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  First Love 作者:
第5回 8人目の住人
 季節は過ぎて、夏休みになった。
 大学生はテストが終わってから、だいたい8月から長い夏休みになる。バイトもやりつつ、俺は暇を見つけて、隣人の女に声をかける。
「夏川、ちょっと付き合えよ」
 露骨に嫌な顔をするその高校生を引っ張って、近所で評判のたこ焼き屋に連れて行く。(おご)りだと言っても、最初はなかなか信じてくれなかった。
「どういう風の吹き回しですか?」
 なんて失礼な言い方なのだろうか。俺は無視をしてたこ焼きを食べ続ける。
 3ヶ月間、俺なりに必死に考えてきた。そして、この寮で起こったことがなんとなく見えてきた気がする。
「お姉さんの仇をとるつもりか?」
「・・・・・・・・・・気づいてたんですね」
 割とあっさりと認めた彼女はたこ焼きを一口で飲み込む。しばらく沈黙になる。
「何かわかったの?」
「何も・・・ただ、あの屋上から落ちたことはわかっています。管理人さんに会えばわかると思ったんですが、全然見かけなくて・・・」
「屋上があることはわかってたんだろ?」
 彼女は小さくこくんと頷く。俺はそれを黙って見ていた。夏川は真相を突き止めたらどうするつもりなのだろうか。仮に犯人がいたとしたら、その人に復讐するつもりなのだろうか。考えてみてもわからない。
 ここへ連れて来て俺は何がしたかったのだろう。ふと疑問に思った。

 夏川が買い物に行くと言うので、俺は1人でつばめ荘に戻った。何を考えるわけでもなく、無心で階段を上っていると、1人の人間とすれ違った。
 急にはっとした。今のは誰だ?
 急いで振り返ると、その人物はいなくなっていた。ここに住む住人の友達かもしれないが、俺の意味不明な直感で友達ではないように思えた。
 一瞬見ただけでは、若い男のようだった。少し茶みがかった髪。大学生だろうか。
 8人目の住人。いや、正確には6人目の住人。
 慌てて下に下りてみたが、結局その人を見つけることができなかった。

「あ、おかえりなさーい!」
 平日、友達とサークル室で喋っていたら帰るのが夜中の1時を過ぎてしまったが、1階の大広間には菅原と広瀬、夏川の3人が一緒に勉強していた。こんな時間まで勉強なんて本当に受験生は大変だと思う。自分の頃の受験生活が思い出された。
「省吾さん、こんな時間まで学校ですか?」
 愛想のいい菅原が真っ先に話しかけてくる。俺はみんなの方へ近寄っていった。
「ちょっと喋ってた。みんなまだ勉強なのか?」
「受験生に夏休みなんてないんです」
「立花は?」
「体調が悪いみたいで、もう寝てるんじゃないんですか?」
 ふーんと俺が何気なく目線をずらすと、夏川にじっと見られていた。俺と目が合ったことに気づいた彼女は慌てて目をそらす。なんなんだ?
「今日の絵は貴婦人バージョンみたいだね」
 広瀬の言葉に俺は彼女の向く方へ目をやる。すると、大広間に飾ってある絵があった。有名な人が書いたのかは知らないが、日傘を差した貴婦人がひまわりに囲まれて立っている。なんとなく違和感があるように見えるのは、貴婦人が立っている位置だろうか。横長の絵の割にはずいぶん左端に立っているように思える。
「昨日は貴婦人の隣に伯爵みたいな人が立っていたんです」
 広瀬が俺に解説する。しかし、解説をされても、ますますわからなくなってしまった。
「確か、一昨日は伯爵の隣にも貴婦人がいましたよね」
「ちょっと待って。ハリー・ポッターじゃないんだから、なんで絵の中の人が減ってるんだよ」
「増えることもあるんです。何もいなかった砂漠の絵が、次の日30人以上の人がいる絵に変わったり。たぶん絵自体が変わってるんだと思うんですけど・・・」
「たぶん毎日管理人さんが変えてるんじゃないかな」
 菅原も同意する。俺はもう何に対して突っ込めばいいのかわからなかった。ここでの生活に慣れすぎて、ひょっとしたらここの住人は些細なことでいちいち驚かなくなったのかもしれない。慣れって怖い。

 と、そのときだった。
「あれ?みんなしてまだ起きてたんスか?」
 そんな声がして、みんなで振り返った・・・が、何かの違和感を感じて硬直してしまった。この言葉遣いは確かに立花渚のものだ。
 そこにいたのは立花じゃなかった。いや、正確に言えば赤いゴーグルをつけた少年は立っていなかった。
「・・・・・・誰?」
 開口一番に呟いたのは菅原だった。それは、ここにいる人の代弁でもあった。
「誰って・・・俺ッスよ。立花・・・・・あれ?」
 そう言って、自分の顔を押さえる。
「もしかして、俺の素顔見るの初めてなんスか?」
「そうだよ。だっていつもゴーグルみたいのつけてたじゃん」
 そう、ゴーグル少年じゃない。そこには、芸能人とかモデルみたいな端正な顔立ちの男が立っていたのだ。もし、ここに10人の女の子がいたら、8人は間違いなくかっこいいと思ってしまうだろう。
 っていうか、そもそもなぜゴーグルを取った姿を誰も見たことがないのだろう。
「あ・・・・俺がこないだ見た8人目の住人って立花だったんだ」
「えっ!?だから俺だけ見たことがなかったんスか・・・」
 1人で納得した立花を夏川が見ているのがわかった。女はこういうのがタイプなのだろうか。だけど・・・なんとなく心の中で何かがざわめきだすのを感じた。こんな気持ち今まで感じたことがない。
「もしかして、こないだ俺と階段の所ですれ違った?」
 俺は自分の直感を思い出して聞いてみる。
「はい。でも、あのとき省吾さん考え事してたみたいだから声かけなかったんスよ」
 なるほど・・・俺の中で1つあることが解決して、少しだけすっきりした気がした。だけど、なんとなく心の中でもやもやとした何かが渦巻いていた。

 翌日、俺はバイトへ行こうとすると、やっぱり偶然隣の部屋の夏川に会った。なぜか最近彼女との遭遇率が高い。
「ちっす。勉強はかどってるか?」
 挨拶としてそんなことを聞くと、彼女は不機嫌な顔になってぷいっとそっぽを向いた。なんとなくその行為に傷ついた。
「そっちこそ今日は合コンですか?」
「違うって。バイトです」
 そのまま彼女が家の中に入っていこうとするのを、俺はもったいないと思ってしまった。なぜだかもっと夏川と話していたかった。こんなふうに思ったことがないので、俺は戸惑ってしまった。
 そのままドアが閉じられる。そのドアの厚さだけ、彼女との距離が感じられてしまった。
 この気持ちはなんだろう。
 今まで思ったことがない。どうしていいのかわからない。
 だけど、もっと話したい。

 そっか・・・
 俺は自嘲気味に笑った。あることに気づいたから。
 俺は夏川に恋をしたんだ。
次回はとうとう管理人さん登場です。

最終回になるか分けるかは
まだ考え中です。


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