ダンジョンアタック!
歪みによる騒動が終わり、幸助は次々とギルドに舞い込む依頼を順調にこなしていった。街が元通りになるためにはやらなければならない仕事がたくさんあり、その仕事には人手が足りず、人々はギルドに人手を求めていたのだ。
だから忙しかったのは幸助だけではなく、冒険者たち全員にいえる。その中で一番働いていた者はというと幸助だ。名が売れているということもあるが、単純に体力の高さゆえにこなせる仕事量が多かったのだった。
その忙しさは一週間ほど続いて、じょじょに収まっていった。だが街が元の様相を見せるまでには、さらに二週間の時間を必要とする。
その仕事に幸助はウィアーレを同行していた。一緒にいて様子を見るためでもあるが、ウィアーレに収入を得させるためでもあった。ギルドをくびになったことで収入がゼロとなっている、それをウィアーレが気にしていることを知ってから連れ出し始めた。
慣れない仕事にウィアーレはミスを連発する。それを依頼人は致命的なものでなければ気にすることはない。なぜならウィアーレに報酬は払っていないからだ。二人分を払う必要はないと仕事前に幸助が言うことで、ボランティア的なものとして捉えている。ボランティアならば仕事が遅くとも、多少のミスも流すことはできた。
ウィアーレの稼ぎがどうなっているかというと、幸助が自身に支払われたものを半分渡していた。
多めに報酬をもらっているとわかっていたため、ウィアーレは差し入れや依頼の手続きやお金の勘定など、サポート的なことを進んでやっている。
そんな稼ぎでも幸助は一週間で半月分の収入を得ていたのだから、こなした仕事量の多さがよくわかるだろう。あまりの忙しさに途中からウィアーレは体力がもたず、仕事現場についていくだけになっていた。当然報酬は支払われることないのだが、ウィアーレも当然のこととして納得している。
一週間働き続けた幸助は、一日休んで疲れをとる。それで十分疲れがとれた幸助は今日もギルドに向かっている。人々はまだまだ人手を必要としていて、金銭に余裕があってものんびりとできる雰囲気ではない。そういった雰囲気に背を押されギルドへと通う毎日だ。
ウィアーレは一日では疲れはとれず、今日も休むことになっているので、今日は幸助一人だ。
ギルドに入り、特設された雑用系依頼ボードに向かう幸助を呼び止める声がある。
「あ、ディアネスさん。おはようございます」
「はい、おはようございます」
レグルスパロウとの揉め事のときに助けてくれた職員だ。ウィアーレを指導していた先輩でもある。
「今日はあの子はいないんですね」
「連日の疲れが」
「ああ、なるほど」
納得したように軽く手を叩いた。
「呼び止めたのはウィアーレのことが気になったからですか?」
「いえ、聞きたいことがありまして。
三日後になにか予定はありますか?」
「ないですよ」
予定があることが珍しいので、深く思い出す必要もなく即答できる。
「でしたら、ボルドスさんとの共同依頼を受けてもらいたいのです」
「危険すぎるものじゃなければ受けますけど、どんな依頼なんです? 」
「遺跡調査です。この街から徒歩三日の位置にあるゼルダン遺跡って知っていますか?」
「知らないですね」
「そうですか。まあ、そういった遺跡があるという認識でいいですよ。どんな遺跡かは依頼には関係ありませんからね。
そこはすでに探索しつくされていると思われていたんですが、最近未発見箇所がみつかりまして。そこに調査団が行く前に、大体の間取りを調べて、あるかもしれない罠を除去してもらいたいのです。
どうですか、受けてもらえます?」
「そういった依頼って受けたことないんで、俺は不向きだと思うんだけど」
「ボルドスさんが経験豊富ですし、一緒なら大丈夫だと思いますよ」
それならボルドスだけで行ったほうが効率いいのではと思って、そこでふと考える。もしかしたら自分を行かせたい理由があるのだろうかと。
「……危険な魔物でも潜んでるんですか?」
ヴァイオレントバルブを倒した腕を求められているのかと聞く。
「事前調査ではそういった情報はないですね」
