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善行廻って騒動の元

 幸助は今一人でベラッセンを目指し歩いている。

 エリスとホルンと一緒に家に戻ってから、すでに四日の日数が過ぎていた。

 エリスたちとは昨日まで一緒にいたのだが、今二人はセブシック大陸西にある港から、カルホード大陸へと向かう船を探している頃だろう。

 ヴァンテスから受けた依頼のために、カルホード大陸からホネシング大陸へと向かっているのだ。セブシック大陸北からホネシングへと直通の船は出ている。けれども大陸北部は戦争中で危なく、エリスがそこを避けることを提案しホルンも賛成したのだ。

 幸助が同行しないのは、邪魔だからと置いていかれたわけではない。

 依頼人である冥族はしきたりに厳しい種族なのだ。地位が低ければ緩い部分もあるのだが、地位が高いといろいろと作法に拘る。そして依頼人は地位が高い。

 ちなみにヴァンテスも地位は高いほうなのだが、他国ということもあり、幸助の至らないところは流していた。そういった気遣いができるので、ヴァンテスが派遣されたのだ。

 郷に入れば郷に従えという言葉もあり、冥族の国に行くと冥族のしきたりに従う必要がある。そこでは無作法を流してくれるかどうかは怪しい。

 ここでエリスが幸助に提案した。ついてくるか、迎えにくるのを待っているか。ついてきた場合は冥族の国に入らず、近くの国の適当な街で一人待機ということになる。迎えを待った場合はリッカートかベラッセンでエリスを待つ。

 この二つを提示され、幸助は後者を選んだ。知らない街で一人待つよりは、知人のいる街のほうがいいのだ。

 家で待つという選択肢がないのは、幸助が誤って扱っては危ない物があるからだ。

 こういったわけで幸助は二人と別行動して、ベラッセンを目指しているのだ。

 

 旅の準備に三日というのは時間がかかりすぎだ。地球と違い出国手続きといった特別なことをする必要はなく、旅の荷物をまとめればそれで終わりだ。知人に出かけているといったことを知らせる必要はあるが、エリスもホルンもそこらへんは気にしなくてよかったので、一日もあれば余裕で準備は終わった。あとは家の結界調節をする必要があるくらい。だがそれも多くの時間は必要としない。

 三日もなにをしていたのかというと、幸助にいろいろと知識や技術を教え込んでいたのだ。約一ヶ月間のメイド生活への報酬だ。本当ならば金銭で払うつもりだった二人だが、幸助がそれを望んだことで、これまでの幸助の生活を元に使えたら便利だろうと思われることを教えたのだ。

 エリスからは、小範囲の守護結界と短距離転移と貫通光線という三つの魔法を教えてもらっている。ホルンからは魔法もまじえた怪我に対する適切な治療行為だ。


 守護結界は寝転んだ一人を覆えるくらいのもので、強度はラッツモンキーといった弱い魔物の攻撃ならば余裕を持って防ぐことができる。

 短距離転移は、歩いて三日ほどの距離を一瞬で移動できる。幸助はこれを使ってベラッセンまであと一時間というところまで来ていた。転移の魔法はこれの上にあと三つあり、一番上は距離に関係なく世界中どこにでも移動できる。だが人間では魔力が不足し使うことは不可能だ。短距離転移も必要魔力ランクD+という一般人からみたら、高めの魔力がないと使用できない。

 貫通光線はそのままだ。指一本分の太さの光が五十m先目掛けて真っ直ぐ飛ぶ。岩程度ならば突き抜ける威力を持つ。習得したはいいが、荒事を避ける幸助に使う機会があるかはわからない魔法だ。


 ベラッセンを囲む塀が近づく。

 以前来たときよりも、はるかに早い到着に幸助は転移魔法の便利さを実感した。

 

「眼に見える範囲か、一度行った場所じゃないと行けないから、どこへでも行けるわけじゃないんだけどね」

 

 自身の思いに突っ込みつつ歩を進める。

 入り口に近づいて幸助は首を傾げた。ちょうど交代の時間なのか、門番がいなかったのだ。

 こんなこともあると幸助は街に入り、さらに首を傾げる。

 一月前にいたときより、そこらを歩いている人が多いのだ。なにか大きなイベントがあるとは聞いていない。

 そしておかしなところはそれだけではない。よくよく見てみると、もっとあからさまにおかしいところがある。

 道行く人々の着ているものに統一感がないのだ。ファッションとしておかしいというわけではない。季節感がおかしいのだ。半そで、長袖、袖なしは当たり前。コートを着て厚着している人もいるし、上半身裸の人もいる。ボタンの掛け違いや衣服の前後逆なんて人もいる。

 動物たちの様子もおかしい、微動だにしない犬、何匹も集まり重なっている猫、一列に並んで一羽ずつ鳴いている鳥たち。

 

「あっちにはよく分からんもの作ってる大工がいるし、屋台で失敗料理出してる人いるし。

 なにが起きてんのか、さっぱりだ! それにどうしておかしいことに騒いでないんだ!?」


 そう一番おかしなことは、あからさまに異常だというのに街の住民たちはおかしいと感じていないことだ。

 コートを着た男が暑いですねと言い、薄着の男がそうですねと相槌を打っている。屋台で失敗料理を出され、文句を言わずに受け取っている。

 まるでこれが日常だというふうに、街の雰囲気は落ち着いている。

 あまりの落ち着きっぷりに、幸助は自分がおかしいのかと勘違いしそうになっていた。


「……宿に行ってみよう」


 誰かまともな人がいないか探しながら宿へと向かう。しかし誰もがどこかおかしかった。

 

