表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/71

元手なしで始める金策術

「ここで武闘大会があるんだよね」

「参加者っぽい人がいるし、間違いないだろうね」


 幸助とウィアーレの二人は宿を探しながら街中を歩いている。幸助の言うように大会参加者らしき者たちがあちこちに見える。

 ボルドスもいるかもしれないと幸助は周囲を見渡すが、人が多いので見つかるわけもないかとすぐに探すのをやめた。ボルドスたちはまだ到着もしていないので、見つかるわけもない。


「コースケさんは参加したりは」

「すると思う?」


 ウィアーレはこれまでのことを思い出し、


「しませんね」

「その通り」


 二人して断言した。


「魔物とは戦ってもいいかなと思い始めたけど、人間相手はまた別。下手して殺すなんてことは嫌だしなぁ」


 ボルドスを重傷に追い込んだことを思い出している。ボルドスが頑丈だから重傷で止まったが、そこらの冒険者や格闘家相手ならば殺してしまう可能性があるのだ。殺すということに対する認識が変わってきた今でも、人殺しは依然として禁忌として捉えている。

 手加減すればいいという問題なのだが、手加減することに慣れておらずうっかりなんてことになり得ない。


「さすがに殺すなんてことは」

「いやいやわりと洒落になってないから、この力」

「強力ってのはわかるけど、実際どれくらいすごいのかはわからないんですよね」


 戦いのある依頼に同行はしてないので、ウィアーレが知らないのも無理はない。

 本人にその気がないのに回りが参加を促すのは余計なお世話でしかないと考え、ウィアーレは話題の続行を止める。

 二人はぶらぶらとお土産を探したり、露店で軽食を買ったりとのんびり観光気分で歩いていく。

 店や露店は食べ物とお土産のほかに、大会の影響で戦う者向けの物も多い。武具や武具の手入れ用品や傷薬など、戦いの必需品があちこちに並び、冒険者たちが足を止め覗き込んでいる。

 幸助も少し興味が出たようで、ときおり足を止め見ることがある。今使っている剣の代わりになりそうなものがあれば買ってもいいかなと思っているのだ。


「あ、あれいいかも」


 何度目かの覗き見で目に入ってきたものを見て、幸助は購買欲が刺激される。それは剣ではない。


「なにかいいものあった?」

「うん。投げナイフらしきものを見つけた」


 幸助は数メートル離れた露店の一つに歩を進める。

 投げナイフに興味を抱いたのは、連隊イーグルとの戦いで魔法が間に合わなかったことが、心に少し引っかかっていたからだ。あの場で投げナイフがあれば迎撃が間に合っていたかというと、そうでもない。それは幸助もわかっている。いくつかの攻撃手段を保有しておくことが大事なのではないかと思っているのだ。


「いらっしゃい」

「これって投げナイフであってる?」

「あってるよ。持ってみるかい?」


 主人はナイフを一本幸助に手渡す。

 長さ十五センチ、幅二センチ強の細い両刃ナイフ。食物の調理には使いにくそうな、戦い用に用途が決まっているそんな作りだ。

 重量はニンジンよりも軽い。効果的なダメージを出すには急所に命中させる必要があるだろう。


「これってどれくらいの品質? 手荒に扱っても平気?」

「こういうものは手荒に使ってなんぼじゃないか?」

「あ、そうかも」

「まあ、そうさな、使うたびにちょっとした手入れして五度使えるってとこかな。

 もちろん使うたびに劣化していくぞ。硬いものにぶつければ劣化も早い。

 品質的には普通といったところか」

「ふーん……六本ほどもらえる?」

「あいよ。ホルダーは持っておるか? ないなら安くしとくぞ?」

「ください」

「ベルト装着用とそのジャケットの内ポケット用と腕用があるが?」

「ベルト装着用かな」


 これから慣れていくので装着する場所はどこでもいいのだ。なんとなく使いやすそうだと思ったベルト用を指定する。


「あいよ! 合計で銀貨四枚だ」

「意外と安い?」

「これくらいが定価だぞ?」

「私からしたら高いって感じだけどね」


 幸助はいまだ金銭感覚がしっかりと固定されていないのだろう。あとは今手持ちで金貨を持っているせいか。銀貨に換算して二百枚ほどあるのだ。その中の四枚を出すだけなので少な目に感じている。

