救う者と救われた者
和やかな夕食が終わり、幸助はイーガンたちに話しがあると連れ出される。
その途中でイーガンの仲間の一人べズが、幸助に近づき隣を歩く。そして小声で話しかける。
「強制的に休ませてくれてありがとな」
「いや必要と思ったからやっただけだけど」
「でも礼は言っておく。俺も休まないといけないとは思っていたんだが、中々言い出しづらくてな」
「言えばいいのに」
「ちょいと事情があってなー。俺自身も休んで時間を消費することに忌避感がある」
ベズは言いながら苦笑を浮かべた。
どういうことかと首を捻る幸助が理由を聞こうとする前に、空き家に到着し聞きそびれる。
空き家のすぐそばに置いていた檻の中には猿はいない。
「猿は? まさか逃げた?」
「いや殺した。殺してしまえば魔物を集めることもなくなるからな」
ただ殺すだけでは駄目なようで、土に埋めて手出しされないようにするか、燃やし尽くす必要があるらしい。あの猿の肉は食べると凶暴化する作用があるらしく、そこまで後処理をする必要があるのだという。
「あの猿のことに詳しいね? この大陸だとわりといる魔物?」
「……ここらで一般的というわけじゃあない。ただ俺たちが知っていただけだ」
「そうなんだ」
次からは猿を捕まえたら持って帰らず処理してくれと頼まれ、幸助は頷いた。
この後、明日からの行動を話し合い、村の警備にイーガンの仲間二人が残り、幸助と残り二人が見回りになった。三人で見回りに行くのではなく、幸助と二人組に分かれて行くことになる。幸助は一人で大丈夫だからだ。実際、一人で行動して無事でいるのだから、イーガンたちも納得して任せてきた。
話はこれで終わりというので幸助はジェルドの家に戻る。イーガンたちは休むと言いつつ交代で見張りに立つことにしていた。幸助を見張りに誘わないのは、休息を削っての行動なのでまた強制的に休まされると思ったからだ。
見張りだけならば村人も十分役割を果たすことができる。けれどもイーガンたちは村人に頼まず、何日も前から自分たちだけで見張りをしていた。これは村人が頼りにならないからというわけではなく、イーガンたちが自分たちの役割だからだと思っての行動だった。
翌日、朝食を食べた幸助はジェルドたちに見回りに行ってくると告げて村を出た。
出くわす魔物を殺しつつ、森を歩き猿を探す。午前中は猿を見つけることができなかったが、かわりに野うさぎや野鳥を狩ることができ良いお土産ができたとホクホク気分で村に戻った。
持って帰った肉を母親に渡すと昨日のドラゴニスの分も合わせれば、村の皆で肉のスープを食べることができそうだと言い、急遽村人全員での食事会が開かれることになった。これは魔物騒動で滅入った気分を盛り上げるのにもいいと、長的立場の人が賛成したことで実現した。
じゃあもっと肉あったほうがいいよね、と幸助は今度は狩りを主目的として森へと入る。籠も借りて山菜や茸も取っていき、四時間ほどで籠半分以上の採取を終えた。生憎と肉は取れなかったが、川でガチンコ漁法を行い魚を三十匹手に入れ村に戻った。
村では人々が賑やかに宴会の準備をしていた。幸助は調理の準備をしている人に取ってきた物を渡し、少し離れた場所に座り人々の様子を眺める。そこに見回りから帰ったきたイーガンたちが近づく。
「これは何事なんだ?」
「宴会だってさ。俺が狩ってきた動物とかを皆に振舞って、魔物騒動で盛り下がった雰囲気を吹き飛ばそうとかなんとか」
「見回りしないで、狩りしてたのか?」
咎めるような視線を向けられた幸助は、違う違うと首を横に振る。探すついでに見かけた動物を狩っただけだと説明し、納得してもらう。
「そっちは猿探しに進展あった?」
「いや魔物と戦っただけだ」
「怪我は?」
