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仕掛ける者、迎え撃つ者、奔走する者

《五日前》


「ふあーぁ」

「おいおい、眠るなよ? まだ夜は長いんだ」

「わあってるよ」


 槍を持った二人の男が篝火の近くに立ち、畑の周囲を見ている。彼らは、田畑を荒らす魔物を追い払うという依頼をこなしている最中だ。どこにでもある村からのなにも珍しくない依頼だ。

 夜空は雲で覆われて月も星も見えず、湿り気を帯びた風が吹き、篝火を揺らす。もしかしたら雨が降るかもしれない。それは二人も察していて、降らないでくれと雲を睨みつけた。


「金があればこんな依頼請けないんだけどなぁ」

「金がないんだから仕方ないだろう。これが終われば生活費と移動費稼げるし、王都まで行ってもっとわりのいい依頼請けられるんだ。我慢しろよ」

「ほかの奴らも手伝ってくれればいいのにな」

「俺たち二人が悪いんだ、自業自得ってなもんだ」


 博打で負けてしまい、移動費を使ってしまったのだ。仲間から怒鳴られ、慌てて探し見つけた仕事がこれだった。仲間が手伝ってくれるわけがなかった。それはわかってはいるが、仲間がぬくぬくとベッドの中で寝ている時に来るかもわからない魔物を待って立ち続けていると愚痴の一つも漏らしたくなる。


「勝ってるからって強気になるんじゃなかった」

「今更愚痴ってもどうにもならん……ん? 来たぞ」


 暗闇の向こうに気配を感じて、年上の男が槍を構える。年下の男は集めて一箇所に置いていた石を拾う。


「……あそこだな」


 動く影を見つけた年下の男は舌なめずりして石を投げる。ここらの魔物は弱く、こういった投石で脅かしてやれば大抵は逃げていく。

 石は影の近くに落ちる。それに影は少し後ずさったものの、逃げる様子はない。


「逃げんか」

「逃げてくれた方が楽できんだけどな」


 年下の男も槍を構える。

 明かりの届く範囲に、魔物が足を踏み入れる。明かりに照らされて現れたのは、二足歩行の狸だ。男たちの腰を少し超える大きさで、二人に対して牙をむき出しにして唸っている。


「一匹だけでずいぶんとやる気だねぇ」

「興奮するキノコでも喰ったんだろ。さっさと殺すぞ」

「あいよ」


 二対一ということもあるが、狸自体の強さもそこまで高くなくあっさりと決着はついた。

 肩や腹から血を流し、最後に遠吠えのような悲鳴を上げ死ぬ狸。死体を明かりの下に運び、二人は魔物を観察する。


「こんな魔物ここらにいたか?」

「んー……覚えはないけど、俺らが知らないだけじゃ?」


 二人ともここを本拠地としているわけではなく、知らない魔物がいても不思議ではない。


「そうかもしれんな。とりあえず売れそうな部分剥ぎ取るか」

「高く売れっかな」


 ナイフを取り出し座り込んだ二人は、暗闇の向こうから物音を聞き取った。


「もしかして仲間か?」

「かもしれねえな。どれくら、い?」


 数を確認できるかと畑の外へ視線を向けた年下の男は動きを止めた。動く影の数が想像よりも多い気がした。

 背中に冷たい汗が流れる。


「お、おい!」


 慌てて作業をしている年上の男の袖を引っ張り、視線を暗闇へと向けさせる。


「なんだ、よ?」


 年上の男も動きを止める。それを見て年下の男は自分の勘違いではないのだと悟った。


「な、何匹くらいいると思う?」

「数えたくねえな」


 二人は目を合わせなにも語らず頷き、村へと走る。その後ろを追うように魔物の足音が続く。

 魔物の群から放たれるプレッシャーに押されるように走る。二人の表情からは余裕はなくなっている。


「「起きろーっ!」」


 二人の声が村中に何度も響く。人口百人程度の小さな村だ、ちょっと騒げば全員に声は届く。

 迷惑そうな顔をした村人が何人か、玄関を開けて出てくる。

 

「うるさい!」

「寝てる場合じゃないんだって、早く逃げる準備をしろ!」

「逃げるー? なに言ってんだ」

「魔物が来るんだよ!」

「魔物? 魔物を倒すのがあんたらの仕事だろ。働けよ」


 そう言って戻ろうとする村人の服を引っ張り、年下の冒険者は引き止める。


「この村の人数と同数の魔物なんか相手にできるか!」

「は? な、なにを馬鹿な」

『うわあああああっ!?』

「なんだ!?」


 村人の言葉の途中で悲鳴が上がる。ほかの村人が村の入り口にいる百以上の魔物を見つけたのだ。

 

