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結局参加だよ! やったね幸助

 ベッドから身を起こした幸助はのろのろと着替えて、寝室から出る。ウィアーレとエリスの部屋からは動いている気配はなく、二人ともまだ寝ている。

 身支度を整え部屋から出て、キッチンへ向かう。朝食を作るためだ。コックが作るので客が作らずとも朝食は出る。だが自分で作ろうと思えば作ることもできる。

 材料はコックや食堂にいる従業員に声をかけると準備してくれる。量が多すぎると別料金を取られるが、大抵は食事料金を前払いしているとしてタダでもらえる。

 幸助が朝食を作るのはエリスの注文だ。ここに泊まって三日間は宿の料理を食べていたのだが、飽きがきたのだろう。久しぶりに幸助の料理を食べたいと言い出し、作ることになったのだ。

 キッチンの前までくると、ふわりと料理の匂いが鼻をくすぐる。食堂ではコックがすでに働いている。包丁がまな板を叩く音や食材が焼ける音を聞きつつ、テーブルを拭いていたメイドに声をかける。


「おはよーございます。食材もらいたいんですが」

「おはようございます。なにが必要ですか?」

「切ってあるパンとジャムとバター。次にサラダ用のレタス、キュウリ、トマト、ドレッシング。卵と薄切りしたハム。

 これらを三人前いいですか」


 朝食は、パンとサラダとハムエッグという簡単なものに決めていた。ウィアーレもエリスも朝からたくさんは食べないので、これくらいが丁度いい。

 注文を再度確認し、メイドは調理場へと向かう。そしてすぐに材料をカートに載せて戻ってきた。


「こちらでよろしでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

「お客様用のキッチンは食堂の隣にあります。

 使い終わった調理器具は、軽く水洗いして一まとめにしておいてください。

 食べ終わったあとの皿も、お客様用のキッチンに持っていって一まとめにしておいてください」

「わかりました」


 そう言って幸助は教えてもらったキッチンに行って、調理を始める。

 調理する様子は堂に入ったもので、誰かが見ていたら年単位で調理し続けた経験があると思うだろう。それくらい慣れた様子に見える。

 実際はエリスの家で、料理したくらいだ。上がった学習能力のおかげで、手際がよくなっていた。

 さらにはホルンとエリスの好みも的確に掴んでおり、二人が幸助に料理を任せる回数が徐々に増えていったなんてこともあった。ボルドスとベラッセンに行く前で既に、ホルンの料理の腕を軽く上回っており、エリスに迫る勢いだったのだ。一流どころにはまだ敵わない、けれども三流どころには負けないくらいの腕前だ。

 トントンとリズムよく包丁を使い、野菜をしゃきっとした歯ごたえが残るような切り方をする。ドレッシングを一舐めし味を確認し、少し別皿に取り分け、調味料を付け足しエリス好みのものを別に作る。目玉焼きも一つだけ別に焼いていく。それがエリス好みのものだ。

