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夢見る鹿島の星間戦争 作者:茅野可南子

五章、ダーティーマーメイド

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5-(2) 急転動地(汚れた人魚リリヤ)

「お兄さま、コロニー市長は神聖セレスティアル共和国への参加を表明しましたわ。最高のタイミングです」
 シャンテルが指揮座へ悠然とかまえる兄のランス・ノールへと報告していた。

 李紫龍りしりゅう不在の敵艦隊が交戦か後退かを迷うさなかのコロニーの中立破棄だ。戦闘にうといシャンテルでも敵の動揺は手に取るようにわかる。

阿南あなんをつかうぞ」
 と、ランス・ノールが妹の言葉に反応した。

 ランス・ノールはブリッジに二足機にそくき隊の隊長アイリ・リリス・阿南の呼びだしを指示。二足機とは人形の戦闘機。この時代の制空権を担う戦術機だ。

 一方のシャンテルは兄からでた阿南という名に驚き、
「もう二足機部隊の投入ですか。砲撃を徹底しないのでしょうか?」
 と確認した。

 シャンテルからすれば、いまの敵は動揺してまともに砲戦などできない状況に見える。
 戦況はユノ・村雨の第四艦隊の一部が下がる敵の最後尾に食いつき、ここへ兄ランス・ノールの第三艦隊も加わり全艦隊で包囲に動いて徹底して砲撃すれば痛撃を与えられるはずだ。

 ランス・ノールがシャンテルの疑問に優しく応じる。
「違うよ。私のシャンテル。攻めるとは必ずしも取るということではない。良将とは兵をやすんじ衆を疲れさせないことをいう」

 このランス・ノールの言葉に、はぁ?とシャンテルが疑問顔。ランス・ノールは妹の可愛らしい反応を楽しむように口元にこぶしを当てクスリと笑ってから、
「いま砲戦を強要すれば敵は逃げるのは難しいと判断して必死に抵抗してくるだろう。そうなればこちらの損害も少なくない。孫子の兵法には帰国する兵と戦ってはならないというしね。ま、彼の無様な後退ぶりはこれにはあてはまらないかもしれないが、帰ろうと必死になっているところへ攻撃すれば、それこそを必死になって反撃してくる。成果を欲張って艦隊全体で襲えば、なにもしないでも勝てるのに、わざわざ損害をだしにいくということになってしまうよ」
 と、言葉をつくして説明。

 こんどはシャンテルがクスリとした。シャンテルからしても兄は一々仰々しいところがる。地球時代にすでに古代と呼ばれている時代からある書物を例に取るのは、
 ――お兄さまらしくありますが滑稽さは否めません。

 いまは人類が地球という一つの惑星に縛られていた時代の末期すら古代といって相応しいほどに遠い。

「なるほど腰を据えての戦闘は避けたい。被害を抑えたいといったところでしょうか」

 確認するようにいうシャンテル。シャンテルには兄の言葉の意味はわかっても、実感まではいたらない。やはり撃ち合いなどではなく、どうしても一方的に砲撃を加えられる気がする。

 ランス・ノールは、そんなシャンテルへ優しげな笑みを一つしてからまた口を開いた。

「艦隊規模は同等、本格的な戦闘になれば勝っても我々も痛手を被る可能性が高い。第二星系の軍用宇宙船の整備能力と造艦能力はきわめて小さい。30パーセント近くが損傷すれば、被害が深刻な5パーセント近くの艦艇は破棄となるだろうね。なので艦艇を損傷することは避けたい」

 シャンテルがなるほどという顔になってから兄の言葉を反芻するように黙考。その思考が声となってもれる。

「敵はすでに撤退を開始。つまり我々はすでに勝っているようなものですから、そこからダメ出しして被害を増やすのは得策ではない……」

「そうだね。だけどシャンテルの不肖の兄としてはもう少し神聖セレスティアル軍が勝ったという印象を強めたい」

「なるほど。そこで二足機部隊で追撃して格好をつけるのですね。シャンテルはそこまで思いもつきませんでした」

 ランス・ノールは、この妹の返答に満足気にうなづくが、まだシャンテルには懸念がある。いや、むしろこちらが懸念の本質といっていい。

 シャンテル懸念は――。
 お兄さまは本気でアイリ・リリス・阿南を使えると思っているのでしょうか?というもの。シャンテルが砲戦を優先したほうがいいのではないかと思った理由は、そもそも二足機隊の長アイリ・リリス・阿南の異常さだ。