「わかっただろ! 早く逃げるんだ! 俺はほかの奴らを起こす」

「わわわ、わかった!」


 事態を理解した村人は何度も頷いて家の中に戻る。家族を起こすために。

 村のあちこちから悲鳴が上がる。気持ちよく眠っていた村人の事情などおかまいなしに魔物たちは次々に村に入ってくる。やがて悲鳴の中に驚愕ではなく、痛みを訴えるものが出始めた。

 悲鳴と家屋を壊す音は途切れることなく続く。静かになったのは二時間後。二時間前には人間の住む普通の村だったが、今では誰も住む者のいない廃墟と化している。あるのは崩れた家と喰い散らかされた死体のみ。魔物たちの姿はどこにもなく、血と肉の匂いが村中に満ちていた。

 死体の中には冒険者二人の姿もある。二人ともどこか満足げな笑みが浮かんでいるように見えるのは、少しだけでも村人を守り逃がすことができたからだろうか。

 これが最初に滅びた村であったことだ。


 

《当日》


 大地を埋め尽くす魔物の群、群、群。万を超していると言っても、誰も否定しないだろう。それどころか万で足りないと主張するか。

 角を生やした犬、太い爪を持った猿、赤茶の肌を持つオーガなどなど多種多様の魔物がひたすら前進している。目指すは北。それ以外の目的を知らないかのように、ただ前進している。群から発せられたプレッシャーに空気が押されたか、魔物がいる方向から獣臭い風が緩やかに吹いている。

 その魔物の進行を阻むように、人だけではなく妖精族や獣人がずらりと並んでいる。


「戦いに明け暮れた人生だが、ここまでの規模の戦いは初めてだ」


 呆れ、興奮、感心、それらを混ぜてセクラトクスが気楽に言う。

 幸助たちと別れた時と違い、金属製の全身鎧を身につけ、手には青いハルバードを持っている。今回の戦いに参加するにあたり、報酬とは別に与えられた武具だ。

 

「少しは緊張したらどうなのよ」


 セクラトクスの隣に立つ二十半ばの女は、感じていた緊張と不安を少しだけ薄れさせて言う。こんな状況を楽しもうとしている隣の男に呆れを感じたおかげだ。


「数は厄介だが質はそこまで高くねえ。緊張なんかできるか」

「そりゃあなたが倒したっていう巨人に比べたら、ほとんどの魔物は雑魚でしょうよ。でも雑魚があれだけ集まれば脅威だわ」

「脅威でもなんでも、ここまできたら戦うしかねえだろ」

「わかってるわよ」

「シルバ、危なくなったら適当に退け。まだまだ抱き足りないんだ、死なれちゃ困る」


 そう言ってセクラトクスはシルバの尻を叩く。

 腰当の上から尻を触っても面白くないでしょうにと思いつつも、悪い気はしなかった。


「こーんな無骨な女のどこがいいのよ?」

 

 体に柔らかさは足りず、右頬に一筋の切り傷、ほかにも腕や足や胴にも傷はあり、化粧っ気のないそんな自分に欲情した男に聞いてみる。


「強さが気に入った」

「単純明快な答えをありがと。セトも死なないでよ? 私だってまだまだ足りないんだから」

 

 艶のある笑みを向けられたセクラトクスは戦いの後が楽しみだと笑う。

 