そう言って幸助は四人を見る。ざっと見たところ大怪我と思われるものはなかった。小さな切り傷がところどころにあるのみだ。
「念のために診察したいから、この村の医者のところまで連れてってほしいんだけど」
「今日はたいした怪我してないから必要ない」
なあ、とイーガンは仲間に語りかけ、仲間たちも同意し頷いた。
ほんとに? と言ってじっと見る幸助の視線に動揺することないイーガンたち。本当らしいと判断した幸助は、小さな傷の水洗いくらいはするようにと言って視線を外した。イーガンたちは頷いて幸助から離れていく。
傷の手当を終えたイーガンたちは準備を手伝おうとして、疲れているだろうと止められている。
賑やかに準備が進んでいき、日が落ち、村のあちこちに松明と魔法の明かりが設置されて、宴会が始まる。
料理のメインはドラゴニス肉の焼肉だ。村人全員に行き渡ってなお余るほどの量がある。この村の名物である鳥の丸焼きに使うタレとは違ったタレに漬けられ焼かれた肉は、そのまま食べて良し、パンに野菜と一緒に挟んで良しの高評価を得た。酒が進むと酒飲みにも好評だ。
ちなみに今回の宴会に鳥の丸焼きは出ていない。仕込みが間に合わなかったからだ。明日、取ってきた幸助に出されることになった。
宴会は目論見どおり、最近の硬い雰囲気をなくし柔らかくさせた。誰もが笑顔を浮かべている。イーガンたちも村人に押し寄せられ、今は魔物のことを忘れているかのように見える。
幸助もフルール直伝の喉を震わせて、盛り上がりをさらに大きくさせた。
今夜は魔物も空気を読んだか、村に近づくことはなかった。ただ賑やかさに気圧されただけかもしれないが。
賑やかな一夜は過ぎて、日常が戻ってくる。幸助とイーガンたちは森へと出かけ、猿と集まった魔物を殺していく。
目的だった丸焼きは、昼食と夜食に出てきた。昼はサンドイッチに入っていて、夜は腿肉丸ごととサラダに入っていた。どの食べ方でも美味しいと思え、評判は嘘ではなかったと満足できた。ついでに残った骨も出汁をとって朝食のスープとして出た。それもまた美味だった。
村に来てから五日経過しており、魔物の数も減ってきたかなと思いつつ幸助は歩いている。そこに魔物の以外の気配を感じ幸助は足を止めた。
イーガンたちと担当区域を決めて森へと入っているので、この気配はイーガンたちのものではない。旅人なのだろうと思った幸助は、この森は危ないと注意しようと気配のする方へ向かう。
すぐに気配の主を見つけることができた幸助は、彼らの姿を見て足を止める。旅人といった感じではなかったのだ。
馬車で森の中に入ってきている彼らは馬車の荷台に檻を載せており、檻の中には黄色い猿がいる。
幸助が見ていると気づかず、彼らは檻から三匹の猿を出し、森に解き放つ。
(なんの目的でこんなこと?)
動き出す彼らを追えば抱いた疑問が解けるかと、幸助は気配を抑えて後を追う。
放たれた猿を放置するのに少し気が咎めたが、原因がわかればこの騒動も解決するだろうと考え尾行を優先する。
合計十五匹の猿を解き放った彼らは、森から出て行く者と一人残る者に分かれた。
どちらを追おうか迷った幸助は、この森でまだなにかするつもりかもしれない残った者を追うことにした。
(しかしよく一人で残ろうと思ったな)
猿を解き放ったのならば、森には魔物がいるとわかっているはずだ。それなのに一人で行動するのは危険でしかない。観察するかぎりではすごく強いという感じでもなく、幸助にさらに疑問を抱かせる。
男は危険などないという感じで最低限の警戒のみで歩く。そして時々止まっては魔法を使う。
使っている魔法は幸助も知っている。探し人を見つける魔法だ。
(ここらで人がいるとしたら村なんだけど。村にこいつの関係者がいるってことなのか?
お人好し集団とも言える獣人たちに、こいつとの繋がりはなさそうんだけど。
となるとイーガンたち?)
