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変装・潜入・わたし綺麗?

※おしらせ

11話以降の話を一時的に削除しました

いずれ再掲載するとは思われますが、時期は不明となっております

「やっと見えてきた」


 空を飛んでいる幸助の視線の先に、エリスの家が見えた。

 一ヶ月では大きな変化はあるはずもなく、出かけたときと同じ外見だ。

 家の手前に降りようと高度を下げていく。しかし着地する前に見えない壁に阻まれて、顔面を打って地面へと落下した。


「あたたた」


 打った箇所をさすりながら幸助は立ち上がる。頑丈さをいかんなく発揮し、怪我一つない。痛いと言っても口にしているだけだ。


「なに?」


 手を前に突き出すとなにかに阻まれ、それ以上前に突き出せない。

 触った感触は、ざらつきのないつるっとした冷たくも温かくもない壁。軽く叩くと音の響きと振動から、分厚い壁のようだとわかる。透明な見た目もあって分厚いガラス製の壁のように思えてきた。

 試しに力を入れて殴ってみると、きしむような音が聞こえてきた。


「思いっきり殴ったら割れるかも。いや、そんなことせんけど」


 エリスがわけあってこんな結界のようなものを使っているのだろうと、幸助も簡単に推測することができる。これを壊すことはエリスに不利益なことにしかならないだろうし、怒られそうで壊そうとは思わない。


「こんなことしてるってことは留守なんかな?」


 留守だとしたらどうしようかと頭を悩ませる。さりとていい考えも浮かばず、思いつくままに行動してみることにした。

 とりあえず結界がどんな形なのかと好奇心が湧き、調べてみることに。

 ペタペタと触りつつ移動して、三十分ほどで調査は完了した。形は立方体だった。隙間などはなく、どこからも入ることはできそうにない。

 その調査のついでに様々な角度から家の中を覗き、家に誰もいないらしいと判明した。


「どうしよ」


 待っていれば帰ってくるとはかぎらず、近くにあるらしいリッカートに行ってみようかと考え出す。お金は十分あるので、十日の滞在くらい余裕でできる。


「日が傾くまで待って帰ってこなかったら街に行こう」


 方針を決めた幸助は荷物を置く。暇なので畑を囲む柵のための材料でも確保しようと、剣を抜いた。

 修理された剣は、細かな傷以外は元通りになっている。


「そういえば斬ることを意識しろって言ってたっけ」


 斬る斬ると呟きつつ、近くの木に向かう。

 幸助の頭の中では包丁の使い方が浮かんでいる。食材に刃をあて引きながら斬る。それと同じように木を斬るつもりだ。

 軽く素振りをしたあと、木の目の前に立つ。


「斬るっ」


 言いながら木の根元近くめがけて、剣を振りぬいた。

 ゆっくりと木が倒れていく。見事に一振りで斬り倒すことはできた。しかしそのまま叩き斬っても結果は同じなので、目的とした斬り方ができたのかいまいち実感できていない。

 あれでよかったのかと首を傾げ、倒れた木をひょいっと担いで運ぶ。そう何本も試し斬りなどできはしない。何本も斬り倒す必要はないし、斬りすぎるとエリスに怒られるのは目に見えている。

 木を結界の近くまで運び、枝を払い、丸太へと変えていく。払った枝をひとまとめにしたあと、丸太を斬っていく。

 杭用に斬った木材の先を尖らせていたとき、手元に影ができ声をかけられる。


「おかえり」


 声のした方向へと視線を動かすと、エリスが空中に浮かんでいた。


「あー、ただいま。そしておかえり」

「ん、ただいま。なにをしてたんじゃ?」

「畑を囲む柵用の材料を作ってたんだ。木一本斬り倒したよ。もう一本くらい斬り倒すかもしれないけどいい?」

「かまわぬよ。でもどうして畑を作ろうって思ったんだい? 街でなにか畑仕事に思い出でもできたのか?」

「いや、居候だから食費を少しでも浮かそうかなと」

「お金の心配ならいらんぞ? 腐るほど持っておるからの。まあ新鮮なものが食べられるだろうから、止めはせんよ。気合入れて上手い野菜を作ってくれ。

 だが畑作りに取り掛かるには二ヶ月ほど遅れるじゃろうが」

「どして?」

「これからリッカートに一緒に行ってもらうからじゃよ」


 エリスは結界に触れ解除する。

 荷物を置くぞ、と言って家に入るエリスに幸助はついていく。

 