 ナイフが入れられた十本収容できるホルダーを受け取り、ベルトに固定する。宿の庭で練習しようと考えつつ、主人に礼を言ってその場を離れていく。

 小腹が空いたのでアイスキャンデーを買い、食べながら宿を探す。幸助はリンゴ味、ウィアーレはオレンジ味をシャリシャリとかじっている。お金は幸助が出した。どうせ一緒に行動するのだからとお金の管理は幸助任せになっているのだ。

 ウィアーレは、自分が財布持っているとうっかり落としそうだと考えている。こう自覚しててもうっかりは治せないので、他人任せにしておいたほうが安全なのだ。

 歩いていると不意に幸助の腕が動くことがある。ウィアーレは、一度どうしたのかと聞いて納得した後はたいして気にしなくなっている。

 そして再び腕が動く。


「また?」

「また。あちこちと見渡して驚いてるから、隙だらけの田舎者に見えるんだろうね」

「お金の管理をコースケさんに任せて正解だったよ」


 幸助はスリが懐に手を伸ばしてくるのを阻止していたのだ。幸助がよほど頼りなく見えるのか、四人のスリが近寄ってきていた。彼らは最低でも腕の打ち身、酷くて骨にひびが入るという怪我を負うはめになっていた。

 この四人以降は幸助が見た目通りではないと、離れた位置から様子を見ていたスリたちは学習し近寄ることはなくなった。


「視線がなくなった」

「今まで見られてた?」

「うん。人が多くでなんとなくしかわからなかったけどね。

 この街は治安がいいわけじゃないのかな」

「んー……いいほうだと思うよ?