しかしイーガンたちは村を守っている側で、攻めている側との繋がりは想像しにくいものがあった。繋がりがあるとするならば、守る意味がわからなくなる。
獣人の村は小さな村で、恩を売ったところで大した見返りはないだろう。
幸助は自分が知らない秘密があの村にあるのだろうかと思いつつ、尾行し続ける。
やがて男は見回りを続けていたイーガンたちを見つけ近づいていく。
彼らの会話を聞き逃すまいと幸助は耳を澄ませた。
「どういった状況になっている? 猿たちは魔物を集めているんだろう?」
「ああ、集めている。雑魚から大物まで勢ぞろいだ」
男の問いにイーガンが答える。
「大物とは?」
「俺の知るかぎり一番の大物はドラゴニスだ」
「ほう? たしかに大物だ。だがそれが来た割には森の被害が少ないように思えるんだが」
「森に来てすぐに倒されたからな」
「倒したのはお前たちなのか?」
「いんや、俺たちはドラゴニスに手出しできないさ。倒したのは獣人の村の名物を食いに来た冒険者だ」
「そいつは獣人からの依頼でほかの魔物も倒して回っているのか?」
「よくわかったな」
「魔物の数が少ないように思えたからな」
「俺たちもねぐらがなくなると困るから、村に来ようとしたのは倒したからな。数が少なくて当然だ」
かったるいとイーガンたちは疲れた表情になる。
「まあいいさ。集めた魔物に特別な用事があるわけじゃない」
邪魔したともいえるイーガンたちの行動に、男はさしたる反応も見せない。
「そうなのか? そういやこんなことする目的は聞かなかったが、聞けば答えてもらえるのか?」
「俺も詳しくは知らんよ。ただ猿を解き放ち、それによって起こった状況を知らせるだけだ」
男もまた別の存在から依頼を受けているだけなのだ。
「なにがしたいのかさっぱりだな」
「わからなくとも依頼を果たせば金は出るんだ。どうでもいいことだろう?
ああ、それと依頼はそろそろ終わりだ。今回猿を十五匹解き放った。これによって起きたことを、俺たちが会った酒場まで知らせに来てくれれば依頼料の閃貨二十枚を渡そう」
閃貨二十枚という金額を聞いてイーガンたちは歪んだ笑みを浮かべた。得た大金でなにをしようか、会話に参加していない三人が楽しそうに話し出す。
そういった金額をぽんっと出せるということは、彼らのバックにはそれなりの大物がいるかもしれない、と幸助は考える。
「十五匹か。今までで一番の多くて、集まる魔物も多くなりそうだな。
まさか魔物を使って口封じしようってんじゃないだろうな?」
イーガンの探るような視線に、男は動じることはなかった。
「そんなつもりはないさ。金もきちんと用意してある。
大金を得るためには多少のリスクを負う必要がある。これは最初会った時に言っただろう?」
「たしかにな。まあいい。生き残ってやるさ」
「がんばんな。今回の用事はこれだけだ。無事に生き残ることを祈ってやるよ」
祈るだけならただだからなと言って話を終えた男は、イーガンたちに背を向け去っていく。
その男の背をイーガンたちは侮蔑の表情で見送っていた。その表情は大金をもらえると喜んでいたものとは全く違ったものだった。
男の姿が木々の間に消えてからイーガンたちも動き出す。
幸助はその場から動かず、彼らの会話から得た情報をまとめていく。
「獣人の村に特別な何かがあるってわけじゃなくて、ただ実験の場に選ばれただけなのか?
