託されたもの
話が終わったと判断したテリアに呼ばれ、幸助は模擬戦を始める。
幸助とテリアが組み、コキアとジェルムと戦う。ただし幸助はテリアの護衛のみで攻撃は不可。コキアたちの勝利条件は幸助を抜いて、テリアに触ること。
コキアかジェルムのどちらかが幸助を足止めすれば簡単に終わるかと思われた模擬戦は、幸助たちが優勢のまま進む。
攻撃できないといっても組み合えば力の差で押し切られ、二人と比べ物ならない体力で動き回られる。そうして幸助が守りに徹している間にテリアも魔法を使ってくるので、コキアたちはぼろぼろになっていく。
コキアたちが苦戦した原因はもう一つあり、それは連携不足。互いの意図を汲まずに動くといったこともあったのだ。
最後には拙いながらも連携を発揮しジェルムが幸助を抜くことはできたのだが、テリアの魔法によって吹っ飛ばされ、そこで終了となった。
コキアたちが汚れを落としながら休憩を取っている間に、幸助とウィアーレはこれからについて話す。
「ウィアーレを守るように言われたわけだけど」
「はい」
「守るってそばにいるのが一番やりやすいんだよね」
冒険者として受けたこれまでの依頼でそれを学んでいた。
護衛対象から離れていて護衛を名乗るなどおこがましいと言っていいだろう。
絶対安全の場所があるなら、そこにいてもらって害となるものを潰していくなんて手段が取れるが、そんな場所はない。
護衛を増やせるなら似たような手を使えるが、一般人なウィアーレに物々しい護衛をつけるときっとその理由を問われる。軽々しく歪み使いだと言い触らすことなどできはしないし、危険を増やすような行為だ。
「というわけで一緒に暮らす?」
エリスに許可を取ってないが、話せば承諾を得られるだろうと考えている。
守りの拠点として、孤児院よりもエリスの家の方が優れていて、幸助はベラッセンで暮らすことを始めから選択肢にいれなかった。
「い、一緒に!?」
なにを想像したか顔を赤くして一歩下がる。
うわーうわーと言いつつ赤い顔に両手を当てているウィアーレを見て、幸助はなにか勘違いとか考え過ぎているのだろうと思っている。
異性と一緒に暮らすということはエリスで慣れているので、幸助にとっては今更どうと思うこともない。
エリスはずぼらなところがあり、バスタオル一枚でうろつくこともあるのだ。慣れもする。
「エリスさんがいるんだから二人っきりってわけじゃないよ?」
「あ、そういえば。
プロポーズのことといい、今回のことといい、私を勘違いさせて楽しいのっ?」
「プロポーズのことは謝るけど、今回のことは勝手に勘違いしたんだからね?」
「うっ」
事実なので言い返しようがなく詰まる。
「それでどうする?」
「私としては助かることだと思う……うん、お願いします」
深々と頭を下げる。
「誘っといてなんだけど、ウェーイさん反対しないのかな? 年頃の娘を外に出すことに」
「今まで何人も孤児院を出てるから。むしろ私の年齢まで残ってる方が珍しいんだよ。
だからなにも問題ないの、少し寂しくはあるけどね」
「出るって言っても遠くに行くわけじゃなし、いつでも会えるから難しく考えることもないかもね」
幸助の気遣いを察しウィアーレは小さく笑い頷く。
「ウェーイさんにだけは事情話しておく?」
「どうしよう。急に出て行くことになるし、理由は必要だよね……」
「正直に話すってわけにはいかない?」
ウィーイのことは当然ながらウィアーレの方がよく知っている。事情を話せば信じてくれるか聞く。
「話を信じるだけなら大丈夫、カードにも刻まれてるし。でも……」
ウェーイに家族に拒絶されることが怖かった。コーホックに歪み使いは人々に理解されないと言われたばかりだ。
ウィアーレの浮かべた表情を読み、幸助はおおよその心情を察する。方向性は違うが称号について知られたくないという思いは同じだからだ。
「適当に嘘ついてもねぇ。どこに住むか聞かれるだろうし、そしたら……あ!」
ぽんっと手を叩く幸助。
「どうしたの?」
「あったじゃん言い訳にいいところ。本当のこと言いたくないのならなんとかなるよ」
「ほんと?」
「リッカートに店を作ってる最中なんだ。そこの店員に雇うってウェーイさんに言えばいいよ」
