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夢見る鹿島の星間戦争 作者:茅野可南子

八章、陸奥の鼓動

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8-(5) 天童愛・上(深雪の美女)

「まるで深雪しんせつの美女ね」
 と、ドック採光の出入管理係の女子マールラバ・ナオミは驚いていた。

 いま彼女の目の前にはとっとりとした美しさのある若い女性と、体躯たいくのたくましい口ひげをたくわえた老人。

 女性のほうは濡れたように黒いストレートヘアに真っ白な肌。加えて柳腰りゅようにスラリとした足。加えて少しツンとした感じ。まとうのは冬の澄み切った空気で、女性から受けるイメージは真っ白な深雪が陽光をうけキラキラ輝く明るい冬景色。

 そんな深雪な美女をより特別な存在として際立たせているのが、後ろにかしずくようにひかえる威厳に満ちた老人の存在。

 老人は髪もひげも白く、間違いなく60歳過ぎ。だが老人とは思えないほどに筋骨隆々としていて、ひたいにはぬい傷。

 出入管理係マールバラが、
 ――まさに歴戦の勇士。ボディーガードかなにかかしら?
 と思っていると、

「あの陸奥改へは、すぐに入れるのかしら?」
 深雪の美人のほうがそうたずねてきた。言葉を口にするときには微笑。

 出入管理係マールバラは、
 ――笑うと人懐っこい感じがあるのね。
 などと思いながら、
「ええ、案内のデータもいっしょに転送しますのでお待ちください」
 スマイル対応。

 出入管理係マールバラは笑顔の下で、目の前の深雪の美女の素性が気になってしかたない。

 この前は大将軍グランジェネラルだったけれど、今回は誰かしら?間違いなくお偉いさんよね。

 出入管理係マールバラがそんなことを思いつつモニターをみるとそこには、
常守正文つねもりせいぶん――。天童家の家宰かさい(執事長)』
 という老人の身分証明と、続いて表示されるのは経歴。

 へー、ご老人のほうは星間連合軍せいかんれんごうぐんの特殊部隊出身じゃない。ひたいのぬい傷からして、まさにって感じね。じゃあ深雪の美人さんのほうは天童ってお家のお嬢様ってことかしらね。

 老人は老常守ろうつねもりと呼ばれる天童家の家宰だった。

 出入管理係マールバラが表示された情報を見てそんなことをお思っていると、
「愛様、お時間が」
 という老常守からの深雪の美女へ耳打ち。

 これを聞き逃さないマールバラ。
 ――あい?それで、名字が天童。女性の名前は〝天童あい〟かな?

 出入管理係マールバラは、どっかで聞いたわね。など思いつつ、あれ?と思う。画面は老常守の情報を表示しただけで終了。深雪の美人のほうの認証ができない。

 出入管理係マールバラがハッとして、
「あ、すみません身分証明あります?」
 と恥ずかしそうに問いかけた。余計なことに気を取られ、ついうっかり要求し忘れていたのだ。

 出入管理係マールバラが受け取ったのは入港許可書2人分と老人の身分証明だけ。普通は入港許可も身分証明も一体なのだが、目の前の深雪の美女は違った。

「ええ、これでいいかしら?」
 と、深雪の美女が戸惑いながらもポーチから取りだしたのは、赤いろうで封印された封書。

 ――え?いまどき紙!?
 と驚く出入管理係マールバラは、
 ――ま、いいけれど。面倒くさいのじゃないといいいな。
 などと思う。

 電子データでない場合は入力に時間がかかったり、情報が本物か確認するのに手間だったりする。

「開封してはいけないと、いわれたのだけれど……、見せるだけでだいじょうぶなのかしら?」
 そういいながらその封書を差しだす深雪の美女。

 出入管理係マールバラは、どれどれという調子で封書をのぞき込んだが、次の瞬間には、
 ――え!?これって封密勅許状ふうみつちょっきょじょう
 と心のなかで叫んで顔も体も硬直。

 知ってるけどこれを見ることになるだなんて。と驚き停止するマールバラへ、
「ここに番号があるでしょ。この番号で身分を照会できるそうなのだけれど?」
 深雪の美女が封書の端を指でさしていた。

 きめ細かい真っ白な指先には20桁の番号。

「え、はい。申し訳ありません。」

 出入管理係マールバラが慌てて番号入力するとモニターには、
天童愛てんどうあい――。星間連合軍、第四艦隊司令、マヤトオグナ艦長』
 という目の前の美女の情報が表示された。