「こ、こんにちはー」


 宿に到着し、ここはまともであってくれと願い入っていく。

 だが床に座り笑い続ける男やソファーを縦に置こうと頑張っている女を見て、幸助は肩を落とす。

 

「やっぱりここもか」


 どないしよと頭を抱えたくなった幸助に、誰かきたと気づいたシディが奥から出てくる。


「いらっしゃいませーってコースケじゃない。なんだか戻ってくるの聞いてたよりも早いよね?」

「久しぶりってほどでもないか。一ヶ月くらいだし。

 早かったのはちょっとわけがあってね」

「そうなんだ。今回もうちに泊まる?」

「そうしたいんだけど、個室空いてる?」

「空いてないけど大丈夫! ほかのお客さんのように廊下で眠ればいいよ!」

「いやいやいや! よくないよねそれ!? お客さんを廊下で寝泊りさせるって、客商売としてどうよ!?」


 突っ込みつつ、やっぱりシディもおかしいのかと、頭痛すらしそうな幸助。


「お客さんたち楽しそうだけどねー」

「不満でてないんだ」

「不満? 出てないよ! だってできるかぎり快適に過ごしてもらうのがここの流儀だからね! 不満なんかでるわけないよ!」

「現状ででないのがおかしいよね」


 廊下で寝て快適に過ごせてるのだろうかと宿泊客を探し顔を見てみる。どの顔も不満なしといった顔だった。

 本当にどうなってるのかとシディに最近の出来事を聞いてみる。


「最近変わったこととかなかった?」

「変わったこと? お客さんが多いことかなぁ。この時期は催し事とかないから、いつもならここまでお客さんが多くはないんだよ」

「それは俺も思ったよ。街中を歩く人多かったし。やっぱりなにか行事があるわけじゃないんだ」

「どうして多いんだろうね。でも宿としては客が多いのは嬉しいことだけどさ。

 もっとサービス頑張らないと! 花をたくさん飾って華やかさ演出しようと思ってるんだ。そうすればお客さんはもっと明るい気分でいられると思うし」

「その前にベッド数以上の客受け入れは止めようよ」


 幸助の突っ込みは届かず、シディは花を用意するために出かけていった。


「俺の宿泊手続きなしで行っちゃったなぁ。いや部屋一杯で泊まれないんだろうけど。

 ほかの宿部屋空いてるかな?」


 望み薄だとは予想ついているが、探してみるだけ探してみようと宿を出る。

 依頼で行ったことのある宿を三件回り、どこも満室という結果だった。

 幸助と同じく宿に泊まれない者が、宿のそばにテントをはって街中で野宿しているところを見て、部屋が空いてるか聞く前から予想できていたことだった。


「シディのところに戻って廊下で寝るしかないんかなぁ……」


 溜息を吐きたくなっている。


「そういや冒険者ギルドって寝場所の提供してんのかな? 行ってみるか」


 宿へと向けていた足を冒険者ギルドへと向ける。

 建物に入ると、一部の冒険者が一ヶ所に集まっているのが見えた。冒険者たちも幸助に気づく。その中にいたボルドスが幸助を呼ぶ。


「戻ってきたんだな」

「久しぶりーってボルドスがまとも!?」

「その言い方は普段がまともじゃないように聞こえるんだが」

「言い方が悪かったね、ごめん。

 ここにくるまでにいろいろとおかしな具合になってて、ちょっと混乱していた」

「気持ちはわかる。俺も戸惑ったから」

「ボルドスはこうなってる原因とかわかってる?」

「ああ」


 期待せずに聞いた幸助だが、肯定する返事を聞いて驚いた。


「原因ってなに!?」

「歪みだ」


 短い返答を元に記憶を探り、該当するものを思い出す。


「魔法を使ったら発生するやつって聞いたけど」

「それであってるぞ」

「でも魔力を使って正してるとも聞いた。その正されてる歪みが原因?」

「魔力を使っても完全には正すことはできないんだ。ほんの少しだけ小さな歪みが残る。

 その小さな歪みが集まって、悪さすることがある。今回のようにな。

 頻度は多くない。普通は百年に一度生まれるくらいだな。十九年前に歪みが発生したらしいから、七十年以上の余裕があるはずなんだがなぁ」

「解決方法はあるんだよね?」

「ある。歪みってのはなにかにとりつくんだ。だからとりついた生き物や物もろとも壊すってのが手っ取り早い解決方法だな。今回は使えなかったんだが」


 使えないということは、すでに歪みがとりついてる対象を見つけて、試そうとしたのだろう。


「どうしてその方法が使えなかったん?」

「人間にとりついてたからな。悪人なら遠慮なく斬ったんだが、一般人だったんだ」


 とりつかれた人が、なにか悪いことしたわけじゃないので斬れなかったのだ。

 さっさと問題を解決するために斬るべきだと主張する人もいたが、それは少数意見だった。

 だがその意見を無視するわけにもいかなかった。今はなんとか街としての機能は保たれているが、これ以上人々がおかしくなると生活に支障がでてきて、街が死者で溢れ返ることにすらなりかねないのだ。


「十日前から街から出て行くことができなくなってるし、早く解決すべしって意見もわかるんだ。

 だから殺して解決ってのは最後の手段ということになってる」

「じゃあ今はほかの方法を試している最中なんだ」


 解決間近じゃないかと幸助は胸を撫で下ろす。

 そんな幸助の安堵をボルドスは否定する。


「歪みは逃げたんだ。だから今は探している最中ということになる」

「逃げた?」

「俺たちも歪みに会ったのは初めてでな? 対策が甘かったんだ。

 一度みつかったことで用心深くなったのかなかなかみつからず、難航してる状態だ」

「一度目はどうやってみつけたん? なにか特徴でもあった?」

「強力な助っ人がいたからな。

 今日も一緒に探してきて、みつからなかった」

「今日もって、まだ昼前にもなってないのに切り上げたの?