 ベラッセンよりも大きくて活気があるんだから、多少の騒ぎは起こると思う」


 幸助の治安の基準が日本なので、どうしても辛口な評価になってしまう。

 こんなことを話しながら歩いて、路地裏へと入る細い道のそばを通りかかったとき、路地から急ぎ足で出てきた男とウィアーレがぶつかる。

 倒れそうになったウィアーレを支える幸助の耳に、なにかが割れる音が聞こえた。


「ウィアーレ、大丈夫?」

「私は大丈夫ですけど、あの人の持ってたなにかが壊れたみたい」

「ウィアーレが気にすることないと思うよ。急に出てこられたら大抵の人がぶつかるって」


 割れ物が入っていたらしい箱を呆然と見ていた三十後半ほどの男が、ばっと顔を上げウィアーレに掴みかかる。


「危ね」

「きゃっ!?」


 突然の強制移動にウィアーレは小さく悲鳴を漏らした。幸助がウィアーレの両肩を掴んで持ち上げ、男の進行方向からずらしたのだ。


「べっ弁償! 弁償しろ!」


 男は顔を赤く染め、二人に怒鳴る。


「弁償って言ってもそっちだって悪いだろ。ちゃんと前を確認して歩けよ」

「そ、そんなことはどうだっていい! 弁償しろ!」

「そんなことってあんた」


 男が騒ぎ立て、周囲の注目が集まる。騒ぎを聞きつけたか、近くを歩いていた兵が寄ってくる。


「どうした? 何事だ」

「こいつらがぶつかってきたせいで、俺の荷物が壊れたんだ! それになのに言い訳並べて弁償しようとしない!」


 幸助たちがなにか言う前に、男は一方的に幸助たちが悪いと強く告げる。勢いよく近寄る男の迫力に押されて兵は後ずさる。


「そ、そうなのかお前たち?」

「違う。確かにぶつかったけど偶然。どうやって曲がり角の向こうにいる見えない人に、狙ってぶつかれるんだよ。

 誰か目撃者がいるはずだから、わざとじゃないってわかるはず」


 憮然とした幸助の言葉に頷いた兵は周囲の人間に呼びかける。その間も男は弁償だと騒いでいる。その様子が必死すぎて、幸助たちも周囲も首を傾げざるを得ない。

 幸助は内心当たり屋なのではと疑っていたのだが、この様子を見て違うようだと考えを改めた。かといって弁償する気はないのだが。

 ぶつかった時点から時間は経っていないので、目撃証言はすぐに集まった。

 証言からぶつかったのは偶然と兵は判断する。


「どちらも悪いわけではなさそうだな。偶然の事故だ。弁償する必要はなさそうなんだが……」


 歯切れが悪い。男がいまだ騒いでいるからだ。


「よほど高い物だったんだろうか?」

「大事な物だったのかもしれませんよ?」


 ウィアーレの言葉にその可能性もあるかと兵は頷く。


「だとしたら少しくらいは弁償してあげる必要があるのかもしれないな。

 とりあえず、鑑定士を呼んでみようと思う。

 君たち、ここで待っててくれないか?」


 頷いた二人に兵は礼を言って、鑑定士を連れてくるため離れていく。

 騒ぎ続けていた男は今は静かだが、ぶつぶつと呟き続けていて、平常とは思えない状態だ。

 十五分ほど経ち、兵は四十才ほどの男を連れて戻ってきた。この男が鑑定士なのだろう。


「ちょっと失礼しますよ」


 断りをいれた鑑定士は箱を開いて中身を確認していく。中にあったのは三組のティーカップだ。無事な物は一つもなく、淡い紅色の破片が箱の中に散らばっている。


「どうだ、価値のあるものか?」

 

 鑑定を終えたらしい様子を見て兵が声をかける。


「そうですね。安物ではないですよ。

 作者は今から百年ほど前に生きていた工芸家グラヌ・ミッシャー。彼の若い頃の作品で間違いないでしょう。

 保存状態も悪くはないので、割れてなければそれなりの値段しますね」

「それなりというと?」

「私ならば銀貨二十枚出しますね。ほかだと銀貨二十五枚出す人もいるかもしれません」

「ほーティーカップにしては高いな」


 男が騒いだことを納得したと兵は頷いている。

 兵の頷きとほぼ同時に、男が大声で鑑定結果を否定した。


「嘘だ! もっと高いはずだ!」

「嘘って私はこれでも二十年以上鑑定しているプロですよ?」

「だってこれは父が金貨三枚出して買った物なんだ!

 父の話だとグラヌ・ミッシャーのトランプシリーズの一部だと!」

「はっ」


 男の主張を鑑定士は鼻で笑った。


「これがトランプシリーズ? 馬鹿言っちゃいけませんよ。

 たしかにこれはトランプシリーズと似てはいます。ですが似ているだけで決定的に違いがあるんですよ。

 トランプシリーズにはカップの底にクラブ、ハート、スペード、ダイヤのいずれかがうっすらと描かれています」

「これだって底に描かれていた!」

「底といっても、外底でしょう? 本物は内側の底に描かれてるんです。

 これはおそらくトランプシリーズの前身なのでしょう。これと同じ物は数多く存在していて、価値はそれほど高くないのです。うちの店だって同じものは十個ほど置いてますよ。本物も一つだけあります。