「お店を作ってる?」
「オセロ関連で大金が入ってきたんだ。今も入ってきてる。
それを店開業に回した」
「ベラッセンで作ればいいのに、どうしてリッカート?」
「そこはちょっとした理由があって」
貴族の屋敷で女装して働いていた時にお世話になった人への恩返し、女装の部分が引っかかり言えないでいた。
恥ずかしいということもあるのだが、メリイールたちに変装していたと知られないようにするためだ。最近は少なくなっているが、ウィアーレのうっかりでばれないようにと考え黙ったのだ。
「とにかく言い訳はできたし、家に帰って荷物をまとめておいて。
準備はどれくらいかかる? 迎えは明日の方がいい?」
「うん、そうしてもらえると助かるかな。落ち着いてお別れしたいし」
話がまとまり、幸助は休憩している三人に声をかけベラッセンの街中に戻る。
いや戻ろうと門まで来た時、幸助は再び呼び止められた。
「ちょっとそこのあなた! 模様の入った黒のジャケットを着ているあなたです!」
女の声のした方向を振り向くと、旅装姿の男女が急ぎ足で近づいてきていた。
女の手にはなにか握られており、近寄って来たことで方位磁石に似ているものとわかった。それが発光していることも。
またなにかハプニングなのかと、ややうんざりした気持ちを抱き幸助は近づいてきた二人を見る。
女の方は二十前半で、青の長髪に群青の目を持つ美人だ。目はやや釣りあがり気味で、鋭い雰囲気を持っている。仕事のできる女といった感じだ。
男の方は二十半ばで、明るい茶の短髪に黒の目を持ち、こちらも美形。女の方と違い、男はゆったりとした雰囲気をまとい、人のよさげな感じを受ける。ニコニコと笑っている表情がよく似合っている。
「ジス、間違いないわよね」
女は方位磁石のようなものを幸助に突きつけたまま、ジスと呼んだ男に聞く。
「これだけの反応を見せているんだから、間違いの可能性の方が少ないと思うけどね」
「そうよね」
二人だけで納得し合っている。
「なにがなんだか、わからないんだけど?」
幸助の問いかけに二人は顔を見合わせた。
男がすぐに口を開く。
「事情を説明したいので時間をいただきたいのですが」
「この後も用事があるんだ」
「んー……では明日ではどうでしょう?」
「ジス!」
焦れたように名を呼ぶ女に、ジスは落ち着くように手を向ける。
「僕たちに僕たちの事情があるように、彼にも彼の事情があるんだ。
お願いするのはこちら。ならば彼の事情に合わせることが礼儀だろう?」
「……そうだけど!」
「ようやく見つかったんだから焦る気持ちはわかるけどね。
では明日の昼過ぎに、ここの門でお会いするってことでお願いしたいのですが」
「いいよ。明日の昼ですね」
「ありがとうございます」
頭を下げたジスは、女を落ち着かせつつ街に入っていく。今日の宿を探すのだろう。
「なんの話なのかな」
「さあねぇ」
首を傾げるコキアに、わからないと幸助は答える。また厄介事なんだろうと心の中で予測しながら。
ウィアーレを送り、四人はリッカート入り口へと移動する。
初めて来る街にコキアは興味津々な様子で、ジェルムとテリアは大きな街ということに好奇心が刺激されている。
ガレオンとの約束まで少し時間があるので、幸助はメリイールにウィアーレのことを伝えておくことにした。実際に働かせることはないが、孤児院の関係者が訪ねてくることもあるかもしれないので、話しを合わせてもらおうと考えたのだ。
すぐに終わるからと店の前で三人を待たせて、十五分ほどで話を終わらせて戻ってくる。
「なにか凹んでます?」
少し沈んだ様子の幸助に気づいたテリアの言葉に、苦笑を浮かべて頷く。
「ちょっとした用事を頼んだんだけど、断られてね。しかも少し説教されたよ」
「どんなこと頼んだんです?」
「お金を預かってて欲しいって」
「それだけ?」
「金額はいくらなのさ?」
たのんだ金額が少しだけなら断られることもないだろうと思いジェルムは聞いてみる。
「そだねーいっきに手に入るわけじゃないけど閃貨が五十以上は確実」
「多すぎるわよ!?」