「その子は体力がなくてな、あちこちと引っ張りまわすわけにはいかないんだ」

「もしかして子供?」

「ああ。コースケは会ったことがあるかもしれん。孤児院の子だよ」

「ウィアーレのいる孤児院?」

「やっぱり知ってたか」


 孤児院で体の弱い子と聞いて思い出したのは、一度だけ窓を通して見た少年だ。

 

「一度見たことがある。でも互いに見ただけで話したことはないよ。

 あの子、そんなことできたんだ」


 感心したように幸助は一つ頷く。


「真偽の魔眼持ちだ。魔眼の力をコントロールできず、常に使用状態になっているから体力がないんだそうだ」

「ギフトって体力使うんだっけ。それなら体力がないのも納得だ」

「今も奥の部屋で休んでいる。その看護にウィアーレがついているぞ。

 ああ、それと歪みがとりついてたのはウィアーレだ」

「……ほんと?」


 ボルドスは頷いた。


「どっか痛めたり、調子がおかしくなったりしてない!?」


 数少ない知り合いに起こった珍事に慌てて聞く。


「俺の見たところじゃおかしな部分はなかったな。

 歪みにとりつかれてるときは……すごかった」


 そのときのことを思い出したのか、もう一度感慨深げにすごかったと繰り返す。


「どうすごかったのさ?」


 ごくりと喉をならしやや緊張気味に聞く幸助に、ボルドスは真面目な顔で答えた。


「すごい仕事のできる人間になっていた」

「すごいってそっち!? もっとこうっ変な方向に暴走した感じかと」

「いやいやあれはすごかったけど、おかしくもあった。

 普段のウィアーレとギャップがありすぎ。

 ギルド員がおかしくなって作業効率が低下してる中、たった一人でミスなくギルドを切り盛りしてたんだぞ?

 普段のウィアーレを知ってる人間から見たら、違和感ありまくりだ」

「あーたしかに俺も自分の目を疑うかも」


 その様子を想像して幸助も思わず頷いた。


「あれはおかしくなる方向性と元からの性質がみごとに合わさって起こった奇跡なんだろうな。俺はそう思ってる」

「そこまですごかったんだ」


 幸助が乾いた笑い声を上げる。

 魔眼の少年を寝かしつけたウィアーレが職員の休憩部屋からでてくる。幸助に気づき、ビクンと体を震わせた。一瞬だけ表情に恐怖の色が浮かんでいた。だが幸助に近づいたときにはそんな様子は微塵も感じられず、むしろ嬉しげな様子を漂わせていた。


「コースケさん! きてくれたんですね、助かります!」

「期待を裏切るようだけど、助けになるかはわからないんだ。

 それはそうと変なものにとりつかれてたんだって? 大変だったねー」

「んー……大変だって言われても、よく覚えてないんですよね。私的にはいつもどおり過ごしていただけだし」


 軽く笑って答える様子から、本当に苦労とかはなかったのだとわかる。


「そうなんだ。じゃあ、ほかの人たちも同じなのかな?」

「おそらくは」

「俺たちももうじきそうなるみたいだがな」

「そなの?」

「コースケとウィアーレと魔眼持ちのタット以外は、あと二日三日ほどでおかしくなるはずだ。

 俺たちより先におかしくなっていった連中の様子から、変化する日数を割り出してみた。ほぼ確定って言っていいと思うぞ。

 そうなると事件解決ができるのはコースケとウィアーレだけになる。外からまた新しい奴が入ってこないかぎりは。

 もしそうなったら俺の持ってる手帳を見てくれ、対処法とか書いてある」

「そうなる前に解決させたいね。人手は多いほうがいい。時間かけすぎると俺もおかしくなるんだろうし」

「そうだな。さっさと解決させたい」


 ここで幸助はここにきた目的を思い出す。


「ここって寝泊りできる施設ある? シディのところに泊まろうとしたら満室で、ほかのところも同じだったし」

「俺たちは仮眠室で毛布に包まってごろ寝してる」

「廊下で寝るのと似たようなもんだね。俺の寝るスペースある?」


 どこも似たようなものなら、まともな人のいる場所で寝泊りしたいとボルドスに聞く。


「大丈夫だ」

「料理は自分たちでしないといけませんが、お風呂とかきちんと備え付けられてますから不便すぎるということはありませんよ」

「ここでお世話になるよ」


 よろしくと幸助は二人に頭を下げた。

 寝床の確保ができた幸助は荷物を下ろし、二人にこれまでの経緯を聞く。

 

 街がおかしくなり始めたのは幸助が去って五日ほど経ってから。子供や老人や病人がおかしなことを言い出したことが始まりだ。

 親は子供たちの間に新しく流行りだした遊びだろうと少しだけ注意してあとは気にせず、老人を世話していた人たちはボケだしたのかと流し、病人の看護をしていた人たちは気弱になっているのだろうと励ましてすませた。