 本物と試作品を見ている私が間違えるわけないでしょう」

「そ、そんな」


 鑑定士の断言にショックを受けた男は、体から力が抜けたようでその場に座り込む。


「私はこれで帰りますよ」

「お疲れ様でした」


 兵の礼を受けて鑑定士は自身の店へと帰っていった。


「俺も警備に戻るとするよ。

 このあとどうするかはお前さんたちが自由に決めるといい。弁償するとしても半額払えば問題ないと思うぞ?」

「お世話になりました」


 ウィアーレが深々と頭を下げ、幸助は軽く一礼する。

 兵が去り、騒ぎはこれで一段落かと集まっていた人たちも去っていく。


「じゃあ、銀貨十枚ね」


 男の落ち込みようを見て、弁償する気のなかった幸助は憐れに思い財布からお金を取り出し、座り込んだ男の手にしっかりと握らせる。

 銀貨十枚ならば懐は痛くないので、気楽に渡せた。

 手の中の銀貨を見て、男は泣きそうな顔となる。


「これじゃ足りないんですよ!」


 払わなくてもいいお金を渡して返ってきた言葉に、幸助は苛立つ。


「どんだけ欲張りなんだ、あんたは! それ以上はびた一文出す気はないからな!

 行こうウィアーレっ」

「ちょっと待って」


 語気を荒くし幸助はウィアーレに呼びかけるも、ウィアーレはその幸助を押しとめる。


「もしかしてお金が必要な事情があるんじゃないですか?」


 ウィアーレがそう思ったのは、男と似たような雰囲気を見知っているからだ。今はそうでもないが昔は孤児院の暮らしはギリギリで、予定外の出費があるとたちまち孤児院経営が苦しくなっていた。そんなときお金を借りに行っていた大人たちと男の雰囲気が少し似ているのだ。だから事情があるのかもしれないと思ったのだった。

 事情を聞いて必要なお金を用意できるとは思っていない。そもそもウィアーレ自身お金はないのだ。けれども少しは力になれるのではと考え声をかけた。


「こんな行きずりの人間に話せるようなことではないかもしれないけど、少しくらい力になれることはあるかもしれませんよ?」


 ウィアーレが下心なく本心から言っているとわかったのか、男はぼそぼそと口を開く。


「……五日前に子供が行方知れずになり、三日前に返してほしければ明後日までに閃貨十枚用意しろという脅迫文が。

 あちこち駆け回り、借金などしてなんとか閃貨五枚は用意できたのです。あとは手持ちの品を売って、少しでも多くお金を用意して、それで勘弁してもらおうと」

「だからあんなに必死だったんですね」


 子供の命がかかっていれば必死にもなるかと幸助も納得し、男に感じていた憤りを消す。


「兵士に相談したり、ギルドに捜索奪還依頼出したりしなかったんですか?」

「出した、出したさ! でも兵もギルドも話を聞くだけで、忙しいって言って取り合ってくれなかった!」

「兵士のほうはともかく、ギルドが取り合わないって……」


 ウィアーレはギルドに勤めていたので、内部事情は詳しいほうだ。そのウィアーレが首を傾げていることで、特殊な事情でも思い当たったのかと幸助は考えている。口に出して問わないのは、男の不安を煽りそうだと思い慎んだからだ。


「普通は人殺しの依頼とかよほどのもの以外は受け付けるのに」

「今は武闘大会が近いから、そういうこともあり得るんじゃない?」

「忙しいからって理由で取り合わないことはないと思う。

 ねえ、コースケさんどうにか力になれないかな?」


 きたと幸助は心の中で呟いた。ウィアーレがこう提案するとは予想ついていた。そして提案されたら断れないとわかっているのだ。幸助としても子供のことは可哀想だとは思う。けれど積極的には助けようとは思っていなかったのだ。

 ウィアーレが以前頼んだ時は子供たちを助けるために即動いたのに、今回は動きが鈍い。両者の差は依頼人と親しいか親しくないかだ。幸助は非道ではないが、無類のお人好しというわけでもない。見知らぬ人間が困っていても、見捨てることもあるのだ。

 ここでウィアーレが提案しなければ、彼女も助ける気がなかったのだと言い訳が立つのだが、小さい子が身内にいるウィアーレが言い出さないという確率は低いとわかりきっていた。


