人工ではない天然遺跡へ
「おはようございます、コースケさん」
演劇に関して口を挟むことがなくなり、ぽっかりとあいた時間を依頼でもこなそうと考えた幸助。
そろそろ出かけようかとフロントまできた時にウィアーレが声をかけてきた。
そのことに少し驚きながら挨拶を返す。
「おはよーってなんでここまで来たの? それに隣にいる人は誰?」
いつもの待ち合わせ場所ではなく、前触れもなく宿に来たことと見知らぬ人の両方に首を傾げている。
「この人は私たちの兄のような人です。
すでに孤児院を出て独り立ちしているんですけど、たまに寄付やお土産を持って皆の様子を見に来てくれるんです」
「ほうほう、そんな人がなんでここに? もしかしてウィアーレの仕事ぶりを見学しにきたとか?」
「違いますよー、そこまで心配されてはないです」
ですよね? と隣を見る。
「いや、少しは心配する気持ちもあるけどな」
男はウィアーレの言葉を否定した。
「まずははじめまして。コンサットと言います。ウィアーレや孤児院の皆がお世話になっているようで」
「いえたいしたことはしてませんし」
「いやいや、親父に聞きましたよ。子供たちを助けに危険なところに行ってくれたとか」
「ああいった場面なら誰でも行くでしょ」
二人は褒めて謙遜しを繰り返していく。
「話しが進まないから、それくらいでやめとこうよ」
「ん、そうだな。いい加減本題に入りますか。
今日ここにきたのは依頼があるからなんですよ」
「依頼? ギルドを通してじゃなくて?」
「ギルドにも頼んでますが、信頼できる人が確実に一人はほしくて。
そういったことを親父に相談したら、親父とウィアーレがあなたを推薦したのですよ」
「しばらくは一座に行かなくても大丈夫そうだと、昨日言ってましたよね?
だからコン兄さんの依頼を受けてもらいたいなぁと思ってるんですけど」
ウィアーレが両手を合わせて幸助を見る。
「たしかに今の時点で劇に関することは伝えてあるから、大丈夫って言ったんだけど。
時間がかかりすぎるものは受けられませんよ? ほったらかしというわけにはいかないし」
「拘束期間は十日。うち移動が七日で、作業が三日です。
依頼内容は護衛。行く場所は遺跡です。
私は学者をしてましてね、遺跡に行って調査するつもりなんですよ」
遺跡という言葉を聞いて幸助の脳裏に、またギルド発案の訓練を兼ねた依頼じゃないだろうなと疑惑が浮かぶ。
その疑惑は的外れなものだ。さすがにそこまでギルドの人間も暇ではないし、幸助を優先しない。
「未発見箇所がみつかったら探索しろとか言います?」
「みつかったら言うかもしれませんが、基本的には護衛のみと考えていいですよ。
拘束期間を大きく越えるようならば依頼はしません。冒険者たちのいう枯れた遺跡ですから、みつかることもないと思います」
「それなら受けてもいいかな」
「ありがとう」
コンサットは安心したように笑みを浮かべた。ウィアーレも同じだ。
「出発はいつ?」
「今日の午後から」
「早っ!?」
「急ですみません」
「なにか理由でもあるんですか?」
「早く遺跡に行って調べたいという学者魂が、我々を急かせるんです!」
「……そうですか」
知識欲を優先させた答えに、幸助は脱力する。
「旅の準備したら俺はどこに行けば?」
「正門に馬車がいくつか並んでますから、一目でわかりますよ」
「じゃあ、あとでそこに行きますよ」
「はい。依頼を受けてもらって本当にありがとうございます」
そう言ってコンサットは頭を下げてから宿を出て行く。
「ウィアーレはなんで残ってんの?」
「準備を手伝おうと思って」
「ああ、ありがと。
そういやこの依頼にウィアーレはついてくる?」
ウィアーレは首を横に振る。事前にコンサットから話しを聞いていて、無理だと判断していた。
「私は残ります。護衛依頼だとなんの役にも立ちませんから。
雑用も担当の人がいるみたいですし」
「そっか。
この先十日間は孤児院で子供たちの世話?」
「クロサーニさんのところで働かさせてもらう予定です」
クロサーニとはウィアーレが懇意にしている画家だ。
幸助に付き合っていろいろな仕事をしていくうちに、ウィアーレは自分が得意な作業を発見した。
それは色に関する仕事だ。
彼女が色彩に関することでスランプに陥っていたとき、たまたま絵の具の材料を届けるためにきていたウィアーレたちに感想を求め、その答えが彼女の意表をつくものだった。それが縁となり、ウィアーレはクロサーニからたびたび感想を聞かれるようになり、色に関しての才を開かせていったのだ。
今回の仕事は、絵の具の種類を増やすことになるだろう。
準備を整えて、二人は宿を出る。準備といってもまとめていた荷物のちょっとした選別しかしていない。のんびりと話しながらでも十分時間に余裕をもたせて準備は終わった。
そのまま集合場所へとは行かずに、保存食を買い、少し早めの昼食を食べてから街を出る。その途中でウィアーレとはわかれた。
一座に顔を出して、依頼を受けてくることを伝えたあと、コンサットのもとへと向かう。
「こんにちはー」
馬車の御者席に腰掛け書類を読んでいるコンサットをみつけ声をかけた。
「おや? もうきたんですか?」
「もう? 出発午後って言ってたじゃないですか」
あちゃーと手で額を叩いて、コンサットは頭を下げた。
「これは私の言い方が悪かったですね、すみません。
昼食をとったあとに出発準備を始めるんですよ。だから冒険者さんたちは、そのあとくらいに来てもらえばよかった。
仲間もまだ昼食から帰ってきませんからね。出発まであと一時間以上ありますね」