 誰一人として歪みが異変を引き起こす前兆と考える者はおらず、そのまま日にちがすぎていった。そして爆発的に異変が広がり、街から出て行くことができなくなり、今に至る。

 ボルドスは最初からベラッセンにいたわけではない。依頼から戻ってきて巻き込まれたのだ。今も正気でいられるのは影響を受けるのが遅かったからだ。

 タットがギルドにいるのは、孤児院の皆がおかしくなったことをどうにかできないか、弱い体を引きずりギルドに頼みにきたからだ。そしてタットは外に出て孤児院と外の人間を見たことで、ウィアーレが一番おかしいということに気づくことができた。

 タットは魔眼で異変の進行度を見ている。おかしくなっている人間ほど、色が濃く見えている。

 孤児院の人間はウィアーレのそばにいたことで誰もが影響を濃く受けていて、ウィアーレ自身の色の濃さが目立つことはなかった。だから外に出て比較し、ようやく気づけたのだ。

 普段ならばタットのような子供の言葉など冒険者たちは無視しただろうが、魔眼と現状が否定することを許しはしなかった。

 その日からタットと冒険者たちは協力して、一度は歪みを追い詰めたのだった。そのときはボルドスたちは相手が歪みだと確信していなかった。その隙をつかれて逃げられたのだった。


 翌日から歪み探しに幸助も同行する。

 タットはなるべく疲れないように、冒険者の一人に背負われている。それでも四時間の移動しか耐えることはできないでいた。

 歪みがみつからずに時間は流れ、予想よりも一日長くまともでいられたが、ボルドスたちも歪みの影響を受けてしまい、問題解決は幸助たちに託された。


「手帳ってのはこれか」


 幸助は指示通りボルドスの手帳を抜き取った。ボルドスはポケットから手帳を取られても気にせず、意味があるのかわからない動きを繰り返している。


「なにが書いてあるのかなっと」


 ソファーに座って手帳を流し読んでいく。手帳には収入や予定などが書かれていた。そこは読み飛ばし、白紙のページまでいったので引き戻す。

 

「これかな」


 それらしき記入をみつけ読んでいく。

 そこに書かれていたのは歪みをみつけてからの対処法だ。

 歪みをどうにかするにあたって必要なものが一つ。それはボルドスが持っているナイフ。そのナイフに歪みを封印する魔法をかけた。魔法のことはギルドの資料室を使って調べたらしい。

 歪みが物にとりついていた場合はそのまま壊すことで大丈夫なので、ナイフの出番はない。ナイフが必要となるのは生物にとりついていた場合だ。

 ボルドスが幸助に話したが、生物にとりついていた場合でも殺して事件解決は可能。だがそれができない場合にナイフを使うのだ。その生物の体から歪みを追い出して、出てきた歪みにナイフをぶつけ、合言葉を言うことで封印でき事件解決となる。

 生き物から歪みを追い出す方法は特に決まっていない。一番有効とされている方法で、心底驚かすといったものだ。大きな動揺やショックを与えることができれば、とりついているものから出て行くのだ。

 ショックを与えるときに注意すべきは、肉体的なものではなく精神的なものであること。一発殴ったところで追い出せはしない。物理的な方法で追い出したのなら、それこそ拷問なり殺す寸前まで痛めつける必要がある。

 追い出す方法が対象によって曖昧なので、一度追い出すことに成功したときが歪みを封印する大きなチャンスだった。


 手帳を読み終わり、ボルドスからナイフを回収した幸助はウィアーレとタットのところへと向かう。


「これで残ったのはこの三人だけ」

「さらに人手が減ってしまいましたねぇ。私たち皆を元に戻せるんでしょうか?」

「戻さないとね。でないと街一つ滅びかねん」


 憂鬱そうな顔で言う。街一つの命運など幸助の肩には重すぎた。

 

「頑張らないといけませんね! タットも頑張ろ!」

「うん」

「とりあえず、いつものように街中を歩き回ろうか。

 タットが背中に乗るのを手伝ってやって」


 ウィアーレに手伝ってもらいタットを背負う。

 街中を歩き回って歪みを探していく。

 タットは眼帯を外し、魔眼を晒して街を眺めている。歪みの影響を受け始めたときよりも、街の全体の色が濃くなっている。


「いる?」

「いない」


 ウィアーレの問いにタットは首を横に振る。

 

「今日はこのくらいで帰りませんか?」


 タットの疲れ具合を見てウィアーレが提案する。タットは少し息遣いが荒くなっており、幸助も引き上げ時かなと考える。

 

「そろそろきつくなってる?」

「もうすこしなら大丈夫」


 タットの返答に遠回りしてギルドに戻ることにする。

 タットを休憩室まで運び、ウィアーレにあとを任せた幸助は一人で再び街にでる。なにか少しでも異変がないか探すためだ。

 これまでの探索で異変はみつかっていないが、危険がないことがわかっている。荒くれ者たちもおかしくなり、暴れることがなくなっているからだ。犯罪も起きていない。おかしなことにはなっているが、平穏というのが現状だ。

 これらの原因となっている歪みってなんなのだろうと幸助は疑問を抱いている。歪みがなにをしたいのかさっぱりなのだ。

 この疑問には「歪みは歪み、それ以外のなんでもない」としか答えられない。明確な答えを持つ人間などいない。どうして歪みなんてものが出現するのか、神ですら把握していないのだから、人間にわかるはずもないのかもしれない。


 どこからか調子外れな歌が聞こえてくる。それが街のいたるところから聞こえて、たりないところを補い調和しおかしいながらも一つの音楽となっている。


「これも音楽新しい可能性の一つ?」


 歌を聞きつつ向かうのは街の出入り口だ。

 ここには毎日来て、出られるようになっていないか試しているのだ。

 門の向こうは普通に見えてる。そこへと向かって足を踏み出し二三歩進むと、いつのまにか反転しているのだ。何度繰り返しても同じで、それならばと空から出ようとしても同じだった。

