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称号竜殺し効果の一端

 幸助が魔法を使えるようになり二日経ち、幸助は新しい魔法を教えてもらっている。記憶力も以前と比べはるかに発達しているおかげで次々と覚えることができている。

 この二日で、エリスはコルベス家へと手紙は届けていた。明後日明々後日には、コルベス家当主と調査隊が山へと竜の死骸を確認するために出発するだろう。

 目的であった通訳魔法はすでにマスターし、ほかにも教わっている。覚えている魔法は家事と治療中心だ。家事はエリスから、治療はホルンから。

 目玉焼きを作る魔法などいらないのでは、と思いつつものちのち必要になるのだろうと考え習得していく。

 エリスが治療魔法を教えるのは、それが一番得意だからだ。しかしエリスが家事魔法中心に教えているのは、家事分担でき楽になるという思いからだ。のちのちの複雑な手順の魔法に応用などされない。

 目玉焼きを作る魔法を教えたのは料理できなさそうという思い込みからだ。実際は料理本の手順に従って作っていえば、失敗しない程度の腕を幸助は持っている。複雑な手順じゃなければという条件がつくが。


「今回の魔法は洗濯じゃ」

「ういっす」


 今、幸助とエリスは庭に出ている。二人のそばには洗濯物の入った籠と、水の入ったタライが置かれている。洗剤はない。開発されていないのか、必要としないのかはわからない。

 ホルンは室内で窓際の椅子に座り、外から聞こえてる声を聞きつつ本を読んでいる。


「まず下準備としてタライに水を入れておく。それに洗濯物を入れる」


 幸助が服や靴下や下着などを入れていく。


「ん?」

「どうした?」

「なんであんたらのパンツとかも入ってんだ!? 分けとけよ!」

「気にするな。この年になるとそういった羞恥心は少なくなる」

「この年ってエリスさんどう見ても二十代」

「私は今年で七十じゃぞ?」


 目の前に立つエリスをまじまじと見る。やはりどこからどう見ても二十代だった。


「私は長寿の種族じゃからな」

「さすが異世界。それでエリスさんについては納得するとして。

 ホルンはなんで?」

「私ですか? コースケが洗濯するなんて知りませんでしたし。

 私自身は洗濯できませんから、洗ってもらえるのに文句など言うことはできません。

 ですがじろじろ見られるのはちょっと」


 言いつつホルンの頬に少し朱がはしり、視線をずらす。

 幸助は気をつけますと答え、気を取り直しエリスへと向き直る。


「納得したかの? では続きだ。

 『ざぶざぶ洗え』と言って、指を洗濯物に向けて右回りに一回くるりと回せ。

 魔力量は明かりの魔法の十三倍程度じゃな」

「ざぶざぶ洗え」


 指示通りに魔法を使うと、タライから洗濯物が水ごと浮かび、五十センチほどの位置で止まりくるくる回りだす。

 立て回転横回転逆回転と回り、洗濯物はもみくちゃにされている。

 それを見て幸助は魔法版洗濯機みたいだと考えている。


「しつこそうな汚れがあるときは、汚れ落としの魔法も併用するといい」

「それはどうやって使うん?」

「洗濯物を指差して一回縦に振り『汚れなし』と言えばいい。

 魔力量は明かりの魔法の八倍程度じゃな」


 幸助はこの魔法も使ってみる。薄い煙が発生し、水の回転に巻き込まれていく。


「あとは回転が収まるのを待つだけじゃな。

 時間にして、そうさな……三十分ほどか。その間に回転は弛んでいき、水もタライへと徐々に落ちていく」

「三十分暇になるんだ、なにしようか。というか回ってる間、目を離してても大丈夫?」

「問題なしじゃ」


 家の中にでも入っておこうかと幸助は考え体の向きを変えたとき、壁の角近くの地面に人の影が映っていることに気づいた。

 影の主はすぐに姿を現す。濃紺の短髪と黒の目を持つ、人のよさげな大柄の男だ。年は幸助よりも上で、ホルンに近いように見える。背には無骨な造りの斧を背負い、上半身のみ鉄製の鎧に身を包んでいる。

 男は幸助を見て驚く。


「ね、姉さんが男を連れ込んでる!?

