監獄街(90/115)縦書き表示RDF


監獄街
作:俊衛門



第七章:12


 ナイフの刃を鏡にして、遮蔽物から様子を伺う。

 男たちは銃を向けたまま、動かない。屋内に踏み込もうとは、思っていないようだ。
 (さっきの店主じゃねえが……)
 慎重である。じりじりと歩を詰めつつ、こちらが出てくるのを待っているようだ。
 おそらく、彼らは自分たちがろうとする男のことを知っている。下手に踏み込むと斬り伏せられると思っているのだろう。狭い室内でなら、ナイフや刀のほうが有利になることがある。
 『疵面の剣客(スカーフェイス・ソードマン)』に、接近戦は挑めない――。
 それが、彼らの共通認識なのだろう。
 (俺のことが奴らに知られているのか?)
 そういえば。さっき、彰たちよりも省吾を狙っていたような気がした。わざわざ省吾のことを調べてきたのだろうか。 
 (だが、いずれにしろこのままでは)
 身動き出来ぬまま、いつかはやられるだろう。先ほどの省吾のように。
 この廃屋は、『九宮』である。そして舞や彰は城に縛りつけられ、動けぬシゥアィだ。狙い撃つ砲門や戦車に、いつ討たれるか分からない。
 「俺がナイトになるしかない、ってか」
 脆く、劣化した壁がボロボロと崩れた。一人が音に気が付き、後ろを振り向いた。
 見つかる――。
 だが男はそれ以上気にかけることなく、向き直った。安堵に胸を撫で下ろす。崩れた壁を見て、あることを思いついた。
 「ちょっと、変則だが……」
 うまくやれば、今の状況を打破できる。
 崩れた壁の破片を拾いあげた。煉瓦の欠片は、大分脆くなっているが役目を果すには十分だ。
 男たちに見えぬよう身を隠しながら、空中に、石を放り投げた

 石は放物線を描き、向かいのビルの非常階段に当たった。鉄が仰々しい音を立て、男たちが音の方に振り返った。
 隙が、出来た。

 影が飛んだ。
 まず1人。後ろから襲いかかり、後頭部に打撃を加える。抜刀することなく鞘ごと打つ。
 もう1人。体を翻し、柄尻で突き。急所のみを、狙う。
 崩れ落ちるその先を、すでに見据えていた。
 ――次はどいつだ。
 鞘を短く持つ。SMGを構える黒人男を、見据えた。
 男が、引き金に指を掛ける。それより先に、省吾は間合いに踏み込んだ。
 そこから先は、剣の間合い。逆手に持ち、右腰にためた鞘を掬い上げる。相手が「撃とう」と念じるよりも前に、素早く顎をカチ上げた。鞘尻が歯を砕き、骨の折れる感触が手の内に伝わった。
 あと1人。
 「Son of a bitch!」 
 最後の1人が、銃を構えた。
 ナイフを左手で持ち、打剣。手の内で瞬光閃き、刃が空を裂いた。
 煌く白刃は、飛鳥のごとく。
 ナイフが男の手首に突き刺さり、銃を落した。
 刀を左手に持ち替え、腰を落として突きこむ。省吾が動くとそれにあわせて空気が動く。乾いた風が地を這うように舞い上がり、砂塵が炎のように昇った。 
 銃が、地に落ちる。
 右足を踏み込み、打つ。鞘尻が水月にめり込んだ。
 内蔵に直接響く、重い一撃。横隔膜を穿ち胃を圧迫する痛打が刺さった。鞘を離すと、男は吐瀉物を地面にぶちまけ、地面にひれ伏した。
 「この刀は借り物でね」
 鞘で首を押さえつけてから、男の耳元で広東語で囁いた。
 「あまり、血で汚したくはないんだ。ただ、あまり煩いようだと」
 刀を半ばまで抜き、刃を首根っこにつけた。男が息を飲むのが、聞こえた。
 「ここで1793年の革命広場を再現してやろうか……このまま首を刎ね飛ばすのも悪くないだろう?」
 「N,No……」
 弱弱しく、男が呻いた。抵抗する気はもうないようで、それどころか助けてくれとばかりに、憐れみを乞う視線を送ってきた。
 「……ふん」
 馬鹿馬鹿しい。この連中は、殺す気はあっても殺されるときのことは考えてもいないだろう。覚悟が足りない、そんな者を殺っても仕様がない。
 省吾は刀を納め、柄尻をの後頭部に打ちこみ気絶させた。


