ラディル=アッシュはロリコンですか?(4/32)PDFで表示縦書き表示RDF


 注・このお話は外伝的な位置付けの、割とストーリーから外れた読まなくて無問題な余話です。あと視点が違います。それでも読んでいただけるならば先をどうぞ。
ラディル=アッシュはロリコンですか?
作:k鶏



余話


 大きな建物の中。
 開けた中央を中心として、境界線でも存在するかのように、十数人の集団がそれを越えない範囲で外側に立ち、口々に軽口を叩き合いながら、あるいは静かに腕を組ながら皆一様に中央を面白そうに眺めていた。
 その集団の視線の先。肩が最低限防護され、胸部を丸く加工された、薄い鉄製のシンプルな軽鎧を身に付け、刃の潰された練習用の長剣を手に持つ、一人の、白髪黒目に眼鏡をした青年が、棒立ちのまま天井を仰ぎ見ていた。外見上は。
 実質は、彼の目には何も映っていない、というよりは認識するのを放棄していた。
 特徴の無い眼鏡の下は、死んで(むさぼ)られる魚類(おさかなさん)の眼。
 虚空を見上げ、長身痩躯を微動だにさせず何やら小声で呟き続ける。
 控え目に言って不気味な姿だった。青年の部下である外野達は愉快そうに見ているが。
 青年が、悪夢にうなされるような声で独りゴチる。

「……なんでだ」

 誰に言ったのか誰にも言っていないのか、どことなく濁ったような、陰鬱な呟き。
 外側の外野達が何だと沈黙する。ちなみに彼を気遣う色は皆無。

「なんで、」
 青年は、尚も独り口を開く。
 先とは違い、微妙に唇を振動させながら。

「なんでこうなる!!」
「いや、隊長の意向だろ」
「皆まで言うんじゃねええエエえエえっ!」
「ぶべら?!」

 ギャラリーの一人、不用意に返答したダミ声が特徴的な目つきの悪い男は、絶叫と共に的確に投擲された練習用長剣で目と目の間を射抜かれた。悲鳴をあげながら地べたに転がりのた打ち廻る。よく見ると、盛大な勢いで鼻血が噴出していた。
 床が、朱に染まる。

「わー、副長八つ当、」

 仲間の惨状を目の当たりにしたギャラリーの一人がおどけたように口を開くが、眼鏡越しにも伺える尋常じゃない眼光に射抜かれ、顔面を硬直させた。

「――っの、……何時まで見物してますか。アナタタチもそこまで暇人じゃないはずですよ? 早急に解散して自分の仕事を片付けるように」

 自分の廻りをぐるりと囲うギャラリーに、今更平常時の副長仮面[慇懃な敬語を使う、その役職っぽく振る舞う事。物理的に仮面をカブる訳ではない]を被り取り繕ったような敬語と、つり上がり、ギラギラと危険な光を帯びた黒曜の眼光で、この場から消えろ穀潰しの畜生共がと言外に叩きつける副長と呼ばれた青年。意見を返したら人を喰い殺しかねない気を放出する。その迫力に二の足は践んでも、命令に従い去る者は一人も居ない。
 副長は、よく十代くらいと誤解される、髭もニキビも無い童顔を、思い切り凄惨に引きつらせる。目鼻整った幼い顔立ちでやられたら、大変恐ろしい形相だ。

「で、でもっすね。新入りの実力を把握するのに丁度良い機会だと、」
「デスクワーク派の私に、新入りとはいえ十三隊(ここ)に御上から推薦で配属された人物のまともな相手が務まるとでも?」

 勇敢にも副長に意見した女性は、素晴らしい笑顔で吐かれた自虐的ともとれる正論に、冷や汗を垂らして一歩後退る。
 この元旅人の副長が、集団戦闘面における経験や指揮、頭を使った事はともかく、直接戦闘では評価に値しない程に貧弱であることは、この場に居る彼とその部下達共通の認識である。
 そんな彼が、とある理不尽な成り行きで、王国騎士団最強の第十三部隊――彼が副長を勤める部隊の新入りと、模擬試合を執り行う事になったのだ。……彼直属の上司、隊長の命令で。
 流石に、勝てないと理解している試合を部下に見られ陰口やネタの肴にされるのは御免だし、仕事をサボらせる口実にさせる気もない。その上それら全てが後に自分自身にしわ寄せが来るだろうと理解している彼は、多少強引だろうとギャラリーと化した部下達を退席させるつもりだった。
 だがその前に、ギャラリー達のさらに背後。出入り口の頑強な扉が、爆撃を受けたかのようにひん曲がり吹き飛ぶ。外開きのはずの扉は、内側に居た不運な騎士に、結構な勢いで直撃した。

「うぼゥ!?」
「――フハハ、待たせたな副長ォ!」

 壊した扉も危ない悲鳴をあげ苦悶の表情で転がり回る部下もシカトし、ハスキーボイスが高らかに哄笑をあげる。
 やや長身の副長より頭半分以上長身な、三十代手前位の女性だ。化粧っ気がない代わりに傷跡にまみれた顔。身に纏う、猛獣さえそれだけで平伏させるだろう気配と相俟って、歴戦の戦士じみた感じがある。彼女は斜め後ろに、副長と同じ装備をした背の小さい、中性的な容貌の少年を文字通り引き連れ、試合の場に堂々と足を踏み入れる。
 それを見届けるしかなかった副長は、露骨に顔をしかめていた。

「……ちッ、」
「なんか言ったか副長」
「空耳です。それより一々設備を破壊しないでください」
「気にするな。己は気にせん」
「してください」

 小言をぼやきながらも経験から無駄と悟っているのか、割とぞんざいな気配の副長。

「それよかさっさと。新入り、紹介!」
「は、はい!」

 唐突に呼ばれた新入りの少年は、びくつきながらも返答し、敬礼する。

「ほ、本日付けでサーガルド王国騎士団第十三部隊に配属されました。アルヴィス=ケィス従騎士で」
「長い!」
「ずぎゃう?!」

 カチカチな自己紹介の最中の新入り少年、アルヴィスに、ケモノのごとく犬歯剥き出し笑いながら拳骨を落とす隊長。やりたい放題である。

「隊長。慣れてない子供に理不尽な暴力奮わんでください」

 流石に咎める隊長専用ストッパーで知られる副長。
 その異名通りに抑止力たりえたのは全体の一割以下といえど、他の零よりマシである。故に彼が副長なのだ。

「ほら、立てるか立てんな脳とか頭蓋骨とか心配だなさあ医務室に行こうか」
「〜〜、は。はあ」

 近寄って来て手を取り、早口でまくし立てる副長に困惑したように返すアルヴィス。
 半分トンだ頭で、副長の台詞から滲み出る、逃亡して模擬試合うやむやにしてやろう的意図を解すには到らない。その癖副長の見え透いた台詞をしっかり聴いていた外野連中の方が意図を即座に理解し、卑怯だー、汚いー、逃げんなーとブーイングが飛び交い始めるものだから、彼としては唐突に生暖かい赤い液体が見たい気分だった。

「失敬な言い回しだぞ副長。己とて、加減位は心得ているぞ副長」
「数日前に、捕縛対象だった新種の魔物を皆殺した人の台詞とは思いたくないですね。あと人の役職を語尾みたく使わないで頂きたい」
「気にするな副長。己は気にせん副長。と、其れよりもいい加減模擬試合を始めたいのだが副長」

 うわ殺してえ。と三十割方本気で何度抱いたか解らない衝動を、いつものごとく生存本能と死の恐怖という表裏一体の冷や水で鎮火する副長だった。

「副長ところで副長。副長は副長の模擬剣を何処にやったのだ副長」
「……あー、紛失してしまいました。これじゃあ試合は無理ですねそれでは」
「待たれい副長」

 適当な理由(イイワケ)を見付けたと内心ほくそ笑む、素早くきびすを返した副長の、後ろで適当に縛られた長い白髪を引っ掴む隊長。若干進んだ瞬間固定された白髪が付け根から引っ張られ、ブブチぶチと確実に何本か強制脱毛した音がした。
 それが引き金となり、刹那にして場の空気と副長の表情が凍り付いた。

「…………ハゲたらどうしてくれんだ糞隊長(ドチクショウ)

 副長がキレたアアアアアアアアアア!!? と、あまりの激情に口調が素に戻った副長に、外野の深層が一致(シンクロ)した。
 そんな部下達のシンクロなど素知らぬとばかりに、唯我独尊を地で行く隊長様は、可笑しそうに口元を歪めた。

「そうなったら責任とって嫁にでも婿にでも貰い承けるぞ副長」
「……真面目に勘弁してください。いやマジで」
「なんだ詰まらんな副長」

 サムズアップして似合わないウインクをキメた隊長を見て、最悪な未来像を想像してしまったのか、激情も顔色も氷点下と化した副長は、さっさと白旗を揚げた。

「ほれほれ副長。さっさと模擬剣を持ってこい副長よ副長」

 ――どうにもどっちらけだ。こりゃあアホ隊長、大分本気で俺と新入りの模擬試合を観たいらしい。ならいくら煙に捲こうとしても無駄だろう。無理に拒絶したら後々何されるか判らん。諦めるしか無ェな。と副長は方針を変更した。
 部下の一人に、危険な角度を抉っていたらしい投擲された刃無しの模擬剣を受け取る。

