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ボルドスの事情

 剣の完成まで後十日にまで迫った日、その日はコキアたちに会う日で幸助はベラッセンから少し離れた場所でコキアたちを待つ。

 夜のうちに雨が降り、朝は涼しい。空には雨雲はなく、日中晴れて暑くなりそうだと思える天気だ。

 空を見上げていると、視界の端に人影が入る。来たかと街の方角を見ると、人数が多かった。


「ボルドス!?」


 数ヶ月ぶりに見る顔がコキアたちと一緒に歩いてきている。

 久々の再会に嬉しくなり、幸助からも近づく。


「久しぶり!」

「おう!」


 ボルドスが笑いながら拳を突き出し、幸助も合わせるように拳を突き出して、軽くぶつけた。


「そろそろ帰ってくるのは知ってたけど、コキアたちと一緒に来るとは思ってなかった。腕も上げたみたいだね」

「お前も強くなったみたいじゃないか。詳しくはわからんが、なんとなくそんな雰囲気が感じられる」

「当たってるよ。大会で別れた後、いろいろあったから。後で話す」

「楽しみにしとく」

「それでどうしてコキアたちと一緒に?」

「姉さん、家を移動させただろう? それでどこにあるかわからなくなってな、困ってギルドに駄目元で聞いてみたら、コースケの教え子が知っているかもしれないとこいつらを紹介されたんだ。あとギルドから伝言がある」

「なんとなく内容が予測できる」


 顔を出せといったものだろう。


「ギルドに来てくれだとさ」

「やっぱり。悪いけど、しばらく近寄らないって言ってもらえると助かる」

「かまわんが、どうして行かないんだ?」

「それも後で話すよ」


 ジェルムたちは事情を知っているので話してもいいのだが、どうせ後で話すのだからということと一応守秘義務を守ろうと考えた。幸助が気軽に話している様子を見ると、コキアたちも口が軽くなるかもしれないのだ。

 そうかと頷き、ボルドスはそれ以上追求しない。

 コキアたちに少しだけ待つように言って、ボルドスを転移で家まで送る。

 引っ越しただけではなく、新しくなった家に驚いているボルドスを置いて、コキアたちのもとへ戻った。


「ただいま。まずはいつも通り、素振りから始めようか」

「その前に聞きたいことが」


 剣を抜きつつ、ジェルムが聞く。


「さっきのボルドスって人何者なんですか?」

「本人に聞かなかった?」

「ベラッセンギルドで名の知れた冒険者ということくらい」

「それで合ってるよ。数ヶ月前までベラッセンを中心に活動していた冒険者でね、ベラッセンギルドでの知名度はトップじゃないかな。カルホード大陸のレゾティックマーグってところで開かれた武闘大会に出場するために、旅に出て本戦出場を果たした。その後はあちこちを見て回って、最近帰って来た。そんなとこ。ジェルムたちよりも強いよ」

「コースケさんとの関係は?」

「エリスさん繋がりでね、武器の扱いとか冒険者として色々教えてもらった。俺とジェルムたちみたいな関係だね」

「師匠というほどじゃなくて、先生とかそんな感じ?」


 そうそう、と幸助は頷く。

 納得したジェルムは剣を振り出す。その隣でコキアとウドリガもそれぞれの武器を振り出した。

 ジェルムたちは以前手に入れたお金で、装備を新調している。ジェルムは剣を、テリアは杖型増幅器を、コキアは鎧とふくらはぎまで覆うブーツを、ウドリガはハンマーを買っている。

 偽神騒動での実力アップと装備の新調で、チームの攻撃力は上がっており、受ける依頼が討伐系に偏りだしている。たまには護衛や収集の依頼も受けて冒険者としての経験も積むように忠告し、今日の訓練を終える。

 幸助は皆の話を聞き、訓練風景を見て、何かに納得し決めた顔つきになっていた。それに気づいたテリアとウドリガはなんだろうと首を傾げていた。


「そろそろ俺はコキアたちの先生役を辞めようと思う」

「え!?」

「そんな!?」

 

 突然のセリフにコキアとジェルムが驚く。テリアとウドリガも驚いてはいるが、驚きの大きさは前者の方が大きかった。


「元々一人前になるまでっていう約束だったろ? 話を聞いたり訓練の様子を見て、ちょっと早いけど俺が関わらなくても十分だって判断した。本当はそれの判断のために、強い魔物と戦ってもらおうと思ってたんだけど、ジェルムは偽神信仰者との戦いで最後まで戦い抜いてたし、コキアは偽神の雰囲気に押されず攻撃を仕掛けることができてた。あれを思い出したら十分だって思えた」


