成り行き任せの救出劇
身代金を渡す日となり、指定された時刻に着くよう家を出たグダナル。そのグダナルの後ろから離れてついていく幸助。ウィアーレは奥さんと一緒に留守番だ。一緒に来ても隠密行動のできないウィアーレは足手まといでしかない。
人が多くグダナルを見失ないそうになるが、目的地は聞いているので、万が一見失っても急いで移動すれば先回りも可能だ。
目的地につくまでに幸助は、グダナルをつけている者がいないか探ってみたりしている。だが自身に注意が向けられている時と勝手が違い、わからなかった。
そのまま二人は一定の距離を保ち、目的地である街外れの廃墟にやってきた。ここは畑仕事に使う道具や種をまとめて入れておく建物だった。だが古くなって使われなくなったのだ。今は子供たちの秘密基地として使われている。
その建物の前で待つグダナルを、幸助は近くの建物の屋根の上に伏せて見ている。
そのまま五分十分と時間が流れていき、三十分になろうかという頃、二メートルの塀を乗り越えて三十過ぎの男が姿を現した。目立たないようにという配慮か街を歩いている人たちと似たような服装だ。塀から下りる様子を見ていないと一般人と間違う者がほとんどだろう。
幸助のいる位置からは二人の話し声は聞こえない。グダナルが騒ぐ様子が見えるだけだ。
二人の会話は長く続かず、お金を渡し落ち込んだ様子を見せるグダナルを無視して、男は塀を軽々と登り去っていった。
グダナルに詳しい話を聞くため、幸助は七メートルの高さから飛び降りる。なんとなく会話の内容は予想できているのだが。
「どうだった?」
「……もっとお金を持ってこいと」
子供を連れてきていなかったので、幸助はその可能性もありえると思っていた。
「もっとと言ってもこれ以上は無理だと言ったのに、聞き入れることはなかった! 本当に無理なのに!」
「とりあえず子供の様子だけでも確認してこようか?」
「できるのか!?」
グダナルは驚きと期待が混じった表情で幸助を見る。
去った男はゆっくり移動しているようで、その気配をなんとか感じ取れている。
「今ならまだ誘拐犯を追跡できるから」
「頼む! こっちは帰って金策考えてみる!」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
誘拐犯よりも身軽に塀を飛び越える幸助を見て、グダナルはもしかしたら幸助はかなりの実力者なのではと思い始める。
そのような人物に協力してらえることに、まだまだ自身の運は尽きていないと気合が入る。金策もどうにかしてみせようと、グダナルは走って家に帰っていった。
今幸助はところどころに生えている木に身を隠しつつ、誘拐犯を追い草原を歩いている。数十メートル先にいる誘拐犯はときおり、周囲を見渡し警戒しているようだが、幸助には気づかず林の中に入っていく。
「あそこに隠れ家があるのかな?」
呟いた幸助は警戒しつつ林へと近づいていく。気配を探り、見張りがいないか確認した幸助は林へと静かに足を踏み入れた。
林の中には鳴子など侵入を知らせる罠が設置されていた。運よく足元に張られているロープに気づいた幸助は罠にも警戒し、先に進んでいく。
隠れ家までは時間はかからず、二十分弱で木々の間から遠目に確認できる位置にたどり着いた。
幸助はそこから先には進まず、観察を優先し隠れ家を中心に円を描くように移動を始める。
隠れ家はそこそこの広さを持った二階建ての屋敷で、広さはバスケットコート二つ分ほどか。建てられて数十年は経っていそうな外見だ。手入れはされておらず、あちこちと壊れている箇所がある。それを見て、幸助はここは犯人たちの一時的な滞在地なのだろうと判断する。たまたま見つけたここが犯人たちの仮宿にするに相応しく、用が済めばすぐにでも移動しそうだ。
円を描き出して半周を過ぎた頃だろうか、幸助は一瞬視線を感じた。気配を感じたのはその一瞬だけで、今はなにも感じない。相手は隠れるということに優れた技量を持っているのだろう。首をかすかに傾げるも、視線を感じた方向は見ずに移動し続ける。気づいていることを悟らせないためだ。