「鍬などは持っていく必要はない。持っていくものは、下着などの着替えとお金くらいでいい」

「あ、お金」


 幸助は荷物から稼いだお金を取り出して、エリスに渡す。


「はい、借りてたお金」


 受け取ったお金を確認したエリスは、それを幸助に返す。


「えっと?」

「試験は合格じゃ。十分街でも暮らしていけるな。褒美として、それはお主に渡そう」

「いいの?」

「さっきも言ったように、お金は腐るほどあるのじゃよ。剣のお金も含め渡したお金は返さずとも、私の懐は全く痛まん。

 貸しという形にしたのは、そのほうが気合が入ると思ったからじゃ」

「たしかに貸しって形だと気合入ったよ」


 生活費は渡す。指定された金額を稼いでこい。と言われていたらもっとのんびりとしていたのではと幸助は考えている。借金という言葉は、やる気を漲らせてくれた。

 貸しの理由に納得した幸助は、とりあえず与えられている部屋に戻り、言われたとおりに荷物をまとめていき、必要と言われたものを持ってリビングに戻る。

 

「準備したよー。でも出かける前に事情を聞きたいんだけど」

「うむ。話すことに異論はない。椅子に座るがよい」


 幸助が座ってから、エリスは口を開く。


「コースケを街に連れて行くのはホルンがいないことにも関係する。

 ホルンは今、実家にいて外出できない状態だ。怪我をしているわけではないぞ」


 外出できないと聞いて、表情を変えた幸助を安心させるように付け加えた。


「父親が外出を禁じておるのじゃよ。

 ホルンは顔を見せるだけのつもりで帰ったのだがな、父親はホルンを政治の道具にするつもりなのじゃ。いわゆる政略結婚じゃな。まあいきなり結婚とまではいかんが。今回は候補者とのお見合いといったところか。選ぶのはホルンではなく、父親じゃがの」


 ホルンをほしがる貴族はわりと多い。結婚することで伯爵家と繋がりを持てることは魅力的だ。ホルン自身が医術者として得た地位やその実力や各方面への繋がりも、貴族たちには魅力的なのだ。

 ほかには縁起がいいという理由でホルンを求める者もいる。それは覆せないはず死の運命を乗り越えたことで、死や滅びを跳ね除けるなにかに恵まれているのではと考えられたからだ。それにあやかり、嫁として迎え入れることで家の存続を願うのだ。

 集う貴族たちの中からホルンの父親にとって一番利益のある相手を選ぶことが、今回のお見合いの目的だ。


「結婚かぁ。ホルンはなんて言ってんの?」


 政略結婚と言われても身近なことではないので反応しづらく、そうなんだと相槌を打つくらいしかできない。


「本人はその気はないようじゃ。だがレーテルにとってはホルンの意思なんぞ関係ないのだろうさ」

「レーテルってホルンの父親?」

 

 エリスは顔を顰めつつ頷く。


「本人の意思は関係ないって、そんなことで結婚上手くいかなんじゃ?」

「政略結婚と言ったろう? 他家との繋がりを持て、両家に利益があればそれでいいのじゃよ。当事者の仲は二の次じゃ。

 それに貴族で恋愛結婚は少ないぞ?」

「俺の周囲には貴族とかいなかったから、そこらへんはよくわからないなぁ」


 そんなものだと知っていればいいとエリスは軽く流す。話の本題は貴族の内情などではないのだから。

 

「話を元に戻すぞ?