 しかも十五にもなっていないような子供っ!? ショタっ気はないと思ってたのに!」

「なにぬかしとる! 焔の飛礫よ!」

 

 エリスが差し出した手から、三センチの火が十個ほど男へと向かって飛んだ。

 幸助がこの世界に来てはじめて見た攻撃魔法は、おしおきとして使われた。


「あつっ熱い!」


 男はその場に倒れじたばたとしながら、熱さに悶えている。


「エリスさん、この人知り合い?」

「ボルドスという名の愚弟じゃ。何しにきたのやら」

「お、俺は姉さんの様子を見にきたんだよ」


 火傷の痛みに顔をしかめながら起き上がる。


「そろそろ落ち着いた頃かなって思ってさ」

「落ち着く? どうして?」

「いやホルンが」

「私が?」


 ボルドスの火傷を治療するために庭に出てきたホルンが、自分の名に反応する。


「あ、ホルン久しぶり。

 ホルンが生贄になって、落ち込んだり荒れたりしてるんじゃないかと」

「生きてるから落ち込む必要はないな」

「なにいって……まさか寂しさのあまり幻覚を?」


 本気で心配しているのだろう。目には嘲る色などまったくない。

 けれどもホルンは馬鹿にされたように感じる。口の端が引くつくのを感じながらボルドスに問う。


「いや死んでないじゃろ? 死んでたら隣に立つ者は誰なのかと」

「隣?」

 

 ボルドスが誰もない方を見て、そっちではないとエリスは指でホルンを示す。


「ホルン……ホルンだな? ホルンホルン……」


 なにかを考えるようにホルンの名前を繰り返す。

 やがてなんらかの結論に至ったのだろう、顔から血の気が引く。


「ばばばばばば化けてでた!?」

「いい加減死んでいないということを認めいっ!」


 慌てるボルドスの頭をエリスはグーで思いっきり殴る。

 エリスの筋力ランクはD-、そんじょそこらのゴロツキよりも上だ。対してボルドスの頑丈ランクはC-、後々にひびく怪我はしなかった。むしろ殴ったエリスのほうが手を痛めた。

 ホルンが火傷を治療したことで、ようやく生きていることを認めたボルドスは笑って誤魔化している。


「いやーごめんなさい。あっはっはっは、まさか生きてるとは! はははははっめでたいな!」

「うるさい。笑ってないで落ち着いて話せ」

「うっ、勝手に死んだことにしてごめん」

「気にしてませんよ。私も生きていられるとは思っていませんでしたし」

「どうして生きてるんだ? 逃げてきた?

 それにしては竜が暴れてないし」


 ボルドスも竜が死んだとは思いつかない。


「信じられんかもしれんがこやつが殺したのじゃよ。話を聞くかぎりは偶然じゃがな」


 ぽんぽんとエリスに頭を叩かれたあと、幸助はぽかんとしたボルドスに一礼する。


「竜殺し? まったまた~冗談だろう?」


 エリスの予想通りボルドスは信じていない。

 だからホルンが生きていることと、竜の鱗と、とどめの幸助の身分証明カードを証拠として見せた。


「うわぁ~本当に竜殺しって書いてある。

 証拠が揃ってるのに認められないって初めてだ」


 虚ろな笑いがボルドスの口から漏れている。驚きすぎて、驚いたというリアクションがとれないらしい。


「信じられなくとも本当だ。

 私は竜の死体を見てきたからの」


 これが決定打となり、ボルドスは竜が死に、竜殺しが生まれたことを認めた。


「竜殺しのことはほかの誰かに言ってはならんぞ? 厄介なことになるだけじゃからな。

 竜は寿命や病死じゃないかということにしておる」

「竜が殺されたことも現実感ないけど、そっちの理由もまた」


 あの竜が死ぬこと自体現実感を感じられない者が多いのだ。どの理由も信じにくいのは無理もない。

 誰もが無理だと思うことをなした幸助に、エリスは自己紹介しろと促す。


「どうも。渡瀬幸助です。エリスさんとホルンに世話になってます」

「……俺はボルドス。母さん……いや姉さんの弟だ。

 ホルンを助けてくれてありがとな」


 エリスのことを母さんと呼んだ瞬間鋭い視線が飛び、慌てて修正する。


「ワタセコースケ。ここらじゃ聞かない響きの名前だな」

「あ、渡瀬がファミリーネームで、幸助が名前です。幸助と呼んでください」

「わかった、コースケ。これでいいんだな? ちなみに俺にはファミリーネームはない。

 俺に丁寧な言葉遣いはしなくていいぞ。成人を迎えてないガキが大人ぶらなくていい」

「……成人って何才から?」


 ボルドスも年齢勘違いしていると確信しつつ聞く。


「知らないのか? 十八才からだ」

「たしかに成人してないけど、あと一年で十八なんだけど」

「まじで? てっきり十三くらいかと」

「エリスさんとホルンよりも低く見られてた!?」

「いやぁちっこいし」

「あんたから見たらほとんどの人がちっこいでしょうが!」

 

