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再戦

 幸助が目を覚ましたのは日が昇ったすぐ後だ。身を起こした物音でエリスも起きる。

 

「コースケ……?」


 声をかけようとしてエリスは止めた。

 身を起こした幸助が竜装衣を使って、右手を見ているのを見たからだ。やがて起きた変化に幸助は満足そうな笑みを浮かべた。


「できた」

「コースケ、それは?」

「あ、エリスさん、おはよう。これは力の効率的な使い方を教えてもらったんだ。これなら望みはまだある、と思う」


 表向き今の幸助に恐怖を感じている様子はない。恐怖はあるが、心の中に仕舞いこむことができている。

 だから幸助が死に怯えていたと、エリスが気づくことはなかった。


「教えてもらったって誰に?」

「ミタラムって名乗った神様」

「偶然と必然を司る神じゃったか。その神がどうして力の使い方を教える?」

「偽神を俺に倒してもらいたいとか、詳しい理由は教えてもらえなかった」


 正直なところミタラムは幸助が偽神と戦うことは反対なのだ。

 偽神を殺すだけならばセクラトクスをぶつければいい。強い相手と戦いたがっているセクラトクスならば喜んで戦うだろう。ただしそれは博打でもある。今セクラトクスが関わっている騒動は、ミタラムが見た未来に関わっている。セクラトクスが事件を解決すれば、未来が変わる一因となる。失敗すれば未来が決まる一因となる。

 その騒動はドラゴンには及ばないが、準ずる力を持つアンデッドキングという魔物が関わっており、あの場で倒せるのがセクラトクスくらいしかいないのだ。セクラトクスを連れてくると、人口十万人の都市がゾンビやスケルトンといったアンデッドモンスターの住処になる。人間がアンデッドに変わること事態は問題視していない。アンデッドキングが自由に動くこと、魔物が増えることを問題視している。


「神には神の考えがあるということかのう。まあよい。それよりも昼になにがあったのか詳しく聞かせてくれ」

「えっと」


 竜装衣を解きつつ、倒れる前に話したことを思い出す。

 リッカートでガレオンの頼みを聞いたところから、偽神信仰者の野営地脱出までを語っていく。薬による弱体化も忘れずに話した。


「なるほどのう。薬のせいであんなになるまで苦戦したのか。というか偽神でも効果が出るのじゃな」

「効果が中途半端で助かったのか悪かったのか。逃げ切れたことを考えると助かったのかな」

「偽神の強さはどれくらいじゃった?」

「おおよそでいいなら……称号で強化する前のセクラトクスと同じくらい?」

「平均Cくらいか。それなら私と一緒に行けばなんとかなるか」


 一対二ならばそれでいいだろうが、偽神にも仲間がいる。幸助はそこを指摘する。


「魔法でまとめて蹴散らせば問題なかろう?」

「討伐隊がそれをやって全弾外されたんだと。俺が偽神に近寄れば能力が下がってそういったことはできないかもしれないけど」

「偽神側に動きを悟らせずに魔法を使ったのではなく、討伐隊は野営地前まで言って攻撃を仕掛けたのだろ? 偽神側に戦う準備はさせなかったが、攻撃しようとする様子は見えていたと思っていいのじゃな?」

「そう聞いたよ」

「ならば攻撃の意思を悟らせず奇襲を行えば、一度は偽神信仰者たちにダメージを与えることが可能だと思うが、どうじゃろう? それで偽神信仰者たちを誘き出し、コースケが偽神と戦っている間に私が偽神信仰者たちをさっさと倒してそっちに合流すれば」

「勝率は上がるか」

「能力の下がった偽神ならば私でも十分戦力になるからの。竜相手よりましじゃ」


 一人で突っ込んでいった時よりも勝率は高いが、幸助はもう少し勝率を上げたく思う。エリスが囮になっても、偽神信仰者全員が偽神のそばを離れるわけではないと考え、能力が下がった状態でそれらの相手をしつつ偽神と戦うのは無理だ。それらの相手をしてもらうのに、ジェルムたちを雇うことを思いつく。


