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企画やつぶやきから生まれたお話

この街の、ハウンド運輸

作者: 遊森謡子

タナカハナさまの【人外宅配便】企画に参加させていただきました!

出版関係者を出したかったので、他作品の登場人物を引っ張ってきてはいますが、お話の内容は関係ありません。

 フリーライターの宮代(みやしろ) (よう)が住んでいる賃貸マンションは、三階建てのやや築年数の行った建物だ。オートロックはついているものの、実に不便なことに、オートロックの内側では集合ポストを開けることができない構造になっている。

 休日の朝など、新聞を取るためだけにいちいちエントランスに出てポストを開け、またオートロックを開けて中に入らなくてはならないので、地味に不便だ。


 もうすぐゴールデンウィークという、爽やかな季節の木曜日。

 取材先から帰宅した鷹はマンションの入り口を入ると、オートロックを開ける前にまず集合ポストコーナーへ行った。肩のボストンバッグを降ろし、自宅用ポストのダイヤルキーをぐるぐる回す。


 ふと気配を感じて振り向くと、入口の数段の階段を一匹のダックスフントが上がって来るところだった。

 長毛種で、ウェーブした柔らかそうなアッシュブロンド。短い脚を忙しく動かして、こちらに駆け寄って来る。ミニチュアではなく、割と大きめの種類だ。

 そしてその口にはなぜか、書類袋がくわえられていた。

 

 微笑ましいその様子に、鷹は自然と声をかけていた。

「お、飼い主の手伝いか?」

 白い部分のほとんどない、まっ黒なくりくりした目が、艶やかに光って鷹を見上げた――その直後。

 ダックスフントはぴょん、とジャンプして宙返りした。垂れ下がった耳がふわりっ、とはためき、そして後ろ脚から着地した。


 ……と思ったら、そこには一人の青年が立っていた。

 長髪、細面の「イマドキの」青年だ。口にくわえていた書類袋をさっと手に持ち直すと、白い歯を見せて笑い、こう言った。

「こんちは、ハウンド運輸っす! ちょうど良かった、301の宮代さんですか?」

 鷹はちょうど、『301』とナンバリングされたポストを開けて郵便物を取り出した所だったので、ポストの扉を閉めながらうなずく。

「そうです」

「お届けものです」

 青年はどこからか取り出したキャップを被ると、書類袋を開け、中からA4判のグレーの封筒を取り出した。付き合いのある出版社の社名入りの封筒で、校正紙が入っているはずだ。

「お名前、合ってますか? ここにサインお願いします」

 封筒を受け取ると、青年は首から下げた身分証明証――ドッグタグそっくりの形状をしている――の皮紐にひっかけてあったボールペンを外し、伝票と共に差し出してきた。


 ボールペンを受け取りながら、鷹は青年をまじまじと観察してしまった。

 黒・茶・白をバランスよく配したジャンパーの胸には、犬の足跡のようなマークと、シンプルな書体で『ハウンド運輸』の文字が入っている。被っているキャップも同じ配色だ。下はジーパンにスニーカー。

「犬の宅配便?」

 鷹はサインしながら尋ねた。

 獣人の宅配便が数社存在することは、テレビコマーシャルなどで知っていたが、このあたりでは見かけたことがなかったのだ。

「はい、うちはバイク便専門で……ていうか、スクーターですけど。最近この近くに集配所ができたんで、御用の際はよろしくお願いします。えーっと、名刺、名刺……電話一本で集荷にも伺いますんで!」

 渡された名刺には「足助(あすけ) (さとし)」という名前。

「ありがとうございぁしたーっ」

 鷹がサインをすると、青年はキャップを取って一つお辞儀をし、そして書類袋を口にくわえ直すと、再び宙返りした。

 ちょん、と四本足で着地したのは、先ほどのダックスフント。皮の首輪に、銀色のタグとボールペンが揺れる。

 彼はくるりと向きを変えると、しっぽをふわふわ揺らしながら入口の階段を下りて行った。

 