店の売り上げだけならばメリイールたちも頷いていたのだ。だがそこにオセロと爪きりとピーラーの分も加わるとなると難色を示さざるを得なかった。そんな大金を保管するのは腰が引けるし、万が一があるかと思うとストレスが溜まる。
小会議の結果、取りに行って一時的に預かりはするものの、すぐに取りに来るようにということになった。そのためにお金を受け取りに行く日を月の始めと決め、その日から三日以内に店に行くことになった。
「どうやったらそんな大金を稼げるように……もしかして秘密にしている称号に関連して?」
ジェルムは活動資金として送られてきてるのかと推測する。
「称号とは全く関係ないよ。三つアイデアを売ったら定期的に収入が入ってくるようになっただけ」
「強くて、お金にも困らないってどんだけよ。羨ましすぎるわ。装備の充実化にも困らないじゃない」
「断る気持ちわかりますねー、そんな大金持っててくれって言われても困りますよ」
幸助も日本円で渡されれば気持ちがわかるだろう。軽く一億を超えるのだ。
三人のメリイールたちへの同意に、そんなものかなと思いつつ幸助はギルドへと足を向ける。
「ここがリッカートのギルドかぁ。ベラッセンより広い」
コキアが周囲を見ながら言う。
「街がベラッセンよりも大きいし、周囲のギルドのまとめ役でもあるらしいから」
受付に用件を告げて、約束してあることを確認してもらい客室に通される。
通常ならば冒険者が入れないところへ入っていく四人に、依頼を探していた冒険者たちの視線が集まる。
幸助は気にせず、気配を察することが鍛えられていないコキアは気づかず、ジェルムとテリアだけが緊張していた。
「ギルド長をお呼びしますのでお待ちください」
一礼し職員が去り、ジェルムが口を開く。
「ギルド長ってどういうこと?」
「ウドリガを預からないかって言い出したのがギルド長なんだ。だから会うのに同伴してもおかしくないだろ?」
「なんでギルド長の相談受けてるの? いや受けちゃいけないって意味じゃなくて、普通なら知り合う機会もないよね?」
「俺の同居人がギルド長と知り合いで、紹介してもらったんだ」
そんなことを話しながら二十分ほど経ち、扉が開く。
「よう待たせたな」
「どうも、連れてきました」
「そいつらか。悪そうな面構えはしてねえな。
入っていいぞ、ウドリガ」
にやりと笑ったガレオンが部屋に入り、その後ろから身長160に少し届かない男が入ってきた。
深緑の短髪に、黒の目、コキアよりもやや年上に見える少年と青年の間のような容姿のどこか長閑な感じのするドワーフだ。
「どんも、ウドリガと言います。よろすく」
少し訛りつつ頭を下げる。この訛りだが、幸助には訛っているようには聞こえていない。翻訳の魔法が訛りも翻訳しているのだ。
幸助とガレオンは部屋の端に寄り、早速パーティを組む予定の三人と話し合いをさせる。
互いの自己紹介から始まり、戦闘のスタイル、得意な得物、戦闘経験と続き、私生活のことも少し話していく。
ウドリガの得意なことはやはり治療行為で、一応戦闘技術も仕込まれているらしい。魔物との戦闘経験はあり、今は金属補強された大木槌を使っているとのこと。
今のところは互いに悪い印象を持ってはいないように見える。
「どうなると思います?」
「ふむ、相性的には問題ないように見えるな。あとは実際に組んでみないとわからんってとこか」
「回復役がいるなら、薬草集めとかの依頼は受けさせてもいいかなー」
コキアには魔物退治系はまだ早いが、戦闘がメインではない依頼ならば大丈夫そうだと判断する。
戦闘メインな依頼を受ける場合は、コキアを留守番させて受けてもらえばいいだろう。
握手を交わす四人を見て、とりあえず決まりだなと幸助とガレオンは頷いた。
その後、荷物をまとめたウドリガと一緒にベラッセンに戻る。
解散する前にコキアに依頼について話してからわかれる。
「ただいまー」
「おかえり」
幸助がリビングに入ると、ふんわりとバターと甘い匂いが漂っていた。
テーブルの上には琥珀色に焦げ目のついたスイートポテトがある。
「それ作ったんだ」
「たまには料理せんと勘が鈍るからのう」
「食べても?」
「もちろんかまわんよ」