「一時間かぁ。待つには長いし、街をぶらつくには短いなぁ。
……のんびり待つかな。
ああ、そうだ。コンサットさんは目的地に行くまでにどんな魔物が出るか知ってます? 知ってるのなら聞いておきたいんですけど」
「ここらとたいして変わりませんよ。
ラッツモンキーとファードックに加えて、ダイブホッパーとニードルブッシュがいる程度」
「後ろの二匹のこと知らないんで教えてもらいたいんですけど」
「いいですよ」
ダイブホッパーは、兔くらいの大きさのバッタだ。一匹で動きことは珍しく、たいてい五匹から十匹の集団で行動する。頭部が体の中で一番硬く、高くジャンプして落下の勢いでもってその頭部を叩きつけてくる。
百匹近いダイブホッパーがいっせいに飛び、傭兵集団を壊滅に追いやったことがある。そんな記録が残っている。
ニードルブッシュは、茂みのように擬態する魔物だ。獲物が近づくまではじっとしていて、間合いに入ると茅のような体毛を針ネズミのように逆立て突き刺す。
茂みの中に、枯れてもいないのに茶色っぽい草をみつけたらこの魔物が待ちぶせている可能性がある。
これらのほかに、遺跡に行くまでの危険箇所などの地理情報も聞いていく。さらに雇った冒険者たちの簡単な情報も聞いた。
そうしているうちに食事に行っていた者も戻ってきて、出発の準備を始めだした。
「あ、ほかの冒険者さんがきたよ。
自己紹介とかしておいたほうがいいんじゃない?」
一時間の語らいで両者の距離は少し縮まって、丁寧すぎる話し方はしなくなった。
「ん、行ってくる」
荷物を背負い、こちらに歩いてくる冒険者たちへと歩いていく。
雇われた冒険者たちは幸助を含めて五人。その五人で、コンサットたち八人を守るのだ。
コンサットの話では、三人組と一人にわけられるようだ。三人組のほうは、男二人と女一人。保護者役の年長者とそろそろ一人前になろうかという組み合わせ。一人で依頼を受けに来た者は十四才の少年で、完全に駆け出し。
「こんにちは。一緒に働くことになった渡瀬幸助といいます」
名前に年長者が反応する。
「ワタセっていうと最近噂になってる奴か。
若いと聞いてはいたが、それでも二十は超えていると思っていたんだが」
「これでもそろそろ十八ですからね?」
また下に見られているのかと先制する。
「そうなのか、もう少し下なのかと」
「何度もそう言われてます」
「童顔だから皆間違うんだろうな」
幸助は特別童顔ではない。日本人としては標準的な容姿だ。欧米人から見ると幼く見えることと似たようなものなのだろう。
「俺はトニー。この二人の子守とかそんな役目だ。
こっちがライルで、そっちがイーリアスだ」
トニーは二人を指差して紹介していく。
それにイーリアスは特別な反応は見せずに頭を下げ、ライルは子守という部分に不満そうな様子を見せつつ頭を下げる。
「んで、もう一人は俺の管轄じゃあないんだが、駆け出しらしいんで一緒にいる間は少し世話することになった。
ホールトンというらしい」
紹介されたホールトンは緊張に身を硬くしながら頭を下げた。
「よろしくお願いします」
幸助は四人に向かって再度頭を下げる。
「ちいと聞きたいんだがいいか?」
「どうぞ」
「仕事の説明のために集められたとき、ワタセはいなかったよな? どうしてだ?」
「説明っていつあったんです?」
「一昨日だ」
「それなら無理ですよ。俺が雇われたの今日ですから。
今日の朝に知り合いとここの学者さんが一緒に宿にきて、依頼されたんです」
「朝て……よく引き受けたな? そんな急な仕事」
急すぎる話にトニーだけではなく、ほかの三人も驚き呆れている。
「学者さんが、知り合いの兄みたいな人で断りきれなかったってところですね。
それにほかに依頼を受けているわけでもなかったし」
「そうか。依頼人ももう少し人数がほしかったんだろうな。
俺としても人数が増えるのは歓迎できることだ」
「俺は護衛依頼受けたことないんで、どう動けばいいかわからないんですけどね」
「そうなのか? いろいろと依頼をこなしていると聞いたんだが」
聞いているといっても本当か嘘か判断つかない噂混じりのものだ。
「雑用系をいろいろとですね。ほとんど街の中でできるものばかりです。
指示してくれればその通りに動きますよ。体力は馬鹿みたいにあるんで、好き勝手指示出してください。
トニーさん護衛経験あるみたいですし。経験者に従ったほうがスムーズにいくでしょ?」
「それは助かる。無茶は言うつもりはないが、好き勝手動かれるのは困りものだしな。
ライルも緊急時には指示に従えよ」
「わかってますよ!」
ふんっと顔を背けながらも返事はする。
仲悪いのかと幸助は小声で聞いて、トニーは首を横に振る。
トニーの話によると、本当はこの依頼はライルとイーリアスだけで受けるものだったらしい。だがほかの仲間が心配し、トニーをフォロー役としてつけたのだ。
ライルはそれが気に入らないのだ。ライル自身としては一人前になったつもりなのに、その自信にけちをつけられた思いだった。
イーリアスも似たような思いは抱いているが、フォローしてくれる人がいることに安心感も持っていた。
「頼れる人がいるのは嬉しいことだと思うんだけどなぁ」
幸助の感想が聞こえたようで、ライルはキッと幸助を睨む。
「いやだって自分が知らない知識を持ってる人がいたら、すごく助かるっしょ? ほかには自分にない技術を持ってる人とか」
「そ、それはそうだけどさ……」
「便利な人がいるラッキーくらいに思えばいいじゃん」
便利な人扱いされたトニーは苦笑を浮かべている。