「師匠はともかく、なんだかんだ言って姐さんも余裕あるじゃないっすか。俺なんて震えが止まらないってのに」


 二人の後ろで十六才ほどの少年が大きく溜息を吐いた。


「シェジン、強くなりてえんだろ? 今回のこれはチャンスだ。生き残れば間違いなく二段三段上の実力を得られるぞ? 震えてないで、それを楽しみに剣を振るえ」

「あれ見て、生き残れるって断言できるの師匠だけっすよ」

「確実にもう一人いるけどな」


 セクラトクスが脳裏に思い浮かべたのは幸助の顔だ。


「師匠級の化け物がもう一人? 世界ってのは広すぎでしょ」

「広いからおもしれえじゃねえか! そろそろ口を開くのは終わりだ。始まるぞ? 大陸の命運ってのを賭けた戦いが」


 話しているうちに魔法や矢が届く距離まで魔物たちが近づいていた。群から感じられる威圧感は一段と強くなっている。

 セクラトクスたちがいる最前線まで聞こえる合図が戦場に響き、魔法や矢が魔物たちへ飛んでいき、戦いは始まる。




 後の世に『魔物大騒乱』『セブシック大陸戦役』と呼ばれる戦いがある。

 多くの人間と多くの魔物がぶつかり散っていった、破壊のみがあった戦いだ。

 古の英雄復活を世に知らしめた戦い、過去未来において最大の戦い、神すら関わった戦いとして歴史家の多くが興味を持つことになる。

 その戦いのきっかけが好奇心、始まる原因がどこにでもある悲嘆だと知る者は少ない。


 きっかけは戦いの始まる六年前。

 一人の天才が疑問に思ったことがある。『どうしてセブシック大陸最北部は不作の年がないのだろう』と。この疑問は天才の勘違いではない。過去二百年以上に渡り、本当に不作の年がない。嵐がきても、水が不足しても、地震がきても、一定ラインの収穫量が確保されるのだ。そういった天災は毎年来るものではなく、何事もない年は豊作となる。長い目で見ると豊作の年が多いという、誰が見てもおかしなことになっている。

 この天才のほかにも疑問に思った者は何人もいて、そこの作物の作り方が特殊なのだろうと調査に乗り出した。自国に技術を持ち帰れば同じように豊作続きになるのだから、やる気は漲っていた。だが調査結果は皆、得るものなしというものだった。作り方はどこにでもあるもので、特別なことはしていなかった。土壌がいいのかと、買取持ち帰って使ってみても効果はなかった。こういったことの繰り返しで、次第にそういうものなのだと思われるようになった。

 天才は本当にそうなのかと調査に乗り出す。彼もほかの者たちと同じように満足な結果を得ることはできなかった。しかし代わりにと言っていいのか、彼は別の発見をした。

 それは地下にある大きな力だ。なんのためにあるかわからない。いつからあるかもわからない。だが確かにそこにある。彼の好奇心は豊作の謎から、その力に移る。

 そして半年以上の調査から、それは歪みだとわかった。大きな歪みが封印されるでもなく、他に影響を与えるでもなくそこにある。わかったのはそれだけだ。さらなる調査をしたかったが、北部の二国から停止命令が来た。いつも戦争をして仲の悪い二国だが、この時は手を組んで天才の調査を阻止した。この事実に天才の好奇心は大きく刺激された。

 天才は一度引いて、調査再開のために友を頼ることにした。権力を持つ友の協力を得ることができれば、調査が再開できるかもしれない。協力を得られなかった場合は、ルールなど知るかと調査再開する気でいた。好奇心最優先で国の事情など、二の次三の次だった。


 始まりは戦いの五年前だ。

 誰にでも訪れる、当たり前のことだった。それは死に別れ。

 とある伯爵の妻が病死した。伯爵は妾も持たず、妻を一途に愛していた。国で一番と夫婦仲を噂されるほどだ。

 病気になった妻を治せる医者を求め、薬を求め、魔法を求めた。コネを頼り、多額の金を使った。あちこち必死に駆け回る姿は、心の底から愛しているのだとよくわかった。されどその努力は実らなかった。それで諦めきれる伯爵ではなく、今度は蘇生の方法を求めた。妻の遺体が腐ることを防ぐため氷付けにした後は、怪しげな魔法や道具など蘇生に関連しそうな物は片っ端から集めていった。

 正気を保っているとは思えない姿に、周囲の者は伯爵を止めようとした。それは聞き入れられず、伯爵は蘇生の方法を求めていく。伯爵としての仕事を放棄していれば、王や上位の貴族から止めるように命令がきていただろうが、お金を集めるため仕事は今まで以上に真面目にこなしていて文句のつけようがなかった。

 その努力も無駄になる。集めた道具、知識はすべてまがいものだった。

 妻がいないのならば、もう死ぬしかないとナイフを見つめながら考えていたそんな時だ、友が一つの話を持ってきたのは。


「久しぶりだな! 面白い話があるのだがどうだ一口のらないか?」

「ああ、久しぶりだ。だがそんな気分ではないのだ」


 聞く気のない伯爵を無視して、天才は北で見知ったことを話していく。

 天才が北部に興味を持たなければ、伯爵が天才を追い払っていれば、多くの人々が死ぬようなことはなかった。

 しかし知られて、語られた。この時に戦いの火種は生まれたのだ。


 天才の話で伯爵は力の存在を知った。始めはそれを使い、蘇生ができないかと尋ねたがまともな使い方は無理だと天才が答える。

 ならばなにができるのかと尋ねる伯爵に天才は、しばし思考し一言『破滅』と答える。それも一国を滅ぼすといったちゃちなものではなく、大陸を滅ぼすという規模の。ほかに使い道があるのかもしれないが、詳しく調査していない現状で考え付いた力を活かす方法は、それだった。

