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進化

「ただいまー。あれ? エリスさんたち寝てる?」


 ジスの狙い通りに幸助は怪しまず皆の下へ戻ってきた。海を見ていて顔を背けていたリーゼの表情を見たり、エリスたちの様子を間近で見ることができたら怪しんだだろうが、ジスはそんな暇は与えない。

 エリスの隣に座っていたジスは、幸助が近づいてきて放していたナイフを再びエリスの首に当てる。


「動かないでください」

「なにしてんの!?」

「人質です」


 にこやかな表情でジスは幸助に告げる。リーゼは済まなそうな顔で幸助を見ている。


「スパイだったのか?」

「おや? ワタセさんも感づいていたのですか?」

「一度はジスさんとリゼスさんを疑ったよ。ないって判断したけど」


 幸助はナイフから目を放さずに答える。


「見事に騙されたんだな」

「演技には自信があるんですよ。さて、リーゼ」

「なによ?」


 ぶっきらぼうな返答にジスが気分を害した様子はない。そんな態度を取るしかないと理解しており、気にしない余裕があるのだ。

 それを見て幸助はリーゼは仲間ではなさそうだと、疑いを減らす。疑いを晴らさないのはこのやりとりも演技かもしれないと思ったからだ。


「空に魔法を放ちなさい。それで兵を呼び寄せるのです」

「……わかったわよ」


 指示に従い、リーゼは空へと炎の魔法を放つ。

 夕日に染まる空にその魔法は目立ちにくかったが、それでも気づく兵はいて、周囲の仲間たちを呼び集め、魔法の見えた方角へと歩き出す。

 集まってきたきた兵にジスは事情を説明し、幸助たちを拘束させる。精鋭という部分に違いはないようで、兵たちは無駄口を叩かず動いていった。

 幸助とリーゼは武器も荷物も取り上げられ、ロープで縛られて連行される。着ているジャケットが特別なものとはわからなかったのか、それは取り上げられることはなかった。

 先ほど歩いた道を辿り、幸助たちは村にやってきた。

 連れられた中にリーゼの姿を見つけ、村人たちは動揺を隠せない。リーゼが戻ってきたということは封印を解く鍵となる人物もいるということで、本当ならばリーゼの帰還はすごく嬉しい。だがこんな状況では喜べるはずもなく、悔しげな表情をしている村人もいる。

 村人に見送られつつ、兵たちが寝起きしている拠点に連れて行かれる。

 そこで幸助とリーゼたち三人は別々に監禁される。リーゼたちは拘束されたまま見張りを立てられ、テントの一つに入れられる。幸助も似たようなものだが、ジスから強いという情報を得ている兵たちは手枷や重りなどの拘束に加え、定期的に痺れ薬を投与することで幸助を無力化した。

 ここでジスや兵にとって予想外のことが起きる。それは幸助の薬に対する抵抗力だ。薬を投与されるたびに耐性を得ていって、四度目に投与された時にはほとんど効かなくなっていた。短時間で耐性を得るなど想像の埒外なので、誰も怪しむことはなかった。

 これはなにかのチャンスになり得ると幸助は薬が効いた演技を続ける。

 夜が明けぐたりとしている幸助を担ぎ、兵たちは村の外に列を成す。並んだのは四十人で、残りは村人の見張りと船の護衛だ。


「そいつが鍵なのか」

「はい」

「そのようで」


 三人の男の声を幸助は捉えた。一人はジスのもので、残り二人はわからない。少しだけ目を開き、確認すると三十才後半の飾りの多い鎧を着た騎士と四十才ほどの一般人男性のそばに、ジスがいた。おそらく四十才の男がクレントで、騎士が兵たちのトップにしてクレントがツテで繋がりを得た貴族の代理なのだろう。