 ボルドスの身長は190に近い。幸助は同年代の平均身長にほんの少し届かない。エリスは平均よりも高めで、幸助を抜いている。ホルンはこの中で一番小さいが、幸助よりも少し小さいだけだ。


「すまんすまん。俺謝ってばかりだな」

「謝らせるようなことばかり言うお前が悪い」


 エリスにごもっともと返し、苦笑を浮かべた。


「しっかしあんなものどうやって殺したんだ?」


 エリスが幸助がこちらの世界にきたところから、今に至るまでを説明していく。

 その間に洗濯は終わった。それに幸助は気づいたが、説明が終わったあとに再開するとエリスが言ったので、ホルンと暇潰しに話していた。

 このところホルンが読んでいた本は医術書や薬学書だったらしい。死なずにすんだので、興味あることを思う存分するつもりなのだとホルンは楽しげに語る。

 幸助が薬草についての話を聞いているうちに、エリスとボルドスの話は終わり、


「波乱万丈な」


 説明を受けたボルドスの感想がこれだった。


「竜殺しに飽き足らず、異世界からやってきた?

 ミタラムに愛されてるんじゃないか?」

「ミタラムって?」


 聞いたことのない単語を隣にいるホルンに聞く。


「偶然と必然を司る女神ですよ」


 そのとき幸助の頭の中で、ミタラム様が見てる、という文章が浮かんだ。

 似たような題のアニメがあったっけと思いつつ、三人に浮かんだものを伝える。


「もしかすると称号を得たのかもしれんな」

「その可能性はあるな。カードを見てみたらどうだ?」


 促されるままカードを取り出し、持っている称号を浮かび上がらせる。

 竜殺しの下に文字が浮かんでいる。幸助には読めないが『ミタラム様が見てる』と書かれている。

 あれが称号を得たときの感覚なのかと幸助は感心する。


「増えてるな」

「増えてます」

「本当に関心もたれてんだなぁ」

「俺が世界を越えたのはこの神様のせい?」


 ミタラムに呼ばれたのだろうかと疑問を抱く。

 それにエリスは首を横に振る。


「ミタラムは神といえど中級神、ほかの世界まで干渉はできぬだろうよ。ついでにいえば上級神も無理だろう。可能性として残るのは世界神のみじゃな。だが世界神が世界を作った以外になにかしたという話を私は聞いたことはない。

 コースケがここにいるのは偶然。だからこそミタラムもお主に目をつけたのじゃろう。

 己の管轄外の偶然を引き起こしたコースケを面白いと感じたか」

「そんなものなのか。

 ところでこの称号ってなにか効果あるかな?」

「それは計測器を使わんとわからんのう。家に入るか」


 その前に洗濯物の続きを、と幸助が言う。このままほったらかしにはできないのだ。

 あとは水分を飛ばすだけのようで、タライから籠に洗濯物を移動し、魔法をかける。今日は天気がいいので、半分のみ水分を飛ばしあとは天日干しにする。水分を飛ばす加減は、魔法をかけ続ける時間で決まる。完全に乾かしたければ十秒間、生乾きならば半分でいい。

