ラディル=アッシュはロリコンですか?(2/30)PDFで表示縦書き表示RDF


ラディル=アッシュはロリコンですか?
作:k鶏



騎士団


 
 あ――、と。
 目の前に居る、三十代の大柄な女は、そのボサボサの黒髪に手を突っ込み、ガリガリと爪を立てる。

「なんて云うか、副長」

 副長。俺――ラディル=アッシュの事だ。ちなみに先から、古傷だらけの顔に、腹ただしい笑みを浮かべてる大女が、隊長。
 つまり俺の上司だ。

「その片刃の剣、……なんつったか、確かー……東方の……かんたーびれ?」

 音楽関係かよ。あんたにゃ似合わねえ。

「東方帝国の刀、の事ですか。体長」

 俺が補足を入れる。

「ああ、それそれ――って、何か今妙な発音しなかったか…?」
「気のせいですよ」

 ズレた眼鏡を直しつつ、首を傾げる大女に即答する。
 嘘は言ってない。実際、隊長は体長だ。

「ううむ。まあいいが……ともかく、その東方帝国の剣士――サムライと云ったか。それの持つ、カタナと云う剣。副長のは、そのカタナだろ?」
「安物ですがね」

 以前、一人でブラリ旅を満喫していた時期。
 件の帝国に立ち寄った折、値切り倒して購入した一品だ。

「ならば、副長は帝国出身のサムライなのか?」

 大柄の女隊長は、楽しそうに、愉しそうに。本当に愉快そうにイタズラ――否、イジメっ子に酷似した嘲笑を浮かべた……

「違います」

 首を振るう。
 生まれはここ、北西皇国の一属村だし、斬り合いとか不得手だ。

「ところで、何故にしかめっ面している?」

 俺が嫌そうに表情をしかめているのは、己はマゾではないと言う証明に他ならないのだ。
 何故なら、
「いい加減、そこを退いてくれませんか……?」
 この、大女に押し倒されているという状況下でそう為らない奴は、大概に脳をヤられているに決まっているからだ。

「おや、流石に腹に乗られては痛いか」

 たりめーだテメエ重いンだよ糞筋肉大女。
 と、言いたい所を大分オブラートでラッピングした言語に変換して、俗名マウントポジションの解除を促す。
 ヘタレと言った奴。そういう奴は、一度でもこの怪獣の世話してみろ。途中で土下座したら逃げ出して良いという条件付きでだ。
 賭けてもいい。五分以内にその権利を行使するぜ。

……いや、ンな権限が在るんなら、俺がその保有者を殺してでも貰い受けたいね。


「ふはは、」

 怪獣が笑う。てか嘲笑う。

「テメエが弱いのがいけないのだよ。それでも、サーガルドの騎士。それも、己の、第十三部隊の副隊長かあ?」

 ――サーガルド王国騎士団・第十三部隊副隊長。今の俺の肩書き――


 サーガルド王国とは、大陸を二分する二大国家の片方の、皇国の属国にあたる中小国。気候は若干寒く、冬場でなくとも雪が珍しくない地域。
 全十四部隊からなる、騎士団を保有する。中々に軍事力が悪くない国だ。
 その中でも、十三部隊はとりわけ異質で、腕だけはたつと評判の面々が集まった特殊な部隊……噂でも嫌がらせでも何でもない。
 只、涙が出る程に正しくその通りな馬鹿共の副隊長、略して副長が俺。
 そして、

「ストレス解消とか叫んで、いきなり真剣で試合とか。何考えてるんですかアナタは。それで、この状況――」

 首だけ動かし、周囲を見る。
 ひっくり返され、床に散らばる書類の山。
 そして俺は、この惨状をやらかした、王国最強の騎士のニヤつく顔を視た。

「それで俺が悪いからいけない……深刻、なアホ、で……す、か……」
「おやおや、息が苦しそうだなあ副長? そんなに、己は重いかね?」

 更に体重を乗せて、何言ってんだこのサディスト……!
 ――いやまて、冷静に、さらりと皮肉を返してこそ――

「――いえ、隊長は軽いですよ。少なくとも、サイクロップス級オークよりは」

 サイクロップス級オーク。体長八メートルを超える、筋骨隆々の大鬼。
 云われた内容を粗食するような間が空き、大女は、不可解なまでに綺麗な笑みを浮かべ――
 次の瞬間には、頭突きを入れられていた。それも、眼鏡に当たらない角度で、的確に鈍痛のはしる所を……

