一難去ってまた一難
家に帰り、三日のんびり過ごした幸助はベラッセンに行く前にリッカートに行くことにした。
店自体は完成し、開店準備も大詰めになってきた頃だろうと思ったのだ。ペレレ諸島へと出かけたことで、約束していた雇用の際の面接立会いができなかった。開店前に一度も顔を出さず、店員と会わないのはオーナーとして失格だろう。
メリイールとセレナに買ったお土産を手に店の近くまで来ると、以前は聞こえていた釘を叩く音や大工の声は聞こえなくなっていた。
代わりに店の前には、ガレオンが手配したのであろう警備が立っていた。立っているのは二人。一人は四十ほどの男で熟練といった雰囲気をまとっている。もう一人は幸助よりも年下で十六才ほどか。
「頼んだ警備って引退した人だったよな?」
ガレオンとの会話を思い返し、そうだったと頷く。冒険者としては動かない、知り合いの強い人間を回したのかと思いつつ店の前まで来た。
「こんにちは。通りますね」
「ちょっと待ってくれ。関係者以外を勝手に通すわけにはいかないんだ」
熟練風の男に止められる。
「無関係じゃないんだけど、ここのところ来てなかったし仕方ないか」
「そうなのか? 見ない顔だから念のため、誰か呼んでくるからそのままでいてくれ」
「呼んでくるなら店長頼みます」
「店長と知り合いなのか」
「はい」
オーナーと言って信じてもらえるかわからず、男に従い素直に待つ。
出来上がった建物が外からどんな風に見えるか見ていると、少年のが話しかけてくる。
「なあ、あんた」
「なに?」
「店長とどんな関係なんだ?」
「どんな関係……協力者じゃないかな。この店を立ち上げるのに協力したんだよ」
「へー」
「こっちからも聞きたいんだけどいい?」
少年が頷くのを見て、続ける。
「ここの警備って冒険者を引退した人がなるはずなんだよ。でも君は引退という言葉が似合わないし、なんでここに雇われてるのかなと」
「俺はトアドさん、名前を言ってもわからないか、さっき俺と一緒にここに立っていた男に頼み込んでここに雇ってもらったんだ。正式には雇ってもらったわけじゃないんだけど。旅に出ているオーナーが戻ってくるまで保留なんだと」
「なんで頼みこんでまで雇ってもらおうと? なにか思い入れでもある?」
「いや、別にここじゃなきゃ駄目ってことはなかったんだ。俺は現役の冒険者なんだけど、依頼の成功率が低くてお金がなくなってな。少し世話になったトアドさんが警備の職を得たって聞いて、ツテで雇ってもらえたらって思って」
「どんな失敗したのさ」
「いや、それは」
言い渋る少年に幸助は不思議そうな顔を見せる。それを見て失敗を笑うために聞こうとしてるのではないとわかり、少年は続ける。
「失敗したこと話すのは恥ずかしいじゃないか。恥を晒すようなものだろ」
「そういやそうか。じゃあ情報料払うから、依頼のようなものとして捉えたら? 俺も冒険者だし、今後の参考になるかもしれないから聞いてみたかったんだ」
この理由のほかにコキアに失敗例を聞かせて、同じ轍を踏まないように学ばせようと考えている。
「銅貨で十枚払うけどどう?」
「話すだけで十枚か、それは助かる」
決まりと幸助は財布から銅貨を取り出し、少年に渡す。少年は嬉しそうに受け取った銅貨をポケットに仕舞う。
「最初にした失敗は畑を荒らす獣退治。知らない人と組んでやったんだけどさ。全員かけだしで上手く連携とれなかったんだ。それで夜の見張りの順番とかも上手く調整できなくて、うとうととしている間に荒されたんだ。
一時的にでもいいから誰かリーダーを決めて、その人の言うことに従うってことすれば少しはましな結果に終わったかもしれない」
「誰か一人くらいは依頼に慣れた人がいたらよかったのにな」
「たしかにな。ほかには期限付きで鉱物の採取に行って、期限内に帰ってこれなかったなんてこともあった」
「そういった依頼って移動時間も考慮して出されてるんじゃ? 急ぎの依頼だった?」
「いや歩きでもギリギリ間に合うと判断して移動費をけちった帰りに、足止め喰らって間に合わなくなったんだ」
「余裕もたせないと」
これには幸助は呆れを隠せなかった。だが転移や飛翔で移動できる幸助には思いつきにくい失敗で、参考になっている。
そんな表情になるのも仕方ないと少年は苦笑いしている。
「んで次は特定の魔物の部位を集める依頼」
「魔物の事前調査してなくて不覚をとった?」
