弟子ではなく生徒でもないなにか
しばらく依頼を片付けることを優先するとエリスに告げて、幸助はベラッセンへとやってきた。
特に予定があるというわけでもないので、エリスも反対意見はなく適度に頑張ってこいと見送る。
報酬の閃貨はタンスの中に放り込まれた。立地上、泥棒にあう確率はかぎりなく低いので粗雑な扱いでも問題ない。
始めに宴会芸の依頼人に会い確認を取った後は、短時間で終わる雑務系依頼をこなしていく。
倉庫の荷物移動、家具配置換え、木材の単純加工を終わらせた頃には午後三時過ぎといった感じで、切り上げるには早いかもしれないと幸助は考えたが、もう一件いくと今度は夕飯に間に合わなくなるかもしれないと思い、今日のところはこれで終わることにした。
「こんにちは」
今日はディアネスが受付の一人だったので、そこで報酬をもらうことにした。
「こんにちは。どの依頼を終わらせたんですか?」
「今日はこの三つです。あ、あと宴会芸の確認もしてきました」
「わかりました。依頼人からの確認もありますね。少々お待ちください」
ちゃちゃっと書類に終了したことを書き込み、報酬を準備する。
「こちらが報酬の六百ルト、銀貨一枚銅貨十枚となります」
「確かに」
報酬を確認し財布に入れた幸助に、ディアネスが話かける。
「この後時間ありますか?」
「はい、大丈夫ですけど?」
もしかしてデートのお誘いか! と思うもすぐに既婚者と思い出して、ないなと否定した。
「実は弟子入りの依頼の件なんですが」
「ああ、あれは断ることにしましたよ」
「はい。こちらもそのつもりだとわかっています。
それで依頼人にその旨を伝えたところ、一度会って直に頼むと申されまして」
「直接会っても断る方向なんですけど、それで構いませんよね?」
「はい。もちろんです。
依頼人を呼んできますので、客室で少々待ってもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
受付を交代したディアネスは、頷いた幸助を昨日と同じ客室に案内し、職員の一人に使いを頼む。
二十分ほど経ち、使いに出た職員と依頼人がギルドに入ってきた。
また受付を交代したディアネスが依頼人を連れて客室に向かう。
「ワタセさん連れてきました。こちらが依頼人のロイシーン・モンテアさんです」
ディアネスの隣にいる四十近い女性が、紹介を受けて頭を下げた。
予想以上に年をとっている人の登場に幸助はやや呆けた表情を見せる。
「えっとこの人が弟子入り志願してんですか?」
「いえ、違います。モンテアさんの息子さんを弟子にとってほしいのだそうです」
「あーなるほど」
依頼書には息子の世話をしてほしいといったことが書かれていなかったので勘違いしていたのだ。
「あの、あなたがこのギルドで上位の冒険者でよろしいんでしょうか?」
「上位?」
そうなのかと首を傾げ幸助は視線をディアネスに向ける。
視線の意味をきちんと読み取ったディアネスは、肯定し頷いた。
「そうらしいです」
「えと、らしいって?」
「自覚がないからですよ? 依頼を受けてこなすを繰り返してきただけですから」
「こちらのワタセさんは仕事ぶりが評価され名が知られていったのです。どのような仕事でもコツを掴むのが早く、丁寧な仕事が高評価に繋がっていきました」
幸助の言葉の足りない部分をディアネスが補足する。
「戦いの方はどうなのでしょう? もしかして仕事ができるだけで、実力的には低かったりするのでしょうか?」
「いえそのようなことはありません。ここらでトップランクの魔物を一人で倒したという実績がありますので」
「そうですか。でしたら安心ですね。息子のことお願いできないでしょうか」
「それについてはお断りします」
決めてあった通り、幸助はきっぱりと断った。
「そこをなんとか」
「どうして俺なんですか? 俺じゃなくてもいいと思うんですが?」
「強い人に預ければ息子も強くなると思いますし、育つまでの身の安全が保障されると思いますから」
ロイシーン自身は戦いのことなど知らない一般人なので強くなる方法など詳しいことは知らない。だから強い人に預けて鍛えてもらえば、息子もその人と同じくらいまで強くなれるのではと思っている。
