

 確実に成功させるため、未来ではもっと苦しい状況で勝てたと伝えることはしないでおいた。


「その戦力はどのように使うつもりだ?」

「ガンドランとゼドラッドから南に三日の場所に戦力を置いています。それを五つにわけ、築いた陣地の前に三つの防衛線を敷き、三時間ごとに前へ前へと防衛線を移動して、六時間の休息を取れるようにしたいと」


 一度に魔物たちが来るのならば、人間側も一度に戦力を放出するが、ミタラムによって一度に戦うことになる魔物は三百万ほど。後は絶え間なく戦力が補充されるとわかっているので、長期戦を意識した戦法に決まっていた。


「戦う者のことはわかった。それらをフォローする者たちの配置や物資はどうなっている?」

「医術者やその補佐、怪我人を運ぶ者、調理人といったサポートできる者、兵糧など必要物資の配置も終えております。集まった者全員を十五日食べさせることが可能です。後々さらに運ばれてくるということなので、被害についてひとまず考えずにいて、およそ一月戦い続けることも可能かと」


 人材追加の詳細については、各地で暴れている魔物の件が片付いてわかることだ。他所にかまけて自国が滅びては意味はないと各国は判断し、全戦力をここに集めてはいない。


「今の段階でできることはやったということか。あとは戦意を上げてしまえばやることは待機のみか?」

「戦意を上げる方法について、なにかいい考えがあるのですか?」

「こいつ使う」


 そう言ってコーホックはセクラトクスの肩を叩く。

 集まった視線をセクラトクスはまったく気にせず、自信に満ちた笑みを浮かべて受け流している。そんな様子に只者ではない雰囲気を王たちは感じ取った。


「気になっていたのですが、その男は何者なのでしょう?」

「名前はセクラトクス。いずれ起こり得るアクシデントのために封印され、蘇った男だ。それともこう言った方が早いか? 巨人殺しの英雄だと」


 現代で広まっているセクラトクスの認識を利用するためコーホックは嘘を吐く。

 いつかくる危機のために封印されたという話は信じ難いが、強者と戦うために封印を自ら望んだという話よりは好感を得られ、そんな人物と共に戦えることを嬉しく思う者は多いだろう。そんな思いを士気高揚に使うのだ。

 セクラトクスについて詳しく調べると、封印された理由に疑問点が湧くだろうが、士気が高まればいいのだ。後々に嘘だとわかっても、今回の戦いを乗り切れるならば後のことなど知ったことではない。

 セクラトクスには事前にこうすると話してあり、戦いを司る神との手合わせを報酬に神の意向に従うことになっている。


「「「はあっ!?」」」


 その場にいた者たちが大きく驚いた表情を見せる。


「カードを」


 コーホックはセクラトクスからカードを渡してもらい、それを王たちがいる方向へと飛ばす。テーブルに着地し滑るカードは、すぐに勢いをなくし止まる。

 自分の目の前で止まったカードを手に取り、書かれている内容を確かめた王の一人はコーホックの言葉に嘘がないと知った。

 カードは次から次へと人の手を渡っていき、その度に驚きだけだった表情に憧れが混ざっていく。誰もがセクラトクスの話は聞いたことがあるのだ。小さい頃に抱いた憧れは、王族だろうが貴族だろうが庶民だろうが違いはない。


「セクラトクス殿がいれば、誰であろうと戦意が上がりますな!」

「そうですな!」


 ほかの者もそうだそうだと頷き、誰もが不安を吹き飛ばした。

 王たちの様子を見て、実際に戦う者たちの士気も上げることができそうだとコーホックは確信を持った。

 周囲に集まる王や重臣たちに、セクラトクスは落ち着いた様子で対応していく。その様は人々が思い描いていた像に近く、さすがは英雄だと感心する者多数だ。像そのままではなかったのは、完璧な演技は無理だったから。そんなところも人々はユーモアもあるのだと勝手に勘違いした。

 そのままコーホックからの話しは終わり、王たちは今回の戦いで出る損益について話し出す。戦いに巻き込まれて崩壊する村はあるだろうし、既に崩壊した村があるかもしれない。そんな場所の復興で出る利益についてだ。


 復興に関して考える必要のないセクラトクスと復興に関わる話し合いは他の者がしているゲンオウが雑談している。

 ゲンオウは強者と語り合いたいというのもあるが、少し確かめたいことがあり話しかけたのだ。軽く挨拶と雑談をした後、本題に入る。


「セクラトクス殿にお聞きしたいのですが、エリガデン島という場所をご存知ですか?」

「俺が封印されていた島のことだろう?」

「報告は間違っていなかったのですな。では兵たちが聞いた封印の理由が、強者と戦うためというのは?」


 先ほど聞いた理由が、ゲンオウの聞いた報告と違ったことを確かめたかったのだ。


「間違いというわけじゃない。強い者と会うという理由もある。あの時危機のために封印されたと言わなかったのは、この時代の者たちの強さに興味があったからというのと、いきなり大きな危険が迫っていると言っても信じてもらえないと思ったからだ。不用意に不安がらせるのもどうかと思うって理由もあった」