 コースケを連れて行くのは、ホルンの身辺警護をしてもらいたいからじゃな。幸助がそばにいれば、私は自由に動けるからの」

「ホルンにボディーガードついてないん?」

「ついておるが、そやつらはレーテルの意を受けて動く者たちじゃ。今回の見合いに乗り気ではないホルンの監視も兼ねておる。

 そのような者たちに囲まれては息が詰まる。そこで息抜き要員としてコースケをホルンにつける。それだけが役割ではないがの」

「ほかになにをすれば?」

「屋敷から逃げ出すときの手助けをしてもらう」

「……それって大事になりそうじゃない?」

「実際に逃げ出せば大事になるじゃろうな」


 大きく頷いて認める。


「指名手配とか嫌だよ俺は!?」

「行動に起こすときは準備を整えてからだから安心してよい。屋敷に入るときは変装もしてもらう。お主の正体はばれぬよ。

 それに逃げ出すと決まったわけでもない。レーテルとの交渉が成立すれば、ホルンは堂々と屋敷から出られるからの」

「交渉?」

「そっちは私とホルンのみで大丈夫。お主はホルンの身辺警護に励んでいればよい」

「ちなみに交渉材料ってどんなもの?」


 秘密にしておくように、と幸助に言い聞かせて話し出す。


「レーテルは外交官として高い地位を持っておる。それはホルンのおかげなのじゃよ。

 ホルンは腕のよい医術者だとはすでに話したな? その腕を見込まれ大陸の各地から、診察にきてくれと招かれるほどじゃ。その診察相手は遠くからホルンを呼び寄せることができるほど、金や権力を持っておる。レーテルは診察についていき、そのときの面識を利用して外交官として地位を築いた。

 細い繋がりを太く丈夫にしたのはレテールの高い交渉能力のおかげじゃが、もともとはホルンのおかげで交渉ができたのだ。相手もそのことを重々承知しておる。だから恩のあるホルンが頼めば、レーテルよりもホルンを優先することもある。その頼みがレーテルに不利だとしてもな。

 そのことをレーテルに忠告するのじゃよ」

「つまりは脅しですね」

「ほっほっほ。不安な未来を示唆しての交渉じゃよ」

「でも自分の家に不利なことをホルンがする?」

「家が潰れるような頼みはせんじゃろうて、させる気もない。

 だがレーテルの地位が若干下がるくらいならば、家が潰れるわけでもなし。そのあとに今後診察でのコネ作りは、相手方にも頼んで拒否するとでも言えば、ホルンの言い分を無視はできんさ。

 まあ最初から脅す気はないがな」


 いざとなればエリス自身の持つコネも使って圧力かけてやろうと考えている。

 ここまでやってるが、エリスはレーテルが嫌いなわけではない。といって好きでもないが。関心が薄いといった方がいいだろう。

 ならばなぜ邪魔をするのかというと、エリスは子供のことを考えない身勝手な親が嫌いだからだ。エリス自身が捨て子で、孤児院での生活も苦しかったということに起因している。

 若い頃は親という存在に憎しみを持っていた。長く生きた今はましな親もいると理解している。

 ボルドスに自身を母と呼ばせないのも、親嫌いということが関係している。


「ホルンのためになるなら、俺はなにも言わない」

「ホルンのためになるかはわからないな。そのまま結婚したほうが上手くいく可能性がないともいえない。

 だがホルンは結婚はまだする意思がない。ならば私はその意思を尊重する」

「ホルンには世話になってるし、俺もその方向で動くのに異論はないよ」


 聞くことは聞いたので二人は家を出る。

 もう一度結界をはったエリスは、幸助を近くに呼び寄せ、魔法をかける。

 

「どんな魔法使ったって、声が少し高い?」


 魔法の効果をエリスに聞くために出した自分の声が、地声よりも高くなっていることに気づく。


「使ったのは二つ。幻の魔法と声変えの魔法じゃ」


 幸助は自分がどんな姿になっているか、なんとなく予想がついた。そしてその予想は当たっている。

 今の幸助は女に見えている。年の頃は十五ほど。髪は肩までのボブカットで、色は黒。身長は少し縮み、体の線も細くなっている。目は大きく、小さめの鼻がちょこんとあり、ふっくらとした薄ピンクの唇。十人に聞けば、八人が可愛いと答えるという容姿となっている。

 目だけが一般人から外れていて、右目は元の色の黒で、左目は青となっている。意味なくオッドアイにしているわけではなく、きちんとしたわけがある。

 鏡がないので、幸助にはそのような姿になっているとはわからない。

 なぜエリスがこのような姿を選んだのかというと、美人は得だということを知っているからだ。多少挙動が怪しくとも、美人の行動ならば目の保養と受け取る人間がいることを知っている。