「護衛なら前にもやったことあるし、俺たちだけで大丈夫なんだよ!」
そう怒鳴ってライルは背を向ける。イーリアスが幸助に頭を下げて、ライルを宥める。
ライルにもやる気がないわけではないので、この件については触れないでおこうということになった。一応プロなのだから足手まといにはならないだろうと判断して。
やがて出発準備が整い、学者の一人が声をかけてくる。
「隊列は馬車を中央に俺とホールトンが前方。ライルとイーリアスが左右。ワタセが後ろでいこうと思う。
これについて異論はあるか?」
隊列に関してトニーが説明する。誰も異論はなく、口は開かない。
「なにか異変をみかけたら、声をかけてくれ。そのとき大声はなしで。
ホールトンを聞かせにやるから、どんなことがあったか伝えてくれ。
魔物がこちらを目指してきている場合は大声で知らせてくれればいい」
四人は頷き、それぞれの配置についた。
そして一行は出発する。
一行は順調に進む。魔物との遭遇は想定済みなので、予定外にはならない。
遭遇した魔物はでてくると聞いていたものしかでてこなかった。
ダイブホッパーのことを聞いていた幸助とそういったものが出ると知っていたトニーが、上空も見ていたため落下してくるダイブホッパーにも対処でき、奇襲とはならなかった。
目的地につくまでの戦闘で、それぞれの戦闘力は互いに把握できていた。
もっとも幸助は全力ではなかったが。それでもライルの力量をはるかに超えることに、ライルは嫉妬するような視線を向けていた。
戦闘でまったく問題なかったのが幸助とトニーだ。この二人は遭遇した魔物に苦戦することもなく一撃で倒していた。
ライルとイーリアスも自分の得意とする間合いであれば、問題はない。
ライルは剣を使った接近戦、イーリアスは弓を使った中距離から遠距離を得意としている。この二人は以前からよく組んで戦い、互いのことがわかっているのでフォローもスムーズにできていた。
ホールトンは初めてにしては頑張っていたほうだろう。いろいろともたついてはいたが、皆そんなものだとわかっていた。トニーのアドバイスを受けて、少しずつ成長している。
ホールトンの武器は剣で、トニーは槍と大振りのナイフ、それと魔法を数種類だ。
トニーは魔力はそう高くないようで、威力のあるものは使っていない。主に牽制や体勢を崩す用として使っていた。
「明日には到着らしいな」
「らしいですね。ここまで特に問題なくてよかったですよ」
「そうだな」
幸助とトニーは二人で見張りをしながら話している。二人以外は皆寝ているため小声だ。
本当ならばホールトンも見張りに立つはずだったのだが、慣れない護衛で体力的精神的に疲れ、二人の薦めもあって昨日から見張り役を外されている。
「お前さんが強かったのも問題がでなかった要因の一つだな。おかげでホールトンのフォローに集中できた。
その若さでそれだけやれるんだ、いずれ世界的に名を馳せることもできそうだ」
「世界的とかは興味ないなぁ」
「男ならどかんと一発でかいことやって、有名になりたいもんじゃないか?」
「そう思ってたこともありますけど」
地球にいた頃は漠然と大きなことをやってはみたいと考えたこともある。それは明確なビジョンのない妄想にすぎない。
だがここにきて偶然大きなものを手に入れて、妄想ですまなくなる可能性がでてきた。
そうなると気後れしてしまった。努力して得た力ではないので、後ろめたい思いがある。いまだ自身の力に誇りも持っていない。こういったものが解消されないかぎりは、今のまま平凡な日々を続けるだろう。
幸助はそれに不満もない。
「今のところはのんびりといきますよ」
「落ちついてんなぁ。もっとはしゃいでもいいと思うぞ? ライルみたいにな」
「そこんところは個性ってことにしといてくださいな」
「そういうことにしとくか」
「暇なんで魔法を教えてもらえません?
風を起こすやつとか便利そうだって思ったんで」
戦闘の際にトニーは落下してくるダイブホッパーに強風をぶつけて体勢を崩した。それだけでダイブホッパーによる被害は激減した。
幸助はそれを見て、ダメージを与えず無力化する術も持ちたいと思ったのだ。
「いいぞ。
俺もお前さんが使えるものを教えてもらいたいな。なにが使えるんだ?」
「飛翔とか転移とか、貫通光線に守護結界、治癒系も。あとは日常で使える魔法といった感じです」
「もしかして魔力資質も高いのか?」
幸助の挙げた魔法に、トニーは呆れたような顔となっている。
一般人だけではなく、かけだし、三流冒険者では使えないものが混ざっているのだ、呆れもする。
「一般人レベルは超えてるよ」
「そんだけできるんだから、もっと有名になっててもおかしかないのになぁ。
なんで雑務系ばかり受けてんだ?」
「その質問は何度もされてるんだ。
そのたびに安全第一って返答してる。危険な依頼を受けなくても生活はできるし」
幸助自身最近なんとなくわかってきたことだが、無意識的にも命の危機に関わるようなことは避けようとする傾向がある。それがなぜだかまではわからないが、従うようにしている。そのほうがいいような気がしているのだ。
「それなら冒険者じゃなくて、なにか一定の職につけばいいんじゃないのか?」
「ベラッセンに定住してるわけじゃないから」
「あちこち移動してるなら職につくわけにはいかないか。
いやそれでも商売するなりできそうだがな」
「まあ雑務系依頼を受けるのが一番楽だから。
商売っていってもなにすればいいのか」
「あれだけ実力あれば街の外にでも大丈夫だから、狩りにでも出て肉を肉屋に売るとかできるぞ?