「ジェルムたちには多少の事情を話してるし、話せないこともあるって理解しているから雇っても大丈夫じゃないかって思う」

「たしかに全員が誘き出されるわけはないか。しっかりと口止めするという条件つきでなら頷くぞ。目立つつもりはないのだろう?」


 偽神討伐は難易度が高い。成せば名声が手に入り、名が広まる。当然王族貴族といった者たちの関心も集まる。

 今まで幸助はそれらに関わることを避ける方向で来た。これからもそれを続けるのならば、今回の偽神討伐を成し遂げてもそれが広まらないよう協力者に言い聞かせる必要がある。


「口止め料も込めて雇用料払えば黙っててくれる、といいなぁ」


 一名黙っていられるか不安な人物が幸助の頭に浮かぶ。


「不安な奴でもおるのか?」

「ジェルムがちょいと不安かなぁ」

「思い込んだら一直線な娘か。うっかり口を滑らせる可能性もあるか。話してそれでも心配なら外れてもらうことも考えよう」

「そうだね。そういえばウィアーレの姿が見えないけど、どしたの?」

「あの子はベラッセンに向かったようじゃ」

「向かったって……そんな落ち着いて言うことじゃないよ!? 探して連れ戻さないと!」

「必要ない。むしろ好都合。ここからベラッセンまで二日だ。ウィアーレが移動している間に討伐を終わらせてしまえばいいだけじゃよ」


 歪みを使えばここらに出てくる魔物から逃げるくらいはわけもないので、一人で行動していることは心配していない。

 

「そう、なのかなぁ?」

「そうだと納得しておけ。その方が気合が入ろう。この話はここまでとして、この後はどうする? もう少し休んでから行動するかの? そのジェルムという娘のところに行くにも早すぎる」


 時刻は午前六時を少し過ぎた頃だ。


「俺は十分休んだし、起きてていいんだけど。エリスさんはどうする? 俺は朝ご飯作るよ」

「私は一階のソファーで横になっておこう。朝食ができるまで休んでおるよ」


 行動を決めると二人は一階に下りる。エリスは早速ソファーに寝転がり、二分ほどで寝付く。幸助はそんなエリスを視界の端に入れ、のんびりと朝食を作っていく。

 昨日のパンの残りを使ったピザトースト、作っておきしていたチキンブイヨンを使った屑野菜スープ、甘さを控えたヨーグルトソースのかかったフルーツサラダの三品だ。どれも手間がかかるものではなく、のんびり作っても一時間もかからず出来上がった。

 寝ているエリスを起こして、朝食を済ませる。朝食後、エリスは準備していた武具を身に着けていく。杖は一・三倍の増幅器で、青糸で紋様の描かれた紫地のマントは魔法に強い布で出来ている。この二つは冒険者として活動していた時の装備だ。ほかに魔力を回復する丸薬なども持ち出している。