「そうでしたか。もう一つお聞きしたいのですが、コースケ・ワタセという青年をご存知ですか?」

「いや、知らない」


 ここでセクラトクスが惚けたのは、コーホックから幸助のことは黙っていてくれと言われていたからだ。

 セクラトクスはそう答えながら、惚けるのは不自然かもしれないと考えた。ゲンオウは自分が起きた時のことを知っているようで、知らぬ存ぜぬと隠し通す方がかえって怪しまれるのではないかと思う。


「あなたの封印を解くためにエリガデン島まで行った青年なのですが」


 これこれこういった特徴の青年ですと伝えるゲンオウに、それならば知っていると頷く。


「名前は知らなくてな、言われても気づかなかった」

「なるほど。彼と戦ったらしいですが、決着はどうなったのか聞きたく思っておりまして」


 セクラトクスは思い出すふりをしつつそれとなく、されど注意深くゲンオウの様子を探る。結果を知らないのが演技なのか素なのか、見分けるためだ。ゲンオウの目の奥に好奇心を見つけ出し、単なる興味での質問だと推測する。

 この場に幸助を連れてこなかった理由を聞いているセクラトクスは、自分の勝ちだと偽った。


「少しよいかな?」


 二人に冥族の女王が近づいてきた。


「初めましてセクラトクス殿、私は冥族の女王エネーシア・ロディア・ヴェサミカ・ホネシングと申す。聞き知った名前が聞こえたもので、思わず会話の邪魔を」

「知っている名というとコースケ・ワタセで?」

「ええ、ちょっとした縁があって調べたことがあるのだ。こちらとしてはかなり強いと判断している。そこで実際に戦ったセクラトクス殿の感想を聞かせてもらいたいと」


 実のところエネーシアは幸助が偽神と戦い勝ったという情報まで掴んでいた。それをばらさないのは他の王たちの興味を引かないためだ。それならば話しかけることも控えておいた方がいいのだろうが、実際に戦った者から情報を得られるかもしれないとつい話しかけてしまったのだ。


「……そうだな。強かった。この一言に尽きる。俺が今まで会った人間の中では一番だろう。欠点を上げるなら、甘さがあるってところか。そこがどうにかなったらもっと楽しかっただろうに」


 惜しいと本気の感想を漏らす。


「英雄にそこまで言わせるほどに成長したのですな、彼は」

「本当に。欲しいと思った私の勘に違いはなかった。実は私がここに来たのは、彼に会えると思ったからなのだ」

「彼はこの大陸に住んでいるのでしたな。ならば現れてもおかしくはないか。私も久々に会いたいものです」


 エネーシアは下心というか思惑を持ち会いたいと言い、ゲンオウは会えるのが楽しみという思いだけで言っている。

 そんな二人を見て、会おうと思って会える場所にいないと知っているセクラトクスはなにも言わない。

 三人の話が聞こえていた周囲の者は、幸助の名を頭に留めることになる。セクラトクスほどのインパクトはないが、強いと言わしめた存在だ、覚えておいて損はない。セクラトクスの関心を引くことを第一としているため、重要視したわけではないのだが。


 翌日にはセクラトクスやゲンオウといった高い戦闘力を持つ者は、作られた陣地へと転移で移動した。

 そこで冒険者たちにセクラトクスのことを紹介する。始めはなにを馬鹿なことをといった雰囲気が満ちていたが、神と王が認めているという言葉でざわりとその場の雰囲気が揺れ、ゲンオウという世界的に名の知れた人物との模擬戦での圧倒的勝利に信じる者が続出した。模擬戦時の称号は古の大英雄に換えてあり、ステータスが平均Bだったと情報が流れて、ほぼ全員が信じた。

 伝説の英雄と共に戦えると、皆の士気は神の思惑通り上がる。



《十五日経過》


 戦いが始まりそれなりの日が過ぎた。。

 戦っている者たちの表情は明るくはなく、誰も彼もが傷を負っている。セクラトクスの隣にいた女シルバも体に傷跡を増やしていた。


「ありがと」

「いえ、これが私たちの仕事ですから」


 治療をしてくれた女に、シルバが礼を言う。腕を回し上半身を曲げて体の調子を確かめるシルバに、女は不安げな表情で話しかける。


「戦場はどうですか?」

「魔物だらけ、それは言わなくてもわかるか。そうだね……苦しいね」


 表情は厳しく、誤魔化すことなく正直に答えた。


「……勝てると思いますか?」


 毎日運ばれてくる怪我人の中には死ぬ者もいて、それが少しずつ増えていることを彼女たち治療班は目の当たりにしている。死ぬ者を見る度、不安が募るのだ。このまま魔物に押し切られてしまうのではないかと。


