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夢見る鹿島の星間戦争 作者:茅野可南子

一章、始動

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1-(4) シャンテルの憂愁

 ――聖公せいこう
 という兄からでた亡き父の美称。父の話題は兄妹にとっての禁忌の話題。

 幼い日に2人でむせび泣いたあの日から、兄は自ら一言だって父の存在を口にしたことがない。

 シャンテルは兄の思いがけない言葉から、幼いころの悲しい記憶がよみがえりとまどいを覚えた。

 静かなマサカツアカツのブリッジ――。

 だが、幼い日の面白くない記憶がよぎったシャンテルにとって、この静寂はかえって重い。
 ――黙っていても気持ちは沈むばかりですね。
 と、シャンテルが意を決した。

 聖公と口にした兄の心中も面白くないものが渦巻いている、というのはシャンテルには容易に想像がつく。
 なら、そんなくさくさした気分を一新するには会話だ。

「お兄さま、戦闘は始まっているのでしょうか?」

 シャンテルが口にしたのは、シャンテルがいる遊撃群2個艦隊から12時間の場所で行なわれている一大艦隊決戦、星間会戦せいかんかいせんのことだ。もう戦端が開かれていてもおかしくない。数時間後には勝敗が決し戦争の勝者も決まっているだろう。

 シャンテルからすれ戦闘開始の話題から続くのは、
 ――星間連合軍の勝利。
 友軍の明るい未来を話題にすれば、気持ちも晴れようというもの。

 だがランス・ノールは妹の言葉へ、
「グランダ艦隊が素直に直進するとは予想外だった。だが、これは天命だな」
 と、決意を口にするような重さで返した。

 シャンテルは兄の言葉に疑問顔。

 戦いが始まったかを聞いて、
「天命――」
 では抽象的にすぎる。シャンテルの疑問顔も当然だ。

 けれどランス・ノールに主体を置けばこのときの彼には様々な選択肢があった。

 例えば――、と思いつつランス・ノールは、
「グランダ艦隊が直進するとわかっていれば、星間一号線へ取って返し、艦隊決戦開始後に戦場へ登場する。こいうのもありだったな」
 と、疑問顔のシャンテルへと応じた。

 シャンテルとってはこの話は初耳だ。思わず、
「そういうお考えもあったのですか?」
 聞き返していた。

 ランス・ノールはうなづき、
「そうなれば英雄だったろうな。私の遊撃群ゆうげきぐん2個艦隊が戦場に登場すれば数の優劣が決定的となって劇的に勝利できる」

 まあ、という顔のシャンテル。

「いまとなっては、会戦開始後に合流するというのも無理だがね」

「正宗さまも、お兄さまもグランダ艦隊は迂回するとか、各個撃破に走るとお考えになっていたようですが?」

 ランス・ノールは、
「そうだ」
 と答えてから、
「グランダ艦隊を2個艦隊で引きつけて私が勇戦する。私の2個艦隊に手間取るグランダ軍、そこを正宗が本隊で後ろから襲う。これが私と正宗の大筋の狙いだった」
 と本来の筋書きを妹へ語った。

 これで戦勝の最大の功労者になることは可能だったが、ランス・ノールには凡庸な選択肢としか思えず魅力的なものには映らなかった。

 そんななか、
 ――誰もが予想もしなかったグランダ軍の直進。
 ランス・ノールは運命的なものを感じていた。

 これには尊大な内面を持つランス・ノールも、
「私や、あのマグヌス(偉大な)と呼ばれる正宗の想像の外を行くとは、敵は意外性に富む」
 と素直に評価し驚いていた。

 そう直前まで敵の〝直進〟を予期していなかったのは正宗も同様だろう。

 証拠に1時間ほど前までは、決戦場でグランダ艦隊を待つ星間連合軍の全艦艇の艦首かんしゅは、第四星系方面へ向いていたのだ。正宗も会敵直前まで、敵が第四星系方面から迂回して出現すると確信したということである。

 それが出し抜かれたということは、
 ――もしかしたら、さらに予想に反するという結果になるのでは?
 というランス・ノールの予感へと結びつく。

 そしてこの予感に、さらに想像を加えれば、
 ――まさかの星間連合艦隊の敗北。
 という結末エンドが見えてくる。

 この予感はランス・ノールに、あらゆる選択肢を想像させ、興奮へといざなった。

 仮にだ――、
 とランス・ノールは思う。

 そう仮にだが予想通り正宗が勝てば、無傷の2個艦隊を利用して軍内で台頭、政界進出への足がかりにするといったような活用が精一杯だろうな。

 だが予想に反して、星間連合が戦争に敗北すれば、どうなる?

 ランス・ノールの自らの野望の終着点をマルチエンディングで想像していた。
 ――人生は多用な選択肢にあふれ、なにを選択するかで結末は変わる。

 そして選択とは、
 ――決断であり、行動。
 これがふた親を亡くし、私生児という侮蔑ぶべつを克服してきたランス・ノールの信条。

 そんなランス・ノールのエンディングの一つが、
 ――星間連合の首相の座。
 これが、あらゆるエンディングのなかでのベストエンド。

 だが、グランダ軍が直進した以上、この私がおとりとなって大活躍してというシナリオは消えた。こうなると首相の座は危うい。よくて国務大臣クラスで終わるだろう。

 ――くだらないエンディングだな。これではノーマルエンドだ。
 と、ランス・ノールは思う。

 だが予想外の事態で想像するのは、国務大臣というエンディングだけではない。

 ランス・ノールは、
 ――首相のシナリオがベストエンドかと思っていたが……。
 これはひょっとすると、
 ――グッドエンド以上の〝トゥルーエンド〟が別にあるのかもしれない。
 と、予想外の事態に新たな、そしてとても魅力的なシナリオを見出していたのだ。