 攻撃魔法はどうなるのかと覚えたての貫通光線を使ってもみた。塀の向こうへと向かった光線は反射したかのように折れ曲がり、地面に穴を空けて消えた。

 ちなみに街から出て行くことができないのは正気を保っているものだけで、歪みの影響を受けた者は出入りできている。そのおかげで食料の心配をする必要がないのは助かっている。

 影響を受けた者たちは街の外では正気に戻るのだろうか、街の異変に気づいてやってくる者は皆無だ。

 

「今日も変わりなしと」


 いつのまにか街内側へと体の向きが変わっていたことに落胆も感じず、そのまま塀ぞいを歩き続けていく。

 しばらく調査を続けて、幸助はなんとなく視線を感じたような気がした。視線を感じとる感覚はメイドに変装していたときに、培ったものだ。美人に変装していたおかげで男たちの視線が集まり、感覚を磨く訓練になったのだった。

 視線の方角を見ずにしばらく歩き続け、視線が外れないことで見られていると確信した幸助は素早くそちらを見る。

 何もないように見えるが、視力も上昇している幸助の目は異変を捉えている。風景の一部が歪んでいたのだ。幸助が視線を向けたことで、歪みはなくなった。


「ボルドスたちって見られてるとは言ってなかったよな?」


 気配を感じとるといったことについては、ボルドスたちのほうが慣れている分上だろう。


「俺が察知できたのにボルドスたちが見逃す? ボルドス一人ならありえるかもしれんけど、複数の冒険者たちが全員見逃すってのはありえるのかな」

 

 胸中でありえないと断じた。あの視線は見るということを隠そうとしていなかったのだ。

 まるで素人が覗き見ているようだった。それをプロであるボルドスたちが見逃すはずはない。


「監視を始めたことに意味はある?」


 疑問ははれず、漏れ出た声は消えていく。

 これから視線に注意しようと決め、幸助はギルドに戻っていく。

 次の日も、その次の日も視線を感じる以外は変化なく、時間は流れていく。あまりの変化のなさに飽きがでてきた幸助だ。

 見られているとはわかっている幸助だが、その視線の中に恐怖の感情が混ざっていることまでは気づいてはいない。


「おかえりなさい、今日も駄目でしたか?」


 街の探索から戻ってきた幸助をウィアーレがタイミングよく出迎える。

 

「いつもどおりだよ。

 タットを見てなくて大丈夫?」

「ええ、今は寝てますから。調味料を取りに行くついでに、少し散歩に行きませんか?」

「いいよ」


 近くの店で必要なものを購入し、二人はさらに散歩を続ける。

 ウィアーレが顔を横に向けたことで少し歩みが遅くなる。なにかを見ているのだろうと幸助は気にしない。

 二人の立ち位置が隣同士から前後になったとき、幸助は背後からなんともいえない気配を感じ振り返る。

 

「なんだそれ!?」


 幸助は咄嗟に体を動かして、突き出されたウィアーレの手を避ける。その手には靄の固まりがある。

 避けられたウィアーレは再度手を突き出し、幸助はもう一度避ける。それが何度も繰り返される。

 素人の動きなので幸助は考えごとをしながらも、余裕を持って避け続けることができる。

 

(考えても状況はさっぱりなんだけどな!

 犯人は現場に戻るってことから、歪みはウィアーレにとりつきなおしたってことにする。

 歪みがなにをしたいのかはわからない。なんでいきなり動いたのかもわからない。あの靄がなにかもわからない。

 分からないづくしだ、まったく!

 こうやって相対してわかるのは俺を怖がってるらしいこと)


 幸助がすぐわかったように、ウィアーレの表情は恐怖に歪んでいる。

 ウィアーレが怖がっているのではなく、歪みが幸助を怖がっているのだ。なぜ怖がっているのか、それは幸助が竜殺しだからだ。

 圧倒的な力量差故に間接的な方法では自身の影響を受け付けず、消される可能性が高いと歪みは悟っている。

 急に監視を始めたり、このように行動を起こしたのは怖さが高まりすぎたからだ。恐怖が高まる前は息を潜め隠れていた。だがそれにも限界があった。

 恐怖をどうにかしたくて、直接歪みを叩き込むという一か八かの賭けにでたのだった。

 竜殺しという異常性を幸助は理解しきれていないので、歪みが怖がっている理由を思いつかない。

 自身そのものを怖がられていたということは、のちのちウィアーレから聞くことになる。

 幸助はわからないことを考え続けるほど思慮深い人間ではない。わからないことはほっといて、思考を次に進める。


(これからすべきことは歪みの封印。

 ウィアーレがとりつかれていることを、タットに確認してもらったほうが確実?

