流れた涙と影響と
寄道をして時間をくった三人は、ようやくナガレの主の待つ屋敷に到着する。ここはナガレの主がコウマ国に持つ道場の支部だ。
目の前にある建物は周囲とは雰囲気からして違う。時代劇に出てくる道場とほかのなにかを混ぜ合わせた、独特な建物だ。それが夕日を受けて、朱色の染まっている。
開かれている門を潜ると、目の前に道場が、右に外で稽古できる広場が、左に住居が見える。その住居も本宅と別宅に別れている。道場生たちは普段は本宅を使い、別宅は今回のようにナガレの主が来たときのみ使われる。
そういった建物の配置などを門近くでナガレが説明していく。
これらを見て幸助は懐かしいようなそうじゃないような気分になる。日本にいた頃の幸助の近くにはこういった武家屋敷はなかったのだ。それに近いものを見て、若干期待はずれのような思いもしている。
「今から別宅の客室に案内します。主にコースケ君の到着を知らせてきますので。そこで少々お待ちください。
ではついてきてください」
ナガレの案内で二人は別宅に向かう。
玄関で靴を脱ぎ、下駄箱に入れる。こういったところは日本と同じなんだなと思いつつ、幸助は板張りの廊下に上がる。
「靴を脱ぐんだ?」
玄関先で靴を脱ぐのは初めてのウィアーレは驚いた様子を見せ、幸助と同じように下駄箱に靴を入れる。
「コースケ君は慣れているように脱ぎましたね」
「故郷じゃ玄関で靴を脱ぐのが当たり前だったからね」
「やっぱりコウマとそっちは似てますね。
あ、ちょっといいかしら」
近くを通った女中に二人の案内を頼む。
二人は女中に案内され客室へとやってきた。障子を開けて部屋を入る。そこに畳があるかなと思った幸助の予想は外れ、板張りの床に絨毯が敷かれていた。普通っぽい部屋だと思う幸助の感想に反し、紙が高価なこの世界での障子は日本よりもお金がかかっていて、わりと高級な屋敷だったりする。
ここでお待ちくださいと言って女中は一度去り、饅頭と湯のみに入れたウーロン茶に似たお茶を持ってきた。そして一礼し、再び部屋から出て行った。
座布団に座り、慣れた様子でお茶を飲む幸助。ウィアーレはお茶と菓子には手をつけず物珍しそうに部屋の中をきょろきょろと見回している。
芋餡だった饅頭とお茶の相性を堪能して、幸助は長閑な気持ちになっている。
「コースケさん、気分が緩んでるね」
「故郷に近い雰囲気を味わえてるからねぇ。やっぱり故郷ってのは落ち着けるもんだな」
「たまには帰ったらどうなんです」
「帰れたら、ね。そう簡単にはいかないんだ」
「勘当でもされた?」
「近いかな」
親に勘当ではなく、世界に勘当されているという違いがあるが。
そんなことを話して暇を潰していると、廊下から足音が聞こえてきて、障子が開いた。ナガレが二人を呼びに来たのだ。
「お待たせしました。私の後についてきてください」
ナガレに先導され、二人は当主の待つ大部屋へとやってきた。そこには当主のほかにシズクなど数人が座って待っていた。
一番奥には黒の束帯を着た男がいる。四十にはなっていなさそうな男だ。どっしりと構えて落ち着きがあるようにも、男盛りで活発的でもありそうにも見える。隣にシズクが座り、薄桃色の生地にところどころ花の刺繍のされた束帯を着ている。ちょこんと座っている様子は可愛らしく、お人形さんといった感想を幸助とウィアーレは持つ。
全員の視線が幸助に集中する。当主の幸助を見る目は鋭く、硬い表情も合わさり、かなり厳格な印象を受ける。
影の薄いウィアーレは、ここが貴族の屋敷みたいなものだといまさらながら思い当たり、宿に残ってるべきだったかと心の底で思う。高級宿に一人と貴族の屋敷に幸助と一緒。どちらがましかと答えの出ない問いを自身に投げかけていた。
ナガレは二人に空いている座布団に座るように言って、自分はシズクの隣に移動する。