手を洗って戻ってきた幸助に、ほれと一つ手渡す。
早く食べてもらいたくて、幸助が椅子に座って食べるまで待ちきれなかったのだ。
一口サイズのそれを口に放り込み、よく味わって食べる。
正直なところ店売りのものよりは下だが、それでも美味しいと思えるものだった。
「うん、美味いよ」
「そうかそうか」
その感想に満足げに頷く。
もう一つ食べてから幸助はウィアーレについて話し出す。
「頼みがあるんだ」
「なんじゃ?」
「ウィアーレをここに置いてやってほしい」
「理由は? ただ一緒にいたいからというわけではないのだろう?」
「うん。エリスさんは歪み使いって聞いたことある?」
エリスは首を横に振る。
コーホックから聞いたことを一言一句間違えず話していく。
人々から虐げられる可能性があるという部分で、幼い頃の孤児院暮らしのことを思い出したか、エリスの眉間に皺が寄る。
「そういうわけなら断れないわな。連れてくるといい」
「ありがとう」
よいよいと手を振り、エリスはお茶を飲む。
「しかし神はウィアーレになにをさせたいのかのう」
「俺には厄介事という以外わからないよ」
「歪み使いに頼みというのだから、歪みをどうにかしたいのであろ。
少々の歪みならば神から声がかかることはあるまい。
となると、どこかに問題になるほどの歪みがあるのじゃろうが、私は聞いたことない」
問題となるほどの歪みがあるのなら、少なからず噂になっているはずだ。それはエリスも幸助も聞いたことのある場所にある。だが二人とも教えられるまで、そこがそうだとは思いつかなかった。
幸助はエリスの言葉を聞いて一つの考えが浮かんだ。
「……どこかで密かに問題が進行してたりする? もしくは将来問題となる?」
「その可能性があるのう」
「危険なことはさせないっていう神様の言葉を信じるしかないかなぁ」
その言葉がウィアーレだけに適用されないように幸助は心の内で祈っておいた。
祈りの対象は神ではなく、運命とかそういう抽象的なものだ。
「話はもう一つあって、こっちもよくわからないんだ」
「どんな話だ?」
「俺を探している人たちがいた」
「コースケを?」
探している人がいると聞いて、目を細めたエリス。
「方位磁石って言ってわかる? 船乗りが使う羅針盤でもいいけど」
「わかるぞ。それがどうした?」
「それに似た道具を使って、俺を探していたみたいなんだ。俺に近づけると光ってた。
そういった人探しの道具ってある?」
「聞いたことない。
だがわざわざそんな道具を使って探していたということは、人違いの可能性は低そうじゃな。
お前さんが竜殺しと知っていそうだったか?」
「どうなんだろう? あの二人の口からは竜殺しって言葉はでなかったよ」
翌日、幸助は朝のうちにウィアーレが入る部屋を掃除して準備を整える。新築といっていいのでほとんど汚れておらず、時間はかからなかった。必要な物があれば、後日一緒に買いに行けばいい。
昼食を家で食べてからベラッセンに移動し、門近くで待つ。早く着きすぎたか三十分ほど門番兵たちにじろじろと見られつつ待つことになる。
「ああ、先に来ていたんですね」
お待たせしましたとジスが頭を下げる。女も無言で同じように下げた。
「話があるってことだけど、どこで話します?」
「よければこのまま外に出て」
交渉や説明はジスがすることになっているのだろう、女は黙ったままだ。
「いいですよ」
提案に頷き、歩き出す。
十分ほどのんびり歩き、門が遠く小さく見えるようになったところで足を止める。
「ここらへんでいいでしょう。
まずは会話に応じていただきありがとうございます。
僕の名前はジスフィード・セクトクルンといいます。エリガデン島に住む人の依頼で動いています。
どこにあるかはご存知で?」
首を横に振る幸助に、ジスは説明する。
エリガデン島はペレレ諸島の最西端にある島で、広さは諸島の中でも下から数えた方が早い。クワジット王国というところに属していて、特に有名どころや特産品があるわけではない静かなところだ。
「次はリーゼ、自己紹介して」
「リゼス・セクトクルン。出身地はエリガデン島」
ジスが呼んだ名と自己紹介の名が違うが、リーゼとは愛称だ。
