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第五章スタートです。更新が不定期ではありますが、どうか長い目で見てやってください。
監獄街
作:俊衛門



第五章:1


 「揺らすなよ、そっと運べ!」
 「クソ、止まんねえよ血! どうなってやがる」
 「馬鹿野郎出し惜しみしてんじゃねえ! あるだけの血止め持って来い!」

 『OROCHI』の地下アジトで、メンバーの少年達が幼い命の灯を消すまいと奔走していた。
 省吾が孫を担ぎ出したそのときには、出血は酷く意識は混濁していた。医学的知識など皆無に等しい彼らには、ただ血を止めることしか出来ない。しかし、それすらもままならなかった。
 孫の右腕は肘のすぐ上辺りから切り落とされていた。本当なら、ショックで死に至っても不思議ではない。しかし、省吾は逃走中ずっと孫に話しかけていた。そうすることで意識を持たせていたのだ。だが今は――

 「虫の息だ、雪久」
 燕がいった。穏やかな表情は消え、代わりに緊迫の色を浮かべている。
 『OROCHI』幹部――和馬雪久、九路彰、そして燕が戦前に作戦本部室として使用されていた部屋に会していた。もう一人の幹部は囚われの身、席は一つ空いている。
 「省吾がなんとか、応急処置を施してくれたが……もって今夜、だそうだ。なんでも、出血が三分の一を越えたらやばいとか。まあつまり助かりそうも無い、ということ」
 燕の声は、震えていた。普段、滅多なことでは感情を表さず、そしてこのときもまた平静たる面持ちで、淡々と状況説明をしていた。しかしその心の内は穏やかでない、それは明らかであった。暴れる獣を檻に閉じ込めるが如く、湧き上がる感情を押し込めている。それももう限界に近かった。
 「チョウ、李を失い孫は重傷。さらに、よりにもよってユジンを攫われるって……よくもまあ、こんなに悪いことが重なるもんだ。彰、こういうのってお前の故郷じゃなんていうの?」
 「泣きっ面に蜂、傷口に塩……もっとも、塩じゃすまないけどね。古傷に杭でも打ち込まれた気分だ」
 軽口を叩きながらも、彰もまた抑えているようだった。しきりに眼鏡をずり上げる仕草は、苛ついている証拠である。
 「この事態を作り出した、素晴らしき演出家は『BLUE PANTHER』の隠し玉で、なおかつお前さんの昔のツレの、ってわけか。大した友人をお持ちだな、雪久? 100人沈めた俺達が、まさか20人規模の一部隊にここまで翻弄されるとはね……」
 「銃を持った木偶100体より、武器が乏しくとも鍛えた精鋭のが(つえ)え、ってこった。良く分かったろう?」
 神妙な顔の幹部二人に対し、雪久はにやつきながら応えた。テーブルに足を投げ出し、ガムをくちゃくちゃやりながら話す雪久に、燕はついに堪えきれなくなった。
 「仲間が2人も死んで、一人は敵の手中なんだぞ! 何も感じないのかよ!」
 立ち上がり、雪久の胸倉を掴んで恫喝した。普段は閉じている細い目を、かっと見開き鼻面を突き合わせた。瞼の向こうからエメラルドグリーンの瞳が見えた。
 「死んだ奴のことなんざ知るかよ。まあ、ユジンに関してはなんとかせにゃならんな。なんせ、あいつがいねえとチームの金の管理する奴がいなくなっちまう。俺、算数苦手だしよ」
 「このっ……」
 衝動的に、燕は右拳を振り上げた。その拳を、彰が押さえた。
 「燕……」
 静かに首を振る。燕はその手を振り払い、ついでに雪久を突き放した。
 「今、仲間割れしている場合じゃない。今後どうするか、だろう? 互いの性格の不一致を罵りあうなら目的を果してからにしないと」
 彰がなだめるようにいったが、燕は抑えきれなかった。
 「今後? 当然だろう! 『突撃隊』だかなんだかをぶっ潰してついでにクソ生意気な『鉄腕(アイアン・アーム)』」を」
 「まあ待て燕」
 雪久が立ち上がった。先ほどと比べて、いくらか顔に締まりが見える。
 「連中がなにを考えているかしらんが、チームで動くことは無い。下手すりゃ、全滅。木偶共相手とはわけが違う」
 「じゃあ、黙って見ていろってのかよ!?」
 「奴ら、俺を指名しているんだろう? だから俺一人が行けばいい。兵隊を動かすのはしばらく待て。いいな?」
 一見、もっともらしいことをいっているように見える。だが、一度染み付いた不信はなかなか拭えない。
 燕は、緑の眼で雪久を睨みつけ、いった。
 「なぜ、奴らを叩き潰すことに慎重になる? 無茶な戦も、自分の能力でなんとかなるって思っている、自信過剰なお前が」
 能力、とは『千里眼』のことである。そして後半部分は、燕の雪久に対する日ごろの不満でもあった。
 「昔の友人と……かつての相棒と戦うのを渋っているんじゃないのか?」
 「……」
 雪久は答えない。
 「ここは総力を挙げて、戦うべき。そうじゃないのか?」
 「……待機だ」
 「雪久!」
 「ここは俺の組織、俺が長だ。俺のいうことに従ってもらう」
 しばらく、両者の間に沈黙が流れたが
 「それは違う」
 重苦しい空気は、燕が背中を向けたことで断ち切られた。
 「あんた、かつていったよな。『戦う、逃げる、生きる、死ぬ。すべての運命はてめえで決めることだ』とな……だから俺は自分で決める。奴らを、潰す」
 「燕」
 「お前と、その相棒が昔どんなことやってなにがあったとか、そんなこと俺は知らない。今いる仲間、それが俺にとっての全てだ。その仲間を傷つけられた、その礼はする。俺は、あんたほど非常に徹することはできない性質なんでね」
 それだけいうと、燕は部屋を出た。壁に立てかけた槍を、手に持ちながら。
 「じゃあな、もう会うことも無いだろうけど元気でやんな馬鹿野郎が」