あとは元冒険者の知人が幸助のことを薦めてきたのだ。冒険者の世界についてはなにも知らないロイシーンはその薦めに従い、幸助を指名したのだ。
「そんなものか? まあ、それでも断るんですが」
「どうすれば受けてもらえるんですか?」
「どうすればっていうか、ちょっと事情があって弟子を取るつもりはないんですよ」
「事情といいますと?」
気になったのかディアネスが問いかける。
「話せるようなことではないので。
それに依頼という形で弟子入りとなるとお金をもらいますが、払えるんですか? 最初の一度支払うだけで済むってことはないですよ」
弟子をとると長時間そのことに拘束される。それなのに最初の一度お金を支払うだけというのは、幸助側に利が少ない。
「あまり高額だと支払えないんですが、どれくらいになるんでしょうか?」
幸助は相場を知らないので答えることはできず、ディアネスに視線を向ける。
ディアネスは少しだけ考え込み口を開く。
「そうですね……強くなるために通う道場は一ヶ月に銀貨一枚。
今回の場合は専属で教えるということになりますし、ワタセさんの実力も加味すると月に銀貨三枚といったところでしょうか」
「銀貨三枚ですか……切り詰めればなんとか出せるかもしれません」
難しい顔をしていることから、資金的余裕があるわけではないのだろう。それでもなんとかするといった表情を見せている。
「一人で決めていますけど、旦那さんはなんて言っているんですか?」
「夫は十年前に依頼先で魔物に殺されてしまいました」
「あー……思い出させてしまいすみません」
幸助の謝罪に、大丈夫ですと答えを返す。
「でもそのような経験をしたのならば、息子さんを戦いに出すようなことは止めたいのでは?」
このディアネスの疑問は、幸助も感じたものだ。
「私は止めたのですが、息子がどうしても冒険者になりたいと。夫の仲間さんたちから聞いた話で憧れを抱いたようで」
「仲間がいるんなら、その人たちに鍛えてもらえばいいと思うんだけど。
そこんとこどうなんですか?」
「その方は国外に住んでまして、遠いところに預けるのは私が嫌なのです」
夫が遠くで死んだので、息子を長期間遠くにやりたくはないのだ。また消息がわからないうちに死んでしまうのではないのかと心配している。冒険者になることは承諾しても、近くにいてほしいという部分は譲れない思いなのだ。
「どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げて頼む。雰囲気的に土下座も厭わないといった感じだ。
「んー……そうですね、弟子にする気はやはりありません」
「……そうですか」
諦めたような溜息を吐くロイシーンに、幸助は続ける。
「ですが、ちょっとしたアドバイスをするくらいならいいですよ。お金も必要ありません」
子を大切に思う母心に、少し心を動かされた幸助は態度を緩める。これくらいならば称号を得るといったことにはならないだろうと判断した。
先の話だが、結局ある程度の付き合いをしてしまい、称号を得るに足る関係を築くことになってしまう。
しかし称号が発現することはなかった。
それは神々がちょっとした小細工を行ったからだ。
称号発現システムは神々が生み出したもので、今は自動化されていて神々の手を離れている。たまに神々自身が称号を贈ることがあるが、本当に稀なことだ。
自動化されているとはいえ、元々が神々お手製のもの。称号発現阻止といった細工は大した苦労もせずに行えるのだ。
幸助の行動を見て暇潰しできた神が、その礼として細工を施したという背景があった。
この細工が困難なものならば、神々は手を加えることなく称号が発現していただろう。簡単だからこれくらいはやってやろうと考えたのだった。
「本当ですか!?」
喜色に満ちた表情でロイシーンは幸助の手を強く握る。その迫力に押され一歩下がる幸助。
「ありがとうございます!」
「注意してほしいんですけど、弟子にするわけじゃないから息子さんが俺から離れていけば追うことはありませんし、指示に従わなくても命令する強制力もありません。あと必ずしも強くなるわけではありません。いいですね?」