愛称なのだろうなと思いつつ、幸助は家名の方に注目する。
「家名が同じですけど、ご家族で?」
「いえ、彼女の島では皆同じ家名を名乗っているのです。人口が多いわけではないので誰も彼も家族みたいに思っていますが。
僕が同じファミリーネームなのは昔島を出た人の孫だからです」
「なるほど。
次はこちらの番ですね。名前はコースケ・ワタセ。この街を中心に活動している冒険者です」
「自己紹介も済みましたので、話を始めていいですか?」
頷く幸助を見て、ジスは続ける。
「彼女たち一族はずいぶんと前から一つの使命を受け継いできました。
聞いた話によると、軽く千年は続く使命だそうで、一族の者は皆使命が果たされることを望んでいます」
「千年はすごいな」
古い使命だと感心した様子を見せる幸助。
実際は千年どころか、二千年以上も昔だったりするわけだが。そのことはジスもリーゼも、他の者も知らない。それは幾度かあった戦乱に巻き込まれ、口伝も文書もほとんど失われてしまったからだ。
「はい、長い使命です。
そしてその使命とはエリガデン島に封印されているものの封を解くこと。
なにが封印されているかはわかりません。危険なものであれば、むしろ封印を解くなと伝えるでしょうから、邪神やそれに関連するものではないと思うのですが」
「私が知るかぎりでは、なにか力の強いものというだけ」
説明に付け加えるようにリーゼが口を開いた。
「力の強いもの……漠然としすぎてますね。それに封印を解けってのも珍しい、普通は封印を解くなって言い伝えられてそうなのに。
本当に資料はないんですか?」
封印とはなにかを封じるためにするものだろう。危険のないものならば封じる必要はなく、外に出したくないから封じることが一般的なはずだ。それなのにいつか封印を解かせるために封印をするということに幸助は首を傾げる。
一族のためになるものが封印されているのならば、一族の者に封印を解かせる役割も持たせればいい。そうすれば困った時、すぐに封印を解ける。
力の強いものということは、一族が危機に陥った時にすごく役立つもののはず、それがすぐに開封できない状態となると一族のためにある封印ではないのかもしれない。
「はい。あとほかに残っているものといえば、封印を解く鍵を探すための道具くらいで。封印を解けと伝わっているのは間違いないです」
「昨日の光ってたあれな」
「一年前から反応を見せ始めて、昨日ようやくみつけることができました」
「つまり用件は、封印を解くのに協力してほしいってこと?」
幸助の言葉に二人は頷いた。
「断る理由はないんだけどなぁ……」
どこか乗り気ではなさそうな幸助の様子に、リーゼは苛立たしげに問う。
「断る理由がないのなら頷いてくれてもよろしいのでは?」
「なんとなく嫌な予感がするんですよ」
確信のない漠然とした予感で気にしないことも可能ではある。
「謝礼はしますし、島までいく費用もこちらで持ちますので一緒に来てもらえないでしょうか。
どうかお願いします。ほらリーゼも」
「……お願いします」
やや渋々といった感じで頭を下げた。
「すみません。リーゼは使命を果たしたいという思いが強くて、順調に話が進まないことにイラついているみたいで」
お願いする方の態度ではないと、ジスは非礼を詫びる。
特に気にしていない幸助は頷いて詫びを受け入れた。
「ペレレ諸島だっけ、たしかコウマって国もそこにあるんですよね?」
「ありますね。うちの所属する国より大きな国ですよ」
「いつか会いに行くって約束したし、ちょうどいいのかな」
ルビダシア家の面々のことを思い出す。一年も経たずに顔を合わせることになろうとは思っていなかったが、こういうことがなければ中々行かないだろうとも考える。
「あ」
「どうかしました?」
「いや、そちらには関係ないことを思い出しただけだから」
パタパタと手を振ってなんでもないと示す。考えていることは、移動すれば偽神信仰者たちの追っ手を戸惑わせることもできるかなということだ。
「出発はいつにします?」
「来てもらえるんですか! すぐにでもと言いたいところですが、そちらも準備があるでしょうし明後日くらいでどうでしょう?