 出入管理係マールバラは思わず深雪の美女、つまり天童愛を凝視し、
 ――って、よく見れば着てるのって星間連合軍の軍服じゃない!
 そう心のなかで叫んでいた。

 マールバラは美貌ばかりに見とれていたが、深雪の美女の服装は星間連合軍の士官用のえりのない真っ白なタイプ。グランダ軍は組織によって制服のデザインが大きく違うので特に気にしなかったが、よく見てみれば去年のいまごろは敵だった相手だ。

 老常守がギロリっとマールバラをにらんだ。愛お嬢様への不敬な視線を感じとったのだ。

 ――うひ、見た目通り怖いおじいさん。
 出入管理係マールバラは自身の手際の悪さも自覚しているので冷や汗タラタラだ。

 そんな様子を見て天童愛が、
「あの、だじょうぶかしら?」
 けげんにいった。その声のトーンは、まだなの?という不満の響きがある。

「ええ、あ、はい。すみません!いまデータを転送してます!」
 出入管理係マールバラは縮み上がって返事。

 なにせ目の前にしているのは9艦隊のうちの1個艦隊の司令官だった女。雪女やアイスウィッチと恐れられる天童愛だ。手際の悪さを見せれば叱責しっせきをうけかねない。

 出入管理係マールバラはデータの転送を確認すると立ちあがって敬礼。老人を従えドックへ入っていく天童愛を笑顔で見送るが表情はカチカチ。緊張で冷や汗すら覚える。だが目は天童愛へ釘づけ。体は微動だにせずとも目では追ってしまう。

 出入管理係マールバラが深雪の美女ね。などとジロジロ見てしまった相手は、
 ――この人が、あの星間連合軍の〝六花ろっかの天童愛〟。
 という前提で見ると、きわめて威厳に満ちた存在だった。

 出入管理係マールバラは天童愛と老常守が通路の奥へと消えると、
天京てけいで拘束されてるじゃなかったの……。というかなにしにきたのよ……」
 そう思わずつぶやいていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 長身で体躯の立派な老常守を従えドック内を進む天童愛。彼女とすれ違う人々は誰もがギョッとして驚きサッと敬礼するか、すれ違ったあとに驚いて振り返って敬礼。この2つのパターンだ。

 天童愛が颯爽さっそうと進むその姿は美しく、存在感は際立っており圧倒的。誰もが反射的に道をゆずっていた。

 ドック内をさえぎるものなくモーゼのように突き進む天童愛。その身には熱い冷気という矛盾した吹雪が吹き荒れ、
 ――このわたくしを呼び出すだなんて、いい度胸ですこと。
 と、いきどおっていた。

 そう彼女は不機嫌だった。当然、不機嫌の理由は急な出頭命令。

 加えていま天童愛は進むドック内で、
 ――あれって六花の天童愛だぞ。
 という好奇の視線をうけ屈辱的。

 そう天童愛は有名人すぎる有名人。それだけでなくその存在感は超然としている。出入管理係マールバラは、まさかそんな大物がくるとは思わず個人情報を見るまで気づかなかったが。ドック内で天童愛とすれ違う人々は違った。肌にヒンヤリとした感触とともに、ひと目で星間連合軍の天童愛と認識。思わず「なぜこんな有名人がここに!?」と好奇の視線でジロジロと見ていた。

 誰かとすれ違うたびに敬礼される天童愛。さらっと、それを当然のごとくうける姿はりんとして勇ましい。

「あいかわらずお目立ちになりますな」
 老常守が苦笑した。老常守からすれば、下郎の不敬な視線をたしなめようにも数が多すぎるというもので、それに愛お嬢様が注目を集めるというのはめずらしいことではない。

「見過ぎというものです」

 不機嫌にいう天童愛に老常守は、
「これがガン見というやつなんでしょうな」
 などとやはり苦笑で応じた。

「あら常守老つねもりろうからしたら他人事ね。こんなにジロジロ見られて、わたくし拝見料でも取りたいぐらいだわ」
 天童愛はツンとして進んだ。

 老常守はまたも苦笑。
 老常守は知っている。愛お嬢様が見ないでとばかりに、ツンとすればするほど、
 ――身にまとう透明感が際立ってますます美しい。
 というもので、その身からもれでる冷気で存在感が増してしまうのだ。