 となるとギルドまで移動してって危なっ!?」


 ウィアーレは業を煮やしたのか、靄をいくつも出現させ幸助に投げ飛ばしてくる。

 それを必死に避けながらギルドまで移動していく。かすることすら危なそうなので、さすがに必死にもなる。

 ギルド入り口が見えた幸助は、速度を上げタットのいる部屋をめざす。

 勢いよくドアを上げたことで眠っていたタットは目を覚ました。


「寝てるとこごめん! ウィアーレに歪みがとりついたみたいなんだ! 確認してほしい!」


 ドアの開く音に驚いていたタットは言葉なく何度か頷いた。

 タットを抱き上げた幸助は耳を済ませて、部屋の周囲の音を探る。誰もいないことを確認し、部屋を出る。

 ウィアーレにみつからないようにゆっくりと移動して、幸助たちが先にウィアーレを発見する。

 ウィアーレはギルド前で待ち受けていた。ただ待ち受けていただけではなく、確実に当てるため靄を数多く出現させていた。質より量を優先させたらしく、靄は小さめだ。だが数にして三百以上の靄がウィアーレを中心として浮いている。

 その様子を扉の隙間から見つつ、二人は小声で話す。


「歪みとりついてる?」

「ウイ姉のまわりにあるのがじゃまでよく見えない」

「そうなんだ……」


 タットの返答に幸助は溜息を吐きたくなる。

 自分しかやるものがいないとわかっているので、さっさと腹を括る。


「じゃあ、ちょっと靄を減らしてくるからさ。わかったら大声で教えてくれる?

 そのあとは部屋に戻ってくれると安心できるんだけど、無理ならここでじっとしてて」


 タットは頷く。それを見て幸助は飛翔魔法を使って、ウィアーレの横を高速で移動する。

 タットに流れ弾が当たらない位置で止まり、ウィアーレと向き合う。

 ウィアーレが腕を上げ、幸助を指差す。それを合図に靄が幸助目指し飛んでいく。

 それらを上空に飛び上がり避ける。靄は壁や地面などに当たったものは消え、なににもぶつからなかったものはそのままウィアーレの元へと戻っている。


「なにかぶつかって消えるなら剣でもっ!」

 

 腰の剣を抜いて、近くを通った靄を斬る。手ごたえはないが、斬った靄は四散して消えていった。

 狙い通りどうにかなったことでグッとガッツポーズをとる。


「これなら確実に減らせる!」


 ウィアーレを中心にして動き回り、近くを通る靄を消していく。避けるとき急旋回して反動がきついときもあるが止まることはない。止まってしまうと、あっという間に囲まれてしまう。

 風をきり服をはためかせ飛び回り、ときおりかすることはあるものの、いまだに一つも当たってはいない。

 靄が全く当たらず減っていくことに焦ったのか、ウィアーレは残った二百近くの靄を広範囲に一斉に飛ばす。自身の一部だからなのか、これだけの数の靄を思い通り操りきれている。

 先ほどまでと比べ物にならない量の靄に、幸助は剣を振るう余裕がなく、避けることに専念する。避けながら幸助はタットの「ウイ姉にとりついている」という声を聞いた。靄がウィアーレから離れたことでタットの目を阻むものがなくなり、ウィアーレを見ることができたのだ。


「あとは封印だけ。あ、やばい」


 後先考えずに動いたことが悪かったのだろう。幸助は周囲を囲まれてしまっていた。

 ウィアーレが開いていた手の平をギュッと握る。それにあわせるように靄は幸助へと集まっていく。

 幸助は迫りくる靄を集中して見据える。そして迫る靄へと向かった。

 このまま留まっては全部を相手取ることになる。それは不可能と判断し、突破することにしたのだ。

 一般人には見えないほどの速さで剣を振るい、次々と靄を消していく。それでも進行方向の全ての靄を消すことはできず、いくか体にぶつかった。

 幸助にとっては運のいいことに、質より量をとっていたことで十程度ならば、体に入りこんでも多少の気持ち悪さがあるだけで大きな支障はでなかった。

 

「突破したぞーっ!」


 靄の壁を抜け、そのまま地面へと向かう。そして地面に着地せず、急上昇した。反動に小さく呻きを漏らす。

 靄も幸助を追って地面に迫っていて、幸助の動きに反応しきれずに多くの靄が地面にぶつかり消えていった。

 これで自身の不利を悟ったか、ウィアーレは靄を体に吸収し走り出す。


「逃げる気か!?」


 そうは行くかと先回りして、ウィアーレの前に降り立つ。


「あとは封印するだけなのに、ここで逃がしてたまるか!」


 剣の切っ先をウィアーレに向け吼えた。

 さっさと封印してしまおうと封印用のナイフを取り出す。

 幸助はそこで動きを止める。歪みを追い出すには驚かせばいい、けれどもどうやって驚かすかを考えていなかった。

 早くしなければまた逃げられると焦り、幸助は頭に浮かんだことを咄嗟に叫んだ。なぜそれだったのか後で考えてもわからなかった。


「一目惚れだった! 結婚してくれっ!」


 幸助の大きな声が街中に響いていった。

 

「……」


 ウィアーレは動きを止める以外なにも反応をみせない。

 そのまま一分ほど二人は見合う。

 外した? とだんだん恥ずかしくなっていく幸助。次の手を考えて、恥ずかしさを誤魔化そうとしている。

 もう二分経ち、ウィアーレが急に動き出した。


「えええっと、そのですね!? いいいいろいろと世話にはなってますけどっ、けけけっ結婚にはまだ早いのではと愚考するわけですよ!?