そのまま歩き続け、反応を待つ。接触してくるのならばそれでもいいし、こないならこないで無視するつもりだ。
さらに五分ほど経った頃、背後でかすかに草が揺れる音が聞こえ、ほかに草木以外の匂いが流れてきた。ここまで近づかれると気配もわかる。動物ではなく人の気配だ。
幸助は後ろから見えないように投げナイフを抜き取り、手のひらに隠し持つ。
意を決したのか気配の主が幸助に近づく。依然として気配は抑えたままなので、闘いになるにしろ話し合いになるにしろ先手を取るつもりなのだろう。
その意図には気づかず、幸助は気配がある程度近づいてきたところで振り返る。
そこにいたのは軽装の二十半ばの女。黒の長髪を赤いリボンでまとめ、目元から下を布で隠し、腰の後ろにショートソードとバックパックが見える。幸助はなんとなくクノイチという言葉が脳裏に浮かんだ。
「なっ!?」
気づかれているとは思っていなかった女が驚きの声を上げる。
「なにか用事でも?」
「……あなたは何をするためにここに? はじめはここにいる者たちの仲間かと思ったけど合流する様子はなく、逆に様子を窺っているようでした」
軽く深呼吸し気分を落ち着けた女は幸助に問う。
「ちょっとした知り合いの子供がここに捕まっている。その無事を確認したかった」
「なるほど……中に侵入するつもりはありますか?」
「それに答える前にこっちも聞きたい。あんたはあいつらの仲間なのか?」
「違うわ」
即答した口調に迷いはない。
二割ほど猜疑心を持ったまま、幸助は質問に答える。同じように女も幸助の言葉全てを信じているわけではないのだろう。
「隙があれば行ってみるのもいいかなとは思ってる」
「あなたは潜入といったものを行ったことがあるのですか?」
「ないよ」
一度行った変装しての潜入と女が聞きいている潜入は違うだろうと判断し、ないと正直に答えた。
「でしたら止めてください。見つかって騒ぎを起こすのがオチです」
「だろうね。潜入は隙あらば行こうと思ってただけで、無理はする気はなかったし」
「ええ、それがいいでしょう。空を飛ぶなど不意をつけるような手段がないかぎりは、潜入は厳しいでしょうし」
「空なら飛べるけど? 転移も使えるから脱出するのは問題ないね、そういえば」
「それは本当ですか?」
ぽかんとした様子を見せ、女が聞く。幸助は頷き、その様子に嘘はなさそうだと考えた女は少し考え込む。
なにを考えているのかわからない幸助は、女に注意を向けつつ、隠れ家の偵察を再開する。
十分ほど経ち、考えをまとめた女は口を開く。
「協力しませんか?」
「協力って?」
「内部調査をしたかったのですが、侵入時に気づかれる可能性がありまして。
日が暮れて、あなたが私を抱え空から屋敷に侵入。騒ぎになりかけたら、私を連れて転移してくれと助かるのですが」
「さっきも行ったように俺は潜入調査はしたことないよ?」
「できるだけ静かに行動してもらえれば、こちらで索敵や先導はします。
それにあなたが偵察していた様子から見るに、それなりに大丈夫ではないかと」
今度は幸助が考え始める。
目の前の人物はおそらくこういったことに関して技量が高いのだろう。でなければ潜入調査をしようとは考えないはずだ。
自身の技量は高くない。けれどもプロが共に行動してくれるならば、グダナルの子供を連れ出す機会も生まれるかもしれない。
少しあちらの事情を聞いて、それに答えてくれるのならば信じてもいいのかもしれないと結論を出す。
「協力を願うのならそっちの情報がほしい。全部とは言わない。軽くでも事情を話してもらいたい」
信頼を得ておくのは悪いことではないと女は考え、頷いた。
「……いいでしょう。
とある高貴な家の子供が囚われてしまったのです。私はその子供の救助もしくはどの部屋にいるか、誘拐犯の情報調査のため派遣されたのです」
「こっちはギルドや兵に協力を拒まれたんだけど、そっちもそういった事情で自力調査に?」
「それについては謝らないといけません」