 鷹はボストンバッグを肩にかけ、オートロックを開けてマンションの中に入ると、階段を急いで駆け上がって踊り場から外を見た。

 胴長短足のアッシュブロンドが、一区画先のアパートへ走って行くのが見える。ものすごくスピードが速い。

「なるほど、人間の姿でいるより移動が速いのか……」

 スクーターをどこかに停めておいてから、犬の姿で駆け回っては数軒配達し、またスクーターに戻るのだろう。

 眺めていると、ややあって配達が終わったのか、敏青年(何と呼んでいいのやら)が駆け戻ってきた。そして、民家脇に停めた荷物ボックス付きのスクーターの、足を載せる部分に飛び乗ると、後ろ脚で立ってハンドルに前脚をかけた。

「え? あのまま運転……?」

 鷹がいぶかしんでいると、ダックスフントは数秒後に「はっ」としたように耳をぴょん、とはね上げる勢いで顔を上げ、サッとスクーターを下りて宙返りした。人間の姿になると、また急いでスクーターに乗る。どうやら人間に戻るのを忘れていたらしい。

 ブーン、と音を立ててスクーターが遠ざかるのを見送りながら、鷹は笑いを抑えきれなかった。

璃玖(りく)に話してやろう」

 仕事に行っている妻は犬や猫が好きなので、喜ぶだろう。

 そう考えたところで、鷹もハッとして携帯の時計を確認した。そろそろ、保育園にいる娘の玲海(れいみ)を迎えに行く時刻だった。


◇  ◇  ◇


「見たい! 見たいです! 鷹さん、今度書類送る時にそこにお願いしてっ。私のいる時に!」

 鷹の妻、書籍編集者の璃玖は、やはり夫の話に食い付いた。二人は社内恋愛による結婚で、鷹はかつて璃玖の上司だったため、妻は未だに丁寧口調で話すことがある。

「『ハウンド運輸』って、そういえば国道沿いの、獣医さんの隣にできてた。そっか、あれが噂の獣人宅配便だったんだ、楽しみ!」


 そこでその週の日曜日、仕上がった校正紙を出版社に送るために、鷹は電話で『ハウンド運輸』を呼んでみることにした。

 璃玖はもうすぐ十ヶ月になる娘を抱いてベランダに立ち、あたりを見回しながらスクーターを待ちかまえている。

「来た! スクーターを降りました! あれ、人間のままこっちに来る。ダックスフント見たいー」

 そう言っている間に、ピンポーン、とインターホンの鳴る音。鷹が出ると、モニターに敏青年が映った。人間の姿だ。

『こんちは、ハウンド運輸です!』

 返事をしてロックを外しながら、鷹は首を傾げた。

 このマンションは一応バリアフリーで、車椅子でもインターホンに手が届くようになっている。犬の姿でも手が届くはずだ。鷹の家にしか用がないから、前回のようにわざわざ犬には変身しなかったのだろうか。それとも他に理由が……。

「あ、そうか。インターホンは押せてもモニターには映らないよな、背が低すぎて」

 ひとりごちる鷹の後ろを、妻はいそいそと通り抜けて玄関に向かった。廊下で待ち構えるらしい。鷹も何となく続く。

 すぐに、階段を駆け上がってきたダックスフントが姿を現した。速い。

 書類袋をくわえて廊下をこちらへ走って来る愛らしい姿に、璃玖が「ひゃあん……」とおかしなため息をつく。

 ぴょん、くるり、と宙返りののち、ダックスフントは青年に変身した。

「こんちは、ハウンド運輸でーす。荷物引き取りにお伺いしぁしたーっ」

「ご苦労さまー。鷹さん、荷物」

 対外的にはクールな妻が、興奮を隠してごく普通に応対する。

「おっと」

 鷹は慌てて室内に戻り、書類を封筒に入れて玄関に戻ろうとした。送り状もすでに書いてある。

 しかし何と、書類の量が多すぎて、手持ちのA4封筒に入らない。

「どうしたの?」

 玄関から聞こえる妻の声に、鷹は答えた。

「璃玖、何か大きい袋ないか? 前に来た校正紙も一緒に送ろうと思ったら、入らない」

「え、大きい袋? あったっけ……」

 すると、敏青年の声。

「あの、有料で良かったら、うちの封筒ありますよ」


 彼がいったんスクーターに戻って持ってきたのは、ハウンド運輸オリジナルの書類用封筒だった。厚紙でできている。

「か、可愛い……!」

 璃玖が思わずと言った調子で口を抑えた。

 その生成りの封筒は、骨の形にデザインされていた。漫画に出てくる犬がよくくわえている、あの骨だ。もちろん封筒なので、本物よりもずんぐりむっくりしたバランスにはなっていたが。