 だからこそ怪しさを少しでも誤魔化すためのこの変化なのだ。


「これが変装?」

「性別すら誤魔化しておるから安心じゃろ? しかもスキンシップといって触られても感触すら誤魔化す高等な幻じゃ」


 幸助は腕や胸を触ってエリスの言ったとおりだと実感した。ちなみに自分の胸を揉んでも少しも嬉しくはなかった。


「魔法の効果が切れたり、魔法を使ってるって気づかれたりはしない?」

「効果は切れるたびに自分でかけなおせばよい。四時間ほどで効果は切れる。

 魔法を使っていることはばれるじゃろう。だが魔眼を封じるために使っておると誤魔化す」

「魔眼?」


 ここでオッドアイにしたことがいきてくる。

 魔眼はギフトの一つで、ものの動きをゆっくり見ることができる動体眼、遠くのものはっきりと見ることができる遠見眼、真偽を見分ける鑑定眼などがある。

 魔眼の持ち主は誰一人例外なく、オッドアイなのだ。そして魔眼の力を封じるために、魔法や魔法効果のある道具を使うことは珍しくない。自身で発動のオンオフはできるが、ちょっとした拍子に切り替わることもあり、そういった事故を防ぐため魔法や道具を使うものが多い。

 

「なるほど、で俺が持ってることになってる魔眼の設定って?」

「動体眼でよかろうて。似たようなことできるじゃろうし」


 魔眼を披露するために行くわけでもないので、細かな設定は必要ない。

 二人は飛翔魔法を使い、リッカートへと飛ぶ。

 街についたとき、太陽は沈みかけていた。

 夕暮れ色に染まる街を、エリスが先導して歩く。着いたところは高級感漂う立派な宿だ。

 エリスは受付で幸助の分の鍵を受け取る。事前に自分の隣の部屋を取っておいたのだ。


「これはコースケの部屋の鍵。しばらくここが拠点になるから、ここの位置を覚えておくように」

「了解」

 

 宿のシステムはシディのところとたいして変わりない。違うところといえば、コースケたちの部屋には風呂が自室にあり、食事も部屋まで持ってきてくれるといったところだ。洗濯は同じようにやってもらえるが、今回は正体をばれないようにするため自分でやらなければならない。

 幸助は荷物を部屋に置いてから、エリスの部屋に入る。

 会わせたい人がいるようで、エリスの部屋で一緒に待つということらしいが、いまだその人が現れないので、暇つぶしにこの一ヶ月の話をしていく。

 話している間に夕食も運ばれてきた。


「もっと思い切った仕事を請けていれば楽に稼げたろうに」

「安全第一」

「そのわりにはヴァイオレントバルブと戦うなんて無茶もしておるではないか」

「あの場面じゃ見捨てるなんて選択肢は選べないよ」

「そうかもしれんのう。

 しかしヴァイオレントバルブを引っこ抜くとはな。私はそのような方法を聞いたことないぞ。怪力あっての方法じゃな」

「普通はどうやって倒すん?」

「魔法か毒じゃな。貫通系の魔法で狙い打つ。地中の熱を上げて燻りだす。根に傷を負わせ、そこから除草剤を本体に送り込み、時間をかけて殺す。

 コースケにはそれらを教えてはおらんから、倒せないと言ったのじゃ」


 ここで部屋がノックされる。

 エリスが扉を開けると、従業員が立っていた。


「すみません。エリシール様に面会したいという方が。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「きているのは老女?」

「はい」

「だったら通してかまわない」


 返事を聞いた従業員は一礼し、去っていく。

 五分後、従業員に案内されて落ち着いた感じの老女が、エリスのとっている部屋に入ってきた。老女は変装している幸助にどこから似ていた。


「コースケ、紹介する、こちらはホルンの世話役のグレシス。コースケには、明日からグレシスの孫として屋敷に入ってもらう」


 グレシスには孫娘はいても孫息子はいない。それをレーテルたちは知っている。だから女装して潜入するしかないのだ。


「えっと、はじめまして渡瀬幸助といいます」


 頭を下げた幸助にグレシスもお辞儀を返す。


「はじめまして、グレシス・ノーマンといいます。厄介なことに巻き込んでしまってごめんなさいね」

「グレシスはホルンが赤子の頃から世話しておってな、ホルンのことを自分の娘のように大切に思っているとのことじゃ。

 だから雇い主であるレーテルよりもホルンの意思を尊重し、今回も協力してくれるようになった」

「お嬢様が結婚を望んではいませんから、協力するのは当たり前ですわ」


 そう言う姿が自然で、本当にホルン第一なのだと思わせる。


「どうしてグレシスさんの孫として屋敷に行くのか聞いてもいい?

