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勉強、運動、また勉強、そして実践

「お勉強しましょう」


 朝食を食べ終わり、エリスが空を飛び出発したのを見送ってすぐに、ホルンは隣にいる幸助に提案する。提案というよりは強制だろう。幸助に反対の意思はないが。


「なにについて?」

「こっちの常識についてです。最低限のことを知らないと困るでしょう?」

「あーうん。お願いします」

 

 幸助はホルンから椅子に座って待つように言われ、ホルンは教材を持ってくるため書斎へと向かう。事前に書斎に入る許可はもらっているので、どこに必要なものがあるかも聞いていた。

 必要な物を取ってきたホルンは幸助の隣に座る。


「まずは大陸地図を見て、位置を把握しましょう」


 幸助が頷いたのを見て、ホルンは一枚の紙を二人で見やすい位置に置き、大陸南部を指差す。


「現在位置はここ。昨日も言ったようにリッカート近くの森のそば。ピリアル王国に属しているわ。

 リッカートはそれほど珍しい街ではありません。特徴は、人口の多さとと大きさが国の中で六番目ってことくらいね」

「人はどれくらい住んでんの?」

「周辺の村も合わせて……七十万のはず。

 王都は周辺地域を合わせると百万を楽に超えますね。たしか三百万に届いたような?」

「王都でそれだけなんだ」

「だけって、王都で二百万だとこちらでは標準より少し下といった感じなのですが」

「俺の住んでたところの国の中心地は七百万超してたから」


 東京二十三区の人口を思い浮かべこれで確かあってたよなと、思いつつ口にする。


「大きな国に住んでいたのですね」

「広さ的に見るとそうでもない。山ばっかりで人が住めるところにぎゅっと集まってた。そんな感じ」


 その地形でどうやって作物の育て人を養っていたのかなどと聞かれ答えていく。

 脱線した話がおしるこの作り方に及んだところで、両者とも話がそれていることに気づいた。


「この話はまた別の機会にしましょうか」

「そうだね、いい加減やめないとどこまででも脱線していく。

 それにしても米とか味噌とかがあるって知れたのは嬉しかった。食べなれたものを食べられるのは嬉しい」

「私も話に聞いただけですよ。この大陸にはありませんし」

「あるってわかっただけでもいい収穫だったよ。いつか食べに行けたらいいな」

「私もチャーハンやお寿司というものを食べてみたいです。

 えっとそれでどこまで話しましたっけ?」

「現在位置」

 

 そうでしたとポンと手を叩いて、ピリアル王国の主要都市を一つずつ指差していく。

 歩きや馬車や飛車を使っての移動時間も加え大体の位置関係を話していく。

 飛車とは名前の通り、空を飛ぶ乗り物だ。見た目は空飛ぶバス。人や亜人の魔力を買い取って燃料として動く。乗車料金が高いので、一般的に金持ち専用となっている。一般人はよほど急いでいるときにしか使わない。個人で飛車を所有をしているのは王族と公爵家のみだ。ほかの国でもトップのみが個人所有する。


「続いて大陸の位置だけど、これは詳しく説明しなくてもいいですね。

 中央にカルホード大陸、その東にセブシック。カルホードの南西にペレレ諸島。諸島の東、カルホードの南にエゼンビア。カルホードの北にホネシング。

 私たちがいるのはセブシックです。人間種族が多く住んでいます」

「人間種族? その言い方だともしかして異種族がいる?」

「ええ、いますよ。エルフやドワーフやゴブリンなど妖精族、獣人族、魔族、冥族、代表的なものはこれくらいです。あとはこまごまと」

「ゴブリンも妖精族? 魔物に属するって思ってた。あと魔族ってうちんとこじゃ邪悪って言われてたんだけど」


 ゲームやライトノベルだと大抵敵役として出てくるので、こちらでもそうではないかと思ったのだ。


「そちらの世界だとゴブリンは魔物なの?