 全ての準備を終えて、転移でベラッセンに移動する。街の入り口で一度、家方面へ人探しの魔法を使うが、やはり反応はなかった。


「やはり反応はないか」

「歪みって便利であり厄介でもあるね」

「そうじゃのう」


 話しながらシディの宿へ向かう二人に、街の住民が厳しい表情で近寄ってきた。


「あ、あんた!」

「俺?」

「そうだ! あんたウィアーレって女とよく一緒にいただろ!?」

「そうだけど。それが?」

「居場所を教えてくれ! 今日が期限なんだ! さっさと差し出さないと偽神がやってくる!」


 ウィアーレを差し出して助かりたいという気持ちはわかる。だが知人を犠牲にするとはっきり言われて、不快に感じないわけがない。

 そういう思いを心に隠し、なんのことだかわからないといった風に返事を返す。


「知らないのか? 街から少し離れたところに偽神や偽神信仰者がいるんだ。討伐隊が組まれたが、やられたんだ。もう一度組まれるらしいが、勝率は低いって誰もが言ってる」

「そんなことに。悪いけど今のウィアーレの居場所は知らないんだ」


 現在地を知らないという意味では嘘は言っていない。それに騙されたか、住民は項垂れて離れていく。

 宿に着くまでに同じことが二度あり、誰もがウィアーレを差し出そうとしていた。

 一般人が太刀打ちできるような存在ではないと知っているため住民を責める気はないが、今後依頼を受ける時に幸助は心中穏やかざる思いを持ちそうだった。

 リッカートに本拠地を移そうかなと考えつつ宿に到着した。


「いらっしゃいって、コースケとボルドスさんのお姉さん! 泊まりに来たの?」

「違うよ。ジェルムたちってまだここに泊まってる?」

「泊まってるよ。でもジェルムさんは怪我で寝込んでる」

「討伐隊関連で怪我を?」

「そうみたい。ウドリガさんが薬師として治療してるから、順調に回復してるみたいだよ」


 蟹を渡して得た薬草がさっそく役に立ったのだ。

 ジェルムたちの部屋を聞き、二人は移動する。扉をノックすると私服姿のテリアが出てきた。


「コースケさんと誰です?」

「とりあえずおはよう。話があって来たんだけど中に入っても大丈夫?」

「はい、どうぞ」


 少し散らかってますがと前置きして入り口からずれる。

 

「ウドリガにも聞かせたいから呼んできてもらっていい? その間にジェルムの治療しておくよ」

「わかりました」


 頷いてテリアは部屋から出る。

 ベッドに近づくと気配を察したのか、ジェルムが目を開ける。


「コースケさん? それと知らない女の人?」


 眠たげな様子で口を開く。


「おはよう。治療するからどこが悪いのか教えてくれ」

「左肩と右の太腿と足首だけど? 肩と足首は骨にひび、太腿は切り傷」


 わかったと言って幸助はそれぞれの症状に合わせて魔法を使っていく。

 その治療の間にテリアがウドリガを連れて戻ってきた。


「これで終わり。どう? 痛みは引いた?」


 ジェルムは起き上がり、体調を確かめるため体を軽く動かす。動くたびタンクトップの胸元が開いて近くにいた幸助には覗けてしまい、視線を見えない方向へとずらす。


「治った、治ったよ!」


 嬉しそうにはしゃいだ声を出す。


「ありがと! ウドリガもありがとう」

「仲間だべ、気にしなくてよか」


 気にするなとウドリガが手を振る。

 

「コースケさん、話があるって言ってたけど、それはどんな話ですか?」


 治療が終わり、ジェルムの確認も終わった時を見計らいテリアが聞く。

 

「三人を雇いに来たんだ。討伐隊に参加したみたいだから偽神がいることは知ってるよね? 俺はその偽神を殺そうとしている」

「いやいやいや! さすがにコースケさんが強かろうと無理でしょ!?」


 ジェルムの主張にテリアも頷いている。


「おらも同意見だ。あんたが強いらしいというのは三人から聞いたが、ジェルムの言うように偽神は無理だべ。おらたちが加わったところで有利になるわけでもない。討伐隊が組まれるみたいだから、その人たちと一緒に行った方がいいと思うだよ」

「討伐隊と一緒に行動したら、作戦に支障がでるんだよ。三人に偽神戦に参加しろとは言わない。相手してもらいたいのは、偽神のそばにいる者たち。奇襲と囮で偽神から離しても、全員がいなくなるわけじゃないから、残った偽神信仰者たちの相手をしてもらたい。偽神の相手は俺とエリスさんがする」


 腰が引けている三人に、やろうとしていることを説明する。


「確かにあの時、防御する時間は与える形になってた。完璧に奇襲できるなら魔法を防ぐことは無理かな。例え偽神でも瞬間的に防御魔法を使えはしないと思うし。でもたくさんいる偽神信仰者たちに大ダメージを与える魔法なんて使えるの?」


 エリスの実力を知らないテリアからすれば当然の疑問だろう。


「広範囲への魔法は使える。これでも一応優れたる魔女と呼ばれておるからな」

「優れたる魔女? エリスって名前に聞き覚えあるなって思ったら、有名な魔女じゃないですか!? そんな人が協力するなら偽神討伐なんて言えるわけですね」


 幸助たちの自信の源を発見したと、テリアは納得している。エリスのことを知らなかったジェルムとウドリガも、テリアからエリスが行ったことを聞いて納得した様子を見せる。

 そんな三人の様子から、幸助は有名なことは人々を安堵させることもあるのだと実感し学んだ。といってこれから自身も名を広めようとは思わなかったが。名を広めることで起きることがいいことのみならば、エリスに出会って説明を受けた時にどうするか聞かれはしなかっただろう。いいことだけではないからどうするか問うたのだ。