なんとなく予想できたので先に言ってみた。
少年は首を横に振り否定する。
「事前調査はしたんだ。でも調査がたりなくて予想していなかった攻撃喰らって、倒すどころじゃなくなった」
「なるほど」
少年が次を話そうと口を開くと同時にメリイールが出てきた。
「オーナー!? 帰ってきたんですね、お帰りなさい」
「「オーナー!?」」
警備二人が驚きの声を上げる。
「オーナーって本当なのか?」
少年は驚きの表情のまま幸助を指差して問う。それに幸助は頷く。
「ギルド長から若いとは聞いていたが、それは俺たちを担いでいるんだとばかり。本当に若いとはなぁ。じゃあウッドオーガを倒したってのも本当なのか?」
「本当ですよ」
気負いなくあっさりと答えた幸助を見て、男は本当らしいと心の中で唸る。
「トアドさん、ウッドオーガってどれくらい強いんですか?」
「俺の平均ランクがDで、ほかに三人から五人同程度の奴が集まり、なんとか倒せるかもしれんってところか。勝率は高くない」
「トアドさん強かったですよね……それでも苦戦する魔物か。俺の話なんか聞く必要なかったんじゃ」
やっぱり心の中で馬鹿にしていたのかと少年は暗い思いを抱く。
そんな思いが少し表情に出ているのを見て、幸助は誤解を解くために口を開く。
「いやいや参考になったよ? 事前調査をしっかりすることとか、余裕を持った行動をするとか、依頼の難度に関係なく役立つ話だし。知り合いに駆け出し冒険者がいて、その子に実例付きで話をしてあげられる」
「でもさ」
「納得してなくても、役立つと思ったのは本当なんだよ。自慢にも聞こえるかもしれないけど、俺は依頼を失敗したことない。一般的な冒険者とはずれてるって自覚もあるし、そんな俺が駆け出しの子に教えてるとその子もずれた冒険者になりかねない。一般的な冒険者からの話は、ずれを修正するのに役立つと思うんだ」
「……ほんとに自慢に聞こえた。でも俺の話を馬鹿にしていたわけじゃないのはわかったよ」
良かったと幸助はほっと胸を撫で下ろした。いくら強かろうが恨みは買いたくないのだ。
仕事の最中な警備二人と別れ、幸助はメリイールと一緒に店内に入る。背後では年齢は近いが、力量は遠いことに落ち込む少年をトアドが励ましていた。
言葉遣いの練習中なのか、男女の入り混じった同じ言葉が聞こえてくる。先生役はセレナのようだ。
店内はホルンの実家と似たような雰囲気を漂わせており、貴族喫茶というのに相応しく感じられる。あとは店員が相応の態度をできていれば完成といえるだろう。
「どうですか? 目的に即した内装になっていますか?」
内装はキラキラと輝くような豪華さではなく、落ち着いた感じになっている。よく見てみると柱や窓枠には細かく装飾が掘られていて、純白レースのカーテンも気品を感じさせる。壁にかけられた絵画や置かれている花瓶など一品一品は、平民でも頑張れば買えるものばかりだ。だがまとめて購入すると高すぎる買い物となる。
「上出来だと思う。大工さんたちも、メリイールさんたちも頑張ったんだね」
「ありがとうございます」
嬉しげに笑みを浮かべ一礼する。
店員たちに紹介するため、幸助はメリイールに先導され店員たちが集まる場所に連れて行かれる。
見えている店員の数は合計八人。女五人に男三人だ。これはウェイトレスとウェイターだけの数で、厨房にはもう四人店員がいる。そちらはメリイールの指導で、紅茶の入れ方を学んでいる最中だった。
近づいてきた二人に気づき、皆の注目が集まる。
店員たちの表情は誰なのかという疑問顔で、セレナは驚いた表情となっている。
「あ、やっと帰ってきた! お帰りなさいオーナー!」
「ただいま。お土産があるよ」
持っていた紙袋を持ち上げ揺らす。中身はガラス細工のコップだ。それぞれ薄い青と薄い赤の透明なグラスで、全体に緩く捻じれておりそれが模様となってる。綺麗だったので、自身の分も合わせてお土産に買ったのだった。
「ありがと!」
「副店長、ちょっといいですか?」
女店員の一人がセレナに声をかける。
「なにかな?」
「えっとそこの人がオーナーって本当ですか?」
「本当。このお店を建てる費用全部出したんだよ」
「全部って、大工から少し聞いたんですが普通の喫茶店よりお金がかかってるって。それを二十にもなってなさそうな人が出したんですか?」
「うん」
「貴族かお金持ちの出?」
