バベル 紫崎編
こちらは、第18弾グループ小説という企画に参加して書いた作品です。原案提供者は、でん助様です。
グループ小説で検索すれば、何十倍も素敵な作品を見ることができますよ〜それでは、どうぞ。
退屈な、単調なつまらない授業。
ほとんどの人が惰眠をむさぼり、教師の話など聞いていない。
やる気、というものが欠如した教室という空間の中。
クラスメイトの机の中からは、色々なものがはみ出している。
右側の人の机は、見えない。
課題や、ノート、携帯ゲーム機……
私の机からも、教科書や、黒い教科書のようなものがはみ出している。
私は、頬杖をつきながら、窓の外を眺めてみる。
今にも、空が割れそうな……どんよりとした、重い曇り空。
――まるで、あの日みたい。
ぼんやりと、私はある日のことを思い出していた。
不思議なものが、あるのだと知った日。
退屈を、終わらせることができると思った日。
私がアレに出会ったのは今日みたいな……澱んだ黒い、曇り空。
私は、自分の部屋で勉強をしていた。
外が曇り空という天気のせいで、部屋の中もじめじめとしていた。
湿気が肌に纏わりついて、決していい気分じゃなかった。
楽しみなことが、一つだけあったけれど、この天気の前では、楽しみ半減だった。
普段サラサラの髪は、ぐんにゃりと湿ってしまうし、空気は澱むし。
指でめくるページも、心なしかやわらかく感じて。
周りに影響されるかのように、私の気分までもが、鬱々としていた。
なんで勉強なんてしているんだろうかと。……両親が五月蝿いからなのだけれど。
こういう変な天気の時は、一日中お風呂に入っていたいのに。
お風呂の中に、色々物を持ち込んで。
湯の熱い湯気は、湿気た空気とは違い清々しい。
深くため息をついて、目の前のノートに問題を書き写す。
だいたい、私は勉強をしなくても平気なのに。
こんな風に、ちまちま問題集を解かなくたって、十分いい点は取れるのよ。
前に、試してみたことがあった。
学期末の試験のとき。準備期間中に、一度も勉強をしなかったのだ。
勉強といえば、学校で受けていた授業だけだった。
そんな状態で試験を受けた結果――
全教科、ほぼ満点に近い点数だった。
もちろん、そのことを私は両親に話した。
勉強なんかしなくても、いい点数は取れるんだよ――そういう意味を含めて。
それなのに、両親は激怒した。
どうして勉強をしなかったんだ、と。それは凄い怒り方だった。
私は、父親に二発も握りこぶしで殴られた。
殴られた後は、三日間赤く腫れていた。
それ以降、私は親に何も言わなくなった。無駄だと、わかったから。
両親は結果よりも、その結果に至るまでの過程を大事にするのだと。
小学生の頃とは違って、高校生にもなれば、勉強も楽になる。
がむしゃらに勉強するのではなく、効率的に的を絞って勉強できるようになる。
過程など……どうでもいいのに。終わりよければすべてよしっていうじゃない。
私には、難しいことだった。
けれど、それ以来私は一応勉強をしている振りをする。
たったのノートの一枚分だけでも見せれば、親は何も言わない。
なんて、簡単なんだろう。
いらいらしながら、今日の分の課題を解き明かして。
さてこれからどうしようかと考えていたとき……玄関のチャイムの音が聞こえた。
ああ、やっと来た。
ずいぶん前から、入荷待ちだったバッグ。昨日の夜に、パソコンにメールが入っていた。
入荷できたので、お届けしますと。
私はずいぶん前に代金は振り込んであったから、やっと安心できた。
静かに喜びながら、階段を駆け下りて、玄関を開ける。
配達員から品物が入った箱を受け取り、領収書に判を押す。
曇り空の中、車を運転してきた配達員の顔はひどく疲れて見えた。
箱を抱えながら、家の中へと戻ろうとしたとき。
――何か、視界に映る黒いモノが見えた。私はそれに近寄ってみた。
黒いから、ゴミ袋でも飛んできたのかと思ったが、違った。
それは――黒い本だった。
本といっても、広辞苑のように分厚いものではなく、教科書のようだった。
学校の、現代文の教科書のような……薄くも、熱いともいえない紙の量。
不思議に思って、手に取ると、見た目よりは軽かった。
ページをめくってみるが、真っ白な色が続くばかり。
黒い表紙で、空白のページだけの本。
変な予感がして、私は部屋へと持ち帰ってみた。
勉強机の上に置かれた、黒い本。
私はイスに座りながら、じーっと本を眺めていた。
なんで、私の家の前に落ちていたのだろう。
誰かが落としていった、というのが一番簡単なんだろうけど――
それじゃあ、納得がいかない気がする。
真っ白なページだけだから、捨てたのかもしれないけど。
まあ……何でもいいか。
私が拾って、この本がここにある。ただそれだけよね。
白いページに何か書いてみようかな……と考えていたとき。
「さっきから、何をじろじろ見ている」
どこからともなく、不意に声が聞こえてきた。
テレビをつけっぱなしにしたかと見てみるも、黒い画面を映すばかり。
もちろん、部屋には私一人しかいない。
「私は……ここだ」
また聞こえた。低い声。声変わりをした、男性のような声。
部屋中を見渡して、机の上に置いてある、黒い本へと行き着いた。
まさか、本が喋るわけないよね……いや、ありえないなんてことは、ありえないかもしれない……
そんなことを考えながら、黒い本を凝視していたら――
「ふん、やっと気づいたか」
目の前の黒い本から、先ほどの男性の声が聞こえた。
この本が……喋っていたんだ。ある種の感動を覚えつつ。
「あなたは、誰? 違うな、あなたは何?」
「私か? まずは人に名前を聞く前に、おまえが名乗ったらどうだ」
なんだ……結構生意気というか……高飛車?
でも、言ってることには一理あるけど……うーん。
「あなたは、どう見ても人には見えないじゃない」
「形としての問題だ」
ああ……嫌だ。親みたい。
「わかったよ……私は、夏織」
「私はバベルだ」
変な天気の変な日に出会った、喋る黒い本。名前は、バベルというらしい。
なんでも所有者の願いを叶えてくれる……というものらしい。
どんなに不可能な願いでも、不毛な望みでも、叶えてくれるということ。
便利だとは思うけれど、使い方によっては怖くなるかもしれないね。
ちなみに、所有者が満足すると、バベルは消えてしまうらしい。
それ以降は、二度と会うこともないだろうと言っていた。
願わない限りは、と。
所有者が満足して消えるとき、バベルは、自身を使ったことを忘れさせる。
そういっていた。それと、願いを叶えるのには、何らかの代償が必要なのだと。
いわゆる、ペナルティであり、等価交換であるらしい。
何かを望むのならば、それ相応のものを渡す。
これは、もっともらしいと思った。
それなりのものを渡せば、願いは叶えられるということ。
それが、バベルの決められたルールなんだって。
ルールさえ守れば、何でもオッケーらしい。
退屈だった私には、ちょうどいい玩具。
そして私は、バベルを使った。
「ねえバベル」
「何だ」
「さっそく願いがあるんだけど、いい?」
「いいも何も、私はその為のモノだ、言ってみろ」
「とりあえず……お金が欲しいかな」
「やはりお前も同じだな。どいつも必ず願う」
「だって、お金がなきゃ、何もできないわよ。あとね」
「まだ何かあるのか」
「お金だけど、その場限りとかじゃなくて……一生遊んで暮らせるような? 絶えずお金には困らないような……」
「継続的な、資金の充実」
「そう、それ。それが言いたかった。できる?」
「だから、できないことはないと言ったはずだが。代価はしっかりもらうぞ」
「うん。どんなモノがいいかなあって」
「同じくらいのモノだ。お前にとって、大事なモノを」
「このバッグなんか、一番高いんだよー」
「値段の問題ではないと言ったはずだが」
「じゃあ……これかな?」
「そのぬいぐるみは何だ」
「おばあちゃんが、私に買ってくれたやつ。生まれたときに、買ってくれたんだって」
おばあちゃんは、私が生まれた後に、すぐ死んでしまった。
写真は嫌いな昔の人だったから、唯一の形見といってもいい。
おばあちゃんが、確かに存在していたという証。
「ほう……いいだろう。それでいい」
「本当? これで平気なんだ」
「それは、おまえの祖母がくれたものなのだろう」
「うん。これ見ると、おばあちゃんが居たんだなって思う」
「なくなれば、祖母のことは忘れる」
「うん、見たことないし、声も聞いたことない。でも、これは大事だったんだもん」
「よかろう。お前にとって、大事なモノ。確かにもらった」
バベルがそういうなり、おばあちゃんのぬいぐるみは消えた。
そう、いきなり目の前から。
「…………ぬいぐるみって、どこ行ったの?」
「私の中だ」
「中って、バベルは本でしょう」
「本の形をしているだけだ。本のページに書かれている。願いを叶えた代価のことは」
「真っ白だったけど?」
「おまえになど見えるはずがない」
「じゃあ、誰なら見えるのよ」
「さあな」
それっきりバベルは黙ってしまった。
なんか……気になる。
「バベル、継続的な資金の充実ってさ、実際にはどうなるの?」
「どうとは、何が」
「だから、お金に困らないってことだよね?」
「ああ」
「いきなり出てくるのかなーって思ったんだけど、違うみたいだし」
「馬鹿か。物理的法則を無視するのか」
「だから、どうなのって聞いてるんだよ」
「私が叶えたのは、継続的な資金の充実。それだけだ」
「つまり、後は自分でやれってこと?」
「そうだ」
「うわ、面倒なんだねえ。はずれがないってことかあ」
「願いを叶えただけのこと。後はくじでもなんでも買え」
すごい力を持った本が、宝くじとか買えって……似合わない。
とりあえず、次の日に宝くじを買ってみました。
もちろん、結果は大当たり。ものすごい額が当たりました。
本当に。遊んで暮らせるような。
これが一生続くって、案外心臓に悪いかもしれないと思ったよ。
次に願ったのは、クラスメイトのこと。
先輩後輩からも、疎まれて、嫌われている奴。
私が直接手を下さずに、消せるのならば、好都合。
「バベルー次の願いだけど〜」
「おまえは、ずいぶんと欲深いんだな。大抵は、一つ願いが叶うと、もういいと言うのに」
「やだなあ。それって怖がってるだけじゃない」
「ああ。恐ろしくなるのだろうな、恐らく」
「私は、利用できるものは使うよ? バベルはその為のモノなんでしょう?」
「よくわかっているな。で、願いとは何だ」
「えっとね、クラスに消して欲しい奴がいる」
「消すとは、殺すのか?」
「うーん、何でもいいや。いなくなれば、それでいい」
「……対象の、写真などはあるか……」
「写真? ……確かこの間の……」
私はバベルに、行事の写真を見せた。大勢の中から、奴一人を指差す。
「これ一人か?」
「そう。こいつだけでいいよ」
「代価は?」
「今回の代価はね、もう決めてあるんだ」
「ほう。何だ?」
「私のね、片目はどうかな?」
「それは片目の視力を失うことを意味するが」
「そんなの、わかってるよ」
「それほどの価値が、先ほどの人間一人にあると?」
「うん。奴を見なくて済むなら」
「消せば、片目を失わずとも見なくて済むが?」
「それでもいいんだよ。片目でも、生きていけるでしょう?」
「願いを叶えたいだけか」
「そうだよ。瞳は、人間にとって大事なモノだと思うんだけど……駄目かな?」
「いや、十分だろう。両目を失えば、あと二人ぐらいは消せるが――どうする?」
「それはいい。奴だけ消えれば、私はそれでいいんだよ」
「承知した」
「ちょっと気になるんだけどねえ……」
「何」
「片目を代価にするのはいいんだけどね、瞳はどうやって取るの?」
「取り方?」
「そう。抉って取り出したりするの? 後、痛い?」
「そんなことか……瞬きをしろ」
「ええ? なんで」
「いいから」
私は言われたとおりに、ぱちりと瞬きをした。
一瞬のうちに、右目が見えなくなっていた。
片目だけ、真っ暗。
何が起きたんだろう。不思議。
「鏡でも見てみろ」
バベルに促されるがままに、手鏡を引き出しからだす。
私は自分の顔を映してみた。
左目はちゃんとあった。
右目があった場所には、ぽっかりと穴が開いていた。
真っ黒な、丸い空洞。
数秒前まで、そこには眼球が収まっていたはずの場所。
一目みて、真っ黒だと思ったけれど、ちゃんと見れば黒じゃなかった。
肉の色とでも言うんだろうか。
赤黒い色。
不思議で仕方がなくて、じいっと見つめていたら、穴から血が溢れてきた。
私の頬を涙のように伝う、紅い雫。
血は確かに出ているのに、痛みはまったくない。
次の日、学校へ行くと、奴は行方不明になっていた。
バベルは願いをまた叶えてくれた。
退屈で無意味な授業が終わって、私は帰宅した。
両親は、いつもどうり家にいない。
仕事だ、出張だと忙しいらしい。
もっとも、私には関係ない。ちゃんと育ててくれれば、それでいいよ。
今となっては、資金はたくさんあるのだから、一人で生きて行ける。
もちろん、バイトも普通にしている。
階段を上って、ドアを開ければ、私の部屋。
いつものように、机の上にはバベルがいる。
「ただいま、バベル」
「…………帰ったのか」
「うん。今日もつまらなかったよ」
「金はあるのだから、何でもできるだろうに」
「そういうのとは、別の楽しさだよ」
「満たされたか?」
「まだまだ。まだ、二つくらいはあるかな」
「ほう」
「今日で、終わるけどね」
今日でバベルを使うのは、終わり。
私は願いを全て叶える。
満たされたわけじゃないんだけど、願いたいことがもうないんだよねえ。
うん。しょうがないよね。
「ほう。言ってみろ」
バベルの声音は、ニヤニヤしていた。
顔があれば、笑っているんだろうなって感じの声。
「あのね――父親を消して欲しい」
「ほう。それはまた大胆な」