そしてそれにイーガンたちも協力していると。
でも最後の表情が引っかかるんだよなぁ。それにジェルドを怒っていた時の表情は本物だったし」
情報を得たことでわかったこともあるが、わらないことも出てきて幸助は頭を抱えている。
とりあえず今後イーガンたちの言動には注意する必要がある。心底イーガンたちを信じている獣人たちの前で糾弾するのはよそうと決める。今そんなことをすれば、魔物騒動のほかに問題を抱えることになる。それによって獣人たちにさらなる危機が発生するかもしれないのだ。
優先すべきは魔物退治だと考え、幸助は動き出す。
イーガンたちの密談から三日経ち、森の中の雰囲気は明らかに変わっていた。猿が増えたことで、呼び寄せられる魔物の数も増えたことが原因だ。
その夜、幸助はイーガンたちに呼ばれた。
「疲れているところ呼び出して悪いな」
「そこまで疲れてないから別にいいんだけど」
「体力あるんだな」
イーガンの仲間の一人ビゼンが羨ましげに見る。そういう彼は疲れた表情だ。
これまでの生活でさえ疲れるものだったのだ、戦闘回数の増加は彼らの体力を大きく削るものなのだろう。
「ここ数日の変化は気づいているだろ?」
イーガンの問いに幸助は頷く。
「俺たちは猿の数が増えたからなんじゃないかと思っているんだ」
「そうかもしれないね。急に魔物の数が増えたし、なんらかの変化はあったんだろうな」
イーガンたちの考えを探ろうと話を合わせる。
「そこで行動を変えてみようと考えた」
「どんな風に?」
「猿を殺さず一箇所に集める。そうすると魔物たちはその一箇所に集まるよな? それを迎撃してある程度魔物の数が減ったら、猿たちを殺す。あとは森に残った魔物を倒していけば森は元通り。
こんな感じでどうだ?」
「猿を一箇所に集めても魔物がぞくぞくと集って数は減らないんじゃ? ずっと迎撃することになると思う」
抱いた疑問を口に出す。それに対する答えを持っているのか、すぐにイーガンは返答する。
「集めた猿は少しずつ殺していく予定だ。そうすることで猿から発せられる匂いも少なくなって、集まる魔物も減るだろうさ。一匹残してあとは殺そうとも思ったが、それだと捕まえてない猿のところにも魔物が行って効率が悪いと思ったんだ。
だから猿をほとんど捕まえたと判断するまでは、猿は三四匹は生かしておいて囮にする」
「かなりの持久戦になりそうだけど、そっちの体力持つの?」
「持たせてみせる」
強い意志が篭った言葉が発せられる。ほかの三人もイーガンと同じ思いなのだろう、目に強い意志が宿っている。
それを見て幸助は内心首を傾げる。この思いは本物なのだろう。けれども村を害する者と繋がりがあるのも事実。どういった考えでイーガンたちは動いているのか。そこがよくわからない。イーガンたちの気合に水を差すようで、幸助は聞けずにいる。
翌朝から幸助たちは動き出す。効率よく猿を集めるため、イーガンたちも一人ずつ行動することになった。魔物との戦いは避けることになっている。猿集めが第一だ。二組での探索が三組に増えただけだが、そのかいあってか、それとも猿の数が増えているせいか、猿を見つける頻度は増える。素早い身のこなしのため、見かけた猿全てを捕まえるといったことは無理だが、それでも集まりは悪くなかった。
猿が集まるということは魔物も集まるということで、迎撃に人数を割く必要があった。それは幸助の役割となる。ぞくぞくと集まってくる魔物の相手など、幸助以外に不可能だったのだ。探索人数が減るということになるのだが、そこは村の守りに残っている二人が少しだけ村から離れて猿を探すことで代わりとした。
対策を変えて七日、殺した猿は十二匹以上、囮としている猿は四匹となっている。この七日間、幸助たちは村にほとんど戻っていない。
囮としている猿がいる広場には、焼却処理した魔物の残り滓が積もっている。焼けた肉の匂いと地面に染み込んだ血の匂いで、気分の悪くなる場となっている。感覚がすでに麻痺している幸助たち以外の者がここにくれば必ず体調を崩すだろう。
「今日から交代しよう。俺たちが迎撃する。魔物が減ってきている今なら俺たちだけでも迎撃はなんとかなる。
お前は森の中の魔物を殺しながら、猿を探してくれ。俺たちは逃げながら猿を探すことしかできなかったが、お前なら殺しながら探せるだろう?」
三日前と比べて魔物の数は減ってきているというのが、猿を探し森を走り回っているイーガンたちの感想だ。