視線が集まり幸助は首を横に振って否定する。
「たくさんお金が手に入ったから、この店に使っただけ。俺はなんの変哲もない庶民の出だよ。
注目が集まったついでに自己紹介といこうか。コースケ・ワタセ。ここのオーナーで普段は冒険者をしてる。拠点はベラッセンだ。そんなわけでこっちには常にいるわけじゃない。メリイールさんとセレナの言うことをよく聞いて、よく働くようにね」
店員たちは若干呆けたように頷く。
「オーナー、上に行きましょう。話すことなどがありますし。セレナも来て頂戴」
「わかりました。皆は練習を続けるように」
三人が厨房に顔を出した後、二階に上がったのを見て店員たちは若いオーナーについて話し出す。
資金的にこの店大丈夫なのかという声が上がったり、お金の入手経緯の予想だったり、誘惑すればオーナー夫人なれるかもといった声も上がっていた。最後の意見は、メリイールやセレナが嫁候補もしくは嫁ではないかという推測にまで話題が発展していた。
階下のざわめきには気づきつつも、話されている内容は気にしない三人。幸助は聞こえていたが、下手に追求するとさらに話題が広がる可能性もあり、聞かなかったことにした。
メリイールとセレナは、以前ユイスのことで幸助に抱いた感想と似たようなことが話されているとは思ってもいない。
事務所のソファーにテーブルを挟んで幸助とメリイールたちは対面して座り、幸助は紙袋を二人の前に置く。
「これを先に渡しとくよ」
「中身見ていい?」
なにが出るかなと心弾ませ、セレナは紙袋の中からグラスを取り出しそれぞれ光に透かして見ている。
「メリイールさんと話し合って好きな方を選ぶといいよ」
「セレナ、好きな方を選ぶといいわ」
「じゃあ、青い方をもらう。赤いのはメリイールさんの髪に映えると思う」
はい、と赤いグラスをメリイールに渡す。グラスを受け取り小さく笑みを浮かべる。
それを目の前において、今度はメリイールが布袋を幸助の前に置く。
「これは商人ギルドから受け取ってきたお金です」
「ありがと」
今回はまだ爪きりとピーラーの分のお金は含まれていないので、大金というわけではない。
それを鞄に仕舞ったのを見て、メリイールは報告を始める。
「ご覧の通り店は完成し、店員も雇いました。面接時期にオーナーがいなかったのでこちらで妥当だと思われる人を雇いました。オーナーの帰りを待っていたのですが、待ち続けると開店時期が遅れるのでこちらで勝手に選びました。申し訳ありません」
「謝ることないよ。約束を破ったのはこっちだし。店を運営していく二人が相応しいと思った人を雇えばいい」
「そう言っていただけると助かります。警備はギルドから推薦されて来たのですが、オーナーが頼んでいたと聞きました」
「うん。ギルド長にツテができてね。会った時にいい人がいればって頼んでおいたんだ」
「注文通りの人たちで助かっています。ただエルジン君については、私たちでは判断しかねたので保留にしていますが」
「俺が話していた若い冒険者であってるよね?」
「はい」
「真面目に働いてる?」
「一応はね、ほかの警備さんたちに比べると頼りなさはあるね。あとは帰りとか、女の子に声かけたりしてる」
私もかけられたとセレナが言う。今は店に集中したいため断りを入れた。
「声をかける……まあ若いしそんな軽さはあって当たり前か。仕事の邪魔になってるならクビにするけど、そこらへんはどう?」
幸助も同世代といっていいが、エルジンに対して仕方ないなぁといった目上が持つ感想を抱いた。エリスやウィアーレと一緒に暮らしていて、異性と話したり遊んだりしているので余裕があるのだ。
そんな幸助の様子に、メリイールとセレナはユイスか誰か彼女でもいて余裕を持っているのだろうと推測した。
「邪魔ではないよ。ですよねメリイールさん?」
「ええ、そうね」
「そっか。真面目に働いているかぎりは雇ったままでいいよ。ただし給料はほかの警備さんたちより少なめで」
働き的に同じことができていないのならば、真面目でもほかの警備と同額はあげられない。
ほかの警備たちから不満が出る可能性があるのだから。幸助が乞い願った形のトアドたちと飛び込みのエルジンならば、トアドたちの方が優先度が高いのは当然だろう。
「わかりました」
店員たちの給料は、週休一日、早番遅番の二交代制で、一ヶ月銀貨二十枚となっている。メリイールとセレナはそれに+銀貨五枚だ。幸助の収入は必要経費を除いた余りとなっている。