「じゃあ入り口が土砂で塞がれてるから、それをどかすために俺が必要とか?」
ではいつもどおりの力仕事なのかと聞く。
「すでに除去されてます」
ディアネスの言葉に首を傾げざるを得ない。
「……俺行く必要ないんじゃ?」
「ボルドスさんがあなたに経験積ませるために連れて行きたいって言っていましたよ。
ギルドとしても、あなたのできることが増えるのは嬉しいことですから」
この言葉で幸助は納得できた。経験を積ませてできる仕事の幅を増やしたいのだろう。
陰険な裏があるわけでもないようなので、幸助は承諾する。
「わかりました。受けます。
詳しい話はボルドスに聞けばいいんですか?」
「ええ、同じ宿に泊まっていると聞いてますから、今日明日でもそちらで聞くといいと思います」
ディアネスの話はこれで終わり、幸助は仕事を探すためにボードに向かった。
日が暮れたあと、仕事を終えて宿に戻った幸助はその足で食堂へと向かう。熱々でチーズがいい感じに焦げたラザニアとコンソメソープとオレンジのシャーベットが今日の夕飯だ。よく働いて空きっ腹になっていることもあり、漂ってくる匂いだけでご飯が一杯食べられそうだ。
美味しく夕飯を食べて食器を戻し、食堂を出ようとして足を止める。
「ボルドス!」
「よう、コースケ! お前も夕飯だったんだな」
「うん。もう食べ終えた。
あとでボルドスの部屋に行くよ。共同の依頼で話すことがあるだろ?」
「ああ、聞いたんだな」
「部屋は前と同じ?」
「同じだ。さっさと食べてくるとするよ」
「ゆっくりでいいよー」
カウンターに向かうボルドスに声をかけて、幸助は自室に戻る。
軽く文字の勉強をして、風呂に入る準備を整えた幸助は部屋を出て、ボルドスの部屋に向かった。
扉をノックして、入れという声を聞いてから扉を開く。
「ベッドにでも座ってくれ。
共同の依頼をやるわけだが、どんなことをやるかも聞いてるか?」
「遺跡内の調査で、罠の解除と魔物退治だとか」
「うん、それでいい。
コースケはこういった依頼は受けたことないんだろう?」
「ないよ。だから当日はほとんど役立たず」
「それはわかってるから気にしなくていい。
必要な道具を買い揃えたい、明日か明後日に時間とれるか?」
「予定はないから大丈夫」
「じゃあ明日にでも買いにいくか。金はあるのか?」
「エリスさんにもらった分と稼いだ分で、二ヶ月近く宿暮らしできるくらいは持ってるよ。それで足りる?」
「余裕だな。明日の朝から出るぞ」
「わかった。そういやこの依頼ってウィアーレも連れて行ける?」
無理っぽいとは思ってるが、一応聞いてみる。
「やめといたほうがいいな。ウィアーレが冒険者を目指すのなら、話は別なんだが」
「そういった話は聞いたことないね。
ただ聞いただけだし、気にしなくていいよ。
あ、あと最後に一つ。移動って歩き?」
「そうだな。歩きが嫌なら馬の手配でもするか?」
「馬乗ったことないから無理。魔法使って飛んでいけば時間を省略できそうなんだけど」
「俺を抱えて飛べるのか?」
「大丈夫じゃないかな。荷物背負って飛んだとき、ぐらついたり速度が遅くなったりはしなかった」
「そういや小さい頃、姉さんに背負ってもらって飛んだっけ」
懐かしげな表情を浮かべている。
「道中一山越えて、川も渡るからそのとき使ってもらうのもよさげだな」
「そのときに使うってことで、いいんだね?」
「ああ、そうしよう」
話はこれで終わり、幸助は風呂に向かう。
そして次の日の朝、一緒に朝食をとった二人は、孤児院に行ってウィアーレにしばらく仕事で街を離れることを告げてから、必要なものを揃えていった。
昼食頃には買い物を終え、二人はそこでわかれる。ボルドスはこれから明日の昼過ぎまで仕事が入っているらしい。
幸助は荷物を置きに宿に戻る。それからギルドに向かおうとして、シディから配達の依頼を受けた。リッカートへの書類配達だ。二日ほど前に転移の魔法を習得したとシディに話したので、ちょうどいいと思ったのだろう。
転移の魔法を使った配達は値段が高くなるのだが、二人とも相場を知らず、八割引の値段で双方ともに納得してしまっている。ギルドの職員が聞いたら、安すぎることに少し説教しそうな話だった。
