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監獄街
作:俊衛門



第四章:8


 二人の警官が現場検証する様を、宮元梁が隣のビルの屋上から見下ろしていた。
 「宮元サン」
 梁の背後で、やや訛りのある広東語で彼を呼んだ人物がいた。
 「グエン、か」
 梁は振り返ることなく、声の主に応えた。グエンと呼ばれた男は、梁のすぐ後ろで恭しく跪いている。
 「宮元サン、手配どおり、昨晩だけで《南辺》の各地域で10名の該当人物の襲撃を行い、例のカードを現場に残して参りました」
 そういってグエンは顔を上げた。アジア人にしては色が黒く、彫りの深い顔立ちをしている。
 「ご苦労。また今夜、同じく作戦行動を行う」
 「はい……」
 グエンが、うなだれながら答えた。
 「グエン……」
 梁は振り返った。
 「気が引けるか、同じアジア人を殺す、ということは」
 グエンは、それには答えず沈黙を守っている。
 「別に俺は、構わんぞ。俺があいつらの下についているのは俺個人の問題だ。お前たちが俺を慕ってくれるのは嬉しいが、しかしつらい目を見てまで俺の下にいなくても良い。このまま、お前達が離れていっても俺は――」
 「いいえ、宮元サン」
 グエンは顔を上げ、にっと笑った。
 「私達は、あなたについてゆく、と決めたのです。アナタの故郷(クニ)では、男子は一度誓ったことは曲げないものなのでしょう」
 「いや……お前はベトナムの出なんだし……」
 「私達皆、アナタに恩義がある。アナタがやれというのならやりますし、死ねと仰せなら喜んでこの命、差し上げます。それに……」
 そこで言葉を切り、グエンは彼方を見上げていった。
 「アナタにとって舞サンが生き甲斐なように、私達にもあの人は大切な方なのデス。それを奪われるのは、耐え難イ。だから、私達はアナタについてゆきます」
 「そう、か」
 そういって、梁はまた背を向けた。
 「すまんな……いつもいつも」
 「いいえ」
 グエンは微笑んだ。 

 「今夜」
 梁がいった。眼下を、睥睨しながら。
 「再び動く。奴らが燻り出されるところを、叩き潰せ」
 柳葉刀をぶるんと振るい、その刃を翳した。刃の鏡面に、梁の顔が映った。
 「そして……和馬雪久を地上に引きずり出すんだ」


 《南辺》を縦に割るメインストリートを、『夜光路』と称す。鉄筋の塊を詰め込んだような過密都市のなかで、そこだけがまともに日の光を拝むことが出来る大通りだ。《南辺》第2ブロックから《西辺》第4ブロックまで伸びるその道は、南と西の連絡線として使われている。
 その『夜光路』沿道、場所にして第2ブロック。そこに彼らはいた。
 「ショットガンが5挺で100ドル、だって」
 戦利品の売却に行った帰りだった。屋台の粗末な椅子に座り込んで、ユジンがぼやいた。注文した酸辣湯麺はのびきり、冷めてしまっている。
 「食わんの?」
 向かい合わせに座ったチョウが訊いた。
 「そんな気分じゃないわよ」
 珍しく陰鬱な顔をしたユジンが、覇気の無い声で応える。
 「値段交渉したら法令110条を盾にして、あのオヤジ。『ご法度の銃器、しかも盗品を買い取ろうっていうんだからな。こっちのリスクも考えてもらいたい』だって。どうせ法令なんか及ばない紛争地帯に売りつけるつもりよ。買値の倍以上の値段で」
 「ま、まあいいじゃねえか。それよりさ、折角外に出てきたんだからもう少し羽を伸ばしてもいいんじゃないか? たまには息抜きも必要だろう? な?」
 「あのね、チョウ」
 ユジンがキッと睨むのに、チョウが箸を止めて硬直した。
 「あなたは知らないかもしれないけど、最近出費が激しいの。この間襲った工場、あの戦利品全部捌いても結局、赤字を埋める分にはならなかった。何でだと思う?」
 「さあ……」
 「出て行く分が多いからよ。それも……」
 そこで少し間をあけ、言いにくそうに下を向いた。
 「その……皆色街で使っちゃうの。別にダメとはいわないけど……でも雪久まで……商売女のところに……ねえ、これどう思う?」
 「あ……いやどうかな」
 チョウが気まずそうに顔を背けた。
 「まあ、それはそれとしてさ……ちょっと肩の力を抜いて……」
 「そんな話じゃなくて!」
 ユジンが急に声を張り上げる。途端、周りの客達が一斉にそちらを見た。
 「そういうところ行くのは仕様が無いのかもだけど、なんか釈然としないのよ!」
 そういったきり、ユジンは口をつぐんだ。 
 しばしの沈黙。
 2分後、チョウが重い口を開いた。
 「あー、ところでだな……飯食わないんなら、この後どこかに行かないか?」
 またユジンが睨みつける。
 「見るものも聞くものもないこんな街の、どこへ行けと?」
 「あ……そうだよな。うん、ダメか」
盛大な溜息と共に、チョウはがっくりと肩を落とした。