警備たちは週休一日の三交代。給料は店員と同じだ。
銀貨二十枚は一家族一ヶ月分の生活費で、一人が稼ぐ分としては十分に高めの給料といえるだろう。普通は家族の一人が働き、誰かもう一人がちょっとしたバイトで稼いで銀貨二十枚に届くのだ。
エルジンは一人暮らしなので生活費に銀貨二十枚は必要なく、給料が少なくとも暮らしていけるのだ。無駄遣いすればそのかぎりではないが。
「だいたい銀貨十五枚くらいで。ただし給料が少ない代わりに、週休二日にしといて。ギルド依頼を受ける時間をあげたいし」
銀貨十五枚は税金を払うとしたら生活費としてはギリギリだ。もっとお金がほしければ簡単なものでも依頼を受けるしかない。
連続して休み取れても二日なので、長時間拘束する依頼は受けられず、選ぶものは簡単なものとなるだろう。自然とこつこつ経験を積む形となり、冒険者として順調に育っていけるかもしれない。
幸助はそれを狙って指示を出したというわけではなく、偶然そうなっただけだった。
「それくらいならば大丈夫ですね。もともといない予定の人間ですので、休みが多くとも問題ないようになっていますし」
「ん、よろしく。警備を除いた店員たちの教育はどうなってる?」
「キッチン側はなんとか形になってきてますね。実際に作ってますから、失敗とかわかりやすいです」
「ホール側はもう少しってところ。こっちは中々実演ってできないからねぇ」
高めな給料の分、質も高いものを求め店員教育を厳しめに行っている。おかげで急ごしらえでもなんとかなりそうという感じになってはいるが、一度開店前に本番に近い練習をしたいというのがメリイールとセレナの考えだ。店員も同じで、実際に客に接して初めて学べるものがあると考えている。
それには幸助も賛成だ。
「ギルドに行って職員借りてこれるかな? ただで飲み食いできるなら来てくれるかもしれん」
あまり借りを作りたくはないのだが、人を集められるツテが今はそこ以外にない。
「それができるならありがたいです。頼めますか?」
「ちょっと行ってこよう。その前に一度俺を客として練習してみない? どんな具合なのか実際確かめてみたいし」
「それもいいね。じゃあ、皆にそのこと伝えてくるよ」
セレナが立ち上がり、一階に下りていく。
「ほかになにか伝えることはある?」
「そうですね……商人が来る程度でしょうか。あ、オーナーはベラッセンで活動しているんでしたっけ」
「そうだけど?」
「冒険者たちがベラッセンで仕事があるとかなんとか言ってましたね。道を歩いている冒険者の話を耳にしただけなので、詳しいことはわかりません」
「出かける前はなにもなかったんだけどね。なんだろ、近々行くつもりだったからその時わかるか」
報告は終わり、ちょっとした雑談をして一階の準備が終わるのを待つ。すぐにセレナがやってきて準備を整えたことを伝える。
幸助は一度外に出て、入ると外から声をかけて、玄関に踏み込む。
メリイールとセレナが幸助を出迎える。
「「いらっしゃいませ」」
二人は一礼し、セレナが一歩前に出て話しかけてくる。
「お客様は一名でのご来店でしょうか?」
「ああ」
「ではこちらへどうぞ」
セレナが先導し、幸助はその後ろをついて歩く。
セレナが椅子を引き、幸助が座る。
そこにウェイトレスの一人がキャスターテーブルに、クッキーとマドレーヌを載せて近づいてきた。本番ではもう三種類ほどお菓子を載せる予定だ。
「お客様、本日のお菓子はこちらとなっております。ほかにサンドイッチなどの軽食もございます。お好きなものをお選びください」
ウェイトレスに軽食のメニューを聞き、少し考えお菓子を選ぶ。
「マドレーヌをもらえるかな」
「承知いたしました」
ウェイトレスは小皿にマドレーヌを二つ移して、幸助の前に静かに置く。
「こちらのお菓子に合う紅茶をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
三分ほど待つとティーカップとポットをトレイに載せた別のウェイトレスがやってきた。
失礼しますと一声かけ、テーブルにトレイを置き、紅茶を入れていく。香り付けの酒、砂糖、ミルクを入れるか聞き、ティーカップを幸助の前に置く。
「お待たせいたしました。おかわりなど御用がございましたら、近くにいる店員に申し付けください」
幸助が頷くとウェイトレスは離れていく。