鳥や鹿とかはありふれて買取拒否される可能性もあるが、希少な例えばユエル鳥とかは高めに売れるはずだ。
俺も金がないときはそうやって金を稼いだもんだ。たまに依頼でもそういったものは出てるぞ。
定期的にいい肉を仕入れられるってのは肉屋としてはいいことだと思うが」
知り合いの肉屋からそういった依頼をされなかったのは、実力があると知られていなかったからだろう。強いと知られていれば頼まれていたはずだ。
「なるほど、そんな依頼もあるんだ。街中でできる依頼ばかり見てたから気づかなかった」
ほかにも商売にできそうな依頼の話を聞きながら、見張りの時間は過ぎていった。
二人の話の一部をライルが聞いていたことに、二人は気づいていない。
翌日の昼過ぎに一行は廃墟に到着する。雑草が地面を覆い、建物はどれも朽ちかけている。人の気配など感じさせない静かなところだ。
ここは百年近く前に放棄された場所だ。放棄した理由は飲み水が理由で病気が広まったからだ。十年前に調査があり、再び住むことは可能だと判断されたが、いまさら廃墟に住もうと思う者はおらず、放置されたままだった。国の騎士団が見回りに来るので、野盗などが隠れ家に使うこともない。誰かいるとすれば、旅人が屋根を求めて一泊するくらいか。
そういった旅人と同じように、一行は廃墟の一つを拠点とする。
設営をしながら、幸助とコンサットは話している。
「調査は明日から?」
「このあと現場を見に行くけど、本格的な調査は明日からだね」
「護衛は遺跡の中もする必要がある?」
「そうだね。ここには人はいないけど、魔物は入り込んでいる可能性はあるから来てもらう」
「ここが百年前に廃棄された場所ってのはここにくるまでに聞いたけど、百年前の遺跡ってのは遺跡としては若いほうだよね?
調べてそんなに重要なことがわかんの?」
「廃棄されて百年だけど、この街自体の歴史は三百年ある。
だから若い遺跡ってわけじゃないんだ」
「あ、そうか。この街自体の歴史のこと忘れてた」
設営をすませた一行は荷物番を残して廃墟となった神殿に向かう。魔物がいるかもしれないので幸助とライルとイーリアスの三人で学者たちを囲んで移動している。残りの二人は拠点護衛として残っている。
この神殿も手入れはされておらず、古ぼけあちこちが崩れている。大きさは練習として行った神殿より小さい。
「これなら調査はすぐ終わりそうじゃない?」
イーリアスの言葉をコンサットが否定する。
「ここは地下がありまして、そちらが広くなっています。ですのですぐ終わるということはないですよ。
その入り口まで案内しましょう」
冒険者たちで囲んだまま一行は地下階段へと向かう。
位置を確認して、そのまま神殿内を歩き回る。学者たちはあちらこちらを指差して話し合っている。それを冒険者たちは聞き流し、護衛のため警戒し続ける。
一通り見回って、一行は拠点へと戻っていった。
次の日から本格的な調査が始まる。
といってもその日は、幸助はホールトンと一緒に拠点護衛で地下には行っていない。
「地下ってどんなだった?」
行く前に注意事項はあるかと、昨日行ったトニーに聞く。
「当たり前だが暗い、気温は低い、風の流れがわかりにくい。こんなところだ。
魔物も入り込んでいるようだったぞ。気配はすれど、姿は見せずって感じだったが。臆病な魔物なんだろうさ」
「警戒していたら問題はなさそう?」
「そうだな。昨日はそれで問題なかった。
俺とコースケがついてる、だから緊張しなくていいんだぞ?」
そう言ってホールトンの肩を叩く。
「は、はひっ!」
ガチガチのホールトンを見て、幸助とトニーは小さく笑った。
地下へと移動した幸助は許可をもらい明りの魔法を広範囲に使う。半径十メートルは外と同じくらいの明るさとなっている。その量の多さに魔力残量は大丈夫なのかとトニーが問う。
「こんなに使って大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。一割も減ってませんから」
「うらやましいな。俺が同じことしたら三割はなくなるぞ」
「これって魔力消費少ないですよね?」
「コントロールが甘くてな、余計に消費しちまうのよ」
「なるほど。塵も積もればってやつかぁ」
「二人とも移動するみたいですよ」
話している二人にホールトンが話しかける。
「あ、すまん」
「教えてくれてありがと」
「いえ」
トニーとホールトンが先頭へ、幸助は最後尾を歩き、一行は今日の調査箇所へと向かう。
到着したのは大部屋だ。倉庫にでも使われていたのだろう。壊れた品物があちこちに落ちている。
幸助たちの目にはがらくたでも、学者たちには違った。重要な歴史的資料だ。早速それらに近づき、慎重に手にとっていく。
「俺はここを守っているから、二人は周囲を見回ってきてくれないか?
