強くとも勝てないものはある
今幸助とウィアーレの目の前に、レゾティックマーグの冒険者ギルドがある。
アーマセラ道場に行ったあと、一日宿でのんびり過ごした二人は暇になり、ギルドで暇潰しに仕事を受けることにしたのだ。
街の規模がベラッセンよりも大きいので、ギルドの規模もそれに伴うように大きい。大会のおかげということもあるだろうが、人の数もベラッセンのギルドより多い。
「いつもは付き添いとして一緒にいたけど、ウィアーレはギルドに登録してる?」
「してるよ。職員は全員してる」
登録していないのならば、依頼を受けるために登録しなくてはと思っていたのだが、その必要はないとわかった。
ベラッセンは地元ということもあり幸助とウィアーレの事情をギルドは知っている。だから幸助一人で依頼を受け、ウィアーレを連れて仕事をしても、人数を増やして報酬上乗せを強要するといった小細工を行ったなどと思われる心配はない。そんなことをしないという信頼もある。
けれどもここでは幸助たちの事情をギルドは知らず、迂闊なことをするとギルドに勘違いされトラブルの元になると思い、登録のことを気にかけたのだった。
「じゃあ、ここで登録してなくてもいいね」
二人は建物内に入り、そのまま雑務系依頼のある場所へと向かう。暇潰し程度の仕事を探しているので、街を離れるような依頼は受ける気がない。そういった短期で街を離れるような依頼は、大会参加者がウォーミングアップとして持っていき今は数が少ない。
壁に貼られた紙を見て、一つ頷いたウィアーレは決めていたことを話す。
「私にできそうなもの探してみるよ」
「ん? 一緒にやらないの?」
「うん。一人でやってみようと思って」
幸助と一緒に行動すれば、また頼ってしまうと考えた。だから甘えを消すため一人で行動して、慎重にかつ確実に仕事をこなせるように自身にプレッシャーを与える。
保険もかけるつもりだ。幸助と一緒にやった依頼に似たものを、中心に受けようと考えている。まったくやったことのない仕事よりも、失敗する確率は下がるし、緊張や不安も少ないだろう。
別々の依頼を行うのは、成長のための第一歩なのだ。
こういった理由は話さずに、幸助と一緒の仕事は力量的についていけないといった建前を話して誤魔化した。なんとなく本当の理由を話すのは恥ずかしい思いがあった。
「お金目的じゃないから、ウィアーレに合わせてもいいんだけど」
「私のことは気にしてないで、好きな依頼を受けるといいよ。
私も考えがあって一人でやってみようと思ったんだし」
このままでは一緒に行動することになるかもと思い、少しだけ理由を話す。
「……それならそうしようか。
ちょうどいい依頼があるといいなー」
「だねぇ」
二人は壁に張られた紙を流し見ていく。
幸助は技術として身につけられそうな依頼がないか探し、ウィアーレは自身にできそうなものを探していく。
一枚の依頼書が目に止まり、ウィアーレは立ち止まる。
「これがいいかな」
内容は子守の手伝いだ。大会のおかげで忙しくなり、子供たちの世話する時間が少なくなった大人たちが自分たちの代わりに、短時間でも子供の世話をしてくれないかとギルドに依頼を出したのだった。
子供の相手は孤児院での生活で慣れている。手始めの依頼としては慣れているこれでいいのではないかと、受けることにしたのだ。
「みつかったんだ? 俺は……これやってみようかね」
幸助がみつけたのは、砥ぎ師からの依頼だ。研いでもらいたいという依頼ではなく、忙しいので伝票整理や客の対応をお願いしたいといった内容だ。いくら忙しいといっても素人に砥ぎを任せはしないだろう。あと前提条件として文字の読み書きができること、とったものがあった。このことからも雑務をしてほしいのだとわかる。
二人は依頼者の住所を確認し、ギルド前で別れる。
ギルドから歩いて十五分ほど、そこに目的地である砥ぎ師の店はあった。
「こんにちはー」
挨拶しながら店に入ると、誰もいないカウンターがすぐ目の前にあった。
カウンターのすぐ後ろには棚があり、砥ぎ終わったらしい刃物がすらりと並べられている。置かれている刃物は、包丁といった生活用品から、剣や槍といった武器まで様々だ。槍や斧といった長かったり重たかったりするのものは、立てかけられている。
「留守? 奥にいるかもしれないか」
大きく息をすいこみ、先ほどよりも大きな声で店の奥へと声をかける。
「こんにちはー!」
「はいはーい」
店の奥からがたごとと音がして、作業服姿の男が出てきた。
「どーも! 作業に集中して気づくのが遅れました。
イザザキ砥ぎ屋へようこそ。どのような刃物でも砥ぎなおし、新品と変わらぬ切れ味に戻します!