 だから、ままままずはっ友達以上恋人未満とかそんな関係などっいいいいいかがでしょう!?」


 顔を真っ赤に染めて、わたわたと両腕を動かすウィアーレの体中から、煙が噴出している。

 煙は上空に集まって一つになっていく。


「成功?」


 幸助はほんの少しだけ、信じられないといった顔をして、慌てるウィアーレを見ずに上空を見る。


「あ、封印しないと」


 見てるだけでは駄目だとナイフを手に浮かび、煙の塊の前まで移動する。

 下を見て、いまだなにか言ってるウィアーレから煙がでなくなったことを確認して、幸助はナイフを突き出してキーワードを呟いた。

 いまだ覚えてないせいか、それとも一般的な言葉ではないのか、キーワードがどんな意味かは幸助は理解できない。

 だが効果は発揮され、煙がナイフに吸い込まれていく。全ての煙を吸い込んだナイフが震え出す。まるで歪みが封印から逃れようとしているかのようだ。震えを押さえ込み鞘に納める。この鞘にも封印処理はされていて、二重封印となっている。そのおかげか震えはなくなり、静かになった。


「終わったわけだけど、なにかが変わった感じはしないぞ?」


 解き放たれたとか、空気が変わるといった感触は一切ない。靄が体に入ったことで起きた気持ち悪さも、いまだ治まってはいない。

 ウィアーレならばなにかわかるかと地上に降りる。

 目の前に立つ幸助に気づかず、考え込んでいるウィアーレに呼びかけるも反応はない。

 頭に軽くチョップを食らわせ気づかせた。


「貯金はどれくらいありますかっ!」

「貯金? なんの話?」

「結婚するなら住む場所とか探さないと! 私としては小さくてもいいので借家じゃない家がいいです!」

「あー……うん。謝るよごめん」


 一言謝ってから、いきなりプロポーズした理由を話す。

 

「……え? 驚かせて歪みを追い出すため、ですか?」


 意味が脳内に浸透したウィアーレは先ほどまでの自身を思い返し、今度は恥ずかしさから顔を赤くさせた。

 赤くなった顔に両手を当て隠し、しゃがみこむ。

 座ったままのウィアーレに、幸助は両手を合わせてもう一度謝る。


「本当、勘違いさせてごめん。驚かす方法を考えて思い浮かんだのがあれだったんだ」

「い、いえ私もいきなりの求婚におかしいなとは思ったんです!

 暴走してた自分が恥ずかしすぎる!」


 共働きか専業主婦か、子供は何人がいいか、なども声には出さなかったか考えていたりする。

 ウィアーレはこの日からしばらく幸助を見て、そういったことを考えたことを思い出し顔を赤くすることになる。

 

「そのままでいいから聞いてほしいんだけど」

「は、はい!」

「歪みを封印したはいいけど、街に変化がないんだ。本当に解決したのかわからなくてさ。

 ウィアーレはなにかわかる?」


 ウィアーレは深呼吸を繰り返して、落ち着き顔を上げる。動揺は収まったが、顔はまだ赤い。


「まだ影響が残ってるんですよ。あと二日はこのままだと」

「封印は成功してるんだよね?」

「はい。大丈夫です。私の中にいた歪みはほぼ全て出て行って、そのナイフの中に気配を感じられますから」

「気配? そんなもの感じられるようになったんだ。とりつかれたせい?」

「たぶん。これもしばらくすれば消えると思います。それまではこういったこともできるみたいです」


 そう言ってウィアーレは歪みの残滓を手のひらに集めて、すぐに四散させた。

 二人で話していると、異変が治まったと判断したタットが近づいてくる。

 ウィアーレがタットを休ませるため、ギルドに戻る。それを手伝ったあと幸助は、再度街を見回る。

 上空から街を見て回り、そのまま外に出てみる。飛ぶ方向が勝手に変わりはしたが、無事に外に出ることができた。

 

 ギルドに戻った幸助はウィアーレと話して、とりつかれていたときの詳しい状況を聞く。

 最初に聞いたのは幸助が一度抱いた疑問である歪みの目的だ。なにか大きな目的があるかというと、そうでもなかった。なにせおかしくさせること自体が目的で、その先のおかしくさせてどうこうしたいといった思いはなかった。目的がないという点から、自然災害に近いのかもしれない。

 どうして歪みが現れたか。これは封印が破られたせいだという。詳しいことはウィアーレにもわからない。わかるのは二ヶ月近く前に封印が解かれ、魔法によって生まれる小さな歪みをとりこみ力の回復をしていたこと。そしてある程度回復してウィアーレにとりついて街に影響を与えた始めたこと。

 ウィアーレにとりついたことに理由はなかった。たまたまだ。歪み自体はどれほど大きくとも単体で影響を及ぼすことはできない。なにかにとりついて、とりついた対象の性質に従い影響を及ぼすのだ。街がおかしくなったのは、ウィアーレのドジという性質に従ったせいだ。もしこれが残虐な人格を持っている者にとりついていれば、今頃街は血の臭いと色で染まっていただろう。

 一度体から追い出された歪みはウィアーレの奥深くに潜んで、すべてがおかしくなるのをおとなしく待っていたらしい。

 体に入り込まれたウィアーレは追い出される前は歪みの影響を受けて行動していて、追い出されたあとは自身の意思で行動していた。

 明確に歪みの体を操られたのは、先ほどと幸助と再会したときのみ。

 歪みの行動や知識はウィアーレのものに準拠しており、だからこそ幸助に恐怖した。ウィアーレが幸助を竜殺しだと知らなければ、まだ恐怖は少なく今もなお大人しく潜んでいたはずだ。ただの力の大きな存在というだけではなく、はっきりと正体がわかったがゆえに大きな恐怖が生まれ、それに伴った行動をしてしまった。

 歪みの失敗にもう一つ原因があるとすれば、それは生物にとりついてしまったことだ。歪み自体にははっきりとした自我はない。だがウィアーレにとりついたことで感情を得てしまった。喜怒哀楽を感じられるようになったため、恐怖を感じたのだ。

 

