古きヒーロー、異郷に参上
「重くないかね? 手伝ったほうが」
四十代後半と思われる男が三回目の同じ質問を幸助になげかける。それに対して幸助も同じ返答を返す。
「たいした苦労じゃないんで気にしなくてもいいですよ」
「苦労じゃないと言われても……やはり重いと思うんですがねぇ」
男は幸助を見て、さらにちらりと背後を見て、若干顔を引きつらせる。
周囲の者たちも似たような反応だ。これくらいは当然といった顔をしているのはボルドスくらいだ。
幸助は荷物が多く積まれた荷台を一人で引っ張っている。もともとは馬二匹に引かせていた荷台を人間が一人で、しかも平気そうに動かしている。一般人からすれば目を疑いたくなる光景だった。
幸助がなぜ荷台を引いているのかというと、話は二時間前にさかのぼる。
遺跡からの帰り道、あと三時間ほどで街にたどり着くといったところで、二人は視線の先に人の集まりを発見した。
「どうしたんだろ?」
「馬車の車輪が外れたかどうかしたんじゃないか?」
近づいて話を聞いてみると、車輪に問題があるわけではなかった。
運悪く腹を減らした魔物の群に襲われ荷台を引いていた馬たちが死亡、もしくは怪我を負っているのだという。
彼らの中にも魔物を追い払えるくらいの実力がある者はいるのだが、数の差で馬を庇いきれなかったらしい。
「怪我をした馬の治療はしたんですが、荷を引くには数が足らず立ち往生してまして。
人間が荷台を動かすことに参加すれば、大半の荷台は運べるのですが、それでも全部が運べるわけではなく」
「そうでしたか。そういうことなら手伝いましょう。コースケ、お前はそっちの荷台を一人で運べるよな?」
ボルドスは荷物のみの荷台を指差す。
疑問系で聞いているが、内心確信している。
「やってみなきゃわからないけど、たぶん大丈夫じゃないかな」
「いや、無理でしょう!? 馬一匹じゃ運べず、二匹でようやく動かしていたのですぞ!?」
「一度、やってみますよ」
幸助は屈み荷台の下部を持って引っ張る。幸助とボルドスの思惑通りなんなく動いた。
「大丈夫、余裕。このままの体勢でずっとは辛いけど」
「はあぁーこれは驚きました! ずいぶんと力持ちなんですなぁ」
驚きと感動を混ぜ合わせた表情で男が言う。
「筋力にはちょっと自信があります」
「ちょっとどころではないでしょう!?」
男はロープで荷台を運びやすいように持ち手を作る。
外れないか引っ張り確認し、自分の力ではびくともしない荷台の重さに、改めて幸助の筋力の高さに感心する。
こうして動けるようになった集団は、ベラッセン目指して出発した。
ボルドスも手伝っており、その荷台を押す人数は少なく、ボルドスの筋力の高さも並ではないと示している。
幸助は荷台を運びながら隣を歩く男と話し、彼らのことを聞いていく。
彼らは軽業から演劇までこなす流れの一座で、一定の周期で国内と隣国を回っているらしい。今月はベラッセンとリッカートで興行をする予定だという。
規模としては中規模、総勢三十五人の一座だ。幸助の隣にいる男が座長のラドルフ。いつか大都市の劇場で演劇を行うことが夢なのだと、キラキラとした目で幸助に語った。
「ほんと助かりました」
ベラッセンに到着し、ラドルフが幸助とボルドスに頭を下げる。
ほかの者たちはテントを建て始めていて、夜に備えている。
「俺たちも帰る途中だったし、気にしなくていい。
たいして疲れてないしな」
「そうそう。歩いて帰ったのと、疲れは同じ」
それらの言葉に嘘はなく、本当に疲れはなかった。
「あれだけのものを運んだんですから、そこは疲れたと言ってほしいですなぁ。私たちに体力がないのかと落ち込んでしまいます」
「俺たちは体力が資本の冒険者だからな」
「私の知っている冒険者でもそこまで無茶苦茶ではなかったですよ?
