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突発的超人誕生の解説

 

 時間にして午後七時を過ぎたあたり、五時間ほど眠った二人は食べ物の匂いで起きだしてきた。ある程度満たされた睡眠欲を食欲が上回ったのだ。


「起きてきたか。こっちに座るといい。すぐに準備は終えるからの」


 首を傾げる幸助に通訳の魔法の効果が切れていると思い至り、エリスは再度魔法を使う。

 テーブルの上には三人分のスープとパンが並んでいる。フライパンからはジュージューと肉類の焼ける音が聞こえてきた。

 思わず幸助の喉が鳴る。座りましょうとホルンに誘われ、素直に従った。

 エリスが最後の一品をテーブルに置く。温野菜が添えられたハムステーキだ。

 食べる前にホルンとエリスが同じ動作を行い、眼を閉じた。


「それって宗教的なもの? 俺もやったほうがいい?」


 幸助の問いに二人は困ったような表情を見せた。


「今私たちがしたことは世界神に感謝を捧げるという儀式の略式なのよ。

 私たちにとっては当たり前のことなんだけど、コースケもしたほうがいいのかしら?」

「周囲に怪しまれたくないならしたほうがいい。

 急いでいるときならばしないが、ほとんど場合で皆してることだからの。

 国によって少しずつ違った形になる場合もある。他国にいったときはそちらにあわせてもいいし、自国の作法でもいい」

「じゃあ、俺の場合はこれかな?」


 いただきますと手を合わせる。


「コースケの世界にも似たものがあるのかい?」

「これは神様っていうより、食材になってくれた植物と動物と料理を作ってくれた人に感謝を捧げる作法なんだよ。

 外国には神に感謝を捧げる作法もある。でも俺はその宗教には属してないから」


 幸助が言っているのはキリスト教の作法だ。幸助の家は仏教だ。


「調理人と食材に感謝か。こちらでは聞かない解釈だね。

 まあ幸助はそれでいいと思う。それをしていれば、まわりが勝手に故郷の作法なんだろうと勘違いするだろうさ」

「わかった」


 話しはこれで終わり食事が開始される。

 一度手をつけると、久々のまともな料理に幸助は夢中になる。

 勢いよくたいらげていく幸助を、ホルンは微笑ましそうに見て、エリスは懐かしげに見ている。

 ホルンもよくやくありつけたまともな食事に、いつもより多めに食べることとなった。

 二人のおかげで料理はきれいさっぱりなくなる。作り手も嬉しくなるくらいの食べっぷりだ。

 ごうちそうさまと手をあわせる幸助に、それも作法の一つかとエリスが尋ね、幸助は頷いた。

 ホルンとエリスが食器を片付け終わり、話し始める。話題は寝る前のものだ。

 おずおずと切り出すホルンだが、幸助はそれほど沈んでいない。寝て食べたことで余裕ができた。もともと切り替えが早いほうなのだ。両親や友達には諦めが早いとも言われていた。


「いつまでも悩んでても解決しないしね。もしかすると将来ぽっと解決策がでてくるかもしれないし。

 それよりもこれから先のことを考えないと。俺この世界になにもないし、なにも知らないから大変そう」

「帰還については無理だけど、これから生きていくことなら力になれます。だから頼ってもらっても大丈夫」

「私もホルンの恩人を放り出すような真似はせぬよ。困ったことがあれば頼るといいさ」


 ありがとうと幸助は頭を下げる。


「この世界の知識とかはあとでいいとして。

 コースケがこっちにきて、ホルンと出会うまでになにがあったか聞きたい。話してくれないか」


 隠すようなことでもないので幸助は頷いて話しだした。

 と言っても自分で確認したように詳しいことは不明なままなのだが。

 続いてホルンが幸助をみつけたときのことを話し、なんとなくエリスには顛末がわかった。


「コースケはきっと竜の弱点にすごい勢いでぶつかったんじゃろうな。

 肩の粉砕なんぞ並大抵の勢いでは起きんからのう」

「そ、そんな大怪我でよく生きてたな俺」


 そんな重体であったことに顔が青ざめている。


「ホルンが治療したことと竜の力を吸い取ったおかげじゃな」


 もう一つ原因があるが、それのことに今は誰も気づかない。

 首を傾げる幸助に詳しい説明をする。


「ホルンは大陸有数の医術者じゃ、こと怪我を治すということに関して優れた才を持っておる。そのホルンが全力で治療したのなら、どのような怪我でも完治して当然じゃ。

 生きてさえいれば胴体が真っ二つにちぎれていても、治癒可能なのではとまで噂されておる」

「ホルンってすごいんだ。

 あ、あと助けてくれてありがとう」

「怪我人がいれば治療するのは医術者として当然のことです。まして命の恩人のためならば全力を尽くさないはずがありません」

 

