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棘の姫は薔薇に焦がれる 作者:山本 風碧

第二章 王太子妃ディアナ

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 抱えたままのステラをヴィンセントは箱型馬車に詰め込んだ。そしてそのまま一言も発さぬまま、彼女をストックポート公爵邸に連れ帰った。

 強引に参加させられた夜会で、ステラの姿を目にしたヴィンセントは、己にかけられた罠の匂いを感じ、警戒を深めていた。だけど、ステラがジェラルドを追っていく姿を見たとたん、思わずホールを飛び出していた。――ジェラルドが自分も罠に嵌めようとしていることもどうでも良くなっていた。
 釘は差していたし、ディアナとの友情をステラは大事にしているように思えていた。
 ステラの乱心にもだが、読みきれなかった己の計算違いが腹立たしい。
 ステラはさすがにいつもの気丈さを失い、青ざめたままヴィンセントについてくる。いや、あのように王宮を後にした今、彼女にはもう行く場所などないのだ。

「こんな夜中に女性を連れ込むなんて。どなたかに見られたらあらぬ噂になりますよ」

 とオスニエルが諫めたが、構わずにヴィンセントはステラを屋敷に入れ、応接室に入れる。
 そして人払いをすると、とたんに口火を切った。

「君は馬鹿だ――底なしの」
「言われなくてもわかっているわよ」

 ステラは悔しそうに唸るが、静かに自分の愚行を認めた。
 ヴィンセントは言い足りずにいらいらと口を開く。

「さっさと領地に返していればよかったな。大体、君は男爵令嬢なんし、しかも領地に帰れば恋人もいるみたいだし、何不自由なく暮らせるはずなんだろう? 僕にはわからない。ディアナの好意も全部無駄にして、彼女を――それから自分も傷つけて。ジェラルドの公妾というのは、君にとってそこまで価値があるものなのか!?」
「あるに決まっているわ。じゃないとあそこまでするわけがない」
「どんな価値? ディアナという友人・・を失ってまで手に入れるほどのもの?」

 友人と強調すると強気だったステラの顔に悲壮感が滲む。弱点だったのだろうか、泣き出しそうな顔でステラはヴィンセントを睨む。
 そして今にも震えそうな声を、ヴィンセントに向けてはなった。

「裕福な家に生まれた王子様のあなたに何がわかるの? 何もかもに恵まれているくせに、一歩足を踏み出せば何もかも手に入れられるくせに、その一歩さえ怖がっている臆病者のあなたに」
「なんだと?」

 反撃にヴィンセントが気色ばむと、ステラは馬鹿にするようにふんと鼻で笑った。

「苦労知らずの王子様に世の中の厳しさを教えてあげるわ」

 燃やそうと思って持っていたけれど、意外な使い道があったものね――そう言って彼女が取り出したのは一通の手紙。トマス・アボットの手紙だった。
 怪訝に思いながら開いてみると、相変わらずくどいくらいの愛の言葉が連なっている。だが、ふと文面の後ろの方に目をやって、ヴィンセントは己の目を疑った。

『あなたは自分だけが幸せになるつもりなのか』
『私の幸せを踏みつけて微笑むことができるのですね』
『あなたが裏切れば、あなたの大切な人たちはどうなるのかな』

 込められた愛――いや愛と言ってしまうには淀みすぎた感情が、身にまとわりつくような心地がした。ぞっとしたヴィンセントは思わず手紙を取り落とす。

「……なんだ、これ」
「素敵でしょう? こんな熱烈な手紙、あなたもらったことがあるかしら?」
「どういうことだ」
「アボット家は上流貴族の仲間入りを果たしたくて必死なのよ。うちの両親、本当に馬鹿だから。新しい事業とか、新しい衣装とか、彼らが与えてくれるものを親切だと誤解して、少しずつ財産を切り崩したの。で、それは全部うちの爵位が欲しかったからってこと」

 淡々と話すステラに、その内容にヴィンセントが絶句すると、彼女は愉快そうに笑った。

「あとはわかるでしょう? 私、借金の形にトマスに売られるの。こんな陰湿な手紙をよこすような、根暗で卑屈な男と結婚して、爵位を継がせるためだけの息子を産まないといけないの。――借金のためにあんなナメクジみたいな男の子供を産むなんて、死んだ方がマシよ!」

 ステラは吐き捨てるように言うと、突然高笑いをし、ヴィンセントに鋭い視線を向けた。

「私にだって幸せになる権利はあると思うわ。最後まで足掻いちゃいけないの? 運命だからって諦めなきゃいけないの? 私、そんなたいそうな望みは抱いていないわ。普通の結婚なんてとうに諦めてる。でも――でも、同じ金で買われるなら、条件の良い男を選びたいだけ。少なくとも尊敬できる男と一緒になりたいだけ。――それの何が悪いの? ねえ? 私、何か間違ってる?」

 彼女は口元に辛辣な笑みを浮かべ、瞳を火のように燃やしていた。だけど、握りしめられた拳はぶるぶると震えていた。
 ヴィンセントは上着を脱ぐと、彼女の肩に被せる。そして上着の上からそっと彼女を抱きしめた。

「悪かった」

 彼女は逆らわずにヴィンセントの胸に顔を伏せる。顔が見えなくなったとたん、胸の辺りに染み込む熱い雫を感じる。上ずった声で彼女は続けた。

「私悔しいの。あなたが一歩踏み出せばすべてを手に入れられるのにって、もどかしくてしょうがないの。――欲しいなら、欲しいって言えばいいのよ。ちゃんと欲しがって、手を伸ばさなきゃ駄目なのよ。幸せなんてすぐ逃げちゃうんだから。こっちから捕まえに行かなきゃ、手に入らないの。絶対に」
「もう、何も言うな。君の言う事は正しいよ」