ここまで運んでもらったお礼に、ご家族恋人友人を連れての来場をただにさせてもらいますので、ぜひお越しください。
おまけとして特等席も用意させてもらいます」
楽しみにしていると返答し、二人は街の中に入る。そのままギルドへと向かった。遺跡探索の報告と鍵開けの件をすませるのだ。
「二人とも、お帰りなさい。予定より早かったですね」
ちょうど休憩中のディアネスがギルドに入ってきた二人に声をかける。
「ただいまです」
「ただいま。帰りが早かったのは、山と川を幸助に抱えて飛び越えてもらったからだ」
「ああ、そういえば飛翔魔法も使えたんでしたっけ。それなら時間短縮できますね」
「次からは転移魔法でさらに時間短縮できますよ。行く機会があれば」
「転移もできるんですか」
ディアネスは少し驚いたような顔となる。
「最近覚えました。短距離でしかも一人のみの転移だけど」
「ですがリッカートなどへの配達も可能になったんですね」
「知り合いに頼まれてすでにやりましたよ」
「そうですか……さらに便利になったんですねぇ」
「便利て」
ディアネスの漏れでた本音に、ボルドスが突っ込んだ。
「実際、転移魔法は便利ですし。使うことのできる人はこの街には一人しかいませんから、使える人が増えるのは嬉しいことなんですよ」
「行ける場所は、リッカートと遺跡とヴァイオレントバルブのいるところくらいですけどね」
「リッカートに行けるのなら大抵の配達依頼はこなせます」
転移を使った依頼は、いままで独占状態だったので新規参入は嫌がられるかと幸助は思ったが、もう一人の使い手は十分お金を貯蓄していて、子供も自立しているのでお金はあまり必要ない。むしろ仕事が減ってくれれば、孫の世話がより多くできるので新規参入は歓迎すらしている。
さすがに依頼全部を持っていかれると困ることになるが、幸助も全て掻っ攫う気はないので、敵対関係にはならないだろう。
ディアネスの休憩が終わり、二人は報告のため受付に向かう。
そこで手続きを済ませ、報酬ももらう。もらった報酬を手に幸助は不思議で納得しがたいといった顔をしている。
「……訓練だったのに報酬がでるんだ」
「一応依頼って建前があるし、出たとしてもおかしなことではないと思うぞ。
もらえるものはもらっておこう、そんな考えでいいんじゃないか?」
「うん、そう思うことにするよ」
もらったお金をリュックにしまい幸助は、練習用の鍵のある場所に案内してもらう。
ギルドでの開錠の練習は誰でもできるわけではない。得た技術を悪用しようとする者はいつでもいて、そういった者に技術を渡さないため、条件を満たした者のみが練習用の鍵を利用できるのだ。
条件とは、ギルド職員に一定の認識を得ている者。もう一人の認識を得ている者の推薦。そして技術を得ようとしている者がなにか悪事を働いたときのため、推薦者が責任を負うという証明書にサインをする。この三つの条件が必須となっている。
ボルドスはその書類に、報告ついでにサインしていた。
ボルドスは七種類の鍵を幸助の前に置き、右から開錠が簡単な順に並べていく。
「この七つを開けられるようになれば、大抵の鍵には苦労しなくなる。
世の中の鍵はこの七つを基本として、派生しているからな。これら以外の鍵は魔法仕掛けだと思っていい。
たまにオリジナルの鍵もあったりするが、もうそのときは罠の有無を確認してぶち壊すしかないんじゃないかと思う。
一度そういった鍵と遭遇して俺はそうした。それがこれだ」
ボルドスは右から四番目の鍵を指差す。
「壊した鍵をわざわざ持って帰ってきたんだ?」
「新しい仕掛けの鍵は壊れていても、ギルドに持っていくと高く買い取ってくれるぞ」
警備上の理由から新しい仕掛けの鍵は、ギルドのみならず商店などに喜ばれる。
ギルドに持ち込んだ場合、ギルドの人間が構造を解析し身近な鍵職人に作ってもらい、商店などに売りに出す。大店に持ち込んだ場合も似たようなことが行われる。