「二足機部隊の隊長といえばアイリ・リリス・阿南ですが?」

「変人だが、すこぶる優秀だ」

 兄のランス・ノールは、なにも問題ない、というような態度で応じてきたが、シャンテルはこの返答に物憂げ。

 シャンテルからすれば、件のアイリ・リリス・阿南(愛称:リリヤ)は変人の一言ですまされるような人物ではなく、
 ――病気ですあれは。
 と憂慮せざるを得ない。

 同君連合のグランダ軍と星間連合軍、そして星間連合軍から離反した神聖セレスティアル軍でも精神の健康を保つために毎日メンタルチェックと呼ばれる精神診断が実施され、メンタルヘルスに問題があると判断されると前線勤務から外されたり、艦内で休暇が与えられ、精神状態の回復をはかる。
 アイリ・リリス・阿南は毎回その診断に引っかかっていた。

 そして――。とシャンテルが思う。リリヤさんの場合、休暇を与えれば治る。そんな一時的な気の落ち込みではないのです。わたくしは司令代理として彼女と何度か顔を合わせましたが、会話が不能な場合すらありました……。
 シャンテルは、そんな懸念を兄へ向けた。

「アイリ・リリス・阿南はメンタルチェックでデット判定。精神異常の判定がでていましたが……」

「二足機に乗ればあるていど精神状態が健常化する。操縦席に座ればギリギリ規定の数値を満たさないといったところだ。軍務に関する限り応答も明瞭で正確だ。報告書を部下に書かせるなど若干のサボタージュの傾向はあるが業務が回らなくなるということもない」

 ですが――、と反論しようとするシャンテルをランス・ノールは片手で制した。
「二足機パイロットは消耗品だ。まずは彼女に働いてもらう」
 無情な言葉だった。

 神聖セレスティアル共和国が支配している第二星系だけでは2個艦隊の健全な状態での維持が難しい。それは兵員補充の面でも同様だった。

 一般隊員は圏内軍(地上軍)から再訓練して転用。操船などの兵員は、宇宙航行を生業としている宇宙飛行士を引き抜くなどで一時的には対応できる。だが軍隊のエリート職の一つである二足機隊員を定数補充し続けるのは難しい。

 ――もう壊れているのだから徹底的に使い潰す。
 それがランス・ノールの判断だった。

 二足機隊員だけでなく手持ちが尽きる前に、あらゆる軍備の補充環境を整える。
 ランス・ノールは状況が落ち着けば、一部の部隊を解体。ベテラン兵を教官にしたてて兵員の育成にあてる計画案をすでに立てている。

 ――これが許される状況をなるべく早く作るしかない。
 そうあらためて思ったランス・ノールは、
「阿南は二足機パイロットとしてはきわめて優秀。超一流だ。状況が一段落するまで踏ん張ってもらう」
 まるで自身へ言い聞かせるように強くいった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 アイリ・リリス・阿南、愛称リリヤが大きな造花の髪飾りを輝かせブリッジへと姿をあらわした。

 第一執政ランス・ノールを目の前にして敬礼するリリヤのその目は虚ろで、口元には薄ら笑い。薄気味悪い表情。

 ――なにを考えているのか、どこを見ているのかわかりません。
 シャンテルは兄へ敬礼するリリヤの姿を眺めながらそんなことを思う。

 対してリリヤは敬礼の途中でシャンテルを見つけると、人懐っこそうな笑みを向けた。シャンテルも微笑み返す。

 そうシャンテルは、なぜかリリヤに慕われていた。

 ――わたくしがリリヤさんのお話を聞いてあげるからでしょうか?
 とシャンテルは考えているが真相は不明だ。真意を知ろうにも覗いて見るにはリリヤの闇は盈々(えいえい)として深すぎる。

 敬礼を解き、あごを少し上げ直立するリリヤはどこか上の空。

 ――阿南はまだ心ここにあらずか。
 ランス・ノールがスッと気配を一歩さげ妹のシャンテルへリリヤの対応をうながした。

 ――私の心優しいシャンテルは阿南の扱いが上手い。
 というのがランス・ノールの認識。これはシャンテルへ艦隊を預けたときに判明していた。

 ランス・ノールのいいぶんとしては、私はシャンテルへ阿南が軍務ではまともだというようなことをいったが、精神が不安定な阿南の扱いはやはり難しい。私がぶしつけに任務をいいつけてもへそを曲げるだけのときがある。ということで、
 ――シャンテル。上手く誘導してくれ。
 というのがランス・ノールの意図だ。もちろんそれがわからないシャンテルではない。