 そんな想像たくましくする兄の胸中など、つゆ知らずシャンテルが、
「正宗さまは、大丈夫でしょか?」
 と、会戦の話題を続けた。

「正宗は勝つだろう」

朱雀すざくさまも、あいさまもいますものね」
 そう笑顔を作り自身を鼓舞するようにいうシャンテル。

 シャンテルは、
 ――朱雀(東宮寺朱雀とうぐうじすざく。第二艦隊司令。)
 ――愛(天童愛てんどうあい、天童正宗の妹。第五艦隊司令)

 この2人に天童正宗を加えた3人が、兄ランス・ノールより勝るとも劣らない優秀さを持っていると考えていた。いや、この3人には兄は敵わないかもしれない。

 特に天童正宗には兄は手も足もでないだろう。それは連合艦隊司令長官と艦隊司令官という違いにも端的に現れている。

 ランス・ノールは、そんな不敬な想像をする妹に優しい眼差しを向けつつ、
「そう大丈夫さ。八割は勝つ」
 と、口にした。

 ランス・ノールは純粋に友軍の勝ちを願う妹シャンテルへ優しくかけた言葉に、
 ――二割は負けを願っている。
 という自分を見つけうすぎたなさを感じた。

 いや、八割という数字に根拠がない。そもそも、2個艦隊の分離は、仮に自軍7艦隊、敵6艦隊で戦っても100パーセント星間連合軍が勝つという確証のもとにある。

 そう考えれば、とっさにでた八割という数字は自身の友軍の負けを願った数字とすら思いもする。

 シャンテルは兄の心中など知る由もないが、かならず勝つという言葉がでなかったことに表情をくもらせて、
「八割ですか?」
 と不安げにいった。

「勝負に絶対はないからだよ。特に意味はないよ」

 ランス・ノールは、そう優しく諭すように妹へ応じた
 とたんにシャンテルの顔が見るからにほっとする。

 シャンテルとて、この状況が100パーセント勝てりという試算のものにあるというのは知っているが、こうして実際に戦場にいると、絶対に勝てるという確信はゆらいだ。

 シャンテルかららすれば、
 ――負けるとは思いませんが、わたくしには勝敗のことはわかりません。
 というもので、兄の口にすることがすべてだ。

 ランス・ノールは、ほっと胸をなでおろす妹へ。
「私が今、2個艦隊を手にしている意味は大きい。これは戦後に大きく物を言うだろう」

 シャンテルは唐突に始まった政治的な話に兄の顔を見上げた。

 兄は隠しているようだが、シャンテルが見るに兄はその表情に考えがよくでる。シャンテルは、兄が何を考えているのか、できるだけ正確に推察したい。政治を口にする兄は、不純が見透かせ、良からぬことしか考えていないようにしか思えない。

「戦後は両国の統合が進むだろう。その折に動きがある。星間連合軍は会戦で大きく傷つくだろうし、グランダ軍も同様だ」

「その折にお兄さまの率いる無傷の2個艦隊の価値がでるというところでしょうか?」

 まかり間違って痛み分けになっても、星間連合軍はまだ2個艦隊がまるまる健在。外交のカードとできるとシャンテルは指摘したのだ。シャンテルは正宗が負けるなどと考えたくもない。そんなシャンテルにとって最悪の事態とは、引き分けのような状態になることだ。

 ランス・ノールは妹の問に少し口元をゆがめ、
「そうだな」
 と、口にした。表情に相手を見下げるような目つきがでた。

 これを認めたシャンテルに不安がよぎる。

 兄が見下げる相手はグランダ軍ではない気がした。では相手は誰なのか?

 シャンテルからして、兄は自分たち兄妹、いや内縁だった母リナ・ノールを情婦とさげすんだ世間を見返してやろうと考えている節が濃厚にある。

 ――母を情婦と蔑んだ世間。
 つまり兄の見下げる対象は星間連合。

 シャンテルの心に暗い影が差した。その目は不安を押し殺すうちに虚ろとなった。

 シャンテルはいつだったか兄が酔っ払って帰ってきた夜のことが忘れられない……。

 めずらしく深く酔ったランス・ノールが突然に、
アイツ()のせいで――!」
 と、叫んだが、
 ――母は世間から情婦としか見られなかった!
 と続くはずの言葉は音にならなかった。

 いえばシャンテルを傷つける。酔いつぶれていてもランス・ノールは、ランス・ノール。妹を溺愛している。

 だがランス・ノールはこれが何より口惜しい。母と父はあんなに愛し合っていたのに……。

 シャンテルは怒りと不快で胸がつかえ言葉が続かない兄へ、
「それでも愛し合っていたのですから、幸せだったとシャンテルは信じてます」
 そう優しくいってなだめるが、ランス・ノールは苦悶の表情で、
「そうだ愛し合っていたのに、やつが籍を入れなかったから。母さんもお前も、あんなに苦しんだ!」
 と、吐いて捨てると、そのまま意識を失い寝息を立てだした。

 ――まだお母のことで苦しんでいらっしゃるのですね。
 と、シャンテルは兄の背中を優しくさすることしかできなかった。

 そう世間の母の扱いに最も苦しんだのは、リナ・ノール本人でも、妹シャンテルでもなく、ランス・ノールだった。
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