新しい鍵を手に入れたとしたら冒険者はギルドに持ち込むことを選ぶ。大店に持ち込んだ場合は手に入るのはお金だけだが、ギルドだとお金のほかに評価も上がるのだ。
「一つ一つ実践していくから、まずはよく見とけ」
ボルドスは簡単なものから手に取り、次々と開けていく。
一番簡単なものは鉄針を差し込みねじっただけで開き、一番難しいものは三本の鉄針を使い十分以上かけてようやく開く。ここにある鍵では何度も練習したので慣れているといってもいいのだが、それでも一番難しいものは十分の時間がかかっている。
「……こんな感じだ。
最初にやるのはこの簡単なやつだ。これは見たように入れて捻るだけでいい。注意するのは鉄針の先を捻る位置だな」
鍵を閉めなおして、ボルドスは鍵と鉄針を幸助に渡す。
「入れて軽く動かせばわかるが、一ヶ所だけ引っかかりがあるはずだ。そこで捻ると開く」
「あ、開いた。こんな簡単に開いて大丈夫?」
「こういった鍵は、蓋が開いて中身がでることを防ぐためにつけられることが多い。防犯としての働きは求められてないな」
こういったふうに助言をしながら鍵開け講習は進んでいく。
そして一時間ほどで一通りの助言は終わった。この一時間で、幸助は四番目までの鍵をスムーズに開けられるようになった。残りの三つも訓練を続ければ、近いうちに開けられるようになるだろう。
「俺が教えられるのはここまでだな。あとは一人でもできるだろ」
「ありがと。
でも魔法仕掛けの鍵は教えてもらってないけど?」
「魔法仕掛けはなぁ、教えようがないんだ」
「どうして?」
「開錠条件ってのがあって、それ以外では今覚えた技術では開かない。鍵穴すらないものがほとんどだしな。
俺がいままで遭遇したものは火であぶったり、水をぶっかけたり、対になっている鍵を持っていって開いた。
魔法仕掛けの鍵に関して言えることは、ヒントを見逃すなってことだな。メモを探したり鍵の状態から推測して試していくしかない。
どういう条件があったかは職員に頼めば資料を見せてくれる」
「今度見せてもらうことにする」
二人が練習を終え部屋を出ると、ラドルフが受付にいた。
「ラドルフさん?」
「おおっお二人もこちらにいらしていたんですな」
「はい、用事がありまして。
ラドルフさんはなにか依頼にきたんですか?」
「ええ、会場設営の手伝いを」
「へーじゃあ俺受けようかな」
受付の職員に依頼を受けることを伝える。
「力の強いワタセさんが受けてくれるのは助かるのですが、本当に受けるので?」
「いつも受けてる依頼とたいしてかわらないけど?」
「冒険者といえば、もっと報酬が高くスリルのあるものを選ぶのが普通だと思うのですが。
こういった依頼はお金がないときや暇なときに受けるものでは? 手持ちがないのならさきほどの報酬を払いますぞ?」
「こいつは危険なのを避けて、雑務系ばかり受けているから珍しいことではないぞ。
だからこいつの能力を把握している人間はいないんだよな」
どこまでできて、どこからか無茶なのか判断できずにギルドの人間も少し困っていたりする。
「はあ、そうなんですか。
受けることがおかしなことでないのなら問題はありません、明日はよろしくお願いします」
ラドルフは頭を下げた。
そのラドルフに、ウィアーレをボランティアとして同行することを伝える。
なぜボランティアなのかと不思議がるラドルフに理由を伝えて納得してもらい、幸助とボルドスはギルドを出た。
次の日、幸助はウィアーレを伴って一座のもとへと向かう。
ラドルフたちはすでに作業を始めていて、二人はそれぞれ指示をもらい仕事をこなしていく。
幸助は設営を手伝い、ウィアーレは子守や料理など日常的な仕事を手伝っていく。ウィアーレにそういった仕事がわりふられたのは、日常的にやっていそうなことならばミスも少なかろうというラドルフの判断だ。