「ジスといったな? 鍵の確保ご苦労であった。ミシューエム様にそなたの功を伝えておこう」

「ありがたきお言葉」


 一礼するジスに、騎士は頷きを返す。

 騎士は兵に指示を出し、動かず目を閉じたままの幸助を台車に乗せる。薬が効き続けていると誤解した兵により、運ぶ際に邪魔になった拘束は解かれている。


「では早速封印の地に向かうか」

「出発!」


 兵の一人の掛け声で、皆歩き出す。

 着ている鎧がガチャガチャと鳴るだけでほかに音はなく、私語をするような兵は誰もいなかった。

 既に封印の場所を確認していたようで、兵たちは道案内を必要とはしていない。

 天気は曇り。行軍の兵たちには助かる天気だが、先行きの不安さを示しているようでもある。

 ゆっくりとした行軍は四十分ほど続いて、周囲の光景は木々のない草原、そして草がまばらに生える荒地に変わっていった。


「あれが封印か」


 騎士の視線の先には高さ三メートルの黒石の塊がある。それは綺麗な立方体で、台車に乗せられている幸助には位置的に見えないが、見えていたら大きな墓石といった感想を持つ。


「はい。うちに古くから続くものでございます」

「あの形は自然物ではありえないな」


 全員が封印まで二十メートルの位置まで近づくと、騎士が声を上げ止める。そこから兵を扇状に展開させ、封印が解け魔物が現れ暴れた時のために準備を行う。


「封印を解くには、鍵を近づけるだけでよかったのだったな?」

「はい。言い伝えではそうなっております」

「誰か鍵を運んで、置いて来い」


 騎士の指示に従い、兵二人が幸助の脇と足を持って、黒石のそばまで運んだ。

 この時には幸助の痺れは完全に取れており、こっそりと転移の準備を行っていた。転移先は村のすぐそばで、エリスたちの救出に向かうつもりなのだ。

 転移するタイミングは封印が解けた後、封印されたものへの対応で村への注意が疎かになるだろうという判断からだ。

 幸助を下ろした兵たちは素早くその場を離れる。

 残された幸助は細かな振動を地面から感じ取る。それは徐々に大きくなっていき、黒石からピシリといった連続音を聞く。

 やがて揺れは離れていた騎士たちも感じ取れるようになる。


「いよいよか」

「いよいよでございますな」


 封印を利用したクレントも封印の解除には感慨深いものがあるようで、目を細めて黒石を見ている。

 皆の視線の先で、黒石全体から細かな欠片が落ちている。

 不意に振動が止む。幸助も騎士たちもどうしたのかと思っていたところに、大音を立てて黒石が内側から破裂した。

 砂埃の中に一つの影が揺れる。それは大きなものではなく、人間と同サイズの影。

 近くにいた幸助は人の気配を感じ取っていた。その気配は、ただの人間とは思えないほど力強かった。


(封印されていたものは人間? なんで人間が封印されていたか気になるけど、今は救出が最優先!)


 幸助自身も砂埃に隠れている状態で 転移するにはちょうどよかった。

 魔法を発動させたすぐ後に、男の声が上がる。


「復活だ!」


 破裂音に負けないくらいの大音量で周囲に響く。魔物でも古代兵器でもない封印されていたものの正体に、騎士たちは驚きを隠せない。

 土煙が収まり、現れたのは三十後半の屈強な美丈夫。白の短髪を逆立て、目には楽しげな色が浮かんでいる。自信に満ちた雰囲気を纏っており、対峙するだけでただものではないという印象を受ける。