女の言葉の意図がわからず、幸助は首を傾げる。
「ギルドなどが動かないのは、高貴な家の子供がさらわれたことをできるだけ広めないために、動くなと命令が下っているからです」
「もしかして高貴な家の子供ってすごいお偉いさんの子供だったり?」
女はそれに答えない。だが目が肯定しているように見える。
公爵家とか侯爵家とかの子供かなと幸助は考える。家柄は当たっている。そこに付け加えるのならば、国際問題に発展しそうなことになっているということ。情報が足りず幸助にはそこまで想像できない。
さらわれた子供がこの国に所属しているのなら、ギルド依頼と兵士派遣になにも問題はない。だがその子供は他所の国から武闘大会見学のため来ていたのだ。警備の隙をつかれてさらわれたしまったなどと国の面目を潰すような情報を広めるわけにはいかず、情報制限のため兵士とギルドに動くなという命令が出たのだった。
実際は警備だけが悪いのではなく、子供の不注意と人の多さも問題だったわけだが、さらわれてしまった今では言い訳にしかならない。
兵士たちの動きを止めているうちに、秘密裏に解決するためごく少数が動いている。その中の一人がこの女だ。
この動きで街中と街周辺に居を構えていた盗賊が激減することになるが、幸助にはまったく関係のない話だ。
「それで協力は?」
「するよ。こちらにも益がある提案だし」
「そうですか、助かります」
女は小さく安堵の溜息を吐く。
「とりあえず林から移動しましょう。見回りが出る可能性があります」
幸助は頷き、先導する女について移動を始める。
移動は二人でしているのだが、足音は一人分幸助のもののみだ。どうやっているのだろうと幸助は女の歩き方を見て真似てみようと考える。だが今の幸助の目には特殊な歩法には見えず、真似ることはできていない。
歩きながら名前だけ教えあい、女の名前がナガレだと判明する。
そうこうしているうちに林を抜け、土が盛り上がり地層が見えている場所に移動し、林から身を隠す。
「しばらくここで時間を潰す予定ですが、あなたは食料を持って……いないようですね」
幸助の体をざっと眺めて判断する。
長期戦を予定していなかった幸助が身に付けているのは、いつもの剣と投げナイフくらいだ。ジャケットは鷹に変え、ウィアーレのそばに置いている。
「時間があるなら街に戻って買ってくるけど?」
「私が携帯食を持っているので、それをわけましょう」
忍者っぽいナガレが、どのようなものを出してくるか興味が出てきた幸助は頷き同意した。
そして出てきたものに幸助は感動した。出されたのは、味噌に昆布出汁を混ぜワカメを入れて丸めたものと干飯だ。味噌はお湯に溶かし味噌汁に、干飯は水と一緒に食べる。
久々に口にした和食に近いものに、幸助は思わず涙ぐんだ。
口に合うかと思っていたナガレはその幸助の様子に面食らう。決して上等といえる品ではないのだ。それなのにここまで感動することに驚いている。
「ありがとうございました」
食べ終わり、幸助は心の底から礼を言う。
「そこまで美味しかったのですか?」
「美味しいというよりは懐かしいといった方がいいかも。たった数ヶ月食べてなかっただけだけど、故郷の味を思い出せて嬉しかった」
「あなたはコウマの出身?」
「違うよ」
「コウマ以外にも、こういった食事を出すところがあるのですね」
コウマという国に興味が出た幸助はどんな国が聞いていく。
コウマはペレレ諸島で三番目に大きな島にある国だ。人口一千万強。江戸時代といった明治以前の日本に近い国柄だ。
季節は四季おりおりというわけではなく、夏が長めで冬が短め。
子供は着流しで、大人は平安貴族が着ていた束帯を簡略化したものを着ることが一般的。ナガレが着ているものも和装に近い雰囲気を感じさせる。
食事も和食に近く、そこに行けば幸助は慣れ親しんだものをいつでも食べることができるだろう。
「一度行ってみたいな」
「出入国を規制してはいませんから、いつでもいらしてください」
「いつか行くことにするよ。また米とか食べたいし」