報酬受け取り拒否しているので、依頼という形にはならなず、依頼の途中放棄は意味をなさない。
ロイシーンは幸助の言葉に迷う様子を見せるも、ここでごねると少しの助力も得られないと判断し頷いた。
「いつ息子に会ってもらえるんでしょう?」
「明日からでもいいですよ。朝の九時頃ここに来てもらえれば。ああ、息子さんの特徴を教えてもらえますか?」
身体的特徴を教えてロイシーンは帰っていく。
幸助はディアネスに少し聞きたいことがあり残った。
「これってギルドを通しての依頼って形にはならないですよね?」
「はい。お金が動いていませんから。紹介の手助けをしただけという形になるかと。まあ、それも大して意味はありません。
ボランティアというのが一番当てはまると思います」
「ボランティアか、それなら育成を優先しなくてもいいですよね?」
「問題ないでしょう。誰かの意思ではなく、自らの意思で動き行うのがボランティアだと思いますから。
お聞きしたいのですが、息子さんをどのように育てるつもりですか?」
「本人がどんな風にやっていきたいのかっていうのを聞いてないからなんとも言えないけど、とりあえず体力上昇とかの基礎トレーニングをやってもらおうかなと。最低限の実力がついたら簡単な雑務系依頼を受けてもらって、お金を貯めさせて装備を整える。あとはここで見ることのできる資料で勉強させる。
こんな感じですね」
「外に連れて行って魔物と戦わせないのですか?」
「しないかな。既にある程度の実力があるならそれでもいいけど」
「ロイシーンさんは安全第一に考えていましたし、その方向性でいいのかもしれませんね」
この世界での弟子育成の方法は、ディアネスの方が主流だ。とりあえず武器の扱いを教えて、その後雑魚相手に実戦を経験させて、戦い方を学ばせる。魔物を倒すことで力は上昇し、すぐに強くなっていく。
幸助のようにトレーニングをさせる者たちは少ない。トレーニングよりも実戦で得るものの方が多いからだ。駆け出しのうちは、トレーニング一ヶ月で上昇した力と三日の実戦で得た力が同等だったりする。
こういったわかりやすい差が、基礎能力上昇のトレーニングをさせるという考えをなくさせていった。
しかしながらトレーニングがまったくの無意味かというと違う。知られていないがトレーニングにも意味はある。トレーニングをした者としていない者では魔物を倒して得られる力の量が微妙に違ってくるのだ。
もし実験として、事前に一年トレーニングした者としていない者が同時に魔物との戦いを始めてまったく同じ魔物と戦ったとして、一年後に両者の力を計測してみると、その差は明らかになるだろう。
実力が上なのはトレーニングをした方だ。
トレーニングしていない者の得られた力の量を100と仮定すると、トレーニングした者が得られた量はそれに+20される。
トレーニングすることで力の吸収率が上がるのだ。
一戦一戦ではほんの少しの違いだが、蓄積していくと馬鹿にできない量になる。
これに気づかない者たちは多い。幸助も気づいていないのだが、強くなるにはまず基礎トレーニングという考えが浮かんだのだった。
ロイシーンの息子がトレーニングを受け入れるのならば、彼は強くなる確率が高い。
幸助が依頼を受けて弟子に取っていれば、訓練の指示に逆らえない彼は強くなっただろう。けれども幸助が選んだのはアドバイスするという一歩離れた立ち位置で、トレーニングを強制させることは無理だ。
未来の強者が生まれるかどうかは、まだわからない。
夜が明けて、幸助はギルドの中でコーヒーを飲みつつ時間を潰していた。ロイシーンの息子コキアが来るのを待っているのだ。待っているといってもコキアが遅刻したわけではなく、幸助が早めに来ているだけだ。
九時前五分といった頃、ミルクチョコレート色の髪に深緑の目を持つ、ロイシーンから聞いた特徴そのままの少年がギルドに入ってきた。着ている物は頑丈そうな革製の服とジーンズで、腰には木剣を下げ、誰が見ても駆け出しとわかる風情だ。