「さぁーてっ戦おうか!」


 続いた言葉に騎士たちはさらに驚く。

 風となって吹きつける闘志に、否が応でも騎士や兵の緊張感は高まる。


「どういうことだこれは!?」


 騎士に怒鳴るように聞かれたクレントも首を傾げるしかない。当然だ。封印されたいたものが人間などとは知らなかったのだから。

 そんな疑問など関係ないと、封印されていた人間は一歩踏み出す。


「ま、待て! お前は何者なんだ! それにどうして封印など!?」


 止めようと手を前に突き出し騎士が問いかけた。

 その問いに男は親指で自身を指し、名乗りを上げる。


「俺か? 俺はセクラトクス! いつか生まれるだろう強き者と戦うため封印を望み、ようやく復活した男だ! 人呼んで巨人殺しのセクラトクス!」

「「「はあっ!?」」」


 今日一番の驚きの声が周囲に響いた。

 誰でも知っている古の英雄が目の前に現れたのだ。驚くなという方が無理だった。

 普通ならば世迷言だと決め付けるところだが、封印されていたということと発せられるプレッシャーから疑うことすら思いつかない。


「さあやろうぜ?」


 騎士たちの動揺など関係ないと、笑みを浮かべ突っ込んでくるセクラトクスに騎士たちは慌てて戦うために身構えた。



 封印を解くために兵が出発した声を聞き、エリスたちは動き出す。

 薬の影響は抜け、体は動き意識もはっきりしている。ただ幸助と違って、拘束はされたままだ。

 三人が置かれている状況は、テントの中に一まとめに座らされている状態だ。兵士も一人一緒に入っているが、どうにもできないだろうと三人への注意は散漫になっている。

 だからエリスが小声でウィアーレに話しかけても気づくことはなかった。

 ばれないようにぼそぼそと会話を続け、いつ動くか、どのように脱出するかを決めていった。


(頃合じゃな。ウィアーレやれ)

(わかった)


 ウィアーレは小さく頷き、歪みを見張りにぶつける。兵は意識を歪まされ、気絶する。

 エリスがウィアーレが起きていればなんとかなると考えたのは、魔法と違い縛られていても歪みを使うことになんら制限がないと知っていたからだ。

 ウィアーレが出して飛ばした歪みを見て、リーゼがなにか言いたそうな目を向けている。

 

「さて、縄を解くかの」


 若い頃色々とやんちゃしたおかげで、多少のぎこちなさはあるが縄抜け可能なのだ。

 見張りが起きている状態ではさすがにばれるのでできないが、気絶させてしまえばこちらのものだ。

 さっさと縄を外し、ウィアーレの縄も外してやる。


「ありがとう。体を自由に伸ばせるっていいね」

「そうじゃの。リーゼはどうする? 私たちと一緒に脱出するか?」

「封印がどうなるか気になるから、一緒に行きたい」

「わかった。少し待っておれ。それと気絶させた方法に聞きたいことがあるじゃろうが後回しにしてくれ」


 すぐにリーゼの縄も解いている。

 三人は静かに硬くなった体を解し、エリスの透視の魔法で周囲を探る。できるなら荷物を取り戻したかった。

 荷物の位置と兵の位置を把握したエリスは、ウィアーレにいつでも歪みを飛ばせるように言って、魔法を使う。兵たちの鎧兜を真似た幻を自分たちに被せたのだ。

 透視を併用しつつ、テントを出る。なるべく兵に会わないルートを進み、荷物が置かれているテントまで来た。

 そのテントにはほかの荷物も置かれていて、見張りに兵が二人立っている。


「ウィアーレ、私たちがそばを通っても気がつかないようにさせることはできるか?」

「気絶させるんじゃなくて?」

「気絶させたら、倒れて注目が集まるじゃろ」

「ああ、そっか。この場合、認識を歪ませたらいいのかな?」


 視界を歪ませたらすぐに気づかれるだろうと、正常な判断をできなくさせた方がいいのか聞く。それにエリスは頷く。

 やることはウィアーレにとり憑いた歪みがベラッセンの人々にやったことと同じ。

 気絶させることよりも難しいのだが、一度実験でやったことあるので、その時のことを思い出しつつ歪みを二つ地面に沿って飛ばす。


「上手くいった、かな?」


 少し自信なさげに呟いた。

 試してみると言ってリーゼが足下の小石を兵の目の前に投げる。兵たちはなんの反応も見せずに目の前を見たままだった。

 これは大丈夫そうだと判断し、三人は急いでテントの中に入る。

 自分たちの荷物を取り返し、幸助のものはエリスの足下に置かれた。


「転移で逃げるが、入り江から封印のある場所にいけるのかの?」

「大丈夫です」

「そうか、ならばさっさと逃げてしまおう」


 足で幸助の荷物に触れたままエリスは転移を発動させる。

 入り江に現れた三人は幸助の剣以外は隠し、封印のある場所へと急いで向かう。

 リーゼは遠目に封印だったものを捉えた。


「封印が砕けてる」

「もともとはどんな形だったのじゃ?」

「黒い石でできた三メートルほどの立方体」


 今や土台近く以外は砕け、周囲に散らばっているといった有様だ。

 さらに近づき、騎士たちに十分以上遅れて到着した三人が見たものは、たった一人以外は地に伏す人たち。


「……なにがあったのかな?」

「さあて、あの立っている者に聞いてみればわかるんじゃないかのう」


 ウィアーレとエリスの声を捉えたセクラトクスが振り返る。


「こいつらよりかは手応えがありそうだな?」


 セクラトクスの視線の先にはエリスが。強者の気配を感じ取ったのだろう。

 見られたエリスは背に冷たい汗を流している。目の前の男が何者かはわからないが、自身と同等かそれ以上の力を持つことはわかった。

 