マドレーヌを食べ、紅茶を飲み終わり、ウェイターを呼び、サンドイッチと紅茶のおかわりを頼む。
飲み食いを終え、席を立つとウェイトレスが近づいてくる。
「お帰りでしょうか?」
幸助は頷き、会計まで案内してもらい、客としての行動を終える。
再びホールに戻ってきて、店員皆を集める。
「ではこれから反省会を開きます。
まずは俺が気づいたところを言ってくよ。全体的に動きが硬かった。これはまあ仕方ない。練習して慣れていけばなんとかなるから注意点じゃない。次は客を見すぎ。俺一人だったからかもしれないけど、開店してからもじっと客を見るようなことはしては駄目。不快に感じる客がいるだろうから。見るならそれとなくだ」
視線に関しては幸助の感覚の鋭さを基準にしたので、そこまで問題にしなくてもいい。だが客の中には冒険者もいるかもしれない。そういった客は幸助と同じように視線を感じ取り不快に感じるかもしれないため、念のために言っておいた。
「ほかには呼び方もかな。ここは普通の喫茶店じゃなくて、シチュエーションも商売にするところ。だからお客様っていう呼び方はここが喫茶店ってことを強調させると思うんだ」
「どのように呼べばいいのでしょう?」
メリイールが皆を代表して問う。
「メリイールさんとセレナは気づくと思ってたけどね。奥様、若奥様、お嬢様、旦那様、若旦那様、若様。こんな感じで呼べばさらにそれっぽくなるんじゃない?」
「たしかにそうですね」
皆頷き、呼称について受け入れた。
「次は料理の方だね。といっても食べ物の方はそこまで言うことはない」
材料の良さもあるが、メリイールとセレナがしっかり叩き込んだのだろう、そこらのお店に負けないくらいの味は出ていた。
「言うとしたら飲み物だ。味が少し薄かった。茶葉にお湯に注いでティーカップに入れる時間が早いんだと思う。待たせたら駄目だと焦った?」
キッチン担当の三人を見て言う。お茶の葉も安いものではないが、お菓子よりも未熟と感じられた。
今回紅茶を担当した者が口を開く。
「確かに焦りはありましたが、味の違いなどほとんどないのでは?」
「言うとおりほとんど違いはない。でも違いはあるんだ。妥協しないでほしい。客は通常の喫茶店よりも高いお金を払うことになるんだ、それに見合った物を出すべきだと思わないか? ちょっと入れてみようか、違いがわかると思うから」
「入れるってオーナーが?」
「そうだけど?」
「できるのですか?」
ほかの者たちもできるかと同じ思いを抱いたのだろう、疑いと驚きの混ざった視線が幸助に集中する。
ユイスとして過ごしていた時にメリイールたちに鍛えられたのだ、入れることは可能だ。今も家で入れていて腕は鈍っていない。
「なんでもいいから茶葉と入れる器具を持ってきて、それを使って入れてみせるよ」
「私が取ってくる」
セレナがキッチンに向かい、道具一式を持ってくる。
茶葉の種類をセレナに聞き、幸助は手早く準備していく。最初は手抜きバージョンを三人分入れ、次に手抜きなしバージョンをやはり三つ入れて振舞った。
よどみない流れるような作業に、入れ慣れているという雰囲気に、店員たちの表情は驚き一色となる。冒険者だと聞いて、粗暴なイメージを持っていたのだ。手間をかけて紅茶を入れるような人物だとは思っていなかった。
飲み終えた店員に幸助は問いかける。
「どう? 違いはわかった?」
「……はい」
店員たちの舌にも違いは感じられ、その上でしっかりと入れた方が美味しかった。
「オーナー、お茶入れるの上手ですね」
一口飲んだメリイールが感心したように言う。
「ある人たちに丁寧に教えてもらったから」
「もしかしてユイスですか?」
「違う違う」
あなたたちですと心の中だけで言い、手を振って否定する。
「丁寧に教えてもらったおかげで上達も早かったし、毎日上手いお茶飲めて感謝してる」
「ユイスも上達早かったですよ。教え甲斐がありました」
「そうなんだ。ユイスも感謝してると思うな」
「だとしたら嬉しいですね」
メリイールとセレナは笑みを浮かべて頷き合う。
そんな二人から店員たちへと視線を動かし口を開く。
「俺が現時点で気づいたのはこれくらい。あとはさっきも言ったように慣れるしかない。頑張ってくれ」
はいっと威勢のいい返事が返ってきて、やる気があるならばなんとかなるだろうと幸助は頷く。
「じゃあギルドに行ってくる。承諾してもらえたとして、実行はいつからがいい?」