 ウィアーレの好みは知らないので、今回は幸助自身の好みと合わせている。

 自身の好みも把握して、それにそった料理が思い通りにできるので、料理の腕が上がったことを幸助は嬉しがっている。


「完成っと」


 出来上がった料理をトレーに載せて、手早く料理器具を洗っていく。

 部屋に戻るとまだ二人は寝ているようで、リビングは静かだ。

 今日も仕事があるウィアーレを先に起こすことにする。三度扉を叩いても反応がなく、幸助はやや緊張しつつ扉を開く。


「おはよー」


 声をかけながら近づくと、もぞりと掛け布団が動く。

 もう一度声をかけると、反応が返ってきた。


「うぁ? コースケさん?」

「朝だよ。ご飯もできてる。起きて」

「朝……あーおはようございます」

「うん」


 リビングに来てと声をかけ、幸助は部屋をでた。

 次のエリスも同じように扉を叩き、反応がなかったので中に入る。

 こちらは声をかけても反応はなく、肩を揺する。


「おはよーございます」

「むぅ……なんじゃ朝か?」

「そうですよ。ご飯作ったから起きてくださいな」

「……そういえば頼んでいたな。起きようかの」


 エリスの寝室から出て、緊張からか力んでいた体から力を抜く。

 リビングではパジャマ姿のウィアーレが三人分の水を入れていた。顔を洗って眠気はとれたらしい、すっきりとした顔をしている。


「その小皿にドレッシングを取り分けている席は、エリスさんのところだから。座るならそれ以外にね」

「わかった」


 顔を洗ってきたエリスもリビングに入ってきて椅子に座り、祈りを捧げ、食事が始まる。


「美味い」


 エリス専用のドレッシングをかけたサラダを食べ、好みにぴったりあった味に思わずといった具合に感想を漏らす。


「腕は鈍っていないようじゃな」

「そうらしいね。美味しくできてよかったよ。

 ウィアーレはどう? もっと甘めがいいとか辛めがいいとかない? 次回の参考にするけど」

「不満はないなぁ。あえて言うならもう少し薄味のほうが?」

「薄味ね、了解了解」


 ウィアーレの嗜好をしっかりと覚え、リンゴジャムを塗ったパンに噛り付いた。

 私よりも料理の腕、上? と呟いているウィアーレの言葉は聞き流した。

 食事が終わり、二十分ほどのんびりしたあと、食器を戻しに行く幸助とこれから仕事のウィアーレが一緒に部屋を出る。幸助は砥ぎの仕事をやった以外は働いていない。これ以上厄介事に巻き込まれないよう、エリスの近くで待機するように言われているのだ。

 エリスが教師役で講義してくれるので、暇ではないし、色々と知識が得られるのでなんの不満もなかった。


「いってらっしゃい」

「うん、行ってくるね」


 玄関へと向かうウィアーレを見送り、幸助は客用キッチンに食器を持っていく。その帰りに玄関ホールを通った時、ナガレがやってきたのを見て足を止める。

 ナガレも幸助を発見し、軽く頭を下げて近づいてきた。


「おはようございます」

「おはようございます。なにか御用ですか?」

「ええ、ちょっと頼みごとが」

「ここでの立ち話もなんですから、部屋の方にどうぞ」


 エリス立会いの下で話した方がいいと思い、幸助は部屋に移動することを勧める。

 

「どちらさまかな?」


 扉が開きそちらに視線を向けたエリスは、幸助と一緒にいる見知らぬ人を見て問う。


「助けた貴族の子の世話役。

 話したよね、ナガレさん」

「ああ、たしかに聞いたな。

 初めましてエリシールという。コースケとは師弟の間柄だな」


 ナガレはエリスのに名にわずかに反応を見せる。エリスの本名は有名でナガレも知っている。だが容姿は知らず、聞いていた年齢とも違ったので、有名人と同じ名前なだけと思い気にしないことにする。


「初めまして、私はナガレと申します。コースケ君にはお嬢様がお世話になりました」

「そこらの話は聞いておるよ。

 まあ、玄関先で話すのもなんだ、中に入りなさい」

「では失礼します」


 エリスは先に椅子に座り、幸助に茶の用意を頼む。ナガレに椅子を勧め、軽く雑談を始める。エリスの口調は普段のものではなかった。幸助がティーカップをそれぞれの前に置いて、椅子に座って本題に入る。


「今日はコースケに会いに来ただけなのかな?」

「少し頼みごとがありまして」

「……頼みごとね。それはどのようなもの?」

「大会の特別枠に参加してもらえないかといったものです」


 一拍置いてエリスは問う。


「どうしてそのような特別な扱いに?」

「なんと言いますか、私どもとしてはコースケ君は大会に参加するものと思ってまして。

 それで主から、コースケ君の大会スケジュール調査を頼まれまして調べたところ、どこにも名前がないことがわかりました」

「そりゃ当然だよ。参加者としてじゃなく、観光する者としてここに来たんだから」

 