「二人とも離れろ!」


 ウィアーレとリーゼに怒鳴り、すぐに魔法の準備を始めた。

 それを見てやる気十分と、セクラトクスはニヤリと笑みを浮かべた。



 村のすぐそばに転移した幸助は、兵たちが騒がしいのに気づいた。木陰に隠れて耳を澄ませ内容を聞き取る。

 内容は三人がいなくなったということだ。


(自力で逃げたのか。どこに行ったんだろ?)


 救出しなくていいのならば、村には用事はなく、三人の行き先を考える。

 考えられるのは二通り。隠れるか、封印のある場所に向かうか。幸助を置いて島から出たとは考えにくい。

 リーゼが一緒ならば封印を気にするだろうということと、隠れ場所が不明ということから再度封印のあった場所へと向かうことにした。

 来た道を走り、十分もかからずに戻ってきた幸助は、前方にはったシールドを破られたエリスがセクラトクスに殴り飛ばされるところを見ることになる。

 湧いた怒りを胸に抱き、倒れたエリスに駆け寄った。

 セクラトクスの視線が強く刺さることを感じ取りながら、エリスを優先する幸助はそれを無視する。


「大丈夫っ?」


 久々にダメージを受け、赤くなった頬を撫でつつ顔を顰めるエリスを抱き起こす。


「おお、コースケか。たいしてダメージは受けておらんよ。シールドで威力は落ちていたからな。

 しかしお主、今までどこにいた? ここに連れてこられていたはずじゃろうに」

「薬の効果が抜けたんで、封印が解けると同時に転移で村まで移動したんだ。エリスさんたちを助けようと思ってたんだけど、入れ違いになった」

「そうみたいじゃな」


 幸助の手を借り、エリスは立ち上がる。


「見つけた! 見つけたぞ! お前がそうなんだろう!」


 無視されていたセクラトクスが喜びに満ちた表情で幸助を指差し、叫ぶ。


「お前が竜殺しだな!」


 湧き上がる興奮を抑えきれないと壮絶な笑みを浮かべる。自身を越える力量を感じ取り、確信した。

 動揺したのはリーゼだけで、自分以外は誰も驚いていないことからセクラトクスの言葉が本当だと悟る。

 

「違うと言ったら?」


 興奮するセクラトクスとは対照的に、幸助は冷ややかに返す。


「言葉なんか関係ねえ! 戦ってみりゃわかるだろ!」

「どうする?」


 エリスの問いに幸助は頷きを返す。


「ほう、珍しい。戦うのか。断りの言葉が出るものだとばかり」

「エリスさんが殴られた借りは返さないとね」


 一番世話になっていて、仲良くなったエリスを殴られたことに怒っている。表面上は冷静に見えるが、心の中は怒りが燃え盛っていた。

 幸助の目にはいつになく激しい闘志が宿っている。その視線を受けてセクラトクスの熱意はさらに高揚する。

 熱くなりすぎていると判断したエリスは、幸助の後頭部を軽く叩く。

 