ならば猿探しよりも、魔物退治を優先したほうがいいと考えたのだ。
「数は減ってるって言っても、集まってくる魔物はまだ多いよ? 連日走り回って疲れてるあんたらじゃ相手しきれないんじゃ?」
「疲れているのはお互い様だろうが」
イーガンの返答に幸助は反論できない。さすがに七日間昼夜問わずの迎撃戦は、竜殺しといえども疲れを感じさせるものだった。
魔物が強くて相手に疲れたというわけではない。十分に休息する時間を取れなかったことが疲れの原因だ。
猿の眠る時間がばらばらで、匂いが常時発散されているといってもいい状況だった。
忙しさのピーク時には、三十分から一時間休んで十五分から二十分戦うということの繰り返しだった。イーガンたちも迎撃には立ったが、押し寄せる物量に対応しきれず幸助を起こすということになり、休めたものではなかった。
使っていたナイフはすでに折れ、拳と蹴りと魔法を使っての戦いになっていた。
馬鹿みたいに体力のある幸助が疲れているのに、イーガンたちが疲れていないわけがない。それなのに動けているのは、魔物を殺して得た力を活力に換えているからだ。
これは無意識にやっていることだった。少なすぎる休息で動き続けていることに体が危険を感じ取っての生存本能だ。
「とりあえず最低六時間は寝てから動けよ。まともに休みとれなかったんだから」
村に戻った幸助はジェルドの家ではなく、空き家の方へと向かう。軽く汚れを落とした後眠る。こっちに来たのは土や血で汚れているので、お邪魔するのは悪いかなと思ったのだ。
五時間が過ぎ、そろそろ六時間が経とうとした頃、幸助は目を覚ます。体調は快調で、ここ数日の疲れはすっかり取れていた。
「七日間の疲れが半日も寝ないで取れるのはすごいな」
半年以上付き合ってきた自分の体に、改めて驚く。
保存食で腹を満たした幸助は、イーガンたちの様子を見るため村を出る。
広場ではイーガンとイェルツが七匹の魔物化したゴブリンを相手に奮闘していた。この戦いの前にも激戦があったのだろう。使っている武器は刃こぼれし、鎧の一部がなくなっていたり凹んでいる。イーガンの剣は先端が折れている。イェルツは骨に異常があるのか、左腕が腫れ上がっている。
そういった怪我や武具の破損のせいか、通常ならば楽な部類のゴブリン相手に互角の様相を見せている。
幸助は戦闘に加勢し、ゴブリンたちを蹴り殺していく。加勢があったおかげで、五分ほどで戦闘は終わった。
ゴブリンを焼却して、二人を治療しながら幸助は話しかける。
「四人がさ、獣人の村を守りたいってのは、こんな怪我してまで戦ってることからよくわかる」
イーガンたちの考えを知りたくなり聞くことにしたのだ。
ここまで苦労して守っているのだから、その思いは本物だと確信し、聞いても答えが返ってこないかもしれないが、防衛を止めることはないだろうと思ったのだ。
「なんだよ急に」
「でもなんで猿を放した連中と繋がりがあるのさ」
この言葉に二人は体を硬くし、動きを止める。
「……なんのことだか」
「この前見たんだよ。猿をばら撒いている人たちを、その後ばら撒いている人の一人とあんたらが会ってるのを」
「……見てたのか」
現場を押さえられたことで観念し、二人は深い深い溜息を吐いた。
「あいつから猿が入った檻を受け取って、最初にこの森にばら撒いたのが俺たちだ。
その後経過を観察するために獣人の村に滞在して、今に至る」
「共犯者ってのはなんとなく予想ついてた。でもそれなら見てるだけでよかったはず。ここまでしてどうして守ってるのかがわからないんだ」
共犯者というところで二人の顔つきが苦いものになる。
「……俺たちが依頼を失敗すれば以後半年ギルドを使えなくなるってのは聞いていたから知ってるな?」
「覚えてるよ」
「俺たちはあの後失敗して、ギルドはそれを実行した。
ベラッセンは当然として、リッカートや王都ピリアルまで連絡は行き届き、セブシック大陸のほかの国でも俺たちは依頼を受けることができなくなった。
ギルド連中から逃げるように、なけなしの金でセブシックから出てカルホードに来たはいいが、セブシック大陸側にある街では俺たちのことが知られてて遠回しに拒否された。
移動して遠くの町に行こうにも金は残り少ない。やけになった俺たちは近くにあった酒場で、逆恨みしながら酒を飲んでいた。
そこにやってきたのがあの男だった。