今日はどのような刃物をお持ちで?」
「客じゃないんだ」
「客じゃない? だとしたらどんな用事でここに? もしかして弟子入り志願? もしそうなら、今は忙しいから大会終わってからにしてほしいんだけど」
「弟子入り志願でもなくて! お手伝いの依頼をギルドに出したでしょ。その依頼を受けにきたんだ」
一瞬、男はキョトンとしてすぐに手を打つ。その反応にすでに募集は終わっていたのかと幸助は思う。
「あ! あれね!」
「もしかしてもう募集してない?」
幸助の言葉に、男は勢いよく手を横に振る。
「いやいや! 今まで全く来なくて、もう手伝いに来る人はいないんじゃないかなと思ってたんだ。
助かった! これで作業に集中できる」
「じゃあ雇ってもらえるってことですか?」
「うん。
カウンター内に入ってきて。やってもらう仕事を説明するから」
男の手招きに応じて、幸助はカウンター内に移動する。
カウンター裏には表から見えなかったが、椅子と机があり、机の上に紙が重ねられている。
「依頼書にも書いたと思うけど、やってもらいたいことは大きくわけて二つ。客の対応と書類整理。
書類整理ってどんなのかというと、使ったお金と収入の計算。二十日前から計算が止まってるんだ。日付とかお金の種類はきちんと書いてあるから、いつの収入なのか支出なのかとは迷うことはないと思う。
これらを一日ごとにまとめて、五日ごとにまとめて、全体でまとめる。ここまでやってくれ。
依頼書に書いてあったと思うけど計算はできる? 苦手なら一日ごとにまとめるだけでもいいんだけど。それだけでも、とても助かるからね」
「大丈夫です」
話に聞くかぎりでは必要なのは算数レベルだ。それならば大丈夫だろうと頷いた。
「そう? よかった。
次に客への対応。品を受け取り、ここにある紙に、名前と品物の種類と受け取った日付を書いてくれ。
預けたものを取りに来た場合は、客から名前を聞いて、こっちの棚から品物を探して渡す。槍や斧といった棚に納まりきらないものは、こっちに立てかけてある。タグがついているから探せないことはないはずだ。そのタグに料金も書いてあるから、その料金を受け取ること。
なにかトラブルがあれば、店の奥に呼びかけてくれれば誰かでてくる。
雇用期間は四日。四日もすれば、作業が落ち着くんでね。
とりあえず、これくらいかな」
ここまで聞いて何か質問はと聞いてくる男に、幸助は少し考え湧いた疑問を聞く。
「お金の単位はどうしたらいい? ルトで書く? それとも銅貨とかにしとく?」
「計算の間違いがなければ、どちらでもいいよ」
「基本ルトで書いとくよ。時間があれば銅貨とかにもしとく」
「それでいい。
じゃあ、早速頼んだ」
「あ、ちょっといい? 頼みがあるんだけど」
「頼み?」
幸助は去りかけた男を止める。
「時間がある時でいいんだけど、作業現場の見学をしたいってのと、刃物の簡単な手入れの仕方やコツを教えてもらいたいんだ」
「休憩時間の時でいいんなら、こちらとしてはかまわないよ」
そういって男は店の奥に戻っていく。
残された幸助は店内を見渡し、気合を入れる。
「とりあえず、書類の確認でもしてよう」
椅子に座り、書類を手にとって一枚一枚確認していく。
数えてみると、七十枚ほどあった。下の方から古い順になっているが、収入と支出の区分けはされておらず、手始めにその区分けをやり始める。
その途中、店の入り口に気配を感じ、書類に重しを置いて風に飛ばされないようにしてから、幸助は立ち上がる。
「いらっしゃいませ」
「うおっ!?」
カウンターから視線をずらしていた男には幸助が急に現れたように見え、驚いた表情を見せる。