「確認ですが、私たちが相手するのは偽神信仰者だけですよね?」

「そうじゃの。ただし取り巻きが全員囮に釣られたら、コースケの援護をしてもらうが。直接は戦わずともよい」

「援護とは?」

「離れた位置から石を投げるなり魔法を使うなりして偽神に集中させない。注意が散漫になれば隙もできる。私が合流すればそれもする必要はない。あとは道具を貸そう。一・三倍の腕輪型増幅器と身軽に動けるようになるベルトと筋力が一定時間上がる丸薬じゃ」

「そんなベルト持ってたんだ」


 幸助の言葉にエリスは頷く。


「戦いの準備をしている時に、以前暇つぶしのダンジョンで手に入れたことを思い出してな。依頼を受けることがなくなり、使わなくなって持っていたことを忘れておった」


 最後に使ったのは二年近く前、黒竜に挑んだ時だ。


「増幅器もすごいですが、もしかしてそのベルトって神器ですか?」

「うむ」


 二十五年ほど前に暇つぶしのダンジョンを突破し手に入れたのだ。ダンジョン突破の景品ということ、すなわち神器だ。

 使用期限が切れているかもしれないと、見つけ出した時にエリスは身につけ効果を確認し、まだ使えたので持ってきた。


「腕輪は私が持つとして、ベルトはどっちが使う?」


 この言い方からしてテリアは雇われることに決めたようだ。ほか二人も使うことを考えているので、テリアと同じなのだろう。


「……使ってみたいけど、ウドリガの方がいいと思う。それを身に着ければいつもより攻撃が当てやすくなって、私も助かるし」


 ウドリガは力の強さから一撃は重いが、やや鈍重で素早い敵には不利なのだ。しかしこのベルトがあればジェルム以上の活躍ができると期待されている。

 

「おらが使っていいべか?」


 頷くジェルムを見て、エリスからベルトを受け取った。

 丸薬は二人分あるので、戦いの前に前衛二人が飲む。幸助は例の薬との相互作用がどうなるかわからず、飲まないようエリスに止められた。


「報酬は全額前払いで一人金貨五枚。はい、渡しとくよ」


 タンスに放り込んでいたお金から持ってきた金貨を三人に渡す。


「多っ……くはないのかな? どうなんだろう?」


 手の上の金貨を見て、ジェルムが首を傾げている。偽神と戦うのならば安い方だが、その護衛相手となると高い。偽神信仰者討伐で支払われる金額は、一番の活躍をした者で大体金貨二枚だ。

 偽神の近くで戦う危険性と口止め料を含めてこれくらいではないかと、エリスに提示された金額をそのまま準備したのだ。


「多い方じゃよ。それには口止め料も入っておる」

「口止め料? なにを黙ってもらいたいんだべ?」

「私らが偽神に挑み倒したということを」


 エリスの言葉が心底理解できないとジェルムたち三人は首を傾げる。偽神討伐で得られるお金と名誉は計り知れない。それを放棄すると言っているのだから、一般的な冒険者に属するジェルムたちからすれば理解できなくて当然だ。

 口止め料というか依頼で報酬を払うという形にしたのは、こちら側の事情を探らせないという意味も込められている。

 幸助が頼めばジェルムたちは協力する。鍛えてもらっている恩があるから。ただし詳しい事情も求めてくるだろう。竜殺しや歪み使いという話はあまりしたくない。なのでお金で雇い、深入りするな依頼した仕事のみやれと示しているのだ。

 

「どうして黙っておかないといけないんですか?」

「有名になる気がないから。前も言っただろ、下手に動くと王に迷惑かけることになるって」

「言ってましたけど、それなら討伐に行かないって選択肢もあると思うんですけど」

「その選択肢は選べない。ウィアーレがいるから」


 幸助のその言葉でジェルムとテリアは、幸助が偽神討伐に関わる動機を理解した。


「ウィアーレって皆が探している人だべさ。あんたの知り合いだったべか」

「うん。偽神に差し出すって選択肢はないし、このまま放っておくってことも選べない。先延ばしにするだけだからね。だから倒すしかないんだよ」

「名声とか欲しくなくても偽神討伐しようとする理由はそれだべか、納得だ」

「そういえばコースケさんたちは、偽神がウィアーレって人をどうして欲しがっているのか知ってるの?」

 