時間は流れて当日となり、幸助とボルドスは予定通りに出発し、遺跡の前に立っている。
道中変わったことはなかった。山と越えるときと川を越えるときに、飛翔魔法を使ったおかげで半日以上時間を短縮できている。
飛んでいる最中に、強風に吹かれてよろめきボルドスが肝を冷やすといったことはあったが、それ以外は魔物も二度雑魚にあったのみで平穏といえる行程だった。
幸助はその戦闘で約一ヶ月ぶりに剣を抜いた。それを知ったボルドスが、本当に同業者かと突っ込みをいれるなんてこともあったりもした。
遺跡はちょっとした丘の中に埋もれているようで、二人に見えているのは建物全体からみると右側面上部の一部分だ。もともとは地震によって生じた亀裂が遺跡の存在を世に知らせることとなった。
発見された当初は亀裂からロープを下ろし、それを伝い下りていたが、年数が経った今は階段が作られ楽に入ることができる。
長年の調査でわかっていることは、ここは世界神を崇めるために作られた神殿の一つだということだ。当時の人々の残した日記や書類が残っていたりと、歴史的価値もあった。価値のありそうで動かせるものは全て運びだされ、冒険者たちはここを枯れた遺跡と認識している。ここに残っているのは壁画や価値のない古びた家具などだ。
「ギルドから連絡のあった、調査にいらした冒険者ですか?」
遺跡近くにキャンプをはっているギルド職員が、二人に気づいて近づく。
「ああ、俺はボルドス。こっちがコースケ。この二人で調査に入る」
「今日のところは旅の疲れを癒して、調査は明日からということでよろしいでしょうか?」
「それでかまわない」
「では用意したテントに案内しますので、ついてきてください」
二人は案内されたテントで疲れをとり、翌朝準備を整えて遺跡へと入っていく。
遺跡内は外よりも温度が数度下で、空気も湿り気を帯びていた。これは過去の地震が原因で、地下水脈から水が上がってきて神殿の一部を水浸しにしているせいだ。
入り口は外からの光が入ってきているおかげで明るい。だが奥までは明りは届かず暗い。
「魔法で明りつけても大丈夫?」
「頼めるか?」
幸助は二度魔法を使い、自身とボルドスを中心として明りを灯す。以前ホルンが使ったものと同じように、いくつもの光の粒が舞っている。
「ここはまだマッピングしないでいいんだよね?」
幸助の手にはマッピング用シートとボードがある。
「必要なのは発見された場所だけだからな」
場所を聞いて知っているボルドスが先行し歩き出す。
目的の場所に着くまでは魔物に会うことも、罠が仕掛けられていることもなかった。幸助は余裕を持って周囲を見ることができた。
物音のない神殿内は、暴れることを禁じるような雰囲気で満たされているようだ。ここは修学旅行で行った寺院を幸助に思い出させる場所だった。
「ここだな」
「新しくみつかったって感じじゃないね」
二人の目の前にある入り口は壁を壊したものだが、壊した破片はどこにもない。壊れている部分も真新しいといった感じではない。
「通行の邪魔になるから掃除したんだろうさ。
こっからは気を引き締めろよ」
「うん」
二人は部屋に入り、まずは観察する。といってもなにか変わったものがあるわけでもなかった。
「左に扉ありっと。こんなものでいい?」
書き込んだシートをボルドスに見せる。幸助の分からない情報をボルドスが知っている可能性があるからだ。
「とりあえずはそれでいい。でもそれで確定ってわけじゃないから、修正がきくようにもっと薄く書いたほうがいいぞ」
「了解」
二人はドアへと移動し、ボルドスが扉を軽く叩いたり、少しだけ動かしたり、周辺を調べていく。
一通り調べてボルドスは、幸助を呼ぶ。
「このドアに罠が仕掛けられている。
悪質なものじゃなく悪戯レベルといってもいいやつだ」
「ほうほう」
「だから解除に失敗してもたいした被害にはならない。
というわけで調べて解除やってみろ」
「無茶だ!? 調べ方解除の仕方知らないよ俺!?」
「いい経験になるだろ。よく調べてみればわかるからさ」