雰囲気的には好奇心と緊張が入り混じったものだ。初めて入るギルドの中を目を輝かせて見回している。その場に立ち止まっているせいで、通行人に注意され謝りつつ歩を進める。
「おはよう。君がロイシーンさんの息子でコキア?」
近寄り話しかけた幸助に少し驚いた表情を見せた後、すぐに言葉の内容に気づいたコキアは頷く。なにに驚いたかというと、思っていたよりも若い人物だったということにだ。
コキアの年齢は十四で、顔には微かに幼さが残っており、驚いたりするとそれが強く出る。
「あんたがワタセさん?」
「うん。アドバイスする程度の付き合いだけど、よろしく」
差し出された手を握り返し、コキアは頭を下げた。
幸助は椅子に座るように勧め、自分も椅子に座る。そしてコキアが座ってから話し始める。
「まずは初めまして、名前は知っていると思うから自己紹介は必要ないよね?」
「はい」
「んーなにから始めようか……そうだねカードは持ってる?」
「持ってないです」
「じゃあカードを作ってギルドに登録するところから始めようかね」
嬉しげに頷くコキアを連れて、カウンターに向かう。
そこでカードを作り、登録を済ませる。その時に幸助はカードを作るのにお金が必要なことを知った。幸助はエリスに作ってもらったので、お金が必要になるとは知らなかったのだ。
お金はコキアの手持ちでは足りず、餞別として幸助が出しておいた。
ちなみにコキアのステータスはEとE+とE-が並ぶ平凡なものだった。一番高いのは精神のE+で、低いのは頑丈のE-だ。この情報から魔法が得意になるかもしれないと読み取れる。
「これでギルドの一員となったわけだ。説明にあったようにルールを守ればギルドに迷惑をかけることもないし、おかしなことにもならないだろうさ」
「これで依頼を受けられるんだ……早速なにか受けよう」
「まあ、待って」
依頼書コーナーへと行こうとしたコキアを幸助は止める。
首後ろの襟を掴んだので、苦しそうな声を上げた。振り返り恨めしげな目を向ける。
「依頼を受ける前に、コキアのこれからのことを考えよう」
「……俺のこれから?」
「俺はコキアを強くするために助言を求められたんだ。そのためにはコキアのことを知らないといけない。だから今日はそのために時間を取る。わかった?」
幸助は始めからそのつもりで、自身に来ている依頼書は家に置きっぱなしにしていた。
未練があるように依頼書コーナーを見ていたコキアは、渋々といった感じで頷いた。
二人はギルド内にある小さな訓練場に移動する。もともと利用者が多くはないことに付け加え、まだ朝なためか訓練場には誰もいない。
「冒険者として一歩を踏み出したわけなんだけど、コキアはどういった冒険者になりたい?」
「魔物をかっこよく倒せて、すごい依頼もバンバンこなせるような冒険者!」
ずっと考えていたことなのだろう、幸助の問いに即答する。
「夢に満ち溢れてるねー。目標を高く持つことはいいらしいから、それでいいと思う。
んで、その目標に到達するためには戦闘能力は高く、どんな依頼が来てもこなせるだけの判断力と知識を持つ必要があるのはわかる?」
幸助の言葉にキョトンとして、その後考え込むコキア。漠然としたイメージを持っていて、そこに到達するための工程が抜けていたのだろう。
コキアの様子から、明確な道筋をイメージできているわけではないと幸助は察する。
「ただ依頼を受けているだけじゃ、その目標には届かない。
目標通りの冒険者になりたいのなら、日々の絶え間ない訓練や貪欲なほどの知識の吸収が必要なんだ。
努力なしですごいことができるのは天才の中でも一握りくらいだよ。
俺が言いたいことはわかる?」
「うん。つまりはいつまでも努力しろってこと」
「そうだね。あとは信頼できる仲間をみつけること。一人ではできないことも、二人三人と集まればできるから。
チームの作り方まではアドバイスできない。俺はどこかのチームに入ってないし、作ってもないから」
この会話でコキアのイメージしているものが明確になればと思い話した。
「まあ、こういった考えがあると頭の片隅にでも置いておけばいいよ。
それじゃ次はちょっとした実技だ。
