両親と上司と結婚話
久しぶりに会った両親を自分の勤め先に連れていく。うん、これだけ書くと何の罰ゲームだということになるな。普通は、自分の家族と仕事関係の人間は切り離して考えられるんだが......俺の場合、下手に勇者なんていう特殊な有名人だからな。その親族も広い意味で国の重要人物になる。
「ウォルファート、お前馬車なんか使って仕事行ってるんかい。軟弱やのう」
「ほんまにまあ、こんなことしてたらどんどんひ弱になるんちがうの? わたしゃ心配やわあ」
その重要人物二人から朝から元気だ。一晩寝たらおやじの腰は完治して、全く支障は無いようだ。その分、口も達者になっている。ちょっとげんなりしてしまった。
「普段は雨の日しか使わんっちゃ。今日はおやじとおふくろおるから特別や」
俺の言葉に両親は「ほうか、ほうか。すまんのう」と頬を緩めた。うん、それも理由の一つではある。だが、町の人に俺が二人と一緒にいるところを見られるのが面倒という理由もあった。絶対騒ぎになるだろうし、「握手してください!」と言い出す人もいるかもしれない。
イヴォーク侯の計らいで、今のところ幼稚園の関係者には他に漏らさないよう指示が飛んではいる。俺の周りが騒がしくならないように、との配慮だ--ギュンター公に会わせた後ではどうなるか分からないが、俺と両親に気を使ってはくれるだろう。
「一つ聞きたいんやけど、俺が勇者だってことで家訪ねてきたりする人おらんやった?」
「特にいなかったねえ。田舎やからっていうのもあったんちゃう?」
俺の問いにおふくろが答えてくれた。ちょっとホッとした。
「勇者っちゅうのはそげなすごいもんなんかいな?」
「一応、この国の救世主って扱いやけど......」
「わしも頭では理解しとるが、実感が湧かんねん。家出た時の十八歳のお前のまんま、わしの中では止まっとるからな」
「あー、そんなもんかもなあ」
おやじの言いたいことも分かる。昨日聞いたが、王都に着いてからは巡回している兵にうちの屋敷の所在を聞いたらすぐに教えてくれたそうだ。勇者様の屋敷を一目見たいと言う地方出身者は多いので、別に名乗らなくても良かったらしい。
自分の息子の家の所在が町の誰でも--恐らく、子供でも--知っていて教えてくれる。これは確かにびっくりするだろうよ。
(俺、長い間家あけてたしなあ)
少し感慨深く思っている内に、俺達を乗せた四輪馬車は速度を緩めた。そろそろ軍事府に着く頃らしい。
******
「どうぞ」
「失礼します」
あー、やっぱり嫌だなあとこの時は本当に思った。ギュンター公が風邪でもひいて休んでいてくれたら、と切に願ってしまった。形式的にとはいえ、自分の上司に両親を紹介するのはやはり気が重い。
「ウォルファート・オルレアン公爵のご両親でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります。ギュンター・ベルトランと申します」
普通にギュンター公が頭下げて挨拶しているけれどさ。この人が頭下げなきゃいけない相手なんて、シュレイオーネ王国探し回っても五人もいないと思うぞ。それを知っているからか、流石にうちの両親も慌てた。
「こちらこそ初めましてですじゃ、公爵閣下。ウォルファートの父、ゼフと言います。姓はシリルと申します」
「同じく、ウォルファートの母のルーシーと申します。息子がお世話になっとります」
俺と同じ公爵位ではあるが、ギュンター公は筋金入りの名門出身だ。そんな人が頭を下げて挨拶してくれたら、そりゃ緊張するわ。むしろ噛まずに良く言えたとすら思う。
「お噂はかねがねお聞きして......いませんな。いや、そういえば今まで全く、ウォルファート様から親族のことは聞いていないなあとね」
ちら、と若干責めるような視線をギュンター公が俺に寄越した。いや、そりゃ言う機会も無かったし。誰も聞いて来なかったし、ねえ?
最初は心配していたものの、意外とうちの両親とギュンター公の会話は普通に進んだ。俺が本当に勇者としてちゃんと働いているかとか、周囲の人間と上手くやっていけているのかなど、うちのおやじとおふくろは耳の痛いことを聞いてくる。だがギュンター公は「全く大丈夫です」と真顔で答えてくれた。
「ウォルファート様は形式的には私の部下ですが、あのアウズーラを倒した国の宝です。尊敬されています」
「そ、そうっすか? いやあ、照れるなあ」
「だけん、一人で魔神竜でも炎人神でも何でもきんしゃいと言うとると」
吹いた。不意にギュンター公の口から飛び出した地方訛りに。
言った本人は澄まし顔だ。
「いやあ、こんな感じで故郷では話していたんだね、ウォルファート様は。昨日イヴォーク侯から聞いたよ」
「あ、あのタヌキが......! しかも俺、そんなこと言ってねえよ!?」
「そや、都会に出たからって何も綺麗な言葉にあわせんでもええやん。故郷の訛りに誇りを持ちんしゃい」
「おやじは黙ってろ!」
「そうやあ、どうせあんたのことやさかい、田舎訛りは格好悪いいうて必死で標準語にしたんやろ。ほんまこの子は昔から格好つけたがりですねん」
「分かりますよ、お母様のご苦労は」
何て人の悪い上司だろうか。うちの親を丸め込んで一緒に包囲網を敷くとは。このままではまずいと俺が話の方向を変えようとした時。
サッと俺の前におやじが割り込んだ。鈍重そうながっしりした体つきなのに、意外な程素早い。
「あの、こんなウォルファートにですな。一緒に所帯を持ってもええという女子はおらんでしょうか?」
「ちょ、何言ってんだ、やめ」
「ほほう。やはりご両親としてはウォルファート様に家庭を持っていただきたいとご希望ですか」
もう止めてー! ギュンター公が膝を乗り出してきた。抗議の声をあげようとする俺、その肩をガッシと掴むおふくろ。
止めて、痛いんすけど!?