 これで伯爵の心は決まった。妻のいない世界に盛大な花火を上げて、妻への手向けとしようと。妻が死んでいるのに、生を謳歌できている者たちを道連れにしようと。

 この提案に天才は乗った。脳内でシミュレートした破壊規模と現実の破壊規模の比較をしたいがために。自身も死ぬことになるということだが、好奇心の前では些細なことだった。

 こうして大陸一つを標的にした、伯爵のやつあたりは始まった。  



《七日前》


「順調に進んでいるか?」

 

 ワインを一口飲みグラスを置いて伯爵が問いかける。今の伯爵には五年前になかった余裕を感じられる。口の中にある牛肉を飲み込み天才が胸を張り頷く。


「もちろんだとも! やろうと思えば今すぐにでも始められる!」

「えらく早いな? 春前に他所の大陸で実験したのではなかったか?」

「あれ一つだけがこの五年の成果ではないぞ? それとあれはいくつかある作品の一つで、あれの結果がなくともなんとでもなる。予定を早めてやろうか?」


 天才の五年の集大成は二種類の魔物だ。共通するのは、魔物好みの匂いを撒き散らし他の魔物に食われるというもの。食われることで、食った魔物に呪いを植え付け、その魔物の中で増殖し群の魔物に呪いを撒き散らす。違いは呪いによって魔物を操るか、興奮させるか。

 操られた魔物はすぐに大陸北部を目指すようになり、ある程度進んだところで潜伏し、合図によって再進攻する。興奮するように仕掛けられた魔物は天才の合図によって暴れだすようになっている。


「まだだ。まだミエリュシィの誕生日ではない」

「相変わらずのロマンチストだな。生まれた日に破滅をプレゼントだと? 奥方にはいい迷惑だろうに」


 愉快そうに笑った天才は皿に乗っている牛肉を手で摘み、口に放り込む。行儀の悪さを咎めることなく、伯爵は口に笑みを浮かべ言う。


「怒るために会いにきてくれるなら、喜んで破滅を起こしてやるさ」

「死者が会いに来るわけないだろうに。死は無だ。死ねばなにも残らん。亡骨ヶ原などという死者に会える場所があるというが、あんなものは生きている者のイメージに沿った幻が出ているに過ぎんよ。それは実際に行ったお前がよく知っているだろ」

「言われんでもわかっているさ。あそこにいたミエリュシィは本人ではなかった。あんながらんどうな微笑みなど浮かべることはなかった! もっと愛らしくっ温かみを持ちっ全てを包みこむようなっそんな素晴らしい微笑みだったのだ!」


 当時のことを思い出し激昂した伯爵は、拳を勢いよくテーブルに叩きつける。天才はそれを予測していたか、自身のグラスと皿を手に持ち、被害を受けないようにする。

 死者に会いに行く者は、幻影でも一目見ることができて安堵する者が多い。だが伯爵は妻を強く求めるがあまり、気分を害す結果となってしまった。


「まだ時間を貰えるのならば海の魔物も集められるな」

「力は岸から遠く離れた場所にあるのだろう? 集めて意味はあるのか?」

「戦いが始まれば、大陸外の国にも協力を要請するだろ。船に乗って来た者の上陸が阻めるさ。まあ、他の大陸にもそこそこばら撒いたから、どれだけ援軍が来るかわからんけどな」

「聞いた話だと、援軍が来ても結果は変わらんと断言できるがな」

「それはそうだろう。一億以上の魔物が押し寄せるのだ! 人間が群れたところで耐え切れず押し流されて終わりだ!」


 脳裏に思い描いた光景に興奮したのか、両手を天に向けて広げ、その場で高笑いを始める。子供が笑っている様にも似て、心底楽しそうで、とても破壊を企んでいるようには見えない。