 コキア以上の実力を持っていた幸助が恐怖を感じていたのだ。コキアがあの場で動けただけでも称賛ものだろう。


「まだ教わることがあるのに」


 ジェルムはそう言うが、幸助としては教えることはもうないと思っている。剣の型も癖は抜け、教えたものに固定されていて、このまま指摘していたことを守っていれば変な癖がつくことはない。知識もギルドなどで調べれば、十分身につく。


「教えられることは教えたよ。あとは自分で磨くだけ。いつまでも先生役にくっついてたら一人前とは呼べないよ」

「コースケさんはこの後なにか予定があるんですか? またどこかに依頼で出かけたりとか?」


 忙しくなるから止めることを言い出したのかと思ったテリアが聞く。


「剣を取りに行く以外で、特にこれといった用事はない。のんびりと暮らすよ? 忙しくないだろうから困ったことがあったり、別の大陸に行きたかったりしたら家に来るといい。力になれる範囲で力を貸すよ」

「家ってどこにあるのか」

「方角的に言うとあっち。真っ直ぐ進むと森がある。その中にエリスさんの家がある」

「必ずお伺いします。お世話になりました」

「助言助かっただよ。ありがとう」


 テリアとウドリガが頭を下げる。二人も残念には思っているが、いつまでも頼っていられないと納得できている。


「テリアはストレスを溜め込まないようにね。ウドリガは修行が無事に終わることを願っているよ」

「ストレス溜まったら、美味しいものを食べさせてもらいに行きます」

「わかった。待ってる」

「ほら二人とも世話になったんだから、お礼くらい言いなさい」


 戸惑う二人の手を取って前に押す。ジェルムとコキアは押されるままに幸助の前に出る。

 二人とも納得できてはいないが、ボランティアということを思い出し、いつまでも拘束できないと諦める。

 黙ったままだった二人は顔を見合わせ、同時に頭を下げた。


「「ありがとうございました!」」


 確かな感謝の思いが感じ取れる。


「ジェルムは暴走しそうになったら、深呼吸して一拍置くように。コキアは日々の訓練を怠らないように。今は努力すればするほど強くなるんだから。んじゃ、またいつか会おう」


 短く別れを告げて、幸助は転移で家に帰る。あっさりとした別れにジェルムたちは寂しく思うが、いつでも会えると思い直し、次会った時は成長ぶりを見せ付けて驚かしてやろうと決意した。

 何か依頼を受けようと言いながら四人は街に戻る。討伐系の依頼を選ぼうとして止め、護衛を選んだところを見ると決意は本物なのだろう。



 家に帰ると居間でエリスたちが話していた。ボルドスとウィアーレは椅子に座っているが、エリスはキッチンで作業しながらの会話だった。


「ただいま。昼はエリスさんが作んの?」

「ああ、ボルドスに頼まれたからの」


 手伝おうか、という質問にエリスは首を横に振る。ウィアーレの申し出も断っていた。ボルドスの久々の帰還にエリスも顔に出ていないが、嬉しく感じていて手料理を振舞いたかったのだろう。

 

「おかえり。話を聞いたが、色々とやったんだな。俺もそれなりに動いたが、竜に歌姫、弟子、店、昔の英雄に偽神とそんな豪勢なことにはなってないぞ」

「自分から関わったの店くらいだけどね。あとは全部向こうからきた」

「らしいな」


 積極的に動いたら、これまで以上のトラブルに遭遇することになったのかもしれないと思いつつ頷く。


「ボルドスはどんなことやってきたの?」

「あの大会の後、魔物退治に出たのは知ってるな? ほかの冒険者たちと協力して倒せたんだ。その後は護衛の依頼を受けて、ほかの街に行った。その時、護衛した商人に気に入られて、町を治めている貴族に紹介された。貴族御用達の商人だったみたいでな、前からいい冒険者を見つけたら紹介してくれと頼まれていたらしい。男爵と地位は低かったが、上手く町の特産品を扱って金は持っていたな。偉ぶったところのない感じのいい人だった。話していくうちに、町の自衛団を鍛えてやってくれと依頼されて一ヶ月と時間を制限して引き受けた。そいつらに教えてみて思ったんだが、やっぱりコースケの物覚えのよさは異常だな」