そう言ってボルドスは一歩下がった。
仕方ないと溜息吐いて、幸助は扉を見る。
見ただけではさっぱりわからない。ボルドスのやっていたことを真似ていけばなにかわかるかと扉を探っていく。
木製の扉を触ってもなにもわからず、軽く叩いてみても同じ、周囲の壁もまた同じ。
あとは眼の届かないところのみとなり、背伸びをしても届かないので、もったいないが飛翔魔法で浮かび上がって扉上部を見ていく。
「これ、か? ボルドスー薄めの板が挟まってるけどこれを動かせばいい?」
「正解。じゃあやってみろー」
指を入れる隙間がなく引っこ抜けはしないので、剣の先を入れて向こう側へと押し込んだ。
途端にガラアァンっと、扉の向こうからなにかが落ちた音がした。
「な、なに!?」
幸助はびくんっと体を震わせて、ボルドスを振り返る。
こうなることは予想できていたようでボルドスは落ち着いている。
「扉を開けてみればわかる」
扉を開けると、小さめのバケツと板が床に落ちていた。扉上部に板を挟み、その板にバケツを置いていたのだろう。
「あ、悪戯ってこのことか」
小学校で子供たちが引き戸に黒板消しを挟む、それを似たようなものだ。
「罠としては悪戯レベルだ。扉を開けても落ちてきたバケツに驚くくらいだろ。中身に有害な液体でも入ってたら危険なものに早代わりだがな。
この罠にはもう一つ特徴がある、わかるか?」
「役割?」
幸助は思いつかず首を傾げる。
「侵入者を知らせる警報にもなり得るんだ」
「おー」
「対処法としては音を消す魔法を使っておく、ほかに出入り口があるならそっちに行く。こんなところか。
単純な罠だが、動かしただけで発動してしまうから厄介だな。
まあ今回はいても魔物くらいだろうから、警報としてはたいして意味はないけどな」
どうせ戦うのだからと気楽に言ってボルドスは先に進む。
扉の向こうは二手に分かれた廊下となっている。右は十メートルもなく扉が一つ見える。左は明りが届かず闇だけだ。
まずは近場から調べることになり、右に進む。
「この扉には罠はないはずだ。開けるぞ」
ボルドスは慎重に扉を開く。慎重なのは罠を発見できなかった可能性もあるからだ。
鑑定に間違いはなく、開けてもなんら変化はなかった。
「んーここもなんもない」
「じゃあ次だ」
二人は廊下に出て、先へと進んでいく。
ボルドスが足を止め、幸助もつられて止まった。
ボルドスの視線は床に向いている。
「落とし穴だ」
「あーよく見ると床の色が違う」
暗いということもあるが、幸助はこれにまったく気づいていなかった。
明るければまだわかりやすかったのだろうが、こう暗いと多少の誤差は注意していないと気づけない。ここらへんは経験のあるボルドスに幸助はまだまだ敵わない。
ボルドスが斧で軽く床を叩くと、塞いでいた部分は穴の中に落ちていった。
「このように通路にも罠は仕掛けられていることが多々ある。だから気を抜いてはだめだ。わかったな?」
「はい」
二人は穴を避けて進む。
今度は幸助も気を引き締めている。
そして足を引っ掛けるようにはられたロープを発見し、それをまたぐ。
次の瞬間、幸助は床が少し沈んだことに気づき、頭に衝撃を感じた。タライが落っこちてきたのだ。
「二重の罠だな。一つ目を突破した油断をつくタイプだな。
ちなみに今のは天井を見ていれば気づけたぞ」
指差す先にはタライを固定していた跡がある。
「ひっかかったのは、落とし穴のせいで下にばかり注意を向けていたせいだ。
罠はどこに仕掛けられているかわからないから、全体を見なければだめだ」
怪我をしない罠と気づいていたので、ボルドスは幸助に注意を促さなかったのだ。身をもって体験すれば、次からひっかからないよう注意するだろうと考えた。
「なんだか学ぶことの多い場所だなぁ」
「大事にならないうちに学べて運がいいじゃないか。さあ進むぞ」
歩き出したボルドスのあとに幸助が続く。
曲がり角を曲がってすぐに扉がある。
「ここは鍵がかかってんな。これから開けるわけだが、作業するにあたって注意する点は鍵穴を覗かないこと。針とか液体とかでてくる場合があるからな」
