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夢見る鹿島の星間戦争 作者:茅野可南子

七章、グランジェネラル

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7-(3) 解き放たれる虎狼

 帝から天儀てんぎへ向けられた、
ちんによる李紫龍りしりゅうの司令長官の親任の是非はいかに?」
 という問。

 国子僑こくしきょうが2人のやり取りの行方を見守るなか、国子僑以上に帝と天儀を注視する老人がいた。

 真っ白な総髪に、これまた真っ白な長く厳しい眉。この痩身の老人こそ、
 ――太師子黄たいししこう

 鹿島が卒業式典で叱喝しっかされ、世間からは朝廷のご意見番と見られている老人だ。

 一連の大逆罪問題で盲目の子黄も引退を撤回、
「おつらかったでしょう」
 といって帝へ跪拝し朝廷へ復帰していた。

 そしてこの日が太師子黄の復帰初日。また白杖なしで朝廷内を歩く盲人が廷臣たちの言動に目を光らせることになっていた。

 そして国子僑は今朝、朝集の間で太師子黄と偶然はち合わせ、
「太師様――」
 と思わず声にだしていた。国子僑が目にした太師子黄といえば、あいかわらずで白杖を地につかずに肩にポンと乗せているだけだ。

「その声は子僑しきょうの小倅か」

 国子僑が、はい、と笑顔でいうと、
「なんじゃ惑星ミアンで権変けんぺんを画策しておると聞いていたのに戻ってきたか」
 と、太師子黄は手厳しい。国子僑は苦笑するしかない。

「お久しぶりです。ご復帰ですか?」

「まあ、そんなところじゃ。先帝より陛下を託された。この身が摩滅するまでお仕えさせていただくこととした」

「引退とは柄ではないと思っておりました」

「それじゃ。3日で気が触れそうじゃったわ」
 そう不機嫌そうにいう太師子黄。

 だが国子僑は、
 ――生き生きとしていらっしゃる。
 と、太師子黄の内心はやりがいに満ちているというのがよくわかる。

「で、今回はどう陛下をいさめていただけるのでしょか?桑国洋侍中そうこくようじちゅうともお話しましたが、我ら若輩ではどうにも手がなく困りはてております」

「いつまでも老体に頼るな。見ていてやるからやれ」
 やはり太師子黄は手厳しい。

「はは、では私どもが失敗したらお願いいたしますよ」

「ふん。お主たちが失敗すればもう手はないわ」

 国子僑が少し笑って、そこをなんとか。というと。
「今回はそうじゃな。命府門みょうふもんで逆さ吊りになっていさめるとするか。最後は吊られている綱を斬るが、子僑、お主にその役割を任せる。この老体で逆さ吊りでは、自ら足の綱を斬るなどという芸当は無理じゃ」

「え――?」
 驚く国子僑に、
「死んで諌めて無理なら、それまでじゃな」
 太師子黄は言色に厳しさをだしていった。

 ――これは本気だ。
 と思わず慌てた国子僑が、
「ご冗談を」
 というが、太師子黄は国子僑を残しスタスタと歩いていってしまった。

 そんな太師子黄がいま、
「この問はなにも帝の李紫龍の親任だけを問うているのではない。一連の大逆罪までを含んでいる。この問への応じは至難」
 と全身で天儀の応じを聞き逃すまいと感覚を鋭敏にしていた。五感のうち光を失った太師子黄は他の四感、特に聴覚はきわめて優秀だ。言葉を吐くさいの息づかいまで聴き分ける。

 いま帝は天儀の言辞で気分が上向いている。ここで上向いた気がさげられると、その気持の落差で、天儀は信任を損ないかねない。

 そんななか天儀は淀みなく、
わたくしはこう聞いております。往古、天災があれば宰相が職を辞しました。それでも天下が安らかにならなければ改元を行ない民心を安んじたと。帝はあくまで世の中心にあり変と降はありません。帝位とはあらゆる位人臣の上にあります。これは日を取り替える事がないのと同じであり、取り替えようもございませ。誰が恒星を動かし、破壊できるのでしょうか」
 と応じた。

 太師子黄は思わず、
 ――こしゃくなことをいう。
 と思い。その白く長く厳しい眉がピクリと動かした。

 太師子黄からして、天儀の言葉は間違ってはいない。訂正する点はない。

「あの軍人脳、意外にやりおるわ。帝の裁可へ良否ではなく、帝はそのようなわずらいごとの外にいると答えおった」
 そんなふうに太師子黄が感心するなか、
「軍事のことは、軍権を有する大将軍グランジェネラルにそのとががあります。罪を明らかにしたいとお考えならばわたくしを斬って天下にその咎を明らかにすべきです。いまわたくしは、その重任から解任されておりますが、彼の者(李紫龍)が軍の要職に就いたのはわたくしの在職中です。わたくしの罪は大きいでしょう」
 天儀が言葉を継いでいた。