 こんなデザインの封筒は、市販品でいくらでもあるだろう。しかし、これを彼がダックスフントの姿でくわえる、そこがツボだと鷹は思う。

 封筒に校正紙を入れ、蓋についている剥離テープをはがして封をする。骨型封筒は一部が保護フィルムで覆われており、

「ここをくわえるかもしれませんけど、先方にお渡しする時ははがすようになってますから」

 説明しながら敏青年は荷物を引き受け、持ってきた書類袋にしまった。書類袋も、よく見るとくわえる位置だけ材質が違う。ヨダレが中に染みないようになっているのだろう。

 支払いを済ませると、敏青年はキャップを取ってお辞儀をした。

「ありがとうございぁしたーっ」

「ご苦労さま」

 家族そろって玄関から顔をのぞかせて見送ると、青年はくるり、とまたダックスフントに変身し、書類袋をくわえて素早く階段を下りて行った。

 璃玖は部屋に戻ると、また急いで娘とベランダに出て下をのぞいていた。「娘に犬さんを見せる」のを口実に、自分がミーハーしているようにしか見えない。

 女性に受ける宅配便なのは確かなようだった。


◇  ◇  ◇


 さて、その一週間後の日曜日。

 璃玖は娘を連れて、近所の公園に散歩に来ていた。世間はゴールデンウィークに入っていたが、夫は仕事でいなかったので、二人での散歩だ。

 ブランコの周りの柵に娘をつかまり立ちさせていると、三歳か四歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。天然の髪質なのか、黒いウェーブヘアがふわふわと揺れている。

 女の子は、手に持っていたオモチャの携帯電話を、璃玖の娘に差し出した。

「かちてあげる」

「あら、ありがとう! 玲海、良かったね、お姉ちゃんが貸してくれたよ」

 璃玖が受け取っていると、女の子の後ろから女性が駆け寄ってきた。黒目がちで短めのウェーブヘア、すぐに親子とわかるそっくりの顔立ちだ。

「メイ、赤ちゃんの邪魔しちゃだめよ」

「大丈夫ですよ、今オモチャ貸してくれたんです」

 そのまま何となく、母親同士で話をしながら子どもを遊ばせる流れになった。二人の子どもは、ベビーカーに取り付けてあるオモチャで遊んでいる。璃玖の娘もつかまって立ったまま遊べるので、楽しそうだ。

「えー、十ヶ月でもう保育園行ってるんですか」

 びっくりする女の子の母親に、璃玖は苦笑いで説明した。

「本当は一歳になるまで、育休取りたかったんですけどね。のんびりしてると保育園入れなくなっちゃうんです」

「あー、今難しいって言いますもんね」

「そうそう。だから、保育園に入りやすい時期に合わせて計画出産する人もいるんですよ」

「ひぇー!」

 女の子の母親は表情が豊かだ。目も口も大きく開けて驚いたのち、やれやれと肩を落とす。

「私も、今は店番しながらこの子を見てるんですけど、何かいい仕事見つけたいなー」

「あ、おうち、お店なんですか」

「ええ、私の父が酒屋を経営していて」

 母親は場所を簡単に説明した。ここからは少し距離があって、車かバスでないと移動がしにくそうな場所だ。

「今日はたまたま、こっちに用事があって、ちょっと公園に寄ってみたんです。あ、そろそろバスが来る」

 母親は携帯で時間を確認してから、

「遊んでもらってありがとうございました! もしうちの店の方に来られることがあったら、寄って下さいね。サービスしますよー」

とにっこり。「メイ、行くよー」と娘と手をつなぐと、二人して手を振りながら公園を出て行った。

 璃玖も娘を抱っこして、手を振って見送った。


 しばらくその公園で過ごして、さてそろそろ……と眠そうな娘をベビーカーに乗せようとした時、璃玖は「あ」と声を上げた。

 ベビーカーの上に、携帯電話のオモチャが、ちょん、とのっていたのだ。

「ああー、さっきの子が忘れてったんだ、どうしよう」

 母娘のいる店の場所はだいたいわかるが、やや遠い。届けようにも家の車は夫が使っているし、眠っている娘を連れてバスで移動するのは一苦労だ。

 メイ、と呼ばれていたあの女の子のお気に入りのオモチャなら、早めに届けてやりたいが、と璃玖は考えて……。

「……そうだ。いいこと考えた」

 まず携帯で、先ほどの母親が言っていた酒屋の店名と、詳しい住所を調べる。『香嵐酒店』というらしい。

 ベビーカーを押して公園を出ると、国道へ。『ハウンド運輸』の集配所はすぐそこだ。

(獣人さんが、骨の形の封筒でオモチャを持ってきたら、あの子喜ぶんじゃないかな)