 「これで全部か」
 転がる男たちを見下ろし、嘆息した。
 「また、関わっちまった。あいつらに……」 
 彰達に、戦果の報告と安全を告げんとビルに向かった。その背後から
 「いやーすごいね、兄さん」 
 乾いた拍手と共に、間の抜けた声が聞こえた。
 振り返る。
 「まさか銃を撃つ暇も与えないとはねぇ。石で気を逸らし、その隙に接近戦に持ち込む、と」
 「……何、あんた」
 紺色のパーカーを羽織った男が、そこにいた。
 「通りすがり、だ。見せてもらったよ」
 アジア系の、年の頃30くらいだろうか。のんびりとした口調で話す男に、省吾は胡散臭い目を向けた。
 伸び放題の長髪に、無精髭。垂れ下がった目と口の端が、けだるさを醸し出している。
 何の気配も感じなかった――警戒が一気に膨れ上がる。
 (こいつ……)
 省吾は身構えた。左腰に刀をつけ、抜刀姿勢に入る。
 「まあまあ、そういきりたつな。俺ぁ、別にあんたと構える気はないからよ」
 「何モンだ、てめえ」
 ポケットに手を突っ込み、リラックスした姿勢である。そんな中にも隙を感じることはない。瞬時に悟った。
 ――こいつは、俺たちと同じだ。
 「だから、あんたと構える気はねえってば。頼むからその物騒なものしまってくれよ、『疵面の剣客スカーフェイス・ソードマン』」
男がいった、最後の言葉に省吾は少なからず驚いた。
「なぜ、その名を……」
その渾名は、1ヶ月前に白人たちによってつけられたものだ。アジア人が、それを知っているとは思えない。
 「あんただろう? この間『招寧路』で大暴れしたのは。あの辺は、俺の縄張りでねぇ。あすこにいりゃ、いやでも耳に入ってくるってものだ。まあもっとも、青豹を潰した刀使いとしても有名人だがな、あんたは」
「潰したのは」
 ようやく、省吾は構えを解いた。
「俺じゃない。『OROCHI』だ」
「だからさ、その『OROCHI』の大型新人があんたなんだろ?」
「俺は『OROCHI』じゃない」
 それは自分に向けての言葉でもあった。心の内にわだかまるものを払拭すべく、傾きかけた感情を正す意味で、強い口調で断定する。
 「あれぇ? なんか報告と違うなぁ……いやでも確かに……」
 男は今度は、独り言をいい始めた。顎に手を当てて、ぶつくさ呟いている。
 「わけわかんねえ……」
 もう用はない、とばかりに省吾は男に背を向けた。
 「おおい、ちょっと待ってくれよ『疵面スカーフェイス』の」
 男が追いかけてくる。もううんざりだ。
 「いい加減にしろ! 俺は今気が立ってんだ。今ならお前を斬ることなんぞ、野良犬を斬るより造作もねえ」
 振り向き、刀に手を掛けながら目で威嚇した。
 「いや、そうじゃなくてだな……そこにいると」
 男はちらりと、隣の廃ビルを一瞥していった。
 「危ないぞ」

 そこに気配を感じ取れなければ――。

 わずかな殺気の漏れを感知できなければ。

 省吾は頭を打ち抜かれていた。

 気づいてから動くまでわずか0.1秒。男が見た方向に、黒光りする銃身を確認した。
 反射的に、体が動いた。その場に伏せる、その刹那頭上を弾丸が飛来した。
 「!」
 ナイフを抜き、打剣。撃たれた方向に放った。
 またも銃声。
 空中で、鉄琴を弾いたような涼しい音がした。続いて弾かれた、白刃。建物の隙間から差し込む、わずかな陽光に照らされて白い欠片がきらきら舞っている。
 それが、ナイフの残骸であることを悟ったときには、省吾の足は勝手に走り出していた。逃げる省吾の足下に、着弾。土煙が上がった。
 「なろっ」
 身を低くし、近くの廃屋に飛び込む。銃弾が派手な音を立てて、いくつか突き刺さった。
 「クソ、まだいやがったのか」
 「だーからいっただろう? 危ないって」
 いつのまにやら、隣に先ほどの男が身を潜めていた。
 「なんだよ、貴様」
 「っと、今は争っている場合じゃなかろう」
 男が手で制する。
 「外を見てみな。さっきの奴らとじゃ、比べ物にならん性能だぜ?」
 いわれるままに、省吾は外の様子を伺った。
 襲撃者は、黒いレザージャケットを着ていた。ブロンドの髪を短く揃え、サングラスを掛けている。
 「なんだあの伊達男は。暗殺者アサシン気取りか」
 「格好じゃない。銃だよ、奴の銃」
 銃? もう一度見る。遠目からではよく分からないが、真四角のフォルムの銃身が見て取れた。
 「……なんかよく分からんが、グロックぽいな」
 「ただのグロックじゃあねえぞ。ありゃあ、最近出たばかりのモデルだ。まだ市場にも出回っていない超レア銃。集弾率は化け物級で、10メートル先の缶に全弾ぶち込めるってシロモノだ。なんでそんなブツが出回っているのかは、分からんがな」
 それよりも、省吾には男がなぜそんなことを知っているのか気がかりだったが……
 「とにかく、性能がいいってことはわかった」
 ただし、それだけではないだろう。あの正確無比の射撃――省吾が打ったナイフを撃ち砕くほどの腕は並大抵のものではない。
 厄介な相手と言える。名刀と腕の立つ剣士が出会った時、相乗効果で互いの威力が高まる。それと同じように、射撃の腕の立つ者と性能の良い銃が出会ったなら。
 想像するに難くない。
 「まあ、お前1人じゃちときつかろうが……」
 ぽん、と男が省吾の肩を叩いた。
 「しかし、奴の誤算はこの俺があんたにつくってことだ。さすがに、想像していなかっただろう」
 「組め、っていうのか。あんたと、俺で」
 「そうでもしないと、あんたの身が危ないんじゃないかね?」
 銃弾が窓を突き破り、中に飛び込んできた。背後の壁に着弾、土壁が脆くも穿たれる。
 「ほらほら。さっさとしないと、家に帰れねえぜ?」
 男がいうのに、省吾は溜息をついた。
 「しょうがねえ……」
 渋々同意した。たしかに1人より2人の方が良い。
 「ようし、そんじゃ俺が策を授けてやる。耳かっぽじってよく聞け『疵面スカーフェイス』」
 男は体ごとこちらに向き直った。
 「あんたが策を出すのか。えっと……」
 いい淀む省吾に、男が思い出したようにいった。
 「ああ、俺のことはキム、とでも呼んでくれ」


次回は4月16日(水)更新です。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう