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棘の姫は薔薇に焦がれる 作者:山本 風碧

第二章 王太子妃ディアナ

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 王太子妃ディアナ。その女を目にした時、初めて王妃を見た時よりも激しい衝撃と、加えて嫉妬の嵐にステラは苛まれた。
 王妃の魅力は華奢でしなやかな身体からにじみ出る色香だったけれども、この女からは全く逆の魅力を感じた。
 遠目から見たことはあったが、国一番の美女と讃えられるのは世辞だとステラは思っていた。だがそれは間違いだった。ディアナは女らしいとはこうあるべきという見本のような――そして、男の願望をそのまま形にしたような体をしている。だというのに、清潔感に溢れる漆黒の髪はその妖艶な印象を覆す。同色の瞳はきらきらと宝玉のようでみずみずしく、整った愛らしい顔は媚が一切なく清楚そのもので、聖女のような微笑みを湛えているのだ。
 薔薇のように妖艶なのに野の花のように可憐。少女と成熟した女性の魅力を一つの体に詰め込んだ最高級の女、それがディアナだった。
 負けを認めそうになったステラだったが、グッとこらえて顔を上げる。ひょっとしたら中身は醜悪な鼻につく女かもしれないではないか。
 だが、その淡い期待もすぐに打ち砕かれることになる。
 プリンセス・ディアナはステラを見るなり、ぱっと顔を輝かせた。そして、妃とは思えない気さくさで話しかけてきた。

「ミス・ステラ・メレディス。王妃陛下から噂を聞いて、私がぜひにってお願いしたの。ご迷惑じゃなかったかしら?」

 出鼻をくじかれ、ステラは顔をひきつらせる。

「め、迷惑なんて、とんでもないです」
「でも、王妃陛下の傍付きに比べたら、私のところはつまらないと思うのよ。ほら、私、身重で、あんまり動くことができないから。王妃陛下のお傍だと、いろんな晩餐会や舞踏会に参加したりで忙しいけれど、その分楽しいことも多いと思うの。それに、私自身気の利いたこと言えないし、馬鹿だってジェラルドによく言われるし、面白みがないのよね、きっと。それじゃあ駄目だっていつも思っていたのだけれど、あなたの噂を聞いて、この方だ! って、なんだか運命を感じちゃったの。私、この国のために少しでもいい妃になりたいの。だから色々教えてちょうだいね」

 矢継ぎ早にきらきらとした善意の言葉の塊を全力で投げつけられて(少なくともステラはそう感じた)、ステラは降参するしかなかった。ああ、初戦はどうやら完敗だ。

(どうして神はこんなにも不公平なのかしら)

 嫉妬は醜いから嫌いだった。だけど、これほどの不公平に、はたして嫉妬しない者がいるだろうか。
 片や伯爵家に生まれ、何不自由なく育てられた絶世の美女。だというのに傲慢さの欠片もなく控えめで、向上心にあふれている――ように見える。いずれ公爵を継ぐ王子に結婚を申し込まれただけではなく、王太子となる王子に奪うように求められるのも、誰もが納得するだろう娘。
 片や、田舎の男爵家に生まれ、借金の形に成金男に結婚を強要されかけている崖っぷちで、特筆すべき美点のない娘。
 最初から勝負はついている。そんなこと、わかっている。だけど、だからといって諦めたら、納得するまであがき続けなければ、絶対後悔するのだ。そう思って、いつでも自分が手に入れられる中で、最高のものを手に掴んできた。
 それでも、ディアナの笑顔は眩しすぎた。彼女の微笑は敵だと認定しているステラの心をほぐすようなやわらかな熱を持っていた。
 勝ち目がないと直感する。それでもステラは、まだ顔を上げ続ける。

(諦めない、諦めないわ)

 望みは、まだある。精神的な障壁はあろうとも、距離だけならば、王妃の元よりはディアナの元にいる方が王太子には近い。何か方法はあるはずだ。
 ステラは残る気力を振り絞って、笑顔を浮かべた。鏡の前で何度も練習した、いつか王太子に向けて微笑むときのための、最高の笑顔だ。

「ご期待に添えるよう、精一杯務めさせていただきますわ。――どうぞ、よろしくお願い致しますね」


 *


 だが、数日後、ステラは大理石で作られた美しいチェス盤を前に難しい顔をしていた。

(ああ、負け犬公爵と、あんな約束しなければよかったのかも)

 王太子を落とすにも恋敵にそうと知られることなくと条件をつけると、すこぶるやりにくい。その上、ディアナには絶対手を出すなと脅されている。八方ふさがりとはこのことである。
 ディアナは令嬢にしては珍しくチェスが好きらしい。王妃からステラがチェス盤を持っていることを聞いたらしく、それが勧誘の一番の決め手になったそうだ。

「昔からチェスが好きだけど、女性の友人で相手をしてくださる方っていなくて。ほら、普通の令嬢にとってゲームは社交の道具でしかないでしょう? だから、熱中しているとどうしても変わり者扱いされるのよね。久々に、こんなふうに真剣勝負してみたかったのよ」