「――色々割れたらどうしてくれるんですか」

 眼鏡とか、額とか。

「……割ってやろうか?」

 ごりゴリ……頭骨の軋む、厭な音。
 継続して額に額を押し付けてくる隊長。
 数センチ先の、俺の眼鏡越しに見える、無駄に活き活きとした赤茶のツリ目は嘲り一色。
 勘弁して欲しい。マジで。
 そう思った、その時だ。
 広くは無い部屋に響く、ノックの音。応える間もなく――

「――隊長、副長。失礼しま……」

 年若い声が、不自然に中断された。
 俺は、諸々の都合上、見たくもない、より一層悪辣な不快感を醸し出す大女の顔面に視界が固定されている為、誰が入室してきたかは露骨に動揺する気配と声位しか判断材料が無いわけだが、確かこの声は、最近入隊してきた新入りのモノの筈。

「――……え、え〜と」

 困惑に満ちた新入りの声。
 それもそのはずこの状況……怪物と知れ渡る十三隊大女隊長が、誰かに覆い被さり、額と額をくっつけて静止している状態。
 しかも、此処は十三隊の執務室であり、床にぶちまけられている書類がもし臓物なら、間違い無く、大量猟奇殺人事件であり、犯人が隊長である事は状況証拠上、揺るがない事は確実だろう。

……とまあ、俺も割合混乱してるらしい。
 しかしそんな俺でも、新入りが今、どんな顔をしているかは概ね想像がつくし、どのような誤解をしているかに至っては、手に取る様に理解できる。胸糞悪くなるほどに。
 口を開いて弁論せねばかなり危ういのだが、それを目と鼻の先の性悪女が赦すとは思えない。
 逃げ出そうにもこの馬鹿力に抗える筈も無く、ほぼ全く身動きがとれない。
 
 結論は、打つ手無し……だった。
 畜生があ!

「――し、失礼しましたッ!」

 予想から外れる事なく、新入りは、怪物の巣穴から副長(オレ)という供物(イケニエ)を置き去りに、敵前逃亡という騎士にあるまじき行為を実行した。
 アトデオボエテヤガレテメエ……

「ふうむ。副長よ、そんなにムッツリだと案外ツマラナいぞ。主に己が」

……こうまで腑にムカつきを覚えたのは、テメエで二人目になるぜ……

「――なら、早く退いてくださいよ」
 
 無論の事、口には出さんけど。


 

 
 
 
 ――くぁ。

 あれから、怪物の居なくなった執務室で、座り心地の宜しくない椅子の上。
 俺は一人欠伸をこぼしつつも、副長としての仕事をこなしていた。
 ――と、云えば聞こえは良いだろうが、要は書類に目を通し、請求書の計算したり判を押したりの事務職。
 ボンクラな部下共やら、災厄の隊長やらの後始末を一任されているのが、この俺というだけの事。堤の良い中間管理者な訳だ……
 しかも、問題を起こしたという始末書の山脈。桁が三を下回るこたァないだろう膨大な量だ。
 やる気になれる筈がない。だが、仕事だからこなさにゃならん。
 嗚呼、苦行(メンドクセェ)……
……今まで放置してて、ギリギリまで溜めていた訳だが、こうまで……
 ちなみに、もうニ時間ばかり、書類山脈に羽ペンで挑んでいるんだが、半分も切り崩せてねえ。
 しかも始末出来た始末書の半数以上が腐れ隊長の名付けで送られてきている。
 なんの祟りだ。俺が何をした。
 
 あ、これも隊長の……


 ――かれこれ、うん時間缶詰めていたろうか?
 いい加減、腕とか肩とかヤバい風に痙攣し始めた。
 其処まで俺を苦しめ抜いたペラい悪魔共は、ようやく半数は仕留めた。
 しかし、あの隊長は矢張、前々から疑っちゃあいたが、魔王だった。
 仕留めたペラ悪魔共の半数以上が奴の手先なのだから、もう確定だ。
 いつか、いつかは殺してやると常々思っていたが、魔王ならば殺人に該当しない。
 そろそろ奴に、相応の引導を突き付けてヤるべきだろう。
 だが、果たしてドラゴンを素手で殴り殺した化け物に、新入り相手に模擬戦で敗北した事務専門の俺が果たして……あ、果たしてって二回言っちまった。