 そんななか沈黙に耐えきれず、
「シャンテルさんは金目銀目オッドアイじゃないけれど、2人はやっぱり兄妹なのね。似てるわ」
 しびれを切らし勝手に口走るリリヤへ、シャンテルは、
「リリヤさんは、今日はずいぶんとお加減がよろしいようですね」
 そういって微笑だ。

「今日は天気がいいので気分がいいんです!」
 嬉々として応じてくるリリヤにシャンテルはグッと心に重みを感じた。異常を目の当にしてなにも感じないほどシャンテルの精神は鈍くはできていない。

 宇宙空間でも環境周辺化の激しい宙域では、それを天候になぞらえて表現することはあるが、リリヤがいった天気はそういう意味ではいのは明らかだ。いわば彼女の頭のかなに広がる世界の天気。つまりリリヤは揚々とした気分を口走っただけ。シャンテルには、
 ――リリヤさんは高揚に流されるまま。感情を制御できていないんです。
 ということがよくわかる。

 証拠にリリヤは第一執政ランス・ノールを目の前にしているのに、
「シャンテルさん、シャンテルさん、ご飯を一緒に食べませんか。4時間後には夕飯でしょ?」
 かまわず私語を開始。

 やはりかなり注意力は散漫です。こんな状態で二足機になど乗れるのでしょか。と、シャンテルは愁いを覚えつつも、
「ええ、ぜひごいっしょに」
 と微笑。

 とたんにリリヤの表情に喜色と満足感がにじんだ。ただ、やはりその目は虚ろだ。

 なおシャンテルは数回かアイリ・リリス・阿南と食事をともにしたことがあるが、意外なことにテーブルマナーまともだった。シャンテルは初めてリリヤともに食堂へおとずれたときは手づかみで食べだすのではないかと気が気でなかった。

 ただ食事中はリリヤが一方的に言葉をまくし立てる。しかも妄想をだ。リリヤの主な話題は自身が慕うお兄ちゃんと呼んでいる存在。

 そうシャンテルからすればリリヤがなぜ自分につきまとってくるかよくわからないが、リリヤからすれば嫌な顔せずに自分の話を聞いてくれるシャンテルを気に入り、
「シャンテルさんは食事に誘わなきゃいけない大事な人」
 となっていた。

 そんなリリヤのシャンテルへの態度は、なついているという言葉で形容するのが相応しいほど、まるで子犬のよう。

 だがシャンテルからすればリリヤからの慕情は恐ろしくすらある。シャンテルは誰相手へもするように、リリヤへもわけへだてなく持ち前の如才なさで対応しただけ。

 ――わたくしはリリヤさんを特別扱いしたわけではないのですが……。
 ということで、シャンテルは特にリリヤへ思い入れがあったり、親切心があるわけではない。

 わたくしのリリヤさんへ感情はいまのところ、
「とまどい」
 というのが相応しいです。
 いや――、怖ささえある。とシャンテルは思う。

 けれどシャンテルが心を一歩引かせながら応じても、リリヤはグイッと一歩半近づいてくる。下がれど下がれど近づかれ、顔をあわせ会話の回数が重なっていくごとに心の距離をつめられる。シャンテルに対し、リリヤの心の急進はとどまるところを知らない。

 そう2人がお互いへ向ける感情の温度差はあまりに激しい。シャンテルからすれば、これだけなついているリリヤが、自分の正直な感情を知ればどう思うか。裏切られたとうけとらないだろうか。と、気が気でない。

 慕情ぼうじょうが反転すれば憎しみとなる。リリヤことアイリ・リリス・阿南は躁鬱のけが激しく物事への好悪も極めて極端。

 シャンテルは子犬のようになつくリリヤの気分を損ねないように、
「でもリリヤさん、いまはなにか重要なご用事があってここへきたのではなくて?」
 やんわりと誘導。

「あ、そうだった。キング・ランス・ノールなんでしょうか?」

 リリヤの表情から緩いものが抜け引き口元が締まり、体貌から鋭さがでた。

『キング』
 とは、脳内に独自の王国、夢の世界を持つリリヤにとって最上級の賛辞の一つ。この呼び方はなにも神聖セレスティアル共和国独立宣言後に始まったわけではない。昔からだ。リリヤは初対面でランス・ノールの尊大な面を敏感にさっし、ランス・ノールの下に配属されたときからこう呼んでいた。