 幸助からしたら当然と言える言葉に、ナガレが苦笑を浮かべた。


「あの実力だからてっきり大会に参加するものとばかり。

 ですので今大会は盛り上がるぞと、皆楽しみにしていたのですよ。

 主も同じで、参加していないとわかると、参加させて戦いぶりを見たいと言い出しまして」

「なるほど、それでここに来たのか」

「はい。参加の依頼に来ました。

 大会関係者にはこちらから話を通してますので、あとはそちらの了承を貰えればどうにでもなるのですが」


 気乗りしていない幸助の表情を見て、ナガレはこれは駄目かなと心の中で呟いた。

 無理強いをするつもりはないので、断られてもなにか問題があるわけではない。主たちの説得に少しだけ苦労する、それだけだ。

 なのでエリスの肯定的な言葉には驚いた。


「特殊枠というのはどういったものなのかな」

「予選なし、ベスト64からの参戦という条件での参加になりますね」


 参加者が六十四名に減ってから、一対一のトーナメント戦になる。それまでは十人総当りなのだ。


「……条件付で参加させてもいいと思っている」

「条件ですか?」


 参加させるという言葉に幸助も驚いているが、問い質すことはしない。エリスのことだからなにか理由あってことだろうと、会話を静かに聞いている。


「コースケの存在をおおやけにしないこと。

 これはこの大会だけではなく、今後お前さんたちの口から、ほかの貴族王族にコースケのことを話さないということも含まれる。

 書類にその旨を書いて証拠として残すこと。

 これが守られると確約されるならば、コースケの参加を認めよう。

 私もコースケも目立つつもりはないのよ」


 エリスはこの大会参加という事柄を利用して、コースケの名がルビダシア家から広まらないようにするつもりだ。

 この話を聞いてチャンスだと思った。ルビダシア家周辺にはコネがないので手が出せなかったのだが、向こうから頼みにきてくれたのだ、ルビダシア家にとって不利益にならないよう気をつけて条件を出せば、上手いこと話を運べると考えた。

 事実ルビダシア家にとって、コースケの情報を隠す程度どうといったこともない。今後のことはともかく今のところ、コースケという存在は利益も不利益も生み出すことはないのだから。


「それは私が今すぐに返答しなければならないことでしょうか?」

「いや主と話して決めるといい」

「そうですか、では今日のところは帰ります」


 ナガレは椅子から立ち上がり、一礼して扉へ向かう。

 立ち止まり、振り返る。不意に、なにかを思いついたような表情だ。


「コースケ君の存在をおおやけにしないと言われましたが、大会に参加すれば多くの人の目につきますよね?

 その人たちにも黙ってもらうというわけにはいかないでしょうし、そこらへんはなにか考えが?」

「コースケには変装の魔法を教えてある。それを使って姿を変え、名を偽ればよいのさ。

 お主らは、コースケの戦いぶりを見ることができればそれでよいのだろう?」

「それはたしかに」

「ならば事前にお主らだけに変装し名を変えていることを伝えておれば、なにも問題はないだろう?」

「納得致しました」


 そう言って今度こそナガレは出て行った。

 実のところナガレも変装という案は思いついていた。それを実行し騙しきるだけの実力があるのかと、情報を集めるつもりで付け足すように聞いたのだった。

 そのナガレの考えをエリスは見抜いていて、ばらしても問題なしと判断し話したのだ。元より伝えるつもりの情報だったので、隠す必要もなかった。


「そういうわけだから、参加するようにな」

「面倒って言いたいんだけど」

「ここで起こした出来事を丸く治めるためだ、我慢しなさい」


 自身が原因なので、そう言われると痛い。

 幸助は参加に頷き、どういった変装で参加しようかと考え始める。

 すぐに思いついたのはライドヒーローだ。必殺技のように見せかける映像の魔法も覚えていることだし、お披露目するのも面白そうだとライドヒーローで行くことにした。

 帰ってきたウィアーレに、大会参加を告げると驚かれる。行かないと宣言していたのだ、当然の反応だろう。

 突然の参加の理由をエリスが説明し、大変ですねと幸助に若干の同情をしつつも納得した。

 次の日、条件を受け入れることを告げに来たナガレに偽名を登録してもらい、幸助の大会参加が決定した。

 約束を守ると書かれた書類はゲンオウの直筆サイン入りでかつ、正式な書式で書かれており、それをギルドにお金を払って保管してもらう。書類を出す際には、両者立会いでなければならないといった念の入れようだ。


 時は流れて大会当日。

 街は人で溢れかえっていた。それらの人々全員が会場に向かっているかというとそうでもない。

 映像の魔法により、会場に行かなくとも試合は見ることができるのだ。期間限定でテレビが設置されていると思えばいい。

 テレビといっても音声はない。画面が大きいので、迫力はそれなりにあるのだが。

 会場に行くのは、生の臨場感を味わいたい人で、とりあえず見ることができればいいという人や人ごみは苦手という人は街中で見る。

 幸助たちは会場組だ。参加する幸助が行かないという選択肢はないし、エリスとウィアーレは指定席のチケットをルビダシア家から贈られていた。

 幸助は大会参加が三日目からなので、初日と二日目までは幸助も指定席で見学することになる。

 会場は歴史を感じさせる古さだ。エリスの話だと幾度か改修工事も行われているとのこと。大きさは地球の野球ドームより小さい。似たような建物のコロッセオよりも小さく、収容人数も少ない。満席になり、立ち見客も合わせて三万人収容が限界だろう。