そんな客の様子に幸助は小首を傾げるが、まあいいやと流す。
「あ、預けてあった槍を受け取りたいんだが」
「名前はなんとおっしゃるんですか?」
「ゲーニス。ゲーニス・フラッカー」
「ゲーニス様ですね。少々お待ちください」
置かれている三本の槍のタグを確認し、該当する一本を手に持つ。
「御代は銀貨二枚となっております」
「これでいいか?」
男はカウンターに二枚の銀貨を置いた。
「はい。ではこちらをどうぞ」
「ああ」
男は受け取った槍の刃を確認し、満足したように頷いている。
「世話になった」
「ご利用ありがとうございました」
幸助が頭を上げている間に男は店を出て行く。
「お金は……この籠でいいのかな」
摘み上げた銀貨二枚を、カウンター下の籠に入れる。
カウンター上にある、枠が描かれた紙に客の名前と武器の種類と金額を書き込んでいく。ここまでやって、品を受け取りにきた客への対応は終わりとなる。
順調な滑り出しと頷いて、幸助は書類作業に戻る。二つにわけた書類を、古い日付が上にくるように並べかえ、計算を始める。
「電卓があればなぁ」
簡単な計算だけとはいえ量が多く、見直しのことも考えると電卓がほしくなってきた。
とはいえ上昇した能力のおかげか計算していくうちに、地球にいた頃よりも計算速度が上がっていき、のんびりやっても明日には終わりそうだと見通しがたった。
ときおり来る客の相手をしつつ、書類を丁寧に整理していき、夕方となる。それほど忙しくはなかったので、体力的にも精神的にも疲れはなかった。
出来具合に満足してなさそうな客の対応は、職人たちがしてくれたので苦労も感じなかった。
「店は閉めるから今日の仕事は終わりだ」
書類と睨み合っている幸助に、奥から出てきた男が話しかける。昼食時に少し話し、名前はコランダムだと判明している。
その時、剣の手入れのことについても聞いている。
そこで幸助は初めて、刃物を砥ぐ時に数種類の砥石を使うことを知った。
芸術品としての価値のある刀のように見栄えを気にしないため、複雑な過程を踏まなくともいいが、それでも一種類の砥石のみを使うというわけにはいかないのだ。
もとより期待はしていなかったが、自分で完全な整備をすることは無理だとわかった。一ヶ月ほど集中して学べば、できるようになるかもしれない。だがそういった学習につきあうほど職人たちも暇ではないだろう。
幸助はここにいる間に、血糊や脂の丁寧な取り除き方、刀身の異常の見分け方を学べれば御の字だと思うことにした。
「んんーっ!」
幸助は背筋を伸ばして、書類をわけて椅子から立ち上がる。
「明日はどれくらいにくればいいですか?」
「二つ目の鐘が鳴る頃にでも」
この街では一つの鐘が朝六時頃に鳴り、二つ目の鐘は九時頃に鳴る。
「わかりました。じゃあ、今日は帰ります」
「お疲れさん」
職人たちは店を閉めたあともしばらく作業を続けるらしく、コランダムも作業着のまま店の奥へと戻っていった。
店から出ると、幸助と同じように仕事帰りの者たちが道のあちこちを歩いている。
彼らの流れに混ざり、宿へと戻る。自室の扉を開けると、先に仕事が終わっていたウィアーレが暇そうに自身の身分証明カードをいじっていた。
「あ、おかえりー」
「ただいま。先に終わったんだね」
「うん。最後まで残る必要はなかったよ」
ウィアーレ側の依頼人としては、一番子供の多い時間帯に手伝ってもらえるだけで大助かりなのだった。
それに最後まで残ってもらうと、八時過ぎまで拘束することになる。ウィアーレたちバイトをその時間まで拘束すると賃金的に苦しいことになるので、フルタイム働いてもらうのは避けたのだ。