 ちなみに歪み復活の原因は幸助にある。依頼で行った庭の岩運び、あの岩が封印だったのだ。

 あの封印は街ができる前からそこにあった。だから街の人々は封印のことなど知らない。もちろん依頼人も岩が封印だと欠片も思っていなかった。

 今回の事件は誰が悪いわけでもなかった。


 事件から二日経ち、ウィアーレの言うとおり街は元通りの姿を見せ始めていた。

 事件に巻き込まれていた旅人は、旅の遅れを取り戻すため一斉に出発し、街の総人口は時間が経つごとに減っていった。

 それでもおかしくなっていた期間に低下していた機能を元通りにするために多くの人々が忙しい姿を見せており、人数が減ったことを感じさせないくらい活気があるように見える。

 事件解決に尽力した冒険者たちは、それぞれのグループの代表がギルドに呼ばれ解決までのあらましを聞いた。そして少ないながらもギルドと街を治める貴族から報酬を支払われた。

 これで事件の事後処理がほとんど終わりとなる。


 最後の問題を話し合うため、ギルドの長と幸助とボルドスとウィアーレが会議室に残っている。

 説明に必要だった歪みが封印されているナイフもテーブルの上に置かれている。


「さてどうしたらいいものか」


 本当に困った様子で長が言葉を漏らす。それを聞いてウィアーレが申し訳なさそうにしている。

 問題はウィアーレにあるのだが、ウィアーレがなにかをしたわけではないのだ。


「もう一度聞くが、まだ消える様子はないのだな?」

「はい」


 ウィアーレは頷く。


「ボルドスさん、あなたはこういった事例のことに詳しいですかな?」

「いんや、聞いたことない。

 歪みの影響が残り続けるなんて、初めて聞いたよ」


 問題とはウィアーレの中に残っている歪みのことだ。

 街の人々は元に戻ったのだが、ウィアーレの中の歪みは変化する様子を見せないのだった。

 街から歪みの残滓が消えた今、歪みを扱うことはできなくなっている。けれどもナイフを握ると封印されている歪みを使うことができると、前日の実験でわかっていた。

 ナイフは王都なりリッカートなりに送り、厳重に保管してもらうのでウィアーレが歪みを扱うことはないだろうと予想される。しかし万が一を考えると放置もできないでいた。


「私はどうなるんでしょう?」


 おずおずと不安そうな様子を隠さずに聞く。


「どっかの神殿か王都に連絡をとるべきなんだろうが、そういった手段をとると君は今後碌な生活を送れなさそうだ。

 職員にそんな苦しい人生を送ってほしくない。私はそう思っているし、ほかの職員も同じ意見だ。

 しかしなんの対処もなしというわけにもいかない」


 今までと変わらずギルドで働いてもらいそのついでに監視する、といった意見もあったが却下された。

 ギルドは街の重要組織の一つで、再び歪みの影響を受けることは避けたいのだ。


「とりあえずは歪みの影響が抜けきるまで、一時退職という形になる」

「くびっ!?」


 思わず立ち上がったウィアーレの目の端に涙が滲んでいる。


「落ち着きなさい。一時とつけただろう。

 歪みがなくなれば、すぐに再雇用するようになっている」


 歪みがなくなったかは自己申告になるが、嘘をつくような人物ではないとギルド職員全員がウィアーレを信じていた。


「そこまで決まっているのなら悩むことはないのでは?」

「退職したあとの彼女の見張りというか、歪みの影響再発防止のためにすべきことで悩んでいるのだよ」


 幸助の言葉に、長は悩みの焦点を話す。


「そこで君たちのどちらかに依頼したいのだ。

 彼女と一緒にいて、異変があれば解決もしくは最寄のギルドまで知らせる役目を。

 監視をつけるというのは問題あるのだろうが、放置してまた同じことが起こるということになるのもどうかと思うのだ」

「それならばコースケのほうがいいと思うぜ。

 俺は第一印象が悪いこともあって、一緒にいるのには向いてない。その点コースケはウィアーレからの依頼を受けたりと親しい関係を築いているからな」

「「はい?」」


 幸助とウィアーレは揃って疑問の声を上げた。


「そうか、ならばその方向でいくとしよう。

 最終的に事件解決まで関わっていたから、同じことが起きても経験から、迅速に対処できそうだしね。

 よろしく頼む、ワタセ君」

「ちょっ!? いきなりそんなこと言われても!? 俺ずっとこの街にいるわけじゃないし!」

「まあ、常に監視してろとは言わんよ。頻繁に会い行く程度でいい。街の外に出るときは、言ってくれればこっちで監視は引き継ぐ。一緒に行くというのなら旅費も出すよ」

 

 まだ悩む様子の幸助に、長は「頼まれてくれないか」と深々と頭を下げた。

 年上の人間に頭を下げられることなど初めての幸助は、そうさせていることが申し訳なく感じ頷いた。

 能力が高くとも、幸助の感性や性格は普通だ。「偉い」「偉そう」といったものには弱かった。

 

 幸助とウィアーレに若干の問題は残しつつも、これにて事件は解決しボルドスと長は晴れ晴れとした表情で部屋を出て行く。

 残った幸助とウィアーレは、プロポーズのことがあとを引きずり、なんともいえない表情で見合って部屋を出て行く。

 ウェーイにだけは事情を話すべきだと、ギルドを出て孤児院に向かう。

 話を聞いたウェーイの口から「同棲でもするか?」という言葉がでてきて、二人は大いに動揺することになる。

 そんな小さな騒動はあるが、事件は解決して街に平和が戻ってきたのだった。


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