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棘の姫は薔薇に焦がれる 作者:山本 風碧

第三章 仲直り、そして

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 王宮はやっと夜会から解放されて、寝静まった頃だった。密かに通された応接室で、ステラとヴィンセント、それから王太子が向い合って座っていた。真剣な面持ちで火花を散らす一触即発の静寂を破ったのはヴィンセントの言葉だった。

「まず話を聞かせてくれないか。この間君はミス・ステラと僕を信用してくれたはずだったと思うけれど」

 王太子は苛立った様子で背後にちらと視線をやった。

「その手紙を彼女が持っていたのを見たと目撃者が出たんだ。ディアナの侍女だ。文句があるなら彼女に聞け」
「ディアナの侍女? ミス・ステラのことじゃなくて?」

 ヴィンセントが怪訝そうに尋ねる。

「もう一人いるの」

 ステラは口を挟み、王太子の後ろに控えていた侍女をじっと見つめた。

「ルシル――あなたが? どうして」

 多少生真面目すぎるところがあったが、互いにディアナを大事にする、信頼できる同僚だと思っていた。裏切りに似たものを感じて、ステラの胸が痛む。控えめに頭を下げるルシルの前で、王太子は苦い顔をしている。

「おれもディアナも長く勤めてくれている彼女を買っている。信用するのも当然だろう? 以前、ハントリー嬢が公妾を志望していたということを進言したのも彼女なんだ」

 ルシルは青い顔をしていたが、ステラをきっと睨んでいた。その目は正義感に燃えているように見えた。

「手紙はステラの持ち物でございます。私、彼女がその呪われた手紙を読んでいるところを見ましたから」

(ああ、あのとき見られたのね)

 ステラはルシルが部屋を覗きこんだ時のことを思い出して納得するものの、なにか妙な違和感を感じた。

「ふうん……。で、ミス・ステラはいつ、どうやって手紙を紛れ込ませたんだろうね」

 ヴィンセントは静かに問う。

「さあ、執事が目を離した間に手紙を紛れ込ませることなど、王宮の使用人なら簡単な事でしょう」

 やはり型にはまったように言うルシルに冷たい目を向けると、ヴィンセントは切り口を変えて、控えていた執事セバスチャンに問う。

「あの手紙を見せてくれ」

 セバスチャンが銀盆の上の手紙を差し出すとヴィンセントが受け取って光にかざした。

「郵便じゃないな」

 ヴィンセントがポツリと言う。確かに手紙には切手は貼られていない。

「郵便を使えば、送り主を伏せたまま確実に届けることができる。もし僕だったら、犯行を隠すために郵便を使うよ。王宮で働いているなら、なおさらだ。使う発想がないとなると、犯人は貴族だろうな」

 ステラはひっそりと頷く。十年前に始まった郵便制度は、安いけれど、貴族の間では礼に欠くとされていて、あまり浸透していない。外聞を気にして、まだまだ使用人が直接届けることが多いのだ。

「届けたのがどこの者かはわからなかった?」

 ヴィンセントがつづけて尋問すると、

「わかりません。ルシルの証言を先に聞いてしまったので、てっきりミス・ステラ・ハントリーが紛れ込ませたのだと……」

 非を感じているのか、気まずそうにセバスチャンは俯いた。
 だが、王宮に届く手紙は大量だろう。中身を見ることができないのだから、彼を責めるのは酷というものだ。それはわかっているのか、ヴィンセントはそれ以上の追及をやめた。

「とにかく、ずいぶん証言が曖昧だと思うな。もう一度、王妃陛下にお願いして、調査できないかな」

 そう言うと、王太子は目を伏せてため息を吐いた。

「母上は頑固だからな。もうハントリー嬢を犯人と決めてかかっている。よっぽどのことでもないと、他者の意見になど耳を貸さないだろう」

 ヴィンセントは頷くものの、やがて納得いかなそうにつぶやいた。

「ずっと気になっていたけど、呪殺という手段は、今の時世、あまりにも中途半端過ぎるんじゃないかな」
「何が言いたい?」

 王太子が問い、ヴィンセントは慎重に言葉を紡いだ。

「得られる結果の不確実さと、発覚した時の罪の重さとの釣り合いが取れないと思うんだ」

 ステラは確かにと思う。
 呪殺と聞いたら、馬鹿げているという印象がまず浮かぶけれど、だからといって罰しない訳にはいかないだろう。成果が得られないのに、罰を受けるなんて、ステラだったら絶対やらない。
 頷くステラの前でヴィンセントは続けた。

「だけど、たとえば、犯行の目的がディアナの子を殺すことではないのならまた見え方が違ってくる」
「どういうことだ?」
「ディアナに被害がさほど与えられないと考えてみると、この呪殺事件で結局一番被害を被ったのはミス・ステラだ。彼女に恨みを持つものが彼女を王宮から追い出したかった、とは考えられないかな?」

 意外な切り口にステラは目を見張った。

「私を?」
「うん。ほら、手紙の差出人本人とか。あの手紙に書かれた妄執もすごかったし、王都まで出てきて、君を連れ去ろうとするくらいだ」
「トマス? まさか。あの男は男爵位がほしいんだから、私が捕まったら元も子もないもの。追い出すにしてももっとずる賢くやるわ」