体力が尽きるまで、攻撃してきて。反撃はしないから防御のことは気にせず、攻撃のことだけ考えればいいよ。ただし、止まれと言うまで剣は振り続けること」
さきほどの会話について考えていたコキアに指示を出し、幸助は鞘をつけたままの剣を手に持つ。
考えることを止めたコキアは腰の木剣を持ち、すぐに振り回してくる。
洗練されているとはお世辞にも言い難い攻撃で、誰かに指導を受けてはいないとわかる。
その攻撃を受けながら幸助は悪いと思われる箇所を覚えていく。指摘は後だ。今はどこがどのように無駄になっているか知ることに集中している。
コキアはペース配分を考えず最初から全力だったため、五分も経たずに剣の動きが鈍り始めた。十分も経てば息は上がり最初の勢いはなくなった。それでも幸助は合図を出さず、コキアは剣を振る。
さらに十分経ち、勢いのない剣の重さだけの威力の斬り下ろしを受けて、止めるように言った。
コキアはその場に座り込んで体力回復に努める。少し落ち着くのを待ってから幸助は口を開く。
「最初にやってもらいたいのは体力作り。
実際に動いてみてわかったと思うけど、体力ないと攻撃し続けるのも難しい。ほかにも長く動き続けるためには体力が必要。護衛の依頼を受けた時とかずっと歩きっぱなしで、そこに戦闘も加わると疲れ果てる。体力不足で依頼の途中で力尽きるとかなったら、報酬減らされることになりかねない。最悪依頼を解除されて放り出されることもある。
そんなことにならないよう、体力はきちんとつけてほしい。
具体的には毎日町の外周を体力の続くかぎり走る。一ヶ月も走り続ければ、今以上の体力は絶対つく」
「体力が大事っていうのはわかったけど、もっとこう派手なというか鍛えてるってわかりやすい方法はないの?」
「水泳とかかねぇ。あれは結構きついし。でもまだ春になったばかりで水に入るってのもな?
あとは一か八かで魔物を退治してみるとか? 一回の戦闘でどれくらいの力が手に入るかわからないけどねー。それに必ずしも弱い奴と戦えるってわけでもないし、弱い奴でも群れでこられると対処できないんじゃないか?」
「魔物退治が賭け? 危なくなったら助けてもらえるだろうし、確実なんじゃ?」
「助けるって誰が? 一緒に行く人いるの?」
「え? ワタセさんが一緒に来てくれるんじゃ?」
「行かないよ。俺がコキアにするのはアドバイス。基本的にそれ以外はするつもりないけど?
ロイシーンさんからそこらへん聞かなかった?」
最初の戦闘、最初の依頼くらいはついて行ってもいいかなとは思っているのだが。
「母さんからは俺を鍛えてくれる人がみつかったとだけ」
「まあ、鍛えるって部分は間違ってないよね。
でも弟子にするわけじゃないから、何もかも面倒みることはない。
言っておいた方がいいことがあるね」
双方の勘違いをなくすために幸助の立場を説明する。
「俺はアドバイザーという立場にすぎない。コキアを弟子にしたわけじゃないから、コキアに命令する権限はない。
だからコキアは俺の言葉に必ずしも従う必要はないんだ。俺の言ったことに納得がいかなければ、それを無視してもいい。俺のことを嫌だと思えば、俺から離れていってもいい。
俺たちの関係ってこんなものだよ」
二人の関係は師弟というより、家庭教師と生徒といった方が的確かもしれない。正確には家庭教師よりも一歩離れた感じだが。
前者は一生繋がりがありそうだけれど、後者は繋がりは一時的といった感じだ。
「ギルドを通して弟子入りを依頼したんじゃ?」
「それは断ったし、このアドバイスは依頼に関係なく、ボランティア感覚なんだ。
ロイシーンさんの熱心さに、少しくらいなら助言してもいいかなと思った。こんなところ」
「なーんだ、弟子じゃないのか。緊張して損した」
コキアから幸助への敬意が薄くなる。弟子という立場だと思っていたので、無理にでも敬わなければならないと緊張する思いがあったのだ。
「で、どうする? 俺のアドバイスを受け入れる?」
「それは一応やってみる。ギルドに入ったっていっても、俺はまだ冒険者になれてないと思う。そんな俺が先輩にあたるワタセさんのアドバイスを否定はできないと思う」