 偽神の要求を聞いて抱いた疑問をジェルムは聞いてみる。


「今の偽神の体はそろそろ使えなくなる。次の器として適合したのがウィアーレらしい。どういう理由で適合したのかは知らない。歪みが関連しているのだろうと思うけど」

「じゃあ差し出せば偽神は若返るってこと?」

「それで合ってると思うよ」

「街の人たちはそのこと知ってるのかな?」


 ジェルムはテリアを見る。自分は怪我で動けなかったし、ウドリガも治療のためほぼ宿から動いていない。けれどもテリアは動けた。偽神の要求といった情報を集めてきたのはテリアで、今の街のことに詳しいのもテリアだ。

 ジェルムの視線を受けてテリアは首を横に振る。


「多分知らないと思う。偽神が元気になるって知ってたら、ウィアーレさんを差し出すことに躊躇いを感じるはずだし」


 テリアが知るかぎりでは住民たちが躊躇いを感じていた様子はない。


「本調子じゃない今が倒し時なんだね。よおっし気合入ってきた!」


 ジェルムが偽神を倒すわけではないが、倒す手伝いをして街や人々を守ることができる。ジェムルが憧れた冒険者のようで、それになれるかもしれないと思うと嬉しく気合が入った。

 幸助にはそういった思いはわからないが、テリアやウドリガはなんとなくわかる。エリスも察することはできたが、同意はしない。エリスにとって冒険者とは生きていくための手段で、憧れを持ったことはなかったのだ。


 話が終わり、三人の戦う準備も終わる。ウドリガはベルトをつけた状態で軽く動き、普段との身体能力の差を確かめた。

 五人は再び同じ部屋に集まる。ここから直接偽神の野営地近くに転移するのだ。討伐隊が出る前に偽神信仰者たちに仕掛けたいので、移動時間を惜しんでいる。

 エリスが転移魔法の準備を始めようとした時、扉がノックされる。一時中断し、テリアが出る。


「コキア君?」


 やって来たのは戦いの準備を終えたコキアだ。

 時間的にはまだ午前八時を少し過ぎた頃で見舞いには早いし、見舞いに鎧を着込んで来ることはないだろう。

 戦う準備をして勢ぞろいしたメンバーを見て、コキアは驚きの表情を見せている


「コキア? なにか用事?」

「コースケさんたちと同じ。皆も討伐隊に参加するんでしょ? それに連れて行ってもらおうと思って頼みに来たんだ」

「俺のいない間に強くなった?」


 ジェルムたちを見るが、三人は首を横振る。最後に幸助と会った時よりは強くなってはいる。だが劇的に強さが上がっているわけではない。魔物と戦わせる前に偽神信仰者たちが来て、鍛えるどころではなかったのだ。


「駄目。今回は誰もコキアのフォローできない。俺もそんな余裕はない」

「次はついていけるようにって訓練して奥義を使えるようになったんだ! それでも!?」

「奥義? まさか俺が出かける前に教えたあれ?」

「風流しって言ってたやつ」

「ほんとに使えるようになった?」

「ずっと一人で秘密の訓練して昨日なんとかできるようになった」

「ほんとにできるようになったのコキア君?」

「ほんとだってば」

「コースケさん……」


 テリアは戸惑いと驚きの感情をたっぷりと乗せて幸助を見た。見られている幸助も同じ思いだ。

 この場でもっとも驚いたのは、奥義が出鱈目だと知っている幸助とテリアだろう。ジェルムも驚いてはいるが、二人には及ばない。奥義がなんのことだか知らないエリスとウドリガは驚きようがない。

 確認してみようと宿の庭に出て、風流しと呼ぶ技を使ってもらう。

 コキアは腰を落とし、剣を構え集中する。魔法を使える者たちはコキアの持つ剣に魔力が取り巻くのを感じ取った。


「風流し!」


 技名を呼び剣を振る。幸助が見せたものは突風のようなものだったが、コキアが見せたものはカマイタチにも似た風が吹いた。幸助のものは突き倒すといった感じで、コキアのものは一箇所を打つといった具合だ。