魔物が隠れているかもしれないんでな」
「了解」
「わ、わかりました!」
未だ緊張気味のホールトンと一緒に幸助は大部屋を出て廊下を歩いていく。
ほかの部屋の中も調べていく。その際にどれが価値のあるものかわからないので、品物には触らないように気をつける。
そして五つ目の部屋を調べているとき、落とし穴をみつけた幸助はホールトンに場所を教えてその近くに行かないよう指示を出す。
だが重い机に足を引っ掛けたホールトンが転び、穴に落ちてしまった。そして大きな悲鳴が上がる。
「大丈夫!?」
「腕がっ異常に痛いですっ」
痛みを耐えながらの返事なのだろう、力の篭った返答だ。
幸助も穴に下りる。
ホールトンは壁に背を預け、痛むほうの腕の上腕部を押さえて、うっすらと汗を滲ませ耐えている。
「腕に触るよ?」
「はいっ」
痛みを我慢できるように歯をくいしばる。
腕は熱を持ち、腫れあがっている。
すぐにどんな状態かわかった。
「折れてるね。でも大丈夫すぐに治療できるから」
「本当っですかっ!?」
即座に頷く幸助を見て、歪んだままでありつつも安堵の表情を見せた。
幸助はホルンから教えられた知識を総動員し、治療を始める。
骨が曲がってくっつかないよう腕を真っ直ぐ引っ張るため激痛が予想される。歯を食いしばり口内を怪我しないよう布を口に含んでもらう。
「いくよ?」
ホールトンは目をぎゅっと瞑り頷く。
幸助が腕を引っ張った瞬間、ホールトンは大きく呻き声を上げる。
それを聞き、幸助も思わず顔を歪める。空いている手で折れている箇所を触診し、骨折箇所がずれていないことを確認して魔法を使う。
治療を終えて、一つ息を吐いた。
「これで終わり」
「ありが、とう、ございます」
「痛みはもう少し続くと思う。
念のために今日はこっちの腕は動かさないように。また折れるってことはないだろうけど、痛みがぶり返すことはあるから」
頷くホールトンを抱えて、幸助は飛翔魔法を使い、穴をでる。
見回りを終えた二人はトニーの元に戻る。怪我のことを話して、ホールトンを休ませるため拠点まで送る。
その日はホールトンの怪我以外にこれといった出来事はなく、調査を終えた。
次の日もたいした出来事はなかった。ライルが少しそわそわとしていたくらいだろう。なんだろうと幸助とトニーは首を傾げたが、追求はしなかった。そのつけが翌朝に廻ってきた。幸助たちが朝食を食べ終えても、ライルとホールトンが姿を見せなかったのだ。
「おかしいな?」
「引き上げる準備始めてるのに、どこ行ったんでしょうね? しかも朝食も食べないで」
「イーリアス、二人をどっかで見かけなかったか?」
知らないだろうとは思いつつトニーは問いかける。
「え、その、えーと」
明らかに何か知っているという挙動だ。
ただそこらへんをうろついているだけではこういった挙動はみせないだろう。
なにかあると考えたトニーは詳しいことを聞き出す。
イーリアスも絶対に隠すといった思いではなかったようで、素直に白状した。
「実は昨日の夜から神殿の隠し部屋らしきところに行ってます……」
「は? 隠し部屋ってそんな話聞いてないぞ?」
みつけたのはホールトンだ。落ちた穴にそれらしきものがあると気づいたのだ。
壁に背を寄りかけたとき、勢いよく背中を押し付けたのだが、そのときの反響で壁の向こうに空間があるのではと思ったのだ。
幸助は壁に触れていないので気づけなかった。
「ごめんなさい! ライルに黙っててくれって頼まれて!
でも少し見たらすぐに帰ってくるって言ってたんです!」
「昨日見張りをやりたいって言い出したのはそのためか」
トニーは呆れた表情となり溜息を吐いた。
「あの馬鹿っ勝手な行動とりやがって!」
三人は学者たちに事情を話しに行く。
情報を隠し勝手な行動をとったライルのことを謝りながら、迎えに行く許可を願う。
「仕方ありませんね。どうぞ行ってください」
「ありがとうございます!
連れ帰ったらライルとホールトンにも謝らせます! 苦情でも報酬減額でもなんでもしてやってください!」
トニーは何度も頭を下げ、感謝を態度で示した。
「コースケ、一緒に行ってくれるか?」
「いいよ」
「私は?」
「イーリアスはここの護衛だ。一人も護衛が残らないというのは問題がある。それに室内じゃ弓は扱いづらいだろ。
今日まで魔物は襲ってこなかったが、だからといって気を抜くなよ?」
「わかりました」
気合を入れた表情でイーリアスは頷いた。
「じゃ、行ってくる」
「二人を頼みます」
神殿に向かう二人を見送ったあと、イーリアスは拠点すぐ近くの屋根に上り警戒を始める。
幸助の案内で、隠し通路のある落とし穴まで走っていく。
「ここだよ。横穴開いてるね。二人がここにきたのは間違いないみたい」
「俺たちも行こう」
飛び降りて横穴に入る。
通路を進みながら二人は小声で話す。
「いまさっきの穴だが、ありゃ落とし穴じゃないな」
「そうなん?」
「ああ、罠なんてほかの場所になかったろ? あそこだけにあるのはおかしい。
たぶんあれはただ穴を隠していただけだ。時間が経って蓋が古くなったことで、落とし穴に見えるようになったんだろうさ。
この横穴が今までみつからなかったのは、みえみえの罠に引っかかる奴がいなかったからじゃないか?」
「そんなもんなのかな。
あ、矢が落ちてる」
床に一本の矢が落ちている。周囲を探してみると、ほかにも何本かの矢が落ちていた。矢のほかに床の一部がへこんでいるのもみつけた。これが罠発動のスイッチだったのだろう。
二人は矢を拾う。
「血がついてる。二人が怪我したっぽいね」
「……乾燥して効力落ちているようだが毒が塗られているな」
トニーが爪で鏃を引っかいて付着した粉を見て言った。
「小さな怪我ならライルがどうにかできるが、毒まではどうにもならん。急いで合流したほうがいいな」
幸助は頷いて先を急ぐ。
二人はすぐに足を止める。通路が二手に分かれているのだ。
床を見て、足跡で行き先を探る。
「右のほうが足跡が多いかな」
「だな、この先が行き止まりかなにかで引き返したんだろ」