 飲み物と食べ物を屋台で買っていき、三人は指定席に向かう。

 行った場所は舞台に近いベンチで、前後左右の指定席とは少し間隔が開いており、狭さを感じさせない。

 王族貴族が使うような特等席は、会場の上部に設置されている。


「私こういった大会を見るの初めてだよ」


 ウィアーレが物珍しげに周囲を見ている。


「私は何度かあるな。まあここ十年は見ていないが」

「俺は一回だけかな?」


 幸助が見たのはプロ野球で格闘とはほど遠いのだが、雰囲気は似ていると言ってもいいのかもしれない。

 始まるのはいつかなと待って三十分、銅鑼が大きく鳴り響いた。それは会場だけではなく会場外にまで遠く鳴り響き、大会が始まったのだなと街中の人々はわかった。

 舞台に数人が上がる。その中にゲンオウもいた。

 どこからかアナウンスが聞こえてくる。


「大会責任者からの開始宣言です」


 これにより会場は静かになる。

 年長の老人が、三十才ほどの男に声量が上がる魔法をかけてもらい口を開く。


「これより個人武闘大会を始める!」


 十秒もかからず手短に終わり、老人は頭を下げた。

 会場中から歓声と拍手が聞こえてくる。

 それらが治まるとアナウンスが聞こえてきた。


「前回個人の部優勝者による、優勝旗返還。

 リタイ・ムーゼッツ殿どうぞ」


 声に従い、二十半ばの男が手に持つ小さめの旗を大会責任者へと渡す。

 大会責任者は旗を受け取り、リタイになにか話しかけるが、その会話は会場までは聞こえてこなかった。

 アナウンスが舞台上の人々に退場を促し、去っていく間に大会参加者へ注意事項が流れる。

 簡単にまとめると。殺しは駄目。事故ならば罪に問うことはしない。だが過剰ともいえる攻撃は殺意ありとみなし、裁かれることになる。

 負けはギブアップを認めた場合と気絶した場合と石造りの舞台から落ちた場合。空を飛ぶ場合も舞台から離れすぎた場合は負けとなる。

 武器は好きなものを使っていいが、壊れた場合の責任は持ち出した己にかかり、相手に弁償を求めないこと。

 怪我も同じで、どんな大怪我も相手に治療費を求めないこと。この大会で負った怪我は、大会側が治療すること。

 これらが伝えられ、一回戦第一試合開始間近だと伝えられた。


「選手が上がってきたぞ。そろそろ開始のようじゃ」


 控え室で促された選手達十名が舞台に上がり、それぞれ間隔をあけて立ち、開始宣言を待っている。


「えー、準備整いましたか?」

 

 先ほどまでとアナウンスと違う声が、舞台上の選手達に確認のため聞いている。

 選手達は問題ないと頷く。それをどこかで見ているのだろうアナウンス役が開始を宣言する。


「一回戦第一試合……始めっ!」


 選手たちが一斉に動き出す。それぞれがそれぞれの考えのまま動いていく。

 身近な者に突進していく者、魔法を使おうとする者、様子見と体力温存のため舞台の端に引く者、動かずに周囲を見ている者、様々だ。

 結局第一試合を勝ち残ったのは、体力を温存していた者だ。観察力の高さ視界の広さが、勝因に繋がった。

 次からの試合も第一試合と似たようなもので、二十分ほどで決着がついていく。十分以内で試合が終わったのは、昼まで見て二試合だけだった。

 戦いは幸助の予想を裏切るものもあった。できないのではと思えるような動きを、ギフトや魔物を倒し強化された身体能力に任せて行う者がいたからだ。まるで特撮のようで、思った以上に楽しめた。それとそういった動きは幸助の常識を壊し、戦いの幅を広げることになる。見ているだけで更に強くなった幸助だった。