 どうだとコキアが胸を張り、誇らしげに幸助を見る。


「……ほんとにできたんだな」

「……できちゃいましたね」


 すごいなとジェルムとウドリガが感心している横で、幸助とテリアは呆気に取られた表情でコキアを見ている。


「二人ともなにを驚いておる? あれは魔法じゃろ? 少々風変わりじゃが」

「「「魔法?」」」


 エリスの言葉に二人とコキアは声を揃えて聞き返す。


「魔力を使い、祈りを捧げ、望んだ効果を出す。これが魔法でなくてなんじゃ?」

 

 そうエリスの言うとおりなのだ。コキアは奥義を使おうと訓練し、幸助が見せた現象と似た魔法を作り上げた。

 ただし訓練するだけでは作り上げることはできなかった。コキアと相性の良い『風』だったので完成に至ったのだ。


「でもコキアの魔力はD-にも届いてないのに、あんな魔法使える?」

「ギフト持ちなんじゃろ。ギフトは本来の実力以上の結果を出させるからのう」

「俺ギフトなんて持ってないけど」


 カードを見せてみろというエリスに従い、ポケットからカードを出す。

 コキアの知らぬ間に、ギフトの欄に『風の祝福』という文字が刻まれていた。毎日カードをじっくりと見るわけではないので、気づかなかったのだ。ギフトが刻まれたのは初めて風流しを成功させた時だ。


「あ、なんか出てる」

「風の祝福というのは、風の魔法に適正を持つということじゃ。それのおかげでさっきの魔法が出来上がったのじゃろうて。先祖にシルフがいると出ると聞いたことがある。親から先祖に精霊がいると聞いたことないのか?」

「一言もそんなこと言ってなかった」

「親も知らないくらいの先祖なのかもしれんの」


 ~の祝福というのは精霊の種類分だけあり、効果はどれもコキアのギフトと似たようなものだ。

 精霊の子孫全員が持っているわけではなく、ある程度の適正が必要となっている。

 このギフトを持っている者の多くは、魔法使いの道を選ぶ。一属性だけとはいえ実力以上の魔法が使えるのだから、活かさない手はない。

 エリスがコキアにそのことを説明し、幸助が剣士から魔法使いへと転向するか聞く。

 それにコキアは首を横に振る。魔法使いよりも剣士なりたい。冒険者に憧れた時、思い描いたのは剣士の自分だ。

 

「まあ好きにするといい。それを活かすも殺すも自分次第なのだから。今回のように自分が欲しいものを作り上げるという方法も取れるからのう」


 エリスの言葉にコキアは頷き、幸助の方へ向く。


「奥義習得したしついていっていいですよね」

「それとこれとは話が別。できることは増えたけど、強さが上がったわけじゃない」

「……いや連れて行ってもいいかもしれぬ」

「エリスさん?」

  

 足手まといになるとわかっているのに連れて行くことを認めるエリスを、幸助は不思議そうな顔で見る。ジェルムたちも同じだ。対してコキアは嬉しそうな顔だ。


「戦いに参加させようと思っているわけじゃない。偽神の気を逸らす一手として使えるんじゃないかと思うたのじゃよ。コキアと言ったな? それは何度使える?」

「五回。一回使ったからあと四回」

「昨日五回使って後は使えなくなったのじゃな?」


 確認するように聞くエリスに、コキアは頷きを返す。


「では後一回と考えていた方がいいか」

「どうして?」

「魔力は一日経てば全回復するわけじゃないからよ。回復して大体半分くらいだったはず」


 コキアと隣で首を傾げたジェルムにテリアが説明する。魔法をよく使っているエリスとテリアだから簡単に気づくことができた。

 続いてエリスは風流しの命中率について聞く。コキアは昨日の練習を思い出し、止まった的に狙った通りに当てることができたことを告げた。


「では二十メートルほど離れた人間の頭部に当てることは可能か?」


 先ほどの魔法を見て、エリスはそこまで威力は高くないと判断した。それを体に当てるだけでは無視される。だが顔ならば反射的に目を閉じるなりして、隙を作らせることができるのではと思ったのだ。