「頷きたいんだけど、はっきり言ってしまうとわからない。数が減らないんだ。殺しても殺しても補充される。終わりはあるのかと思いながら剣を振るってるよ」

「そう、ですか」

「でも私は諦めないよ。あいつが最前線が戦っているかぎりはね」

「あいつ?」

「英雄さ」


 短いそれで誰かわかったのだろう、女の表情にわずかに明るさが戻る。それしか希望がないとはシルバもわかっているが、不安でいるよりはましだ。


「怪我人お願いします!」


 新たに怪我人が運ばれてきて、シルバは邪魔にならないように移動する。

 食事を取ってから、寝ようと調理場に向かう。調理場はいつでも食べられるように深夜以外は稼動している。

 今も多くの者が食べており、その中にシルバは一人スープをすすっているシェジンを見つけた。


「よう、なんとか生きてたようだね」

「姐さん。はい、しぶとく生き残ってますよ。左手は失くしちゃいましたが」


 手首から先がない左腕を上げて見せる。

 左手がないことで沈んだ様子は見えない。拘っていては死ぬと嘆くことは後回しにしたのだ。それに生きてさえいれば、欠損部分の再生治療を戦後に無償で受けられると、事前に聞いていたので明るく振舞っていられるのだ。シェジン以外にも耳や目や手を失くした者があちらこちらにいる。彼らも失ったことを嘆いてはいない。


「失くしてはいるが、強くはなれたみたいじゃないか」


 シェジンの纏う雰囲気が初めて会った頃と比べるまでもない。


「あれだけの戦いを潜り抜けて強くなれないのは詐欺ですよ」

「そりゃそうだ」

「そだ、師匠はどうしてます?」

「セトなら最前線と陣地を行ったり来たりで戦い続けてる。ほかの皆が倒れても、あいつだけは最後まで武器を振るってそうな勢いでね」

「さすが師匠」


 シェジンが脳裏に思い浮かべたセクラトクスは嬉々として戦っている、そんな様子だ。その想像は完全に当たっていた。


「そういや姐さん、こんな噂あるの知ってます? 戦場の精霊ってやつ」

「いや、聞いてない。どんな話?」

「周囲の魔物を殲滅すると消える奴がいるってのを、遠見の魔法を使った冒険者が見たらしいんです。消えるってことで転移の魔法かと思われたんですが、準備が短すぎると否定したそうです。人間とは思えないほどに強く、魔物の攻撃をものともしない様子から、戦場で死んだ者の無念と俺たちの戦意が合わさったことで生まれた精霊が戦っているんじゃないかって噂されているんです」

「精霊ってそんな風に生まれるんだっけ?」

「さあ?」

「戦場の空気にあてられて幻覚でも見たんじゃない? そんな存在がいたらなぁって感じでさ」

「そう、なんですかね?」

「いたら私も嬉しいと思うけど、そんな都合のいい存在いるわけないさ。先の見えない戦いに少しでも希望を持ちたいから生まれた噂だと思うね」


 誰もかれもがいつ終わるのかと、このまま死ぬまで戦い続けるのではないかと不安を抱いている。

 例外はセクラトクスくらいだろう。

 こんな状況でも戦意は維持されていた。そのおかげで防衛線は保っていられて、こうやって落ち着いて休むことができていた。

 このことを不思議に思う者はいたが、追求しようとする者は皆無だった。追求して今のバランスを崩してしまっては、自分たちが不利になるだけなのだ。今でもきついのに、さらに厳しい状況にはなりたくなかった。

 


 戦いは熾烈を極めた。操られた魔物相手では和平という手段は取れず、殲滅するしかないというゴールの見えない状況で、二十三日という長期間戦いっぱなしだった。倒れた者も少なくない。死者は十万人。重傷者は六十万人、残りは軽傷者だ。

 死傷者を悼み、戦いを乗り越え、大陸を守ったことを祝って、余った食料で宴会が開かれる。

 大騒ぎする声や歌や楽器の演奏は、戦場に溜まった怨嗟を祓っていく。

 翌日、戦った者たちが泥のように眠っている間に、事後処理が始まる。初日で一番忙しいのは魔物の死体を処理していく者たちだろう。次の日には冒険者たちも処理を手伝い、忙しいとはいえなくなったが。

 処理をしていた冒険者たちを驚かせた出来事が二つある。それは明らかに同士討ちしたと思われる魔物の死体と倒した覚えのない大物がいたことだ。特に後者は並どころか実力のある冒険者でも倒すことは難しく、自分たちが戦うことになっていれば確実に死傷者を増やしていたと確信を持てる魔物だった。

 それがどういうことが知る者は、神とセクラトクス以外にはいなかった。



 戦後、神から報酬を貰い手合わせを済ませたセクラトクスはシルバとシェジンを連れて、各国を渡り歩くことになる。

 自国に仕えてもらいたいと考えた王や重臣たちに招待されたからだ。

 仕官する気はないが、名前を売っておいて損はないと考えたセクラトクスは招きに応じたのだ。

 世界中の強い魔物と戦い、セクラトクスは少しずつ実力を高めていくことになる。

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