「力と言ってもね、俺たちの全財産を出しても必要金額にはまったく届かないよ。

 それにお金出すとして、今後の旅はどうする気?」

「じゃ、じゃあ! ギルドで依頼を請けたら! コースケさんならあっという間に」

「初めからそういった金額の高い依頼請けられるか、ウィアーレのほうがよく知ってるんじゃ」


 幸助の実力ならば確かに高額依頼を達成できるだろう。しかしこの街のギルドでは実績がまったくない。依頼を行おうとしても止められるのが落ちだ。期限までの二日後までに実績を作ってたとして、高額依頼をこなしている間に、期限が過ぎているのは簡単に予想できる。


「えっと、ほかになにか……おじさんは思いつきません?」


 目の前で急に助けたいと言い出した男女をポカンした表情で見ていた男に、ウィアーレは聞く。


「なんでそんな話に? 出会ったばかりで、不快にもさせたのに」

「言う通りですけど、お子さんのことを知ってほおっておくなんて人の所業じゃありません」


 関わりたくないという気持ちが少しあっただけに、この言葉は幸助には痛かった。


「ありがとう。その言葉だけで十分だ。

 さっきは騒いだりして悪かったね。自分のことは自分でなんとかするよ。

 本当にありがとう」


 そう言って立ち去ろうとする男を見るウィアーレは残念そうな表情を浮かべている。

 それを見た幸助は溜息一つ吐いて、男を呼び止める。可愛い女の子の前でかっこつけたい時もあるのだ。


「おっちゃん。一人よりも二人、二人よりも三人のほうがなにか言い考えが浮かぶかもしれない。

 だから一緒に金集めでも、子供を取り戻す方法でも考えてみないか?」

 

 幸助の言葉で、沈んでいたウィアーレの表情がぱっと明るいものへと変わる。


「だ、だが迷惑じゃ」

「こっちが勝手に力になりたいって言ってんだから気にすることはないよ。

 それに必ずしも力になれると決まったわけでもないしね」


 男は目を潤ませ深々と頭を下げた。

 グダナルと名乗った男に連れられて、二人は歩き出す。目的地はグダナルが経営している店だ。その店はグダナル自身のものではなく、借り物なので売ってお金にはできない。それができていればなんとか閃貨十枚用意できていただろう。

 休店日と書かれた札のかかった扉を開け、三人は店に入る。店と住居が合体した造りで、商品が置かれている部分はそれほど広くはない。八畳だろう。ところせましと小さめの生活用品が置かれている通り、店の奥へと進む。

 リビングに通された二人はソファーに座り、売り物の中でも高めの茶葉を使いお茶を入れているダグラスの様子を見ている。


「どうぞ」


 一言礼を言って飲み、すぐに本題に入る。


「もう一度聞くけど、お金が手っ取り早く稼げる方法知ってる?」

「いえ、知っていたら試してます。

 あえていうならギャンブルだろうか」

「切羽詰ってるときにギャンブルは悪手じゃないか?」

「ええ、私もそう思っているので、それは最後の手段にしています」


 ギャンブルで一度だけ確実に稼ぐ方法があるのだが、三人はそれぞれの理由で思いたることはない。

 確実に稼ぐことができるギャンブルとは、武闘大会の参加資格を得るために行われる力試しだ。その結果を予測するという賭け事がある。力試しは駆け出しの冒険者では突破不可能なのだが、幸助ならば確実に力試しを突破できる。ゆえに幸助の突破に賭けると確実に稼ぐことができるのだ。

 幸助とウィアーレはそういった賭け事が行われていることを知らない。グダナルはそういった賭け事を知ってはいる。だが幸助が突破できるとは思っておらず、その賭け事のことは除外している。