明後日の朝に門で」
了承の言葉にジスはもとより、表情の硬かったリーゼも安堵で表情を緩めた。そんな顔もできるんだなと見ている幸助の視線に気づき、すぐに真剣なものへと戻った。
「同行者がいるんですけど、それでもいいですか?」
「来てもらえるなら同行者くらいかまいませんよ!」
そういうジスの表情を見るに本心から言っているように見える。
「じゃあ、そういうことで」
話はこれで終わり、三人は街に戻る。同行が決まったことが嬉しいのだろうジスとリーゼの足取りは軽かった。
宿に戻るという二人とわかれて、幸助は孤児院へ。
建物近くで遊んでいる孤児院の子供たちに声をかけると、微妙な視線を向けられる。幸助はなにかしたかと首を傾げる。子供たちにとっては姉のような者を連れて行ってしまう存在だ。心穏やかならぬ思いを抱いても無理はないだろう。
家事をしている大人にウィアーレの居場所を聞き、そこに向かう。
ウィアーレがいるのは私室で、年の近い女の子と二人部屋らしい。
扉をノックすると、すぐに返事が返ってきて扉が開く。
「コースケさん」
ばつの悪そうな顔で幸助を見ている。
「迎えに来たんだけど出られる?」
「その前にお父さんに会いに行かないと」
「別れの挨拶?」
「いえ……ばれたので、そのことについて話があると」
「……ばれた? 歪み使いのこと?」
こくんと頷いた。
「うっかりで?」
その言葉に勢いよく首を横に振る。
「違うよ! 今回ばかりは違う。
なんというか育ての親には敵わなかったって感じ」
「あー、嘘をつく仕草とかで見抜かれたってことでいいのかな?」
「うん」
どこか嬉しげな雰囲気で頷く。嬉しいのは当然だろう。嘘だと見抜けるほど自身を見ていてくれたということなのだから。
「行こうか」
二人はウェーイのいる院長室に向かう。
「こんにちは、コースケさん」
「はい、こんにちは」
椅子を勧められ、幸助とウィアーレはウェーイと向き合うように座る。
ウェーイは視線を下げ、両手を膝の上で重ね合わせ、少し黙ったままでいた。話しかけられるような雰囲気ではなく、幸助はウェーイが口を開くのを待つ。
「……昨日話を聞いて信じられない思いでした。
歪み使い、神、偽神信仰者。これらにウィアーレが関わることなど今でも信じたくありません。今も夢ならばと思っています」
「そう、ですね。関わっていいことなど一つもありませんから」
幸助に頷きを返す。
神とってはありがたい存在でも、人間にとっては呪いも同じ。得て喜びを抱くものは少ないだろう。
ここでウェーイは視線を上げ、強く思いの篭った目で幸助とウィアーレを見る。
「思い返せば色々な子たちがここにいました。その誰もに愛情を注いできたつもりです。
あの子らは大きくなり巣立っていきました。幸せな家庭を築いた子がいます、商売を頑張っている子がいます、無茶をして死んでしまった子がいます。
そういった子の中でもウィアーレは手がかかる方で、でもそんな子ほど可愛いとはよくいったものです」
そう言った時だけ慈愛の篭った視線に変わり、すぐに元に戻る。ウィアーレが孤児院に来て、今日までのことが思い起こされたのだ。
「死んでしまった子もいますが、孤児院に関わった誰もに幸せになってほしいと常に思っています。当然ウィアーレにも。
ですがここにいては幸せになることは難しい。偽神信仰者から守る力などここにはないのだから。
もっと私が若く戦える力があれば! とも思いますが、私程度の力でどうにかできることではないのですよね……。
だからお願いします! 頭を下げるしかできない不甲斐ない私の願いです。どうかウィアーレを守ってください!