出身国のことを好意的に捉えられたことで、ナガレが少し警戒心を解いた。故郷のことを褒められば、多くの者は嬉しく思う。それはナガレも同じだった。
これにより休憩中も警戒しっぱなしということはなくなり、ナガレほど警戒心が高くなかった幸助は当然として、ナガレも十分な休息をとることができた。
そして時間は流れ、日が沈み雲が多くなってきた時、二人は動き始める。
「それじゃいくよ?」
「いつでもどうぞ」
幸助は魔法を使い浮かび、ナガレの両脇に後ろから腕を入れ持ち上げる。そのまま浮かび、林の五倍ほどの高度まで上がり、そこでようやく止まる。初めて経験する高度にナガレは緊張を隠さず、こくりと喉を鳴らす。
館の上空まで移動し、そこから少しずつ高度を下げていく。
「ストップ」
館全体をはっきりと見渡せる高度で、ナガレは幸助を止める。
見張りを探し、上空を気にしている者がいないか確認する。
「このまま屋根に着地」
「わかった」
ナガレの指示に従い、魔法を解き屋根に静かに降り立つ。
「ここからは静かに行動するから注意して」
小声で言うナガレに幸助は頷きを返し、それを見たナガレは動きだす。
二人は屋根の壊れている箇所から内部へと入る。ナガレはなにも音をさせずに着地し、幸助は念のため再度魔法を使い浮いて静かに着地する。
事前の提案どおりナガレが先に動く。床や壁に耳を当て、人の移動を確かめていく。静かに扉を開け、廊下の様子を確かめてから幸助に手招きする。
屋敷の二階を移動する二人は、一つ一つの扉を念入りに調べ、誰もいない部屋のみ中に入っていく。まずは建物内部調査を優先させたのだ。
それでわかったのは寝ている誘拐犯が一人いて、ほかの部屋には誰もいなかったということ。さらわれた者は一階かもしくは地下にいるのだろう。
二人は入ってきた部屋に戻り、小声で話し合っている。
「一階に俺もついていっていいの? ここまでは問題なかったけど、これから先は邪魔になるかも」
「それは否定できませんね。ですがあなたの魔法が必要なのも事実。
とりあえず一度私が先行して調べてきます。あなたはここで静かに待っていてください」
幸助は頷く。
「では行ってきます」
そう言ってナガレは部屋を出て行った。
幸助は壁を背に座り、ナガレの帰りを待つ。静かな夜で、物音は一階からかすかに聞こえてくる話し声のみ。
暇だと思いつつ三十分ほど経ち、扉が開く。すぐに動けるように腰を浮かせた幸助は、ナガレの姿を見て再び座る。
「どうだった? さらわれた子たちの場所とかわかった?」
「わかりました。少しあなたに聞きたいのですが、転移で運べる人数はどれくらいですか?」
「知り合いの話だと使用者を含めて三人」
「……困りました」
「なにが?」
「さらわれた者が四人いました。一度に全員連れ出せませんよね?」
「無理だね。全員を運ぼうとすると、最低でも三回の転移が必要になる。ちょっと魔力が足りない」
屋根から部屋に下りるときに使わなければ、ぎりぎり三回分足りていた。
「誘拐犯たちはちょくちょく子供たちの様子を見ていたようですから、いなくなればすぐにわかります。
子供たちが一人でもいなくなれば、侵入者が助けたと判断し、残った子たちを人質に私たちをおびき出そうとするかもしれません。
あなたは子供を見捨てることができますか?」
「無理かな」
「私もです」
二人とも目的の人物さえ無事ならば、ほかの子たちが死んでもかまわないと思えるほど外道ではない。
「ここは一つ、考え方を変えてみましょう。犯人に知られずに連れ出すのではなく、屋敷内の安全を確保し子供たちを連れ出す」
「つまり犯人の殲滅?」
「ええ、付け加えるのならば再犯できないように全員を逃がすことなく、無力化もしくは殺害が望ましいです」
「俺は殺害は無理。無力化も一人二人ならできるかもしれないけど、その際大きな物音立てることになって、ほかの犯人に侵入者がいるって知らせることになりそうだ」
「そうですか、ならばあなたには子供たちの護衛を担当してもらうことになります」
「それならできる。防御結界で子供たちを囲めばいいよね?」