 衣を濡らす涙と共に、彼女の言葉が胸にまで染み込んで行く気がした。

「私は、ちゃんと言ったわよ。王太子殿下に『好きだ』って。だからあなたもディアナにちゃんと伝えて。物わかりのいい顔なんてしないで。どうしても諦めきれないって、ちゃんと言って」
「わかったから。もうそれ以上言うなよ」

 報告に少なからず衝撃を受けたヴィンセントが、反射のように強く言って遮ると、ステラが顔を上げた。腕の中からじっと見上げる顔は涙でぐちゃぐちゃだったけれど――涙で洗われて熱を冷まされた空色の瞳がすごく綺麗だった。
 ヴィンセントはステラに魅入った。泣き顔から目が離せなくて、以前オスニエルの言っていた事――殿下は昔から人を泣かせては喜ばれておりましたが、まだご卒業されていらっしゃらないようで――というのを思い出す。

(ああ、僕は、ずっとこの顔が見たかったのかも)

 じっと見つめていると彼女の方が気まずそうに目を逸らす。

「と、とにかく、あなたもちゃんとディアナに伝えなさいよ。これ以上私に臆病者って言われたくないでしょ」
「うるさいな」

 ヴィンセントは既にこの憎らしい口を塞ぐ方法を知ってしまっていた。
 さっきは単純に言葉を奪いたかっただけ。けれど、今度は他のものを奪いたくてくちづけた。ステラはもがいたけれど、ヴィンセントは自分の気が済むまで離さないつもりだった。
 けれど、絡めた舌に噛み付かれそうになって、渋々彼女を離す。
 肩で息をした真っ赤な顔のステラは、ぐいぐいと血がにじむほどの勢いで口を拭い始める。

「ちょ、っと、君、何してるんだ……!?」

 ヴィンセントがぎょっとして腕を掴むと、ステラは叫んだ。

「何してるは私の台詞! 気持ち悪いことしないでよ! ――あ、そうだ。さっきのあれ大丈夫だったの!? ディアナはきっと誤解したに決まっているわ!」

(気持ちわる……い………………!?)

 さすがのヴィンセントも傷ついた。これでは今のがキスだとはとても認められないではないか。

(これは言えない。今言えば、確実に玉砕する――!)

 喉元まで出かかっていた愛の告白をぐっと飲み込むと、ヴィンセントは言う。

「うるさい口を塞いだだけだよ。ひとまず落ち着いて僕の話を聞けよ」

 だが前途多難だと思いつつも、諦める気にはならなかった。彼女にこれ以上負けたくはない。

「君の頑張りは評価する。だから僕ももう逃げないことにする」
「なに? ようやくその気になったって言うの? 今さら?」
「ああ。逃がすのは勿体ない気がしてきたから、ね」

 すると、ステラは目を丸くして、急に焦りだした。

「あ、あの、あんな風に言っておいて悪いけれど……もう手遅れじゃない? あの二人の間に割って入るのは並大抵のことじゃあ、」

 そんなこと、国中が周知している。そんな手遅れの状態で、頑張っていたのはどこの誰なんだと、ヴィンセントは吹き出しそうになった。

「いや、そうでもないと思うよ。君がやってみせたのだから、僕にだってできるはずだし。……まぁ、苦労はしそうだけれどね」

 あまりに反応が面白すぎて、誤解を解くのは後日にしようとヴィンセントは決める。

「え、でもディアナに手を出したら、あなた王太子殿下に殺されるわよ? それでもいいの?」

 ステラは妙に慌てている。自分がした無茶でどれだけの人間が肝を冷やしたかも知らずに、人が同じ事を
しようとすると心配するらしい。

(変な子だよ、本当に。どれだけ捻くれているんだ)

 そう思いながらも、ジェラルドの疑いの眼がヴィンセントの眼裏に蘇る。裏切られた――彼もまた、そんな目をしていた。だが、あの目はもっと昔に向けてもらうべきだったのだと、今思うとわかる。勝者と敗者が対等でいられるのは、正々堂々と戦って勝負がついた時だけだ。ヴィンセントは、まだ戦っていない。君の幸せを願うと、勝負の行方をディアナに委ねただけ。己の望みをぶつけなかったし、ジェラルドとも戦っていないのだ。

「いいんだ。今までが不自然だったって、君のおかげでわかったし。一度決着は着けておかないと前には進めないのかもしれない」
「ねえ、あの、伝えるのはいいけれど、それ以上は止めた方がいいかも! 見込みないって保証するから! 王太子殿下には絶対勝てないわよ! 色んな意味で! 命かけても無駄だったら浮かばれないでしょ!」
「…………」

 急に態度を変えて説得をしようとするステラを無視して、足をテラスに向ける。忠告が嫉妬のせいだったら嬉しいのにな――そう思いながら中庭に出ると、月の沈んだ後の空に星達が燦然と輝いていた。

(さて、どうやって攻略するべきかな。ジェラルドに比べて随分評価が低いみたいだしな。とりあえずは負け犬返上から始めるべきか?)

「ねぇ、ちょっと! 聞いているの!?」

 ステラはさらにヴィンセントをこき下ろしているが、彼は鼻歌を歌って聞き流す事にした。
 爽やかな初夏の夜風が、彼の背中を押してくれているような気がして、頬が緩んだ。
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