 そんな時、部屋の外が徐々に騒がしくなる。その音に伯爵は顔を顰めた。


「なんだ?」

「さあな」


 笑いをピタリと止めて、わからんと首を横に振る。

 騒ぎはやがて部屋のすぐそこまで近づいてきた。そして派手な音を立てて、扉が開かれる。

 入ってきたのは伯爵も知る顔、王国騎士団の団長だった。鎧兜を着込み、剣を腰に下げいつでも戦えるいでたちだ。彼の背後には同じいでたちの部下がずらりと並んでいる。

 厳しい目で伯爵を見て、近づく。


「何事かね? ゼンヌ団長」

「言わないとわからないか? 大量虐殺未遂で捕らえに来たのだ」

「なんだと?」


 どこから情報が漏れたのか、伯爵は脳裏でこれまでの付き合いを思い返す。だが情報管理は徹底していて、破壊を望んでいることなど知られるわけないのだ。それを知っているのは天才だけだ。ほかの者には魔物被害を減らすための実験だと伝えてある。

 天才の研究の中には魔物を操るものや魔物の活動を抑制するものがあり、伯爵の言葉を疑う者はいなかった。それに伯爵の奇行は珍しいことではなくなっており、多少おかしな行動でもまたかと見逃されるようになっていた。

 天才が情報を漏らしたかと一瞬だけ疑うが、それは否定できた。破壊を見たい男が実現不可になるようなことをするわけがない。常人とずれている男が、今更世界平和の精神に目覚めるわけがないと断言できる。


「なにを言っているのだ? 魔物に関する研究はしているが、それは人々のためを思っての研究だ。大量虐殺など」

「いいわけなど聞く気はない。これは王命だ。黙って捕らえられればよいのだ」

「問答無用か?」


 心の中で王に罵詈雑言を吐き捨て、伯爵は天才を見る。


「今すぐできると言ったな? 嘘ではないな?」

「ああ」

「やれ」


 短く告げた伯爵に天才はニヤリと笑って頷き返し、合図となる魔法を使う。

 事情を知っているゼンヌが天才が止めようと動くも一歩届かず、天才は魔法を発動した。


「来るぞ! 前代未聞の破壊の嵐が! 動くぞ! 数えるのも馬鹿らしい魔物たちが! 大陸の未来は今決まった!」


 好奇と興奮に満ちた表情で天才は、世界に響けと大声で宣言する。


「貴様ぁーっ! 自分がなにをしたのかわかっているのか!?」


 ゼンヌが天才の襟を掴み上げる。それを気にせず天才は高笑いして、つられるように伯爵も笑い出す。

 事情を知らない騎士たちはなにがどうなっているのかと戸惑うばかりだ。


 天才の狙いは魔物を扇動し、大陸北部にある力の周囲に集め、人間との戦いを起こすことだ。集まる魔物が多ければ多いほど、戦いの規模も大きくなる。魔法も頻繁に使われるだろう。魔法が使われるということは歪みが生まれるということ。天才の見立てでは地下の歪みはかなりの大きさで、それにさらに歪みが注がれることになる。ものには限度というものがあり、一度に大量のものを注がれれば破綻する。いくら大きな力でも限度はあり、破裂すれば大量の歪みが大陸中に広がるということだ。それが実現すれば大陸の将来は破滅しかないだろう。

 

 伯爵と天才は城に連れて行かれ、薬と魔法を使って全ての情報を吐かされる。それは知っている情報と知らない情報が混ざっており、今後に役立つはずと書類に記されていく。

 だが一番知りたかった情報は知ることができなかった。いやできたのだが、求めていたことがないとわかったのだ。知りたかった情報とは、魔物を止める術。天才は始めからそんなものは研究しておらず、それを知った者たちは落胆を隠せなかった。

 伯爵と天才は、情報を念入りに吐かされた後に処刑された。

 本格的な戦いが始まる前に、戦いの原因たちは退場となった。

 天才の弟子や伯爵の部下も連帯責任で処刑されたが、一部逃げ延びた者もいた。彼らが戦いに影響を与えることはなかった。

 彼らがいなくなっても戦いが止まるわけはなく、処刑を見た者たちの心には虚しさだけがあった。


「コーホック様、これからこの大陸はどうなるのでしょうか」


 王冠を被った者、つまり国王が隣に立つコーホックに問いかける。国王が伯爵と天才のことを知ったのは、コーホックからもたらされた情報のおかげだ。そのことに深く感謝している。

 この国は今後、戦の原因となった者がいたということで、大陸中の国から責められるだろう。だが原因を排除できたことは多少なりとも責めを減らせる材料だ。あとは今後の努力でさらに責めを減らす。そうすることで国が滅ぶという最悪の事態を避けようと考えている。


「荒れる未来しかない。あいつらの望んだ、破滅へのカウントダウンが始まったのさ。死にたくないのならば死力を尽くせ」

「わかりました。持てる全てを注ぎ込みます」

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