 こちらでは人間と同じように一種族として捉えられているわ。

 魔物としてのゴブリンもいることはいるけど、それは理性を失い暴れているゴブリンが魔物と称されるの。でもこういった状態だとゴブリンだけじゃなくて、ほかの種族も魔物としてみなされます。

 魔族については、悪人はいますが種族全体が邪悪かと聞かれれば答えはノーです。魔族は魔法が得意な種族ということを示しています」

「なるほど。あとは冥族ってのが想像つかない」


 略しているだけなのかと頷き、さらに質問する。


「冥族は死族とも言われてまして、一度死んで再び動き出した人たちのことをさします」

「アンデッドのことか」

「冥族の前でアンデッドと言ってはいけません。

 アンデッドとは魔物の区分のひとつで、冥族に向かって言った場合は侮蔑の言葉になります。気をつけてくださいね。問答無用で戦闘になることもありますから」

「肝に銘じときます。殴り合いの喧嘩なんてしたことないし」

「覚えておいて損はないです。

 私たちと同じように、礼を持って接すればきちんと礼を持って返してくれますから、特に意識せずともいいんですけどね」

「種族に関することでほかに気をつけることはある?」


 魔族が常に身につけている宝石はその人の魂石なので触れては駄目、獣人とギフトで獣人化できる人は別物などなど種族に関して気をつけることをホルンは話していく。

 魂石とは魔族が生まれたときから持っている宝石、その人の一部で弱点にもなる。獣人は獣の顔を持つ人型生物で、ギフトで変化した場合は顔に大きな変化はない。完全獣化できるのはギフトを使用してのみ。冥族は体臭を香水で誤魔化している人が多いのでわかりやすい。

 といったことを話していき、種族の話を終えた。


「次はお金の話です」


 エリスに借りている硬貨をテーブルに置いていく。

 並べられたのは、同じ大きさの四枚の四角い硬貨。左から金銀銅だと幸助もわかった。しかし一番右はよくわからない。

 ホルンが一番右の硬貨を指差す。

 

「これが1ルト。もっとも価値の低い硬貨です。せきかといいます。この1ルトが二十枚で、銅貨になります。そして銅貨二十枚で銀貨となります。さらに銀貨三十枚で金貨となり、金貨十枚で閃貨となります。

 閃貨はエリスが持っていなかったので用意できていません。見た目は銀と緑を混ぜた色で、ほかの硬貨よりも少しだけ大きいですね。

 日常生活で使われるのはせきかと銅貨と銀貨で、大きな買い物をすると金貨が使われることがあります。閃貨は平民ならば見る機会はほとんどありませんし、使う機会はないと言い切れます」

「せきかの材料って石?」


 ホルンが頷く。

 石の貨幣と書いて石貨だ。幸助の脳内で「せきか」と平仮名だったのが、石貨と変換された。


「石も材料の一つです。あとはミシト鉱石というものがまざっています」

 

 ほかにジレンという合成金属も微量に混ざっているのだが、ホルンもそこまでは詳しくはない。

 ジレンは偽硬貨を判別するために入っている。この金属は真贋判別用の魔法に反応するように作られていて、石貨以外の硬貨にも入れられているのだ。

 ジレンのことは偽造対策のため硬貨鋳造の関係者のみしか知らされていない。だからホルンが知らなくとも無理はない。


「一人一食あたりいくらで食べることができる?」


 閃貨の価値がいまいち掴みづらかったので、見当をつけるため質問する。


「そうですね……贅沢しなければ10ルト前後でしょうか」

「四人家族で一日の食費銅貨六枚、一ヶ月で銀貨九枚。

 四人家族の一月の生活費はいくらくらい? 平均的な収入で」

「えっと……税も含んで銀貨二十枚くらい? おそらくですが」

「……一年三ヶ月分の生活費で閃貨一枚かぁ。それなら大金だね」


 素早く計算し納得した幸助はうんうんと頷く。


「計算できるんですね。しかも早い」

「褒められることかな?」

「そちらでは今の計算は皆できて当たり前なのですか?」

「俺の住んでいたところではね。だいたい十才を超えたら、早さに差はあるだろうけどできるようになる。

 七才辺りから皆学校に通い始めて、十六辺りまでは勉強するように国が指導してる。そのあと勉強し続けるかは個人の自由。ほとんど人が続けるけどね」

「勉学に力を入れている国なのですね」

「そう……だね。でも学んだことをすべて活かせるわけでもないんだけど。

 使い道がわからないものを教えられて、その後ずっとその知識を使わないってのはざらにあることみたい」

「……昨日も話を聞いて思いましたが、平和で余裕のある国なんですね。

 生きていくうえで使わないかもしれない知識まで教えてくれるなんて、民の可能性を育てようとしているように感じられます。

 こちらでは十代前半から立派な労働力とみなされますよ。育てるよりも、早く労働力に回し国の発展を促そうとしています」


 いい国ですねと羨ましげな顔のホルンに、幸助は遠く離れた故郷がいいところなのだという実感を得た。

 住んでいるときは当たり前だったのでわからなかったのだ。授業で海外では戦争をしているところもあると教えられても実感がなかった。しかしここにきて便利さはもとより、平穏に暮らせるだけでも羨む人がいるということを、おぼろげながらも理解できた。