「ええか、ウォルファート。あんたは一人で好きなことばっかしとったらあかん」
「いや、だってそれは昨日俺も双子育てたりしてって説明......」
「昨日の話は昨日の話、今日の話は今日の話やろ。人間過去にこだわったら生きていかれへんよ、分かってる?」
「そんな無理矢理論理聞きたくねえよ!」
油断していた。考えてみれば、一ヶ月かかる旅路をわざわざやってきたのだ。俺がちょっと抵抗したくらいで諦める訳が無いだろう。
しかもこの間におやじとギュンター公は真剣な顔で何やら話している。ぼそぼそと「やはり......独り身では」「いえ、幸いなことに......こちらの方など......」「こ、国王陛下の親族......」という物騒な囁きが聞こえてくる。
ねえ、ギュンター公。そのさ、絵が上手いスキルを生かしてさ。俺の目の前で花嫁候補の似顔絵描くのは--
「--まじ止めてくれないっすか」
本気になってしまった。
いや、これは皆が悪いぜ。他の誰でもない、本人にその気が無いのに結婚だなんだって言うのはさ。おかしいだろ?
「おやじやおふくろの頼みでもやだね。俺、誰かと結婚どころか恋愛もしたくねえんだよ。ギュンター公もさ、俺の為を思ってなのかもだけど。俺、嫌なんだよ」
自分でもびっくりするくらい低く、拒絶的な声だった。皺の増えた両親の手を振り払い、一瞥をくれてやる。常には見ない俺の様子にギュンター公が顔を強張らせた。
「気分を害したなら謝ります。しかし、ウォルファート様。あなたももう三十半ばでしょう。お一人でおられるよりはどなたかと家庭を持って--」
「聞きたくねえな。人には自分で人生決める権利がある。俺の将来は俺が決めますよ」
おやじとおふくろの顔が哀しそうになってしまったのは見ていて辛い。だけど、やっぱり俺も嫌なもんは嫌だ。愛した結果、それは埋めがたい喪失感と凶刃に倒れた仲間の命だった。それを恐れて、避けて何が悪いんだよ。
大人げ無いかもしれないけれど、本人の意向を無視して騒ぐ周囲もどうかしているだろ。
「自分の将来決められる程度には立派なことはしたつもりさ。何が言いたいか分かるよな」
それだけ言い放って俺は席を立った。部屋を出て歩く廊下はいつもより寒々しかった。
******
両親をギュンター公に押し付けた形になってしまったと気づいたのは、軍事府を出て少ししてからだ。気まずいが今はとても戻る気にならない。
だいたい結婚がそんなに大事か? 俺は俺で上手くやっていると思うし、誰にも迷惑はかけていない。
何のために人は伴侶を求めて家庭を作るんだろう? そりゃ男女の営みが無ければ子供は生まれない。つまり人間は滅亡してしまう。生まれたとしても育てられる環境が無ければ、大人になる前に亡くなってしまうだろう。
「何かなあ。じゃあ次の世代を作る為に生きてるのか? それをしない俺は悪いのか?」
独りごちた。フラフラ歩いている内に、城壁近くまで来ていたようだ。西門前か。記憶違いでなけりゃ、リールの町から王都へ引っ越した時に通過した門はここだったと思う。
辺りを見回すと懐かしい店を見つけた。茶色の日よけ布と店先に並ぶ果物が記憶を刺激した。確か、エリーゼが"りんごー"と言いつつ指差した果物屋じゃなかったか。あれがもう三年以上前になるのか。
軒先を覗く。振り向いた店主が驚いたような顔をした。
「これは勇者様! いらっしゃいませ」
「りんごを、そうだな、六つくれるか」
店主が畏まりながらすぐに袋に詰めてくれた。それを待ちながら「俺、昔来たこと覚えてるかい」と聞いてみる。
「は、いえ、恐れながら。買っていただいたことがおありなのですか?」
「もう大分前だけどな。その時は二歳の女の子にせがまれて、やっぱりりんご買ったんだが」
他に客もいないので、少しくらいなら話して問題はなさそうだ。店主が嬉しそうな顔をする。
「そうだったのですか。すみません、全く記憶に無くて」
「いいよ、俺もあの時は顔が分からないように隠していたし。あ、幾らになる?」
「12グランになります。一つおまけしておいたのでご贔屓に!」
陽気な店主の言葉通り、七つのりんごが袋の中で存在を主張している。俺、セラ、シュレン、エリーゼ、それにおやじとおふくろに一つずつのつもりだったが、一個余るな。
「ありがとな。ああ、その時の女の子、りんご美味しいね! と言ってたぜ」
「いや、光栄ですな。エリーゼちゃんでしょう? 噂によるととても可愛らしいと聞いてますよ」
「口喧しくもあるけどね。じゃ」
小脇に袋を抱えて俺は店を離れた。そうか、あの時からもう三年半か。そう考えると結構長いよな。片言しか話せなかった双子もずいぶん大きくなるわけだ。
俺は自信を持っていいのだろうか。例えこの先、誰とも一緒にならなかったとしてもさ。シュレンとエリーゼを育ててきたのは俺だから、と主張して。結婚しなくても次の世代に何か伝えることは出来るだろうと、胸を張って言えるかな。
袋に視線を落とす。あの時と同じ、一個2グランのりんごは赤々と輝いている。これでも食べながら、おやじとおふくろにちゃんと話してみようか。俺の家族はもういるからと。