 ランス・ノールは、この言葉に気にした素振りも見せないし訂正も求めない。

 それが上官としての度量というわけではなく、
「阿南は躁鬱のけが激しく、うつ状態に落ちると操縦席に座らせるまで面倒。なるべく好きなようにさせておくに限る」
 という理由からだ。

 ランス・ノールの経験上――。阿南は操縦席に座ってしまえば操縦に没頭し精神状態が安定する。阿南の言葉を否定したり、無理やり話を進めようとすると機嫌を損ね座り込んで動かなくなることすらある。とにかく辛抱だ。阿南は意識の移ろいが激しいだけに、阿南の視界内にあれば3分以内に注意が向くというものだ。

 ランス・ノールは根気強くアイリ・リリス・阿南の気が自身へ向くのを待ち、いまそのかいがあり妹のシャンテルが、上手くリリヤの意識をランス・ノールへ誘導。
 ――ころあいだな。
 と思ったランス・ノールが、
「阿南、出撃だ。後退する敵艦隊へ痛撃を加えろ。迎撃にでてくる敵の直掩機ちょくえんきを徹底的に落してこい」
 と命令をくだした。

 だがリリヤからは、
「それって、敵をその……」
 という煮え切らない態度。目を伏せ、手を胸の前でもてあそび落ちつかない。

「戦場に呵責はなく、ちゅうちょすれば死を抱くことになる。徹底的にやれ」
 とたんにリリヤの表情が明るくなり、
「殺しまくっていいんですね。任せてください!」
 と応じた。
「もちろんだ」
 とうなづくランス・ノールへ、リリヤが、やったね。と、小さく口にする。

 訓練では撃墜できないし、艦艇に雷撃を加えて撃沈もできない。つまり人は殺せない。シミュレーターでもやりすぎれば叱責をうける。

 ――弱いやつをボコボコに倒してなにが悪いの!?
 というのがリリヤの不満。

 周囲は日常ではリリヤを容赦なくしいたげてくるのに、リリヤが得意の対戦形式の訓練で本気をだすのはダメ。理不尽だった。リリヤからすれば、世界はもっとリリヤに優しくすべきで、
 ――自分だけが理不尽に不幸。
 というのがリリヤの心底にある真の不満だが周囲もリリヤ自身も気づけない。

 ランス・ノールは、はしゃぐようにするリリヤへ、
「阿南、追撃はファリガ宙域内で切りあげろ。敵の最後尾がファリガ宙域をでたら戻ってくる。いいな?」
 そう注意を付け加えた。

 リリヤが跳ねるように敬礼。口をきゅっとむすんで生真面目な表情を作り、肩が縮こまっている。幼稚さを感じさせる敬礼。小馬鹿にしたようにすらみえる態度だがリリヤからすれば真剣だ。

 相手をするランス・ノールは無言。気の上向いたリリヤへは無言で微笑めば自身がつごうのいいように解釈してくれるからだ。それに相手をして下手に口を開けば長引くどころか、せっかく任務へと意識が行ったのに別のものに興味が移りかねない。任務を命じるさいはリリヤにやる気がでたら黙って微笑んでうなづいていればいい。そうしていればそのうちブリッジを飛びだしていく。

「お兄ちゃんを見つけたらいっしょに暮らします。約束どおり大きな白い家をくださいね?」

 ランス・ノールがうなづく。

「あとあと約束の南国の別荘ももらいますからね。忘れないでくださいよ。いっぱい敵機を落として大戦果にするから」

 また、ランス・ノールがうなづく。

 リリヤの一連の言葉に2人の様子を横から眺めていたシャンテルがいたたまれなくなり、目を伏せ2人から視線を外した。シャンテルからすれば、リリヤが口にする『お兄ちゃん』は妄想上の産物にしか思えない。存在するか判然としない。