「お金の話はここまでです。

 そろそろお昼ですから、挨拶について話して終わりにしましょうか。そう難しいことでもないので簡単に覚えることができますよ。」


 ここでホルンは椅子から立ち上がる。実例つきで進めていくのだ。


「親しい人やすれ違うときには言葉のみで大丈夫です。丁寧に行う場合は、このように片腕をお腹の辺りに持ってきて頭を下げます。そして貴族など目上の相手や敬意を払う相手に行う場合は、右手を心臓にあて頭を下げます」

「動作になにか意味ある?」

「右手を心臓に当てることにはありますね。腕をお腹に持っていくほうは知りません。

 ほとんどの生物にとって心臓は生きていくうえで大事なものです。そこに手をあてることで、あなたは私の心臓のような方です、あなたなくして私は生きていけませんと示しているそうです」

「なんかプロポーズみたいにも思える」

「そうですね、プロポーズに使う人もいるみたいですよ」

 

 今日の勉強はここまでと言って、ホルンは昼食を取りに台所に向かう。幸助も手伝うために一緒に移動する。

 昼食は朝と同じものだ。スープを温めなおし、パンとチーズと果物をテーブルに並べて終わり。

 ホルンは簡単な調理しかできない。それを知っているエリスが準備していったのだ。一人で調理させるにはまだまだ不安があるとわかっている。

 エリスがホルンの料理の腕を知っているのは、エリスがホルンの料理の先生だからだ。エリスに会う前は少しも料理できなかった。ホルンにとって料理とは誰かに作ってもらうものだった。それを知ったエリスが少しくらいはできたほうが便利だと言って、簡単なものを少しずつ教え込んでいた。

 

「ごちそうさま」

 

 幸助が手を合わせ、ホルンが食器を重ねていく。

 使った食器を水につけ、幸助が洗い、ホルンがタオルで拭いて棚に置いていった。

 食事と後片付けが終わって一息ついていくときに、ホルンはエリスから幸助に指示されていたことを伝える。

 それは薪割りだ。


「薪割り?」

「知らない?」

「いや暖炉とかにくべる木を切れってことだよね?」

「ええ、それであってます」


 疑問あるような仕草を見せたのは、働かざる者食うべからずってことなのかと考えていたからだ。

 その考えははずれている。身体能力の上昇具合を実感させようと考え、指示を出したのだった。

 実際に動くと、どれだけ上昇しているのかわかりやすい。ついでに薪も増えてちょうどいい。エリスの考えはこんなところだ。


「案内するからついてきて」


 二人は勝手口から出て、すぐそばにある小さな倉庫に入る。

 大きめの鉈とノコギリと皮付きの丸太が壁に立てかけられている。木材は長さ一メートル強、円周五十センチ以上のもの。幸助の腕の何倍もの太さがある。

 けっこうな時間ほったらかされているのか、鉈もノコも木材もうっすらとほこりが積もっている。

 