 「とりあえず薬と食糧を買えるだけ買っとかないと……」
 ぶつくさいいながら店を出るユジンの後を、チョウが追いかけた。
 「燕の野郎……」
 なにが雰囲気つくりだよ。ユジンに聞こえないように、悪態をつく。その雰囲気の作り方が分からないのだから意味はない。
 「クソ馬鹿垂れがっ」
 「誰が?」
 いきなりユジンが目の前に立ちはだかった。物思いにふけ、意識は半ば呆けていたチョウは突然のことに狼狽した。 
 「おわっ!?」
 「誰が馬鹿だって?」
 「急に立ち止まるな、馬鹿!」
 いってからしまった、といった顔になった。
 「あ……いやこれはだな」
 「馬鹿はあなたでしょ、チョウ」
 ユジンが、チョウの背後を見ながらいった。
 「尾行つけられているのも気がつかないで」
 チョウが振り返ると、建物の影から男が数人、出てきた。

 「何か用?」
 先ほどまでとは違う、目に刃の色を浮かべながらユジンは男達を見回した。
 男たちは皆、アジア系であった。手にナイフや鉄パイプを持ち、一人、手斧を持っている者もいる。物々しい雰囲気を醸し出し、それが敵意や殺意の類であることは瞬時に理解できる。
 そして――それらは、どういうわけかユジン達に向けられていた。
 「さっきの武器屋の、回し者かしら?」
 男達が、二人を取り囲む。身の危険を感じ、背中合わせになった。戦う者の本能だった。
 「チョウ、今日武器は?」
 「特殊警棒、APSバトンが一本」
 チョウが懐から取り出したのは、ブラッククロームの警棒。背中越しにユジンに渡した。
 「お前が使え」
 「あなたは?」
 「オレにはこいつがある」
 そういって、拳を握りこみ構えを作った。
 「いきなり動いちゃダメ。戦わないで切り抜ける方法があれば、それに越したことは無いわ」
 「話し合え、と?」
 「出来れば」
 「奴ら、そんな気はねえみたいだけど?」
 チョウがいったと同時だった。
 ユジンの斜め前、1時方向にいた男が鉄パイプで殴りかかってきた。ユジンはそれをバトンで受け、あいた胴に膝蹴りを食らわす。男は呻きながら、崩れ落ちた。
 それが合図だった。一人の男が、大型のナイフでチョウに切りつける。チョウはバックステップで斬撃を余した。ナイフは空を切り、男は勢いをつけすぎたために体勢を崩した。
 そこへ、渾身のボディーブローを食らわせる。血反吐を吐きながら、男は倒れた。
 二人の攻撃が警告となり、男たちを踏みとどまらせた。その隙に、ユジンが叫んだ。
 「聞いて! 私たちはこれでも少なからず、心得がある! あなたたちがいくらかかってきても、勝ち目はないわ。お願いだから、退いて」
 「大した自信だな、おい」
 手斧の男が歩み寄り、口を開いた。
 「冷静に、戦力を分析すればおのずと出てくる答えよ」
 「へえ、『BLUE PANTHER』と戦うときも冷静に分析したのかよ」
 ユジンが驚いて、男の顔を見た。
 「私達を知ってるの?」
 「朴 留陣だろ? この界隈じゃ『OROCHI』を知らん奴はいない。白人共を叩きのめした、我々の救世主にして……」
 手斧を肩に担ぎ、そして。
 憤怒の形相を造った。
 「思いあがった蛇野郎共、ってな」












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