「だって、もういらないもの」
「…………」
「お金はあるし、私はバイトもしてる。学校卒業したら、ちゃんと働くわ。生活にも困らない。
もう保護者はいらないのよ。後はひたすら年老いていくだけ。面倒みるのは、嫌よ」
「代価はどうするんだ」
「そう。それ。代価はね――母親。どうかしら?」
「代価としては、十分だろう。一応おまえの産みの親だろう?」
「もちろん。唯一無二の、私を産んだ母親」
「ならばいいだろう。だが、それでいいのか」
「いいのかって、何が?」
「親がいなくても、平気なのか、と」
「平気だって、いってるじゃない」
「本当にか?」
「うん。後悔はしないよ?」
「そうか。おまえの親は、今出かけているのだったな?」
「そ、出張だとか」
「おまえの親は二度と戻らないだろう。死体も見つからない」
「そう。ありがとう、バベル」
「これで満足か?」
「残念。後一つだけあるんだ」
「言え」
『 』
「その願いは……叶えることはできるが、代価はどうする?」
「ん、代価か……じゃあ、私の幸せは?」
「それは、代価にしていいのか?」
「幸せなんて、どんな形かわからないもの。なれるとも限らない。
幸せなんてもの、いらないよ。幸せになれないから、不幸ってわけでもないでしょう」
「人生の選択になるが、構わないのか。また、叶えた願いは、取り消せない」
「もちろん。今まで道理でいいよ。幸せになりたいと願っても、叶えられない。それでいいの」
「ならば、その願い――叶えるとしよう」
「忘れるんだよね? 私の願いはもうないし」
「ああ」
「それじゃあね。バベル」
数ヵ月後……私は両親の捜索願を出した。
仕事で出かけてから、帰ってこないんです。
私は、もう二度と帰ってこないのがわかっていた。
何故かは知らないけど、私がそうしたような気がしたから。
もちろん、私が両親を殺したわけじゃない。
両親はいなくなった、ただそれだけなんだって。
理解してた。
それと、よくお金が入ってくるようになった。
宝くじとか、買うと毎回必ず当たる。
ネットで、株の取引なんかもしてみてる。
親のことについて警察が来たけど、一人で平気ですって言った。
私は、一人で大丈夫。
学校も、楽しいことばかり。
嫌なクラスメイトも、行方不明になったから。
私の目の前から消えたから。
そうそう、私、気がついたら眼帯してたんだよね。
なんでだろう。
どこかで怪我でもしたのかな。
寝てる間に、失くしたとか? 目玉を。
片目でも、十分生活はできるから、いいんだけどね。
不自由はないのに、なんか足りない気がする。
何か、満たされないような……?
変な感覚。
私は、部屋で読書をしていた。
もう私一人だから、勉強なんてしなくてもいいんだ。
好きなだけ、お風呂に入れて、本も読めて。
外で遊べて、やりたいことは何でもできる。
あ、もちろん無駄遣いはしていないよ? もったいないでしょう。
湯水のように使う物じゃないしね。
あー本読んでたら、お腹空いてきた……
片目だから、結構疲れるんだよね――それでも本は読むけど。
そういえば、近くに新しい飲食店ができたって聞いたような気がする。
窓の外を見ると、曇り空。でも、時折雲の切れ間から、太陽の光が差してる。
この天気なら、出かけようかな。
手早く着替えて、お気に入りのバッグにお財布をいれて、玄関へ。
ドアを開けて、鍵をしっかりとしめる。
戸締りはしないとね。
郵便は、何か来てるかな? いらないゴミばっかり溜まるんだよね。
あれって、邪魔くさくて結構嫌いなの。
だから、よくチェックしないとね。
オレンジ色の郵便ポストを開くと。
――黒い本が入っていた――
――初企画参加でしたっ。
ど、どうでしょうか、ちゃんと書けてるでしょうか。
ホラー要素が少なさすぎだったような。
むしろアンハッピーものだ、これ。
しかも書くのに時間が掛かりすぎだ……力不足。
何はともあれ、お読み下さりありがとうございました
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