 ――愛様、それは逆効果ですぞ?
 と、つねづね思う老常守だが、とうの愛お嬢様はまったく気づかない。

 そんな愛お嬢様の姿は老人の常守からすればかわいらしくて仕方ない。家宰の老常守にとって天童愛は孫みたいなもの。いや、おしめを替えていたぐらいで、幼いころから知っている。

 注目を集めに集めた天童愛は陸奥改の乗艦受付をすませるころには、
 ――珍獣じゃないのよ!
 と、不機嫌のかたまり。

 天童愛は陸奥司令室の扉を、
 ――元凶の男にクレームの一つでも入れて差しあげませんとね。
 と勢い開き、老常守をおいて1人部屋と入ったのだった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「こんなくだらない男にお兄様が負けた――」
 という冷えた思いをかかえた天童愛は敬礼を終え着任の挨拶を終了。目の前の男へ冷眼をむけていた。

 けれど天童愛の冷えた目にさらされる男は平然としている。

 悠然と座る男は天儀てんぎ。一年前の星間戦争の勝利者だ。両軍合わせて主要艦艇だけで約2,250隻が戦った大規模宇宙戦争。天儀はグランダ軍を指揮し勝利。天童愛の星間連合軍は敗北。

 起立したままの天童愛に対し、天儀は執務机に着席したまま。勝者と敗者の立場の違いは如実にょじつだった……。

 ここは陸奥改の司令室――。
 屋の中央には木製の執務机に、机の背後にはクローゼット。
 入り口から見て右手には6人がけのソファーがついで置いてあり、間には背の低いテーブル。左手にはベッド。
 部隊を率いる司令官の執務室兼私室としてはさほど広くない部屋だ。

 天童愛はそんな部屋の執務机の前に立ち、
「なんですこれ?」
 と、赤いろうで封印された封書を肩の高さへあげてさらに言葉を継ぐ。

「これを見せると皆さん驚きになって目をパチクリ。しかも交通機関も食事に入ったお店も全部タダ。お代金は要求されない。どんな魔法がかかっているのかしら?」

 天童愛はドック採光入るまでに、
 ――もしかして?
 と思い。興味本位で立ち寄ったカフェの精算で封密勅許状ふうみつちょっきょじょうを見せてみた。

 レジの前に立っていた退役軍人とおぼしきたくましい男は、封密勅許状を目にした瞬間卒倒。店は騒然。ちょっとした騒ぎとなったが、駆けつけたホール担当の女性から、
「ご利用ありがとございました。お支払はだいじょうです」
 といわれ、確かに〝見せただけで〟支払いは完了していた。

 天童愛は出発前にグランダ軍の将校から、
「これを見せれば交通機関での支払いは必要なくなります。自動改札を通れないのは少し不便ですけどね」
 という説明を受け封密勅許状を受け取った。それから半信半疑でタクシー、電車、軌道エレベーターで封密勅許状を見せると確かに無料。しかも電車はゆったりとした作りのグレードの高い指定席、軌道エレベーターはファーストクラス。

 天童愛は電車の座席にあってすでに、
 ――これなら食事や買い物も無料なのでは?
 という発想にいたりカフェで見せてみたのだ。

 アイスウィッチと恐れられ、攻勢最強といわれた軍人の発想は柔軟だった。ダメ元でためすという度胸も天童愛らしいといえる。

 そして天童愛が問いかけた相手は天儀。彼女の仇敵といっていい。一年ほど前に星間連合軍は敗北。天童愛と兄の天童正宗は捕囚の憂き目となっていた。

 敗北も兄の失脚も、自分が囚われの身なのも、
 ――元凶はすべて目の前の野蛮な男にあるに決まってますわ。
 と天童愛は断じている。

「すてきなギフトカードだろ。君を呼び出すためにわざわざ用意させた」
 天儀が微笑していった。

 表情とふんいきに人を魅了するものがある。と天童愛は感じた。

 天童愛は、なるほどどんな男かとは思っていましたが、人の上に立つという資質はあるようですね。お兄様を負かした男が木偶の坊ではこまりますけれど。と思いつつ、
「説明になっていませんわね」
 ピシャリと言い返し、険のある表情でフンっと鼻を鳴らした。その態度は敵意むきだし。