荷を解いた幸助はウィアーレと今日あったことを話し、夕食まで時間を潰す。
この日から契約した期日まで、幸助は何事もなく勤め上げた。
賃金は銀貨三枚で、オマケとして砥石をもらった。これはナイフを砥ぐ用だ。調理など日常生活で使うナイフなので、気合を入れて手入れする必要もなく、一種類の砥石で十分なのだ。砥ぐ時のコツも実践解説付きで教えてもらい、もちろん剣の手入れ方法も教えてもらったので、ここで得たものは給料以上といえる。
ウィアーレの方はというと、慣れているということと気合を入れていたことで失敗もなく働くことができた。だがハプニングがなかったかというとそうでもなく、本人の知らぬ間に商家の遺産相続問題に少しだけ関わっていたりする。
幸助と違い日雇いで契約したので、いつまでという契約期間はなく、幸助の契約期間を過ぎても手伝いに行くようだ。
幸助たちが思い思いに過ごしている一方で、エリスもリッカートで用事を済ませていた。
「では話した内容で頼む」
「ええ、お任せください」
エリスの向かいに座っているのは、建築依頼の請け負いを生業とする者だ。
「完成はいつくらいになるだろうか?」
「そうですね……貴族の屋敷ほど大きくはなく一般的な家よりも大きいですから、最大で半年といったところでしょう」
「事前に聞いていた通りか。
わかった。よろしく頼む」
エリスが新居として頼んだ家の大きさは、四世帯が住むことのできるアパート、それよりもやや大きいかといったくらいだ。頑丈さを第一にしたことと家自体の大きさで、通常の一軒家の価格よりも高くなっているが、竜鱗一枚を売り払っているので懐にはまだまだ余裕がある。
竜鱗はリッカートの冒険者ギルドの長に売った。彼は昔からの知り合いで、一ヶ月前冥族の国に行く前に呼び出された時、ついでに竜鱗を渡しておいたのだ。家近くの知り合いで、竜鱗を買い取ることができる財力を持ち、実際に買い取ってくれそうな知り合いは、そのギルド長くらいなものだった。
竜鱗の売却金額は閃貨で百枚以上だ。そんな大金がすぐに用意できるわけなく、時間を置いた今日受け取ったのだ。そのお金と冥族からの報酬を惜しげもなく使い、新居のセキュリティーは万全を通り越して、やりすぎともいえるものになる予定だ。
ちなみにギルド長がエリスを呼び出したのは、手紙を渡すためだった。差出人は過去からのエリス。内容は短く、一文のみだった。その一文でエリスは大切ともいっていい記憶を思い出すことができた。
その記憶がどんなものなのかは、いずれわかるだろう。
「建築場所は郊外ということで変更はないですね?」
「ああ。そこに作ってくれれば、完成時に魔法で小さくして持ち運ぶ」
「あとは、書類の不備がないか確認をお願いします」
男が差し出した書類を、エリスは確認していく。
しっかり時間をかけ、間違いがないことを確認し、書類を返す。
「今日のところはこれで失礼する。次は三ヶ月後にでも様子見に来るつもりだ」
「はい。次のお越しをお待ちしております」
店から出るエリスに深々と頭を下げ見送る。上客なので、丁寧すぎるほどの対応でちょうどいいのだった。
「リッカートでの用事はこれで終わりじゃな」
業者の事務所を出たエリスは、予定を確認してすべて終わったことを確認する。
「ではコースケたちのところに向かうとするかの」
街を出たエリスは二度の転移魔法を使い、レゾティックマーグへとやってきた。
二度も使ったのは、一度で移動できる転移魔法を使えないからだ。移動距離に関係なく世界中好きに移動できる転移魔法は難易度が高く、神や高位の精霊のみが使用可能なのだ。エリスが使おうと思ったら、二十年ほど魔物退治を行い実力を伸ばす必要がある。といってもエリスは今の転移魔法で十分だと思っているので、修行することはない。