幸せにしろとまでは言いません! 悲しみに歪む顔を見ることのないよう、どうかっどうかっ」
頭を下げるウェーイから強い思いが感じ取れる。
軽々しく守るとは言えない雰囲気の中、幸助は迷いの表情を見せる。守らないというわけではなく、今まさにウェーイから渡されようとしているものの重さに気づいたのだ。
「……ウェーイさんはすごいですね。多くの子たちの命を抱え込み、生きてきたんだから。
俺は今ここで人一人を抱えるということの重大さに気づきました。さっきまでの俺も軽く考えていたわけではないんですけど、考えが足りてなかったのがよくわかります。
ウィアーレをたしかに引き受けました。ウェーイさんが守ってきたように、俺もウィアーレが泣くことのないよう頑張っていきたいと思います」
幸助なりに真剣に気持ちを込めてウェーイへと伝える。
ありがとうと一言、ウェーイは微笑みを浮かべた。
幸助は体に心にずしりと重さが加わったように思えた。この重さが人一人の重みなのだろうと考える。いくら力があろうが関係ない。耐え切れずに潰されることもある重さ。家庭を持った者、子供ができた者たちが感じているであろう、時に強さの源にもなる重さ。
これをたくさん抱えてきたウェーイは尊敬に値すると、幸助はつくづく頭が下がる思いだ。
三人で一緒に院長室を出て、孤児院入り口まで移動する。子供たちも全員集まっている。
子供たちは口々に別れを惜しみ、泣いている子もいる。けれども引き止める子がいないのは、これまでに同じことが何度もあったからだろう。
「いつでも帰ってきなさい。ここもお前の家なのだから」
「はい。今までお世話になりました」
頭を下げる。足下に数滴の水滴が落ちていく。涙を拭ってから顔を上げ、目が赤いながらもウィアーレは笑顔を浮かべていた。
「いってきます!」
孤児院の皆の声を背にウィアーレは歩き出す。時々振り返って手を振り、見えなくなるまでそれは続いた。
「大丈夫?」
「……うん、いつかは出て行くと覚悟はしていたから」
死に別れたわけじゃないんだし、いつでも会えると新生活に向けて気合を入れる。
「じゃあ、新居となる家に帰りますか!」
「まあ、明日明後日過ごしたら出ることになるんだけどね」
「え? もしかしてエリスさんに許可もらえなかったとか? 私いきなり住むところないんですか!?」
「違う違う。また旅行に行くことになったんだ。昨日話しかけてきた二人組に頼まれてペレレ諸島までね」
「また遠出? 帰ってきて一月くらいしか経ってないよ?」
「俺も落ち着きないなとは思う。
でも特に用事はなかったし、偽神信仰者の追っ手を攪乱できればなと」
自分の事情もあるのだと、ウィアーレは申し訳なさそうに頭を下げた。
「コウマに行くついでだし、気にしなくていいよ」
「シズクちゃんやナガレさんもペレレ諸島に住んでいるんだっけ」
「いつか行くって約束したからね」
「会うのが楽しみ」
話しながら歩き街の外に出て、家に移動する。
ウィアーレは今日から過ごすことになる家を見上げた後、周囲を見渡す。
「ここってどこら辺なの?」
「ベラッセンから二日離れた森だとか」
幸助も詳しい位置は知らないのだ。いつも移動は魔法任せなので、ベラッセンから東にあるのか西にあるのかさっぱりだ。
「ただいまー」
「私もただいま、なのかな」
「二人ともお帰り。ウィアーレは災難じゃったのう」
「ええと、はい……」
神からはありがたられたものを、災難と言い切ったエリスの言葉に頷いていいものか、迷いつつも頷いていた。
「部屋に案内するよ。荷物置きに行こう」
「うん」
二階に上がり、部屋に荷物を置く。
ずっと誰かと二人で部屋を使っていたウィアーレは、初めての一人部屋に少し気持ちが浮き上がる。
「荷物少ないけど、それで足りる?」
ウィアーレが孤児院から持ってきた私物は旅行鞄と風呂敷に入るだけだ。
女の子の私物はもっと多いと思っていた幸助は、荷物を始め見た時拍子抜けした。
「足りるよ。お皿とか食器は持ってこなくてよかったんだよね?」
「この家に十分あるしね」