「じゃ、左だね」
進む二人の前に一匹の魔物の死体があった。
ミミズを大きくした魔物で、トニー話ではそれほど強くはないらしい。
ミミズは畑にとっていい存在だが、こちらは野菜を食い散らかし人も襲う。害にしかならない。地中からの奇襲に注意すれば二人ならば苦戦もしないようだ。
「これがいるってことは、壁に穴でもあいてるのかもしれんな」
床や壁の材質は石材で、それを食い破るだけの力はこの魔物にはない。
「ほかの魔物も侵入してきたものばかりだと思う?」
「かもしれんな。配置されていたかもしれん人工の魔物は魔力不足だろうし」
「ほったらかされてたから整備する人いないよねぇ」
さらに先に進み、ライルたちが避けた罠をみつけ帰るときに急ぐかもしれないので邪魔にならないよう解除したり、ライルたちが倒せなかったらしい魔物を倒したりしながら先に進む。
ほかにも鍵を開けられずに蹴破った跡をみつけたり、価値のありそうな装飾品を見逃すという失態を知ったりと、ライルたちの未熟さを見ていく。
これらを見てトニーは、ライルはまだまだ半人前だという結論をだしていた。
「さっきのはびっくりしたね」
「びっくりしたってだけで済ませられるほうが驚きなんだが」
笑いながら言った幸助に、トニーは呆れた表情を見せている。
少し前に甲殻丸虫という魔物と戦ったのだが、そいつが丸まって体当たりを仕掛けてきたのだ。ダンゴ虫のような外見からそういった攻撃方法は予想できていた幸助だが、予想以上の速度でぶつかってきたことで、呆気にとられ避けそこなったのだった。
重装備ではない幸助なので、トニーは重傷かそれに近い状態になったかと心配したが、幸助がなんともない様子で立ち上がったことで、心配したことは無駄になった。
「ん?」
「どうした? やっぱりどこか悪くしたか?」
疑問の声を漏らした幸助に、トニーは尋ねる。
「音が聞こえた」
「そうか? 俺には聞こえないが」
「んー……やっぱり聞こえる」
耳を澄ませると、やはり聞き間違いではないとわかる。
重いものが動いているような音を幸助は捉えた。
「どっちからだ?」
「ついてきて」
幸助の先導で走る。罠や魔物は無視だ。五分もするとトニーにも聞こえてきた。
「何かが一定の感覚で動いているな。相当に重いものだぞ」
「大物の魔物がいて、ライルたちを追ってるのかも」
「その可能性はあるな。急ごう」
幸助は頷き、さらに速度を上げる。
もう三分ほど走って、二人はふきぬけの広間の上部に到着した。階下まで八メートルはある。
眼下ではライルたちが、四メートルほどの石像に追い回されていた。無骨な造りではなく、金剛力士像のようにスマートで美術品ともいえる石像だ。
「動きが悪いな、やはり毒が体中に回ってるのか」
「考察はあと、助けに行こう!」
「まあ、待て。なんの策もなく行って俺たちも追い回される羽目になるのは避けたい」
飛び降りようとする幸助を止める。
「倒せばいいだけじゃない?」
「……軽く言うなよ、無理だろう。俺はそんな自信ないぞ」
「やれそうなんだけどなぁ」
「やれるのか?」
「負けるっていう感じはしてない」
幸助の気負いのない返答に、トニーは無謀なのか勇敢なのか判断つけかねていた。迷うトニーの背をライルたちの悲鳴が押した。
「……よし! 時間稼ぎ頼む。無理に倒そうとしなくていい。
俺がここからロープをたらして、二人をここまで運ぶ。それが終わったら声をかける、それまで頑張ってくれ!」
「飛翔魔法使えるから、助けるだけなら俺一人で十分だよ?」
「……そういや使えるって言ってたっけな。
じゃあ、それでよろしく頼む」
「了解!」
魔法を使った幸助はライルたちのそばまで移動しようと飛び出す。
そしてそのまま落ちていった。魔法が効果を発揮しなかったのだ。
「え?」
「は?」
どうしてといった顔で幸助は落ち、飛翔魔法使えるんじゃなかったのかと呆気にとられた顔でトニーは落ちていく幸助を見送った。
地面に落ちた音でトニーは正気に戻り、急いで下を見る。
「大丈夫か!?」
「大丈夫、すっごいびっくりしたけどね!」
服についたほこりを叩き、元気そうに手を振る幸助に、トニーはほっと胸を撫で下ろした。
「さっきの作戦でよろしく!」
トニーに声をかけて、幸助は返事も聞かずに石像に向かって走る。
任されたトニーは、急いで鉄の杭を打ちつけ、それにロープを固定、伝いながら下り、壁に足場となる杭を打ちつけていく。
これでよしと振り向いたトニーは、先ほどより動きのよくなった石像をひきつけている幸助を見てから、ライルたちへと走っていった。
「移動させだしたね。もう少し時間かかるか」
迫りくる巨大な拳や足を避け、幸助はちらりと視線をトニーに向けた。
幸助には余裕がある。石像が特殊な攻撃をせずに、パンチやキックといったありふれた攻撃しかしないおかげだ。それらの攻撃も特に速いわけではない。遅くもないのだが、よく見ていれば避けることは簡単なのだ。
「このまま避け続けてもいいけど、これだけ落ち着いてるから自分がどれだけやれるのかの確認もしてみたいな」
ヴァイオレントバルブのときのように余裕がないわけではなく、今後こういった余裕のある状況があるのかわからないので、いい機会だと思った幸助は足を止め石像とぶつかりあうことに決めた。
「まずは力比べだっ! かかってこい!」
剣を持っていないほうの手を前に出し、頭上から迫りくる巨大な拳を受け止める。
重量差で押され床を滑るが、踏ん張ると止めることができた。押されただけで、怪我はなに一つない。
「体重差はどうしようもないけど余力はあるし、力比べに負けることはそうそうなさそうだ」
押している手から力を抜く。石像の拳はそのまま幸助目掛け下ろされる。それを幸助は下がって避け、目の前にある拳を蹴る。
蹴りの勢いは石像の力以上のようで、腕は石像に止められることなく、石像の胴体にぶつかった。その衝撃で、腕と胴体に大きくひびが入る。石像に痛みはないようで、欠片が落ちていく腕を庇うことなく振るう。避けるだけでひびは広がっていき、使い物にならなくなるだろう。