 恩人という部分に幸助は反応する。


「そこなんだ! 命の恩人ってとこがわからない。

 俺が竜を殺したことで、どうしてホルンの命を救ったことになんの?」

「ホルンは生贄だったのさ」

「生贄ってーと、竜はホルンを食べるつもりだったってこと?」

「そのとおり。

 あのバケモノは三十年前からこの国に居座っててな、年に二回の生贄を要求してきたのさ」

「ありふれた話だなぁ」

「たしかにのう」


 エリスは幸助の言葉に同意したが、二人の捉え方は違っている。

 幸助は童話などの作り話としてありふれた題材と言ったのに対し、エリスは過去実際に幾度もあったことだと頷いた。

 その違いに気づかないまま会話は続く。


「その生贄には条件があっての。力の強い人間の乙女を喰らいたがったのじゃよ、あれは。それが受け入れられないと好き勝手暴れた。

 竜が壊滅させた村や街は十を超える」

「退治とかは?」

「何度も屈強な冒険者たちや勇敢な騎士や英雄と呼ばれた戦士が挑んだがな、皆返り討ちじゃった。

 そのうち人間では倒すことは無理だと、竜に従うことを選択するようになっていった。

 そしてホルンの番がきたのじゃよ」

「エリスさんはすごい魔法使いなんでしょ? どうにかできたんじゃ?」


 エリスは俯く。そのエリスを励ますように、ホルンがそっと肩に手を置く。


「エリスもどうにかしようと動いてくれたの。そしてエリスの使った魔法はたしかに効果を発揮した。エリスが使った魔法は竜の弱体化。でも弱体化しても人間では太刀打ちできなかった」

「……名が知れておるといっても、守りたい者を守れる力もないのじゃよ。情けないことだ」


 場が静かになる。ホルンは変わらず肩に手を当てている、その手にエリスは俯いたまま自分の手を重ねた。

 雰囲気を変えるように幸助が口を開く。


「あ、えと、さっきの続きなんだけど俺の助かった理由のもう一つって?」


 幸助の気遣いにのってエリスは顔を上げた。


「竜を殺したことで力を吸収し、強くなったからじゃ」

「吸収ってどういう?」

「お前さんがいた世界には吸収の概念がないのか?」

「吸収っていうと、食べ物の栄養を胃が吸収するとか、布が水を吸うとか、こういったことに使われる言葉だよ」

「ふむ……そっちにはない概念のようじゃな。

 吸収というのは魔物や獣などを殺したとき、それらの強さを吸い自分のものとすること」


 RPGでいうところの経験値というものだ。幸助もそう捉え、それであっている。

 つまり大量の経験値を手にいれレベルアップし、死にづらくなった。死のカウントダウンを伸ばし、なんとか生きているといった状態でこのままでは死ぬというところにホルンが到着し、治療が間に合った。

 吸収とホルンの治癒術ともう一つの理由が重なったことで、幸助は生きていられる。

 ちなみに吸収は経験値とまったく同一というわけではない。同じ種と戦っても同じだけの力を吸収し続けるわけではないのだ。二度目は半分、次はさらに半分。といった具合に減っていき、最後には得るものはなくなる。

 

「強くなったって言われても実感が……あ。ここにくるまで疲れがほとんどなかったのはそれが原因か? 俺の体力じゃ、こんなに動けないと不思議だったんだ」

「理解できたようじゃな。どれお前さんの強さを調べてみようか」

「計測器を持っているの?」


 ホルンの問いにエリスは頷き、立ち上がる。


「ガレオンが古くなっている計測器を新品に代えるというのでな、一つ買い取ったのさ。

 たまに使うのなら、まだまだ長持ちする代物じゃ」


 部屋を出たエリスはすぐに戻ってくる。

 四つに折りたたんだ新聞ほどの金属版と金属カードを持っている。

 持ってきた金属板をテーブルに置く。


「この上に手をあててくれ」

「……なにか浮かんできた?」


 幸助が手を乗せどけたあと、表面に文字らしきものが浮かんできた。当然幸助には読めないものだ。

 エリスと横から覗き込む形でホルンが見ている。


「……わかっていたことではあるが、このように表されると改めて驚くのう」

「……竜殺しってここまですごいものなんですねぇ」


 言葉に込められたものは驚きと呆れが半々といったところか。それだけ表示されたものがすごいということだろう。


「説明してほしかったり。文字読めないんです」

「ん、わかっておる。

 まずここじゃが」

 