当主は幸助たちが座り、正面から向き合ったことを確認すると口を開く。
「はじめまして、私はルビダシア家の長ゲンオウ・アーマセラ・ルビダシアと申す。
助けてもらったシズクの父だ。
此度は娘の救出に協力していただき感謝する」
言葉とともにゆっくりと頭を下げる。ピンっと伸ばされた背筋を曲げるだけの動作なのだが、様になっており、幸助とウィアーレは思わず感嘆の吐息を吐き出しそうになる。
平民に頭を下げることに周囲の人間がなにも言わないことから、幸助は家中の雰囲気を良さげなものに感じる。
「本日はお招きいただきありがとうございます。
救出に関する礼はすでにナガレからもらっているので、お気になさらず。
それに力を貸していただき助かったのはこちらも一緒なのです」
場の雰囲気につられて幸助も硬い口調となる。
「それでも何事もなく無事に助け出されたことは、侯爵家といった立場だけではなく親としてとても嬉しいことなのだよ。
だから何度感謝を述べても言い足りないくらいだ。
シズクからもお礼を言っておきなさい」
「ありがとうごじゃいました」
噛んだことにシズクは少しだけ頬に朱をはしらせ、頭を下げた。
噛んだことを幸助たちは突っ込めず、ゲンオウたちは突っ込まない。噛むことは予測の範囲内だ。シズクだけではなく、ゲンオウが噛むことも予測のうちだ。ここまで噛まなかったことに周囲の人間は若干感動している。
なぜこういった予測ができているかというと、ルビダシア家の長と跡継ぎの持つ性質のせいだ。彼らは戦うといったことに才能の多くを費やしているため、ほかのことは不得意なのだ。躾でどうにかなるようなものでもなく、呪いといえるほどに身に染み付いている性質だった。
一例として、この部屋と廊下のちょっとした段差にこの親子は必ず躓いている。そこにあるとわかっていても、忠告されても、必ず躓くのだ。
この性質のおかげで、日常生活をつつがなく送るには他者の協力が不可欠なのだ。特に幼い頃は。
この性質も悪いことばかりではない。普段の頼りなさから、自分達で支えなければと家中の者たちは常日頃考えている。おかげで謀反や謀略などとは程遠い。
「どういたしまして」
幸助はシズクの礼を頷いて受け取る。
「さて、ささやかながら宴を準備させてもらった、ごゆるりと楽しんでいってくだされ」
「ありがとうございます」
部屋の外で待機していたのだろう。家来の一人がそばの戸を開くと、女中たちが次々と料理を運んでくる。楽師も入ってきて、すぐに曲を弾き始める。
それぞれの目の前に置かれたお盆にはいくつもの小皿が載せられ、コウマの郷土料理がずらりと並ぶ。日本の旅館に行くと出てくる小さな鍋もあり、余熱でいまだくつくつと煮立っている。漂い嗅ぎ取れる匂いは幸助にとって懐かしいものだった。
国外出身ということを考慮して、幸助とウィアーレのお盆には箸だけでなくスプーンとフォークも置かれている。
食前の祈りが終わり、ゲンオウが宴の開始を宣言したあと、幸助は迷わず箸を手に取り白米を口に運ぶ。
匂いと湯気が、噛んだ感触が、ほのかな甘みが、干飯では味わえなかった旨みが、それらすべてが懐かしい。五十回近く噛みようやく飲み込んだ。
品質としては日本の米に劣る。だが美味しかった。ただただそう感じられ、白米だけをいっきにかきこんでいった。
「いやいや見事な食いっぷり。こちらでは米はなじみのないものだが、気に入られたようでなにより。出したかいがあるというもの。
それに箸の使い方も上手いものですな」
嬉しげな笑みを浮かべてゲンオウが言う。
「米はうちの故郷でも主食なんですよ。箸も主流です。久しぶりに米を食べることができて、ついいっきにかきこんでしまいました。
無作法でしたか?」
「いえいえ、一粒も残さず綺麗に食べてもらえて作った者も喜ぶことだろうさ。