「さて二人はどこにおるかのう」
探知の魔法を使い、幸助たちの居場所を探る。使ったのは、魔力波動を四方に飛ばし一瞬のみ知人の魔力を探知して居場所を探るもの、いわばソナーのような魔法だ。効果範囲は徒歩一週間の距離にも及ぶ。
「おや? この反応は」
二人の反応を探知したエリスは、視線を街からずらす。幸助たち以外にボルドスたちの魔力も探り当てた。
ボルドスたちは、エリスがいる位置から六日ほど離れた場所にいる。
「後日会いに行くとしようかね」
ボルドスのいる方向を見たあと、エリスは街に入り幸助の反応を辿っていく。
もう一度街中でソナー魔法を使い、エリスは幸助のいる砥ぎ師の店にたどり着いた。
「いらっしゃいませ~ってエリスさん!?」
幸助は入ってきたエリスを驚いた表情で見ている。
「元気にしておったか?」
「元気は元気だけど、どうしてここにいるって?」
「人探しの魔法があるのさ。
幸助は仕事中みたいだね」
「うん。大会まで暇で、その間に仕事の一つでもやってみようと」
「そうか。ここで話すと仕事の邪魔になるのう。とってる宿の場所を教えてもらえる? そこで待ってることにするよ」
幸助は頷いて、滞在している宿の名前と場所を告げる。
「覚え違いじゃないなら、そこって高級宿じゃったような?」
「あってるよ。ちょうどいい宿が空いてなくて、そこにしたんだ」
「お金大丈夫かの? 私がくるまで足りてればいいって考えていたのか?」
幸助の財布の中を思い出し、ウィアーレと一緒に高級宿に泊まる余裕はないのではと思ったのだ。
「宿代稼ぐためにも仕事しておるのか?」
「いやさっきも言ったように大会までの時間潰し。
お金は大丈夫なんだ。閃貨十枚手に入れたから」
「待て、生半可なことでは閃貨を十枚も手に入れられはしないだろう。私がおらん間に、いったいなにをしたのだ?
いやあとで聞くことにしようか」
エリスの背にひやりと冷たい汗が流れる。今すぐ問い詰めたかったが、思いなおした。ここで話すのは商売の邪魔になるからだ。
「宿に行ってるぞ」
「う、うん。多分ウィアーレが戻ってると思うよ」
「そうか。ウィアーレから話を聞いておくことにしようか。
楽しみじゃな、お前さんがなにをしでかしたのか知るのは」
エリスの表情は笑顔なのだが、幸助はその表情のまま受け取ることができなかった。ほかに目撃者がいれば、同じような感想を持つことになるだろう。
エリスが去り、幸助は仕事が終わり宿に戻るのが少し怖くなった。けれども時間が止まるということはありえず、仕事を終え技術を学んだ幸助は恐る恐る宿へと向かうことになる。
今日でここの手伝いは終わりなのだが、達成感を感じる暇などなかった。そんな幸助の様子に、職人たちは首を傾げるだけだった。
「ただいまー」
思わず小声になりつつ幸助が扉を開くと、変わらぬ笑顔のエリスが出迎えた。その後ろでウィアーレが幸助と同じように怯えた様子を見せていた。
「おかえり、ずいぶんと活躍したみたいじゃな」
温かみのない言葉に、幸助はあとずさる。
「えっと、どれのことを言ってるのかなと思うわけで」
「新たな遊びを発表したこととルビダシア家と繋がりができたこと」
「……誘拐に関してはなにも言わないの?」
「そういったことは冒険者ならば関わってもおかしくはないからの。事件解決自体にはなにも言う必要はない。
問題なのは、名を売るような行動したこと。名を知られるような行動をしたこと。この二点じゃ。