「次は運動性能といきますか!」
素早く石像に接近した幸助は、勢いそのままに飛び上がり、石像の膝を踏み、さらに腕を踏み、肩に着地する。
叩き落とそうとする拳を、頭部と両肩の狭い範囲を移動することで避けていく。
「不安定な足場でもこんだけ動けるっと」
肩から飛び降り、空中で一回転して着地する。
「体力も問題なし」
言葉通り、息切れ一つしていない。
余裕をもって石像を見上げる幸助目掛けて、ひびだらけの拳が迫る。
それに対して幸助もギュッと拳を握り、巨大な拳へと殴りつけた。
大きな拳と小さな拳がぶつかり、一秒も耐えることなく石像の拳は砕けた。
幸助は石片が飛び散る中、再び石像へと接近し、両手で剣を振るう。
脛の上部へと振るわれた剣は、不快な音と火花を散らしながらも、勢いを落とすことなく振りぬかれ、皮一枚残してぶった斬った。
近づいた幸助を攻撃しようと石像が動いたことで、かろうじて繋がっていた足はあっさりとちぎれた。
バランスがとれなくなった石像は倒れ込み、じたばたと動くことしかできていない。
「頭を潰せば止まるかな?」
人間とは構造が違うだろうとは思いつつも、弱点は見抜けないので頭を両断した。
制御する装置かなにかが頭にあったようで、石像はその動きを止める。
後日、学者たちの調査で石像が魔力を吸収して動くということがわかった。幸助たちがいる部屋内で使われた魔法の魔力を吸収するのだ。だから魔法が使えないということが起きたのだった。
この調査結果をコンサットが幸助に報告しようとしたのだが、タイミング悪く幸助は遠出していた。結局魔法使用不可の理由がわかったのは、何ヶ月も先のことだ。
「あ」
剣を見て幸助は声を上げる。
石像を斬った側の刃がところどころ欠け潰れているのだ。
「また修理ださないと駄目かぁ」
またクラレスに怒られるかもと溜息一つ吐いて鞘に納め、三人のところへと歩いて向かう。
ロープを使わず、足場にするための杭を蹴って駆け上がる。
「二人の様子はどう?」
「あ、ああ。怪我は治療した。
毒は体力を減らすようなものじゃないくて、体を痺れさせるだけだからほっといてもいい。
そっちはどうなんだ? 暴れまわっていたが」
「俺は……特に異常ないな」
体各部を触って痛みがないか調べてから答えた。
「規格外にもほどがあるぞ。ヴァイオレントバルブ倒したってのは嘘じゃなかったんだな」
呆れここに極まれるといった表情のトニー。
そんなトニーと違い、ホールトンは怯えた表情となっている。逃げまわることしかできず、ここで死ぬのかもしれないとまで思わせた存在をあっさりと倒した幸助が怖くなったのだ。
残ったライルははっきりとした嫉妬を浮かべている。強さが羨ましいのだろう。同年代でここまで力の差があるのだからなおさらだ。
この気持ちはトニーにもわかるものだった。自分はどこまでもいけると信じて疑うことのなかった血気盛んな若かりし頃、強さを追い求め、自分よりも強かった人たちに嫉妬と羨望の思いを抱いたのだ。
ライルを見ながらトニーは、妥協を覚えたのはいつころだったかと懐かしい気分になっている。
「えっと、なにかの気分に浸ってるところ悪いんだけどさ。
これからすぐに引き戻すか少し休憩するか、聞きたいんだけど」
ホールトンの視線を痛く感じながら聞く。今まで怯えられたことはなく、少しショックなのだ。ライルの嫉妬の視線のほうがましだ。
「そうだな、休憩だな。俺たちは大丈夫だが、二人は歩くのも辛いだろう」
わかったと頷いて幸助は座り込み、リュックを探る。すぐに目的のものをみつけて、ライルとホールトンに渡す。
「知り合いからもらった解毒剤。体の中の毒に効くかはわからないけど、飲んでみて」
これはホルンからもらったものだ。医術に高い技量と知識を持つホルン製の薬だ、なんの効果もないということはないだろう。
実際に飲んで五分ほどで、ライルたちは痺れが少しずつ引いていくのを実感した。二十分も経てば、ほぼ問題なく動けるようになった。
「二人とも動けるようになったみたいだし帰るか」
「そだね」
よっこらしょっと言って立ち上がるトニーに、年寄りっぽいと言った幸助がボディを殴られる。
「……なんの成果もなく帰れるか!」
「な、なに!?」
突然大声を出し立ち上がったライルに幸助は驚いた。
「あー言いたいことはわかるが、勝手に侵入して荒らしまわってんだ。これ以上のわがままを許す気はないぞ?」
「だけど!」
「ふむ……じゃああの扉の先を見るだけならば許そう」
トニーが指差す先には石像が立っていたと思われる台座があり、その奥に扉がある。
「この譲歩すら認めないのなら、ここで気絶させて連れ帰る。その際に骨の一本でも折れるかもしれんがな」
「……わかった」
ライルは渋々といった感じで頷き動き出す。以前も気絶させられたことはあるので、本当にやるとわかっているのだ。
ロープを伝い下りるトニーたちの横で、幸助は飛び降り軽やかに着地した。
それがまた力の差をみせつけられ、ライルはさらに嫉妬心を募らせる。
この仕事が終わったあとライルは幸助と組むことはなかった。だがこのときの思いはいつまでも残っており、糧として成長していき名を上げていくことになる。
「俺は罠はないと思うが、コースケはどうだ?」
「んー……少し違和感があるような?」
「そうか、念入りに調べてみてくれ。
ホールトン、コースケの様子をよく見とけ、罠解除の参考になるぞ。ライルもな。ここにくるまでに発動した罠を見たが、あれくらい解除できなきゃ一人前とはいえんぞ」
ライルとホールトンに見られつつ、幸助は罠の探査していく。どんな効果の罠なのかはわからなかったが、とうすれば発動しないかはわかったので、解除には成功した。
扉を開き、罠をトニーに見てもらったところ、煙が噴出するようになっていたようだ。ただの煙ではなく、幻を見せる薬物が吹きかけられる罠だったらしい。
粉を調べていたときにホールトンがくしゃみをして巻き散らかし、ホールトンとライルが粉を吸い込み、効果がわかったのだ。