ボルドスは手鏡と先の曲がった鉄針を取り出し、鏡で鍵穴を覗いて鉄針を入れていく。
かちゃかちゃと鉄針を動かし、鍵はすぐに開いた。
その様子を見ていた幸助は感心したように口を開く。
「いまさらだけど、ボルドスいろいろできるねー。
なんというか意外? 戦いが専門って思ってたよ」
凶暴化というギフトもそういう思い込みに拍車をかけているのだろう。
だがそれは逆だ。凶暴化というギフトのせいで誰かと組むことが難しく、一通りのことをできる必要があったのだ。
こういった技術はエリスから教えられていた。
「冒険者になった頃はまだ生存者の称号も持ってなくてな、危なっかしくてほとんどの人たちが組んでくれなかったんだよ。
だからこういった罠や鍵の解除も自分でやる必要があって、やっているうちに腕が上がったんだ。
まあ今は戦いの少ない依頼なら、誰かと組めるようになってるけどな」
ボルドスは手鏡と鉄針を幸助に渡す。きょとんとした顔の幸助。なぜ渡されたかわからないのだ。
「なんで渡すん?」
「中に入って鍵閉めるから開けてみな。
やり方はわからんと思うが、最初は適当に動かしてみればいい」
ボルドスが中に入り、かちゃんと鍵を閉める音がした。
幸助はボルドスを真似て、鍵穴に鉄針を突っ込む。そこでふと幸助は気づく、鍵周辺とドア全体の差に。ドアも鍵も古いのだが、その古さに差があるように感じられた。気のせいかなと疑問を流して、作業を始める。
五分ほどかちゃちゃと動かし飽きた。勝手のまったくわからない者が適当にやったところで開くわけはないのだ。
鉄針を抜いて、ドアを叩く。
「思ったより諦めが早かったなぁ」
「まったくコツがわからないから、どうしようもないよ」
「それもそうなんだけどな。たまに適当にやっても開くこともあるんだ。
帰ったらギルドで練習道具借りよう。コツも教えるよ」
「借りれんの?」
「一通りの道具は置いてあるぞ。罠を仕掛けることもできるし、解除の練習もできる。
できることはあくまで練習なんだけどな。実際に仕掛けられてるものを解くときとは緊張感が違う。
本番では思わぬ失敗もするもんだ」
この部屋もシートに書き込み、二人は先に進む。地下があり、階段があって二階に進み、隠し部屋を発見するなど、次々と踏破していきマップを埋めていく。
魔物は少なかった。こちらを見ると逃げるねずみの魔物と水没した部屋に魚の魔物がいたくらいだ。わざわざ水の中に入って戦うのもめんどくさいと放置した。
先に進むほど、罠の発見や解除の難易度が上がっていく。中には魔法仕掛けの罠もある。
魔法仕掛けのものは解除に自信がないのならば避ける、ということを幸助は学んだ。
そして難易度の上がった罠の中には、ボルドスが解除に失敗するものや近づいただけで反応するものもあり、
「危ねえっ!?」
いくつもの矢が飛び、二人の体を掠めたり、
「あちゃちゃちゃっ!?」
ドラゴンを模した彫像から噴出される火炎から逃げたり、
「うおっ!?」
坂道に撒かれた油に滑ってこけたり、
「こうなったら天井ぶっ壊せ!」
個室に閉じ込められ、吊り天井をぶっ壊したり、とスリリングな体験ができた。
中でも二人が一番焦ったのは溶解液での水攻めで、最初の悪戯レベルの罠とは比べようがなく命を取りに来ていた。
ちなみにこの罠は解除に失敗したわけではなく、ねずみの魔物が偶然作動させたのだった。その場から逃げることに必死で、溶けていく魔物をグロイと思う暇もなかった。
「……おかしいよね」
迫りくる溶解液から逃げきって幸助は言う。
「なにがだ?」
「いくらなんでも罠が多い。順番に難易度が上がってるのもおかしい」
「そうか? だがおかしくともそろそろ行きつくしたと思うし、さっさと終わらそうぜ」
かき込まれているマップは、全体図から推測して確かにそろそろ終わりのように感じさせる。
首を傾げながらも幸助はボルドスについていき広間に入る。そこには大型の四足獣がいた。高さはボルドスに迫り、顔から尾までは四メートルほどある。飢えているのか、入ってきた二人に視線はくぎづけで、だらだらとよだれを垂らしている。
「やっぱりおかしいって!