「少し落ち着け。思わぬ不覚を取るぞ? 並外れた力はあるようだが、コースケには劣るさ。ぶん殴って、あいつの頭も冷してこい」


 そう言ってエリスはウィアーレたちのところへと歩いていく。

 かわりに剣の重たさにふらつくウィアーレが近づく。


「はい、これ」

「ありがと」

「えっと、頑張って。……気の利いたこと言えなくてごめん」


 気落ちするウィアーレの肩を軽く叩いて、エリスたちのところへ戻るよう促す。

 幸助は剣を抜き、セクラトクスへと近づく。

 セクラトクスは転がっている兵が持っていた戦斧を拾い、肩に抱える。

 二人の距離は二メートルまで近づき、視線が絡み合う。

 今ここに古き伝説と最も新しい伝説の闘いが始まろうとしていた。


 幸助とセクラトクスは同時に勢いよく一歩踏み出し、剣と斧をぶつけ合う。踏み込みで地面が抉れ、ぶつかり合ったことで出て散った火花を気にせず、そのまま押し合う。

 力は幸助の方が上で、セクラトクスは押し切られた形となる。それに嬉しげな表情となる。


「いいねっいいな!」


 笑いながら斧を真横に振るう。幸助はなにも答えず、下がって避ける。風圧で髪が揺れる。下がった幸助を追い歩を進め、セクラトクスは斧を切り返す。

 幸助はその場に留まり、剣を持っていない左手で迫る斧を止める。先ほどの力比べで腕一本でも止めることが可能と読んだのだ。

 読みは当たり、少々重い衝撃を感じつつも斧は止まる。動きを止める形になったセクラトクスへと、右手の剣を振るう。


「おっと!」


 セクラトクスはあっさりと武器から手を放し、バックステップで剣を避けた。そして落ちている長剣を拾う。兵たちが落とした武器がそこらに散らばっており、一つの武器に執着する必要はないのだ。

 掴んでいた斧を捨て、幸助はセクラトクスへと突っ込む。待っていられないとセクラトクスも突っ込み、再び武器がぶつかり火花が散った。

 ギンッギンッと金属のぶつかる音が響く。一撃一撃が常人にとって死ぬ威力を秘めている。それが当たり前のように繰り出されている。

 情勢は幸助の有利だ。いまだ一撃も喰らわず、二度だけだが剣を当てている。

 肩と頬から少しの血を流しているセクラトクスは、戦意をなくす様子はまったく見せず、それどころか勢いは増すばかりだ。


「粘るな」


 エリスの言葉にウィアーレが首を傾げる。


「そうなの? 私は闘いのことはわからないから、少しコースケさんが押してるのかなって思うだけなんだけど」

「ワタセさんが竜殺しというのなら、たしかに相手は粘っていると思う」


 リーゼはエリスに同意なのだろう。

 エリスは幸助のステータスを知っており、セクラトクスのステータスもなんとなく把握している。自分よりも強いが、そこまで離れてもいない。エリスが得意な距離で戦えば十分に勝ちを拾える相手だと。

 その差から考えて、幸助の一方的展開になると思っていたのだ。

 だが結果はセクラトクスが押し負けているものの、追従する闘いを見せている。


「封印されていたものが人間を強化するものだったのかもしれんな。

 竜殺しに追従する強さを手に入れられるのじゃ、危険視されて封印されてもおかしくはなかろう」

「ですが封印は解けと言い伝えが残っています。危険視しているなら解けとは言わないはず」


 封印が解けてセクラトクスが名乗りを上げたところを見ていないため、エリスたちは事情をわかっていない。


「……参考になるかと思って称号を読み取ってみたんだけど」

「どんな称号を持っておった?」

「巨人殺しと……」


 そこでウィアーレは止まる。さらに称号を読み取り、幸助と戦っている人物の見当がついて、それが信じられないのだ。


「巨人殺しか、珍しいものを持っておるな。あの強さとその称号。まるで大昔の英雄みたいではないか」

「たぶん当たってるよ、それ。残るもう一つの称号は古の大英雄」


 三人の間に静かな時間が流れる。

 確固たる証拠があるにもかかわらず、ウィアーレと同じく聞いたものが信じられないのだ。

 三人の視線がセクラトクスに集中する。


「……なんじゃと?」

「ちょっと待って! じゃあ封印されていたものって!?」

「おそらくセクラトクスなんじゃないかな」


 いまだ半信半疑といった感じでウィアーレが言う。


「どうしてそんな大物がうちの島に封印なんかされてるの!?」

「さあてなあ」


 まさか強者と戦いたいという理由だけで封印を望んだとは、欠片も予想できないでいる。

 封印をコールドスリープのように使う者がいるとは三人とも聞いたことがない。それゆえに推測できないのだ。


「あれがセクラトクスだとすると、粘るのも納得ものだわな。

 平均Cのステータスと戦いの経験が合わさって、あの結果なのじゃろう」


 セクラトクスの正体がわかり、エリスは余裕を持てた。さすがに歴史に名を刻んだ英雄といえど、竜殺しには敵うまいと考えたのだ。

 実際、目の前で幸助が押している様子を見ていることも、そんな考えを後押ししている。

 エリスの余裕を見て、ウィアーレも気持ちにゆとりが生まれる。大丈夫、もう少ししたら終わると思えてきた。

 だが二人の思いとは裏腹に、闘っている幸助は余裕をなくしていた。早く倒さないとやばいといった、嫌な予感が戦闘中ずっと頭から離れないのだ。殺すつもりはないが、大怪我くらいはさせるといった心持ちで攻め、効果が上がらないことに焦りが募っていく。