 しわ伸ばしの魔法もあるようで、干すときはしわに気をつける必要はない。

 洗濯物を干すという魔法は作られていないようで、四人で手早く洗濯物を干して家の中へと入る。

 計測器を使って称号を調べた結果、得たものには特別な力はないとわかった。

 ただ神様が見てますよ、と知らせるだけのものらしい。


「だが神域には入ることが可能になったのう」

「神域っていうと、人間には入ることのできない領域って認識でいい?」

「うむ。それでよい。

 神の名が入っている称号を持つ者は、神域に入ることを許可されておる。

 神域には貴重な薬草や鉱物があり、希少生物がいる。持って帰ることができれば一財産じゃな。

 まあ行くまでが大変じゃがの」

「知られてる神域はどこも難所だしなぁ」


 ボルドスも四つほど知っているが、どれも危険な場所にある。


「行くようなことはないだろ。冒険者協会の依頼にも滅多にでないしな」

「出しても意味はないから出さないだけじゃ。そういった依頼は有力な冒険者に直接依頼されるからの」


 洗濯魔法の教授は終わり、少し早いが昼食の準備を始めようということになった。

 今回は幸助が作る番だ。記憶に浮かぶ手順で作っていけば失敗はしないとすでに一度作ってわかっている。保管されている材料からコロッケにメニューを決めた。パンとスープが余っているのでそれも出す。

 材料をみじん切りにできるミキサー魔法もあるので調理に手間がかからない。

 幸助が作っている間、ボルドスが自分の知っているニュースをエリスとホルンに話していく。

 あと半年もせずに武道大会が開かれるとか、北部はかわらず戦争中だとか、暇つぶしのダンジョンで高品質付与武具がでたらしいとか、どこかの犯罪組織が潰されたなど幸助の耳にも届いてきた。

 テーブルにできあがった料理を並べると、三人は話しを切り上げた。

 神に祈りを捧げ、フォークを手に持つ。


「この料理は見たことないな」


 コロッケにフォーク刺しながらボルドスが言った。


「コースケの国の料理なのでしょう。名前はなんていうの?」

「コロッケ」

「美味けりゃなんでもいいや。うん、美味い」


 旺盛な食欲を見せるボルドスの横で、幸助とエリスがコロッケの作り方について話している。話しがてんぷらまで及んだとき、料理が冷めるからとホルンが止めた。

 賑やかな昼食が終わり、後片付けも終わり、食休みをしながら四人は話している。


「このあとコースケはボルドスと模擬戦じゃ」

「わかった」

「え?」

 

 頷いたのはボルドスで首を傾げたのは幸助だ。


「なんでいきなり模擬戦?」

「竜殺しの戦闘能力を見てみたいからじゃ」

「俺戦ったことはおろか、喧嘩の経験すらないんだけど」

「ならばなおさら経験しておいてほうがいい。こちらの世界はお前さんがいたところより物騒じゃからな。一度くらい経験しておいたら、いざ実戦ってときに動きが固まらずにすむ」


 竜が実在し、人にあだなすのだから幸助にも地球より物騒らしいとわかっている。護身の術も必要そうだとわかる。

 しかしいきなり言われても心の準備ができていない。


「殺し合いをさせようと言うわけじゃない。素手での殴りあいじゃ。

 やりすぎる前に私が止めるしの。

 そこまで痛い目もみないじゃろうて」


 渋る様子の幸助を見て、エリスは言う。

 治療なら任せてとホルンも模擬戦を止める様子はない。

 幸助はこの先必要なら仕方ないと、持ち前の諦めの早さを発揮して受け入れた。表情は曇ってはいるが。

 再び庭に出た四人は、洗濯物を干した場所とは別の場所に移動する。せっかく綺麗に洗った洗濯物を巻き込んで汚したくはなかった。

 柔軟をするボルドスを真似て、幸助も体を解していく。十分に体が温まったと判断したエリスが二人の間に立ち、呼びかける。


「そろそろ始めるぞ」


 エリスの声に反応して、二人は向き合う。


「始める前にボルドス」

「なに?」

「称号をバーサーカーに換えておけ」

「いやさすがにそれは駄目だろう?」

「なにを言っておる相手は竜殺しの称号じゃ。強化して体を丈夫にしておかねば、いらぬ怪我をするかもしれんぞ」

「でもよ。確実に暴走するぜ?」

「そのときは私かコースケに止められるだけじゃ」

「きちんと止めてくれよ?」

「家を壊されてはかなわんからの、しっかりと止めてやる」


 それならとボルドスは虚空を見つめる。この状態が称号を換えている状態なのだろう。

 