「今日でも構わないですが、明日の方が都合はいいですね」
「なんの話?」
開店練習のことを知らないセレナが首を傾げる。
「この後、メリイールさんから話があるよ」
そう言って幸助は外に出る。
ギルドに入り、見覚えのある受付に話しかける。向こうも幸助を覚えていたようで、ギルド長に会えるかという幸助の質問に、会う約束はあるかと問いかけることなく、聞いてきますと言って場を離れる。
「お会いになるそうです」
「そうですか。ありがとうございます」
一度行って覚えているため案内は断り、幸助はギルド長の執務室に向かう。
「こんにちは」
「おう。会いに来てくれて助かったぜ」
「なにか用事でも? 急ぎの依頼でも発生しました?」
「そうだ。まあ座れ」
椅子を勧め、ガレオン自身はその場から動かず難しげな表情を浮かべている。
「先にそっちの話から聞こうか。なにか用事があって来たんだろう?」
「ギルドの職員を貸してもらいたいんです。店を持っているって話しましたよね? それが喫茶店っていうのは知ってます?」
「ああ、知っている」
警備を用意した時に調べたのだ。どういった内容の経営方針なのかも知っている。
「開店前に本番に近い練習をやりたくてですね。お客さんとして来てもらいたいんです。練習にはある程度の人数が必要で、その人数を集められるコネがガレオンさんくらいしかなくて。御代はもちろん取りません。なにか気づいたことがあれば言ってもらいたいという条件はありますが」
「それくらいなら構わんぞ。休みの奴や休憩する奴を店に向かわせる。これでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
行く人数と時間と日数を話し合い、幸助の用事は終わる。
「次は俺の話だ。依頼ということになるんだろうが、お前に無関係でもない。先日、五日ほど前だがベラッセンから冒険者をよこしてくれと連絡があった」
「なんか冒険者が仕事があるとか言ってたらしいですね」
「ああ、緊急の討伐依頼だ。討伐対象は偽神信仰者だ」
その名を聞いて、やはり来たかと幸助は一瞬顔を歪めた。それにガレオンは気づくも、ウィアーレの件について知らないので偽神信仰者に対していい感情を持っていないと判断する。
「始まりはベラッセン郊外に偽神信仰者が集まっているのに、ベラッセンの住人が気づいたことだ」
気づいた住人は狩りに出ていて、偶然発見したのだ。偽神信仰者は灰色の服に、黒の手袋と靴を身に着けている。そんな奴らが街道から外れているとはいえ、遮蔽物の少ない平地に集団で集まっていれば誰でも気づく。
「略奪前に気づいたことは幸運だ。すぐに発見の報告はギルドに知らされ、冒険者や警備兵が集められて討伐隊が組まれた。その時に念のためにとこっちにも冒険者募集の連絡が来たんだ。偽神信仰者の討伐を開始する報告が来て、経過報告がいつまで経ってもこないからこっちから連絡を入れてみたんだが、まったく繋がらなくてな。連絡装置の故障かと思ったが違った。こうなるとベラッセンになにかあったとしか思えない。以前も歪みが発生した時、連絡がつかなくなったしな」
「歪みが出たこと知ってたんですか」
「簡単な報告はきているぞ。発生し解決したと。解決に動いた人物の名も。そういえば最後に解決のために動いたのはお前だったな」
「はい」
この口ぶりではウィアーレが歪みに捕らわれていたことは知らないなと、幸助は心の中で安堵の溜息を吐く。
「今回も解決に動いてくれると助かる」
「本拠地のことだし、知り合いもいるんで動きますよ。結局、話はベラッセンに行って問題解決に関わってくれってことでいいんですよね?」
「ああ」
「店に行った後、すぐに行きます。練習のことよろしくお願いしますね」
話を終えギルドを出た幸助は、店に戻って了承を得たことを伝えるとすぐにベラッセンに転移する。
ウィアーレが孤児院の者たちを心配するだろうから連れて行こうかとも考えたが、偽神信仰者に見つからない方がいいと考え、一人でベラッセンに行くことにした。
時は幸助がベラッセンに飛ぶ数日前まで遡る。
その日、コキアたちは街から三十分行ったところにある小川に行っていた。そこで採れる蟹を捕まえるためだ。
これは薬屋が常に出している依頼だ。この蟹は茹でても揚げてもえぐみが強く食べるのには向かないが、乾燥させ砕いて粉末にしたものが滋養強壮剤の材料となる。