「結界があるなら大丈夫ですね。人質にしようにも近づくこともできなさそうです。
ではこれからの行動を話します。
犯人に気づかれぬよう動いて、各個無力化していき、戦力を削ります。次に子供たちの安全確保。最後に犯人が集まっている部屋の扉を一つを除き開かないように細工して奇襲。なおこれらは変更されることもあります。
以上です。質問は?」
「各個無力化って、犯人が個別にいる場所の確認はできてる?」
「はい、調べてます。寝ている者が四人、書類を書いている者が一人、本を読んでいる者が一人。あとは五人ほど集まって酒を飲んでいます」
「五人と戦いになって勝てる?」
「大丈夫です。あの程度の力量ならば、楽勝とまではいわずとも油断さえしなければ負けはないです。ただ相手が逃げ出す場合があるので、足止めだけでもお願いしたいのですが」
「足止めだけでいいのなら」
「それで十分です。では行きましょう」
先ほどまでと同じようにナガレが先導し、予定をこなしていく。
寝ている者たちには、さらに眠りが深くなる魔法をナガレが使い、紐で縛り、猿ぐつわをかませていく。何事もなく四人を縛り、次に起きて一人でいる者たちのところに向かう。
この二人には眠気を誘う魔法を幸助が使い、十分ほど待ちうとうととし始めたところへ、ナガレが静かに近づき、眠りを深める魔法を使った。起きる可能性ががあるのに近づいたのは、この魔法が効果を発動するのに接触する必要があるからだ。わずかでも触れればいいので、起こさずに魔法を使うことができた。
この二人も縛り、猿ぐつわをかませて、見つかりにくいように部屋の隅に転がしておいた。さらに布を被せて隠す。これで誘拐犯の誰かが訪ねてきても、少しは時間稼ぎができるだろう。
次に子供たちを結界で守る作業だ。子供たちの下へと向かう際、様子を見るために誘拐犯の一人が部屋からでてきて、鉢合わせになりそうになったが、廊下の角に身を隠し上手く避けることができた。
子供たちも騒がれると面倒なので、眠らせておく。結界からでないように、ついでに縛っておく。その中で一人明らかに雰囲気の違う子供がいて、幸助はおそらくその子がナガレの求める子供なのだろうと考える。自身の探し人も確認できた。
結界を張り終え、二人は最後の作業に移る。眠気を誘う魔法を使い、三つある扉のうち二つを閉める。予定では戦闘だったのだが、幸助が睡眠誘導の魔法を使えると知って無力化へと変更した。
ナガレも好んで血を流したいわけではなし。事情聴取でより多くの情報を引き出すため、生かす方向に変更したのだ。
魔法を使い五分もすると犯人たちは全員眠り込んだ。酒が入っているのだ、眠気に逆らおうとも思わなかっただろう。気持ちよさげに眠る男たちをナガレは次々と縛っていった。縄抜けできないような特殊な縛り方をしなければならず、幸助では手伝えなかった。
全員を縛り終えたあと、刃物は取り上げ、テーブルの上に置きひとまず目的は達せられた。
あとは犯人全員を地下にでも放り込んで、地下入り口を塞いでおくだけだ。
力仕事ならば幸助も役立つことができ、犯人たちは三十分も立たずに地下室へと移動させられた。酸欠にならないように地下室への位置口は少し開けられている。その入り口の上にいろいろと物を置いたソファーを乗っけたので、縛られた状態で入り口を持ち上げることは不可能だろう。
「これにて目的達成です。協力ありがとうございました。
兵への通報はこちらでしておきます。
後日、お礼へと出向きたいので滞在地を教えてもらえませんか?」
グダナルの家のある場所を教えた幸助は、一つ聞きたいことができた。
「さらわれた子供の親がすでに身代金を渡しているんだ。それを回収してもいい?」
「そうですね……かまわないかと。おそらく書類仕事をしていた男の部屋にあると思います。一緒に行きましょう」
ナガレも書類を回収しておきたかったのだ。幸助の提案は渡りに船だ。
ナガレの予想通り、身代金は書類の置かれている部屋にあった。ほかに子供をさらわれた親ですでに渡した者もいたのだろう、閃貨は二十八枚あり、ほかに犯人たちの資金らしきお金も分けられて置かれていた。