「あーよくわかる。料理が上手で何年もやってきたんだろうなって思ってたら、やり始めて一年も経ってないって聞いてすごく驚いたからねぇ」


 ウィアーレが深々と頷く。


「称号のおかげだけどね。楽させてもらってる」

「積極的に技術習得して、それを伸ばす努力を怠らなかったらどこまでいけるんだろうな?」

「好奇心が刺激される話じゃの」

「俺のことは置いといて、話の続きは?」

「自衛団を鍛えるところまで話したか。んでその鍛錬をコースケと比べたせいで、厳しめになったんだ。その分強くもなったが。指導を終える頃には加減も覚えたよ。俺にとっても実りのある依頼になったな、あれは。誰かに教えることで教えられることがあるというが、本当だな」

「俺もコキアとジェルムに教えたけど、実感ないけどなぁ」

「お前は特殊だ」


 幸助の疑問をボルドスは短く切って捨てた。同意するようにウィアーレとエリスが頷いている。

 幸助が実感を得なかったのは、二人に教えてわかることは既にわかっていたことだからだ。

 

「約束の一ヶ月が過ぎた後は、町から三日離れた場所にある遺跡に行ってみた。湖に浮かぶ島から入れる地下遺跡でな、雇い主だった男爵の許可がないと入れない遺跡だったんだ。時々兵士も入って地図を作ってたらしい。その地図作成を手伝ってくれとも言われた。遺跡内で手に入った物は貴重すぎる物以外貰えることになって、チームの皆張り切っていた」

「冒険って感じだね。楽しそうだ」

「確かにな。緊張もしたが、楽しくもあった」


 その当時のことを思い出しボルドスは笑みを浮かべる。

 遺跡内であったことをボルドスは語っていく。地図があった部分は順調にいき、未踏破部分からの慎重な行動。見破れなかった罠による負傷。巣穴拡大して遺跡と繋がった魔物との戦闘。隠し通路を発見し、そこにあったどうやって作ったかわからないサファイア製の虎像。そしてその像よりも脇にあった希少金属を見て大騒ぎしたクラレスに、皆が呆れたこと。

 そういったことを幸助とウィアーレは冒険活劇を聞くようにドキドキハラハラしながら聞いていた。エリスは似たようなことを昔経験していたので、そういうこともあると冷静に聞きつつ料理を仕上げていた。


「完成したぞ。話はまた後でな」


 チリビーンズに似た料理をメインに、魚のフライ、ポテトサラダと朝作っておいたパンが並ぶ。チリビーンズからはスパイスのいい香りが漂い、よだれが溢れ出てきそうだ。魚のフライには幸助が試作し、エリスが気に入ったタルタルソースも添えられている。

 祈りを捧げて食事となる。ボルドスは美味しそうに料理を頬張っていく。

 残さず食べ終え、昼食が終わる。


「ボルドスが半分近く食べたよね。そんなに美味しかった?」

「美味しかったというのもあるが、俺にとって一番馴染みのある味でいくらでも入っていくんだよな」

「家庭の味というやつかな」


 お袋の味と言っていたら、エリスが不機嫌になったかもしれない。それを予測して幸助は家庭の味と言った。

 後片付けを幸助とウィアーレが引き受け、話し相手をエリスに代えて話が再開する。


「えっとどこまで話したっけな?」

「遺跡探索じゃろ」

「そうだったそうだった。虎の像はさすがに貰えなかったけど、金属と踏破エリア拡大の報酬は貰えたよ。その後はまた町の移動をしたんだ。クラレスがキューハンに行ってみたいと言ったから、次の目的地はキューハンになった。そこで特に変わったことはなかった。数ヶ月後にある品評会のことを知って残念がってたな。その次の目的地は、セインの奴が行きたがったんで暇潰しのダンジョンに決まった。冒険者たちが集まる街だけあって、冒険者に関わる話に事欠かなかったな。武具や道具も豊富で、冒険者にとって過ごしやすい街だった」

「私も行ったことあるが、それは感じたな。必要な物がすぐに揃うのは助かったし、腕のいい医術者がいてすぐに怪我が治り、疲れを取るサービスの質も高く戦闘や探索がしやすかったのう」