「バーサーカーってなんか嫌な響きなんだけど。そんなものに換えて大丈夫なん?」

「大丈夫。私かお前さんなら止めることはできる。

 変更は終えたな? では始めっ!」


 合図を出したエリスはホルンのそばまで下がる。いつでも魔法が使えるように準備を整え見物に回る。


「始めは小手調べだ」


 そう言ってボルドスは真っ直ぐ幸助へと近寄り、ストレートを放つ。小手調べと言っているが、そこらのチンピラが殴りかかるよりも早かった。

 それを幸助は小さく悲鳴を上げてなんとか右に避けた。


「次々行くぜ?」


 ボルドスはさらに速度を上げていく。

 左手のジャブで幸助が右にずれたのを確認しての、右ストレート。これは幸助の右頬をかすめる。

 それに注意がいっている幸助へと、死角からの左ローキック。パァーンといい音がして腿へと命中。さらにもう一度、左のロー。今度は下がって避けられる。それを織り込み済みの左足を軸とした回し蹴り。ローは前に出るために放ったのだった。これも命中かと思われたが、幸助が下がりぎりぎり服をかすめるだけとなる。

 フェイントも織り交ぜ攻撃は続く。当たるものと当たらないもの差が顕著だ。それはフェントを使ったか使わなかったか。フェイントを織り交ぜた攻撃は景気よくほとんどが当たるかかするかしていく。

 しばらく攻撃を続けたボルドスが止まる。


「避けてばかりか? 反撃はどうした」


 ボルドスはわざと止まって攻撃を誘う。丁寧に指でちょいちょいと招くように挑発つきだ。

 挑発にのったか、好機と捉えたか、幸助は踏み込み右ストレートを打つ。

 ボルドスから見れば、構えも踏み込みもなっていないストレートだ。たいした威力はなさそうだと右手を出して受ける。

 差し出した手に拳が当たる。ごく当たり前に止められるとボルドスは考えていたが、結果はあっさりと力負け。幸助の拳はボルドスの右手ごと胸に叩きつけられた。

 予想外の衝撃にボルドスはよろめいて二三歩後ずさった。小さな驚きが脳裏にはしり、にやりと笑みが浮かぶ。

 これでボルドスのスイッチが入る。

 ボルドスから闘気が放たれる。連続して攻撃を仕掛け、幸助はそれになんとか対応してく。

 徐々にボルドスの目からは理性の輝きが消え、代わりに強い戦う意思が宿る。そして闘気に混ざって殺気も放たれだす。

 殺気など向けられたことのない幸助は、薄ら寒いものを向けられていると感じ取っていた。


「雰囲気変わったんだけど!?」

「ここからが本番じゃぞ、気を抜くなよ?」


 エリスの言葉は正しい。

 動き出したボルドスからは手加減がまったくなくなっていた。

 ホルンには捉え切れない動きで、幸助との差を詰め、体の膝肘肩など部位すべてを使って連撃を仕掛けていく。フェイントはなく、すべて幸助を捕らえ地に叩きつけるための攻撃だ。


「おおおおおおおっ!」

「ちょっうわっあぶなっ!?」


 幸助は攻撃をかわしていく。最初こそかわしきれず浅めに攻撃は当たっていたが、回避回数が増すほどに攻撃は当たらなくなっていく。

 ボルドスにスイッチが入ったように、闘争の雰囲気に触れて幸助にもスイッチが入ったのだ。

 もともと身体能力のスペックはボルドスを凌駕している。本気で避けようと集中すればボルドスの攻撃を見ることはできるのだ。

 経験不足ゆえに見切ることはできない。しかし凶暴化しバーサーカーの称号で暴走が強化され、動きが雑になってきている今のボルドスの動きならば、見て避けることなど簡単なのだ。