「じゃあ十枚取るよ」
「確認しました。この旨を兵に伝えておきます。
さあ子供たちを連れて街に戻りましょう」
二人は子供たちを起こすことなく運ぶことにする。ナガレが自身の助けたかった子を片手で抱きあげ、幸助は三人を運ぶ。背にはグダナルの子を、両腕には見知らぬ子を抱えて移動を始める。見知らぬ子供の扱いが若干ぞんざいだが、置いていかれないだけマシだろう。
木々に遮られ星も見えない真っ暗な林の中を、魔法の明りを浮かべて進む。時々獣の気配が近くが感じ取れるが、流れが空いている手で棒手裏剣を投げると去っていった。
林を抜け、草原を歩き、街の入り口に到着する。日が暮れてからは街の出入りに規制をしている。だがナガレが事情を話すと、すでに話は通っていたらしく街に入ることができた。幸助だけならば確実締め出され、街の外で一夜を明かすか、塀の低い場所を乗り越え侵入することになっていた。
「コースケ君。両腕に抱えている子供たちはここに置いていってください。連れて帰ってもどうにもできないでしょう?」
幸助はその言葉に従い、兵に子供二人を渡す。親元に連れて行ったときの説明が面倒だと思ったのだ。兵から説明を受けた方が、行きずりの男が説明するよりも親も落ち着いて話を聞けるだろう。
二人は助けたかった子供を連れて、兵の詰め所を出る。
「私はこちらですから。
今日は本当にありがとうございました。
お礼は早くて明日、遅くとも明後日には。
では失礼します」
ナガレは一礼し去っていく。幸助は少しだけ見送り、グダナルの家に戻る。家の明りはいまだついていた。いつもならばグダナルたちは寝ている時間なのだが、幸助を待っていてくれたのだろう。
「ただいまー」
「お帰りなさい。遅かったですね……後ろの子はもしかして?」
グダナルの妻が幸助を出迎え、背負っている子を見て目を見開いた。
「運良く助け出せた。この子で間違いないんだろ?」
そう言って幸助は背負っている子を見せやすいように体の向きを変える。
「あなた! あなたーっ! ジュリオがっジュリオが帰ってきましたよ!」
妻がグダナルへと大声で呼びかけると、何かにぶつかる音などをさせつつグダナルが大慌てで玄関までやってきた。
「ジュリオー!」
幸助から息子を受け取り、夫婦は溢れ出す涙をそのままに力のかぎり抱きしめる。
少し遅れてきたウィアーレがその様子を目を潤ませ見ている。
ひとしきり抱きしめ満足した夫妻は、ジュリオをベッドまで運び、そのまま寝かせる。
「なにからなにまで世話になった。本当にありがとう」
夫妻は深々と幸助に頭を下げる。
「これ取り戻してきたお金」
そう言って閃貨を渡そうとする幸助をグダナルは止める。
「それはもともとは君のもの。私たちが受け取るわけにはいかない。
どうかそのまま懐に戻してください」
幸助がジュリオを助け出してきたことで、お金は必要なくなったのだ。自前で集めていた閃貨五枚を返し、わずかな利子を残して借金はちゃらになっている。利子も三ヶ月も商売に励めば問題なく返済できる。これ以上幸助に甘えるわけにはいかないと、グダナルは受け取りを拒否したのだった。グダナルの妻も同意見で、子供を助けてもらったことに感謝しお礼をするべきで、お金を受け取るのは筋違いだと思っている。
夫妻の説得され、幸助は閃貨を懐に戻す。幸助の稼ぎ出したお金なので自然なことなのだが、本人的にはすでに所有権をなくしたお金だったので、自分のものにしてしまっていいのかなと考えていた。
「救出で疲れただろう。日も落ちて随分経つ。休んだらどうだ?」
グダナルの薦めに妻とウィアーレも同意し、ゆっくり休むように薦める。そこまで疲れていなかったりするが、善意で言ってくれているとわかるので素直に従う。軽く汚れを落とした後、ベッドに入る。十分後には幸助は眠りについた。
幸助が眠っている間に、ナガレが報告を済ませ、誘拐犯たちは夜明け前に兵に捕まることになる。それを幸助が知るのは、次の日ナガレに会ってからだ。