さあ、おかずのほうも味わってくだされ」
ゲンオウの勧めに応じてふろふき大根に箸を伸ばす。次に塩釜焼きされた川魚と箸は止まることなく、次々と口に運ばれていった。
その美味そうに食べる様子をゲンオウたちは満足げに見ている。故郷の料理を美味しそうに食べてもらえ嬉しいのだ。
隣に座るウィアーレは初めての料理を味わうためゆっくりと食べていた。どれもが初めて見て食べる物ばかりで、新鮮だった。料理を口に含むたびにころころと変わる表情は、なかなかに面白いものでウィアーレにも注目は集まっていた。
食べることに専念している幸助とウィアーレのことを気遣ってか、話しかけるようなことはせずゲンオウたちは身内で会話を交わしていく。話題は大会のことだった。
その話に参加していないシズクはナガレに世話を焼かれながら、料理を食べている。ウィアーレと同じくゆっくりとしたペースなのだが、こちらは味わっているというわけではなく、急ぐと料理を落としてしまうのだ。それでもときおり落としてしまいそうになる時がある。そんな時はナガレが小皿で受け止め、シズクに食べさせている。そういった作業をナガレは喜々として行っている。シズクが可愛くて仕方ないというのが表情を見るだけでよくわかる。
そうして幸助が満足し箸を置いた頃、それを見てゲンオウが大きめな徳利を片手に近寄る。
「どうかな、一杯?」
勧める様子に厳格なものはなく、当主といより父親といった側面が出ている。
「あー……」
どうしようかと悩む。幸助の飲酒経験はビールを数度飲んだことがあるだけだ。あまり強い酒は飲みたいとは思っていない。酔っ払ってしまったら、どのような醜態をさらすかわからないのだ。だが当主自らの誘いを断るのは失礼に当たるかもしれない。
結局、少しだけならば酔ったとしても軽い酔いで済むだろうと受けることにする。
「酒は飲みなれてないので、少しだけなら」
そう言って幸助は盆の上に置かれているお猪口を差し出す。
「酒はあまり好きではないのかな」
ゲンオウは注ぎながら聞く。
「いえ、酒を飲める年齢に達してなくておおっぴらに飲めなかったんですよ」
「そうなのか。うちでは十五を過ぎれば誰でも飲んでいいってことになっている。そのつもりで薦めてしまったよ、すまない」
「気にしないでください」
お猪口をくいっと傾ける。口の中へと流れた液体は強い刺激を持ってはいなかった。水に近い口当たりで、わずかな甘みとすっとした爽やかな後味が感じられ、飲みやすい。アルコール度はあまり高くはないが、飲みやすさから飲みすぎてしまい、結果酔っ払ってしまう。そんな酒だ。
「美味しい……のでしょうね」
批評というには稚拙な言葉が出てくる。それにゲンオウは気を悪くせず、もう一杯どうかと問う。
「そうですね、もう一杯もらえますか?」
「気に入られたようでなにより。うちで五本指に入る名酒なのだよ、これは」
注がれた酒を口に運ぼうとした幸助の動きが止まる。隣に座るウィアーレの視線に気づいたからだ。興味津々といった目でお猪口を見ていた。
「ウィアーレも飲んでみたい?」
「え? あ、飲んでみたいというか、どんな味なのかなと興味があったりなかったり? でもお酒飲んだことないからやめたほうがいいのかな? でも少しくらいなら?」
「つまり?」
「……飲んでみたいです」
恥ずかしげに目を伏せて小声で答えた。
その様子を小動物みたいで可愛いなぁと思いつつ、幸助はゲンオウを見る。
「飲ませても大丈夫ですか?」
悪酔いなどしないかという含みを持たせて聞く。
含まれたものも理解し、ゲンオウは頷いた。
「お嬢さん、お猪口を出してくだされ」
「いえっ! 自分で注げますので!」
貴族に注がせるわけにはいかないという遠慮からの言葉だ。
ゲンオウはそれを理解して、緊張を解すような笑みを浮かべる。