 エリスは懐かしげな顔で頷いている。


「一ヶ月で切り上げるつもりで、ついつい長居したんだ。二ヶ月以上滞在していたっけか。神器は手に入れられなかったけどな。金はたんまり手に入ったが。んで十分見回ったし、そろそろ帰ろうかってことになり、少し寄り道しながら帰ってきたんだ」

「今後の予定は決まっておるのか?」

「いや、決まってない。考えたいこともあるしな、少しのんびり過ごすよ」


 考え事という部分で難しい顔つきになった。よほどのことなのだろう。


「相談にのるぞ?」

「いやこれは相談にのってもらっても意味ないと思う」

「話せないことなのか?」

「話せるんだけどな……聞きたいなら話すよ」


 三人が頷くのを見て、ボルドスは小さく溜息を吐いた。指で頬を書きつつ、ぼそりと言葉にする。


「実は帰りの船で、クラレスとセインに告白された」

「そういう方向の話なのか」

「へー」

「うわわわっ、告白ですか!?」


 上からエリス、幸助、ウィアーレだ。エリスはなるほどと言い渋った理由に納得した。幸助はあの二人ついに告白したのかと感心している。強く反応したのがウィアーレで、恋愛話に興味のある年頃なのだろう。落としそうになった皿を鍛えたステータスを発揮して掴みとっている。


「返事はどうしたのじゃ?」

「酔った上での勢いにのせた告白みたいだったし、本気かいまいちわからなくてなぁ」

「本気だよ。クラレスさんから、アプローチかけてもボルドスが鈍くて気づいてくれないって聞いたことある。もう一人も同じこと言ってたらしい」

「……そうなのか?」


 いつのまにそんな話を? といった疑問一杯の顔で幸助を見る。それに頷き返す。


「本気なのか」

「本気とわかったわけなんですけど、ボルドスさんはどのように返事を?」

「……わからん」


 本気で困ったと考え込む。なにも考えが浮かばず、髪をぐしゃぐしゃと掻き困りきった顔で口を開く。


「三人のうち誰か、なにか参考になる話ないか?」

「恋愛関連ねぇ、俺は恋愛ごっこならしたことあるけど、参考にはならないな」


 後片付けを終わらせて、椅子に座りながら答える。

 それにボルドスよりも、エリスとウィアーレの方が興味を引かれた様子になる。


「聞いてみたい、その話」

「私もだな」

「面白くない話だよ? 今から四年くらい前かな? 友達が彼女作って自慢してきて、俺も恋愛に興味が出たんだ。それで以前からちょっといいなって思ってた子に告白して受け入れられた。一ヶ月くらい遊んだり、話したりして一緒にいた。そして俺も相手も熱が冷めて別れた。二人とも恋愛ってものに興味があって、それを体験できたから満足したんだ。恋に恋するお年頃ってやつだったんだろうねぇ」


 別れる時は話がこじれることなく、すんなりといった。その後はいい友達といった関係が続いた。

 幸助がこちらに来て、故郷で行方不明になって家族以外に心配してくれる人と言われて、一番に思い浮かぶのは彼女だ。


「それは参考にならんな」

「でしょ?」

「私も参考にならない話はできるよ。今にして思うと憧れだったんだなって思う。十歳前かな? どじな私をあれこれ世話してくれる六つ上の兄さんがいたんだ。その人が好きで一緒にいたくて、いつもくっついてた。憧れから恋に発展することもあるんだろうけど、そうなる前に兄さん孤児院出て行って、会う機会が減って恋になることはなかったね。今は幸せな家庭を築いてる」