 璃玖は軽い足取りで、集配所へと歩いて行った。


◇  ◇  ◇


 クーン、という鳴き声に理恵は立ち上がると、藍染めの暖簾を分けて店側に顔を出した。

 すでに陽も落ちた時刻で、煌々と電気のついた店内の陳列棚の間を、ダックスフントがするすると入って来る。

「お帰り。どうしたの、あんたいつも裏から入るのに」

「おたえりー」

 奥から、すでにパジャマ姿の芽依も出てくる。

 ダックスフントは顔をくっと上げた。口に、A5位の大きさの厚みのある封筒をくわえている。封筒は、漫画などでよく犬がくわえている骨の形だった。

「ほね!」

 喜ぶ芽依が受け取り、理恵は屈みこんで封筒を見た。宛名は『香嵐酒店 めい様』、差出人は『みやしろ れいみ』となっている。

「え、芽依宛て? 知らない人だなぁ」

 つぶやいていると、ダックスフントがぴょん、と飛び上がって宙返りをした。

 降り立ったのは、長髪、細面の人間の青年。理恵の弟、敏だ。『ハウンド運輸』のジャンパーを着ている。

「変な匂いはしないよ」

「そうね」

 理恵は封筒の匂いを嗅いだ。

 めったに変身しないとはいえ、理恵も敏と同じく獣人だ。先祖は人間の猟師で、すでに時代遅れと言われながらも猟の技を究めるうちに、半世紀ほど前から猟犬の特徴を発現させて行った種族なので、嗅覚が鋭い。

「宮代さんは芽依の名前知ってんのに、ねーちゃんは宮代さん知らねーの?」

「え、敏は知ってんの?」

 驚きながらハサミで封を切る。すると、中からは携帯電話のオモチャと、ピンク色のメモ用紙が一枚。

『オモチャ貸してくれてありがとう! 公園で会った赤ちゃんより』

「あー! 今日の昼間、会った子だ! やだ、公園に忘れてたんだー」

 声を上げながらオモチャを芽依に渡す。忘れたことさえ忘れていた芽依は、それでも嬉しそうに「めいの!」と受け取って奥に戻って行った。

「パートさんに『この住所、敏くんちよね』って渡されてさ。宮代さんって俺のお客さんなんだけど、知り合いなのかと思ったよ」

 敏の言葉に、理恵はうなずく。

「たまたま公園で、ママと娘さんに会ったんだよ。店の話もした。そっか、あたしが敏の姉だって知らないでハウンド使ったのね、うわー偶然だー」

 そして理恵は、あれこれ考え始めた。

「でも、配送料使わせちゃって悪いことしたな。何かお礼……」

「また宮代さんち行くかもしんねーし、お礼言っとくよ。さー風呂風呂」

 店の裏階段から二階に上がろうと、立ち去りかける弟の腕を、姉はガシッと引き止めた。

「じゃああんた、今度宮代さんちに行ったら、お礼に一発芸やってきなさいよ。鼻の上にボール載せるとか、二足歩行とか、踊るとか」

 敏は慌てて叫んだ。

「やらねーよ!」

「いつも芽依にやらされてんのを、そのままやりゃいいじゃん」

「自分でやれよ!」

「やーよ、ただでさえ出戻り娘なのにこれ以上恥かけないもーん」

「もーん、じゃねーよ! 俺だって同業者にでも見られたら恥だよ!」


 結局のところ。


 敏は次に宮代家に配達に行った時、『ハウンド運輸』の販促品であるダックスフントのぬいぐるみ――手のひらに乗るサイズで、制服のジャンパーとキャップをかぶりドッグタグをつけている非売品――を宮代玲海嬢に進呈することで、姉と姪が世話になった礼に代えたのだった。




【この街の、ハウンド運輸 おわり】

趣味に走り、グッズにこだわってみました。

遊森はク○ネコ○マトの配送車のミニカー持ってます♪


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