今にして考えれば、いつでも捨て駒にできると思って近づいてきたんだろう。酒場でうらぶれてくだ巻いてる冒険者なんぞ碌なものじゃないしな。
その男から話を聞いて、獣人の村なんぞ知ったことかと思い、金目当てで引き受けた。
そうして猿をばら撒いて獣人の村に滞在してたんだが、余所者でも嫌な顔一つ見せずに受け入れて、あれこれと世話を焼いてくる。気まぐれに簡単な手伝いの一つでもすれば、大げさに礼を言ってくる。寝床がなくなるのは困るからと、村に来た魔物を追い払えば村人全員が次から次へと礼を言ってきた。
礼を言われて嬉しかったのは久しぶりだ」
本当に嬉しかったのだ。自分たちのやったことに罪悪感を感じるほどに。
獣人だからと偏見を持ち、どんな被害があってもいいと考えていたことが恥ずかしくなった。
善行を成して礼を言われる、当たり前のことだがイーガンたちには久しぶりのことで、とても暖かかった。
決して特別ではないそういった出来事が、ささくれていたイーガンたちの心を落ち着かせていき、相手を思う余裕を取り戻させた。
イーガンたちも最初から素行が悪かったわけではないのだ。上手くいかないことがあり、それが元でズレを見せ始めてしまった。そのズレを獣人たちが正したのだった。
「それからだ。俺たちが獣人のために動こうと思ったのは。
それで全部の猿を退治して、平穏を取り戻せたら謝るつもりだ。
正直、怖いけどな」
イーガンたちは獣人たちが好きになっているのだろう。その獣人たちの信頼を裏切り続けていたことを白状し責められるのがとても怖い。獣人たちをなんとも思っていなければ怖がることもないので、それだけ大事ということか。
「そこらへんは俺からはなんとも言えないなぁ」
「だろうな。俺たちの問題だ」
「まあ、なんで守っているのかわかったよ。獣人たちのことを気に入って、やったことを悪いと思っているからだね」
その思いが本物だからここまでやれているのだろう。
納得した幸助は、自分に課せられた仕事を果たすため立ち上がり、茂みへと向かう。
木々の間を駆け抜けて、猿と魔物を探していく。丸一日かけて森全体を駆け抜けた。魔物には遭遇し殺したが、猿に出会うことはなかった。
「もしかしてイーガンたちが全部捕まえたのかもな」
そんなことを考えつつ、もう一周回る。明らかに魔物の数は減っており、考えは当たっているのかもしれないと思う。
これで滞在も終わりかなと思いながらイーガンたちのもとへと戻り、囮の猿を殺して燃やす。
あとは明日明後日、皆で森を探索して終わりということになった。
村まであと五百メートルという場所で、幸助の耳は破壊音を捉えた。聞こえてきた方角は村だ。
「村の方角からなにかが壊れる音がした」
「俺は何も聞こえてないが。イェルツはどうだ?」
「俺もだ」
「なにもないならそれでいいけど、なにかあったら大変だろう? 急ごう」
この意見にイーガンたちは異論なく、全速力で走り出す。
先に村の近くに着いた幸助が見たのは、村を襲う魔物たちの群れだ。
「なんでこっちを襲ってんだ!?」
幸助が疑問を抱いてすぐに、イーガンたちも追いつき目の前の光景に愕然とする。
すぐに立ち直ったイーガンとイェルツは、村の中へ走り出していった。
「俺もぼーっとしてる暇ないな」
幸助も後を追い走り出す。向かった先はジェルドの家だ。
見えた魔物を片っ端から殴り蹴り、すぐにジェルドの家に到着した。
そこでは父親が背後にジェルドと妻を守り、農具を両手持ちして、必死に二体の魔物を追い払っていた。
「大丈夫ですかっと!」
魔物の一体を蹴って別の魔物にぶつけて対処し、父親に近づく。
「コースケさん!」
「怪我とかは!?」
「小さいものだけでたいしたことは」
「ジェルドたちもですか」
「はい」
「それはよかった。
どうしてこんなことになってるのかわかります?」
「いえ、まったく。一時間くらい前、おかしな匂いがどこからともく漂ってきたかと思うと急に魔物が集まってきて、ビゼンさんとべズさんが応戦していたのですが、数の多さにすぐに押し切られて村の中まで」
「ほかの人たちはどうなって?」
「……わかりません。家族を守るのに精一杯で」
これは責められることではないだろう。戦いが得意というわけでもないのに、農具だけで耐え続けてきたことがすごいのだ。家族愛が父親に膝をつかせなかった、と考えるのはロマンチストだろうか。
「ほかのところを見て回りたいんですけど、着いてきますか? それとも家の中で待ってますか?