「これを大体三十センチ弱の長さの薪にしてくれとのことです。薪一つのサイズは最低でも八等分くらいにしてくれとも言ってました。

 急ぐ必要はないそうです。自分のペースでやれと」

「了解。切ったものはこの小屋の中に積んどけば?」

「ええ。では私は家の中に戻っていますね。

 あ、そろそろ通訳魔法の効果がきれますから、今のうちになにか聞いておきたいことはあります?」


 ホルンは倉庫から出ようとして振り返る。それに少し考えこんだ幸助は首を横に振る。

 そうですかと言ってホルンは家に戻っていく。


「とりあえず丸太を切っていくことから始めないと、四等分くらいで三十弱になるかな」


 丸太をひょいっと持ち、小屋を出る。

 この行動だけでも筋力が上がったことが実感できた。丸太が重くなかったのだ。


「……これならまとめてもてるな」


 四本ほどまとめると持ちにくさはあったが、まだ余力があった。

 周囲を見渡しても作業台がないので、転がした三本の丸太の上に丸太一本を載せ、ノコギリで切りやすくする。

 十五分ほどギーコギーコと切る音が響く。


「ふう」


 かいてもいない汗をぬぐい。ノコギリと大鉈を持ちかえる。


「はじめに軽く食い込ませて地面に叩きつけるといいんだっけ」


 昔テレビで見た画像が鮮明に脳裏に浮かぶ。このように以前見聞きしたことがスムーズかつ詳細に思い出せるようになっている。これも竜殺しの称号のおかげなのだろう。

 鉈を木材に食い込ませ、力を入れ振り下ろした。

 木材は見事に真っ二つ。それで勢いが止まらない鉈は地面に深く食い込んで止まる。土と刃の摩擦で止まったのではなく、自力で止めたのだ。止めなかった場合、振りぬけていたはずだ。


「……土の抵抗まったく感じなかった」


 自分の起こしたことにひきが入っている。


「これがステータスが上がったってことか。気をつけないと変な失敗しそうだ」


 エリスの思惑は見事達せられ、幸助は自身の能力上昇を実感する。

 力を抜いてと呟きつつ、幸助は木材を切っていき、五回切ったところで動きが止まる。

 この調子なら食い込ますことなく、振り下ろしただけで切れそうだと思ったのだ。


「よっと」


 目標がややずれて斜めに切れてしまう。


「だったらこうか?」


 振り下ろしイメージを修正し、振り下ろす。今度は切れた二つの大きさが違う。

 再度修正し、振り下ろす。満足できる切り方ができた。

 このあとは狂いなく綺麗に切り続ける。

 準備したものを全て指示通りに切り終えたところで、幸助はちょっと遊び心が湧いた。

 空中に薪を放り投げ、真っ二つに切れるかなと思い、今ならできるかもと思ったのだ。


「よっと」


 薪を放り投げ、落ちてくるタイミングに合わせ鉈を振るう。

 結果は失敗。力加減を間違え半ばまで食い込んで止まる。しかも縦に切れず横から食い込んでいるのだ。

 薪から鉈をはずし、もう一度投げる。今度は二つに切ることはできた。だが切り込む位置はずれたままだ。

 そのまま何度も試していき、一時間後には100%成功させることができるようになっていた。こうなるともっと難易度の高いことができないかと考えるようになる。

 薪を割り始めて四時間後、もう終わった頃だろうと様子を見に出てきたホルンが見たものは、放り投げた薪を空中で四等分にする幸助の楽しそうな姿だった。


「コースケ?」

「ん? ホルンなにか用事?」

「ghmrejppk,p,m」


 通訳魔法の効果時間が切れたことで、幸助にはホルンがなにを言っているのかわからない。それでも驚いていることは表情からわかる。

 言葉が通じていないことを仕草で伝えると、それでホルンは落ち着きを取り戻し、家に入るように伝える。ホルンの目から見て、十分すぎるほどに薪が作られていたので終わってもいいだろうと判断したのだ。

 薪を集めて片付けた二人は家に戻り、エリスが帰ってくるまでのんびりと過ごす。

 家の中はある程度片付いていた。幸助が薪を割っている間に、ホルンも掃除をしていたのだ。だが綺麗にとはいかない。料理と同じように掃除も誰かにやってもらうものだったからだ。ホルンがしたことは、散らかっているものをもとあった場所に戻し、床を掃いた程度だ。置き場所がわからないものは、邪魔にならないよう部屋の端にまとめて置いている。

 エリスが帰ってきたのは午後五時過ぎ。行きだけで九時間近くかかっている。帰りは転移魔法を使ったのだが、行きでほとんどの魔力を使っていたので魔力回復薬を使って不足分を補っていた。