「遠慮などしなくてよろしい。
お嬢さんのような可愛らしい人の相手ができるのだから役得というものだよ」
渋く落ち着いた声での褒め言葉に、お世辞とは思いつつもウィアーレは顔を赤らめ礼を言う。
注がれた酒を口に含み、軽く目を開いて驚いた表情を見せる。
「……飲みやすい」
気に入ったというウィアーレの様子に、ゲンオウは笑みを浮かべる。
返杯と称して幸助は徳利を受け取り、ゲンオウのお猪口に注ぎ、三人はゆっくりと味わうように飲んでいく。
徳利の酒がなくなる頃には、シズクも料理を食べ終え、父親のそばに寄ってきた。そして大きな目でじっと幸助を見上げる。瞳の中に強い興味の色が見える。
「なにか用事があるの?」
「あなたは強いの?」
戦いに多くの才を費やしているだけあってか、他人の強さにも強い興味を覚えるらしい。
事前にナガレから幸助の情報を聞いて、確かめたくて仕方なかったのだ。これにはナガレの小細工も関係している。強さを仄めかすような情報の伝え方をして、質問するように仕向けたのだ。ナガレやゲンオウが聞くよりも、シズクのような子供が好奇心から聞いた方が警戒されないだろうと考えたのだ。
それが功を奏してか、幸助は怪しむことなく質問に答えようとする。だが幸助を遮ってウィアーレが先に口を開く。
「つよいよ~。私たちの地方にいる強い魔物を一人で倒したこともありゅし、神域に入って無事にもくてきを果たして出てきたかりゃね~」
「ほう」
ウィアーレの言葉にゲンオウの目も強い興味の光を放つ。抑えていた興味が隠し切れなくなったのだ。
その様子に気をよくしたのかウィアーレはさらに続ける。
「それにらんていったってコースケしゃんは……」
そこで幸助はウィアーレの口を手で押さえた。嫌な予感がして思わず体が動いたのだ。
その予感は当たっており、ウィアーレは竜殺しだと言おうとしていた。
突然の行動のゲンオウたちは驚いているが、幸助はウィアーレを見ており、その様子に気づいていない。
「……酔ってる?」
「お酒にょんだことないのでぇ、酔いっていうのがどんなものなのかわかいません~。
でもふわふわとしてるぉ」
「それ酔ってんじゃないかな?」
頬に朱が走り、呂律も少し怪しいことから、幸助の予測は外れていないだろう。
「初めて飲むせいなのか、それとも酒に弱い体質なのか。
とりあえず、しばらく横になってるといいよ」
「そうしゅりゅぅ。では失礼して~」
言いながらウィアーレは幸助の膝に頭を置いて、目を閉じた。幼い頃、ウェーイによく膝枕をしてもらっていたことをおぼろげに思い出し、なんとなく頭部をそこに持っていったのだ。
このまま余計なことを口走ったり、絡み酒じゃないだけましかと、幸助はウィアーレをそのままにしておく。
「お嬢さんはなにを言いかけたのだろうか?」
「あー……秘密です。
まあ、それなりに強いらしいってことで納得してもらいたいです」
「無理に聞くのも失礼にあたるか。
では一度手合わせしてもらえないだろうか。実はナガレから話を聞いてから、手合わせできないかと楽しみで仕方なかったのだよ」
「模擬戦ってな感じですか?」
「うむ」
どうしようかと考える幸助の腕をシズクが引っ張る。
そちらを見るときらきらと目を輝かせたシズクと目が合う。
「あたしも」
幸助は思わず心中でバトルジャンキー親子と呟いた。
「……いいですよ。ご当主とお嬢さんの二戦のみならば」
道場主との試合はなにかしら得るものがあるだろうと思ったのだ。シズクとの試合も合意したのは、そんなに苦労しないだろうと思いサービス気分で頷いた。
ついでに言うならゲンオウとの試合も軽い気分で引き受けた。手加減してくれるだろうと思っているからなのだが、それはバトルジャンキーと称した親子を甘く見すぎている。
「おおっ!