 エリスは浮かび上がった情報を一つ一つ説明していく。

 RPG的に説明すると、筋力、頑丈、器用、知力、精神のステータスがある。筋力頑丈器用は読んで字の如く、知力は知恵と知識量を示し、精神は魔法に対する耐性や精神的柔軟性を示している。ほかに体力魔力素早さの三つがあり、これらは順に筋力と体力の平均、知力と精神の平均、筋力と器用の平均で表される。

 ステータスの表示は数ではなく、A+~E-の十五段階で表される。人間基準で、Eで普通、Dで優れている、Cで一流、Bで怖がられ、Aで崇められる。

 幸助のステータスは筋力B+ 頑丈B 器用B 知力C+ 精神C-となっている。


「一つもAってないんだね」

「あーうん……知らないからこそいえる言葉じゃの」

「さすがにAがあったら驚き通り越しておかしいです。計測器の故障を疑いますね」

「そうなん?」

「戦いを生業としていない成人男性が筋力E+ 頑丈E+ 器用E 知力E 精神Eだ。それと比べてもそんなこと言えるかの? ちなみにお前さんが殺した竜はオールB+。これは下級神クラスに入っておる。

 そのバケモノで一国壊滅させることが可能なのじゃよ。

 お前さんの平均はB-、能力値だけを見れば一都市を壊滅させることは可能ということになる」

「……もしかしてめっちゃ高い?」

「もしかしなくても高いわ。

 後にも先にも人類最強と呼ばれた英雄で平均Cなのですよ?」

「私は平均C-だ。それでも大陸に名を響かせておる」


 幸助の強さを再びRPG的にレベルで表すと70を少し超えたところだ。人類最強と呼ばれたもので40を少し超え。幸助が殺した竜で80から90の間。


「手に入れたものが馬鹿でかすぎて実感わきにくいです」

「無理ないのう。吸収という概念もなかったわけじゃからな。

 暮らしていけば嫌でも実感するじゃろうて。

 次はギフトだ。これはお前さんはもってないが、称号がギフトを兼ねておる」

「称号も気になるけど、ギフトの説明をお願い」

「ギフトというのは個人が持つ特殊な能力のことだ」

「神様からの贈り物という説もあるからギフトと名づけられたのよ。

 私は治癒3、エリスは魔法融合2を持っているわ」

「数字はなにを表してるの?」

「これは効果の大きさと多様性を表しておる。数字は1から3までで、数字が大きいほど効果も大きい。

 成長することがあるが、どうやれば成長するのか明確には解明されておらんな。

 ギフトに関連した行動をとり続けるといいなどと言われておる」

「この世界の住人全員が持ってる?」

「いや持っていない者もいる。そんな者たちは筋力と頑丈が高めになる。

 お前さんもその二つが高いじゃろう? いや特殊すぎてわかりづらいの。器用もBじゃし」


 ここまでステータスが高ければ、ギフトのあるなしの違いがなくなってくる。


「次は称号の説明だ。

 これは神から与えられたり、人々の認識で持つに至ったり、行動の結果で得られるものじゃ。

 ステータスやギフトや行動に影響を与える。

 一人で複数の称号を持つことは可能じゃが、基本的に持っておる称号一つしか効果を発揮させることはできん。

 意識すれば脳内にもっておる称号が浮かび、その中から好きなものを選ぶことができる。変更は一日一回じゃ。

 私は優れたる魔女の称号を持っておる。効果は魔力を一段階アップと魔法効果の若干の上昇いうものだ。

 ホルンはレーリルのお気に入りという称号で、効果は医療関連の行動に補正がある」

「レーリルって?」

「医療を司る女神じゃ」

「ふーん。俺の称号は?」

「竜殺し2じゃな。数値がついておるのは先ほども言ったようにギフトも兼ねているからじゃ。

 効果はステータス全て一段階アップ、先ほどのステータスにはすでに含まれておる。

 効果はそれだけではないはずじゃ。一段階アップは竜殺し1の効果じゃからの。

 ほかのギフトの成長の仕方から考えて……上昇範囲がステータスだけに留まらないといったところじゃなかろうかと思う。

 つまり全ての行動に補正がつくというものじゃ」


 後日の成長の速さでこの推測は当たっていたとわかる。

