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やっと戦います。
監獄街
作:俊衛門



第一章:1


 成海の街には、二つのルールがある。

 一つ、『力こそすべて』
 この街に散らばる、大小さまざまな犯罪組織。その一つ一つは『ギャング』と総称される。 各々のギャング達は日夜、終わりなき抗争を繰り返す。抗争に敗れたギャングは、勝者の制裁を受ける。負けたものは消され、闇に葬られる。ここでは負けることは死を意味する。その死を悼む者はいない。「勝てば官軍、負ければ賊軍」「敗軍の将は犬に食わせろ」というのがこの街の流儀だ。
 一つ、『頂点を極めし者、望むものを与えられし』
 その無数のギャングを制し、成海の頂に昇りつめた者はこの街の支配権を手に入れることが出来る。金も、女も、地位も名誉も……頂点の者に手に入らない物はない。だからこそ頂に住む者を打ち倒さんと、ギャング達は鎬を削る――




 長く、暗い路地裏。足元はぬかるみ、そこかしこから漂う腐臭が鼻腔より体内に入り、胃の中をかき回す。
 「うぇっ」
 省吾は鼻をつまんで異物の侵入を防ごうとするも、無駄であった。足元に散らばるものたちがそういう空気を作ってしまっている。地面をふさぐものは、犬の死骸、ねずみの糞、そしてそれらにたかる害虫の群れ……目にするだけでも吐き気を催す。
 『クロッキー・カンパニー』襲撃事件以来、工員たちは脱走し市中に散った。もともと作業員の多くはアジア人で構成されており、混乱に乗じて殆どが逃走を図ったのである。省吾もその中にいた。
 工場にいたときに感じていた、束縛はない。ただし、いざ自由のみとなると一人でいることの不安の方が大きくなった。
 寝込みを襲われたりしないか、寒さで凍えることはないか……それより食うことの方が心配である。
 夜になると、地の底からのびる黒い手が省吾を常闇(とこやみ)に引き摺り下ろそうとする。一度つかまったら最後、二度と這い上がることは出来ない。翌朝には死体が転がることになる。
 かつて、「先生」は言った。その闇に魅入られてはいけない、と。闇は人の弱いところをすくいとる。そして心を侵食し、生きることを諦めさせてしまう……そうならないためにも闇を受け入れる心を作ってはならない。どんな状況だろうとも、弱い心を作ってはいけない。結局、生死の分かれ目は自分の心のあり方しだいなのだ、と。
負けるものか――痛む足を引きずり、壁をつたうように省吾は歩く。立ち止まったその時が、俺の死期だ……

 それにしても……省吾は思いを巡らす。
 (あの少年は何だったのだろうか)
 東洋人、それも倭人であることは間違いない。去り際の台詞、それは今は失われた省吾の国の言葉。白人はおろか、いまや世界のどの民族も使用しない、幻の言語だ。
 (だが……)
 バイクに跨った、少年の姿を思い出す。
 雪のように白い肌。細く、柳のような体つき。一見すると少女と見まごうかの容姿だった。そしてあの銀の髪――アジア人種の特徴からはあまりにかけ離れている。本当にアジア人なのか――
 省吾は首を振った。ばかばかしい、と。
 彼が何者であろうと、自分には関係ない。他人のことなど、気にかける余裕などないのだ。
 


 南辺の、『第4ブロック』と呼ばれる箇所に省吾はたどり着いた。
 港湾地帯に位置するこの地域から、海が見える。その向こうには彼の故郷がある。
 戦火に焼かれた、変わり果てた故郷。あるとき、空の向こうから飛んできた光の球が頭上で弾けた。その光の中に、街は消えた。その瞬間、省吾の国は滅んだ。
 (あの島には、いま何があるのだろう)
 ここと同じ、行政特区があるのだろうか。それとも今も焼け野原が広がっているのだろうか。
 「オイ、兄ちゃん」
 省吾の望郷の念は、中年男の無神経な言葉にかき消された。不機嫌な顔で、振り返る。
 アジア人の男がいた。褐色の肌はやせ細り、骨の浮き出た胴から針金のような手足が伸びていた。ぼさぼさの黒髪の向こうから、かっと見開いた眼がのぞく。
 「あんた、“クロッキー・カンパニー”の工員かい?」
 省吾の服装を顎で指し示して、男は聞いた。
 何故分かるんだ、と思い立って省吾は気がついた。そういえば脱出したとき、工場の作業着を着たままであった。
 「あんた……そんな格好のままじゃ奴らに連れ戻されるぜ。いまクロッキー・カンパニーがギャング雇って工員狩りしてるからな」
 「ギャングって?」
 「ああ。『BLUE PANTHER』を使ってな。工場が派手に荒らされたんで、躍起になって探している」
 「なんだよ、その『BLUE PANTHER』ってのは」
 男の眼が、さらに拡大したかのように見えた。信じられない、という表情を作る。
「知らんのかい? この南辺最大のギャングだ。凶暴且つ非情な青い豹。やつら銃持っているからここらで好き放題やっているのさ」
 行政特区内では銃の所持が規制されている。武器の供給は新たな暴動の火種となる。銃火器、弾薬のすべては禁止だ。だが、その原則もいまや有名無実化していた。銃の密売、流通など当たり前の出来事である。現に「クロッキー・カンパニー」の工場長(チーフ)は所持していた。この事態に、国連当局も対応せず野放し状態である。
 彼らは、銃を白人同士で売買する。彼らは協定を結び、アジア人には銃器、弾薬を行き渡らせないようにしていた。アジア人は、銃一丁で白人よりも不利な立場におかれている。
 「そうなの?」
 「早いところ、どっかに隠れたほうがいいぜ。でなきゃあの白豚ども……が、あっあああ」
 なぜか語尾が乱れたので最後のほうは聞き取れなかった。
 男は、省吾ではなく、彼の後方を見ていた。何かに恐れおののくかのように、口をだらしなく開き、やつれた体を震わせている。
 「何だよ、おっさ……」
 「白豚が、なんだってぇ〜?」
 省吾の後ろで、第三の声。低い、南部訛りの英語が聞こえた。
 省吾は振り向いた。


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