 くすくす笑うディアナは本当に楽しそうだった。ステラはステラで負けず嫌いが高じてついつい熱中してしまう。ステラもディアナと同じく、チェスの相手は父親くらいしかいなかった。

「プリンセスのお相手ができて光栄ですわ」

 お愛想でにこやかに答えると、ディアナはむっと眉を顰める。

「プリンセスっていうのはやめていただけると嬉しいわ。真剣勝負に身分なんて邪魔でしかないの。遠慮して負けたり絶対しないでちょうだいね。許さないから」 

 むきになるディアナはステラよりも三つ年上だというのに愛らしささえ感じた。これは男が落ちないわけがない。小さく息を吐きつつ、「心得ましたわ」とステラは頷く。

「それから、それ。その話し方も二人きりの時はよそよそしくて嫌よ」
「ですが」

 ステラが渋ると、ディアナは微苦笑する。

「私ね、ずっと侍女ではなくて、友人が欲しかったのよ。王妃陛下からあなたの話を聞いて、絶対気が合いそうだと思ったの」
「そんな。確かにチェスを嗜んだりする娘は珍しいかもしれませんけれど……プリンセスと私が友人なんて」

 何言ってるのこの人。驚きが大きくて、若干引くくらいだ。だが恐縮するステラの言葉をディアナは遮る。

「あなた、細かい仕事を自分で見つけていたのでしょう?」

 くすりと笑われて、ステラは目を瞬かせた。仕事の成果のみ目に留まっていたかと思っていたから意外だったのだ。

「実は私も、王妃陛下の侍女をしていたとき、同じように過ごしていたの。……だって暇なのに手を動かさないなんて、なんだかもったいないでしょう? 無為に過ごすのって一番人間を駄目にすると思うのよ」
「え? もったいない?」

 裕福な令嬢らしからぬ言葉が聞こえた気がして、ステラは耳を疑った。そんなステラをディアナは更に翻弄する。

「それで仕事を探して、畑仕事までやったら変人扱いされちゃって……あ、そうだ、私の自慢の品、見てくださる?」
「は、畑!?」

 目をチェス盤のように白黒させるステラは、ディアナに手を引かれて部屋から連れだされた。階段を降り、長い廊下を歩き、たどり着いたのは、王宮の中庭だった。片隅に垣根で区切られた区画が有り、中には見事に咲き誇る薔薇があった。
 甘い香りが漂っている。それはクリーム色とピンクのグラデーションのかかった花からこぼれているように思えた。

「この区域を勝ち取るのに苦労したのよ? 園丁のおじいさん、がんこで、絶対に譲ってくれなくて。でも素敵でしょう。ダイアナという名の薔薇なのですって」

 ディアナの目には愛おしさと懐かしさが滲んでいる。自慢に思うのもよくわかる。誇り高く空を見上げる薔薇は、とても美しかった。

「まさか、これをあなたが?」
「すごいでしょう。土から作ったのよ?」

 誇らしげにディアナが言う。彼女が絹の手袋を取り去ると、そこからは驚くほど荒れた手が出てきて、ステラは思わずぎょっとした。

「土いじりってどうしても手が荒れるから」

 恥ずかしそうに頬を染めるディアナは酷く愛らしい。心がくすぐられるような心地がして、ステラは思わずほころびかけた頬を慌てて引き締める。

(ちょっと! 恋敵相手にほだされてどうするの!?)

「ああ、でも、この香り……ちょっと今はキツイわね」

 ディアナは苦笑いするとハンカチで口元を、そして空いている方の手でお腹を押さえる。影で控えていたのか、古参の侍女のルシルが慌てて駆け寄って「お体に障ります!」と部屋に戻るように促した。そしてステラにも「大事なお体なのですからね! 連れ回して頂いては困ります!」と文句を言う。
 同僚からの理不尽な苦情に顔をしかめかけたステラだったが、

「ステラを叱らないで。私が連れ出したんだから」

 ディアナがすかさず命じる。ルシルは顔を歪め、「出過ぎました。申し訳ありません」と恐縮する。

「ああ、もう、いつも見張られているみたいで窮屈でたまらないわ」

 ステラに向かって小声で文句を言いつつも、ディアナは仕方ないとルシルに従おうとする。だが、一瞬の隙に、じょうろを手に薔薇の元へと戻った。

「ディアナ様!」

 目を釣り上げるルシルに、

「お願い、水だけでもあげさせて。ここ数日、雨が降っていなくて、土が乾いているわ」

 切羽詰まった様子にステラは驚く。たかが花、そうは思えない切実な響きがあったのだ。

「いいえ。お体が冷えますし、怪我でもされたら大変です。園丁にお任せください」
「でもこの薔薇は――……」

 ディアナは胸元をぎゅっと掴むと、眉を顰める。

「大事な思い出なの。枯れちゃったら、辛いわ」

 名残惜しそうなディアナにステラは思わず申し出る。

「私がやっておきますから」

 自分でも驚いたが、目を見開いたディアナは、「おねがいするわ」と微笑む。そしてルシルに追い立てられるように部屋に戻った。

(思い出ってなにかしら?)

 ただ事じゃない様子を気にしながらも、ステラは半ば強制的に連れて行かれるディアナの背中を見送った。
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