 この称号が幸助の生き延びた最後の理由だ。力を吸収して強くなったところに、称号によってさらに強化され、肉体の持つ自然治癒に補正がついていた。


「なんてチート」

「チート?」

「反則とかずるいって意味であってるはず」


 エリスは説明に頷いた。


「たしかにのう。

 全ての行動に補正がつくのなら学習能力にも補正がつくということじゃろうし、すごい勢いで成長していくじゃろうなぁ。

 ほかの者から見ればずるいだろうの。

 さすがは最強の竜を殺して得た称号なだけはある」

「最強の竜?」

「うむ。お前さんが殺した竜は、竜種として最高ランクに位置しておったよ」

「……弱点に体当たりされただけで、そんなやつがよく死んだね?」

「お前さん自身が死にかけるような体当たりだからのう。それはすごい衝撃があったのだろうさ。

 あとは弱点ってことでほかの鱗よりも若干脆かったのかもしれん。

 今となっては確かめようのないことじゃがの。いや死体を探ればなにかわかるかもしれんが、あれに触るなんぞごめんじゃ」

「毛嫌いしてるなぁ。当然か。

 ほかに説明することは?」

「あとはカード以外には特にないか?」

「と思いますね。

 なにか言い漏らしあっても、その都度説明すればいいですし」

「そうじゃの」


 エリスは文字の浮かぶ金属板に金属カードをくっつける。すると文字が消えていく。十秒もすると金属板はもとの何も書かれていない状態に戻る。

 金属板から離したカードを幸助に渡す。カードには文字が浮かんでいる。幸助は自分の名前だけはなんとかわかった。


「それは身分証明にもなるから失くさないように。本人が持ったときにのみ情報が表示されるから身分証明用としてちょうどいのじゃ」

「名前はなんとかわかるけど、ほかにはなんて書いてんの?」

「拠点としている国と街。そこにはピリアル王国リッカートって書かれてる」

「リッカートが拠点になってるんですか?」

「うむ。おそらくここに留まっていることで、そのように判断されたのじゃろう。コースケがもともと住んでいた場所は刻みようがなかったんじゃろうなぁ」

「リッカートって?」

「ここから二時間弱歩いたところにある街です。私もそこに住んでいるんですよ」

「自動的に浮かぶのは名前と拠点のみ。ほかの情報は所有者の意思で選別可能じゃ。

 といったとことで今日のお前さんに関しての話はここまでじゃ。

 次はホルンの今後の予定について」

「俺は席外したほうがいい?」

「いえ聞いててかまいませんよ。ただし面白くもない話になりますけど」


 本人が許可するのならと幸助はこの場から動かず、聞いておくことにする。

 

「ホルンはこれからどうするのか考えておるのか?」

「一応は。しばらくここに滞在させてもらって、その間にエリスに家に連絡してもらいたいなと。

 今帰ると大騒ぎになりそうです」

「確実に騒ぎになるじゃろうなぁ」

「ですから、家に無事を知らせもらい、竜が死んだことも確認してもらって、国中の人たちが竜の死を知ってから帰りたいです。

 そうしないと家に迷惑かけることになりそうですから。伯爵家の娘が逃げたなんて風聞立てられたら、ほかの貴族からいいように攻められるでしょうし」

「伯爵家?」


 黙っているつもりだった幸助は思わず声を漏らした。


「ええ、私は伯爵家の長女です。末っ子なんですけどね」

「貴族って始めて見た」


 テレビでも見たことない存在が目の前にいることに、幸助は驚いている。


「コースケの住んでた場所の近くには貴族の屋敷とかなかったのかい?」

「いや貴族自体が俺の国にはいないから。百年以上前は似たようなもので武家ってのがあったけど、それもなくなった。

 貧富の差ってのはあったけど、身分の差っていわれてもぴんとこない」

「じゃあ国には王や貴族はいなくて平民のみかの。国をどうやって動かしている?」

「王に似たものはいるよ。天皇っていうんだけど、天皇はいくつかの決められたこと以外には国政には関与しないんだ。

 国を動かすのは国民が選び出した代表者たち」

「キューハン自立都市に近い感じですね」

 