「ギャンブルじゃなくて、自分にはできそうもなかったこととかあったりしませんか?」

「そう言われても」


 すぐには思いつかないのだろう、首を傾げ考え込んでいる。


「とりあえず、なんでもいいか短時間でできるお金稼ぎの方法があれば言ってみて。

 もしかしたら俺たちにできそうなものがあるかもしれないし」

「短時間でできそうなもの……。

 武闘大会で入賞。これは指定期限が過ぎる。ギャンブル。これはさっきも言ったように最後の手段。近く草原でも掘って鉱石を見つける。そうそう埋まってないし、掘るのにも時間がかかる。二人の名義で新たに借金。さすがにそんな迷惑はかけられない。新商品でも開発して、そのアイデアを売る。簡単に思いつけたら苦労しない……」


 グダナルはつらつらと考えを垂れ流していく。

 その中の新商品という部分で幸助は反応する。こちらになくて、地球にはある物を商品アイデアとして売れないかと思ったのだ。そしてなにかいい品物はないかと考え出す。

 まず思いついたのが車。馬車よりも早く、バスならば多くの人々を運ぶことができ、トラックならば多くの品を運送できる。これは没だ。造り方を知らない。材料も見当つかない。アイデアを渡せば魔法を使い、いつか似たものを再現しそうだが、今すぐ利益に繋がるわけではない。

 次に自転車。これも車と同じく、すぐに利益に繋がるわけではない。自転車を構成している部品がわかる分、車よりも完成は早いだろうが、それでも指定期限には間に合わないだろう。

 ここで幸助は複雑な機構のものは止めて、もっと簡単なものを思い出そうとする。

 ライドヒーロー関連のことを思い出し、物語は売り物になるのではと、お金の稼ぐ方法を考えているウィアーレとグダナルに聞くことにする。


「物語を売る、ですか。

 話の内容によると思うが、もしかしたらいけるかも。

 ですが一つ問題がありますね」


 問題点がわからなかった幸助とウィアーレは、グダナルに続きを促す。


「どうやって売るか。

 私にはツテはありません。お二方は?」

「ツテ? 俺たちはここに来たばかりで知り合いなんていない。

 というかツテに頼らなくても自分で持っていけばいいんじゃ? 持ち込みを待ってる出版社とか近くにない?」


 幸助とグダナルの考えた物語を売る方法は一緒ではない。

 幸助は自身が考えたものとして、出版社に持ち込み、利益の前借をしようというもの。

 グダナルはというと、物語自体を誰かに譲渡し、将来出るであろう利益の一部を受け取るというもの。

 この世界での物語の売り方としては、こちらの住人であるグダナルの方が正しい。

 この世界には出版社はないのだ。本は国が指定した組織か個人で作られている。国指定の組織が出版社といえるかもしれないが、いつでも作家を待っているということはない。紙がもっと安くなれば、民間の出版社もできてくるかもしれない。

 物語を考え出して、それを売り物にする場合は個人で本を作り、それを本屋に持っていき置いてもらい、口コミで評判が広がるのを待つ。もしくは劇団や旅一座に持っていき、演じてもらい、利益の一部をもらうかだ。

 作った物語の評判が広まると、国指定の組織から誘いがくることがある。誘いに頷くと前金としてそれなりの金額がもらえ、以後数年お金がもらえる。一度でも誘いがきた者は、直接国指定の組織に作った物語を持っていけるようになる。

 幸助たちが誰かに物語を売るには、将来の利益が出ると買い手が判断しなければいけない。そういった予測は簡単にはできるものではなく、買い手を見つけ出しても交渉が大変なものとなるだろう。