この依頼は幸助以外の冒険者も受けていて、五人ほどが一座の人間に混ざって動いていた。
今回は演劇を行うようで、サーカスのような舞台をぐるりと囲む設営ではなく、舞台がよく見えるように扇状に会場を作っていく予定のようだ。
真っ先に作られたのは舞台で、出来上がったそこで早速役者たちが練習を始め出す。
旅の間にも練習はしていたようで、セリフは暗記しており、今は舞台上での動きなどを確かめている。それに指示をだしているのはラドルフだ。
幸助は杭を打ちつけながら、練習風景を見ていた。
そのうち昼食準備を手伝っていたウィアーレが休憩に呼びにきた。
「休憩ですよ、コースケさん」
「りょーかいっと!」
抱えていた杭を地面に打ちつけて作業を一段落させる。
「昼の献立は?」
「サンドイッチ、屑肉と屑野菜のスープ、果物です」
昼食が置かれているテーブルにはすでに人が集まり、食べ始めている。
二人も混ざって食べていく。そこに演技練習を一時中止した役者たちも混ざる。
幸助に気づいたラドルフが隣にやってきた。
「どうですかな、うちの味は」
「ここらへんじゃ食べない味付けですね。これも美味しいですよ」
サンドイッチのほとんどに香辛料が入っていていくつもの辛味が味わえる。
辛味がくどくなってきたら薄味のスープや果物が口直しになる。
「そうですか、よかったよかった」
満足そうに頷いてラドルフも食べ始める。
そのラドルフに幸助は話しかけた。劇の内容がどんなものか知りたくなったのだ。
「ルッベキオの花嫁という本をご存知ですかな?」
「あ、知ってます! 小さい頃に読み聞かせてもらった思い出があります」
ウィアーレは知っているらしく、知らないという顔の幸助に説明する。
「仲の悪い貴族たちの息子と娘が愛し合い、それに関わる両家の話なんですよ」
あらすじを聞いてロミオとジュリエットに似たものなのかと、幸助は流した。
実際はおおまかな流れが似ているだけだ。だがロミオとジュリエットをさほど知らない幸助にとっては、話の違いに興味は惹かれない。大筋がわかったので満足できたのだった。
「私としてはもっと派手な話もしてみたいんですがね」
「派手というと、話の展開が賑やかなのか、演出が騒がしいのどっちですか?」
「演出の方でしょうか。話の展開のほうも捨てがたいですが」
「例えばどんな話が派手だったりするんです?」
「そうですね……英雄セクラトクスの炎巨人退治とかですか」
「セクラトクス?」
首を傾げる幸助にラドルフとウィアーレは驚いた顔を見せる。
「知らないのですかな? 有名な人物なのですが」
「いやぁ勉強中なものでして」
「うちに本がありますから、今度持ってきましょうか?」
ウィアーレの提案に幸助は頷いた。
「内容は題名の通り、セクラトクスが人々を脅かす巨人を退治するといったものですな。
巨人のもとへ行くまでに困難にも遭い、巨人とも炎や爆音を伴った戦闘を行い、全力を尽くして勝つ。
こんなところです」
「子供、特に男の子が憧れそうな話かな?」
「そうですね。男の子に人気があります。
オリジナルでそういった派手な話ができないものかと思っているんですが。そうそう思いつくものでもなく」
ラドルフはやれやれと首を振る。諦めの表情はないので、いつかはやりたいと心の底から思っているのだろう。
会話はとりとめのないものに移っていき、休憩は終わる。
午後は皆で、客席となる部分の草抜きと小石集めだ。幸助はラドルフの派手な劇をやりたいという話を思い出しつつ、雑草を抜く手は止めない。
生で見る劇など子供の頃以来だなぁと、懐かしい記憶に浸る。親に連れて行ってもらった遊園地でやっていたヒーローショーが頭に浮かぶ。
