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監獄街
作:俊衛門



第二章:7


 ジューク・フリードは脅えていた。
 『BLUE PANTHER』のNO.3を自認し、ビリー・R・レインの片腕として今日まで辣腕を振るってきた。戦闘経験ではナイフ使いのジョーに劣るものの、その狡猾で粘着質な性格を生かし、組織の中でも頭角を現していった。
 策を練り、罠に嵌め陥れてきたのはなにも敵対組織だけではない。同じ『BLUE PANTHER』の人間すら、ジュークが邪魔だと判断したら容赦なく蹴落としてきた。志を共に祖国(ステーツ)を飛び出した旧友すらも陥れ、それがこの世の常であると嘲笑いながら……。そうやってやっと今の地位を築き上げたのだ。
 それが、たった1人のアジア人の小娘の前に脆くも崩れ去った。兵隊10人すべて返り討ちにされ、自らも重症を負った。
 組織内ではジュークを蔑むも聞こえる。
 ――豚はいくらおだてても豚に過ぎないか。
 「クソ!」
 長く、暗い通路を進みながら悪態をついた。
 (もう一度、もう一度ボスにチャンスをもらうんだ!)
 石の通路に響くジュークの足音。コンクリートから冷気が直に漏れ出し、その冷気に当てられて全身に鳥肌が立った。
 やがて広間への道が、開けた。

 南辺第3ブロックの中心部。旧繁華街のカジノ跡に、『BLUE PANTHER』の根城がある。戦前、アジア最大のカジノとされた遊戯場である。
 宵闇に浮かぶ、極彩色のネオンに導かれる人の群れ。その姿はさながら夏の灯に惹かれる羽虫のようであった、と言う。
 今はもうその影はない。新開発で建てられたビルの群れが、かつての繁栄の跡に暗い影を落とす。ビルの狭間にある、煤けた空からわずかにこぼれる光の筋。それが半壊した壁より室内に差し込むのみである。
 その光の下に、ビリーがいた。周りを青のメンバーが取り囲んでいる。遊戯用の卓に座り込んだり、ビリヤードに興じたり……皆何気なく振舞っているが目的は同じだった。
 ――恥晒しのジューク・フリードを断罪せよ。
 暗闇に光る、ギャング達の目。血肉を求める獣のような、飢えと乾きに満ちた目がただ1人の男に注がれていた。
 
 遊戯場を殺気が支配し、黒い重圧(プレッシャー)がジュークに重くのしかかる。
 心臓が、握りつぶされる感覚をおぼえた。目眩と吐き気を伴う、『BLUE PANTHER』300人の悪気。体が押しつぶされる。
 「よお、ジューク」
 ルーレットの台に座り込んだビリーが口を開いた。
 「ご苦労だったな。なにやらネズミ一匹取り逃がした挙句、猿にやられたとか……」
 ビリーは笑っているものの、その声はどこまでも重い。嘲りと、怒り。
 低音で、押し殺した声がジュークの胸を抉った。
 「ボス」
 殺気の塊に押しつぶされそうになりながら、苦しい息の下からようやく声を発することが出来た。口が渇き、うまく舌が回らない。
 「お願いだ、もう一度チャンスをくれ」
 「もう一度、チャンスをやったらうまくやるのか? 朝鮮女に遅れを取ったお前に」
 「油断したけど今度は大丈夫だ。今度こそ絶対あのコリアンを殺す。だから……」
 「なあ、ジューク」
 ジュークの言葉を遮った。
 腰掛けていた卓より飛び降り、ジュークの元に歩み寄った。ビリーが発する、怖気(おぞけ)を伴う圧力に当てられ、足がすくむ。
 「お前はさ、疲れてんだよな。だからコリアンごときにやられちまう」
 肩を組み、耳元でささやくように息を吹きかける。ぞくりと粟立ち、体が硬直した。
 「だからよ、ちっとばかし休めよ、な?」
 右手でジュークの出っ張った腹を撫ぜた、と思った次の瞬間。
 『鉄腕(アイアン・アーム)』が、腹に沈んだ。鉄の指が腹を突き破ったのだ。ゆっくりと腕を差込み、徐々に肉を切り裂いていく。どす黒い血があふれ出て、床を汚した。
 「うぐっ……お……」
 痛みと恐怖に、うめいた。
 ビリーはその『鉄腕』で肉をえぐる。傷口は広がり、肘の辺りまでそれを差しいれた。
 差し入れた右手で腹の中をまさぐっていたビリーは、やがて腕を……抜き取った。
 抜き取ったその指に握られている、赤黒いひも状の物――腸だ。腹を切り開き、ジュークの小腸を引き出したのだ。
 それを目の当たりにしたとき、ジュークは驚愕と苦悶の声を上げた。つんざく悲鳴は、断末魔の叫びだ。
 決して目に入れることはない自分の臓器――それは彼がこの世で最後に目にすることになる、絶望の証である。
 ビリーは、ずるずると長い消化器官を引きずり出した。その引き出した腸を投げ捨てる。辺りに湿った腐臭が立ち込めた。
 空間を裂く悲鳴が途絶えた。そしてそれは永遠に響くことは無い。
 ジュークは白目をむきながら自らの血のプールに沈む。最後に目にしたのは、かつての仲間たちの冷たい、侮蔑の眼差しだった。

「それ、片付けとけよ」
 血のついた『鉄腕』を拭い、再び遊戯台に座り込む。
 「さて、と。ジョー」
 そう話しかけるビリーの顔をジョーは眺める。むせかえる血の匂いに眉一つ動かさない。
 「『OROCHI』の奴ら、本格的にケンカを売っているようだな。そこでお前に兵隊100人、くれてやる。なんとしても奴らの息の根を止めろ」
 ジョーの目を覗きこむ。
 屈辱からか、その目は怒りに満ち満ちていた。視線は冷たい刃となってジョーの両眼を射る。
 「ビリー」
 だが、ジョーは視線をそらすことはない。あくまで冷静である。
 「奴らを甘く見ないほうがいい。(パク) 留陣(ユジン)だけでなく、和馬雪久も相当な手練だ。しかも奴には『千里眼』がある」
 さらにあの逃げ出した工員も……と言いかけて口をつぐんだ。その工員が『OROCHI』にかくまわれているとは限らない。
 「だから何だよ」
 「闇雲に攻めても攻略できるか分からない。それほどに『OROCHI』の連中は手強い。ここは本隊と共同で『突撃隊』を出し、撹乱(かくらん)しつつ一気に叩き……」
 「あんな奴らの助けなどいらん!」
 だん、とテーブルを叩いた。卓に拳がめり込み、木の破片が飛ぶ。
 「奴らを出すまでもない、お前が叩け!」
 顔を紅潮させ、唾を飛ばしながら怒鳴った。
 (まったく、この石頭が)
 チーム創立時からの付き合いだから分かっているつもりではある。ビリーの東洋人嫌いは尋常ではない。
 アジア人の類はジョーもあまり好きではないが、力のある者に人種や生まれなど関係ない。
 (いまや本隊より『突撃隊』のほうが力があるぐらいなのだが……)
 それを認めたくないのだろう。
 「分かったよ。俺がやる」
 「そうしてくれ。頼むから『OROCHI』ごときにでかい顔させんな、“クライシス・ジョー”」


感想お待ちしております。











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