ウドリガが薬屋と交渉し、採ってきた蟹の量によっては報酬のほかにちょっとした薬の材料も貰えるようになっている。
川周辺には強い魔物は出ないので、他所からやってきた魔物でも出ないかぎりはコキアがついていっても問題なかった。
五時間ほどかけて、四人はとりつくす勢いで蟹を採っていった。
とった蟹は布袋の中に入れ、結び目に棒を通し、コキアとジェルムが二人がかりで持っている。一匹だいたい百グラムで、総重量は十キロ以上だ。
「いっぱいとれたねー」
「これだけあれば、きっと薬の材料も貰えるべ」
大漁大漁とテリアとウドリガが話している。
「たしかにたくさんとれたわ」
「食べる生物が少ないから大量発生しやすいんだっけ」
テリアたちにジェルムが同意し、コキアがギルドにあった生物図鑑で調べたことを思い出す。
どのような蟹か口頭で説明されたが、念のため絵姿も見ておこうとギルドで調べたのだ。
「今回もそんな大量発生だったのね。運が良かったわ」
川辺に溢れてたわけではないが、浅瀬の中や石をひっくり返せば簡単に見つかった。
ほくほくとした気分で薬屋に持っていき、薬屋の主人に渡す。とってきた量が多かったため主人も驚く。
「これだけあれば当分困らないな。ありがたい。報酬は一人銀貨一枚、それはギルドに預けてある。こっちが約束の薬の材料だ」
「ありがとうごぜーます」
ウドリガが頭を下げ、材料を受け取る。
「材料は、傷薬、解熱剤、毒消し、鎮痛剤の材料の一部だ。薬を作っていい出来だったら買い取るからな?」
「その時は頼みますだ」
四人は薬屋を出てギルドに向かう。
報酬を受け取った四人は新たな依頼を探す。
「なにか新しい依頼あるかしらね」
「ちょっと宿代が心もとないから受けないとね」
「だべな」
宿組三人は財布事情から受ける必要性を感じている。
この三人が泊まっているのはシディの宿で、居心地はいいが少し高めな宿代のためお金の減りが早い。
「俺はまた参加できるようなものがいいな」
家があるコキアは今よりもいい武具を買うためにお金を貯金している。
「コキアが参加できるものとなると報酬が少ないんだよねぇ」
「簡単な討伐依頼受けてもいいんでないか? 三人いるからフォローできるべよ」
「コースケさんがねぇ。でも一度受けてどれくらいできるか探ってみるのもいいかもしれないね」
「どーするコキア? 私はテリアの言うように挑戦してみるのもいいと思うけど」
三人からの提案に、コキアは考え込んでいる。
毎日の訓練をサボってはおらず、以前一人で挑んだ時よりも強いといえる。そして今度は一人ではなく、仲間がいる。
「一度行ってみるよ。ただ弱めの魔物でお願い」
「それはわかってる。弱めの魔物相手じゃないと、フォローまで気が回らないのは前一緒に行った時に理解した」
「んじゃあ、討伐依頼探すべ」
四人であればどうだこれはどうだと依頼を探す。
そうしているとギルド職員が冒険者たちに聞こえるよう大声を出し、注目を集める。
十分に注目が集まったところで、職員の一人が口を開く。
「緊急召集です。街から離れたところに偽神信仰者の集団が見つかりました。この報告を受け町長は戦力の収集を命じました。義務のある冒険者は町長の屋敷まで向かってください。ただし戦力的に不安のある者は除きます」
もう一度繰り返した職員は急ぎ足で奥に戻っていく。召集でやることができ、忙しくなったのだ。
ギルド内にいた冒険者がぞろぞろと向かう中、四人は足を止めている。
「コキアは留守番かな」
「私もその方がいいと思う」
「おらもだ」
「無理?」
三人からの言葉にコキアは若干不満を抱く。反発してついていくとは言わないが。
だがどのようにコキアが言っても三人は頷かないだろう。さっきまでは討伐依頼受けてもいいと言っていたが、それは雑魚相手だからだ。偽神信仰者の中にもコキアと同じ実力の者はいるかもしれないが、コキア以上の者の方が多いだろう。そんな者たちの戦いで、三人はコキアのフォローができるとは思っていない。
「コースケさんがいれば同行しても守ってくれたかもね」
テリアはそう言いつつも、同行許可しないだろうなと思っている。
「私たちは行ってくるからコキア君はもう家に帰りなさい」
「訓練場でいつもの訓練してから帰る」
三人に別れを告げて、コキアは訓練場へと去っていく。