ライルたちはいい夢を見ていたようで、弛んだ笑みを浮かべていた。
二人が夢を見ている間に、幸助とトニーは部屋の中を調べていく。
「おーい、そろそろ正気に戻れー?」
調べ終えたトニーが二人の頬を叩いて正気に戻らせる。
「あれ? イーリアスは?」
「イーリアスさんはどこに?」
二人してイーリアスとのなにかを見ていたのだろう。
「イーリアスは外で護衛中だ。ここには最初からいなかったろう。
お前ら幻を見てたんだよ」
幻と聞いて二人は恥ずかしそうに落ち込んだ。
「まあ、どんな幻見てたか知らんが、すっぱり忘れるこった。
それで部屋の調査を終えたわけなんだが」
この言葉にライルは反応し立ち直る。
「なにかあった!?」
「宝石とか装飾の施された鎧とか昔の硬貨とか」
「すごいですね! 俺ら金持ちじゃないですか!」
みつかったものを聞いてホールトンも立ち直った。
「いや、みつかったものは国のものだから。俺たちの懐には一切入ってこないぞ。
ここは国の所有物だからさ。
誰にもみつかってない遺跡なら、みつけた奴が好きに持っていっていいんだがな」
「そう……なんですか?」
ホールトンのテンションが目に見えて下がった。
「ライルさんが宝物みつけたら自分のものにできるとか言ってたんですけど」
「いや、そうなんじゃないかなぁと」
隠し通路があるらしいと聞いたとき、ライルは場所がわからないので、どうにかしてホールトンに案内してもらえないかと考え、それを口実にホールトンを連れ出していたのだ。
「ライルは勉強不足か? こういったことは以前話した記憶があるんだが」
「ど忘れしてたみたいだ。
それよりみつかったものを見せてくれよ。見るだけならいいんだろう?」
「こっちだ。
触るなよ? 物の置き方も学者連中にとっては重要な資料になるかもしれないからな」
案内された先に置かれている宝石などを見て、ライルとホールトンは肩透かしを食らったような顔になる。
思ったよりも宝石などの量が少なかったのだ。
ここにあるものを貨幣に換金すると、だいたい一般人一人が三年ほど遊んで暮らせる額となる。ここにくるまでにあった装飾品なども合わせると二年ほどプラスされる。
「その顔は、おおかた量が少ないんじゃないかって思ってんだろう?」
「あんな門番がいたのに、これっぽっちじゃわりにあわないさ!」
「そうですよ! 死にかけたのに!」
「俺もそう思ったが、事実これだけだからなぁ。
たぶんこの街を放棄するときにほとんど持ち出されたんじゃないのか?
ここに残っているのは、重量的に運べないから残されたやつかもしれんな」
「どこかにまた隠し部屋があるんじゃ?」
ホールトンの疑問にトニーは首を横に振る。
「俺が調べたかぎりじゃどこにもなかったな。
コースケも調べてるが、期待はできんだろ」
「うん。なかった」
スタンっと幸助が着地して、トニーに同意する。上の方の壁も調べたが、隠し通路や部屋はなかった。
「調べ終えたのか」
「天井も見てみたけど、なかったね。保管されているのはここにある分だけなんだろうね」
「じゃ、帰るか」
ライルとしてはまだ満足していないが、これ以上わがまま言えば気絶させると言われているので、従うしかない。
ホールトンは宝石などを名残惜しそうにみてはいるが、早く出たいという気持ちもあるので素直に従う。
二人にとっては、得るものが少なかった遺跡探索だった。命と経験という二つのとても価値のあるものを手にしていることに気づいてはいない。
一方で幸助は得るものが多かった。自分がどれだけやれるか、これまで積み重ねたものの確認ができたのだ。充足感を感じながら地上へと向かう。
だが幸助は今回のことで自身の弱点については把握できていない。いつかそれが致命的なことになる時がくるのかもしれない。
「戻りましたー」
「おかえり、コースケ」
コンサットが幸助を出迎える。トニーたちは代表者のもとに内部の報告と謝罪のために行っている。
勝手な行動を怒られているが、ライルの暴走のおかげで新発見があったので、報酬が減ることは免れた。
「中の様子はどうだった?」
「ああいった遺跡に入るのは初めてだから、ほかの違いはわからないんだけど」
ボルドスと一緒に入った遺跡はノーカンだ。
「罠とか魔物とか門番とかがいたよ」
「門番?」
「倉庫らしきところを守ってたから門番であってると思う」
「……ただの倉庫なら門番など置かない……だとしたらあの資料の裏づけになるか?」
コンサットがなにかを思い出すかのように考え込んでいる。
「ここ何か特別な場所だった?」
「特別といえば特別かもね。
ここの神殿がここら一帯の貴重品を保管する倉庫を持っていた、と書かれた昔の資料があるんだ。
でもそれらしき倉庫はないし、資料のミスと思われていたんだ」
「でも門番の発見で信憑性がでてきたと」
コンサットは頷いた。
「……もしてかして門番も貴重な資料になったり?」
「なるかもね」
「……ごめん。門番壊しちゃった」
「壊した?」
「ライルたちが襲われててさ、助けるために」
「まあ、そういった事情なら仕方ないかな。
門番は今どんな状態?」
覚えているかぎりの状態を伝える。ついでに魔法が使えなかったことも伝えておく。
「魔法が使用できなかったか。興味がそそられるね。
石像のほうは、腕と胸が粉々で頭が真っ二つ……。
ま、まだなんとか調査はできるかな」
コンサットが想像しているのは成人男性より少し大きな石像だ。まさか四メートルの巨人を倒したとは思っていない。
石像の調査に出向いたとき、その大きさを知って、幸助のでたらめさに驚くことになる。
ライルたちへの説教が終わり、一行はベラッセンへと帰る。
コンサットたちは所属する組織に報告し、すぐに再出発の準備を始めるのだろう。
コンサットとしてはまた幸助に護衛を頼みたかったが、幸助は劇から手が離せなくなっていたので断った。
かわりに魔物や罠の位置など詳細な情報を渡し、調査が少しでも楽になるようにフォローは入れておいた。
そしてコンサットがベラッセンに戻ってきた頃には、幸助は旅に出ているのだった。