 とたんに太師子黄は、
 ――馬鹿者!いいすぎじゃ!
 と顔色を変えた。

 朝集の間も騒然としている。太師子黄でなくとも、天儀がいいすぎということはわかる。
 だが天儀はかまわず続けていた。

「彼の者(李紫龍)を起用したのはわたくしです。わたくしが責任を取ります。自ら世に放ったものは自らちます」

 帝が口元に、にやり、という笑貌しょうぼうを見せた。

 ――なんと、正解か。
 と、太師子黄が驚いていた。太師子黄は盲目だ。帝の口の動きを見たわけではない。鋭い四感から常人が持ち得ない六感を生みだし帝の喜色をとらえたのだ。太師子黄からして帝は明らかに天儀の言葉を喜んでいる。

「では、いつ発つ」
 帝が楽しげに問う。

 天儀は大きなことをいって責任を取ると豪語したのだ。
 ――天儀は当然、戦いへの算段もある。
 というのが帝の確信。つまり天儀に戦いにでる期日を口にさせることで、討伐が可能ということを群臣の前でしめさせるというのが帝の狙いだ。

 ――太師も、侍中(桑国洋)も、廷尉(国子僑)も勅命軍をだすなと諌める気であったろう。
 と思う帝は、
 ――天儀はお主らとは違うぞ。
 とばかりに問いかけたのだ。

「3日で――」
 と、天儀が答えた。

 朝集の間がざわつき、太師子黄も国子僑も桑国洋も驚いていた。帝の狙いどおりだ。
 だが天儀の答えに驚いたのは彼らだけではない。

 問いを発したとうの帝も思わず身を乗りだし、
「なに3日!?」
 と、発していた。

「兵は拙速せっそくを尊ぶといいます。いま、李紫龍が掌握している兵は彼になついておりません。兵気は低調で、紫龍自身前後の策に迷いがあります。ときがたてば兵は懐き、紫龍に迷いがなくなります。急進して迫るのが最も効果がございます」

 天儀には淀みがない。目は炯々(けいけい)とし体貌からは青白い炎。
 帝が笑声をあげることで天儀の言葉へ応じた。帝は天儀の応えに満足を感じたのだ。

「紫龍の小僧は星間会戦でもっぱら随一という評判で、将軍もそのように評価しておったが――。将軍と比べて実際、紫龍はどうなのだ?」

 帝は身を乗りだし、砕けた調子で問いかけていた。
 この粗相に太師子黄は苦い顔をしたが、苦言を差し挟むのはグッとこらえた。
 天儀がどう応じるのか太師子黄からして知りたい。

 太師子黄が、
「帝はお主と紫龍、どちらが将帥として優れているのかという確信的な部分を知りたがっておられる。これも答えかたが難しい問いじゃぞ。自分と答えれば傲慢に映る。だが下手な謙遜をすればみすぼらしいだけ。どうする天儀」
 と四感を鋭敏にして天儀へ向けた。

わたくしが紫龍と同じ歳のころとくらべて見ますに、紫龍はわたくしよりはるかに優れております」

 天儀が少しの間もなく即座に応じていた。
 同時に朝集の間にどよめきが起こる。
 天儀は紫龍が自分より強いとあっさり認めてしまったのだ、驚きは大きい。

 帝がどよめく廷臣たちへサッと手をかざした。静かにするようにということだ。
 室内のどよめきを受けて、天儀が言葉を止めてしまっていた。ざわめきが大きく帝へ言葉がとどきにくい。天儀は静まるのを待っている。

 帝が見るに天儀に続きの言葉があるのは明らかだった。帝の続きが聞きたいという思いが、廷臣たちへ手をかざすという動作となってでていた。

 朝集の間に静けさが戻ると、天儀が再び口を開いた。

「が、紫龍がわたくしの年齢にいたったとき、わたくしより優れていることはないと考えます」

 瞬間、帝が哄笑。
 朝集の間がまたもどよめきつつまれた。今度はそのどよめきを止めるものはもういない。

 天儀は自分のほうが強いと遠回しに、いや格好をつけていったのだ。帝は痛快だ。

 太師子黄も、
 ――いいおったな。
 口元に笑いを見せていた。

「まことに正言である。天儀将軍が勅命を順守すれば、紫龍の小僧はその年齢に至ることがない。これでは確かに紫龍の小僧は将軍に勝ちようがない」

 天儀が跪拝した。
 天儀の面謁めんえつは終わった。帝が退出し、集められた廷臣たちが去っていく。

 天儀もすぐさま趨走するように去った。なにせ3日と答えたのだ。
 ――1分1秒で惜しい。
 というのが、いまの天儀だ。

 そんななか国子僑が桑国洋に近づいて、会釈をしながら言葉をかけた。
「いま思えば星間戦争での復命時の天儀将軍は腑抜けておりましたね」

 桑国洋も、いやはや、と応じて、
「星間戦争の再開の上奏文を、帝がお取りになったときに私はそこに同席していた。あのときも言辞は丁寧だったが天儀将軍の気迫は凄まじかった。あれこそ私の知る天儀将軍だ」
 心労の多い桑国洋が明るくいっていた。