せっかく私が、冥族関連でそうならないように苦心して動いたというのに」
なんとか冥族が積極的に関わらないよう動いたというのに、合流してみたら行動を台無しにするようなことが二つも起きていた。怒るなというのが無理だろう。
実際のところエリスは怒ってはいないが、なにしてくれてんだという思いはおおいにあった。
「世界に名を広めたいのなら言ってくれ、そういった方向で動けるよう人を紹介してやる」
「そんな気はさっぱりないんだけど」
「ならば自重してくれ」
「いやあの、ごめんなさい。
……一つだけ言い訳したいんだけど」
「なんじゃ?」
「誘拐された子の中に、貴族の子がいるとは想像もしてなくて。そこは情状酌量の余地はあるかと」
「まあ、それはそうだが……」
そこで溜息一つ吐いて続ける。
「今後は自重してくれぬか?」
「善処します」
予測できないことがありえるので、素直に頷けない幸助。
そこはエリスも理解しているので、フォローしてやればいいかと考えている。昔のエリスと比べてみると、すごく甘い判断なのだが幸助とウィアーレがそれを知るはずもない。エリスが丸くなったと知る機会はあるが、それはまだまだ先のことだ。
「明日、商人ギルドに一緒にきてもらう。いいな?」
「反対はしないけど、どうして?」
「口止めじゃよ」
幸助が新たな遊びだと提出したオセロは、誰にでも遊べるものだ。誰にでも遊べるということは、それだけ多くの者に受け入れられるということ。
オセロを遊ぶには道具があったほうが便利。つまり多くの者が遊ぶ=道具が多く必要ということになり、お金が多く動く。そしてその利益の一部が幸助に入ってくる。一部とはいえ世界規模で売られるのだから、入ってくる金額は多額と言えるもの。そんなにお金が集まれば、下心を持った者が集まってくる可能性が極めて高い。ほかにも別にアイデアがあると期待して集まる者もいるだろう。
幸助が目立つ気がないのならば、そういった者は邪魔でしかないのだ。だから極力幸助の名が出ないように、商人ギルドに口止め料を払っておく必要があった。
商人ギルドに情報を渡し、すでに数日経ってはいるが、やっておくにこしたことはないのだ。
「わかったかの?」
口止めの必要性を説明され、こくこくと幸助とウィアーレは頷く。
このほかにルビダシア家の方にもなにか手を打ちたいと、エリスは考えている。
ルビダシア家はそれなりに有名で、各国に門下生を派遣したり、各国からコウマ国に学びにくる人がいたりして、貴族や王族とも繋がりを持っている。そういった者たちと出会ったとき、話題の一つとして幸助のことを話さないとはかぎらない。そうすると世界でも有数の実力を持つゲンオウに評価されている幸助に、興味を持つ者が出てくるだろう。
そういった動きは幸助や周囲の者の生活を阻害するだろう。そうならないよう手を打ちたいと思っているのだ。
だがエリス自身はルビダシア家やコウマ国にコネはなく、手が出せない。エリスの持つコネを使い、幸助のことを広めないよう動いても、優れたる魔女が保護に動いた人物として、その動き自体が人々の興味を引きかねない。
よって対応策の一つでも思いつくまでエリスにできることは、ゲンオウたちが幸助のことを広めないよう祈るのみだ。
「頭が痛いわ」
眉間を揉み解すエリスに、原因である幸助は申し訳なさげに緩い笑みを浮かべることしかできなかった。
部屋に入り、お茶を出したり、肩を揉みリラックスしてもらったりと、エリスの雰囲気がある程度落ち着いた頃、よくやく幸助とウィアーレから怯えが消える。
その後は自分たちのことは話したので、エリス側の話を聞き、夕食までの時間が過ぎていった。