 ホルンは隣の大陸カルホードにある都市の一つを思い出す。

 キューハンは昔、国の圧政に立ち向かい自立を勝ち取った都市だ。貴族からの干渉をはねのけて、今でも都市住民たちの代表者たちによって自立を守っている。日本との違いは選挙権が年齢で決められておらず、中規模以上の店の主たちにのみ与えられていることだ。


「ホルンが生贄に選ばれたとき権力で変更できなかったの?」

「そんなことしたら最悪爵位取り上げられます」

「どうして? 貴族って偉そうだから多少の無茶はできそうなんだけど」

「大事のためには小事を切り捨てる。これが貴族の基本的な考え方です。

 国の危機が私という個人の命で免れることができるのなら、情を振り切って差し出せるのが貴族ですよ。

 私も死ぬのは怖かったですけど、生贄となることには納得していました」

「考え方は理解できるけど、実行は俺には無理」

「私たち平民には無理だろうね。簡単に命を差し出せるなんて私たちからすれば狂気にも近いよ」


 このときだけはエリスはホルンをにらみつける。

 それを微笑んでホルンは受け止めた。考えの違いなどとっくに理解しているのだ。


「私はそこまで貴族として完成された考えではないんですよ。

 二才のときから生贄になることが決まってましたから、貴族としては最低限の教育だけ受けて自由に過ごすことができていました。

 誇り高い貴族として育てられていたら、国のために命を使えることを喜びすすんで生贄になっていたと思います。おそらく誰かが生かそうとしても、怒って断っていたかもしれません。

 まあ国大事といっても国が揺るがない範囲だと、保守的でどこまでも自己の利益を追求するのも貴族の一面ですけどね」

「やっぱり理解しづらい世界だ」

「無理に理解する必要もないと思うがの。

 話を戻そうか。

 連絡をつけてほしいんじゃったな?」

「ええ」

「それはいいのじゃが、どのように伝えるかな。

 あまり屋敷には行きたくない。といって手紙だけを届けても悪戯と判断される可能性もある」

「あ、それとコースケのことは秘密にしてください。

 竜殺しの称号は大きすぎますから」

「竜殺しが現れたと知ったら貴族どもが利用しようと騒ぐじゃろうしなぁ。

 コースケは貴族に対する対応を知らんから、いいように利用される可能性が高いじゃろうなぁ。

 コースケ、お前さんは弁が立つほうか?」

「お偉いさんと渡り合えるかといわれると無理としかいえない。

 今思いつく対応は……暴れるぞ? と脅すくらい」


 この対応はあながちはずれでもない。今の幸助でも街を破壊することは可能で、今後戦い方や魔法を学ぶとエリスが言ったように都市破壊が可能になる。

 脅した貴族の領地で暴れたら財政的に大ダメージを与えられるだろう。

 