「真の天儀将軍とは、ああいう面を持つ男なのですな。いつもは控えめで言葉には激しさはない。それが今回、私は圧倒されましたよ」
 清々しい、とばかりにいう国子僑。

 対して桑国洋はすでに難しげな表情で、
「しかし、3日か」
 と、もらしていた。

 ――3日で準備が可能なのか?
 桑国洋と国子僑が同時に思った。

 第一星系内にある艦艇の招集にどの程度時間がかかるか不明だが護衛艦などの艦艇を集めるだけでなく、戦術機隊の引き抜きも必要だろう。

 国子僑も桑国洋も勢い天儀を送りだしたが、天儀がどのような編成を考えているのか想像もつかない。

 だが国子僑は、
「いや、だいじょうぶでしょう。天儀将軍は朝議には出席しておりませんが、旧大将軍府でほぼ毎日残務処理をしているはずです」
 と晴れやかにいった。

「なるほど、星系内の軍人や艦艇のなどの軍事の状況は把握していると」

「そうでしょう。それに虎符こふがありすから」

「それだ。いくら同君連合とはいえ、星間連合内で認められるのだろうか……」

 桑国洋は心労の多い男。彼には一難去ってまた一難というように心配事が押し寄せてくる。

「それを認められるようにするのが、この賢人委員会で国務長官の国子橋の仕事です。先んじて惑星ミアンに戻って根回しをしておきますよ」

「それで虎符の威光が効くようになると?」

「何から何までは無理でしょうが、まったく協力を得られないということはなくなりますよ」

 この国子橋の応じに、桑国洋が少し考えるふうをしてから、
「天儀将軍は、星間連合内で軍備を整えるから、天京を3日で発てるということなのだろうか」
 と想像を口にした。

「どうでしょうか。天儀将軍は星間連合内の軍事の状況についてもある程度は把握しているはずです」

「賢人委員会は最高軍司令部(コジョレ)に指示して、新しくランス・ノールの反乱軍の討伐部隊を編成させておるのだろ?」

「ええ、そうですね」

「天儀将軍の勅命軍は、最高軍司令部(コジョレ)の編成する軍の外にあるということになるが?」

「だいじょうぶでしょう。星間連合は天儀将軍の勅命軍の進軍を容認するでしょう」

「いや、違う。その新しく編成される軍の長に天儀将軍を据えることは?」

「無理でしょうね」

 グランダ皇帝と朝廷が先行して決めてしまった将軍を、なし崩し的に新しく編成される連合艦隊の責任者と認めれば、今後政治へ皇帝と朝廷からいらぬ介入を招くというのは想像にやすい。賢人委員会も最高軍司令部(コジョレ)も天儀の全権は認めないだろう。

 つまり逮捕された孫達が持ち帰った2個艦隊をもとに新しく編成される連合艦隊は天儀ではなく別のものに任される。

 桑国洋は国子橋の言葉の意味を悟って、
「無理なのか」
 と、国子僑へ問いかけた。

 最高軍司令部(コジョレ)が帝の勅命軍を追認する形で、天儀を最高司令官に任命すれば万事おさまる。というところまで桑国洋の想像は膨らんでいた。

 けれど国子僑は、
「難しいでしょうね」
 と、あっさり応じた。

「よかったのか。天儀将軍を放って……」

 桑国洋が困惑した。このままだと天儀は天京てんけい宙域で揃えた弱小の戦力だけで、ランス・ノールの反乱軍と戦うはめになる。ランス・ノール反乱軍の戦力は2個艦隊と多い。

 ――この人はうれいが多いな。
 と、国子橋は苦笑し、
「わかりません。天儀将軍の軍事の関する思考は私などには全く理解できません。なにせあのマグヌスと呼ばれる天童正宗てんどうまさむねを破ったのですよ」
 楽観的を口にしてから桑国洋へ一礼し去って行った。

 桑国洋は国子橋の後ろ姿を眺めながら、
 ――はぁ。だが、なんとかなったか。
 と、安堵のため息がでた。

 とにかくこれで形はつき、一段落ついた。ランス・ノールの反乱の行方がどうなるかは不明だが、帝の面目は一応ではあるが保たれ、ことは帝が満足する形となった。

 桑国洋からして、無理をいって国子橋を呼び戻したかいはあったというものだった。そう今回、国家統合で多忙をきわめる国子僑を天京へ呼び戻したのは彼だったのだ。

 一方、朝集の間から人々が去りゆくなか、ただ太師子黄一人が、そうろうとして、
 ――うちゅうに虎狼を放った。どうなるかわからんぞ。
 と口元から笑いを消していた。
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