近くに魔物の姿は見えないんで、たぶん無事でいられると思うんですけど」
幸助としては一緒に来てもらった方が安心できる。気配から察するに強い魔物はいないみたいなので、守りきれるのだ。
「……ほかの人たちが気になるから一緒に行きたいんだが、負担にならないだろうか?」
「大丈夫ですよ。回りに注意しながら行けば不意打ち喰らうこともないし、強い魔物もいないみたいだし」
「ではお願いします」
四人は歩いて移動を始める。一軒一軒家の中に呼びかけていき、隠れていた住人と合流していく。
そしていると七十人以上の村人が集まって魔物と相対している場面に出くわした。そこにはイェルツとビゼンとべズがいて、村人のフォローを受けながら戦っていた。
ジェルドたちをその集団に任せて、幸助は固まっている魔物たちに魔法を飛ばした。
「切り裂け氷の飛刃!」
いくつもの三日月状の氷刃が魔物たち目掛けて飛び、蹴散らしていく。
幸助はもう一度同じ魔法を使い、この場にいる魔物は全滅した。
「助かった」
イェルツが礼を言ってくる。ビゼンとべズは長時間の戦闘の疲れから地面に座り込んでいる。
「イーガンは? 一緒に走り出しただろ?」
「俺をここの援軍にして、一番魔物の多いところに突っ込んでいった」
「多いところって?」
「食料庫だ。ここからだと西になる」
「ちょっと行って来る」
「頼む」
幸助ならば一人でも大丈夫だとこれまでの付き合いでわかっているイェルツたちは、イーガンを頼むと告げて見送る。
教えられた方向へと向かうと確かに魔物が集まっていた。そこまで大きくない食料庫に魔物が集まり、食料を食べるでもなくうろついている。周囲には猿から発せられる匂いが濃く漂っている。
幸助がたどり着いたタイミングで、イーガンは三メートル弱ほどのトロールに殴り飛ばされていた。地面を転がり止ったイーガンは、折れた剣を杖にして立ち上がり、吼えながら再び突撃していく。土にまみれ、血を流し、何度打ち倒されてもただ前だけを見て動き続けるその姿は、すごくかっこいいとは言えないものの、決して馬鹿にできないものだった。
少しだけ見惚れていた幸助は、そんな場合じゃないと魔法を使う。手のひらを空にかざし、イーガンが離れたタイミングで発動させる。
「打ち砕け紫電の雨!」
かざした手のひらからいくつもの雷光が空へと放たれ、それはすぐに折れ曲がり魔物たちへと降り注いでいく。
雷はこの場にいたほとんどの魔物を殺し、残った三体の魔物も幸助の蹴りですぐに息絶えることとなった。
「これで村に入り込んだ魔物は全部かな?」
「……おそらくな。建物に入り込んでる一匹や二匹はいるかもしれんが」
「あとで点検すればいいさね。
そういや匂いが濃かったってことは食料庫の中にでも猿がいるんだろか」
魔物の死体を押しのけて食料庫に入る。食料庫の中にも魔物は入ったようで、小麦などが散らかっている。そういったものと一緒に猿の死体が転がっていた。
猿がここにいるのは、イーガンたちから逃げたためだ。灯台下暗し、でイーガンたちはここに猿がいるとは気づかなかった。
食料がたくさんあり誰も来ないここに留まり続け、その結果発せられる匂いが溜まりに溜まって、保存していたものを取りにきた獣人が戸を開けたことで今日の事態になった。
それに近いことを推測しつつ幸助は外に出る。外にいたはずのイーガンの姿がなく、視線を動かすとよろよろと村人たちがいる方向へ歩く姿を見ることができた。