 出版社がないということを聞き、こちらとむこうとの違いを認識した幸助は物語の売買も却下する。 ほかになにかないかと再び考え始めて、今度は料理はどうかと思いつく。

 こちらにきて食べた物を思い出していき、地球にしかなかったものを記憶の中から探っていく。

 そして思いついたのがアイスクリームとハンバーガーだ。

 だがアイスクリームの作り方で思い出せたのが、卵と牛乳と砂糖を冷やしながら混ぜるという大雑把なものだったため、こちらは却下することに。

 一方でハンバーガーは作り方は難しくない。手軽に食べれるし人気が出るのではと思っている。


「料理のアイデアでハンバーガーってのがあるんだけど」

「ハンバーガー……聞いたことないな。ハンバーグに似ていますが関係あるのですか?」

「ちょっと平べったく焼いたハンバーグを、刻んだタマネギとピクルスとレタスとチーズとケチャップと一緒にパンに挟んだもの。

 手軽に食べられるんだ」

「ほほう、ハンバーグをパンに挟む。簡単な手順ですが誰も考えつかなかった代物ですね。発想の勝利というところか」

「これならお金になるんじゃ?」

「知り合いにコックがいるから、アイデアを売ることは可能。初日から数日は物珍しさで売れる、だが作りは簡単。だから真似する人がでてくる。利益は徐々に落ちていくだろう。そこを踏まえてアイデア料としていくらもらえるか……」


 グダナルは一人呟き考え込み、いくらで売ることができるか計算していく。

 五分ほどで結果は出た。グダナルが出した売値は閃貨一枚に届かないというものだ。ネックとなったのは調理法が簡単だということ。これがアイスクリームやプリン、スパゲティといった少しでも手間をかけるものだったならば、簡単には真似できないということを考慮してアイデア料で閃貨二枚以上、さらに利益の少しをもらえるということになっていたのかもしれない。


「少しくらい料理を覚えておくんだった。

 しっかし難しすぎるのも駄目、簡単すぎるのも駄目。どうすりゃいいんだか。

 簡単に作れたものを真似できないように保護してくれる方法ってないのかな」

「そんな都合のいいものあるわけないと思うよ?」


 呆れた顔でウィアーレが言う。

 しかしグダナルは思い当たることがあるのか、何か言いたそうにするもののすぐに諦めの表情となる。


「グダナルさん、なにか心当たりでも?」

「あるにはあるんですが、無理だろうなと」

「まあ、いいから言ってみて。聞いたことがきっかけとなって、いい案浮かぶかもしれないし」

「娯楽を司る神が、いつでも新たな遊びを探してるのはご存知ですか?」


 幸助は知らないと首を横に振り、ウィアーレはそういやあったねと納得している。


「新たな遊びを見つけて報告した者には、閃貨で十枚の褒賞を与える。さらにそのアイデアを使い出た利益の五パーセントを、考え出した者に与え続ける。

 こういった決まりが昔からあるんですよ。

 ですが、もう長いこと新たな遊びは発見されていない。最後に認められたのが三十年前のこと。その前が七十年前。

 だからアイデアなんかでないと諦めたのです」

「遊びならなんでもいい?」

「ええ、子供の遊びから賭け事になるものまでなんでも」

「今から俺が知るかぎりの遊びを言っていくから、ないものがあったら教えて」


 幸助は子供の頃やった遊びを話していく。オニゴッコから始まってかくれんぼ、サッカー、バスケット、トランプなどなど思いつくかぎり述べていき、それにウィアーレとグダナルはあるなしを答えていく。

 まあ、述べたものでないものはなく。名前が違うだけで全て存在していたわけだが。


「ないと思ってたトレーディングカードゲームや羽根突きやケイドロもあるとは」

「賞金目当てに色々と考えられているから」

「ほかはなにかあったかな……オセロなんかはどうだろう?」

「名前は聞いたことないな。どのような遊びなんだい?」

「六十四マスのボードと六十四枚の白黒のコイン状の駒を使う遊びで、中央に白と黒の駒を二枚ずつ置いていって……」


 言葉で分かりづらい部分は、いらない紙をもらい図を描き説明していく。

 説明を聞いてグダナルの表情が明るくなる。


「ルールは簡単だけど、奥深い遊びと言われてる。これはどう?」

「私は聞いたことないよ」

「私もですよ。これならいける! 今まで誰も思いつかなかったのが不思議なくらいだ!」


 単純なルールだからこそ、深く考えすぎた人々には思いつくことはできなかったのだろう。

 身代金を用意できると喜色を浮かべてグダナルははしゃいでいる。心の片隅では、次から次にアイデアを出してきた幸助に疑惑を感じてもいるのだが、恩人に無礼はできないとその思いを無視している。今後も追及するつもりはない。