コキアを見送りギルドを出ようとした三人にギルド職員が話しかける。ウィアーレの先輩だったディアネスだ。
「なにか御用ですか?」
「あなたとコキアという少年はワタセさんに師事しているんですよね?」
「はい」
「だとしたらワタセさんが帰ってきてるか知りませんか? 戻ってきていたら召集に参加してもらいたいのですが」
「私たちのところには顔を出してないんでわからないですね」
「そうですか。まだ帰ってきてないのかな」
「おそらく、そうだと思います」
テリアの言葉に残念そうな表情となり、礼を言ってディアネスは離れていく。
今度こそ三人はギルドを出て、町長の家に向かう。
町長の家の前には既に数十人の冒険者が集まっていて、三人が行った後も続々と集まっていた。
三十分後に町長と部下が出てきて、説明を開始する。最初に話された内容はギルドで聞いたことをさらに詳しくしたものだ。その後に戦いの際の基本的な動き、討伐隊を前衛組後衛組支援組の三つに分けることが話される。出発は明後日の朝。出発に関しては、明日襲撃があれば街の入り口に集合と付け加えられている。そして最後に、税金を払っている冒険者には報酬が出ると言って町長たちは戻っていく。
当日の動き方は奇襲できれば奇襲するという考えだが、相手も街中や街外に斥候を出しているであろうことを前提としているため、奇襲を重視はしない。大人数で動くので見つかりやすいだろうということも奇襲を重視しない理由の一つだ。隠れて移動できる場所があればいいのだが、偽神信仰者たちがいる辺りは地下道や森はない。林はあるが、そこに着くまでに見つかる可能性が高い。
「私たちはばらばらになるね」
「ウドリガさんは前衛もできるけど支援に行く?」
「そうするべ」
テリアの問いに頷く。一番力を発揮できるのが支援なので、そっちの方に行った方が役立てるだろうと考えた。
三人は明後日のために準備を始める。それはほかの冒険者たちも同じで、冒険者に関連のある店周辺は活気付いた。
ジェルムたちが準備を整えている間、コキアは幸助が見せた奥義をものにしようと一人剣を振っていた。
力がないから置いていかれた。そのことに悔しさがある。駆け出しとはわかってはいるが、コキアも街を守りたいという思いはある。
だから力があればついていけたと思い、今思い浮かぶ具体的な力である奥義を求めている。
「こうだったよな?」
コキアなりに見様見真似で剣を振る。だが的である案山子のような木の人形は少しも揺れることはない。
ピクリともしない人形をコキアは恨めしげに見ている。
「少しくらいは揺れてもいいと思うんだけどな」
何が足りないのか、幸助が言っていたことを思い出しつつ剣を振る。
三十回ほど振りなんの変化もなく、一度止める。
「『刃に魔力と斬るという意思を込めて混ぜ合わせ、剣を振るのに合わせて込めた力を飛ばす』だったっけ、難しいなぁ。見た目は風が起きているだけなんだけど、ただ振るだけじゃあそこまでの威力はでないし」
正解を言い当てているとは知らず、正解を求めて首を捻っている。幸助の説明も具体的とは言えず、コキアは自分なりの解釈で実在しない奥義を求めていく。
「風がキーポイントなのかな? 力を飛ばすってところに風が飛ぶようなイメージを付け加えてみたらいいのかな」
居合いの構えで剣に力を注ぐ。実際に注げているのかはわからないが、イメージを強く持っている。そこに風が剣に纏わりつくイメージも付け加え、上手くできますようにと祈りつつ、その風を飛ばすように振り抜く。
「……」
的は動かなかった。だがコキアは剣を振り抜いたまま固まっている。
それはまた何も起きなかったことに失望したからではなく、自分の中のなにかが動いたことを感じ取ったからだ。小さな動きだった。だけどたしかに自分の中にあるなにかが反応を見せたのだ。
「……糸口掴んだ?」
今までになかったことに一筋の光明を見た思いだった。湧き上がってくる笑いそのままに、もう一度剣を振るう。また的は揺れなかったが、変化は感じ取れた。
「これを鍛えていけば習得できるかもしれない!」
ぐっと拳を握りコキアは笑みを浮かべたまま訓練に戻る。
ジェルムたちが出発し見送った後、すぐに訓練場に篭り、外のことを気にせず集中し剣を振り続けた。何百何千と振る毎になにかは徐々に反応を強くしていった。
反応の強さに、気を良くしたコキアはますます訓練にのめりこむ。
外の騒動に気づかないくらい集中していた。