 ――戸籍データを見るにリリヤさんは一人っ子です。お兄さまはいらっしゃらない。

 シャンテルがそんな愁いに沈むなか、やっと納得したリリヤが最後に、
「あの格好いいのもやってください。お願い!」
 と、いって目を輝かせた。ブリッジへ入ってきたときの虚ろな目と全く違う。

 期待に満ちるリリヤの目がランス・ノールへ向けられる。

 リリヤの懇願に鬱々と2人のやり取り横で眺めていたシャンテルが思わず苦笑。シャンテルからして、
 ――リリヤさんのねだる、あの格好いいのは、やる側としてはどうなのでしょうか?
 という思いがあり、シャンテルは兄の心中が知れない。

 ランス・ノールが咳払いを一つ。容儀を正し、右手を前に突きだしながら、
「セレスティアの名において命ず。アイリ・リリス・阿南!忠誠を行動でしめせ!」
 と、放った。

 リリヤはランス・ノールの声が放たれると同時に短く、
「ハッ――!」
 敬礼。軽い足取りでブリッジをでていった。

 でていくリリヤを見送る兄妹2人。
 シャンテルはリリヤの姿が完全に消えたのを確認すると、いたずらっ気のある視線で兄ランス・ノールを見る。対してランス・ノールがコホンと咳払いを一つ。

 クスリと笑いながら、
「あらわたくしも格好いいと思いますよ?」
 そういうシャンテルにランス・ノールは困り顔。

「シャンテル、私をいじめないでおくれ」

「あら、そうなんですか。意外にお兄さまも楽しんでいるとシャンテルは思っていますけれど」

 ランス・ノールは妹の言葉に首を振りながら、戦況の表示されたモニターへと目をやった。

 ランス・ノールがアイリ・リリス・阿南へ出撃を命じていた間も状況は進行しているはずだ。戦場は生き物だ。もう大丈夫と油断すればとんでもない痛手もありうる。

 だがそんなランス・ノールの思いも杞憂。モニターには敵のみっともない後退が確認できた。やはり敵は李紫龍の不在と艦艇の大規模投降、コロニーの神聖セレスティアル共和国参加表明でかなり動揺しているようだ。

 モニターを注視していたランス・ノールが、
「敵はからくも組織的撤退を維持しているというころか」
 というとシャンテルが、
「そうですね。はやりコロニーの寝返りが効いているようです。みっともない後退だとシャンテルは思います」
 そう応じたが、どこか憂鬱げ。その可愛らしい顔には疲れの色がある。

 さらにランス・ノールの目の前でシャンテルがため息一つ。

 ――シャンテルへ阿南の対応をまるなげしすぎたか?
 ランス・ノールからしていまのシャンテルの疲れがアイリ・リリス・阿南にあるというのは容易にわかる。

 が、それにしても――。ランス・ノールが思う。
 〝リリヤさん〟か、もう愛称で呼ぶほど仲良くなっていたとは、さすが私のシャンテルだ。阿南のような部下の心をつかめるのなら満点に近いぞ。やはりシャンテルを司令代理にして艦隊を任せたのは正解だったな。

 しかし自分の判断に間違いはないと思うランス・ノールの目の前には、疲れの色を見せるシャンテル。

 ――ま、でも無理はさせているな。
 とランス・ノールは思い、
「阿南はかなりいかれている。だが戦術機隊を指揮させたら別だ。阿南は二足機に乗っている間は精神状態も安定する」
 と、シャンテルへ言葉をかけた。

「リリヤの書類を見て驚きました。素養だけなら星間連合軍始まって以来の二足機乗りという評価ですね」

 シャンテルは司令代理として問題行動の多いリリヤのことは一通り調べている。

「残念なことになってしまったがな」

「リリヤは二足機に乗っている間は幸せ。と、いうことですね?」
 そう寂しげにいうシャンテル。

 ランス・ノールは、そんな妹の肩へぽんっと手を置く。気持ちを切り替えさせるためだ。

 シャンテルが兄の手に手を重ねる。そうするとシャンテルは、不思議とくさくさした気持ちが霧散するのだ。

 ――お兄さまの優しく大きな温かい手。
 こうやって少し触れ合うだけでお互いの心は充足する。シャンテルは、リリヤさんもこんな手のぬくもりを求めているでしょうか、と思いつつ考えるのをやめた。優しいシャンテルにはアイリ・リリス・阿南という狂気は心に重すぎる。
+注意+
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