 ――止めとこ、殺される。


 そう、疲弊してグチャグチャになった思考でいつもの結論に達した時。
 執務室の傷んだ扉が、相応の音をたてて開く。

「お、副長だけかい?」

 けったいな色合いのバンダナをした、見知ったマヌケ顔が現れた。
 そのマヌケ顔の男は、物色に来た野盗のような表情で辺りを見回し、最後にこちらを見る。

「隊長は?」
「気晴らしにと言って、最近旅人に魔物の犠牲者が出た地域に殺戮しに行きましたよ」

 魔物にとってしてみれば、隊長のが魔物(モンスター)であろうことは周知の事実である。
 俺が事務的に返すと、奴は何故か中途半端な顔を不細工に歪め、ニヤリと笑った。
 気が散るから、早急に消えて欲しいのだが。みたいな気配を向けてるんだが、気にする男でもねえか……

「……ンだよ、愛しの隊長様が居なくて不機嫌か?」

……何をダミ声でほざいてんだ?
 未知の言語で囀り始めた部下の男を怪訝な目で観察していると、何を勘違いしたか小物風の笑みを深めた。

「いや、隊長に押し倒されたンだって?」
 
 ――手元から不快な音。
……糞、羽ペン折っちまった。
 最悪だ、色々。てか、やっぱし拡散しやがった。
……新入り、夜道を歩けると思うなよ……?

「――いやー、仲間内でも怪しい怪しいとは囁かれていが、ギャハハ、ンだよ。やっぱしデキてたんじゃねえか。このモノ好き!」
「なんの話でしょうか?」
「とぼけんなって。俺は、隊長の相手は副長しかいねえと思ってたんだぜ?」

 テメエがとぼけんな。俺とて女を選ぶ権利は有るぞ。
……いや、アレを女というカテゴリーに当てはめるのは、一種の冒涜に値する。
 よってその冒涜的思考を悔いながら、直ちに世界中の女から滅殺されろ。
 という意味を込めた眼光に気付いた様子も無く、ニヤニヤと下品た笑みで、不細工とは云えず、美形とは程遠い顔立ちの野郎は続ける。

「聞いた話じゃあ、隠し子まで居るとか」
「有り得ねぇだろがッ!?」
 
 思わず、地の口調で叫んじまったが、いや、なんだそりゃあ?!
 噂に尾ひれ所じゃ無く、頭まで出来上がってんじゃねぇか糞が……ッ

「ああ? 違うのかよ?」
「片っ端から違う。根底から誤解だ」
 
……ンだよテメエ。その今にも鼻糞ほじり出しそうなつまらなさそうな阿呆顔は。

「ンだよ、詰まらんな」
 
 ――コ・イ・ツ・わああああッ!

「……そんなくだらない与田話をしに執務室まで来たのかね?」
「いんや。司令部の方から通達があったんだよ。最優先で」
「何故それを先に言わんかこのボンクラがあ!!」

 司令部からの最優先通達をほうって雑談に興じようとは、減給モンの厳罰が下されようと文句は言え
んぞこの阿呆……

「へいへい。コレだよ副長ドノ」

 面倒臭そうに、司令部の印が付いたブツを事務用机に放る糞阿呆。
……しかし、このブツは――

 たむろしたがる阿呆部下を退去させ、蝋で出来た封印を切り、中身のそれを拝見。
 最重要機密事項、だと……?
 内容をざっと見て――

「……異端の、忌児……軍事転用」

 目を張った。


 異端の忌児といえば、生まれつき其処に存在する、それだけで皇国の機関に断罪される異能力者のガキの筈。
 それを、軍事転用?
 皇国の異端審問部が黙っている訳――そうかい。
 文面を頭に入れ、納得。
 必要悪――毒を以て毒を制す、かよ……


 ――隊長ドノ。
 どうやら、あんたと同じ異能力者が、兵器として扱われるらしいぜ……












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