では明日の朝、食事のあとにでも」
「それでかまいませんよ」
「楽しみだねっ父上!」
「そうだな!」
似たような喜びの表情で向かい合う親子。その様子を見て幸助は、二人の血の繋がりをひしひしと感じている。
約束をとりつけ上機嫌となった親子につられてか、場の雰囲気も陽気なものへと変わり、宴会はさらに盛り上がっていく。
一時間もすぎると騒ぎはしだいに治まっていき、宴会は解散となる。
「ウィアーレ、部屋に戻るよ」
ウィアーレの体を揺すって起こす。
酔いは醒めたようで、いつもどおりの様子に戻り起き出した。
「部屋に戻って少ししたら女中が風呂に案内してくれるだろうから、準備しておくといい」
部屋を出ようとする幸助たちに、ゲンオウがそう声をかけた。
礼を言って部屋に戻る。部屋には布団が一つ敷かれていて、隣の部屋にも同じように敷かれている。
「私はあっちで寝ていいんですよね?」
「だと思うよ。さすがに同じ布団で寝るわけにはね?」
一緒に寝るところを想像したのか顔を赤らめたウィアーレは、恥ずかしさを隠すため軽く幸助の背中を叩いて隣の部屋に荷物を運んでいく。
そして少しして女中が二人を呼びに来た。
風呂は男女に分かれており、それなりに門下生がいることにあって広めに作られている。広さは二十五メートルプールのだいだい四分の一くらいだろう。今は幸助しかおらず、この広さの風呂を独り占めでき、すごく贅沢な気分に浸ることができた。
ゆっくり三十分以上かけて風呂を堪能し上がる。幸助が部屋に戻ってすぐに、ウィアーレもパジャマ姿で戻ってくる。
湯上り姿に幸助は少し色気を感じ、視線をずらした。ウィアーレは幸助の様子に気づかず、荷物から薬液などを取り出し、肌の手入れを始める。
食べた物や風呂のことなどを話したあと、話題が尽きた二人は寝ることにした。
おやすみと言い合い襖を閉じ、幸助は横になる。隣室から寝返りをうつウィアーレの気配を感じながら、意識がじょじょに沈んでいき、ふっと意識が沈みきった。
ウィアーレは寝息を立て始めた幸助に気づき、自分も早く寝ようと寝返りをうつのを止めた。
朝を知らせる電子音が、頭上に置いてある目覚まし時計から聞こえてくる。
幸助は布団の中でもぞもぞと動いた後、手を伸ばして音を止める。
「ぅんーっ!」
上半身を起こして、背と腕を伸ばして眠気をとばす。
ちらりと時計を見て、時刻を確認し、次に布団から出てカーテンを開け天気を確認する。
「見事な日本晴れ。昼は暑いかもなー」
着替えずに部屋を出て、洗面所で顔を洗ってからリビングに入る。
「おはよー」
すでに朝食を食べ終え朝のニュースを見ている父と、フライパンなどを洗っている母に声をかける。
「おはよー。私達は先に食べたから幸助も食べちゃいなさい」
「あいよ」
食卓には、大根とあげの味噌汁、目玉焼き、焼かれたウインナーがある。椅子に座ると目の前にご飯が置かれた。
頂きますと手を合わせて、ハイペースで食べていく。
「よく噛まないと駄目よ」
母の言葉を聞き流しながら頷き、かきこんでいく。
五分ほどで食べ終わり、ごちそうさまと手を合わせて椅子を立つ。
学校に向かうにはまだ余裕があり、父と一緒にテレビを見ることにする。
「なにか目立った事件とかあった?」
「試合結果にぶちきれた野球ファンが騒いで、ファン同士でのちゃんばら合戦にまで発展したってのが一番印象に残ったニュースだな」
「怪我人とか出た?」
「軽傷者ばかりだったそうだ。新聞紙を丸めたものを得物としていたらしいからな」
「長閑な合戦だったんだ」
「だな」
二十分ほどテレビに映る映像を流し見て、幸助は身支度のため立ち上がる。
歯を磨いて、自室に戻り、忘れ物がないか確認する。
制服に着替え、荷物を持った幸助は両親に声をかけて、玄関に向かう。
「いってきます」
もう一度家の中に向かって声をかけた幸助は玄関を開けて、屋外に出た。
そこは近所の風景ではなく、木々の立ち並ぶ光景だった。
その光景がなんなのか理解した幸助は、振り向いて背後にあったはずの家を探す。
平凡で平穏な日常があった家はどこにもなく、それどころか森の風景もじょじょに消えていき、幸助は目を覚ました。
「……夢……夢かぁ……」
どうりで味噌汁の味が昨夜飲んだものと同じだったわけだと、ぼんやり天井をみつめながら、起きる直前まで見ていた夢を思い出す。