そしてふと思った。ヒーローショーをやらせてみるのはどうだろうかと。ラドルフ好みの派手な演出でこちらではオリジナルだ。しかもここには魔法があって、舞台上でCG効果のような演出ができそうではないかと思いつき、見てみたいという思いが湧いてくる。ヒーローの必殺キックが炸裂する場面を想像し、我慢できなくなった。
「コースケさん? 手が止まってますよ」
一緒に草を抜いているウィアーレが話しかける。
「あ、ごめんごめん」
「なんだが楽しげな笑みを浮かべてますけど、雑草抜きが楽しくなってきました?」
「いやいや、ちょっと思いついたことがあってねー」
上機嫌なままの幸助を見てウィアーレは不思議そうに首を傾げている。
結局幸助は仕事の終わりまで上機嫌なままだった。
雑草や小石をのけて綺麗になった地面は、一座の中で一番魔力の高い者が使った魔法で盛り上げられ、扇状の緩やかな斜面となった。この斜面が客席となる。
これで設営は終わりだ。あとの舞台装飾は一座の者たちだけで行う。
冒険者たちは依頼を終えた証明紙をもらい、帰っていく。
特にミスらしいミスをしなかったウィアーレも証明紙をもらえ、思わぬ出来事に嬉しげな顔となっている。
「帰りましょコースケさん」
「ラドルフさんに用事があるから、俺はまだ帰らない」
「じゃあ、私は帰りますね」
「うん、また明日?」
「はいっ」
ウィアーレは一礼して街入り口へと歩き去る。足取りが軽く上機嫌だとよくわかる。仕事ぶりを認めてもらえ、証明紙がもらえたことが嬉しかったのだろう。
ウィアーレが門の中に消えるまで見送ってから、幸助はラドルフに会いに行く。
「おや、ワタセさん? まだ帰らないのですかな?」
「ちょっと劇について提案がありまして」
「提案ですか」
「派手な劇について心当たりがあるんですよ。聞くだけ聞いてみません?」
「ふむ」
急な話にラドルフはなにか裏でもあるのかと考え込む。
「……アイデア料を払えと言われても、うちには大金はありませんぞ?」
「アイデア料……その手があったかぁ」
「その言い方ではお金のことを考えてなかったように思われるのだが」
「ですね、ただこの目の見ることができるかもしれないと思って興奮してただけですよ。楽しみだって思いでいっぱいで、お金とか考える余地がなかったっすね」
軽く笑って言う様子にラドルフは裏がないことを感じ取った。
「……ではこちらへ。テントの中で詳しいことをお聞きしましょう」
書類仕事のために区切られたらしい箇所へと案内され、二人は椅子に座る。
「ワタセさんの提案する劇とはどのようなものなのですかな?」
「俺の住んでいるところでは、ヒーローショーと呼ばれていましたね。
実在の物語ではなく、虚構のヒーローの話です。
名前はライドヒーロー」
「……聞いたことない話ですな」
「でしょうね」
知っていたら驚きだと心の中で呟く。
「子供向けの話で、世界征服をたくらむ悪の組織とヒーローの戦いがメインです。
子供にわかりやすくするため、深読みしなくてもストーリーがわかり楽しめるようになってます。
進行時間も一回二十五分ほどだから、飽きて騒ぎだすこともないですよ。
盛り上がる箇所は主人公が変身して戦うところと、必殺技を使うところかと」
「変身? 獣人とか変化のギフト持ちが主人公なのかね?」
ラドルフが変身と聞いて思い浮かべることができるのはギフト関連のみだ。こちらでは特撮ヒーローのように強化服を着て戦う存在はいない。
「いえ、主人公は悪の組織にさらわれて、怪人……化物に改造されて、洗脳される前にそこから逃げだし、自身の力を平和のために使っているんです」
ライドヒーローの放映時期は大きく二つの時期に分けられ、幸助がラドルフに薦めているのは、前期のほうだ。ライドヒーローというものを知ってもらうためは、すべてのライドヒーローの基本となったこちらのほうがわかりやすいだろうと思っての選択だ。