「有効じゃろうが、その場合は演技を悟られないようにせんとな。見破られると逆に脅される可能性もある。

 最悪国を敵に回すことになるとも覚えておくように」

「なるべく貴族に会わないようにすればいいよね」

「そうじゃの。あとは大店の者たちも貴族とつながりがあるから気をつけておけ」

「わかった。

 それにしても竜殺しの称号のすごさはわかったけど、竜殺しって存在自体もすごいんだ」

「うむ。歴史上お前さんを含めて三人だけじゃからな」


 エリスは竜殺し二人の人生を簡単に聞かせていく。

 一番最初の竜殺しは五千年前で、その次は二千二百年前だ。両者とも竜種としては下位のB-を倒して竜殺しとなっている。

 上位の竜が人間に殺されたのは初めてのことだ。このことを貴族が知ると、あちこちから幸助を取り込むための動きが見えるだろう。


「五千年前の記録がよく残ってたもんだ」

「そんな昔の記録は残ってないと思いますよ」


 感心したという感じの幸助の言葉をホルンが否定する。


「記録が残ってないなら、竜殺しのことを話せないと思うけど?」

「記録に残ってなくとも神に聞けばいいじゃろう? 生き証人じゃから詳しい話を聞けるしの。実際、話を聞いてまとめられた本がある。

 私が話したものも、その本からの引用じゃ」


 幸助の動きが止まった。


「……神様って実在するの?」

「当たり前じゃろうに。

 ん? もしかしてそっちにはいなかったのか?」

「神話とか伝承は残ってるけど実在してるって証拠はない。話すなんてもってのほか。

 神様がいるなんて話してたら、まず正気を疑われる」

「神がいないなら世界はどうやって作られたというのかの?」

「度重なる偶然とか奇跡とか言われてた。

 神様がいなくても世界ができる前から、今に至るまでのことは説明できてたし」

「信じられんのう」

「私もです。神がいない世界など想像もできません」

「世界が違うから、この言葉で納得できそうな気もするけどね」

「それで納得しておいたほうが無難かもしれんの」


 よそはよそ、うちはうち。こう考えたほうが両者のためだろう。

 神の実在しない世界のことを考えても意味はない。こちらにはいるのだから。考えてなにになるかというと、戯曲や小説のネタになるくらいだろうか。


「神様がいるんなら帰る方法聞けるんじゃ?」


 いいことを思いついたと幸助は笑みを浮かべる。

 それに対してエリスは首を横にふる。


「どこにいけば会えるかわかっておらん。

 会えなくとも話すことはできるが、そのギフトは希少でな。今の世には所有者はおらんよ。

 声を聞くだけなら可能じゃが、それは一方的なもので会話とは呼べん」

「教会、神様を信仰する人たちの集まりってある?」

「あるが?」

「そこに行けば話せそうなんだけど?


 神様も自分のことを信仰する者たちを気にかけるのでは、と思って聞く。


「人間が勝手に信仰しとるだけで、神々が気にかけることはないな。信仰する者よりも、気に入った生物を優先しとる。

 教会の人間に神託を授けず、どこかほかの人間に神託を授けるなんてよく聞く話じゃて」

「そっかぁ、いい考えだと思ったんだけど」

「神に聞くという方法は、私も思いついてはいたんじゃがの。神に会えたとして帰還方法を知っているかどうか。

 神に会うのはきっと苦労する。その苦労が報われん可能性があると思うと、黙っていたほうがいいと思ったのだ、すまんの」

「知らないって可能性もあったか。神様っていうと万能って感じだから、知ってるって思い込んでたよ」


 これも幸助とエリスたちの認識の違いだろう。

 地球で神様といったらなんでもできるすごい存在というイメージだ。しかしこちらでは、人よりもはるかに優れできることも多い存在だが、万能ではないと歴史上でいくつか実例がある。


「話がずれたな。どのようにしてホルンの無事と竜の死を伝えるかだったか。

 私が屋敷に行くのが確実か、行きたくないがのう」

「手紙書いておきますね。あとは証拠として与えられた貴金属を一緒に持っていけば信じてもらえるでしょう」

「竜の死因は病死か事故死とでもしとくかの。断定せず想像の余地を残しておけば、勝手に結論付けてくれるじゃろうて」

「竜殺しが現れたと考える人が出てきませんか?」

「出てくるじゃろうが、言い出した本人も可能性は低いと考えるのではないかの? 

 結論としては、気まぐれな大精霊が殺したか、寿命といったものになると思う。そうなれば狙い通りで万々歳じゃ」


 優れた占い師が竜殺しの出現を言い当てるという可能性がある。だがエリスはそこから幸助のことがばれる心配はしていない。出現を知ることはできても、個人の特定まではできないからだ。人間ではそこまでの精度の占いはできない。わかってせいぜいどこの国にいるといったくらいだ。

 ホルンに竜殺しを見てないか問う者がいても、ホルンが竜のところまでに行く前に去ったらしいと証言すれば疑いようがない。事実、籠に乗っているときに竜の悲鳴をホルンと騎士たちが聞いているのだ。そのときに倒されたと判断し、ホルンが祭壇に到着するまでから竜の死体を発見までの時間でいずこかへと去ったと考えるだろう。

 

「とりあえず明日、山に行って死体の位置を確かめてくるかの。ついでに一発魔法叩き込んでやるとするか。

 屋敷に行った際に、伯爵たちに死体の位置を教えれば勝手に確かめに向かうじゃろ」


 明日からの方針を決めた三人はちょっとした雑談で時間を潰す。話題は幸助の世界のことで、ホルンたちはこちらとの違いに何度も驚かされる。そして幸助とホルンはエリスに促され、早めに就寝することになる。

 一人残ったエリスはとっておきの酒を取り出し、ホルンの無事と竜の死を祝って一人で祝杯をあげた。

 久しぶりに美味い酒が飲めたエリスは、いい気分のままベッドにもぐりこんだ。

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