 グレシスさんかエリスの紹介で働きにきましたってことじゃ駄目なん?」

「今屋敷はエリスの家族だけではなく、他家の者もいる。そんなところに正体不明の者を送り込むのは難しいのじゃよ。

 だから老いて働くことに苦労するグレシスを補佐するため孫娘を呼び寄せた、という設定を考えたのさ。

 グレシスは長年問題なく屋敷に勤めて信用を得ている。グレシスの孫ならば大丈夫だろうと思わせ、少しの事前調査だけで済ませるだけの信用があるのじゃ」


 グレシスはホルンの結婚に反対という意思を出してはいないので、今のところはレーテルに怪しまれてもいない。


「レーテル様にも既に許可をもらっていますよ。最近、仕事が辛くなってきたのも事実ですしね」

「明日から当分コースケは、グレシスを祖母として接し、名前もユイスとなる。

 間違えないようにな」

「努力はするけど」


 演技など初めてのことだ。へましないかと今から緊張している。小学校の学芸会でも役を演じたことはない。

 その様子を見てグレシスは、緊張をときほぐすように微笑みを向ける。

 

「そこまで緊張しなくても大丈夫。屋敷の人は誰もユイスのことを知らないから、ユイスと似てなくても怪しまれることはありませんよ。

 名前の間違いに注意して、話し方を丁寧にして、挙動を荒っぽくしなければいいだけ。仕事もほとんどがお嬢様の近くにいることで、ほかは家事や庭の掃き掃除とかだけ。簡単でしょう?」

「……それならなんとかなるかな」


 屋敷で行うことを聞いて、幸助は少し肩の荷が下りた感じがした。


「そういえば今の俺の顔ってお孫さんに似てるんですか?」

「全く似てないわね。あの子も容姿はいいほうだけど、今のあなたほどではないわ」


 本物のユイスはグレシスの家系ではなく、もう一方の家系の顔立ちだ。

 なんとなく疑問に思ったことを聞いた後は、咄嗟の質問に答えられるようにグレシスの家族のことを聞いていった。使用人の家族関連を細かく気にすることはないだろうが、念のためだ。

 一時間ほど話し合って、グレシスはコースケが明日から屋敷に行くということをホルンに知らせるため、屋敷に帰っていった。

 グレシスが帰った後、幸助は変装に必要な魔法を教えてもらう。そして効果を解除してもらい、今度は自分で魔法をかけおかしな点はないかエリスに確認してもらう。

 二回ほど細かい調整をしてOKをもらい、自分の部屋に戻っていった。

 明日は八時頃に屋敷に行くことになっている。道案内はエリスがするので、幸助は寝坊にだけ気をつければいい。


 翌日、幸助は寝坊することなどなく屋敷の前に立っていた。もちろんきちんと変装済みだ。服も渡された女物を着ている。慣れないスカートが気になってしまうのは仕方のないことだろう。

 エリスは門番にグレシスを呼んでもらうため話している。エリス一人ならば顔パスで入ることができるが、今回は幸助もいるためエリスといえども許可を得なければならない。

 暇な幸助は目の前に建っている家を眺める。この世界に来て見た建物の中で、一番大きな屋敷だ。庭もそこらの家が何件も入るほどに広い。

 本館は三階建てで、窓はガラス張り。ガラスの向こうにちらほらと人影が見える。別棟の建物が二つあり、そちらは一般的な家よりやや大きめだ。庭では三人の庭師が木と草花の手入れをしている。ほかに馬の世話をしている者もいる。

 そういった風景をぼんやり眺めていると、別棟の建物の一つからグレシスが出てきた。時間をかけて門へとやってきたグレシスは、幸助を自分の孫であることを証言し、幸助は敷地内に入ることができるようになった。

 実際に中に入ってみて、幸助は広さを実感した。


「今お嬢様は離れに住んでいるのですよ」

 

 本館に向かわないのか、という顔をしていた幸助の表情を読んだグレシスが疑問に答える。


「口に出してないのに、聞きたいことがよくわかりましたね?」

「不思議そうな顔で本館を見ていたし、誰でもわかるさ」


 エリスの言葉に顔を押さえる。


「そこまで表情変えてた?」


 グレシスは気遣ってか微笑みを浮かべるだけで答えない。だがどこか面白げな雰囲気を漂わせ、幸助の言葉を肯定しているように見える。


「お嬢様がどうして本館で暮らしていないかですが、警備のためです。

 本館には訪問中の貴族の方々もいらっしゃいます。その方々がお嬢様に夜這いをかけないようにと、本館から移動してもらったのです。

 もともとあちらの離れはお嬢様用でしたから、移動に不都合はありませんでしたけどね」

「夜這いなんてかけるの?」

「お見合いのようなまどろっこしいことをせずとも、既成事実を作れば万事上手くいくと考えるバカもいるのじゃよ。実際、二人ほど敷地内からたたき出されておるしな」


 話しているうちに離れへと到着する。

 警備のため立っているレーテルの私兵たちに軽く挨拶して、中に入るとメイドたちが玄関ホールを掃除している最中だった。赤毛でショートカットと白のロングの二人で、赤毛のメイドのほうが少し年上に見える。