「ボルドスはまだ出てこないな」

「見落としてない?」

「その心配はいらんよ。きちんと見とるからのう」


 幸助たちは、ボルドスとは会っている。

 街に到着し、宿をとったボルドスの魔力をエリスが捉え、三人で会いに行ったのだ。

 三人が着ていると思っていなかったボルドスは驚いていた。そしてこの街で一番の宿に泊まっていることも驚き、そのお金を出したのが幸助と知りさらに驚いた。

 ボルドスは一人で来ていたわけではなく、仲間たちと来ていた。その中にクラレスもいた。大会に着てみたかったらしく、ボルドスについて来たらしい。武具店の店番は従兄弟に任せたとのこと。

 ボルドスの同行者の中にもう一人女がいて、その人を見た幸助はクラレスが以前言っていたことを思い出し、この人がボルドスに惚れているもう一人だとわかった。名前を聞いて間違いないとわかる。こちらはボルドスと違い、見学らしい。

 ちなみにエリスがボルドスの育て親と聞き、ボルドスに惚れている二人は緊張に身を硬くしていた。

 ボルドスは幸助に参加するのかと聞き、それに対して幸助はほんの少し迷い首を横に振った。どこから情報が漏れるかわからないので、ボルドスにも参加を秘密にしたのだ。

 昼食の休憩が終わり、午後の部が始まる。一時間ほど経ちボルドスの姿が見えた。


「あ、いた」

「どこ?」

 

 見つけられていないウィアーレに、幸助は指差してボルドスのいる場所を教える。

 ボルドスは三人に気づいていない。わりとわかりやすい位置いるのだが、指定席にいるとは思っていないので探すことすらしていない。声をかけても、歓声にかき消されて届きはしないだろう。


「さて、あやつは勝ち残るかの」


 エリスは楽しみだと笑みを浮かべ、試合開始を待つ。

 ボルドスは愛用の斧を使うつもりだ。刃にはカバーをかけていて安全には気を使っているようだ。それでも当たり所が悪いと、簡単に骨折させてしまうだろうが。まあ、それはボルドスの武器だけにいえることではない。

 試合が始まる。

 ボルドスは近くにいた選手に突っ込んでいく。そこで三回四回と武器を打ち合わせて、相手を気絶させ、次の目標に向かっていく。

 このグループには突出した者はいなかったようで、極普通に選手同士が潰しあい、最後はボルドスと魔法の使い手の一騎打ちとなる。

 結果は、範囲型の魔法に耐えながらボルドスが相手に接近し、その勢いのままショルダータックルをぶちかまし気絶させた。

 ボルドスの二回戦進出が決まり、観客から拍手が送られる。

 それを背にボルドスは疲れた様子で、舞台から降りて控え室に帰って行った。


「ボルドスさん、勝ってよかったね」

「うん」

「よくやったけど、あの様子じゃ優勝は無理じゃなぁ」

「無理かな?」


 ウィアーレが聞き返す。


「まあ、コースケに勝てないわな」

「あ、そっか」

「会っていない間になにか奥の手でもできたのなら話は別なんじゃがの」


 そんな都合よくいかないだろうと、エリスは確信を持っている。付き合いの長さから、突出した成長はしていないと見抜く。


「明日勝ち抜いてベスト64に入って、そこから一回でも勝ったら健闘したって言っていいんだろうの」

「ボルドス、強いのにそれだけで健闘って言えんの?」

「ギフト使えないし、発動しないよう気をつけなきゃいけない分、ハンデになっとるしなぁ」


 暴走するようなギフトはこういった場では使いにくいだろう。暴走している間は全力で、手加減もできない。殺しては駄目だという注意事項に触れてしまうこともありえ、結果使えないと判断することになる。

 不利を承知で参加したのは、本選に出場しベスト64に残ると出る賞金目当て、それと自身の実力を確かめるためだ。

 ついでにベスト64にでも残れば、冒険者として箔がつく。

 ボルドスの思惑をエリスは二人に説明し、次の試合までの暇潰しとした。

 試合は次々と消化されていき、午後七時を持って一日目の試合は全て終了となる。

 会場から出ていく人々の流れにそって、三人も出ていく。

 人々は今日一番の試合はどれか言い合ったり、賭けで儲けた負けたと表情を変えたり、大会の熱気に当てられてただただ騒いだりと様々な反応を見せている。

 その騒がしさは夜が更けても続き、例年の如く警備たちを出動させた。


 次の日も三人は飲み物、食べ物を買って指定席に座る。

 今日の試合も十人総当たりだが、さすがに振るいにかけられただけあって、昨日よりも熱い試合が多く見られた。

 選手が健闘するたびに、観客も応援に熱が篭る。

 ボルドスは今日も勝ち抜いた。強い相手が複数いて、戦い終わったあとは疲労困憊といった感じだった。

 ほかの選手と同じように治癒担当に治療してもらい、たっぷりと休息して、明日の試合に備えるのだろう。

 そして三日目、幸助の参加当日がやってきた。

 