 セクラトクスの闘い方が上手いということもあるが、幸助の対人戦の経験の少なさが影響もしている。

 その経験の少なさが現時点での幸助の弱点だ。さらにもう一つ弱点はあり、実力が伯仲している戦闘を一度もしていないということも弱点だ。今までほぼ格下の相手ばかりで、追従してくる相手にやりづらさを感じている。

 若いエリスとの戦いでも苦戦はしたが、あれは勝つことを目的とはしていない耐久戦といった感じだ。格上との出会いといえば海竜との遭遇になる。しかし闘うことはなかったので経験の蓄積になどなりはしない。

 逆にセクラトクスは格上との闘いは慣れている。演劇にも、称号の由来にもなっている巨人との戦いもセクラトクスの方が格下だったのだ。

 二つの弱点とセクラトクスの実力が合わさり、圧倒できないという状況になっている。

 けれどそんな状況でも幸助に有利というのは事実だ。

 幾度目かの剣の打ち合いで、セクラトクスの手を痺れさせ、握りを甘くさせ剣を弾く。がら空きとなったセクラトクスの胴体に、蹴りを放ち三メートルほど吹っ飛ばした。

 

「強いな。俺が闘った中で一番の強さだ!」


 ダメージはあるのだろうが感じさせない動きで立ち上がる。


「いい加減諦めるか、倒れるかしてくれない?」


 早期決着を願いつつも、それを感じさせずに言う。いまだ予感は治まっていないのだ。


「諦める? 倒れる? 馬鹿言っちゃいけねえな! まだ俺の全てを見せてないぜ!」


 セクラトクスは右の拳を腰の辺りに持っていき、左手で右手首を掴む。力が右拳に集中していき赤い燐光が拳を包む。準備が整ったのか左手を離し、幸助へと突っ込んでいく。

 自慢の一撃なのだろうと幸助は推測し、それを受けきれば諦めるのではないかとその場に腰を据え、両手を重ねて突き出す。

 そこにセクラトクスは右拳を叩きつけた。

 それは称号巨人殺しを得て使えるようになった、セクラトクスの必殺技と言っていい一撃。巨人の一撃と呼ばれるもので、威力を増大させるというシンプルなものながら、ステータスの高さもあいまって侮れない攻撃となっている。