 執務机を挟んで向かい合う天童愛と天儀の2人。
 天童愛の表情は険悪で、天儀の表情は柔らかい。

 天童愛は天儀を前にして、いつもの相手へ好印象を与える微笑みをたたえた外向きの顔は一切止め無表情と冷たい視線を天儀へ向けている。

大将軍グランジェネラルはお辞めになったと聞きましたけれど、ただの軍人さんが、どうして私をここへ呼びさせたのでしょうね」

「これのおかげだ」
 天儀が指で摘んだ『虎符こふ』の二文字が書かれたカードを見せびらかした。
 だが、天童愛にはまったく意味がわからない。天儀のもったいぶった態度に、天童愛は面倒くささしか感じない。

「〝こふ〟と読むのですかね。なんですかそれは?」

 天儀はけげんな天童愛へ、
「君の身柄がグランダ軍に管理されていたのでな。私は虎符これに物を言わせて君を呼び出すことができた」
 という補足言葉を継いだが、天童愛の表情はますます厳しい。

 ――だから説明になってないんですが!
 と、いらだちを覚えた天童愛の周囲から怒りの冷気が立ちのぼり、次の瞬間、怒りはブリザードとなって部屋を突き抜けていった。天童愛がカッとなって放った気迫は、部屋が氷漬けになったかと錯覚するほどすさまじい。

 けれど天儀は、
 ――おお、さすが雪女。いま一瞬、肌がてついたぞ。
 と楽しげ。

 天童愛はまったく恐れを見せない天儀を見て、
 ――はあ、バカバカしい。
 と思い効果なしと諦めた。どうやら天儀はかざしている虎符と書かれたカードについてまともに説明する気はないらしい。怒っても無駄というもの。そして知る意味もさほどなさそうだ。

 ――きわめて遺憾ですが。
 という前提のもとだが、天童愛は一度怒りをおさめた。

 今日から目の前の男と軍務をともにするのだ。宇宙では人間関係の亀裂が致命的な結果をもたらしかねない。同じ艦に乗る以上、憮然として黙っているだけではまずい。天童愛自身が困ることがありうる。会話は必要だ。

 この男との共通の話題といえば。と天童愛は少し考え話を切り出す。

「お兄様のことでお礼をいうべきなのでしょうかね」

「なにがだ?」
 という天儀に応じようと天童愛は口を開いたが、そのあとが続かない。

 天童愛は天儀を呼ぼうとして、最初の『て』を音にしようとして口ごもった。大将軍グランジェネラルを辞めてしまった天儀をどう呼べばいいのかわからない。

 ――この男の階級は?
 と天童愛は思うが知らなかった。廃止された大将軍グランジェネラルは階級と職が一体だ。それを辞めてしまった天儀の階級が大将なのか元帥なのか。はたまた大元帥なのか。もっと別のなにかなのか。天童愛にはわからない。

「えっと、なんとお呼びしたら適切なのかしら。この場合、天儀さんでは不適切ですよね」

「戦隊司令だから司令でいいんじゃないか?」

「では司令で。天儀司令の戦後の記者会見での『天童正宗は無能』のお言葉のおかげで、お兄様の軍復帰の可能性は完全になくなり、お兄様は平穏な日々を送っていますわ」
 天童愛がニッコリ笑う。声には寒々とした響き、体貌には怒りの冷気。

 天儀が思わずゾッとした。
 天儀も聞いたことがある。
 ――天童愛は筋金入りのブラコン。
 兄に近づく女を許さないし、兄への無礼も絶対に許さない。この禁忌を破れば氷漬け。

 ――やばいこの話題をつづければ天童愛は怒りに怒るぞ。
 と焦った天儀は始まったばかりの話題を、
「いや、いい。そんな話がしたくて呼び出したんじゃない。わかってるだろ。時間もない本題に入るぞ!」
 強引に終わらせにかかった。

 天童愛は天儀からでた明らかな狼狽ろうばいに、
 ――まあ、今後じっくりとっちめてやりますわ。
 と矛先をおさめた。

 ホッとした天儀が、
「ま、なんいせよ。お前の兄の才能は軍人にはもったいない。軍人を辞めて正解だ」
 取りつくろうようにいった瞬間、天童愛にふたたび不快が満ち、
 ――アナタにお兄様のなにがわかるのですか!
 とばかりに冷気を放った。
 天儀の顔面には天童愛の怒りが吹雪となって吹きつける。

 ――ヒエッ。兄のことはほめても怒りだすのか。
 天儀は苦笑い。

 だが天童愛の不機嫌につきあっていても話は進まない。天儀は天童愛の不機嫌を無視して問いかけることにした。

「で、ここに呼び出された理由は知っているな」

「反乱討伐軍に参加せよと承ってきました。決戦を前に逃亡したヘタレのランス・ノール。あの男の野望を止めるというわけですね」

「そうだ。勅命軍ちょくめいぐんを編組するにあたり我々は人材を望んだ。条件は星間連合の宙域に詳しく、艦隊管理に長け、電子戦もできて――」

「あら、わたくしのことですわね。適任とかと思います」

 ツンとしていう天童愛へ天儀は少し笑ってから、
「そして暇なやつだ。本当に君が天京にいてくれてよかった」
 さらに条件を一つつけ加えた。

 天童愛が、まあ、といって憮然とするが天儀はかまわず続ける。
「で、ランス・ノールとユノ・村雨ついても知っているな。この2人が反乱した第三艦隊と第四艦隊の責任者だ」

「ええ、よく存じております。2人とも優秀な軍人です。ただユノ・村雨むらさめについては、これといって秀でたものがあったとは記憶してませんけれど」

 天儀の目に映る天童愛はやはり不機嫌。
 ――どうすればいい。
 と次の言葉を慎重になる天儀に、天童愛が思いだしたように言葉を継ぐ。

「あと、ユノ・村雨は、村雨由乃むらさめよしのというのが本名です。洒落ていまの名前にしておりますけれど、見栄っ張りな方です。あとは将官ながらマーシャルアーツというのですか?その手の戦闘術には非常に長けています。彼女は強烈な自意識の持ち主ですが、その自信の裏付けは、肉体的な強さとわたくしは見ています。人間同士の殴り合いのようなことは得意でしょうね」

 つけ加えられた情報は天儀にとって大したものではなかった。ユノ・村雨というのは、軍人はその程度なのだろう。

「ランス・ノール・セレスティアルについてもっと知りたい。なにかないか?」

「違います」
 ツンとしていう天童愛が言葉を継ぐ。

「〝セレスティア〟です。彼の場合は〝ル〟は必要ありません。セレスティアル家の者は、名乗りには二通りあります。〝セレスティアル〟と〝セレスティア〟。どちらでも間違いではないようですが、最近は本人が片方に統一する事が多いですし、本家はセレスティアルで統一しているので間違いは仕方ないことですが」

 嫌味にあげ足を取った天童愛。けれど天儀は細かいケチをつけるなと、たしなめるでもなく、
「で、実際はどうなのだ?」
 再度質問。気にしたふうもない。いや天儀にはまるで天童愛の細かい指摘を楽しむような余裕さえある。

 この天儀の態度を見て、
 ――あら上手く乗せられてしまったかしら。
 と天童愛は感じた。

 天童愛は、この男は意図して『ル』を付けてわたくしの発言をうながしたのでは?と思いあえて、
「さあ?」
 とあえてとぼけて応じた。

「まじめに答えろ。星間連合の四友とは有名だぞ。君の兄の天童正宗、その親友東宮寺朱雀友(とうぐうじすざく)。朱雀の親友ランス・ノール。そして天童愛をふくめた4人は友人関係にあったというのは誰もが知っている」

「あらよくご存知で。ではその4人がそれぞれどんな花にせられているかは知っていて?」

蝋梅ろうばいの天童正宗。玉椿たまつばきの東宮寺朱雀。水仙すいせんのランス・ノール。そして山茶花さざんかの天童愛。どうだ正解だろ」

「あら、ご名答。ではそれぞれの花言葉をどうぞ」

 よくできましたとばかりに小馬鹿にしていう天童愛に、
「そんなものは知らん」
 と天儀は表情苦く応じた。

 天儀は男性然としていて花言葉に興味がない。花は花であって、それ以上の意味はない。こういった面で天儀は雅味がみに欠ける。

「蝋梅は、先見、先導、ゆかしさ、いつくしみ、慈愛じあい。わたくしのお兄様にピッタリですね。そして玉椿は、控えめな優しさ、誇り、敬愛、完全・完璧。これは朱雀さんに相応しいです。そしてわたくしの山茶花は、困難に打ち克つ、ひたむき」