初代ライドヒーローのおおまかな設定を話して、一話の流れを話していく。地球にしかないものは、こちらふうに言い直している。バイクも馬と言い換えようと思ったのだが止めて、通じないとわかっていてもバイクで通した。
話しを聞き終えて、ラドルフは演出と構成方面のことを質問し始める。戦闘シーン、爆発シーン、ナレーターによる司会進行など、幸助は覚えていることを思い出し答えていく。幸助自身は演劇について素人なので、演出の話はさっぱりなのだが、ラドルフはさすがプロといったところか、幸助の思い出から自身の聞きたかったことを読み取っていく。
「面白そうですが、まだわからないところがありますな。
変身でしたか? それをやったあとの姿や、バイクといった乗り物がどういったものなのか。
あとは金銭的な問題ですか。子供向けということで大人の関心を買えず、客の集まりが悪いかもしれません」
「変身後の姿とバイクは紙に書き起こせばいいとして。
客の集まりまでは、どうこうできるアイデアないっすねー。あ、美形を主役や準主役に起用したら、親の関心も集まったという話は聞いたことありますよ」
「綺麗どころを使うのは一つの集客手段ですからな」
ラドルフは少し考え込み結論を出した。
「……一度やってみるだけやってみましょうか。二十五分程度ならば、いつもやる劇より練習時間も短くてすみますかな。
とりあえず、小道具とかどんなものが必要か教えてくれるかね?」
必須なのはライドヒーローや怪人や戦闘員の衣装だろう。
「これらも絵にしておく必要があるかな。上手く描けるといいけど」
その心配はない。今の幸助ならば、練習すればどんどん上手くなっていく。なにも名画を描く必要があるわけでもなく、ただ脳内の画像を紙に書き起こすだけでいいのだから、難しい行為ではないだろう。
だがそんなことをしなくとも幸助は、もっとわかりやすく伝える方法を持っている。そのことに絵を描き続けて上手くなった頃気づくことになる。
紙は地球ほど安くはないので、お金を無駄にしたことに少しへこんだ。練習により絵を描くコツがつかめたので、まったくの無駄というわけでもなかったりする。
ちなみにこの世界の紙は、羊皮紙でも植物紙でもない。とある液体と海水を混ぜ乾燥させてできていた。
「続きは明日ということでいいかな?」
「明日のいつ頃ここにくれば?」
「朝昼は私もやることがあるので夕方手前、それくらいならば私はここに戻ってますぞ」
「じゃあそれくらいにくることにします。
今日はこれで」
「はい、お疲れ様でした」
テント前まで幸助を見送り、ラドルフはテント内に戻る。そして先ほどまで話し合ったことを詳細に書き残していく。演劇のためということもあるが、旅をし続けた自分がまったく聞いたことない話を貴重な情報として残しているのだ。旅で得た情報も彼らの貴重な収入源となっている。
次の日、依頼を二つ終わらせウィアーレとわかれた幸助はラドルフに会いに行く。顔を覚えている一座の人間にラドルフの居場所を聞いて、昨日と同じくテントにやってきた。
「ラドルフさん入りますよー?」
テント入り口から声をかけ、承諾をもらい入っていく。
挨拶を交わした二人は早速昨日の続きを話し出す。
「衣装の件はどうなりなりましたかな? 詳細なデザインはまだ無理でも、簡単なものならばできたと思うのですが?」
「できてますよー」
幸助は持ってきたデザインをテーブルの上に出す。
「ほう、これは」
描かれた絵を見て、感嘆の声を漏らした。、
思っていたよりも上手い絵だったことに加え、顔のドアップ、全体図の正面と横と背面が描かれている。そこにはライドヒーローだけではなく、フェイクヒーローも描かれている。怪人も蜘蛛男や豹男など四体分描かれていた。ついでとばかりにバイクも描かれている。
昨日の今日でここまでのものを出してくれるとは思っていなかった。