「そう。まあそれならロイシーンさんがギルドに来たのも無駄にはならないか」
ここでコキアが幸助から離れていけば、ロイシーンの熱心な行動はまったくの無駄骨になっていたところだ。
それが少々それてはいるが報われたと感じ、幸助は安堵していた。
「母さんも過保護だよ。いつまでも何も考えられない子供じゃないんだから、弟子入り先まで探さなくていいのに」
「俺もそうは思うけど。親として心配だったんじゃないかな。親にとっては子供ってのはいつまでも子供らしいし」
幸助も親の気持ちよりも、コキアの気持ちの方がわかる。だからといってロイシーンの思いを否定はできない。
「そんなものなのかな」
納得いったとはいえない表情でコキアは首を傾げている。うざいとか言って反発しないだけましなのだろう。
コキアは意味のない反発はできない。ロイシーンが一生懸命自分を育ててくれたことを知っているので、コキアはロイシーンを突き放すことは心情的に無理なのだ。あれこれと余計なほどに世話を焼かれても、口で文句を言うのが精一杯だろう。
「んじゃ十分休憩したところで、次にいこうか」
「次はなにをすんの?」
「剣の振り方を教えようと思う。さっき見て悪そうなところはたくさんあったし」
幸助の剣の基本はアーマセラ流に近い。なので修正されたコキアの剣の扱いもそれに近いものになる。剣の扱いのいろはも知らなかったコキアには、亜流といえるそれでも十分なものだ。
斬り突き払いの三動作をさせて、よくなるように指摘していく。一つの動作がよくなるまで繰り返し、よくなったら次といった具合に進める。休憩もいれて、二時間ほど時間をかけた。
「とりあえず、その三つの動作を繰り返すこと。応用はその三動作が体に染み付いてからでも遅くはない」
はず、と心の中で付け加えた。幸助自身は地道な訓練をしたわけではないので確証はないのだ。
指摘と修正に手を抜いてはいないので、反復し習得すれば使い物にはなるだろう。
「腕がぁ」
「明日は筋肉痛でもっとひどいかもね。風呂に入ってる時に揉んでおけば多少はましになるんじゃないか?
実技はこれくらいにして、あとはギルドで見ることができる資料を見て勉強だな」
「どんなことを知ればいいのさ?」
「そうだねぇ」
幸助はこれまで受けた依頼のことを思い出し、そこらに関連する知識をピックアップしていく。
「地理、ここらにいる魔物の知識、森とかに生えてる薬草と食べられる植物の知識、あとは武器の手入れ方法とか野宿の際に注意することや応急手当の方法、簡単な罠の解除と仕掛け方。
最低限これくらいはほしいな」
「うえぇ」
頭に詰め込むことになりそうな情報量の多さを想像して、コキアは嫌そうな顔になる。
「まあ頑張れ。今日のところはこれくらいにって忘れるところだった、魔法は使える?」
「明かりと風を起こす魔法くらいは」
「……小さな傷を治す魔法と火打ち石の魔法と水を出す魔法は覚えておくと便利だし、教えとこうか」
この三つはよほど才能がないかぎりは誰にでも使え、あったら便利な魔法だ。
完全に制御しようとすると一日では覚えきれない魔法ではあるものの、逆に言えば不完全でもいいなら一日で習得可能なのだ。
早めの昼食を食べ終えた後、訓練場に戻ってきて魔法を教える。治療魔法に少してこずった以外はすんなり習得し、三時過ぎには三つとも一応使えるようになった。
「これで今俺が教えることは終了。あとは自分で練習するだけだ。
進行状況の確認をしてほしいなら、十日後の朝九時にここに来るけどどうする?」
「それでお願い。その十日の間に依頼受けてもいいの?」
「自分の実力を踏まえてこなせると判断できたら、やっていいと思うけど。やるなら雑務系が一番だろうね。さすがに町の外に出る依頼は無謀だと思うな」
「いいのがあったらやってみる」
「やるなら依頼者に対する態度は丁寧にね」
今日はこれで終わりと幸助はコキアから離れていく。そのまま夕飯の材料になりそうなものを探し、家に帰った。
残ったコキアは必要そうな資料を探して、見つけた本の題名を覚えた後、家に帰る。次の日は幸助の言ったように筋肉痛だった。