「メリイール、セレナ。こっちにきてくれる?」


 グレシスが二人のメイドに呼びかける。

 近寄ってきた二人にグレシスは幸助を紹介する。


「話していたように、今日からこの子がここで私の補佐をしてくれます。そう長くはない期間だけど仲良くしてあげて頂戴。

 ほら自己紹介して」

「はじめましてユイスと申します。慣れない環境でいたらないところがあると思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

「私はメリイールよ。よろしく」

「私はセレナだよ。よろしくねー」

 

 幸助が緊張しているのではと気遣って二人は軽い感じで自己紹介をすませる。

 メリイールと名乗ったほうが赤毛で、年は二十才を過ぎているように見える。セレナが白毛で、こちらは十七才ほどか。


「では掃除に戻って頂戴。あとでこの子にいろいろと仕事を教えてもらうわ、頼むわね」

「お任せください」

「手取り足取り丁寧に教えていきますよー」


 メリイールたちは一礼し、セレナは幸助に手を振って仕事へと戻っていく。


「いい子達で、私も助かっているわ。

 さあ、ついてきてお嬢様のいる部屋に案内するわ」


 左手に見えていた階段を上がり、右奥にある部屋にノックしてから入る。中は書斎で、本棚と器具の載った棚がずらりと並び、端にはテーブルと座り心地のよさそうな椅子がある。その椅子にホルンは座って本を読んでいる。

 

「お嬢様。エリス様とユイスを案内してきました」


 どこで誰が聞いているかわからないので、敷地内では幸助のことをユイスと呼ぶようになっている。

 ホルンは読んでいた本をテーブルに置いて、立ち上がる。


「あなたがグレシスさんのお孫さんですね。グレシスさんには小さい頃から本当に世話になってて。これからよろしくお願いします」

 

 話しながら近づいて、幸助の手をとる。そして小さくお帰りなさいと囁いた。

 幸助はそれに小さく頷き、ユイスとして挨拶する。


「もう周囲を気にせずともいいぞ。誰も潜んではおらん」


 魔法を使い、周辺の探索を終えたエリスが気を抜いて大丈夫だと許可を出す。


「エリス、ありがとう。

 改めて、お帰りなさいコースケ」

「ただいま。なんというか面倒なことになってるね」

「エリスが動いてくれるから問題なく終わると思うわ」

「お見合いを潰すことになるんだけど、ホルンとしてはそれでいいの?」

「普通の貴族なら政略結婚は自分に課せられた義務と思うのでしょうね。

 でも私の貴族としての役割はすでに終えていると思うの。生贄になることが私に課せられていた義務。それを果たした今、自由に生きても問題はないと思うのよ。

 もともと貴族としての教育を完璧には受けていないから、そう思うのでしょうけどね」

 

 今回のお見合い話はレーテルにとってふって湧いた幸運みたいなもので、話がなくなってもたいした損はない。結婚まで話が進んで破談になるならまだしも、お見合いならば良い相手がいなかったと誤魔化しもきく。婚約となる前に話が潰れる方が、レーテルにとっても痛手は少ない。

 だからまだ結婚する気のないホルンには、お見合いが潰れることに異論はない。


「お嬢様、そろそろコースケさんを下の二人のところに連れて行きたいのですが」

「あまり遅いと怪しまれるかしら。

 コースケ、またあとで話しましょうね。街でどんなことをしたのか聞くのを楽しみにしてますね」


 再び読書に戻るホルンを残し、全員部屋を出る。


「それじゃあユイスはあの二人の指示に従ってちょうだい」


 頷いた幸助は掃除をしているメイドたちへと近づいていく。

 エリスとグレシスは幸助到着を伝えるため、レーテルに会いに本館へと向かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「既成事実を作れば万事上手くいくと考えるバカもいるのじゃよ。実際、二人ほど敷地内からたたき出されておるしな」 叩きだされるだけなら、試してみたくなるでしょうね。
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