 省吾は座り込み、煙草を取り出した。
 口に(くわ)え、火をつけたらゆっくりと煙を肺に落としこむ。
 途端、激しく咽返ってしまった。
 「ち……」
 普段、吸わないものだから余計に苦く感じる。
 「慣れないことは、するもんじゃないな」
 唾と共に、チョウの遺留品でもあるその煙草を吐き出した。
 慣れないこと、か。
 煙草の空き箱を握り締めて、また呟く。
 どうしてこんなことになったのだろう――数日前、ユジンに窮地を助けられたときから多くの人間と関わりすぎた。本来ならこの街で息を潜め、やるべきことをやっていればよかったのに。
 最初に、あの女を助けてからおかしくなった。普段なら絶対にしない不利な戦に身を投じ、放っておけばいいのにまた関わってしまう。
 これだから人とは厄介なのだ。一度でも関わりあえば、それが重荷になる。枷になる。いずれ零れ落ちると知りながら、人は無意識に背負い込んでしまう。何の益も生まない、というのに。
 いつからか、何物にも捉われてはいけないと決めた。それなのに――
 (なんでまた俺は、背負い込んじまうんだ)
 うずくまって頭を抱え、自分にいい聞かせるように唱えた。放っておけ、あんな連中放っておけ。自分には関係ない。誰が死のうと、女がどうなろうと俺には関係ない――と。
 「省吾」
 その念は、彰の一声によって掻き消えた。

 「大丈夫か、省吾」
 「……別に」
 入り口で心配そうな顔をしている彰の方を見ようともせず、省吾は気のない返事をした。
 「省吾、お前が気にすることは無いよ。あれは仕方の無いことだった。よりによって、あんな形で襲ってくるとは思わなくって……こちらの情報不足だったよ。すまない」
 どうやら、彰は省吾が自責の念に駆られていると思っているらしい。ふと、笑いが込み上げそうになった。可笑しいというより、自嘲気味な笑い。俺がそんなに良心的な人間に見えるのかよ、と。
 「随分とまた、揉めてたな。燕がなにやら怒鳴っていたようだが」
 省吾はそういって、後ろの壁を叩いた。作戦本部室は、すぐ隣である。
 「あら、聞こえちゃったか。お恥ずかしい」
 苦笑いしながら、省吾の隣に座り込んだ。
 「大丈夫だよ。ああはいっても、雪久だってユジンのことが心配なんだ。必ず……」
 「そんなんじゃねえ」
 省吾は彰の話を遮った。
 「燕がいっていた……『昔の相棒』ってのはなんだ? あの刺青男のことか?」
 目を伏せつつも、省吾は強い調子で問い詰めた。
 「……刺青男?」
 「ああ、なんかどっかで見たことあるなと思ったら」
 そこで顔を上げ、今度は彰の目を真っ直ぐに見た。
 「和馬(あいつ)が持ってた写真――あいつの昔のツレだとかいう女と一緒に写りこんでいた奴じゃねえか。一体あの男、何者だ? 和馬とどういう関係なんだよ」
 「写真、見たんだね」
 なら話は早い、そういって懐からマルボロを取り出した。密造煙草しか出回っていないこの街では、珍しい。
 「聞いての通りだよ。その刺青男――宮元梁は、雪久と俺のツレ。組んでいたんだ。昔、な」
 青い煙とともに、彰は昔語りを紡ぎだした。


燕のイメージが当初と違うような気がしないでもないですけど・・・。











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