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お待たせした方も、そうでもない方も第四章スタートです。
監獄街
作:俊衛門



第四章:1


 旧アジトと、何も変わったところはない。野戦病院のような救護室のベッドに横たわり、真田省吾は煤けた天井を見上げた。
 つい24時間ほど前の衝動――ジョーとの一戦を思い出す。
 いや、思い出すまでもない。体が、覚えているのだ。
 肉を斬り、骨を断つ感触が、消えない。消えてくれない。省吾の手の中に、いつまでも残る。
 加えて、ジョーの今際の言葉が耳から離れない。 
 ――お前もいつか――
 「ちっ」
 舌打ち一発、勢いよくベッドから飛び起きる。そこへ、彰が入ってきた。
 「もういいのかい?」
 彰がそう訊くのへ、
 「この程度の傷で死んでたら、この先やっていけん」
 かもね、と彰が笑った。
 「和馬はどこだ、彰」
 「地上(うえ)にいるんじゃないか?」
 「上?」
 包帯を替えつつ、省吾がオウム返しに訊く。
 「前のアジトにもあっただろう。補給基地の天上には、出入り口となるビルがある。その屋上で街を見るのが、あいつの日課みたいなものさ」
 「そうかい、バカと猫はなんとやらだ」
 右手をかざし、握りこみ、再び開く。
 (神経には異常ないな)
 「じゃあちょっと、その屋上とやらにいってみるか」
 省吾は立ち上がった。
 「なんだい、この間の続きでもするのか?」
 「阿呆、こんなボロボロの状態でできっかよ。第一、武器もない」
 「ああ」
 武器、と聞いて彰は
 「そういえば、長脇差ちゃんと持ってきてくれたね。鞘に収めて」
 くすくすと、さも愉快そうに笑った。
 「持ってこい、っていったのはお前だろう」
 「ま、ぶっちゃけ俺は省吾は死ぬとは思ってなかったけど……最後の刀なんか、その辺に捨ててくるものと思ってたよ。意外と義理堅いんだね、省吾は」
 「う、うるせえ」
 憮然とした面持ちで、彰から視線を逸らした。
 「あいつと一度話さねばならんことがある。ついて来るなよ」
 「はいはい、二人っきりの時間に水を差したりはしないよ」
 「お前な……」
 「あ、省吾が二人きりになりたいのはユジンとか」
 「違うわ、ボケ!」
 いちいち過剰に反応する省吾を見て、彰は楽しげに鼻を鳴らす。
 (この男は……)
 食えない奴だ、と思う。真意がつかめないのは雪久といい勝負だ。
 (あの白髪とまともに付き合えるのは、チーム内でもこいつだけかもな……)
 彰を一瞥してから、ドアノブに手をかける。
 「省吾」
 部屋を後にする、省吾の背中に彰が呼びかけた。
 「まだなんかあるのかよ」
 「なにか……というか。気付いているかな? 自分で」
 「何が」

 「お前、名前で呼んでいるよ。俺のことと……ユジンのこと」


 新アジトの直上のビルは、《南辺》の端である第一ブロックに位置する。その屋上に、和馬雪久の影があった。
 肌を焼く陽光が消え、代わりに肌を凍らせる冷気が立ち込める、午前1時。成海市がもっとも活発に動く時刻である。黒く染まる眠らぬ街を、睥睨するように見下ろす。
 静まり返った闇の街、その東端だけが煌びやかなビルの灯りに照らされていた。中央には、戦前から存在する「タワー」と称される電波塔が鎮座し、成海市の象徴(シンボル)となっている。《東辺》地区と呼ばれるその一角には一部の富裕層が住み、資本家がオフィスを構えている。と同時に国連関係施設が集中するところでもある。成海の再開発で唯一、「成功」した区域だ。
 その《東辺》を見据えながら、雪久は呟いた。
 「もうすぐだ……」
 懐から、一枚写真を取り出した。紙片は朽ち、薄茶色に変色している。それを、彼方のビル郡と交互に見る。
 「もうすぐ、あと一歩だ」
 「なにが、もうすぐだって?」
 その声に、雪久は振り返る。
 呆れたような顔の、省吾がそこにいた。
 「写真なんか眺めて、黄昏たそがれて……らしくねえな、おい」
 ひょい、とその写真を覗き込む。
 写真に写っていたのは雪久。そして……雪久より幾分若いだろう少女がいた。柔らかなウェーブのかかった髪、少し下がった目尻はおとなしい印象を与える。
 もう一人写っているが、その詳細を見取る前に雪久が写真を引っ込めた。
 「見んな、バカ」
 「……お前の彼女(おんな)か」
 「そんなんじゃねえ」
 懐から煙草を取り出し、火をつける。煙を腹一杯に吸い込み、紫煙をくゆらせた。
 「やるか?」
 「密造物の葉っぱなんぞ、命を縮めるだけだ」
 そうか、といって箱をしまい再び夜の成海を眺めた。
 「昔のツレ、さ」
 しばらくして、雪久がぽつりといった。宵闇に、煙と共に溶け入るのではないかと思うほど、微かな声で。
 「2年位前かな。ユジンや燕と会って、『OROCHI』をつくる前のことだ。当時食い扶持なんか何もなく、野垂れ死に寸前のところをこいつに拾われた」
 「その女に、助けられのか」
 「しばらく匿われて、一緒に色々とやったな。白人の店を襲ったり、奴らとドンパチやったり」
 「へ、へえ……」
 なにか自分の今の境遇と、似ているような気がした。
 「で、その女は今?」
 「もう、いない」
 ぺ、っと煙草ごと唾を地面に吐き捨てた。
 「このド汚ねえクソまみれの街には、例え一ミクロンの光の筋すら介入は許されねえ。そんなものはここに棲む餓鬼や畜生共には毒だかんな、存在が発覚した時点で引きずり堕とされちまう。ここより深い、さらに何も見えない暗がりに、な」
 「その女が、光だったのか?」
 「ものの例えだ。でもそうだな、この街じゃ一番まともだった。俺や、他の連中みたいに『腐っているのが当たり前』ってことは無かったな」
 雪久は、目を細めながら街の彼方を見つめている。いつもその瞳に湛えている、黒く淀んだ渦。それが今はない。透明な、深い眼で。
 「和馬」
 省吾が訊いた。
 「その女に……惚れていたのか? 微かでも、差し込んだ光にすがりたかったのか?」
 「どうかな。でも、そうだな悪い気はしなかったな」
 そういって、口元だけで笑った。
 「その女がどうあれ、気を抜けば俺だって堕とされかねない。そして堕ちてしまえば二度と這い上がれない。そうならないように、俺は頂点に昇りつめるんだ」
 そういって、遥か彼方のビル――煌びやかな電光に彩られた、《東辺》地区を指差した。
 「俺はあそこに行く、そのために闘っている」
 「《東辺》……あそこはたしか国連総督府があるはずだが」
 「それだけじゃねえ。あの《東辺》にはこの街を統べる男――『皇帝(エンペラー)』がいるんだ」


なかなか文章力って、つかないものですね(汗)











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