「先に出るから」

「いってらっしゃい」

「途中で変装するのじゃぞ。帰ってくる時も同じようにどこかの物陰で変装を解いて、正体や滞在宿がばれないように気をつけること」

「了解」


 頷いた幸助は、必要書類を持って宿を出る。

 会場に向かう途中で、ふらりと脇道に入り、そこでライドヒーローへと変装する。ついでに全身を覆うローブの幻も重ね、脇道から出る。

 観客用入り口とは別の選手用入り口で、そこで立ち警備兵に書類を渡す。

 姿を隠し怪しいのだが、念入りに調べた書類は本物で、警備兵たちは首を傾げつつも幸助を通し、個室に案内する。

 そこで呼ばれるまで待つことになる。備え付けのお茶やお菓子を食べつつ待っていると、扉がノックされる。

 どうぞと言った三秒後に扉が開く。


「ナガレにシズクお嬢様? なにか伝え忘れたことでも?」

「いえ、ただ様子を見に来ただけですよ。

 すでに変装しているのですか?」


 ローブ姿の何者かにわずかながら警戒していたナガレは、幸助の声を聞いて警戒を緩める。


「正体隠すためにね」

「どんな姿なのか見たい」


 とことこと近寄ってきたシズクがローブの裾をくいっと引こうとして、掴めず不思議そうな表情となる。


「これ幻だから掴めないよ。

 ちょっと待って」


 幸助はローブだけ幻を解く。

 シズクとナガレは、現れた見慣れない姿に目を開いて驚いた。

 特に二人を驚かせたのは仮面だ。こういった種類の仮面はこちらにはないのだから。


「その変装はコースケ君が考え出したものなの?」

「完全オリジナルかってこと?」


 その問いにナガレは頷きを返す。


「違いますよ。

 俺の故郷に伝わるとある英雄の姿。彼は平穏を乱す何体もの化物と戦い、ついに化物集団の首領を倒し、平和へと導いたんだ」

「聞いたことないですね。目立ちそうな話なのに」

「知ってたら驚くよ」

「この姿ってなにかとくべつなこうかあるの?」

「ないよ。これも幻だしね。

 戦闘は、魔法でちょっとした演出を加えながら戦うことになる。でもその演出もただ光ったりするだけ。

 素手で戦うことと同じ」


 そうなんだと頷きつつ、シズクは幸助の体にペタペタと触る。

 幻に下にある服に触れるのだろうと思っていたのだが、感触の違いに首を傾げる。


「こっちの幻はちょっと高等な魔法だから、感触も誤魔化せるんだよ」


 こっちの幻の魔法を使うのは、戦っている最中に幻を纏っていると疑問をもたれないようにするためだ。映像のみだと殴ったときにグローブの感触ではなく、素手の感触とわかり、そこから幻を纏っているとばれる可能性がある。念を入れるに越したことはないということで、この魔法を使っている。

 

 この部屋に来た目的を果たした二人は、部屋から出て自分たちの見物席に戻っていく。

 それから三十分ほど経ち、大会関係者が幸助を呼びに来た。

 部屋に入った関係者は、幸助の姿を見て動きを止めた。数秒経って動き出し、ついてきてほしいと告げた。

 舞台が見える通路まで案内され、ここで待つように言って関係者は近くにいた同僚と話し出す。

 ここにはこれまで勝ち残ってきた選手もいて、異様な姿の幸助は彼らの注目を集めている。

 注目されているのは姿が珍しいからだけではなく、これまでの試合に出ていなかった者がここにいるからでもある。この姿は目立つので、見落とすことはない。なぜいるのかと不審に思っているのだ。

 ボルドスもその姿に珍しそうな視線を送っていて、首を傾げている。どこかで見たようなと記憶を探り、ライドヒーローの演劇を思い出した。ここでさらに首を傾げることになる。劇中のヒーローが、なぜここにいるのかと思ったのだ。

