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監獄街
作:俊衛門



第二章:3


 拳を作って構える省吾と対照的に、リラックスしてポケットに手を突っ込んでいる雪久。それが省吾の神経を逆なでする。
 (なめてんのか、こいつ)
 にやけながら対する雪久には、やる気があるのかわからない。
 「1つ、聞いていいか」
 「何だ?」
 「お前、何か格闘技かなんかやっていたりしたのか?」
 そんなもんやんねえよ、と見下したように笑う。
 「ケンカに技術もクソもねえだろ……どんな手を使ってでも勝てばいいのさ」
 「なるほど、我流か」
 ならたいしたことない、と思ったもののすぐに思い直した。
 ユジンも、「我流」と言っていたが、それでも相当な腕であった。ならばこの男も。
 (油断は禁物だな)
 「いくぞ!」
 先に仕掛けたのは雪久であった。地面を蹴り、一直線に省吾に向かう。
 (勢いに任せて、正面突破。芸がない)
 やはり素人か……近づいてくる雪久の顔面に、縦拳を放とうとする。
 だが、手を出そうとした途端、目の前が暗くなった。
 「な、何?」
 顔に手をやる。なにか被せられたようだ。正体を探るより先に、省吾の顔が上に弾かれた。
 続いて2撃目。今度は、一度ダメージを受けた腹に衝撃。たまらず膝をついた。
 省吾は、頭にかけられた布のようなものを取り除いた。
 つい先ほど雪久の肩に掛けられていた赤いジャケット。頭に被せられ、視界を塞がれたのだ。そして、顎と腹に一発ずつ食らった。
 「て、てめえ」
 「卑怯とでも言うか? ケンカは勝てばいいんだ。お約束どおりに、型をるだけのお坊ちゃま拳法にはこんな発想はねえだろう」
 「お坊ちゃま、ねえ」
 痛む腹を押さえ、省吾は立ち上がった。
 省吾自身が侮辱されるだけならともかく、省吾の武術を侮辱することは我慢ならなかった。彼が教わった技術は「先生」の教えそのもの。それを否定することは「先生」を否定することだ。
 「ならば、その坊ちゃん拳法を味わってみるか?」
 目に静かな炎を湛え、構えた。
 
 右手を差し出し、左足は撞木に踏む。
 腰を真正面に向けるその姿は、体を斜に構える近代格闘技とは明らかに違う。古代より伝わる、柔術の構え。
 「ところで、質問していい?」
 「何だよ」
 今度は雪久から、聞いてきた。
 「ユジンの話じゃ、あんたに武術教えた師匠がいるらしいけど、そいつってどうなったの?」
 「お前には関係ないだろ」
 「もしかして、“ウサギ狩り”で死んだ、とか」
 ポーカーフェイスを装ったが、ピクリと眉を動かしてしまった。それを目ざとく見つけた雪久が、声を上げて笑った。
 「図星か! やっぱり難民なんてそんなもんだ。戦争が終われば、暴れ足りねえ機械たちのおもちゃになる。何にも出来ずに殺されて、トマトみたいに潰されてなぁ」
 「黙れ……」
 「さしずめ、お前の師匠も簡単にやられたんだろう。いくら鍛えたって所詮は生身だよな。武術とか格闘技なんて何の役にもたた……」
 「黙れと言ってるだろうが!」
 省吾の怒りは頂点に達した。全身の筋肉を奮い立たせ、地に足を滑らせた。そしてそのまま、雪久の、暴言を吐きまくっている口めがけて右縦拳を放つ――だが。
 雪久の放った右ストレートが、カウンター気味に入った。拳の勢いと、省吾の突進力の相乗効果により、かつてない衝撃が生まれる。脳が揺れ、意識が一瞬、飛んだ。
 「あまり興奮するとよくねえぞ。筋肉がこわばって、力の伝達が遅くなる。判断力も鈍るしな。加えて、お前のやっている柔術の類は、本来自分からは仕掛けないものだ。どうだ? 武術やってなくてもそんぐらいのことはわかるんだぜ」
 「うるさい」
 ふらつきながらも、どうにか踏みとどまる。
 「もう寝てろって。寒い地べたで寝るのは、慣れてんじゃねえのか?」
 「この……野郎!」
 省吾の左手刀が、雪久の首に伸びる。だが雪久は難なくそれを止め、代わりに左上段蹴りを食らわした。
 「がっ」
 省吾の体は吹き飛び、倉庫の壁に叩きつけられた。
 「全く、少しは出来るかと思ったが。ダメだな、使えねえ」
 冷めた目で、倒れこむ省吾を一瞥した。