「素晴らしいですな! これほどのものを提出してもらえるとは思ってもいなかった!」
「そう言ってもらえると頑張ったかいがありますね」
幸助は嬉しげに笑う。
「見てもらいたいのは、それだけじゃないんですよ」
そう言って悪戯っぽく笑い、幸助は立ち上がる。
「変っ身っ!」
幸助はライドヒーローの変身ポーズをとると、一秒の間が空いて、本当にライドヒーローに変身した。
その様子にラドルフは目を見開いて驚いている。
「デザインとの違いはありますかね?」
その場でくるりと回り、全体を見せる。
ラドルフの顔はデザインと幸助を忙しく行き来している。
少しの違いもなかったようで、無言で首を横に振った。絵では表現しきれていなかった色もわかり、文句はなかった。
「よかった。自分じゃ全身は確認できなかったんですよね」
「ど、どうなって? 本当に変身ベルトを手に入れたか、作ったのかい!?」
「魔法ですよ。幻をまとっているだけです」
幸助が持っていた、もっとわかりやすく伝える方法とはこれだ。
絵を描き終わり、とりあえず納得できるものが出来上がった。けれどもそれは白黒だったのだ。もっと詳細なものを伝えられないかと考えていたときに、自分が幻をまとう魔法を使えることを思い出したのだ。
姿だけ変わるのだから、メイドもライドヒーローもたいして違いはない。
早速魔法を使い、一発で再現できた。絵を描いてイメージがしっかりできていたので、失敗するはずもなかった。
「魔法! そうか魔法か!
変身ポーズというものをとったから、本当にライドヒーローになったのかと」
幸助が変身ポーズをとると同時に魔法を使ったことを、ラドルフは見抜けなかったのだ。だから勘違いしてしまった。
「役者さんがこの魔法を使えたら、衣装を作る必要はなさそうなんですけど使えますかね?」
幸助は自分が無茶なことを言っていると気づいていない。
この魔法は触ったときの感触も誤魔化せるもので、一般人が使うには敷居が高いのだ。使うとしたら映像を被せるだけの魔法だろう。
「どうだろうか。念のため衣装も作らせておいたほうがいいだろうとは思う。
だから小道具係たちにその姿を見せておいてほしい。あとその魔法をうちの魔法担当に教えておいてくれ」
それに頷いて幸助は幻を解く。
このあとで話し合いで、必殺技のライドキックは飛び蹴りが当たった瞬間、音と閃光をそれぞれ発生させる魔法をタイミングよく使うということで決定した。スタングレネードのように、一度にそういった効果を発揮する魔法は作らないと存在しない。だが別々にならあるらしい。蹴られた怪人が爆発するという部分も、煙と音を発生させる魔法で表現するようだ。怪人の使う技も小道具と魔法で表現される。
願っていた演出になりそうな劇に、ラドルフは楽しげな表情を隠そうとしない。なにからやろうかと笑みを浮かべ考え出す。
その日は、衣装作りのため小道具係たちにデザインと変身姿を見せて終わりとなった。
予定している劇の練習と実演もあるため、ヒーローショーのみに専念はできない。それでもラドルフは合間合間に準備を進めていった。
幸助も仕事の合間にアドバイスして、ヒーローショーはどんどん形になっていく。
一応だが完成となったのは予定していた滞在期間をすぎた頃だ。一座がベラッセンにやってきて二十日が経っていた。劇を終えても立ち去ることのない一座に街の住民は首を傾げていた。
「このまま発表する前に、部外者少人数に見てもらって最後リハーサルと行きません? 観客にあてがあるんですが」
リハーサルを見た幸助はヒーローショーをよりよくするために提案する。
練習時から見ていて見慣れている自分たちとなにも知らない部外者では、また違った意見が出るのではと思ったのだ。
幸助としては直すところはなく、満足できるものとなっていた。
「自分たちでは気づかない問題点がみつかるかもしれないということですな?