 顔を狙うだけならばエリスやテリアがすればいいだろうが、魔法使いですといった姿の者が遠距離攻撃を仕掛けても意表は突けない。見た目は弱そうな剣士のコキアが、やるからこそ意表がつけるかもしれない。


「それは……どうなんだろ。昨日は十メートルの位置にある人形に当ててたから」

「できないのであれば連れて行かない。もう一度聞く、見栄を張らずに答えるのだ。できないのにできると答えられても困るからのう」


 反射的にできると答えようとしたコキアは、真剣なエリスの顔を見て開きかけた口を閉じ、よく考える。

 昨日の使った魔法の一回一回を思い出し、放った後に軌道が曲がったりしていないか、狙ったものから大きく外れたりしていないか確認していく。

 三分ほどの思考の末に顔を上げて、エリスを見る。


「……きちんと集中すれば当てることができる」

「嘘偽りはないな?」


 コキアはしっかりと頷いた。

 

「ならば連れて行こう。私と共に行動してもらい、指示に従ってもらう」


 偽神や偽神信仰者と間近で戦う幸助たちと一緒にいるより安全だろうと判断したのだ。エリスも団体で追いかけられる予定だが、近づいて戦うことはない。偽神信仰者からの遠距離攻撃に気をつける必要はあるが。

 コキアは再度頷く。コキアはエリスが何者か知らない。だがエリスの雰囲気やこれまでの会話から自分などより遥かに経験を積んだ冒険者だろうと考え、素直に従うことにした。

 コキアが頷くのを確認したエリスは風流しの使用回数が後一回では心元ないので、持ってきていた魔力回復薬を飲ませて、使える回数を増やした。

 コキアに薬を与えてすぐ転移の準備を始める。これ以上時間を費やしたくはなかったのだ。

 今度は邪魔されることなく準備を終え、皆で転移する。

 

 飛んだ場所は偽神のいる場所から二十分といったところだ。

 ここから幸助たちとエリスたちは別行動で動く。戦いの合図は、エリスの野営地への攻撃だ。

 討伐隊の進攻を警戒した偽神信仰者たちの偵察を避けて、両者は木などの影に隠れつつ移動していく。

 エリスたちは陣営が見える位置まで移動し、岩陰に隠れる。もう少し近づきたいが、ここ以外に隠れる場所がない。


「私は攻撃魔法の準備するから、誰か近づいてこないか見張っているように」

「はい」

 

 コキアに見張りを任せ、エリスは自身の持つ最大威力の魔法を使う準備に入る。

 地面に杖で陣を描き、右手に杖、左手に媒介の道具を持ち、陣の中に入って目を閉じ祈る。一分ほど経ち、エリスを中心に緩く風が吹く。


「幾多の風よ、矢となり吹き荒れろ。風王の群弾!」


 エリスが掲げた杖の先から、強風が出て空へと吹いていく。同時に左手の媒介がなくなった。

 風は上空でいくつもの塊となって、矢に負けない速さで目の前の野営地に落ちていく。風の弾は人やテントに次々と命中していく。魔法に気づいていなかった偽神信仰者たちは不意打ちを受けた。

 コキアは何事かと飛び出てきた偽神信仰者たちが倒れていく姿を見ることになった。魔法は十五秒ほど続いて終る。野営地全体に満遍なく風の弾は着弾し、野営地はあっという間に荒れ果てた風景となる。


「うわぁ」


 使われた魔法の威力がすごすぎて、コキアは感想もでない。心の中で偽神も倒せたのではと思う。だが魔法を使ったエリスは倒せないと分かっている。偽神は竜に近い力を持っているのだ。これくらいではわずかなダメージしか与えられないだろうと、実際に竜と戦った経験から判断している。

 魔力を回復させる丸薬を飲み、今使ったものよりは威力の低い攻撃魔法の準備をしつつ、野営地へと走る。今度は石を飛ばす魔法を使い、野営地に降らせる。

 野営地に近づき魔法を使ったことで、エリスとコキアが襲撃の実行者と見当をつけた偽神信仰者たちは二人を捕まえるため、野営地から出てくる。もう一度高威力の魔法を使われることを警戒して、さっさと捕まえてしまおうと少なくない数の偽神信仰者が出てくる。