「はい副長。副長の得物ですぜ副長」
「殴ンぞ」
「スンマセン」

 調子こいてネタをパクった部下にヤキをいれ、新入りに向き直る副長。
 ――新入りの……何つったっけ、名前? まあさっさと終わらせたいからいいやと片付け、心底からダルそうに口を開く。

「第十三部隊副隊長、ラディル=アッシュだ」
「は、はい! 私はアル」
「隊長。ルールは、先に一撃いれた方の勝ちで良いですよね」

 新入り少年の名乗りをスルーし、ラディルは意地悪く笑う隊長に先手を打つ。

「ああ、ただし顔面に叩き込んだ場合のみ有効だ副長」
「……えええぇえぇぇ?! ちょ、顔には防具着けて無いんですけど副長副長!?」
「ツッコんでも無駄だ新人。どうやらそれをやらねば自分達は解放されないらしい」

 掛けていた眼鏡を懐にしまいつつ、

「そして隊長、さらに新人まで。いい加減その語尾ネタはヤメロ」

 眼鏡の下の大きさ黒目を外気にさらし細め、さらに口元を凶悪に吊り上げた。

「さあ構えろ、新人」
「……え、でも」
「どうした、副長も構えろと言っているだろう。構えろ」

 困惑の面持ちの新人は、命令通り模擬剣を構える。
 堂に入った、丹念に練磨され、洗練された、一切の隙が無い構えだ。外野の、少年の先輩方から感心した風に唸る声が幾つかあがる。
 それに対するは――えらく適当に、素人クサく隙だらけの構えをとる副長。その、剣をかじった者、もしくは剣士との戦闘経験に富んでいる者ならば一目で判る程の成ってない構えに、対峙する新人は怪訝な表情を前面に押し出さざるを得ない。
 しかも、何やら両手で構えられた模擬剣の切っ先が、先程から振動している。新人は、本格的に首を傾げた。

「あの、なんでちょっと震えてるんですか?」
「自分は体が弱くてね、長剣ともなると長い時間持つ事は出来ないのですよ」
「……は?」

 王国最強とされる十三隊の中で二番目に偉い人物は、副長の仮面を着けて微笑む。

「自分は、デスクワーク派ですから」
「……じゃあ何で模擬試合に出てるんですか?!」
「悪魔怪獣ザ・クサ・レジョーシイ・ツカマ・ジコロスの陰謀です。従わなければ挽き肉にされて食されます」

 先に見た粗野で口の悪いキャラとはまるで違う口調に困惑しつつもツッコミをいれる新人に、ラディルは変わらぬ口調で虚言を吐いた。思わず言葉を無くす新人。ついでに副長の、十三隊の騎士からすればシャレに成らないとんでもなくブラックなユーモアジョークに、外野が皆静まり返った事に新人は気付く。

「おい副長。それは誰の事を言っている」
「気になさらず。それより合図を」
「……ん、まあよかろ」
「おい、新人君」
「……あ、了解です」

 隊長は、二人が剣を構え……漸く戦闘体勢に入った新人を認め、腕を勢い良く振り上げ――


 この模擬試合の結果は、開始五秒で新人の手加減された面打ちで、あっさり幕が下ろされた。
 そして概ね副長の予測通り、後々まで部下たちの雑談や酒の肴になり、対戦を命令し強制した本人からは直接的に馬鹿にされるという、全て副長の元に災厄は降りかかってきた。
 ついでに云えば新人の方は実力が見込まれ、部下達から早急に受け入れられるという、明暗くっきり別れるという、勝者と敗者の縮図が其処にあった。
 
 んで、

「……先ず理由を聞こうか」
「きょーみ半分趣味半分、だってさニ゛、ニギャアアアアアアア?!!」
「お・ま・エ・ハ〜〜!」
「いたいいたいいたい! てかフォリアが言ったんじゃないのにいたいいたい!?」
「連帯責任!」
「や、八つ当たりだあっ!」

 後日、女の子の悲鳴が騎士団の寮の中、十三隊の副長私室から副長本人らしき怨念の声共々木霊したとかしないとか。


 半月以上の沈黙を破り、何故か本筋とは関係ない外伝更新です。次は本筋を更新予定なので勘弁してください。











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