 十分間避け続け、幸助は完全に攻撃を避けられるようになっていた。


「幸助」

「なに?」


 エリスの呼びかけに応える余裕すら生まれている。


「一回おもいっきり殴れ」

「なんとかっできそうだけどっいいのっ?」

「その状態のボルドスは気絶させんと止まらん。なに打撲なんぞホルンにかかればすぐに治るから遠慮はいらん」

「気絶させられるかわかんないよっと」

「そのときは私が気絶させるさ」


 幸助は避けながらタイミングが合うのを待つ。

 すぐにそのときは訪れた。ボルドスが強引に動いて体勢を崩したのだ。


「ここっ」


 前屈みの状態から立て直したところに踏み込み、張り手を腹にぶちかました。張り手なのは拳を握って殴ると、拳を痛めることがあると思い出したからだ。

 幸助が手を振りぬくと、ボルドスは体をくの字に曲げて五メートルほど吹っ飛んで地面に転がった。

 殴った者も指示した者も見ていた者も、その結果に驚いて固まる。三人とも人が水平に吹っ飛んで行くのを見たのは初めてだった。

 ボルドスはその一撃で気絶したようで動かず、倒れたままだ。


「……ボルドス大丈夫なん?」


 顔を引きつらせながら幸助がボルドスを指差す。それでエリスとホルンは我に返る。

 ホルンが駆け足でボルドスに近寄り、診察していく。


「ホルンどうじゃ?」

「治ります。ですが想像していたより重傷でした」

「具体的には?」

「胸骨とあばら骨と背骨にひびが入ってますね。腹筋も痛んでます。内臓もひどくはありませんが傷ついてます。念のため夕食は消化に良いものを食べさせた方がいいかもしれません」