 「痛ってぇ……」
 蹴られた顔面を押さえ、何とか立ち上がる。
 壁に手をつき、立ち上がったその隣にメンバーの少年がいた。
 一尺九寸の長脇差(ドス)を持った少年は、驚いた顔をしている。省吾は少年に向き直った。
 「いい脇差(ドス)持ってるな。ちょっと貸せ」
 「は? お前何言ってへぶ!?」
 少年の首に手刀を叩き込み、有無を言わさず脇差(ドス)を奪い取った。白鞘を抜き放ち、中段に構える。
 「卑怯とでも言うか?」
 流れ出る己の血をなめずり、省吾は言った。
 「言わねえよな」
 鞘を投げ捨て、両手でしかと刀の柄を握り締めた。
 「ハッ、上等」
 雪久は笑っていた。先ほどまでの、人を食った挑発的な笑みではない。楽しくて仕方がない、といった様子で。

 刀を携えた省吾は、威圧感が2倍にも3倍にもなり、省吾自身が大きく見える。じりじりと、黒い脅威の塊が雪久のほうに歩み寄ってきた。
 冷や汗が、雪久の背中を濡らす。正直、刃物の類など怖くはない。日ごろ銃器を向けられているからというのもあるが、そもそも心構えのない者が刃物を振り回しても斬れないし、当たらない。
 だが、目の前の刀を目にしたとき「斬られる」と直感した。刃より発せられる圧力が、体の細胞の一つ一つを押しつぶすような感覚。
 (といっても、簡単にゃ斬られねえぜ)
 両者邂逅。拳と刃の距離は1mほどしかない。一髪触発。緊張が、その場を包む。やがて――
 二つの影が、交わった。

 両者同時に動いた。
 雪久は体を低くし水月に突きを放つ。省吾は刀を上段に振りかぶり、一刀両断にせしめんと振り下ろした。
 拳と刀――どちらが先に届くかと言われれば当然、リーチの長いほうが勝る。案の定、省吾の剣先が先に雪久の頭に触れそうになった。雪久は右に身をよじり、半ば倒れこむように刃を避ける。雪久の前髪が、宙に舞った。
 そのまま地面を這い、省吾の右側面に回りこんだ雪久は地に手をつき、屈んだ体勢から省吾の左わき腹を蹴りこんだ。省吾はバランスを崩すも、すぐに立ち直りその蹴り足を払った。雪久があわてて足を引っ込める。そのまま両者距離をとった。

 「何だ今のは」
 一瞬の出来事に、取り巻きのメンバー達はざわめいた。ユジンも、あまりの早業に開いた口がふさがらない。彰だけが、笑顔を崩すことなく楽しげに見ていた。
 「やるじゃねえか」
 雪久が、皮一枚斬られた足をさすりながら言った。ただの一瞬の出来事だったのに、汗が噴出ている。
 「それがお前の本気か」
 「本気、というかな。もともと俺は剣術(かたな)のほうが得意なんでね」
 「なるほど。確かに今のあんたとじゃ分が悪い」
 そういって額の汗を拭う。
 分が悪い。確かに素手と武器ではどちらが優勢で、どちらが勝つかは明白だ。よほどの実力差がない限り武器を持つほうが勝つ。圧倒的不利は雪久の方である。
 だのに、雪久は笑っている。その笑みは決して虚勢からくるものではないと、省吾には分かる。
  「なら、俺も本気を出すかね」
 雪久は自分の左手をかざし、自分の顔、左半分をなでるようなしぐさをした。すると、指の間から何か赤い光が漏れ出した。やがて、顔の左半分を覆っていた掌を下ろす。
 「その眼は……」
 その先にあった、それを目にしたとき。
 黒い大地と、紅蓮の炎。そして鉄の腕が、省吾の脳裏に飛来した。












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