日本に近い文化に触れたことで、軽いホームシックになったのだろうかと考えつつ上体を起こす。
その時、襖がそっと開かれた。
「起きたんだね」
先に起きていたウィアーレがそろそろ幸助を起こそうと、部屋に入るところだった。
幸助を見たウィアーレは手を口に当て、目を見開いた。今見ているものにすごく驚いている様子だ。
「どしたん?」
なにに驚いているのかと首を傾げる。
「……泣いてた?」
「泣いて?」
幸助は目元に指を当てる。濡れていたような感触がする。
泣くほど懐かしい夢だったのかと幸助自身も驚きを覚えた。同時に最近涙もろくなったのかと自身に呆れの思いも抱いている。
「懐かしい夢を見たんだ。それで涙が出たみたい。
なんでもないから気にしなくていいよ」
手をひらひらと振り、誤魔化し半分、安心させるための気遣い半分の思いを込めて言った。
「そう、ですか」
考え込むような顔でウィアーレは返事して襖を閉める。
幸助の泣く様子はウィアーレに強い衝撃を与えていた。
ウィアーレは今の今まで、幸助を超人と思っていた。だからやらないだけで、なんでもできると考えていたし、解決できると思って頼みごともしてきた。
行うことに間違いはなく、泣いたり落ち込んだりといったこととは無縁なのだと思い込んでいた。
だが泣いているところを実際に目の当たりにしたことで、それは間違いなのだと思い知らされた。
どこか遠いところに感じていた幸助も、自身と同じく悩み苦しむこともある人間なのだと思い至った。
ウィアーレが幸助を超人と思っていたのには、中途半端に情報を得ていたことにいくらかの原因がある。
ウィアーレが幸助について知っていることは竜殺しということ。違う世界からきたということは知らないし、力を得たときに死にかけたことも知らない。
全ての情報を知っていれば、特殊ではあるが力を持った一般人なんだとわかっただろう。逆になにも知らなければ、能力のあるすごい人と思うだけですんだはずだ。
中途半端に知ったままでいたから、勘違いする原因になったと言える。
今も全てを知ってはいないが、思い込みは解消された。
そうしてウィアーレは一つ決意する。
(頼りきりな今のままのような関係を続けていくのは、負担をかけるだけだよね。
なんでもかんでも頼らないようにして、私自身うっかりをなくせるよう成長しないと!)
両手を胸元にもっていき拳を握り締め、むんっと気合を入れる。
ウィアーレがそんなことを考えていると思いもしていない幸助は、着替えを済ませて顔を洗うため廊下にでる。
身支度を整えた幸助は、洗面所に行く途中で女中から自室に朝食を持っていくと伝言を聞き、自室に戻る。
布団が片付けられている部屋にはすでに朝食が運ばれていて、味噌汁や白米が湯気を上げていた。ウィアーレの分は普段食べているものと同じだ。
ウィアーレも身支度を整えるときに女中に会い、そのときこちらの大陸のものかコウマのもの、どちらの朝食が食べたいか聞かれ普段食べている系統の食事を頼んだのだ。
この支部にいる門下生は普段からパン食で、そういった食事が常備されている。コウマ風の食事はゲンオウたちが来た時に、食べる機会がある程度だ。
食器を下げにきた女中から一時間後に模擬戦を始めたいという伝言が伝えられ、幸助はそれに承諾の返事を返す。
「模擬戦するの?」
「うん。ウィアーレが寝たあと約束してね」
「へー。頼まれても断りそうなのに」
意外といった感情がわかりやすいほど表情に表れている。
「俺も少し酔ってたんだと思う。一二回くらいならやってもいいかなって思えたんだよ。
そういや頭痛する?」
「どこも痛くないけど?」
「二日酔いの心配はないみたいだね」
昨夜酔っ払っていたので、念のため聞いてみたのだ。もし頭痛がするなら酔い覚ましの薬をもらおうと思っていた。
「当主様強そうだけど大丈夫?」
幸助が強いらしいということは知っているが、ゲンオウも強そうなのだ。ギフトで『人間最高峰の剣豪』という称号持ちだと見ている。ウィアーレの理解力を超えた次元にいる二人なので、強さの差がわからず心配する気持ちも生まれたのだ。
「大丈夫だろさ。さすがに模擬戦で本気にはならないだろうし」
大丈夫だと返答し、心配する気持ちを解す。
話をしながら時間を潰し、やがて女中が部屋にやってきた。廊下に面した障子が開けられ、朝の涼しい空気が部屋の中に入ってくる。
女中に案内され、二人は道場へと向かう。