 幸助はスダンっと両手に重い衝撃を受ける。受けた衝撃に踏ん張りがきかず、じりじりと下がっていく。それでも耐え切った。


「耐えたぞ! これでもまだ続けるのか?」


 両手に感じる痛みを隠して問う。嫌な予感はこれではない。耐え切れるものに対して警告が発せられるはずはない。


「あれを受けてなんらダメージを受けたように見えないのはすごいな! だからこそ楽しいんだがな! これからが本番だ!」


 そう言って一瞬間が空き、セクラトクスから発せられるプレッシャーが段違いのものとなる。少し離れた位置で見ていた三人は、プレッシャーに押されるように一歩下がる。

 一瞬の間になにがあったのか、それを知るのはセクラトクス自身とウィアーレのみだ。

 幸助の予感はこれだと警告を発している。これを予感していたのだと、この状態にさせてはいけなかったのだと。

 セクラトクスがなにをしたのか? 称号を換えたのだ。巨人殺しから古の大英雄へと。

 それに合わせてステータスも大きく上がっていた。先ほどまでが平均C。今は平均Bと跳ね上がっていた。


「再開だ!」


 宿った力に満足した笑みを浮かべて、幸助へと走る。

 幸助も三人も一瞬、セクラトクスを見失った。それほどまでに速い踏み込みだった。

 気づいた時には幸助の目の前にいて、幸助はギリギリのところで攻撃を防ぐことができた。

 一際大きな火花と剣の破片が飛ぶ。


「ぐぅっ」


 歯を食いしばり、押し合いに耐える幸助。力を入れても押し切れない、むしろ押されているのだ。

 押し合いは続き、両者の持つ剣から小さくひび割れる音が聞こえてくる。剣の方が耐え切れなくなってきた。それでも押し合いが止まることなく、やがて音を立てて剣が折れた。

 前のめりになる幸助と、その勢いを利用して頭突きを仕掛けるセクラトクス。


「おらっ!」

「がっ!?」


 大きな衝撃が額に感じられ、幸助がのけぞる。

 その隙を逃すセクラトクスではなく、使い物にならない剣を放し、連続して拳を振るう。

 防御する間もなく幸助は拳を喰らっていき、皮膚が裂け血が流れ、たしかなダメージを負っていく。

 幸助も剣を捨て反撃し、攻撃を当てていく。だがセクラトクスに効いた様子はない。

 あっという間に形勢は逆転し、幸助不利となっていく。

 ステータスが劣っている状態でも闘えていたセクラトクスが、幸助以上の力を手に入れたのだ。こうなるのは当然の流れだ。

 この様子を見てウィアーレは泣きそうな表情を浮かべ、リーゼは心配し、エリスは焦る。幸助をフォローしたいがタイミングを計れず、手をこまねいている間にも幸助はぼろぼろになっていく。


「本気を出せよ」

「十分、本気、だ!」


 片膝を地につけ、息を切らせながら答える。同時にナイフを投げるも、セクラトクスは容易く避けた。


「いーや違う! お前俺を殺そうとしてないだろ。殺意の篭っていない攻撃なんぞ効くかよ!」


 効いていないことはないのだが、本来の威力が出ていないこともたしかだ。

 この世界に来て一年以上経ち、生物を殺すということの抵抗は薄れている。しかしいまだ人を殺すということは禁忌として幸助の中にある。そんな幸助に殺意を込めろといったところでできるわけはない。

 黙ったまま変わる気配のない幸助を見て、セクラトクスはつまらなさそうに鼻を鳴らす。命がけの戦いをしたいセクラトクスにとって、本気を出さない幸助は先ほどまでと違ってつまらない相手に思えている。


「死にかければ考えも変わるだろ」


 猛攻が再び始まる。

 幸助の怪我は増し、動きも鈍り、なすがままになっていく。無理矢理突き出した拳も当たらず、カウンターを喰らった。

 そしてセクラトクスの勢いののった拳が、幸助の胸にのめり込み、幸助を十メートル吹っ飛ばした。

 骨の折れる音を聞き、骨の折れた痛みと肺に刺さる痛みを感じ、幸助の意識は遠のいていく。

 エリスは幸助の名を叫び、ウィアーレとリーゼは悲鳴を上げる。

 受身も取れずに地面に背中から落ち転がった幸助に、治療のため近づこうとしたエリスが足を止める。セクラトクスが闘いの邪魔だと止めたわけではない。


「なんじゃこれは?」


 足を止めた原因は、幸助から吹き出る黒い風にあった。

 その風は幸助から出て、幸助へと帰っていく。幸助を繭のように包み、覆い隠していく。

 すぐに繭は黒い卵となり、外界から完全に幸助を隠した。

 それをセクラトクスは期待の表情で見て、エリスたちは不安の表情で見ている。

 やがて卵にひびがはいってき、ある程度広がるといっきに砕けた。


「があああああああああっ!」


 人ではなく、獣の雄叫びを上げて負っていた怪我はどこにもない幸助らしきものが現れた。

 雄叫びは物理的な衝撃を周囲に放つ。セクラトクスは余裕の表情で立っているが、エリスたちはその場で踏ん張らなければ転がっていたかもしれない。

 同時にエリスたちはその咆哮に恐怖し体を振るわせる。あれが幸助だとわかってはいても、自分たちの命を容易く奪える存在だと本能が理解した。


 皮膚は黒く染まり、髪は鉛色、両腕は黒鱗でできたガントレットが装着され、指先には鋭い爪。両足にも似たような鱗製のグリーブを履いており、指先には三本の爪、踵にも一本の爪があり、しっかりと地面を掴んでいる。腰の後ろには一メートル弱の黒色の尾。一番目立っているのが、額に生えた黒水晶らしき角だ。