「なるほど、ひたむきに困難に打ち克つか、君らしいじゃないか」

 天儀が称賛したが、天童愛はツンとして無視。
 けれど天儀が気にせず、
「水仙は?」
 と問うと、
「うぬぼれ、自己愛」
 天童愛が口元に笑みを見せて即答。

「ランス・ノールに相応しいな」
 と、天儀もニヤリと笑った。

 天童愛が、けれど、と前おきしてから、
「ダークトライアド。ランス・ノールを一言で形容すれば、まさにこれですね」
 そう一言でランス・ノールを評した。

 天童愛は言葉を終えるとともに、
 ――この言葉はご存じです?
 と、あいかわらずの冷えた目で天儀を見た。

 ――ダークトライアド。
 とは、強烈なナルシシズム、マキャヴェリズム、サイコパシー。この三つのパーソナリティを有するものを一言で表した言葉。

 まったく知られていない言葉ではないが、よく耳にする言葉とはとてもいえない。

 天童愛は天儀へ冷えた視線を向けながら、
 ――花言葉も知らないような男。とても教養があるようには見せません。
 と思って、ダークトライアドの意味を説明するための情報を順序立てておく。

 そう知性の欠けるものへの説明は技量を求められる。説明に専門用語を入れれば、その用語の説明もしなければならない。二度手間だ。そうならないように頭の中を整理しておく必要がある。

 ――子供でも理解できる簡素な語句で説明しなければなりませんね。
 と、天童愛が脳内で下準備を開始。

 この場合のナルシシズムとは自己を性的な対象とみなす自己愛ではなくて、自分が大好きで自分が第一にくる〝自己陶酔じことうすい〟という意味ですね。ドシスコンで有名なランス・ノールですが、そのじつ自分が大好きな男です。シャンテルのためと口にしては、その肝心のシャンテルを振り回すばかり。昔からそんな男です。

 そして次にマキャヴェリズムとは、目的のためには手段を選ばず、目的は手段を正当化するといった考え方。ランス・ノールそのものです。

 最後のサイコパシーとは、極端な冷酷さ、無慈悲、結果至上主義。これもランス・ノールの一面です。部下の怠慢と失敗にきわめて厳しい男です。

 この三つを兼ね備えることを形容するダークトライアドは、当然あまり良い意味ではない。
 天童愛が頭のなかで説明の準備を終えるなか、天儀が口を開いた。

「ああ、なるほど。では、かなり魅力的に見えるはずだな。やつがファリガ、ミアンノバの2惑星から支持を受けたのはそれが理由か」

 とたんに天童愛に苦い表情。
 予想に反し天儀に見事にダークトライアドの核心部分を言い当てられたからだ。天童愛は教養がないと、心のなかで見下げていた男からの意外な反撃に内心面白くない。

 ダークトライアドは『悪の三原則』などともいわれるが、このような性質を有するものは、非常に自分をよく見せることに長けている。ランス・ノールと接した人々は、彼を非常に魅力的な人間として認識したろう。というのが天儀の感想。

「あら、意外にもご見識があるようで。そうです。ランス・ノールは自分をよく見せる能力に非常に長けておりますし、能力的には抜群です。ただ、わたくしは、あの裏表の激しい自己愛主義者と、兄や朱雀さんがこころよくおつきあいなさっているのには、理解しかねることろがありますけれど」

「なるほど。その2人には篤実とくじつという面があるからな。特に東宮寺朱雀とうぐうじすざくは篤実という言葉が似合う男だ。ダークトライアドという人格を持つ男とはつりあいがないように思う。ただこれは、人間関係の面白いところだな。有能な男同士気脈のつうじるところがるのだろう」

 理解がいったと納得げに話す天儀に、一方の天童愛は白々しさしかない。
 天童愛は、この男が自分とは合わないのはこういうところだ。とも思う。

 わたくしは李紫龍りしりゅうが反乱軍に加わったので、その当て馬であるのはわかりきったことですのに。それを隠してランス・ノールやユノ・村雨のことを知りたがり。はては、お兄様や朱雀さんの話だなんて、白々しいにもほどがあります。いっそ最初にはっきりと、
「一度、紫龍に負けたんだ。二度も負けて恥をかく気か?指揮権をやるから紫龍に勝ってみろ」
 と、お命じなれば清々しいのに。

 内心、怒り猛る天童愛の胸間には、いまブリザードが吹き荒れている――。
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