壊れたってより、分解されたって感じの檻があるし!」
壊されたのならば獣が力ずくで出てきたと納得も可能なのだが、檻を構成していた部品に小さな傷以外はなく、魔物が力ずくで出たとは思えない。
まるで人為的に解き放たれたかのようだ。
「今はそんなことより目の前の魔物をどうにかするのが優先だ!」
それもそうだと幸助は剣を抜いて、ボルドスと共に獣に立ち向かう。
戦いは苦戦することなくあっさりと終わった。そこらの雑魚よりは強かったが、それでもボルドス一人でも十分倒せる相手だったのだ。
「コースケ」
「なに?」
魔物から離れて檻を見ていた幸助を、魔物から牙などを剥ぎ取り終わったボルドスが呼ぶ。
「今回は浮かない顔してないけど、慣れたのか?」
ラッツモンキーなどを殺したときと比べているのだろう。
「慣れ、てはないはずだけど。
今回は罪悪感といったものよりも、対象が常識はずれで身の危険を感じる気持ちのほうが大きかったから」
「身の危険って、そこまで強くないぞ?」
「生きていてここまで大きくて獰猛な獣を見たのは初めてだよ。本当に強いかというより、見た目に気圧されたってとこ」
「雰囲気で格下ってわかりそうなもんなんだが」
「それよりもこれ見てよ」
幸助が檻の一部を持ち上げる。
「魔物が暴れてついた傷はあるけど、それ以外は綺麗で力ずくて壊したって感じがしないんだ。
まるで誰かが仕掛け一つで檻をばらばらにしたみたいだ。
もしかしたら誰かの隠れ家になってるんじゃ? それなら罠の多さも納得できるんだけど」
「それはハズレだ。隠れ家なら生活感が漂ってそうなものだろ? 飲み物や食べ物をみかけたか?」
幸助は記憶を探って、首を横に振る。
「隠れ家じゃないなら、その魔物の世話は誰がしてたん?
ずっと昔から飲まず食わずで、あの元気さはないよ」
「俺もあれはないなと思ってる。罠の難易度の高さといい、なに考えたんだろうなギルドの職員たち」
「ギルドの人たち?」
「全部回ったようだしネタばらししてもいいな」
遺跡から出ながらボルドスは話していく。
この遺跡の二人が回った部分は、ずいぶん前にすでに探索しつくされている。ならばなぜボルドスと幸助に探索を依頼したかというと、はじめに言っていたように幸助に経験を積ませるためだった。ギルドでできる訓練とは違い、本場の空気に触れさせることで、上達を早めさせるといった思惑だ。
ここまでする必要があるのかと幸助は首を傾げるが、それだけ期待されているということなのだろう。
このダンジョン作成の手間も、のちのち幸助に回すであろうダンジョン内での遭難者救助などの依頼達成に繋がるのならば、たいした苦労ではない。
「本番さながらの練習場ってことか。知らされてないと緊張感持って挑むし、本場と変わらないよね。そこは納得できるけど。
殺しにきてる罠を置いといて練習って」
そこだけが納得いかない様子の幸助。
致死性の罠は溶解液だけではない。発動させなかったが、魔法仕掛けのウォーターカッターや毒を塗った鋼糸もあったりした。
「俺も詳しいことは聞いてないからなぁ。幸助をここに連れてきて、教えながら一緒に進んでほしいって依頼だった。罠が仕掛けられてるとも聞いたが、ここまでとは聞いてないぞ。
外にギルド職員いるし、詳しいこと知ってるんじゃないか?」
二人が外にいる職員に問いただすと、調子にのりすぎたというシンプルな答えが戻ってきた。
罠を仕掛けたのはギルド職員ではなく、専門の者を呼んだ。専門家は、思う存分腕をふるえることが楽しくなり暴走したのだ。その罠の仕掛ける手際が素晴らしく感動できたので職員たちも止めずに楽しみ、死に至る罠が仕掛けられたのだ。
しかも職員たちは今の今まで二人がひっかかるかなと、楽しみにしていたようだった。
「あ・ほ・かあぁーっ!? ひっかかったら死ぬわっ!」
ボルドスの叫びに、おおっと手を叩き事態を納得し、職員たちはいっきに顔を青ざめた。
ぺこぺこと頭が吹っ飛ぶのではないかと思われるくらいに、勢いよく頭を下げ続ける職員たち。
それを幸助は乾いた笑みを浮かべ呆れた顔で見ている。
こうして幸助の初めてのダンジョンアタックは、予定されていたものよりも大変な思いをして終わった。
だが難易度が高い分、得たものも多い。今回の経験は次からのダンジョン探索にきっと役立つに違いない。
そうでも思わないと半分巻き込まれた形のボルドスはやってられなかった。