「じゃあ、これで全部でいいんだよ」
贅沢できるような環境ではなかったので、荷物は少なめになってしまうのだ。そのことにウィアーレは不満を抱いたことはない。小さい頃からそれが当たり前だったから。
「下に行ってる。終わったら下りてきて」
「すぐ行くよ」
衣服などをしまう際に下着も同じく仕舞うだろう。それをエリスとは違って見られたくはないだろうと考え、手伝うことも提案せずに幸助は一階に下りる。
「エリスさん、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「なんじゃ?」
「明後日からペレレ諸島に行くことになった」
「いきなりじゃのう。
昨日話した二人組に関してか?」
遠出を要するような出来事はそれ以外に考えられないと聞く。
「そう。一族の使命を果たすために俺を探してたんだと」
ジスたちから聞いた話を伝えていく。
「ふむ、エリガデン島か。初めて聞く島じゃな。
それに封印、鍵。謎ばかりじゃ。
一番気になるのは、なぜコースケなのか。コースケという個性に反応したのか、流離い人に反応したのか、竜殺しに反応したのか」
コースケという個性に反応したという線は一番可能性が低いだろう。個性に反応する意味がない。そんなわけのわからない条件を鍵にするなど、この先二度と封印が解けないようにと思い、封印したと考える方が自然だろう。
この場合、封印を解けと伝言を残すことはない。
流離い人という部分に反応したとすると、この世界の人間には封印を解かれたくなかったと考えられる。封印されているものはこの世界の人間には扱いきれず、異世界の者であれば使用可能なものだと仮定してみる。だが異世界といっても様々で、残した遺産を扱える異世界の人間が来るとはかぎらない。扱えない者が来て、暴走させてしまう可能性もあるわけで、そういったことから考えると流離い人に反応した可能性もそう高くはないかもしれない。
最後に竜殺しに反応したとすると、封印されているものは厄介な魔物なのかもしれない。当時の人々では倒しきれず、封印だけが精一杯な魔物が封じられている可能性がある。永遠に封印はできず、封印が解ける前に未来に現れるであろう竜殺しに希望を託したのだ。
ほかの二つよりも説得力があるのではないだろうか。幸助の感じた嫌な予感というのも、そんな魔物と戦うことになることを予感したものだったのかもしれない。
「私も一緒に行こう。助けになれるかもしれんからな」
「ありがとう」
「ペレレ諸島ならば、大陸の反対側から船に乗った方が一番早いな。東側の港は行ったことないが、海から少しばかり離れた街になら昔行ったことがある。そこまで転移魔法で移動できるから、旅行日数はかなり減らせるぞ」
「ずっと馬車に揺られるより楽できるね。
そういや移動が楽になる魔法の道具ってないの? 空飛ぶ絨毯とか故郷の物語には出てきたよ」
「個人用の物はいくつかあるが、大人数を運ぶ物はないのう」
空を飛ぶ道具は、羽つきの靴や偽翼や波に乗って移動するのではなく風に乗って移動するボードといったものがある。幸助の場合はそれらを使うよりも飛翔の魔法を使った方が速く長く移動できる。
馬車の乗り心地を改善したいのならば、高級馬車に乗るという選択肢もある。そういった馬車は魔法仕掛けで振動をなくしているのだ。馬車に乗っているということすら感じさせない。見た目は移動する部屋といった感じだ。
旅が盛んというわけでもないのだ。移動を快適にする道具はそれほど多くはないし、地球と同程度のものを求めるのは無茶だった。
「出発が明後日ならば急いで準備する必要もないのう」
「一日あれば十分だしねぇ」
下りてきたウィアーレも交えて、家の間取りを教えつつのんびりと過ごす。
家賃や家での役割分担などの話も出たが、ウィアーレが特にすることはなかった。家賃を必要としているほどお金に困っていないし、家のことは幸助がさっさとやってしまうのだ。
なにもせずに過ごすというのは恐縮ということで、家事の手伝いをすることで決まる。