 目には変化はないのだが光がなく、しっかりと意識を保っているのか怪しい。

 こんなことになったのは幸助がこの世界に来て、これまで力を溜め込みすぎたせいだ。獣人の村の時のように大きく力を使うことはあったが、そんなことは稀といっていい。神域に入ったり、武闘大会に出たりもしたが、それらでは力の消費は少なかった。使う分よりも溜まる分の方が多かった。

 使われない力は幸助の中に溜まっていき凝縮され、爆発する日を待っていた。

 そうして今日、命の危機に直面し力を抑えていた理性は沈黙、溢れ暴れる力は制御されることなく幸助に新たな力を与えたのだった。

 竜を殺し幸助に宿った力は人が持つには大きなものだ。誰でも持て余すものだ。遅かれ早かれ、これは起きたのだろう。



 同時刻、遠く離れた地で、幸助を見ていたミタラムがこの変化を目にした途端意識を失った。未来を見ている時と同じような状態になっており、一緒に幸助の様子を見ていた神々は幸助とミタラムの変化に慌てることしかできないでいた。



「コー……スケ?」


 ふらりと一歩踏み出した幸助に、エリスが躊躇いつつ声をかけるも反応はない。

 聞こえなかったかのように幸助はセクラトクスへと歩を進めていく。

 ある程度まで近づくと、セクラトクスが見せた踏み込みに勝るとも劣らない速度でいっきに接近し、拳を振りぬく。

 それになんとか反応したセクラトクスは、回避は間に合わないと防御を選ぶ。腕をクロスさせ、幸助の拳を受ける。衝撃は凄まじく、受けた格好のまま、地面を滑る。腕は痺れて、あるはずの痛みが感じられない。

 その一撃には先ほどまであった手加減が皆無で、まさに全力といえるものだ。幸助に殺す気が生まれたわけではない。ただ目の前にいる敵を沈黙させるということのみ頭にある。理性がない状態で、獣性に引きずられた形なのだ。

 これこそ自分の求めていたものと、セクラトクスは嬉々として応戦する。

 殴り、殴られ、肉を打つ音が響き、血が飛ぶ。

 二人が動くたび、大地が揺れ、空気が震え、とても人二人が闘っているとは思えない光景となっている。

 この戦闘の影響は遠く離れた村にも伝わっている。村人たちも兵たちも封印が解けたと勘違いしていた。村人は何事もなく事態が収拾することを祈り、兵たちは仲間の無事を祈る。

 二人の闘いは、人の範囲を超え、エリスが手出しできない域にある。思い出されるのはボルドスと共に黒竜に挑んだ時のこと。あの時もなすすべなく、有効な戦果を上げることなく逃げることしかできなかった。当時感じたプレッシャーと同等のものを今の幸助からエリスは感じ取っている。

 闘いは暴走している幸助が押し返した状態だ。

 高い能力を確かな技術と勘で扱うセクラトクスに対し、技術などどこにもないただ力を振るう幸助。

 普通に考えると、猪突猛進ともいえる幸助をセクラトクスがいなして戦いは終わるのだが、そんな状況には見えない。技術はなくとも力と速さはセクラトクス以上で、その二つのみでセクラトクスと渡り合っていた。

 セクラトクスも楽しがって足を止めての殴り合いといった様相になっており、こうなってくると決着は体力次第。

 体力でどちらが有利かというと、幸助に分がある。一年以上溜め続けた力は伊達ではないのだ。

 闘いの余波で、これまでも巻き込まれていた兵たちの残りが離れた場所へと蹴飛ばされていく。

 次第にセクラトクスの攻撃回数が減り、ついに決定打が放たれた。

 満足げな顔で吹っ飛ばされ、十メートル近く転がっていった。全力を出して闘えたのだから、負けたとしてもセクラトクスにとっては大満足な戦闘だったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「闘いの余波で、これまでも巻き込まれていた兵たちの残りが離れた場所へと蹴飛ばされていく」 この二人が戦っている力で蹴り飛ばされたら、生きていたら不思議ですね。
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