「おもいっきり殴れって言ったせいじゃな」

「殴った俺にも原因あるけどね。この力は怖いわ」


 今幸助は心臓が激しく脈打ち、膝もがくがくと細かく震えている。人を殺す意図はなかったが、それでも殺しかけたことに恐怖を感じている。


「そういう感情を持ち続けることができるなら、力に酔って暴れることもないじゃろ」

「……暴れるってか振るうことすら躊躇われるんだけど」

「それだと万が一の事態に対応できん。ある程度は力に慣れなければな。己の使い方次第じゃ。

 使いどころを誤らず、欲のまま動かず、力に振り回されず。

 これを守ればまあなんとかやっていけるのではないか?」

「道具と同じか。道具に感情はなく、良いも悪いも使い手次第。そんなことを聞いたことある」

「そんなもんじゃろうな。

 力を使い方はこれまでどおり、教えてやる。どう使っていくかはコースケ、お前さん自身で考えるべきことじゃ」


 治療の終わったボルドスをエリスが担ぎ、家へと入っていく。

 細腕のエリスがそれを行っている様子は異様だが筋力はD-、そこらの成人男性よりも力は上なのだ。ボルドス程度の重さならば運ぶことは可能だ。

 一時間もするとボルドスは目を覚ました。体の調子は、治療のかいあって胃が少しだけ痛む以外はどこも悪くはないようだ。


「結局、俺を止めたのはどっちなんだ?」

「覚えてないん?」

「暴走したら記憶がとびがちなんだ。それでどっち?」

「俺。思いっきり腹に張り手ぶち当てた」

「ああ、だから腹が痛むのか」

「ごめん」

「謝ることない。多少の怪我は納得済みだったんだ」


 幸助の謝罪に軽く手を振って朗らかに笑い答える。


「私からも謝っておこうかの」

「姉さんも?」


 エリスが謝ったことにボルドスは驚いている。


「腹が痛むのは私がコースケにおもいっきりやれと言ったからだからな。

 あそこまで威力があるとは思ってもいなかった。称号で強化しておいてほんによかった」

「姉さんが謝るくらいだから、怪我ってそれなりに大きかった?」

「あばら骨と背骨にひび、腹筋と内臓にもダメージあり。

 自然治癒に任せると、まともに食事できるようになるまで三週間弱といったところですね。

 一般人だと死んでいてもおかしくはありませんでしたよ」


 予想以上の怪我にボルドスの笑みが引きつった。同時にそれならば謝りもするかと納得している。

 強化した状態では筋力はC+、頑丈はCとなる。その状態でそこまでの怪我負うのは仕事をしていても滅多にない。


「さすがは竜殺しといったところなのか」

「戦ってみた感想はどうじゃ?」

「覚えているかぎりだとアンバランス。

 戦い方はなっちゃいないが、能力が高すぎる。だから攻撃を読まずに見てから避けるなんてもこと可能になってくる。フェイントにひっかかっていたのは経験不足だからだな。

 戦い方を覚えたら戦う者としてはあっという間に一流どころの域まで到達できるんじゃないか?」

「下地はできておるからのう。

 ボルドス、お前が戦い方をある程度教えてやれ」

「別にいいけどさ、長期間滞在はできないぞ? 依頼こなさないと金が」

「そこまで時間はかからんだろうさ。魔法も習得に時間はかかっておらんからの。

 基礎を教えておけば、あとはどうとでもなる」

「まあ一撃当てれば大抵はどうにかなるだろうしな。あとで剣の握り方から教えとくよ」


 話しが一段落ついたと判断し幸助は疑問に思ったことを聞く。


「模擬戦のあの変貌ってなに?」

「あれ? あれはギフト凶暴化のせいだ。

 効果は筋力と頑丈を一つ上に上げるってのと、戦闘中に暴れて敵味方関係なく襲い掛かる。

 一定以上の衝撃を受けたら正気に戻る」

「エリスが気絶させないと止まらないって言ってたけど?」

「それは称号のせいだ。

 バーサーカーの称号は凶暴化を強化する。それによって筋力頑丈はもう一段階上がる。かわりにダメージを受けただけじゃ正気に戻れないんだ」

「やっかいな称号持ってんのな」

「だからいつもは生存者のほうを使ってる。

 生存者は体力を一段階上げて、傷の治りも早くなる。

 こっちの称号を手に入れるまではいろいろ大変だった。今でも苦労はあるがな」

「所有者にマイナスな効果のギフトや称号ってあるんだ」

「そう多くはないけどな」


 話のあと幸助とボルドスは外に出て、エリスとホルンは家の中でそれぞれの時間を過ごす。

 ボルドスはそこらへんの木の枝を斧で切り、小枝を払ってブロードソードと同じくらいの長さに整える。

 それを幸助に持たせる。エリスに言ったように握り方からいくつかの振り方を教えて、幸助に実践させる。ボルドスは座ってその様子を見ながら、おかしな点を指摘していく。斧を使う前はボルドスも剣を使っていたので基本は教えることができるのだ。

 一種類の振り方に違和感がなくなれば、次の振り方へとどんどん変えていく。日が沈む少し前には、どれもおかしな点はなくなりボルドスが指摘できる点はなくなった。素振りに関してはあとは反復練習のみという、物覚えのよさにボルドスは驚くやら呆れるやらで乾いた笑みを浮かべていた。

 

「今日はここまでにしとこうや。これ以上は俺が落ち込む」

「あー俺も自分の物覚えのよさに驚いてる。ってか竜殺しの後押しってやっぱり反則だ」

「だなぁ」


 明日も使うだろう棒を幸助は壁にたてかけて手を洗う。そのあとは洗濯物を取り込んで、しわ伸ばしの魔法を教えてもらう。

 幸助が着ている服はボルドスが以前着ていたものだ。サイズが合わなくなっていたので、捨てたのだろうとボルドスは思っていたが、エリスは一応しまいこんでいた。十年前に来ていた服を見て、ボルドスが懐かしそうにしている。

 しわがなくなった洗濯物をたたんだあと、エリスは夕食の準備を始める。ボルドスのため消化にいいものを作るつもりだ。

 夕食の後は騒ぐことなく穏やかに時間が過ぎていった。

 


おまけ


渡瀬幸助 十七才

筋力B+ 頑丈B 器用B 知力C+ 精神C-

ギフト・称号 竜殺し2 ミタラム様が見ている


ホルン・コルベス・ストラーチ 十九才

筋力E+ 頑丈E+ 器用D- 知力D 精神C-

ギフト 治癒3   称号 レーリルのお気に入り


エリシール 七十才

筋力D- 頑丈D- 器用C- 知力C+ 精神C

ギフト 魔法融合2   称号 優れたる魔女


ボルドス 二十二才

筋力C 頑丈C- 器用D 知力D- 精神D-

ギフト 凶暴化   称号 バーサーカー 生存者


大国の実力派騎士団長

筋力C- 頑丈D+ 器用C- 知力D- 精神D


平均的な王

筋力E+ 頑丈E+ 器用E 知力D+ 精神D-

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― 新着の感想 ―
[気になる点] けれどもホルンは馬鹿にされたように感じる。口の端が引くつくのを感じながらボルドスに問う。 「いや死んでないじゃろ? 死んでたら隣に立つ者は誰なのかと」 ---------------…
[良い点] 以前からお気に入りで何回か見ておりました。 この度、また最初から読もうと思うほど、いい作品だと思っています。 [気になる点] 魔法は家事と治療中心だ。家事はエリスから、治療はホルンから。…
[一言] 5メートル吹っ飛ぶのはそれほどでもなさそう
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