「怪我治療するから止まって」
差し出した幸助の手を払ってイーガンは首を横に振る。
「それは後回しだ。先にすることがある。こんなことになったんだ、すぐにでも謝らないと。許してもらえるかはわからないが、怒りのぶつけどころにはなれるはずだ」
村や獣人たちに被害がいくことを避けようとしたのに、結局はこうなってしまったことを悔いているのだ。
幸助にはどう言えばイーガンを止められるかわからず、後ろをついていくだけになっている。
獣人たちの近くまで来たイーガンは立ち止まり、土下座する。そしてこんなことになった原因を話していき、イェルツたちもイーガンの隣に移動し土下座をする。
話が終わり、辺りには静寂が満ちた。
獣人たちの長が進み出て、イーガンたちに話しかける。
「顔をお上げなさい」
イーガンたちの表情は怒られるのを怖がっている子供のようだ。
「許しますよ。ねえ皆?」
慈愛に満ちた声で長は皆に声をかけ、皆は頷く。誰一人として責める者はいなかった。
それを信じられないものを見たかのような表情で、イーガンたちは見ている。
「あなたたちが毎日懸命にこの村を守ってくれたことを知っているのです。
いい加減な気持ちでは、あそこまで疲れ果ててもなお動こうとする思いは生まれないでしょう。
たしかにショックは受けましたが、それ以上に感謝の思いを抱いているのですよ。
だから許します。そしてありがとう、私たちを守ってくれて、好きになってくれて」
村に被害を受け、獣人にも怪我をした人はいる。それでも許すことができるのはすごいことでありつつ、かなりのお人好しだろう。幸助も度を超えたお人好し集団という感想を持っている。だがそのお人好しにイーガンたちは救われていた。一度踏み外した道を戻してもらったのだ。
イーガンの漏らす嗚咽が周囲の響く。イェルツたちも涙を流している。そんな彼らに獣人たちは寄り添う。
「一件落着かな」
生き残りの魔物を警戒しつつ、イーガンたちと獣人たちの様子を見ながら幸助は平和な光景だと笑みを浮かべた。
この後幸助は全員の治療を行い、村の復興も手伝った。骨折などの重傷患者はいたが、幸いなことに死者はいなかった。
三日も経てば獣人たちの頑張りもあり、ある程度の修理はできた。乗ろうと思っていた船はすでに出発しており、いくらでも手伝える時間はあった。
イーガンたちも獣人たちに混ざって木材を切り出したり、運んだりと手伝っていた。ほかには殺した魔物たちから売れる部位を取り、街へと売り行った。それらは駄目になった食材の代わりや釘などの購入資金となった。
復興五日目、怪我人もいなくなり、復興にも自分がいなくて大丈夫と判断した幸助は村を出る。獣人たちは引き止めたのだが、幸助にも帰る場所があるので納得してもらった。
イーガンたちは村に定住することにしたようで、獣人たちと一緒に見送る側だ。好きな人たちを守り続けると気合を入れていた。その思いがあれば、今回のことで実力を上げたこともあり並大抵の困難には対処できるだろうと、思わせるものがある。
思いのほか長く滞在することになった村に別れを告げ、幸助は街を目指す。村人全員がその背を見えなくなるまで見続けていた。
その三日後、幸助は船に乗りカルホード大陸を出たのだった。
後のセブシック大陸を騒がせる事件は、この時すでにその芽を芽吹かせてた。
そのことに気づけるはずもなく幸助は、エリスとウィアーレに会うことを楽しみにしながら、甲板で海風に吹かれていた。