 あの劇に幸助が関わっていると知らないボルドスは、これが幸助の変装とは気づくことができないでいた。

 ちくちくと刺さる視線を幸助が無視していると、外からアナウンスが聞こえてきた。


「これよりトーナメント抽選会を始めます。

 ここからは勝ち残った六十二名、そしてシード二名を加えた六十四名による勝ち抜きトーナメントとなっております。

 戦う順番は、これから選手自らくじを引いてもらい決まります。

 それでは選手一同の入場です! 盛大な拍手を送ってあげてください!」


 会場中から大きな拍手が鳴り響く。

 その拍手に負けない声で関係者が、選手に入場するよう声をかけた。

 ぞろぞろと選手が舞台に上がる。拍手は止まずいまだ鳴り響いているが、どよめきも起きている。

 原因は幸助だ。選手たちが思ったように、観客もいままでいなかった幸助に疑問を持ったのだった。

 その観客の疑問を無視してアナウンスは、参加者にくじを引く順番のことを話していく。


「呼ばれた選手の方は箱を持った係員のもとへ行って、くじを引いてください。

 順番はトーナメント出場決定が早かった方からになります。なおシード二名は最後となります。

 では一番、南国出身の獣人クリス!

 ギフトは持っていませんが獣人特有の身体能力を生かし、危なげなく勝ち残りました。俊敏な動きから繰り出される短槍の連続突きは、一回戦二回戦で他の選手を寄せ付けませんでした! 今後も要注意の攻撃でしょう!」


 呼ばれた獣人がくじを引く間に、アナウンスは選手紹介を行っていく。

 どのような選手か把握していない客もいると判断し、ある程度の情報を知らせていく。それを観客だけではなく、選手も聞き漏らさないようにしている。対戦相手の貴重な情報なのだ、聞き逃すといったもったいないことはできない。

 次々と選手が紹介されていき、ボルドスの出番がくる。


「次は東の大陸からの参加者ボルドス!

 ギフト持ちながら、それがルール上で不利になるということで、ギフト使用どころか発動を抑えつつ戦うというハンデを抱えながらもここまで勝ち残ってきました!

 ハンデを抱え、どこまでいけるのでしょうか!」


 おおーっというどよめきがそこかしこから起きる。

 ボルドスがくじを引き終わり、次の選手の紹介へと移る。

 そしてシード組まで順番が回ってきた。

 

「シード組一番手! 言わずと知れた前回前々回の覇者! 今回で殿堂入りとなるか!? リタイ・ムーゼッツ!

 鉄壁を打ち破る選手はいるのでしょうか。非常に楽しみなところです」


 紹介とともに一際大きな拍手と歓声が起こる。それにリタイは片手を上げて応え、くじを引く。

 トーナメント表の空白は、ボルドスの対戦者とアーマセラ流ではない剣術の使い手の対戦者だ。

 ボルドスとしては、リタイよりはもう一人の方がまだましだろうと考え、リタイがこっちにこないよう心中で願っていた。願いが叶っても叶わなくとも、厳しすぎる戦いになるとは予想だにしていない。

 リタイは引いたくじを係員に見せ、トーナメント表に名前が表示される。対戦相手はボルドスとなった。

 ボルドスは九割がた一回戦敗退となることを予測し、呆けた表情でトーナメント表を見ている。

 指定席から見ているエリスも、くじ運のなさを笑っている。


「最後となりました!

 謎の選手の紹介です!」


 いよいよ幸助の紹介となり、会場はざわめきが引いていく。聞き逃すまいと一人一人が声を小さくしているのだ。


「名前はライド・ワン。出身地、男なのか女なのか、年齢、得意な戦法、少しも情報はありません!

 数少ない情報では、ルビダシア家当主からの推薦を得て、急遽参戦が決定したとのことです!

 それだけ実力があるということなのでしょう。大会で波乱を巻き起こしてくれることを期待します」


 こういった情報を得て、幸助を見るとその立っている様も堂々としたものに見えてくる。

 ゲンオウからの推薦を得ているという発表で、選手たちは幸助に驚きの視線を向け、観客は大会が楽しくなりそうだと歓声を上げた。

 一人リタイだけは面白そうな視線を向けている。手応えがありそうな者がいて嬉しいのだ。

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