……そうですね、やってみましょう」
「では明日の朝、子供たちを連れてきます」
一座の滞在地から出た幸助は、その足で孤児院へと向かう。
そこでウェーイに事情を話して、ウェーイとウィアーレが同行し子供たちを連れて行くことになった。
翌日一座のもとへと連れて行かれた子供たちは、ヒーローショーが始まるのをいまかいまかとそわそわした様子を隠さずに待っていた。
劇の内容は、荷物を運ぶ商隊が怪人に襲われ、それをライドヒーローが助けるといったものだ。
ついに劇が始まり、子供たちは目の前で繰り広げられる演技に集中している。進行中は静かだった子供たちも、はりぼてのバイクに乗って現れたライドヒーローにざわめき、ライドキックの場面では「おおーっ」と声を漏らす。最年少二人は突然の爆発音に怯え、近くにいたウェーイとウィアーレにしがみついた。
リハーサルでこれはいけるのでは、といい感触を感じとっていたラドルフの期待を裏切るかのように、子供たちの反応は絶賛というほどのものでもなかった。
どうしてだろうとラドルフが感想を聞いて判明したことは、事前情報のなさゆえに進行が唐突に感じられたということだった。
ラドルフたちはライドヒーローの詳細な設定を知っているので、ライドヒーローの行動の説明がなくとも脳内保管ができる。だが子供たちにはそれができず、いくつかの疑問が湧いてもやもや感が残ったのだ。
「事前にある程度の設定を説明しておくか、劇中でわかるように場面を増やすべきだな」
ラドルフの言葉に幸助も頷く。
「ですね。自分たちが知っているから、知らず知らずのうちに省いてたってことなんだよなぁ」
「あとは爆発音をもう少し小さくしないと。楽しむどころか、怯えさせたからな。
子供たちには礼を言わないと。菓子をお土産にすれば喜んでもらえるだろうか?」
「十分だと思いますよ」
こうして問題点を見直すため二日の調整期間を設け、ヒーローショーは完成に至った。
準備を終えた一座の人々は自信満々で宣伝に乗り出す。
子供向けと知らせていたのだが、せっかくの娯楽だからと大人も会場に集まってくる。入場料が格安ということも足を運ばせた要因の一つかもしれない。
登場人物の紹介から始まり、本番に突入。人々はいままでとは違った感じの劇に戸惑い、変身シーンに期待感を膨らませ、激しいアクションシーンに興奮していき、ライダーのピンチにハラハラとして、ライドキックに驚きの声を上げた。
人々の評価は、劇が終わり役者たちが舞台上に揃ったときの拍手の大きさでよくわかった。
それによりラドルフはヒーローショーをこの一座の主力の一つにできると確信する。
「ワタセさんにはお世話になりっぱなしでしたなぁ」
三日間のヒーローショーを終え、一座はリッカートへと出発することになった。
ラドルフは新たな演劇を教えてくれた幸助に心底感謝し、頭を下げている。
「自分が見たくて協力したようなものだから、お礼なんて必要ないですよ」
「私としてはいくら感謝してもしたりないくらいですぞ!
今回のシナリオだけではなく、ほかのシナリオとアイデアも教えてもらったのだからなおさらです!」
それらは忘れないようにしっかりと記録され、厳重に保管されている。
幸助としては自身のアイデアとうわけでもないので、ここまで感謝されると恐縮してしまう。
「ほらっ皆さんが呼んでるから。ここで頭を下げていたら、いつまでたっても出発できませんよ」
ラドルフを一座の人々の方へ押す。
ラドルフはもう一度頭を下げ、仲間のもとへ歩き出す。
「いつかまた会いましょう!」
そう言って振り返り、一座の人たち皆で手を振って去っていった。
一座が去った翌日、広場にいる子供たちが見たものを真似て遊んでいる。
「へんしん!」
変身ポーズをとる子供たちを見て、幸助は自身の子供の頃を思い出す。
友達とあちこちを駆け回って遊び、家に帰って親にその日あったことを話し、温かいご飯を食べて、両親に挟まれ寝る。
思い出がきっかけとなり、ノスタルジックな思いにかられていく。
破格の力も刺激的な日々も郷愁を薄れさせることはできても、なくすことはできない。
「家族に会いたいなぁ」
思わず出た期待半分諦め半分の呟きは誰にも聞かれずに、風に流れていった。