 相手は幸助も会ったことがある、遺跡関係の依頼を出してきたコンサットだ。


「それも参考にならないなぁ。こっちは恋愛までいってるみたいだからな。残るは姉さんだけ」

「ないな。人との接点がそれほど多くない私にそんな話を持ってこられても困る」

「だと思ったよ。そういやコースケ、以前じゃなくて今は好きなやつとかいないのか?」

「今? エリスさんとウィアーレが好きだね」

「あっさりと二股宣言か?」


 ボルドスはちらりと言われた二人の反応を窺う。エリスは表面上変わったところはなく、ウィアーレは顔を赤くして盛大に照れている。


「付き合うとか言ってないのに、二股宣言はないだろうに。それに恋愛の域までは行ってないよ」


 あっさりと二股宣言をいなした。本当に恋愛感情は抱いていないのだろう、とわかるほどのあっさり加減だった。


「簡単に自己分析してみたけど、頼りになる姉貴分と危なっかしい妹分って感じじゃないかな」

「姉か」

「妹」


 幸助の言葉をそれぞれ受け取める。表情から心の内は読めない。真剣な顔になっているのは両者とも変わらないが。


「姉妹に恋愛感情は湧かないか」


 ボルドスはそう言うが姉妹と断定しているわけではないので、どうなるか未定と見てもいいのかもしれない。


「まあ、俺のことはいいよ。今はボルドスの話。今二股とか言ってたけど、一度に複数と付き合うのは俺の故郷と同じように問題視されるんだね」

「一概にはそうとも言えんがの。一人を愛するという者が多いことは確かだ。だが貴族などは一夫多妻や一妻多夫もいる。さすがに多夫多妻というカオスなものはないが。養っていける経済力がある者は複数を娶ることもある。一般人は一夫一妻が普通だが、妻や夫が二人いる者もいる」


 明確に禁止されているわけではないのだ。本人たちが同意し、甲斐性さえあれば認められる。羨ましがられることはあるが。

 もててるからと調子に乗って複数と結婚し破綻した者は、誰からも蔑まれる対象になる。逆に家庭円満な者は敬意を持たれる。ついでに同性愛もそれほど偏見はない。

 神が禁止と言っていれば、人々もそれに影響されたのだろうが、そういったことは一切言ってない。

 地球よりもそこらの感覚は曖昧なんだなと、幸助は久々に異世界を感じる。


「あと言えることと言えば、どちらかを選んだら選ばれなかった方が可愛そうって思って両方を選ぶのは失礼に当たる。そんなところか」

 

 テレビか本かで得た知識だが、言っておいて損はないだろうと幸助は付け加えた。


「よく考えてみる」

「そうしろ」


 部屋に戻るボルドスにエリスは短く言葉を投げかけた。


「拾った時は小さかったのだがなぁ。あんな悩みを持つまで大きくなったのか」

「感慨深い?」


 幸助の問いかけにまあなと頷く。


「親としての感情じゃないかなそれ」


 エリスはじろりと幸助を睨む。偽神から受けたものとは別種の圧力を感じ、心に怯えが生まれる。それでも言っておいた方がいいと思い、引かずに見返す。

 先ほどは再会に水を差さないため空気を読んだが、ボルドスが部屋に戻った今は遠慮しなくてもいいだろうと思ったのだ。

 一分ほど見合いは続き、エリスがふっと力を抜く。


「わかっておるさ、それくらい。ボルドスが私を母と呼びたがっていることもな」


 目を閉じて、椅子の背もたれに体重を寄せ、そっと呟く。


「まだ無理だ。だが大丈夫になる。いつか、というほど長い時間はかからず」


 人の一生に近い時間をかけてここまできたのだ。心に刺さった棘を少しずつ少しずつ抜いて。棘を抜いても傷は残る。それでもボルドスに母と呼ばれるくらいは平気になれる。エリスはそう思っているし、信じてもいる。

 目を閉じ動かないエリスに、幸助とウィアーレは触れることができず。静かにその場を離れる。自分たちがなにかしなくとも、なんとかなると明確ではないものの理解できた。

 次の日にはエリスの様子は元に戻っていた。一方のボルドスは始終難しい顔で悩み続けていた。ボルドスの悩みは次の日もその次の日も続いた。

 悩みすぎてストレスが溜まった時は、幸助相手に思いっきり暴れてストレスを発散し、また悩む。

 幸助たちは五日も悩めば結論出るのではと思っていたが、それ以上経ってもボルドスは悩み続けた。

 いい加減鬱陶しくなったエリスは、再度ボルドスと話すことにした。幸助とウィアーレも同じ思いだったので、エリスがそう言い出した時は助かったと思ったのだった。


「どんなことを悩んでおるのじゃ?」

「どんなって、いろいろだな。ほんとに俺が好かれているのかとか、俺よりも相応しい奴がいるんじゃないかとか、二人のどちらに答えればいいか、それとも二人ともに答えればいいのかとか」

「お前自身はその二人のことをどう思っておる? それがわかれば簡単だと思うがの」

「……自分の気持ち、か」


 また悩み始めたので、問題を単純にしようとウィアーレが問いかける。


「好きか嫌いかのどっち?」

「好きだな」


 その問いには簡単に答えた。悩むまでもない問いだった。


「その好きに少しでも異性に向けるものはある?」

「自分に向ける笑顔が綺麗だなとか、名前を呼ばれて嬉しいなとか、楽しんでいる姿を見て自分も楽しく嬉しく感じたりとかした?」


 幸助もウィアーレに続いて聞く。

 ボルドスはクラレスやセインと過ごしたこれまでのことを思い出していく。


「綺麗だなって思ったことはある。楽しそうだとも思ったことはある。名前はどうなんだろうな?」


 呼ばれることが当たり前となっていて、嬉しいなどと意識していない。


「逆にしてみよう。呼ばれなくなったら悲しく思う?」

「……おそらく」

「二人はボルドスにとって、そばにいて当たり前の存在になっておるのではないか? 好意を抱いていると言っていいと思うがの」

「私もそう思う」

「俺も同じだよ」

「そうか? いや、そうかもしれないな」

 

 少々強引な押し付けかもしれないが、強く背を押しでもしないといつまでも悩んでいそうだと三人とも思っていた。


「好意の有無がわかったところで、次はどちらを選ぶか、両者を選ぶか。俺としては両者を選ぶっていうのがお勧めかな。どちらがより好きなのかという疑問に意味はない。どちらにもいいところがあると思う。たくさんいいところを知れば、好意は増える。今はどちらかの好意の方が多くても、後々逆転することだってある。より深く相手のことを知っていけば、いくらでも相手を好きになれる」


 参考になればと言ってはみたが、勢い任せのでまかせばかりだ。知ることで嫌いになる可能性があることを言っていないのだから。背は押した、あとは誰が何を言っても自身で選ぶことだ。

 エリスもウィアーレも、クラレスとセインのことを知らないのでとぢらを選べとは言えない。

 しっかり考えてみると言って、ボルドスは庭に出て行く。まだ考え込んでいる表情だが、昨日よりは断然に晴れやかになっていた。

 

「どういった結論出すんでしょうね」

「ボルドスが幸せになれる選択をしてほしいものじゃな」


 この二日後、結論を出したボルドスはエリスに送られベラッセンへと戻っていった。

 そこでクラレスとセインの三人で話し合い、想いを伝えた。

 ボルドスが出した結論は二人と一緒になるというもの。その答えにクラレスとセインは頷いた。軽い気持ちで出した答えならば、惚れているとはいえ断っていた。そんなお調子者に惚れたつもりはないのだ。

 だが想いを伝える時のボルドスの表情が言葉に込められたものが、軽い気持ちではないと物語っていた。悩んで、考えて、時間をかけて出した答えだとよく伝わってきた。だから二人は頷いたのだ。

 それを隠れて見ていたエリスはそっとその場を離れる。決して不快ではない重みが体からなくなった気がして、一抹の寂しさが感じられた。

 三日後、家にボルドスとクラレスとセインの三人がやってきて、付き合うことになったとエリスに報告する姿があった。エリスは笑みを浮かべて、ボルドスをからかいつつその言葉を受け取った。



 ボルドスが報告に来る一日前、そろそろ剣が完成する頃だと幸助はウィアーレとキューハンに向かう。エリスはついて行かなくともいいだろうと、留守番を選んだ。近々ボルドスが来ることを予感していたのだろう。

 初めて来る街ということで、ウィアーレのちょっとした観光に付き合い寄り道して、ワレイドア工房に到着する。

 入り口から声をかけると、怪しまれていた弟子が出てきた。


「あ、お久しぶりです! 剣完成しましたよ!」


 どこか興奮気味に剣が出来上がっていることを伝える。それほどいい出来なのだろうかと、幸助は少し楽しみになった。


「親方ー! ワタセさん来ましたよ!」

「おーっ! 来たか! 中に入れてくれ!」

「というわけなのでどうぞ」


 弟子に連れられ、工房に入る。そこにはマイナルと見知らぬ男が待っていた。もう一人の弟子なのだろう。ユシルとバハルはいない。リップに会うため街を出ているのだ。

 テーブルの上に、木箱が置かれている。蓋がされていて中身は見えないが、注文した剣で間違いないだろう。


「待ってたぞ! これを渡せるのが楽しみだったんだ!」


 マイナルは機嫌良く笑いつつ、木箱をばしばしと叩く。


「かなりの自信作みたいですね」

「おう! 今まで一番の出来だな」

「見るのが楽しみだ」


 楽しみにしてろと言って、マイナルは蓋を開ける。

 中身を見た瞬間、ウィアーレが小さく感嘆の声を漏らした。幸助も目を見開き、驚いた表情となっている。

 存在感がすごい、見ただけで名品とわかる雰囲気がある。エリアーナ武具店で出されたまがいものとは、比べ物にしてはいけないくらいの剣だ。

 見た目の印象は装飾の少ない黒い剣というもの。刀身は黒曜石のように艶かしい黒色で、光を受けた部分が薄く虹色に反射している。鍔は鈍い金色の金属でできており、柄には茜色の布が巻かれ、柄頭には金色の留め金がはまっている。

 形状としてはチンクエディアという剣に近い。鍔近くの幅が一番広く、刃先に向かうにつれ徐々に狭くなっていく。あちらは短剣だが、こっちは両手で扱うことを意識した長剣だ。全長百十センチほど、刀身は八十センチ、柄は二十五センチ。重さは見た目にそぐわぬ五十キロ弱となっている。


「持ってみてもいいですか?」

「あんたの剣だ。断りを入れんでいいさ」


 片手で木箱から取り出す。今まで持った剣の中で一番重いが、これくらいがちょうどいいと感じれた。

 軽く振ると、剣と腕が一体化したように思えるほど扱いやすかった。

 すごい剣だと実感が湧き、嬉しさに心が跳ね、顔が笑みに変わるのを抑えきれない。


「うわっうわーっ!」


 剣を振ることが楽しく、縦横と屋内ということを忘れて振っていく。

 その姿に全員見惚れ、注意することができないでいる。あまりに楽しそうで、剣筋が綺麗で、演舞を見ている気になっていた。刃が風を斬る音すら、演舞を引き立てる音楽のように聞こえる。

 五分ほど振り続け、満足した幸助は動きを止めた。マイナルに近寄り、勢いよく頭を下げた。


「すごくいいです! ありがとうございました!」

「いやいや、こっちもいいもん見せてもらった」

「それで御代はいくらになるんでしょう!? 今なら言い値を出しますよ!」

「金はいらねえ」

「は?」


 信じられない言葉を聞いたと幸助の表情は驚きで固まっている。


「いやいやいや! こんなにすごいものをただでもらえません! 息子さん見つけた報酬にしては高すぎますよ!?」

「報酬ってのもあるんだが、それを作ったことでお褒めの言葉をもらえたんだ。鍛冶師としてはそれで十分なんだ」

「お褒めの言葉? 誰にですか?」

「鍛冶を司る神ドリズ様にだ。物作りをしている者はこの嬉しさがわかるんだろうけどな」


 剣が出来上がった時に脳裏に言葉が届いたのだ。それは剣の出来を褒めるもので、過去百年以上見返してもこれ以上の剣はないというものだった。

 一つ難点を挙げると、重さゆえ使い手を選ぶということだが。万人に向けて作った物ではないのでマイナス点にはならない。

 こういったお告げは品評会で最高評価を貰っても聞けるものではなく、マイナルも初めて聞いた。

 今後はこれを超える剣を作ることを目的に、さらに励んでいくと気合が入っている。


「お褒めの言葉と目標という二つの褒美がもう貰えている。これ以上はいらねえよ」

「ありがとうございます」


 それほどのものを作ってもらえたことと、お金を取らないことの二つに感謝の思いを込めて頭を下げた。


「これが鞘だ。いつまでも抜き身でいるのもどうかと思うぞ」


 銀色の金属で縁取りされた、柄と同じ茜色の鞘を手渡す。渡された鞘に宝物を仕舞うように剣を納める。

 腰に下げるには無理があると、鞘には背負えるようにベルトがつけられている。


「剣の手入れはいつでも受け付けているからな?」

「はい。では本当にありがとうございました」


 最後にもう一度頭を下げて、幸助たちは工房を出る。

 

 剣とは戦うためにある道具。それが手に入ったことは日常の終わりを意味すると考えてもいいのではないだろうか。

 新種の魔物、既存の魔物の強化といった戦いの兆しは既に現れていた。戦いの規模を大きくしようとする者、防ごうとする者は既に動き出しており、表沙汰になるまでそう遠くない。

 幸助だけではなく、多くの者を巻き込む戦いが始まろうとしている。

 手に入れた剣は、困難を切り開く剣となれるだろうか? 剣は黙して語らない。

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