 その人数を確認してすぐに、弱いが短時間で発動できる攻撃魔法を偽神信仰者へと飛ばし注意をひきつけ、飛翔魔法を使う。「飛ぶ」と一声かけてコキアの両手を片手で掴み、偽神信仰者から距離を取りつつ飛ぶ。

 それを追いかけて野営地から離れる偽神信仰者たちを、幸助たちは見ていた。


「すごい威力だべ」

「すごかったねー」

「さすがは名高い魔女です」


 三人がそれぞれ感想を言っている間に、幸助は偽神のそばに転移できるよう準備を始めた。

 野営地を出た偽神信仰者たちが十分離れたことを確認し、幸助は三人に転移することを告げる。


「行くぞ!」


 その場から姿を消した四人は、偽神の使っているテントそばに出る。そのテントも風の弾によって壊れていた。

 そしてテントのすぐ近くに、無傷な偽神とところどころに傷を負っている五人の偽神信仰者が立っている。

 体から力が抜けることで偽神の存在を察した幸助は誰よりも早く動いた。

 心の中にはまだ恐怖がある。それを今回は一人ではないと、頼りになるエリス、少し不安だが助けてくれるジェルムたちがいると、心の奥底に押さえつけた。

 突如現れた四人に驚きつつも、立ちふさがろうとする偽神信仰者たちの間を走りぬけ、竜装衣を使い、右手に力を集中する。変化していた左手が元に戻り、額の角も少しだけ小さくなる。代わりに右手を覆っているガントレットが、肘辺りまで広がりさらにごつく変化する。


 幸助が夢の中でミタラムに教えられたのは、力を集中するということだ。

 力の集中というのは戦いを経験した者ならば教えられるまでもなく、当たり前に行っている。少しでもダメージを増すために簡単に使用できる技術、というか基本なのだ。

 少し特殊だが、称号を換える前のセクラトクスが幸助にダメージを与えるために使った巨人の一撃、あれがいい具体例だ。

 幸助は素の能力が高いがため、集中せずとも戦えてきた。この世界に来たばかりの頃はまだできていた。けれども次第にこの世界に慣れてきて集中する必要がなくなってきたのだった。

 例えるなら格闘ゲームで必殺技を使うまでもなく、パンチやキックのみで戦えていた状態なのだ。しかもプレイヤーの技術もそこまで必要としないほどキャラ性能が高い。だから基礎も疎かになる。

 だが能力が下がり、このままでは偽神討伐が困難だと判断した神が、少しでも攻撃力を高める方法として集中するということを思い出させた。

 教えられたその結果、全身に満遍なく使われていた竜装衣の力の一箇所集中化が起きた。

 この変化はミタラムにとって予想外だったりする。多少の攻撃力の上昇を見込んでの指摘だったのだ。

 劇的な変化にミタラムは頭を抱えた。多くの神は驚くだけだった。だがこれの発展形が、薬など無関係で神を殺せる技となることに気づいているミタラムにとっては、未来を変えることを阻害する厄介なものでしかない。

 できればそれの発現は避けて、その一歩手前で済ませたかったが、幸助の飲み込みの良さがミタラムの思惑を邪魔した形となった。


「吹っ飛べーっ!」

 

 走り寄った勢いそのままに、幸助は怖さから微かに震える右手を偽神の腹に叩きつける。

 偽神は体をくの字に折り、三メートル以上飛んだ後、止まらず地面を転がっていく。


「そっちは任せた!」


 振り返らず、ジェルムたちに偽神信仰者を任せ、立ち上がろうとしている偽神に走る。

 

「はい!」


 ジェルムは幸助の背へと大きく返事をして、ウドリガと共に偽神信仰者へと立ち向かう。

 偽神信仰者たちは偽神へと加勢しようとするが、ジェルムとウドリガに進路を阻止され、迂回しようとしてもテリアの魔法に邪魔され加勢できないでいた。

 苛立たしげに舌打ちして、ジェルムたちと戦い始める。偽神を加勢するには三人を倒すか、増援を待つしかないと理解したのだ。

 エリスの魔法による怪我のせいで護衛たちの動きは本調子ではない。これならば数で負けていても望みはあると、ジェルムたちは目の前の戦いに集中する。


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