 ステラが呆れると、ヴィンセントはくすくすと笑う。

「まぁ、それは冗談だとして。他にもいると思うよ。――そこの彼女とかね?」

 トマスと言った時とは違い、今度はヴィンセントの目が笑っていない。案の定その笑顔を向けられたルシルは、先程までの気丈さを捨てて真っ青になった。

「何を言われるのです。ちがいます。私は――」
「君がステラをはめたね?」

 ヴィンセントの声には確信がこもっていた。

「ちがいます! 証拠もないのにそんなことをおっしゃるのは、いくら王子殿下であっても横暴ではありませんか」

 反論するルシルにヴィンセントはぽつりと零した。

「証拠ならあるよ?」
「え?」

 虚を突かれたような顔をするルシルにヴィンセントは言った。

「君は、どうして、あの手紙を『呪われた』手紙だと思ったのかな?」
「それは、見ればすぐにわかるではないですか」
「いいや、僕は一度見せてもらって読んだことがあるけれど、あの手紙が呪いの手紙とはすぐには思えなかったな。一見はただの恋文だろう。最後まで読んで・・・・・・・ようやく内容が特殊だと思ったんだけど。君は人の手紙をそんなにじっくり読んだってこと?」

 彼の笑顔には有無を言わせない迫力があった。普段が穏やかだからこそ、この凍りそうな視線には威力があるとステラは思う。

「それに、公妾の告げ口についてもおかしいよ。どうしてただの侍女でしかない君がステラの目的を知ることができたんだ?」
「……そ、それは噂話で聞いて」
「ふうん、で、それは誰から? 噂話で広がるくらいなのに、僕は一度も耳にしたことがないけれど」

 ヴィンセントが追及すると、ルシルはぐっと詰まった。

「君はステラの持っていた手紙を全て盗み見たんだろう? 僕からの手紙も、彼女のご両親からの手紙もすべて」

 驚いて目を見開くステラの前で、ルシルはとうとう絶句して俯いてしまう。

「だいたいさ。ステラが犯人じゃないのなら、彼女と同じ侍女の立場にあって、同じことができる君が一番怪しいんだよ。手紙の内容を知っているってことはつまり、手紙を読める、そして盗めるんだ。今、君は、自分でそう証明してしまったんだよ」

 笑顔で淡々と追及を続けるヴィンセントに、ルシルの顔は蒼白になっていた。

(あぁ、その顔、やめてあげて……! ほんと、怖いから!)

 彼のいびつな笑みを見ていると、ステラは怒るよりもルシルのことが気の毒になった。
 そしてルシルの気持ちもわかる気がして、静かに問う。

「動機は、私が、あなたの居場所を奪ったから?」

 ルシルはステラと目が合うと、一気に目を釣り上げた。

「そうよ。でも公妾を狙っていたあなたに責められる謂れはないわ」

 ステラは負けじと彼女を見返した。

「確かに私だってディアナを傷つけることをした。だけど、こんな、子の命まで脅かすこと、考えもしなかった。そこまで堕ちてなんかいないわ」

 するとルシルは訝しげに片目を細めた。

「お子さまの命?」

 会話に齟齬を感じて、ステラは問いなおした。

「だって、あなたが呪殺しようとしたのでしょう?」
「何? 何か誤解しているわ。私がやったのは手紙を読んだことと、あなたが捨てた手紙の切れ端をディアナ様の部屋に落としたことと、告げ口をしたことだけよ! 呪殺なんてそんな大それた真似、できるわけない!」
「なんだって?」

 黙って聞いていたヴィンセントが口を挟む。

「手紙じゃなくて切れ端? 呪うような言葉が載った?」
「そんな――、ただ殿下とステラの友情にひびが入るくらいの、本当に悪口というか厭味というかその程度のことです。いえ、それだけでも十分申し訳ないとは思いますが……」

 恐縮して黙りこむルシルに、そんなことはどうでもいいとでも言うようにヴィンセントは迫った。

「あとは、ステラが手紙を持っていたって偽証しただけ?」
「偽証ではなく、本当に、見たことを告げただけで……どうか信じてくださいませ」

 うつむくルシルは、突如自らに降りかかった大きな罪に動揺を隠せないでいる。

「確かに、ディアナの寵愛を欲しがっている彼女が、ディアナに危害を与えると考えると、矛盾があるか……でも、じゃあ、一体この手紙を出したのは誰なんだ――……」

 考え込んだヴィンセントが、手紙をなぞってふと青ざめたのと同時だった。
 静かに話を聞いていた王太子が、寄りかかっていた椅子から背を起こすと口を開いた。

「使用人を全部当たれば、それを持ってきた人物を特定できるだろう。だけど……さっきの話だが――これだけ郵便が発達したのに郵送という発想がないとなると、貴族の、それもまあ、けっこう裕福な家だと限られると思う。そして、ミス・ステラに恨みがあり、ディアナの腹の子が邪魔な人間となると、もっと限られるな。おまえは呪殺は中途半端だというが、王宮の警備は厳重だから、そんな方法しかディアナに手を出す方法はないんだ。おれはおまえのことは信じているが……」

 言い難そうに言葉を濁して黙りこむ王太子に向けて、尋常じゃない顔色をしたヴィンセントが悲壮な顔を向けた。

「……僕は、ちょっと席を外させてもらう。――すまない。ジェラルド」
「わかった。おれとおまえの予想が外れてくれることを願う」

 王太子が何もかも会得した様子で頷くと、ヴィンセントは部屋を飛び出していく。ステラは思わず訴えた。

「私も失礼します!」

 言ってしまったあとで自分が今尋問中だったことを思い出し、無謀さに気が付いたが、王太子はなぜか止めもせずに「あいつが無茶をしないように、頼む」と頷く。ステラは頷くと、ヴィンセントの背中を追った。
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