 通訳魔法が効果をなくしているのに気づき、かけたことで魔力はほぼ打ち止めとなった。

 テーブルにぐたりと倒れこむ。


「疲れたわ、魔力をここまで使ったのは久しぶりじゃ」

「お疲れ様。竜の死体は見てきました?」

「うむ。きっちり死んでおったな。あれだけ暴れまわっておったあれの醜態を見て、溜まっていた鬱憤が綺麗さっぱりなくなったわ!」


 上機嫌に笑い言い切った。よほどあの竜が気に入らなかったらしい。


「明日にでもコルベス家に行ってくるとしよう。手紙は今日のうちに書いておけ」

「わかりました」

「コースケ、薪割りはどれくらい進んだ?」

「立てかけられてた丸太全部薪にしたよ」

「そうかそうか。それで身体能力が上がっていることは確認できたかの?」

「最初は驚いたけど、ある程度確認できた。向こうにいた頃とは比べものにならないくらい上がってる」

「じゃろうな」

「私が様子を見に行ったときは、空中に投げた薪を浮いてる間に四等分にするって離れ技やってました。

 あんな切り方初めて見ましたよ」

「ほほーう」

「いや、できるかなぁって思って練習してたらできるようになったんだ。俺もちょっと驚いてる。

 竜殺しの称号の後押しってすごいね」


 綺麗に同じ大きさにすると拘らなければ六等分もできるようになっている。

 

「確かにな。例え同じステータスでも行動の補正がなければ、どれくらい時間がかかるか。

 しかしそれならば魔法についても上達は早そうじゃの」

「魔法を教えてくれるん!?」


 魔法という不可思議は使えない者にとって憧れだろう。おとぎ話に出てくる魔法使いの起こす奇跡に、わくわくした者は多いはずだ。幸助も魔法という存在に心躍るものを感じていた一人だ。


「うむ。いつまでも私が通訳魔法をかけていては不便じゃろう?

 自分で使えるようにしてやらんとな。夕食後に魔法の基礎知識から教えてやろう。通訳魔法自体はそう難易度の高いものではない、習得に苦労することもないじゃろ」

「よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げた幸助にエリスは頷き返した。

 そのあと少し眠るといってロッキングチェアに座り、眼を閉じた。魔法を使い続け、本当に疲れているのだろう。すぐに小さな寝息を立て始める。


「ホルンは魔法についてどれらい知ってるの?」

「私ですか? 自分の専門以外はそう詳しくは」


 ホルンが使えるのは治療系と少しの補助のみだ。補助は患者が痛みで暴れたときに動きを止められるためや、患者を支えられるように自身の筋力を強化するためと治療するときに使いそうなものを中心に覚えている。攻撃系はからきしだ。護衛が常にそばにいたので、覚える必要がなかった。


「ここに来るまでに使ってた光の粒も魔法であってる?」

「ええ。明かりの魔法ですよ」

「初めて見たときすっごい驚いたよあれ。まだここが地球だって思ってたから、魔法使える人がいるのかって」

「あれは誰でも使えるから、そう驚くようなものでもないんですけどね」

「魔法がないところに住んでる人から見ると、いきなり光が現れると驚くよ」

「そう?」

 

 地球に住むものにとって魔法はなくて当たり前、同じようにこちらの住人にとっては魔法はあって当たり前。

 幸助が地球での暮らしに特別なものを感じていないように、ホルンも魔法に特別なものを感じていない。だからか幸助の驚きを完全には理解できない。

 一時間後にエリスが目を覚まし、夕食の準備を始める。それを幸助とホルンも手伝っていく。手伝えるのは材料を切ったり洗ったりと下準備のみだ。調理の段階になると二人ともテーブルに追いやられた。手軽に済ませるつもりなので、これ以上の手伝いはいらなかったのだ。