「早速、コーホック様に報告しましょう」

「どうやって? どこか報告する場所でもある?」

「この場でできますよ。使う道具やルールを思い浮かべて、コーホック様に祈ってください。さっ早く!」

 

 祈れ祈れとグダナルは幸助を急かす。急かされた幸助はどうして自分なのかと首を傾げる。お金を必要としているのはグダナルなのだから、祈るのはグダナルのほうが相応しいと思っているのだ。


「あなた以外に誰が祈るんです!? オセロについて一番詳しいのはあなたでしょう? 詳細なイメージを送る必要があるんですよ」

「そういう理由なら祈るけど。祈る時になにか作法とかある?」

「いえ特には」


 幸助は目を閉じて、最近会ったばかりのコーホックの顔を思い浮かべ、オセロの報告をする。

 幸助の脳内に、称号の時と同じように声が響く。それと同時に頭を一撫でされたような感触があった。


『こういった形でまた話すとは思ってなかったぞ。

 俺たちの予想では、冒険者に勝ったら金貨を渡すという条件の模擬戦を挑んで参加費を身代金に当てるってのが最有力だったんだけどな。

 俺の分野で達成するとはな。俺としては嬉しいが。

 あ、あと頭を撫でたのはミタラムだ。予想外の行動が楽しかったらしい。今後もその調子で思うがまま動いてくれとのことだ。

 新たな遊びオセロ。確かに受け取った。

 ではさらばだ』


 コーホックの声が聞こえなくなってすぐに、硬いものがテーブルを叩く音が聞こえ幸助は目を開いた。

 目を閉じていた幸助にはわからなかったが、柔らかな光とともに十枚の閃貨と認定札がテーブルに現れたのだ。


「おおっ! これがあれば子供も無事に帰ってくるし、借金も問題なく返すことができる!

 ありがとう! ありがとう!」


 閃貨を手にしてグダナルは何度も頭を下げる。

 

「あとでこれを商人ギルドに持って行きましょう。定期的な収入が入ってきますよ」


 グダナルは認定札を手にとって、幸助に渡す。


「なんで俺に渡すのさ? そのまま持っておいたら?」

「私に必要なのは閃貨だけ。こちらは必要ないですよ。それに持つべきではないです。持っているのに相応しいのは考え出した貴方でしょう」


 考え出したわけではないんだけど、と思いつつ認定札を受け取る。

 お金はあって困ることはない。生活費が浮くし、あればいつかなにかの役に立つかもしれないと思ったのだった。

 このお金を受け取るのは観光旅行が終わってからなのだが、その時の金額に幸助は驚くこととなる。予想していた以上に多かったのだ。これだけで一生働かずに済むだけの金額があったのだから。

 このあとの話し合いで、幸助はお金を持っていくグダナルの護衛を隠れてすることになった。隠れるのは身代金を持っていくのは一人だけと指定されたからだ。それでも行くのは、一度関わったのだから最後まで見ておきたいと思ったのと、もしかすると犯人たちはお金だけ奪ってグダナルを殺す可能性もあると考えたから。

 期限までの二日間、幸助とウィアーレはグダナルにお礼として家に宿泊させてもらうことになった。

 この二日で幸助は、独自にお金の工面に動いていたグダナルの奥さんに会ったり、オセロの試作品を持って商人ギルドに行ったり、投げナイフの練習をしたり、観光してみたりと暇にはならずに過ごせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