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監獄街
作:俊衛門



第五章:4


 超剛性のジャケットに袖を通し、フィンガーレスグローブをはめ込んだ。戦場に向かうという覚悟を確認するように、拳を握りこむ。革の手袋が、きつく、タイトに掌を締め付けた。
 「燕、準備出来た」
 リーシェンが顔を覗かせ、武器庫内の燕に話しかけた。手には先日の戦闘で得た戦利品、チェコ製SMGを握っている。
 「OKだ、リーシェン。今行く」
 燕は短く応えると、槍を電光のもとに晒した。鋭い穂先、赤い房、そこから伸びる樫の柄……順番にチェック、問題ないことを確認する。
 ――これで、奴らを一突きにしてやる。
 ビュン、と振るい槍を唸らせた。
 『突撃隊』というものを、彼は見たことが無い。見たことは無いが、省吾の話だとバイクにのって鉈みたいな刃物をブン回すイカレ野郎ということだ。それならば、間合いの取れる長柄の武器が一番有効である。さらに欲をいうのなら、バイクごと破壊できるような強力な鈍器があればよいのだが。
 「リーシェン、チョウの狼牙棒ろうがぼうはどこにもないのか?」
 燕がリーシェンに訊いた。14歳の、幼い相貌のリーシェンは困惑顔で答えた。
 「うん、どこもないね。あんな重いの、チョウぐらいしかうまい使うやつ、いない。誰か持って出す、ありえない」
 なんともたどたどしい広東語である。リーシェンは北方の生まれであり、まだこちらの言葉をうまく操れない。
 「はあ……あのバカでかい棘棘棒は、威力絶大なんだけどな。まあ、いいや。あっても、使いこなせるか自信ないし」
 燕はぼやくようにいうと、槍を肩に担いで武器庫を後にした。
 アジトの隅のガレージに入ると、ハーレーに乗り込んだ。
 「リーシェン、スイッチを」
 リーシェンが壁のボタンを押した。するとハーレーを停めてあった地面がせり上がった。
 燕のハーレー、また雪久のBMWを停めてあるガレージは、そのまま地上へのエレベータになっている。もともとは物資の搬入・搬出に使われていた。20メートル先の地上までは約10秒ほどで行ける。
 地上につき、入り口を開け放った。
 そこにはすでに、『OROCHI』メンバー10人が待ち構えていた。

 「皆、いいんだな?」
 10人の少年たちに、燕がいった。エメラルドの瞳を薄く開け、メンバー全員を見渡す。
 「俺がやろうとしていることは、いわば雪久への造反だ。行って、もし無事に生き残ってももうここには戻ってこれない。それでも?」
 少年たちは、答えなかった。それを燕は承諾と受け取り、実際その通りだった。
 「よし。じゃあいくぞ、青い奴らをぶっ潰しにな」
 燕がハーレーに乗り込んだ。サイドカーにはリーシェン。他の少年たちは、全員移動用のワゴンに乗り込もうとした。その時
 「すまんな、ちょっと待ってくれるか」
 背後から、声がした。
 「ガソリンと時間は有効に使いたいんでね、邪魔しないでくれるか彰」
 燕が、後ろを振り向くことなくいった。
 「燕、もうしばらく――」
 「無理だ、彰。俺は、あいつと手を切るつもりは別ないさ。あいつの方から、手を離してしまったんだよ。奴は、仲間を『いらない』っていってしまった……今より昔にすがりつくようなリーダー、俺もいらない。だから」
 「それは違う、燕。頼む、話を聞いてくれ」
 彰が、燕のハーレーの前に飛び出した。
 「あいつは……いや俺もだけど、ずっと『BLUE PANTHER』を倒すそれだけを考えて行動して来た。あいつは確かに、自分勝手なところもあるけど……でも、あいつは過去にすがり付いて今を失うような男じゃない」
 「……どきなよ、彰」
 「約束する。必ず青豹を潰して、ユジンを助ける。チョウや李の死に報いる。そのためには、お前たちの協力が必要なんだよ!」
 一気にまくし立てる彰。これほど声を張り上げるのは珍しい。それほど、必死というわけか。
 「……その科白は、雪久から聞きたかったな」
 燕は、ハーレーのエンジンをかけた。
 「もう遅い。いくらお前が誠意を見せても、雪久本人の考えが見えない限り俺は――」
 燕は言葉を切った。が次の瞬間
 「――っおい、何をするんだよ。彰……」
 息を飲んだ。周りの少年たちも目を見張った。
 「お願いだ、燕」
 彰は、アスファルトの地面に跪き、
 手をついて、頭を下げた。
 「この通りだ」
 燕は口と目を開き、呆けた顔で彰のその姿を見た。土下座する、組織NO.3の男を。
 「彰、なんでそんなこと……」
 「お前が行くというなら、俺はここを動かない。行きたければ、俺をそのバイクで轢いてくれてもいい。だけど、とりあえずは俺の気持ちを伝えておく」
 「ば、馬鹿かお前」
 バイクを降り、燕は彰のもとに駆け寄った。
 「なんで、そこまであいつのために」
 「雪久のためじゃない。これは、俺の意思でやっていることだ。お前たちを説得し、雪久とともに青豹を倒す、それが俺の決意。そのためには、こんな頭はいくらでも下げる。だから――」
 「わ、わかった。わかったから頭上げてくれよ。そんな姿いつまでも見せないでくれ」
 燕も跪き、慌てて彰を起こそうとした。が、彰は頑として動かない。
 「やめてくれよ……俺があんたにNO.3の座を渡したのは、少なからずあんたを一目置いているからであって……そう易々と情け無い姿晒さないでくれって」
 「じゃあ、踏みとどまってくれるか?」
 「わかったから! とりあえず我慢するよ、だから」
 「そっか、じゃあよかった」
 彰の声が、いつもの軽い調子に変わった。ヒトデかなにかのように地面に張り付き動かなかったのが、急にすっくと立ち上がった。
 「って、おい……」
 ずり下がった眼鏡を正常位置に戻しながら、彰は悪戯ぽく笑っていたのだ。
 「いやー全く、燕さんは物分りがよろしくて。この体勢って結構疲れるんだよね、腰は痛むし手は冷たいしで……」
 先ほどまでの差し迫った雰囲気はどこにいったのか、ケラケラと笑った。
 「……謀ったな」
 「なに、意外と効果的だったね。なんというか、サプライズ的な意味で」
 「あのな……」
 「で、まさか燕さんは一度いったことを覆すようなことはしないよね?」
 ばんばんと燕の肩を叩く彰を見ると、怒る気になれなかった。
 「はいはい、二言はありませぬよ。……ったく、1人で熱くなって馬鹿みたいじゃないか、俺」
 燕は口を尖らせた。そういう顔には、いつもの穏やかさが戻っていた。
 「あはは、まあそういうなって。その情熱とガソリン代に見合う活躍の場は、あとでたっぷりと用意させてもらうよ」
 他の少年たちも、やれやれという顔をしながらも彰につき従った。なんだかんだで、彰はチームの皆に慕われているのだ。
 「全くよお……チョウの狼牙棒を持ち出したのも、時間稼ぎのつもりだったのかい?」
 燕がいうのへ、彰はキョトンとした様子で訊き返した。
 「へ? 何の話?」
 「だから狼牙棒。持ち出したの、お前なんだろう? どうせどっかに隠しているんだろうけど」
 「いや? 知らない」
 冗談かと思ったが、どうやら本気で知らないようである。
 「え……じゃあ、一体誰が?」
 燕は、ふと街の方を見やった。鉄骨と人工石の城砦に、乾いた風が吹き流れていた。












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