 夕食と後片付けが終わり、お茶を用意して魔法の講義が始まる。


「魔法とは世界に望みを告げて叶えてもらう技術のこと。魔法でできることは多い。それこそなんでもできるというくらいに。

 魔法で起こせる現象は奇跡にして歪みだ。世界から見ると魔法は不自然なのじゃよ。

 だから魔法を使う際にはある程度の手順を踏む。魔法が自然な現象と認められるのならば、誰もが思い描くだけでなんの代償もなく使えておるはずじゃ。

 手順とは世界に問いかけることであったり、動作であったり、陣を描くことであったり、それらを含めた長時間の儀式であったりじゃな。

 こういった手順を踏み、供物を捧げ、世界に伺いを立てる。これこれこういった現象を起こしたいのですが、よろしいですかとな。

 そして手順が正しく、供物が十分だと判断されると、世界は起こしたい現象を認め、魔法が発動する。

 魔法を使う際の流れはこんなところじゃ。

 供物とは魔力のこと。たまになにかしらの鉱物や薬草などを必要とすることもあるがの。

 ここまででなにか質問はあるかの?」


 幸助は聞いたことを反復していく。


「魔法の効果を起こしているのは自分じゃなくて世界?」

「そのとおり。我らは起こしたい現象を世界に願うだけじゃ。

 一方で、ギフトは使い手自身が魔法のような効果を起こしておる。

 両者で消費するものも違う。魔法は魔力、ギフトは体力」

「じゃあ常に効果を発揮してる竜殺しは、常に体力を消費してる?」

「いや、しておらん。常時発動しているものは基本的に消費はないと思っていい。

 例としては、私の魔法融合やホルンの治癒は体力を消費する。暗視や怪力などは常に効果を発揮しておるから体力の消費はない。

 怪力は常に筋力の一段階アップという効果じゃが、ギフトが成長すると増強ということができるようになる。これは体力を消費して、さらにもう一段階筋力のアップとなっておる。これが例外の一つじゃな」

「なるほどなぁ」

「ほかに質問は?」

「魔法を使う際に必要なのは魔力と手順を間違わないことで、ギフト以外の個人の才能は関係してこない?

 つまりギフトとか抜きにして、誰が使っても効果の大きさに差異はでてこない? 魔力の多い人と少ない人が同じ魔法を使ったとき、効果は同じ大きさ?」

「その認識でよい。魔力の多さは効果の強弱ではなく、使える魔法の多さに関連する。

 魔力の少ない者が、必要魔力を準備できない魔法を学び覚えたとしても、基本的にはどう頑張ろうと使えぬ。

 それでも使うことを諦めずに試行錯誤し、結果を残した者がいる。

 その結果の二つが、魔力を貯めておき魔法使用の際に魔力を開放する魔法補助道具と、複数人で一つの魔法を使う集団儀式じゃな。魔法補助道具は遺物で手に入れにくく、集団儀式はとある魔族の秘術じゃ。この二つの入手は一苦労じゃぞ。

 ほかに質問はあるかの?」

「世界にあげた魔力ってどうなってるんだろう?」


 これは知的好奇心からでた質問だ。知らなくても魔法使用にはなにも問題ない。


「歪みを正すことに使われておるようじゃ。

 それを私は実感したことはないが、神々がそのように言ったらしい」


 ほかにはと聞かれ、ないと首を横に振る。


「それでは次じゃな。

 魔法には二種類ある。形式魔法と無形式魔法。

 一般的に使われておるのは形式魔法じゃな。魔法書に載っておるのもこちらじゃ。

 魔法は歪みといったな? その歪みを少しでも正常なものと世界を騙し認めさせ、魔法発動を容易にしたのが形式魔法。こちらは世界への問いかけ、動作、陣を描くといった手順で手軽に使える。手軽な分、大きな効果は期待できん。

 ちなみに種族によって精霊術、獣式術、魔法、冥技法と名前は変わるが違いはない。作法が少し違うだけじゃ。

 無形式魔法は効果の大きな魔法に使われる。手順は儀式のみ。無形式魔法で起きる効果は大きな歪みと捉えられ、形式魔法のように世界を騙すことはできん。じゃから時間をかけて伺いを立てる必要がある。

 あとは新たに魔法を生み出した場合、それが簡単に発動できるものでも最初は無形式魔法に分類される。学会に発表し、形式魔法と認められた場合、形式魔法として魔法大鑑に載る。

 基礎知識としてはこんなところじゃろうて」

「手順を踏まずに、問いかけや動作や陣なしに魔法を使うことって可能?」


 以前読んだ漫画や小説に出てきた詠唱破棄や無詠唱について聞いてみる。


「無理。それも古来より研究されてきたが誰一人として成果を上げたものはいない」

「いいところまできて失敗続きなのか、まったく成果なしのどっち?」

「後者」

 

 即答だ。

 成果がでないのは当然だ。すでにエリスが言ったように、魔法で起きる現象は世界が起こしている。生物は世界に頼み込んでいるだけ。

 手順なしでの魔法発動は、世界が起こしていることを生物が自力で起こすこと。発動成功するということは、世界と生物が同等というおかしな等式が成り立つことになる。こんなもの魔法という存在以上の歪みだ。

 使いたい魔法が例え魔法を使わずとも行える簡単なことでも、手順なしでは効果を現すことは絶対ない。

 例えば弱風を起こす魔法がある。これは団扇を使えば誰にでも簡単に再現できる。それほど簡単なことでも魔法での効果を求めようとすると手順を踏まなければならない。

 簡単なことだからこれくらいならば手順なしでも大丈夫だろうと、昔の研究者が研究した実例がある。一ヶ月で終わるだろうと思われた研究は、実に四十年という長い年月をかけても終わることはなかった。そして研究者が死んで、結果がでないまま研究は終わりとなった。

 以降、手順をなくせる研究をしろと研究者に命じる者はいなくなった。これを研究課題に選ぶ者もほぼいない。ときおり無駄に自信家な研究者が挑戦しては玉砕する程度だ。


「昔の研究者がここまで時間をかけても無理だったのだ、手順なしでの魔法使用などできると思うかの?」

「無理だね」


 幸助は納得し頷いている。


「では魔法を使う際に注意することを話して、講義は終わるとするかな。

 魔法を使うには手順を踏んで魔力を捧げる。

 この魔力を捧げる際に必要分を出す。これが大事なことじゃ。当たり前のことではあるが、できていない者も多い」

「手順を踏めば勝手に使われるんじゃないんだ?」

「捧げる、という表現からわかるように術者から動かねばならん。

 自動的に減るということは世界が術者から抜き取っていくということ。世界としては魔法が発動しないのならば別にそれでもかまわんという姿勢じゃからな。わざわざ抜き取るという手間をかけてまで、魔法発動を認めるつもりはないのだろう」

「なるほど」

「話しを戻すが、必要分の魔力を捧げることがなぜ大事かというとじゃな。

 当たり前だが魔力が足りていないと魔法は使えん。捧げた分も無駄になる。

 もう一方で必要分よりも多く魔力を捧げた場合は、魔法は使える。だが効果に変化はない。こちらも余分な魔力は無駄となる。

 魔力は必要分をぴったり捧げること。これを覚えておくように」

「了解」

「まあお前さんの学習能力ならば、練習さえすれば問題はないと思う。

 講義はここで終わり。実戦に移るぞ」

「待ってました!」


 いよいよ魔法が使えるようになり、幸助のテンションは上がる。


「そこまで楽しげにすることでもないと思うがのう」

「魔法に対して憧れがあるみたいよ」


 読んでいた本から目を離しホルンが言った。


「憧れのう……わからん」


 エリスにとっても魔法はあって当たり前のものだ。ないと思われたものが目の前に現れ、触れることすらできることへの幸助の興奮は理解できないだろう。


「まあいいさ。とにかく練習を始めよう」

「よろしくお願いしますっ」

「まずは簡単なもので、肩慣らしと行こうか。『光よきたれ』」


 エリスは言葉と共に腕を振る。するとエリスの前方に光の粒が現れた。野宿でホルンが使ってみせた魔法だ。


「このように言葉と共に魔力を捧げるだけでいい、やってごらん」

「……どうやって魔力を捧げるん?」

「どうやってって」


 ここでエリスは言葉に詰まる。いざ説明しようとすると難しい。

 この世界の住人にとって魔力を捧げるということは、呼吸するということと同じ。できて当たり前なのだ。それをどうやってと問われると戸惑う。


「んー……言葉にしづらい。

 なんというか、自分の中にあるものを体外へと押し出すような感じかのう?」


 エリスは困ったようにホルンを見る。


「私を見られても困ります。専門家ではありませんし。

 便利だから使っていて、どのような働きで効果を発揮するのかなど気にしたことはありません」

「普通はというか誰もが気にせんわな。

 まさかここで躓くとは」


 魔力があること自体は金属版で調べてわかっているのだ。だから当たり前のように魔法を使えるのだろうと考えていた。

 初歩ですらないところで躓くとはエリスもホルンも予想していなかった。


「とにかく言葉通りに言ってみたらどうじゃ?」

「『光よきたれ』?」


 エリスの真似をして腕をふる、がなにも反応はない。

 エリスとホルンは本当に困ったという顔になる。


「自分でいろいろ試してみるしかないかなぁ」

「頑張ってみてくれ。こっちでもいいアドバイス考えてみる」


 幸助は頷いて小さく言葉を繰り返しだす。言葉に力を込めてみたり、意識を手に集中してみたりといろいろ試行錯誤していくが、なんの反応もない。

 その日は繰り返しだけで、時間が過ぎていき就寝時間となった。

 そして次の日も、暇をみつけては使ってみようと言葉を繰り返すも変化はなかった。

 さらに次の日も同じだった。エリスとホルンも、幸助を褒めたり、おだてたり、貶したり、罵ったり、脅してみたりと協力を惜しまなかった。

 エリスの貶し方が堂に入っていたり、罵るときのホルンが少しだけうっとりしているように見えたが、幸助は演技なのだと思い込む。

 しかもその夜、成功したと喜んでいたら、目が覚めて夢だったとわかり落ち込んだ。


「どうしたものかのう」

「本当に」


 ぐたりとテーブルにつっぷす幸助を見ながら二人は話している。


「魔力は人間の一流どころと同じくらいある。これはたしかなのだがどうして使えんのか。

 書物にもこういった出来事は載ってなかったしのう」

「魔力はある、言葉も間違えていない。

 魔法を使うには魔力を捧げる。使えないということは、世界が魔力を受け取っていない」


 ホルンは魔法を使う際に行うことを再確認するように述べていく。そして一つの可能性を見出した。


「……もしかして」

「なにかわかったのかな?」


 疑問に思ったまま、思いついたことを口にする。

 

「世界にお願いしていないではと」

「だが最初に説明したはずじゃぞ。魔法とは世界に望みを告げて叶える技術だと」

「幸助にとってここはまだ異邦の地で、世界とはもといた世界のことなのでは?

 だから願う場合もこちらではなく、あちらの世界を思って願っていたのかも」

「ふむ。納得できる説じゃな。

 どれ、そこを十分に言い聞かせて使わせてみるかの」


 起きろと言いつつ、スパンと幸助の頭頂部を叩く。遅々として進まない魔法練習に少しイラついているのだろう。


「ホルンが有力な説を思いついてくれた。これが正しければお前さんは魔法を使えるようになる。よく聞いておけ」

「わかったよ」

「お前さんは今ここにいる。それはわかるな?」


 幸助は頷く。


「ならばお前さんの世界はここだ。以前いた場所ではなく、今生きているこちらなのだ。

 だから願いはこちらの世界に願うのが筋だろう?

 いいか? お前さんはこちらで生活を送っている。こちらの世界に感謝し、祈りを捧げよ。

 そこを踏まえて魔法を使ってみるがいい」


 幸助は頭の中でこちらの世界に話しかけることを強く意識し、言葉を紡ぐ。

 同時に己の中で何かが蠢いたことを感じ取り、それを動かせるだけ体外に押し出した。


「光よ、来たれっ!」


 幸助の前方に、ホルンやエリスが魔法を使ったときと同じ現象が起きている。


「できた!」

「おめでとうございます!」


 幸助とホルンが手を取り合い喜んでいる。

 エリスはようやくかと呟いて、椅子に座った。


「はいはい、いつまでも喜んどらんで座れ」

「これが喜ばずにいられるかあーっ! やっとやっと使えるようにっ」

「うるさい」


 幸助の思いをばっさりと切り捨てて、椅子に座らせる。


「まずはおめでとうと言っておこうかの」


 瞬間、輝く笑顔を見せかけた幸助を押さえるように続ける。


「だがっ! 魔力出しすぎじゃたわけ」

「どれくらい使えばいいかわかんないから、とりあえず動かせるだけ動かしたんだけど」

「それにしても全魔力の90%は出しすぎじゃろう。本来ならば10%以下で十分じゃ」

「大体どれくらい使えばよかったん?」

「そうさの……お前さんの魔力の大きさから考えるに、全魔力を100として仮定したら1以下。これで使うことが可能じゃろうて」

「そんだけでいいの?」


 いくらなんでも少なすぎるのではと驚いている。


「簡単な魔法と言ったろう。簡単ということは魔力も少量でいいのじゃ。

 今日はずっと光の魔法で練習しておれ。

 ほかの魔法も教えようとは思ったが、今の魔力量では難しいのう」

「そういや魔力って一晩寝たら全快する?」

「一晩寝て自然回復するのは半分ほどじゃな」


 なるほどと納得し幸助は魔法を使い始める。

 少なくと意識して、ほんの少しだけ魔力を動かす。今回は少なすぎたのか、光の粒が出ることはなかった。

 もう少し多めにと再度挑戦し、成功する。


「もう少し減らせそうだなぁ」


 このあと五回成功させ必要量を把握する。

 言葉を変えるとどうなのかなど応用を試しつつ、時間は流れていった。

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