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誰が為  作者: 月鳴
後日談
10/15

その5


 ユーグが指差したその黒髪の男性は私たちの視線に気がついたようで、おもむろにこちらを振り返った。


「…………セ、イラ?」


 え? 私、今名前呼ばれました?


「セイラ! セイシェル国のセイラだろう? 覚えていないか、ノヴァだ。ノヴァ・エノク! 小さい頃に一度会ったきりだが……」


 ノヴァ……なんだろう、どこかで聞いた覚えがある。でも靄がかかっていてはっきり思い出せない。実は、セイシェルを出てからあの国であったことがよく思い出せなくなっているのだ。たぶん、日本で言うところのトラウマかストレスが原因ではないかと考えている。

 うんうん考え込んでいる私の横でその様子を見ていたユーグがポンと手のひらを叩いた。


「そうだ、ファンディスクでそんな設定も追加されてたよ。……セイラは実体験として覚えてないの?」

「そうなの……? 国であった事は脳があんまり思い出したくないらしくてよく覚えてないのよね」

「ああー……そっか。じゃあしょうがないか」

「でも、名前に聞き覚えがあるわ。だからどこかで会っているのかもしれない」


 そう言って改めてまじまじと目の前の男性──ノヴァさんを見つめる。あまり手を入れられていない短い黒髪に不思議な黄昏のような輝きの瞳、私より頭一つ大きいユーグよりも拳一個分ほど大きい背丈、存在感のある大剣………………大剣?

 そうだ、彼は狩人(ハンター)みたいな剣を抱えていて……私、この大きな剣を昔見たことがある、あの時は私の体が簡単に押し潰されてしまいそうな大きさに圧倒されて……、


「ああっ!! 思い出したわ!」

「え、ほんと?」

「ほんとか!」


 ええ、ええ。そうよ、私がまだ一桁の歳の頃、流れの狩人(ハンター)がうちにやってきて持っていたその剣の大きさと美しさに見惚れたのだわ。狩人(ハンター)は私くらいの男の子も連れていて、我が家に滞在していた幾日か私と姉とその男の子の三人で遊んだのだ。姉が珍しく私を除け者にしなかったのよね。

 それっきり会うことはなく時の流れに呑まれてしまったから思い出すこともなく、すっかり忘れてしまっていた。というかよくそちらの方も覚えていたものだ。

 疑問が顔に出ていたのか、ノヴァ〈確か姉と同い年だったから呼び捨てでもいいだろう〉は照れたように鼻を擦るとぼそりと呟いた。


「……俺の、初恋、だから……な」

「おや、まあ」


 私が反応するよりもユーグが早く反応したので私は言葉を飲んだ。ユーグはわけ知り顔で私を見てくるけれど、忘れてはならない。彼はユーグ曰くファンディスクの追加キャラ……ともすればその相手は自ずと決まってくる。──姉だ。

 やれやれ。こんなところまで姉の呪縛、いやゲームの呪縛は追ってくるのか、辟易する。

 ……正直、初恋だと言ったノヴァの澄んだ瞳に少しだけドキッとしたけれど、今もまだシナリオに縛られているのならばそれはうたかたの夢。ありえない幻想だ。


「そういえばお父様は元気にしてらして? その剣は昔、お父様が持っていたものよね」

「あ、ああ。父はこれを俺に譲ってすぐ引退したんだ。ずっと世界中飛び回っていたけれど、今は母と二人で楽しい隠居生活を送っているよ」

「まあそれは良かったわ」


 あからさまに話を逸らした私に、出鼻をくじかれたのか少しどもりながらノヴァが教えてくれた。ノヴァのお父様、ヴァンさんはノヴァと同じくらいの長身で、筋骨隆々の逞しい素敵なオジ様だった。ノヴァも何年するとあんな風に立派なムキムキになるのかしら?

 ここだけの話、私は前世が病弱だったせいか健康的な男子に心惹かれるものがあった。俗に筋肉フェチとも言う。


「それよりセイラは何故ここに……? 君は伯爵家のご令嬢だったはず」

「……ああ。そうね、流れの貴方が知るはずないわね」


 国内の揉め事なんて、ね。ざっと簡単に私が追放になった経緯を説明すると顔を赤くしたり青くしながらノヴァは聞いていた。


「そんなことがあったのか……」

「ごめんなさいね、昔の綺麗な記憶を汚すような話をしてしまって」

「いや、それは気にしなくていい。それよりもセイラ、君も大変だったんだな。あの頃からそんなことがあったなんて……全然気がつかなかった」

「私は平気よ。貴方は長い間いたわけじゃないのだし、そもそも気づかれないようにしていたのだから、知らなくて当然よ。それにこうして国を出て私、自由になれたから」


 どうしてか落ち込んでしまったノヴァを慰めるように微笑んだ。貴方は何も悪くないのに、そんな顔をしないで。だいたい私は悪役令嬢。これは当然の結末。そして私がなにより望んでいた結果なのだから。


「あーこほん、セイラ、」

「あ、ユーグ。ほっといてごめん、何?」

「そろそろ帰らないとまずいんじゃ?」

「本当だ! もうこんなに日が傾いて。ノヴァ、私たちもう宿に戻るわ。貴方は?」

「あー……うん、そうだな。俺も一緒に戻ろう」


 ユーグをちらっと見たノヴァは私を見て頷く。


 さあ早く帰らなくては! とキリキリ歩き出した私は、一歩遅れて歩いていた男二人が熱く睨み合っていたのにはさっぱり気がつかなかったのだった。


ノヴァはともかく、ユーグは恋愛感情というよりは保護者か番犬のような心持ちです。今現在は。

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